2014年10月09日 (木) | 編集 |
(写真はイメージ。2014年1月15日撮影)
=========================
空き缶(菅)は民主党の票を自民党に流すために選挙演説をしている
http://www.asyura2.com/10/senkyo89/msg/631.html
投稿者 クマのプーさん 日時 2010 年 7 月 01 日 21:29:12: twUjz/PjYItws
http://www.asyura2.com/10/senkyo89/msg/631.html
==========================
掲示板「阿修羅」に書かれた、4年前の記事です。
政権交代とは何だったのか。
阿修羅の掲示板の管理人は、誰なのだろう。
このブログの管理人は、私です。
「情報に踊らされる」とは文字通りで、そうなってはいけないと、
思っている。
けれど、実際にはどうか。
常にそれを考えながらでないと、です。
…とエラそうなことを言っていますが、
自戒を込めて。
--------------------
次回は、「ベビーカーについて」や、妊婦さんマークのことなど、
書こうと思っています。
2014年03月25日 (火) | 編集 |
下の写真は、2月4日付の山梨日日新聞一面の、
「日本最古(文久2(1862)年の元日)の新聞が発見された、というニュースの画像です。
最古の新聞本体の部分は、古い紙だからか、山日の紙面から見ると、
黄色く見えます。
「京都市下京区の本草漢字塾「山本読書室」跡から見つかった、
という説明記事がついています。
ネットで探したら、他にも記事が見つかりました。
京で日本最古の新聞発見 「文久二年正月元日」印刷 (京都新聞2014年02月03日)
以下、京都新聞より一部抜粋、転載。ここから。===========
内容は天文学、理学、中国の海外情報などが幅広く記されている。幕府の小笠原諸島での調査、薩摩藩による英国製の船購入、彗星(すいせい)の出現などの話題を載せている。洋学を重視しない自藩に対する不満も書き連ねている。
史料群の中に、幕末から明治にかけての岩倉具視あての新政府要人からの手紙が61通あることも判明。西南戦争時の木戸孝允と大久保利通との意見の相違など、当時の政府内での力の構図が分かるという。また、鎌倉時代の北条政子の書状なども見つかっている。
=======================
最古の新聞は、
「京都市下京区の本草漢学塾「山本読書室」跡で見つかった数万点の史料群」の一つ、
です。
「史料群の中に、幕末から明治にかけての岩倉具視あての新政府要人からの手紙が61通あることも判明。」
ということで、
京都新聞でも言及していますが、幕末から明治にかけての、
新しい発見があるかもしれません。
と、…すみません、今までの記事とは関係ないのですが、
私は実は、「古新聞萌え」(またはかなり古い古書)、です。
軍艦島という、長崎県の端島(はしま)というところで、
”日本で最初の高層鉄筋アパートが立った場所”、と言われています。
軍艦島には約5000人が住んでいて、高層アパートも、
当時としては最先端だった、見たいのをテレビで見聞きしたことがあります。
(その前の歴史については、今ここでは触れません)
テレビ番組(朝日)「スーパーモーニング」の、廃墟探検、のようなコーナーで、
住人がいなくなって何十年も経った部屋へ入るという場面がありました。
石原裕次郎やその他、若い時に活躍していたであろう「リアルタイム」のポスター類、新聞が目に飛び込んできました。
う~、その新聞に近寄ってほしい~
何が書いてあるのかな。
紙は、文字はどんな感じかな。
住民が住んでいた、朽ち果てた台所も、興味深かったです。
私が小さい頃、こういうのギリギリ使ってたかも・・・
感慨にふけってしまいました。
すみません、話が逸れてしまいましたが、
さすがに、「文久2年」(1862年)となると、152年前です。
私のひいお婆さん(曾祖母)は明治22年(1890年)くらいの生まれです。
時の流れは、面白いなぁなんて、素直に思ってしまったりします。
ところで。
私のひいおじいさん(曽祖父)の軍服姿で写っている写真や、
まだのんびりしていた頃の中央線が写っている写真があることが、
去年、分かりました。
また今度、気が向いたときにアップできたら良いな、と思っています。
「日本最古(文久2(1862)年の元日)の新聞が発見された、というニュースの画像です。
最古の新聞本体の部分は、古い紙だからか、山日の紙面から見ると、
黄色く見えます。
「京都市下京区の本草漢字塾「山本読書室」跡から見つかった、
という説明記事がついています。
ネットで探したら、他にも記事が見つかりました。
