この前、私が寄った場所というのは、リンクしているブログ:アナーキー読書感想文の、
うごさんの棚です。
神田・神保町の古本屋さん「古書・かんたんむ」(「神田神保町古書モール」(三省堂の裏隣のビル5階))に、あります。
私は息せき切って閉店間際になんとか間に合ったのですが、
間違えて最初4階に行き、「す、すみません・・『うごさん』という方の棚は・・」
と女性店員さんに聞いたら、「うごさんは、5階です。」と笑顔で教えてくれました。
(あっそうだ・・5階だった!と慌てて5階に行き、そこでまた同じことを聞き、
男性店員さんは親切に案内してくれました)
うごさんの棚は、以前、一度訪問したことがあります。
とにかく、もう時間がないので、うごさん棚に直行です。
三冊、購入してきました。
私は以前にもこのブログに書きましたが、「本を選ぶ」ということが、
上手ではありません。
うっかり買ってしまった新刊本やベストセラー、ブックオフに売った本の数、
40冊以上・・くらいかな。もっと、かも。(しかも、あまり読まず)
うごさんの棚、寄れるかどうか微妙でしたが、
寄ってよかったです。良い本に出会えてラッキーでした。
普通の本屋さんにも良い所はありますが、一度、古本屋さんでよい本に出会うと、
古本屋さんに、もっと行きたくなります。
◎一冊目。
「書を語る 1」
私は、武田双雲さんという書家の本を持っていますが、
書道というと堅苦しい印象があったのが、
双雲さんの「書愉道 双雲流自由書入門」という本で、”書”は自由でいい(もちろん練習は必要だが)、という考えに接してから、とても興味を持つようになりました。
それで、「書を語る 1」で、書を語っているメンバーがとても豪華なのです。
井上靖、石牟礼道子、柳家小さん、・・・
なかでも、すぐに私が目に入ったのが、柳家小さん師匠です。
その中から。
『書は人なり、なんていいますね、書はその書き手と切り離せないわけで、自分に近しい人とか、特に影響を受けた人とかの書は、見ず知らずの人の書より親しめますね。これは理屈じゃなくて、人情てえもんでしょう。』
分かります。
この人のこと好きだな、という人の、生の字を見て感動したり。
『芸事ってえものは、苦労して積みあげないと、いいものは結局できませんな。楽しくてやったものはやっぱり底が浅いから客がついてこない。インスタントばやりのご時勢ですが、芸事において、インスタントはいけない。また、器用なだけでもつまらない。優等生だけの芸事でもつまらない。書も、そうじゃないですかね。』(昭和)<五一・一〇>
小さん師匠は、落語界の雲の上のような人、というイメージを持っていましたが、
急に、親近感を持ちました。
ここでちょっと、落語家の面白いエピソードを、うごさんのブログから紹介。
うごさんが「総特集 古今亭志ん生」の本を紹介をしているのですが、
弟子・志ん駒師匠が志ん生を背負って高座に座らせる、という話で
志ん生、ひっくり返る!えっ・・・
「言葉より背中」
うごさんのブログ、見に行ってください。志ん駒師匠のお話、良いです!
◎二冊目。
「音楽」
指揮者・小澤征爾さんと、作曲家・武満徹さんの対談です。1980年頃くらいの対談。
143ページ。小澤さんの、武満さんに対する質問がすごいなぁと思いました。
小澤: 武満さん、音楽家をやめようと思った時ある?
根源的な問いのような気がしました。ここを読むだけで、ワクワク。
武満さんとストラヴィンスキーの関係も。
ストラヴィンスキーに言われたひと言に、武満さんは「目の前真っ暗になった」、と。
その後の話が、いいです。
こういう、人と人との関係、なんて贅沢なんだろうと感動です。
小澤さんと三島由紀夫が親しかったという話も、この本にはあります。
◎三冊目。
「音楽の形式」
アンドレ・オデールさんという、おそらく西洋の人が書いた、音楽用語についての解説書ですが、それを吉田秀和さんという日本人が訳しています。
私は子どもの頃にピアノを少しかじり(その程度)、中学・高校と吹奏楽部に入って演奏などしていましたが、元々音楽が好きということもあって、こういう本についつい目が行ってしまいます。
この本が素晴らしいと思ったのは、たとえば、
「序曲」「ソナタ」「メヌエット」など、”今さら聞けないわ”という用語について、分かりやすく解説されているところです。
妹は姪っ子にピアノを習わせていて、姪っ子の習得振りがとても早く、私はつい期待してしまいます。この本いいよ、と、まずは妹に知らせようと思います。(「おばバカ」です)
という具合に、今日はちょっと、本の紹介をしてみました。
そして、追加でおすすめです。うごさんのブログ記事、面白い。
宮沢りえちゃんの「サンタフェ」紹介?