京で日本最古の新聞発見 「文久二年正月元日」印刷 (京都新聞2014年02月03日)
以下、京都新聞より一部抜粋、転載。ここから。===========
内容は天文学、理学、中国の海外情報などが幅広く記されている。幕府の小笠原諸島での調査、薩摩藩による英国製の船購入、彗星(すいせい)の出現などの話題を載せている。洋学を重視しない自藩に対する不満も書き連ねている。
史料群の中に、幕末から明治にかけての岩倉具視あての新政府要人からの手紙が61通あることも判明。西南戦争時の木戸孝允と大久保利通との意見の相違など、当時の政府内での力の構図が分かるという。また、鎌倉時代の北条政子の書状なども見つかっている。
=======================
最古の新聞は、
「京都市下京区の本草漢学塾「山本読書室」跡で見つかった数万点の史料群」の一つ、
です。
「史料群の中に、幕末から明治にかけての岩倉具視あての新政府要人からの手紙が61通あることも判明。」
ということで、
京都新聞でも言及していますが、幕末から明治にかけての、
新しい発見があるかもしれません。
と、…すみません、今までの記事とは関係ないのですが、
私は実は、「古新聞萌え」(またはかなり古い古書)、です。
軍艦島という、長崎県の端島(はしま)というところで、
”日本で最初の高層鉄筋アパートが立った場所”、と言われています。
軍艦島には約5000人が住んでいて、高層アパートも、
当時としては最先端だった、見たいのをテレビで見聞きしたことがあります。
(その前の歴史については、今ここでは触れません)
テレビ番組(朝日)「スーパーモーニング」の、廃墟探検、のようなコーナーで、
住人がいなくなって何十年も経った部屋へ入るという場面がありました。
石原裕次郎やその他、若い時に活躍していたであろう「リアルタイム」のポスター類、新聞が目に飛び込んできました。
う~、その新聞に近寄ってほしい~
何が書いてあるのかな。
紙は、文字はどんな感じかな。
住民が住んでいた、朽ち果てた台所も、興味深かったです。
私が小さい頃、こういうのギリギリ使ってたかも・・・
感慨にふけってしまいました。
すみません、話が逸れてしまいましたが、
さすがに、「文久2年」(1862年)となると、152年前です。
私のひいお婆さん(曾祖母)は明治22年(1890年)くらいの生まれです。
時の流れは、面白いなぁなんて、素直に思ってしまったりします。
ところで。
私のひいおじいさん(曽祖父)の軍服姿で写っている写真や、
まだのんびりしていた頃の中央線が写っている写真があることが、
去年、分かりました。
また今度、気が向いたときにアップできたら良いな、と思っています。
2013年08月05日 (月) | 編集 |
『日本では放送できない 報道できない 震災の裏側』
という、youtubeの動画を紹介したブログ記事に、検索で来る人がを、
1ヶ月に1度は見かけているような気がします。
この動画は、youtubeでは、現在では非公開になっていました。
東日本大震災の津波で亡くなった方の、遺体が写っていたからでしょうか。
分からないですが。
2011年8月18日の、私のブログ記事です。
http://upishi.blog5.fc2.com/blog-entry-1703.html
内容を一部更新しました。動画の部分。中国のサイトにありました。
毎日毎日、家族や友人のことを思い出している人がいるんだろうな、とか、
もう、一部忘れかけている自分がいる、とか、ぼんやり考えます。
津波で、こんな記事を見つけました。今日の朝日にも載っています。
ケンプラッツ:「ヒトの目線」で津波高を実感、東北大がサイト公開(2013/07/16)
「ヒトの目に映る3.11津波浸水」
↑ 「グーグルアース」プラグインをダウンロードすると、
地図を3D映像で見られるらしいです。
参照:東北大学 災害科学国際研究所
=============================
最近書いた、
鳩山元首相の、「日本が尖閣諸島を盗んだと考えるのも無理はない」発言は、そんなに問題だろうか。
この記事に、2拍手もらいました。ありがとうございます。
一人の人は不明ですが、もう一人は、「鳩山 尖閣 盗んだ ソース」で検索して、このサイトに私のブログが載っていたので、そこから訪問したようです。
鳩山さんは、匿名の人がpostする掲示板で、批判されまくっていました。
---------
<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´ )さん:2013/06/25(火) 13:39:10.77 ID:MBLWZUOw
公安はさっさとこの鳩を〆ろ!