この記事を初めて読んだ時、うごさんがどのように紹介するのか期待してしまった。
「恐るべし、古書かんたんむ」
神田の「かんたんむ」の100円棚、この前は、私はちらっとしか見られなかったです。
掘り出し物の本があるかも・・と後ろ髪を引かれながら、帰りの電車に乗りました。
「おそるべし!かんたんむ 再び」
最近、「スイカの収穫時期」で検索でこのブログに来てくれる人が、
何名か、いました。
私の夫が今年、2010年に続き、スイカ(大玉)を育てています。
私ですか?スイカは無理です。犬と猫なら得意です。
結論から言いますと、(すべて、夫からの「スイカ育てについて」の聞き取り)
スイカの収穫は受粉してから45日が、最適である
らしいです。
スイカを育てる上で、大切と思われる部分を箇条書きにします。
■スイカの株について。(大玉)
一株に一個 にすると、甘くて良いスイカが収穫できる可能性大 かもしれない。
■大事なことは、スイカの苗を植えてから、毎日観察すること
■受粉について。
(ちょっとここのところが、やや聞き漏れですが)
雄花と雌花を、自分で受粉させる(かどうかが不明)にしても、
自然に受粉するにしても、「いつ、受粉したか」を見極めるのが大事、らしいです。
受粉したかどうか、判別するためには、毎日の観察が大事。
そして、受粉したら花の咲いている部分はどうなるかというと、
次の日の朝に?(だっけな・・・だったと思います)「ぽこっ」と、急に実が大きくなっているのが分かる、と。(だいたい花が咲いてから5日くらいで判別できる)そしてもう一日くらいすると、スイカ特有のしましま模様が出来ているらしいです。
「ぽこっ」とした実が目立つようになるのに5日くらいということは、そこから遡って5日前が受粉日です。そこから、収穫まで45日だと思います
■受粉について・2
どんどん、受粉させて、スイカがボコボコと出来ていいのか?
↓
3~4個出来たスイカの様子を見て(とにかく毎日根気よく観察する、それが大事)、「元気の良いスイカ」を見極めるそうです。(見極め期間10~15日)
この、見極めが重要らしい。
参考に:夫の今年のスイカは「これがいいぞ」という実をゴロゴロ転がしているうちに傷がつき、ダメかなと思ったが、傷は何とか大丈夫そうで、一個に決めていました。今、ソフトボールより少し大きいくらいです。
(◎受粉に失敗したものは、とぼれてしまう。)
■受粉して「これぞ」と見極めたスイカの、畑での取り扱いについて
◎スイカが地面に直接着かないように、スイカの下に、藁(わら)を敷く。
(水はけのよい砂地のような土地はどうなのか、不明です。
我が家の畑は水はけはあまりよくなく、普通の土なので、敷いた方がいいらしい)
◎もしも藁がない場合は、雑草を取って干して乾かし、藁の代わりにする。
■2010年夏・のスイカの場合
7月1日に受粉させて、8月15日に収穫したそうです。
------------------------
すみません、話が行ったり来たりですが、重要な点をだいたいまとめてみました。
スイカは、手間がかかるなぁと思いました。
放っておいては、ダメな感じですね・・。
最初が肝心で、毎日、受粉しているかどうか、「強そうなスイカ」はどれか?
を、観察するのが大事なようです。
今朝の朝日新聞。37面の社会面にやっと「再稼動、膨らむ抗議」と出てくるんです。で、写真の説明が...『首相官邸前に原発の再稼動に反対する人たちと賛成する人たちが集まった』。賛成する人たちって在特会のことですね・・多分。 まあ、全く報道しないよりかはマシです。
— ゆうこ・okumayuko/脱原発に一票さん (@upishi1970) 6月 23, 2012
上は、私の6月23日(土)のツイートです。
首相官邸前に、「大飯原発再稼動反対」を訴えて抗議のデモをする人数が、週毎に増えて22日(金)は約4万人ほどになったのですが、
朝日新聞はそれを、およそ300字程度の記事文と、かなり小さい写真を37面の社会面に載せただけでした。
朝日新聞は、自分のところの記者が書きたくない・言いたくないことは「声」欄に載せる(?)という、「都市伝説」があります。
そうかもしれない、と思った読者の投書がありました。
2012年6月23日(土)付朝日新聞「声」欄より、全文転載。
========================
原発再稼動に被災者の助言
63歳男性・会社役員 福島県南相馬市
大飯原発再稼動が決まったと聞き、南相馬市民として一言周辺住民にアドバイスしておきたいことがあります。まず線量計を購入する。前日と違っているか知るだけですから精度は関係ありません。
間違っても行政が配布する積算線量計などに期待してはいけません。そして予備のガソリンは最低2缶買い置きしたうえで車は毎日夕方満タンにすること。1人が長時間運転しなくても済むよう運転できる人も増やしておく。150㌔以上離れたところに避難できる場所を方向別に複数確保することはもちろんです。
複数のルートを調べ、できれば走って確認しておくのがよいと思います。高齢者とペットのいる人は体育館は避難所と言えません。避難は1年以上と覚悟し、必要な荷物はすぐに持ち出せるようにし、置いた荷物は盗まれると覚悟した方がよいです。