---------
とか、
---------
<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´ )さん:2013/06/25(火) 13:43:46.09 ID:Vp7eVDSL
なんで日本政府はこの国賊・・・ じゃない馬鹿を放置してんだ?
早く捕まえて鳥小屋に放り込んでおけよ。
---------
とかね。
鳩山さんの、首相の時の、普天間基地県外移設の断念は本当にがっかりだった。
だけれど、匿名でここまで言う人は正論を言ってるつもりなのかな。
掲示板からの声は、私が恣意的に「こんなのがある」と抜粋したが。
==========================
8月2日の、山梨日日新聞の、「ぶんか・くらし」面。
風営法で、「クラブ」(父や母の世代で言うと、「ダンスクラブ(ホール)」)の営業は深夜零時以降は禁止されている。そして、各都道府県の公安委員会の許可が必要なのだそうだ。
そのことについて書かれている本が紹介されていた。
筆者である、音楽ライターの磯部涼さんへのインタビューが、気になった。
一部を抜粋、転載。ここから。***********************
両者の断絶
摘発については、権力による陰謀論がささやかれることもあった。だが取材の中で気付いたのは「何でも善悪で白黒つけようとするモノクロ化社会の姿」だった。
それまでクラブの存在を大目に見てきた地域住民が、時代に流れの中で「異物」とみなすようになり、警察に介入を求めるようになっていた。実際に、クラブに絡む事件が起きていたことも背景にある。
一方で、クラブ側も地域に溶け込もうとせず、両者は断絶していた。過剰規制による社会の閉塞感は警察だけでなく、市民の側からも生まれているのだと感じた。
「クラブの問題に限らず、今の社会は、文化圏、生活圏が違えば、言語が異なる。問題が起きても、お互い正論を言い合うだけになっている」
対話が必要
どうしたらクラブを守れるのか。「ライフスタイルが多様化しているのに、真夜中に営業できず、システムが古くなっている。風営法を改正し、時代に合った方向に更新するべきだと思う」と磯部さん。
だが、最も必要なのは対話だと考えている。「これまで僕自身、市民社会や地域社会にはあまり期待できず、仲間との小さなコミュニティーに期待していた。でも、今回の問題に向き合う中で、案外それはもろいのだと知りました」
***********************転載ここまで。
『お互い正論を言い合うだけ』・・・
オウム真理教の信者が住む住宅で、地域住民が「出て行け!」という横断幕を掲げる、というようなことはあちこちで見られました。さすがに地下鉄サリン事件の後だと、そうなるのは、分からないわけではない。
しかし、何かの解決になるかどうかと言えば、
信者側が頑なな方向に行ってもおかしくはない気は、した。
お経の声が聞こえてきて、精神的に参る、というのなら、とりあえずそういうことだけを言えばいいと思う。
私たち家族と、隣に住む親戚の間でも約10年前、あることからトラブルになり、
トゲトゲどころか警察まで呼んだこともあった。
その後、私は、「私は」、です。
父が「あんなやつら」と言っても、こんにちはと挨拶したり(やがて向こうは会釈をするようになったが)、回覧板を持ってきても「どうも」と普通に接しました。その家で、有害ガスが出る火を燃やしても、市役所に相談して任せました。そうしないと、大げさに「あの人たちは煙が!」と騒いだり、「具合が悪くなったり困って助けを求められても知らん顔」なんて、自分が嫌な思いをする。助ける時は助けるし、私が自分の家で空き巣に出くわした時にその家に逃げ込むかも。嫌だと思っても助けてもらうしかない場合もある。