一番大事なのは、原発から自宅の方向と距離を正確に把握し、毎日朝夕の風向・風速を確認。原発作業員の友人を複数持ち、何かあったら情報が届く体制を作っておく。
これが私と妻がこの1年で得たノウハウです。私たちが避難できなかったのは、猫が私の足にすがりついてはなれようとしなかったためです。
=======================転載ここまで。
この投書に対し、突っ込む部分はどこにもありません。
これが現実に起きてしまっていることだと思います。
こんなことを想定しながら、地震がいつ起きてもおかしくない場所で(日本全体がそうだが・ひとたび原発事故が起きれば広範囲に被害が及ぶ)、地震抜きにしてもボロくて危険な原発をまた動かすのは、どう考えてもやめるべきです。
■kaz hagiwaraさんの(おそらく6月23日の)つぶやきより。
@reservologic 官邸デモ、各紙の温度差が興味深い:朝日 市民ら45000人 赤旗 市民45000人 毎日 有志45000人・11000人(併記) TBS 人々40000人 FNN 参加者11000人 読売 市民団体11000人 産経 反対派11000人 日経・NHK 報道せず
読売は「市民団体11000人」と書いたらしいですが、「市民団体」からの参加者もいたかもしれないですが、4万人のうち、ほとんどは、団体に属さない人だと思います。
この件について。
※参照記事
違法ダウンロード刑事罰化・著作権法改正案が可決・成立 10月1日施行へ
(ITmedia ニュース 6月20日(水)16時22分配信)
このニュースについては情報量が多く、いつもトラックバックをさせてもらっている、
このブログのリンク先、Afternoon Cafe で取り上げているので、リンクして紹介します。
記事全文は、リンク先より、読んでいただきたいと思います。
私的違法ダウンロード刑罰化+コンピューター監視法+秘密保全法+共謀罪=監視、弾圧国家への道を「決められる政治」でさくさくと進む?(2012年06月19日)
ここのコメント欄で、
私自身が著作権を考える上で、きっかけというか参考にしたい文章があったので、
その部分を一部転載して、紹介します。
6月21日付のコメント、「2割しかいない少数派の府民」さまの、コメント。
転載ここから。========================
ここでいくつかの例を考えてみたいと思います。
例1
Åさんは、お気に入りのアーティストのCDを購入しました。そのCDは大変出来がよく、万が一、原盤に傷がついて聴けなくなるのはいやなのでCD-Rにコピーをし、普段はコピーしたCD-Rを使って聴くことにしました。また家のステレオだけでなく出先でも聴きたいと思い、CDからリッピングをして携帯プレイヤーに入れて出先で聴けるようにしました。
AさんはCDの購入を通して著作権者に対し対価を支払っています。そして、購入したメディアの保護や自宅以外でのコンテンツの利用(プレースシフト)のために私的複製を行っています。このAさんの行動に関し、著作権者に補償すべき被害をもたらしたでしょうか?私にはなんら被害をもたらしたとは思えません。
例2
Bさんは、自分の子どもの成長記録を自ら所有するビデオカメラで撮影しました。せっかくだから世界の皆さんに見てもらいたいと思い立ち、動画投稿サイトにアップしました。
Bさんのアップロードした動画の著作権は当然のことながらBさん自身に帰するものです。よってアップロードによって誰にも補償すべき被害をもたらしていません。
例3
Cさんは、たまたま友達に頼まれて自分で買ったDVDをコピーしてプレゼントしました。
Cさんの行為は明らかにアウトですよね。
さて例であげた3つの行為のうち、著作権者に対し損害を与えたのは例3のケースだけです。しかし、私的録音録画補償金制度の場合、適正な利用をしている例1のAさんからも補償金を徴収することになります。そして動画共有サイトの利用にこの制度を拡張すれば、これまた適正な利用をしているBさんからも補償金を徴収することになります。極端な言い方かもしれませんが私的録音録画補償金制度ってのは、すべてのユーザーを著作権侵害予備軍とみなし、仮想の損害に対し補償しろという制度なんですよね。お店に買い物に行ったら、「お前は万引きするかもしれないから、万引きするかどうかはともかく補償金を払ってくれ」と言ってるようなものです。
新聞やテレビなどの大手マスコミはモロに権利者であり、このような負の側面についてはほとんど報道しないだけに、注意していないと、とんでもない方向に向かってしまう可能性が大です。
=======================転載終わり。
三つの例のうち、私が関係したことのあるのは、例1と例3。
●例1では、ある女性アーティストの、自分で買ったCDを車用に、夫にCDにコピーしてもらったもの。要するに、家用と車の中用。これは、改正著作権法では、違反になるのか。
●例3。妹が、「この映画面白いから、お姉ちゃんも観てみれば」と、妹が正規の値段で買ったDVDを私に「焼き増し」してくれた、コピーDVDです。
私は、この映画のDVDへお金を払っていなくて、タダでもらった、ということです。
これは、今の著作権法でも、本当は違反?
それとも、改正著作権法だと違反なのか、・・・ちょっと考えてしまいました。
::::::::::::::::::::::::::
今日、ツイッターで目にしたつぶやき。
■遠藤修一
@endoshuichi 新聞記事からの引用もね。要はこれって社会運動に対する取り締まり強化だよなぁ。既存大手メディアはまったく役に立たなくなるね。それで良いのかもしれないけど。既存メディア以外の新しい動きが活発化するなら
ブログやツイッターでは、ネットニュースや新聞記事の引用を多用します。
私は、朝日新聞「プロメテウスの罠」では全文をコピーしたブログをつくり、リンクするということをしましたが、著作権法に違反することは分かりながら、自分の判断でしました。
「警告」を朝日新聞から受けていました。違法だという認識もありました。
10月以降、新聞記事等に対する引用なども規制がかかる方向に行くのか、など、
懸念してしまうことはあります。
大手が一次情報を足で調べて報道したことを材料に、「私はこう思う」と自分の意見を述べる「二次・三次情報発信」、とも言いましょうか。
そういうことは難しくなるのだろうか。
上の、遠藤さんという人のつぶやき:『既存メディア以外の新しい動きが活発化するなら』・・・そうですね・・。今は、個人がブログを書く場合は、自分が一次情報ということもあるわけですが、既製の記事を元にしている場合が多いので、どうなるか・・。
改正著作権法について、ですが、ややまとまりませんでした。
また、
偽造品の取引の防止に関する協定 - Wikipedia
という、国際上の取り決めがあるのですが(私は今日知りました)、
『国境なき医師団などはジェネリック薬の供給を脅かすとして協定への懸念を表明している』(Wikipediaより)、とあります。
安いジェネリック薬を製造したら”本家”に訴えられて、高価な薬を買えない人が命を落とす・・・特許の壁が命を落とすということにもなってしまいます。
いろいろ、言いたいことはあります。
最近、仙谷元官房長官が「セクハラ」をしていたことが分かりましたが、その内容には唖然です。その仙谷さん、「自衛隊は暴力装置だ」と言ったことがありますが、その表現には私は同意です。
--------------------------
やや、話が(文章が)長いです。まとまりもないです。すみません。
私の家の近所のことですが、もう、7~8年くらい前から、農道とぶどう園をつぶして、道幅を広くする工事が始まりました。そして、歩道もつけて、以前の、人がすれ違うのがやっとの狭い道に比べて、使いやすくなりました。
(ぶどう園の合間を縫うような感じも私は好きだったが)
私が生まれる前から、あるいはその辺りから存在している古い家などが、だんだん、取り壊されていったので(そして、移動して立て替えられた)、ああ、ここは家が立ち退いたので道が出来るんだなと思いました。
ある日、畑がなくなり整備された土地に、新しい家を建て始めていて、完成して人が住みました。ずっと住んでいた住民ではなく、どこかから引っ越してきたようです。若い人かねぇ・・などと、その頃元気だった母と話しながら、私は散歩をしていました。
そのうち車に、「baby in car」と貼ってあるようになり、赤ちゃん生まれたんだねーと話していました。
ところが突然、家を建ててから1年くらいで、その家が無くなっていました。
「えっ」「あれっ」驚く私と母。
どうしたんだろう・・・ここ、家建ってたよね・・。
いろんな散歩コースがあったので、しばらくそこは通りませんでしたが、ある日、また同じ場所に家を建てる準備をしている。そのうち、完成しました。今度は、5メートルくらい、奥まっています。
取り壊してから、1年くらいは経っていたような記憶があります。
「もしかして・・・この家、場所が悪かったとか・・住んでる人同じ人だよね。どうなってんだろうね」などと、母と話していました。
その後、愛犬うぴしも老犬になり歩けなくなり、母の具合も良くなくなってからは、昨年いわき市から来た、ゴールデンの「ラグ」を預かるまでは、その道は通りませんでした。
昨年夏、ラグとの散歩で久しぶりにそちらの道の方に行き、歩きやすくて、視界もよく、びっくりしました。快適になりました。
昨年秋、近所のその道のことを、私は父と話していました。「あの道、いいじゃんね~」、と。父によると、(私も聞いたことがあって、しかし上の空だった)線路をくぐる(または、下を通る(?))大掛かりな工事が予定されていて、他の道ともつながる、という話でした。
ここからは少し長いのでブログスペースの問題上「続きを読む」にしました。
[READ MORE...]
家を出たのが午後3時過ぎ。
駅でトイレに行ったりする時間を入れると、遅すぎでした。
しかし、間に合ってよかったです。
丸の内線が分からず、新宿でウロウロしましたが、なんとか、
国会議事堂前3番出口に出ました。そのとき、午後6時40分くらい。
スタッフの方が一人一人に丁寧に声をかけてくれていて、人で渋滞したりするなどは全くなく、スムーズにデモが行われていました。
すごい人でした。最後尾が見えない・・。
どこにつけばいいのか、適当に入ろうとしたら、「最後尾に並んでくださいね」と、
さりげなく言われて、「あっ、はいー」といい、並びました。
で、しばらくしてから、写真を撮りました。
(2012/06/15 18:54)クリックで拡大します。
「再稼動反対」「廃炉、廃炉」なんて、声が出ないよ・・・と、
最初は腰が引けていてキョロキョロしてしまった私ですが、もともと、
この期に及んで原発再稼動する政府に相当頭に来ていたので、
結局、かなり大きな声が出ていました。
周りに、リズム良く掛け声をしてくれる人がいたり、各所に設置されたスピーカーから、
抗議のフレーズが聞こえてきたので、先頭の人たちとも一体感を持つことが出来ました。
(2012/06/15 19:27)
そしてこの写真撮影の後、
ちょっと寄りたい場所があったので心残りながらも、官邸前を後にしました。
正味、30分くらいは「再稼動反対」「廃炉」「原発要らない」と叫んでいました。
二枚目の写真はかなり分かりにくいですが、反対側の歩道から撮った写真です。
ちょっと分かりにくいかな・・後から後から人が来て、かなり長い列になっていました。
その一部です。
まとめ。
私がわざわざ、デモに行っても・・という考えが(要するに、「逃げ」)ちらちら浮かんで迷いましたが、でも一人一人がそう思うから、いけないんじゃん、と思い直し、「もう、電車に乗ってしまえ!」と、とりあえず勢いで行きました。