昔のことは横に置いていて、適当に接するのがいいと思う。
この前、その家で停電していたらしく、「ゆうこさんち(我が家)では停電してる?」と私に話しかけてきた。「ウチは大丈夫です」と返事をした。普通の会話だった。
曖昧にしておく方がいい場合もあります。白黒つけない、ということです。
白黒つけようとしたり、「悪い」と決め付けて少数人または一人を正論で囲んでワイワイやると、「布団たたきおばさん」や、最近の山口の5人殺害事件のようになってしまう。
しかし、麻生副総理が「ナチス発言」をしたが(「ある日気づいたら、ワイマール憲法が変わって、ナチス憲法に変わっていた。誰も気づかないで変わった。あの手口に学んだらどうかね」)、これは私は、安倍総理はすぐに副総理を辞任させるべきではないかと思った。
というのが、私の思う正論。
だが、こねくり回して「麻生氏は本当はこう言いたかったのだ」とか擁護なのか批判なのか分からない、私は一般人のブログを今ちょっと見たが、そんなのもある。
自分が「正論だ」と思ったら、発言してもいい。発言してはいけない、なんてことはない。
反論してきた人がいたら、まずは真摯に聞いた方がいい。(そうできない人はいるけど。)
対話とはそういうことだろうか。
という、youtubeの動画を紹介したブログ記事に、検索で来る人がを、
1ヶ月に1度は見かけているような気がします。
この動画は、youtubeでは、現在では非公開になっていました。
東日本大震災の津波で亡くなった方の、遺体が写っていたからでしょうか。
分からないですが。
2011年8月18日の、私のブログ記事です。
http://upishi.blog5.fc2.com/blog-entry-1703.html
内容を一部更新しました。動画の部分。中国のサイトにありました。
毎日毎日、家族や友人のことを思い出している人がいるんだろうな、とか、
もう、一部忘れかけている自分がいる、とか、ぼんやり考えます。
津波で、こんな記事を見つけました。今日の朝日にも載っています。
ケンプラッツ:「ヒトの目線」で津波高を実感、東北大がサイト公開(2013/07/16)
「ヒトの目に映る3.11津波浸水」
↑ 「グーグルアース」プラグインをダウンロードすると、
地図を3D映像で見られるらしいです。
参照:東北大学 災害科学国際研究所
=============================
最近書いた、
鳩山元首相の、「日本が尖閣諸島を盗んだと考えるのも無理はない」発言は、そんなに問題だろうか。
この記事に、2拍手もらいました。ありがとうございます。
一人の人は不明ですが、もう一人は、「鳩山 尖閣 盗んだ ソース」で検索して、このサイトに私のブログが載っていたので、そこから訪問したようです。
鳩山さんは、匿名の人がpostする掲示板で、批判されまくっていました。
---------
<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´ )さん:2013/06/25(火) 13:39:10.77 ID:MBLWZUOw
公安はさっさとこの鳩を〆ろ!
---------
とか、
---------
<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´ )さん:2013/06/25(火) 13:43:46.09 ID:Vp7eVDSL
なんで日本政府はこの国賊・・・ じゃない馬鹿を放置してんだ?