結局、参加してよかったです。
スタッフの声かけが優しく、嫌な気分になったりなんてことは全然ありませんでした。
怒りを持った個人が、「何とかしないと」の一点の思いで集まった感じでした。
---------------------
ここからは、どっちでもいい、私の余談。
で、私はこの後、できれば寄りたいなぁと思っていた場所に、直行。
うわーもう閉店?お願い閉まらないでーと祈りながら、移動。
間に合いました。
そこで「蛍の光」なんかが流れてきたらかなり焦りますが、そういうのはなかったです。
のんびりした空気がありました。
ちょっと、ワクワクしてしまいました。
今度また、時間がある時に、お店の中をウロウロして、
いろいろ見てみたいと思いました。
このブログに、「放射能 離婚」で検索で来る人は、2日に一度くらい、います。
「放射脳 離婚」という人も、いるんですよね・・。
「放射脳」という言葉、放射性物質や放射能を気にする人を、バカにした言い方だと、
最初見た時は嫌な気分になりましたが、でも、
日本語の特性上、「とうとうきたか」、という気分にもなりました。
これは、ネットスラングですね・・。
2ちゃんねるなんかだと、すでに「脳」とまで略されています。略し過ぎ。
私は、日々の食品買出しをするのに、放射性物質を気にしたり、災害瓦礫を燃やさないでほしいとか、体調が悪いのが続けば、「これはもしかして、被曝だろうか」と気にする人を「放射脳」などとからかったり、バカにするのは良くないと思っています。私もその類だから、バカにはしないでほしい。健康を気にしているだけです。
しかしそんな私でも、「それはちょっと極端ではないか」と感じることがあります。
主に、ツイッターでの発言を取り上げてみます。
放射能汚染された食品が出て、「タケノコは○○ベクレル、シイタケは○○ベクレル」とつぶやくのに、場所も日時も分からない情報を流すとか(フォロワーが多いのに)、
これはまた別の人ですが、高く出た放射能測定値だけを元に、「もう太平洋沖の魚は無理だな」とか、何が「無理」なのか分からないです。
また、少し前の埼玉でのホルムアルデヒド流出事件ですが、「プルトニウム」と関連付けて「核廃棄物ではないか」、というようなツイートをしていた人がいましたが、無関係のようです。
そういうのは、ちょっと極端だと感じます。
あと、「放射脳」とは少し違いますが、原発・放射能関連でのツイートを見ていて、
私が引っかかったことです。
群馬大学・早川由紀夫教授の、ツイッターでのつぶやきですが、
■「福島のコメ農家はサリンつくったオウム信者と同じだと書いたら怒られたが、なんで怒られたのかいまだにわからない。適切な比較だといまでも思う。」(2011年12月9日)
と、まるで農家が悪いみたいな言い方をしていますが、それは、国が食品の暫定基準をセシウムは500ベクレルという値にしてしまったからで、お金を稼がなくては生活していけない農家としては、米を作ろうとするのは当然だと思います。農家が米や農作物を栽培しなくても生活できるように、東電や国が補償しないといけないのではないでしょうか。それをしないから、放射性物質入りの給食が出回ったりしてしまう。
また、早川さんは、子どものいる親で福島から避難しない人を非難していました。
■「県知事にこうまでいわれても まだ、福島中通り浜通りに子どもを引き留める親たちを私は軽蔑する。」(2012年1月29日)
これも、国が全県退避という措置を取らなかったからで、もちろんそれとは別に親が子どもに、「なぜ福島から避難しないか」を説明しなくてはならないですが、避難しない責任を親に求めるのは、筋違いだと思いました。悪いのは、国です。
その点で、早川さんも、極端な人だと思いました。
しかし、早川さんの発言よりも、もっと引っかかること。
群大早川教授「福島のコメ農家はオウム信者と同じ」と発言し処分
↑ 発言によって早川さんを処分にするとは、それはおかしいと思う。
大学は間違っています。
早川さんだけを悪者にしようとしている。本当の悪者は誰か、見ていません。
早川さんは極端だと感じますが、素晴らしい面もあります。
(これは大事です)私が、早川さんが素晴らしいと思ったのは、原発事故が起きてそんなに経っていない時期に、火山の研究をしてきた事を生かして、大体の放射能飛散予想地図(どこに放射性物質が落ちたか)を発表したことです。これは、私もリツイートしたり、自分でも参考にしました。この時は政府はまるで頼りにならず、この地図を活用した人は多かったのではないでしょうか。
ネットだけの知り合いでも、現実空間でも、私に「放射脳」などと言ってきた人はいません。もしも言われたら、「私の脳から放射線は出ていないと思う。測る?」と答えるしかありません。
通り魔殺人に「死にたいなら自分で死ねよ」 府知事発言に「よく言った!」の声 (1/2) : J-CASTニュース j-cast.com/s/2012/06/1113… →「よく言った」と憂さを晴らす人々。しかし言葉はコトダマ。「コト」は「事」。為政者の「死ね」は思わぬ災いを現実化させる。
— 河津聖恵さん (@kiyoekawazu) 6月 11, 2012
こんばんは。
このエントリのタイトル、「自分一人だけで死ねばいいのに」は、
大阪府知事がこの事件について、
「死にたい、と言うんだったら自分で死ねよ」と言う前に、
私が、発した言葉です。
朝、夫が職場に行く前に、ふとニュースを見ながら私の口から出た言葉。
私はその後すぐに、はっとしました。それはいかにも、「正論」っぽい。
いかにも、「正義の味方」のような。
ふと”乱暴な”「自分」が出てきたので、自分でも驚く。
「自分一人だけで死ねばいいのに」はないでしょう、という自問をしていました。
死刑廃止した方がいい、と言いながら、全く反対のことを言っている自分がいました。
J-castニュースより一部転載。
====================
報道による礒飛容疑者は5月下旬に新潟刑務所を出所したばかりで、死亡した2人とは面識が無かった。犯行前日の9日に知人を訪ねて大阪に来たが、貯金は20万円で家も仕事もなく、生きていけないから自殺しようと包丁を買った。しかし、死に切れず「人を殺せば死刑になると思ってやった」
====================
「人を殺せば死刑になると思ってやった」
と、磯飛容疑者は言っている。
仮に「人を殺せば終身刑」だったら、殺人を犯しただろうか。
容疑者はよほど切羽詰っていたのか、死刑になるといったって、
執行が何年後か分からないのに?
二人殺したのは、確実に死刑になるため、なのか。
恨みならともかく、避けようがない、こういう動機の殺人。
自分が死刑になるために見ず知らずの他人を殺す。
「間接自殺」という言葉があるそうだ。
まるで、相手の命も、そして自分の存在や命までもが、抜けているみたい。
被害者の男性が殺害される様子は、とてもショックな内容だった。
今さっき、この記事を書こうとして知った。
11日朝の、夫との会話の続き。
[READ MORE...]
原発の再稼動反対や新規建設反対、がれき受け入れについて署名やFAX、メールをすることも大事ですが、目に見える形で訴えることも、私は大事だと思っています。
朝日デジタル 2012年6月9日03時00分
「脱原発」派ら、失望と批判 「国民に対する恫喝」
この記事に、首相官邸前で、大飯原発再稼動反対を訴える人たちが映っていますが、
その説明文にちょっとケチをつけてもいいですか。
写真の下に、
「首相官邸前で、若者や女性たちが大飯原発再稼働反対を訴えた=8日午後6時30分、東京・永田町」
とあるんですよね。
”若者や女性たちが”、と、わざわざ書かなくてもいいのに、と思います。
「こういう”抗議行動”やデモは、本来、ある程度社会で地位を築いてきた(?)男性のすること」という頭があるのかな。と、私は感じ取りました。だったら、それは古い考えだ朝日新聞。
「原発は危険だからもうやめろ」という抗議、それを官邸に伝えたいということを、「デモ起きた」「若い人も女性も来てる」「オジサン中心デモじゃなくてこんなに集まるの珍しい」
そんな感じで軽く、普通の話題のように書いていることが残念に思いました。
私もそうですが、どこかの党員に入っているとか原水禁とかそういうのではなく、どんな組織にも属していない人が、「原発をこれ以上動かしてまた事故を起こしたらどうするんだ!福島がまだぜんぜん収束もしていないのに!」と、怒りをもって、自分の命や自分の子どもの命、環境をまず守りたいという、シンプルというか単純な動機だと、私は思うのです。
もちろん、そういう人は日本の中でも、一握りかもしれない。
けれど、ここまで、国に対する抗議が大きくなったのは初めてではないか。
そのことを、もっと、大きく、詳しく伝えてほしい。
参照記事をリンク。
「国民的議論進んでほしい」 千葉景子元法相
2012.3.29 12:09msn産経ニュースより。
「執行の滞留」ようやく解消 タイミングめぐり政権の思惑も?
2012.3.29 11:16 (1/2ページ)msn産経ニュースより。
↓下のグラフは、すぐ上の記事中で示されている。
厳罰傾向って、「小泉改革」の頃から進んでいるのだろうか。
私は、難しい言葉で語ることはなかなかできないけれども、
このグラフは「生き難さ・生き辛さ」の体感度と比例しているような気がする。
私はいつ殺人を犯すかも分からず、いつ殺人事件に遭うとも分からない。
このグラフは、
「絶っっ対に、やり直せない」人が増えていることを表しているとも、取れる。
殺人を犯した人だけではなくて。
---------------------
殺人事件・重大事件の被害者や家族・遺族のことを置き去りにしてはならないのはもちろんだが、それと、どういう刑罰に処するかは別の問題ではないか。
死刑制度存続・廃止を考える時に、「中立派」ってあるのだろうか。
「ソフトランディング派」ともいうべきか。
「モリのアサガオ」という、死刑囚を題材にした漫画を元にしたドラマを一昨年見た。
刑務官の仕事や心情が、少しは分かった気がした。
(今ちょっとネットで調べてみたが、現在、
刑務官が不足しているという実情があるという)
そのドラマの中で、死刑制度廃止を訴える市民団体が、死刑を執行する拘置所に、「死刑反対!」と押しかける場面があった。「死刑制度廃止を訴える市民=ヒステリック」という風に描かれていた。刑務官からしたらそういう風に見えるだろう。「内情を知りもしないで」、と思うかも。
「なんか、またどこぞの市民団体が『反対!』ってキーキー言ってるよ」と斜めに構えて見るのは、簡単だ。それに、他人事だ。私は死刑制度存置賛成派(「人を殺したのだから、死刑は当然・・」)から、死刑制度存置反対派になった。それは、自分で考え抜いた結果。市民団体で「死刑反対!」と声を張り上げる人の中には、私のような人もいるかもしれない。
参照:死刑について---『死刑絶対肯定論』という本。
では、今日はどうか、と見てみました。
きのうとは、ずいぶん違います。
きのうが、たまたまああいう構成になったのだろうか。
私は、きのうの「声」欄はひどいと思ったのですが、今日は違うと思いました。
その隣には社説があり、また、何か「流れ」があるのかもしれないですが、
(あるいは編集者が違うということがあるのか)
昨日の構成に比べて、今日の「声」欄は政権に批判的な読者投稿、という印象です。
今日も原発・核廃棄物関連の投稿記事があり、4つです。
福島県の人の声が印象的です。
私が独断で抜き出したのですが、一部を転載します。