早く捕まえて鳥小屋に放り込んでおけよ。
---------
とかね。
鳩山さんの、首相の時の、普天間基地県外移設の断念は本当にがっかりだった。
だけれど、匿名でここまで言う人は正論を言ってるつもりなのかな。
掲示板からの声は、私が恣意的に「こんなのがある」と抜粋したが。
==========================
8月2日の、山梨日日新聞の、「ぶんか・くらし」面。
踊ってはいけない国で、踊り続けるために ---風営法問題と社会の変え方 (2013/04/23) 磯部涼 商品詳細を見る |
風営法で、「クラブ」(父や母の世代で言うと、「ダンスクラブ(ホール)」)の営業は深夜零時以降は禁止されている。そして、各都道府県の公安委員会の許可が必要なのだそうだ。
そのことについて書かれている本が紹介されていた。
筆者である、音楽ライターの磯部涼さんへのインタビューが、気になった。
一部を抜粋、転載。ここから。***********************
両者の断絶
摘発については、権力による陰謀論がささやかれることもあった。だが取材の中で気付いたのは「何でも善悪で白黒つけようとするモノクロ化社会の姿」だった。
それまでクラブの存在を大目に見てきた地域住民が、時代に流れの中で「異物」とみなすようになり、警察に介入を求めるようになっていた。実際に、クラブに絡む事件が起きていたことも背景にある。
一方で、クラブ側も地域に溶け込もうとせず、両者は断絶していた。過剰規制による社会の閉塞感は警察だけでなく、市民の側からも生まれているのだと感じた。
「クラブの問題に限らず、今の社会は、文化圏、生活圏が違えば、言語が異なる。問題が起きても、お互い正論を言い合うだけになっている」
対話が必要
どうしたらクラブを守れるのか。「ライフスタイルが多様化しているのに、真夜中に営業できず、システムが古くなっている。風営法を改正し、時代に合った方向に更新するべきだと思う」と磯部さん。
だが、最も必要なのは対話だと考えている。「これまで僕自身、市民社会や地域社会にはあまり期待できず、仲間との小さなコミュニティーに期待していた。でも、今回の問題に向き合う中で、案外それはもろいのだと知りました」
***********************転載ここまで。
『お互い正論を言い合うだけ』・・・
オウム真理教の信者が住む住宅で、地域住民が「出て行け!」という横断幕を掲げる、というようなことはあちこちで見られました。さすがに地下鉄サリン事件の後だと、そうなるのは、分からないわけではない。
しかし、何かの解決になるかどうかと言えば、
信者側が頑なな方向に行ってもおかしくはない気は、した。
お経の声が聞こえてきて、精神的に参る、というのなら、とりあえずそういうことだけを言えばいいと思う。
私たち家族と、隣に住む親戚の間でも約10年前、あることからトラブルになり、
トゲトゲどころか警察まで呼んだこともあった。
その後、私は、「私は」、です。
父が「あんなやつら」と言っても、こんにちはと挨拶したり(やがて向こうは会釈をするようになったが)、回覧板を持ってきても「どうも」と普通に接しました。その家で、有害ガスが出る火を燃やしても、市役所に相談して任せました。そうしないと、大げさに「あの人たちは煙が!」と騒いだり、「具合が悪くなったり困って助けを求められても知らん顔」なんて、自分が嫌な思いをする。助ける時は助けるし、私が自分の家で空き巣に出くわした時にその家に逃げ込むかも。嫌だと思っても助けてもらうしかない場合もある。
昔のことは横に置いていて、適当に接するのがいいと思う。
この前、その家で停電していたらしく、「ゆうこさんち(我が家)では停電してる?」と私に話しかけてきた。「ウチは大丈夫です」と返事をした。普通の会話だった。
曖昧にしておく方がいい場合もあります。白黒つけない、ということです。
白黒つけようとしたり、「悪い」と決め付けて少数人または一人を正論で囲んでワイワイやると、「布団たたきおばさん」や、最近の山口の5人殺害事件のようになってしまう。
しかし、麻生副総理が「ナチス発言」をしたが(「ある日気づいたら、ワイマール憲法が変わって、ナチス憲法に変わっていた。誰も気づかないで変わった。あの手口に学んだらどうかね」)、これは私は、安倍総理はすぐに副総理を辞任させるべきではないかと思った。
というのが、私の思う正論。
だが、こねくり回して「麻生氏は本当はこう言いたかったのだ」とか擁護なのか批判なのか分からない、私は一般人のブログを今ちょっと見たが、そんなのもある。
自分が「正論だ」と思ったら、発言してもいい。発言してはいけない、なんてことはない。
反論してきた人がいたら、まずは真摯に聞いた方がいい。(そうできない人はいるけど。)
対話とはそういうことだろうか。
2012年10月13日 (土) | 編集 |
もしかしたらブログを終わるかも?という方がいて、気になっていたのですが、まさか、他の人のことよりも自分がこういう気分に一気になるとは思いもしませんでした。果たして、ブログを続けることに意義があるんだろうかな?的に。 あまり思い詰めているわけでも考えているわけでもなく、 ただ単に疲れたというのもありますが、私は自分のブログに「最終目標」または「目的」があるわけではなく、ただ自分が知って他の人が知らないかもという事柄を、「ちょっと、聞いて」といった感覚で書いてきたのですが、それでいいのかね?とも、最近ふと思いました。私の個人としての見解…そういう類のブログはネット上には溢れていて、「自分がやらなくてもいいんじゃないか」、のような。 「ブログの存在意義」で検索したら、人間の存在意義 とか企業の存在意義 などが表示されました。○○の存在意義、考えようと思えば、たくさん。ちょっと、苦笑。一休みしてまたダラダラ続けるか。さてどうするか。 絵文字入れてしまった。携帯からアップ(初めて)です。
2012年10月05日 (金) | 編集 |
きのうの朝、NHKの「おはよう日本」か「あさイチ」かどちらかで、
岡山の特産物特集を放送していました。
岡山県はジーンズ(今は「デニム」なんですね。(しかも語尾))の特産地だそうで、
街中で売っているごく普通のジーンズとはまた違う、デザインの凝ったカラーデニムも、
紹介されていました。
そして、運転手さんがデニムを履いて、座席の布もデニムという、
「ジーンズバス」が走っていました。
(全然関係ないですが、大昔(私が子どもの頃は「ストレッチ」ではなく、
「のびのびジーンズ」というのが売られていたような))
岡山特集、私が気になったのは「帆布」で出来た、バッグや小物です。
これなら岡山に行かなくてもネットで買えるかな。
値段も手ごろで、かわいい物が多かったです。
そして、マスキングテープも岡山で生産されているのだとか。
台湾から来たという女性客は、お店で5本ほど手に持って、
「友達から、マスキングテープ買ってきて」と頼まれた、と言っていました。
(マスキングテープ=マステ、と略すのですね)
私は、「大間のあさこさん」にハガキを出そうとして、
どういう絵柄にしようかと悩んでいました。
「うーん。自分で絵を描こうとすると、どうしてこうも固まるか・・」
と思っていたところへ、NHKの岡山特集・マステが。
あるじゃん・・・。私持ってるじゃん。
そう。姪っ子たちに何かちょっとしたものをあげる時用に、と、
文房具屋さんで買っておいたものです。
キリンの絵柄と星柄、交互に貼ってみましたが、これだけで、かわいいな。
きのうは間に合わず、今日のお昼前、ポストに投函しました。
映っているPC画面は「あさこはうす応援サイト」のページです。
(右上に、私のHNとツイッターアカウントが映りこんでいます)
岡山の特産物特集を放送していました。
岡山県はジーンズ(今は「デニム」なんですね。(しかも語尾))の特産地だそうで、
街中で売っているごく普通のジーンズとはまた違う、デザインの凝ったカラーデニムも、
紹介されていました。
そして、運転手さんがデニムを履いて、座席の布もデニムという、
「ジーンズバス」が走っていました。
(全然関係ないですが、大昔(私が子どもの頃は「ストレッチ」ではなく、
「のびのびジーンズ」というのが売られていたような))
岡山特集、私が気になったのは「帆布」で出来た、バッグや小物です。
これなら岡山に行かなくてもネットで買えるかな。
値段も手ごろで、かわいい物が多かったです。
そして、マスキングテープも岡山で生産されているのだとか。
台湾から来たという女性客は、お店で5本ほど手に持って、
「友達から、マスキングテープ買ってきて」と頼まれた、と言っていました。
(マスキングテープ=マステ、と略すのですね)
私は、「大間のあさこさん」にハガキを出そうとして、
どういう絵柄にしようかと悩んでいました。
「うーん。自分で絵を描こうとすると、どうしてこうも固まるか・・」
と思っていたところへ、NHKの岡山特集・マステが。
あるじゃん・・・。私持ってるじゃん。
そう。姪っ子たちに何かちょっとしたものをあげる時用に、と、
文房具屋さんで買っておいたものです。
キリンの絵柄と星柄、交互に貼ってみましたが、これだけで、かわいいな。
きのうは間に合わず、今日のお昼前、ポストに投函しました。
映っているPC画面は「あさこはうす応援サイト」のページです。
(右上に、私のHNとツイッターアカウントが映りこんでいます)