=======================
①「福島置き去り 大飯原発再稼動か」40歳女性・福島県
野田佳彦首相が関西電力大飯原発再稼動を決断する方針が報じられました。前から懸念していましたが、落胆しています。・・・・兵庫県出身の私は生まれ育った関西に誇りを持っています。それゆえにことが起これば関西に累が及ぶ大飯原発再稼動の首相の決断には、余計に残念で悲しい気持ちになります。さまざまな事情を考慮しても、再稼動には賛成できません。福島県の人々が大震災と原発事故の後ずっと、日常をどんな思いで過ごしているか。まだまだ気持ちは復興になんか向かっていません。・・・・私から見ると、福島県の人たちは皆本当に我慢強く、静かです。でも心の底に「原発はもう二度と動かさないで」という強い気持ちを持っているのです。
②「首相の責任・決断とは何か」76歳男性・千葉県
野田佳彦首相が5月30日、関西電力大飯原発3,4号機の再稼動を事実上決断した。原発の安全性に対する不安や疑問がこれほど国民の間にありながら、電力確保の声に負けた。・・・・国民の多くは経済活動や生活の利便性より、あえて安全を求めている。終戦後の慢性的な電力不足も福島第一原発事故後の非常事態も、国民は英知と努力と忍耐で乗り越えた。大飯原発停止による関西電力管内の電力不足も、ピーク時に適切な対策を取ればしのげるはずである。それより、「原子力村」の関係者のウソの方がもっと怖い。
③「汚染土の処理場 皆で考えて」62歳女性・福島市
私は福島市民です。昨年3月11日の東日本大震災と東京電力福島第一原発事故、放射能汚染と、非常事態続きに恐怖と不安の中で過ごしました。・・・・あれから1年以上が過ぎ、今、私たちを悩ませておりますのは、放射能に汚染された土壌やがれきの処理施設、つまり、仮置き場と中間貯蔵施設、最終処分場をどこにするか、という問題です。これは、私たち低線量被曝に今もさらされ続け、苦しんでいる者が悩むべき問題なのでしょうか。・・・・私の今一番の願いは、処理施設の問題を、放射能を出した東電はむろん、国や東電管内の利用者、全国の皆様にも、自分のこととして考えていただくことなのです。
④「再稼動問題を矮小化するな」61歳男性・奈良県
関西電力大飯原発再稼動の理由として「今夏の電力不足を乗り切るため」とよく言われる。しかし、これはいかにも短絡的で脅迫的な物言いではないかと思う。・・・・たとえ再稼動して今夏の電力不足を乗り越えられたとしても、その先のことは一向に目に見えてこない。むしろ大飯原発再稼動により、その他の原発も再稼動への道を進み、真の原発問題が先送りされかねないことを私は恐れている。真の原発問題とは、福島第一原発事故の教訓に沿ってこれからの安全なエネルギー問題をどう考えていくかにある。この問題を考えるには福島第一原発事故の傷痕が生々しい今の時点をおいて他にない。
(他、4名の読者投稿。
「若者の夢を育てた新藤監督」68歳男性・東京都
「平和教育 生活の足元から」54歳男性・北九州市
「信じてくれた先生に感謝」61歳男性・東京都
「収穫大きかった男性の育休」38歳男性・東京都)
==========================
私は、高校生くらいから朝日新聞を読んでいます。
自分が社会のことをどう考えたらいいか、という参考にしてきましたが、
福島原発事故以降、朝日新聞は意外と、ずいぶんと権力側寄りである、と私は思いました。
私の今日のこの記事は、だからといって、朝日の声欄はやっぱり良い、という意味ではなく、
「今日の朝日声欄はこういう記事だった」と、
補足した、という意味合いの記事です。
「公平を期す」とは、違います。
どこかに、「国民生活を壊す政治をする政権に有利なように、読者の気分を誘導しようとしていないか」と、警戒しながら読むことが大事だと、自分では思っています。
このブログの読者さまの中には、
「このエントリは必要ない、蛇足」と思う方もいるかもしれないですが、
私としては、「補足」として書いています。
普段新聞を見ない方、参考にしてくだされば、と思います。
最近、大手新聞・放送局はほとんど政府の広報誌・広報局のようになってしまい、
政治家(政治屋)の手下なのか記者なのか分からない報道関係者も多いと感じます。
-----------------
6月4日付の朝日新聞「声」欄ですが、
6人の投稿者でした。
上から三つが、原発・核廃棄物関連記事です。
文章を一部抜粋しながら、紹介。
①「中間貯蔵施設はまっぴらだ」---74歳男性(※福島県楢葉町から茨城に避難しているそうです)/・・・簡易線量計で測ると玄関は毎時1.1マイクロシーベルト、雑木林に入っても1.6マイクロシーベルト。町中を走ったが、線量は驚くほど低い。それなのに国は、立ち入り禁止を続けている。・・・・放射線量は低く帰宅可能なのに、環境省は町内に汚染物を保管する巨大な中間貯蔵施設を造る計画を進めている。東電の排出者責任も問わず、ひたすら町民に過酷な負担を強いる国の姿勢は許せない。
②「がれき搬入阻止の身勝手さ」---83歳男性(埼玉県)/・・・未曾有の震災に襲われた被災地の復興は一日も早いがれきの処理なくしてはあり得ない。被災地の復興は日本の復興でもある。その観点から政府も自治体に受け入れと処理を要請している。・・・・プラカードに「きれいな九州」があったが、私には「九州だけ安全ならいい」としか受け取れなかった。今後、日本のどこで大災害が起きるかもわからない。被災地の痛みは全国で共有すべきだ。
③「反原発論者は暗い現実を見て」---61歳男性(千葉県)/原発再稼動に反対する意見が多いが、私は一刻も早く再稼動すべきだと考える。このまま原発が再稼動しなければ日本が自滅してしまうのを、座視できないからである。・・・・原発は廃炉にしない限り、再稼動しなくても災害に対する危険性は大きく変わらないと思う。だが、全原発をすぐ廃炉にしたら、その費用は国家予算に匹敵するほど膨大になる。その費用も電気料金に上乗せすれば国民生活は破綻する。経済が衰退しても安全性さえ確保できればいいという考えは「幻想」にすぎないということを、反原発を支持する人々は銘記すべきだと思う。
「声」欄を編集する人は、紙面の構成をもちろん考えて、六人の記事を載せているのでしょうが・・
あとの三つは、
「高速道路の無料化継続して」栃木県61歳男性(被災地に支援物資輸送やボランティア入る車が、高速道路無料が6月までなのは困るという内容)、「PTA会費 これが流用なの?」名古屋市55歳男性(PTA会費を学校の備品等購入に使うのを朝日が「流用」と報じたが、「流用」とはいえないだろうという内容)、「駅員さんと会話 心温まる朝」神戸市54歳女性(乗客と駅員とのほのぼのしたやり取り、という内容)
という感じで、すんなり読めました。
この紙面構成、まとまりが良すぎる。
高速道路の話とPTAの話は、投稿者の主張は、私は、至極もっともだと思いました。それだけに、6記事構成で見ると、どこか、「これが正義」というところへ誘導しようとする意図が見えているような気がします。
朝日は自分では書きたくないであろうことを、声欄の読者が投稿したのを、
けっこう載せているんだな、と以前から思っていたので意外でした。
といいつつも、私は朝日新聞を最近見ていなかったので、たまたま今日読んで、こういう穿(うが)った見方になったのでしょうか。再稼動・がれき拡散・もうなるようにしかならん的な、「国民の生活が第一」とはかけ離れた政府・与党民主党を批判もしていないような、かえって手助けをしているような構成です。
「いろんな意見を載せてバランスを取ろう」といった構成になるのは仕方ないでしょうが、
私が問題だと思った点。
①は、高い放射線量の数値が出ているのに、投稿者が「放射線量が低く帰宅可能」と言っている。これは、国際的基準から見ても誤りではないか。
②は、放射性物質を被ったがれきを拡散などしてはいけないのがチェルノブイリで分かっていることなのに、「被災地の痛みは全国で共有すべきだ。」という感情に訴えていること。
③は、論理が破綻しているのでは?と思う。「経済が衰退しても安全性さえ確保できればいいという考えは「幻想」にすぎない」と投稿者は言うが、国に人が健康で存在していないと、そもそも経済が成り立たないのでは?
このような、「人の健康無視」「がれきはみんなで引き受けよう」「原発擁護」みたいな投稿記事を載せておいて、反対の意見を載せることなく、
残りの3人分は、まったく原発とは関係ない記事を載せています。
本当に、ひどい構成だと思いました。
「老人力」という言葉同様、「女子力」という言葉に、違和感を感じてしまうわたし
— 寮美千子さん (@ryomichico) 6月 2, 2012
こんにちは。
今日は本当は「放射能離婚」で記事を書こうかどうしようか、迷っていたのですが、
寮美千子さんという、私がツイッターでフォローしている詩人の方がこんなことをつぶやいていて、
「これって、意外と根が深いような・・」と思ってしまった私です。
最近このブログはいつものことになってしまいましたが、
あまり文章をまとまってちゃんと書けているような気がしないので、
すみません適当ですが流し読みしてくださいね。
私が最近、苦手とする言葉。
■「ゆるふわ」・・・
20歳前後~40代くらいまでの女性の服装などの表現に使われている気がする。
■「大人可愛い」・・・
40代以降の女性の、やはり、服装?主に女性誌やテレビなどで見かける。
私は自分の事を棚に上げて言うが、「大人」って、日本じゃ23,4歳くらいから大人ではないのか?「可愛い」というのは他人から何となく思われているもので、自分から外見だけ可愛くなろうとするのって、ただの「オバロリ」なんじゃない?
「オバロリ」というのは、多分、40代くらい過ぎても少女っぽさを失わない雰囲気を持とたいというか、「美魔女」ともいう、イノセント(無垢というか無知というかそういうような意味だと思う)な雰囲気を保ちたいと頑張っている女性のことじゃないだろうか。
■「女子力」・・・
そりゃ、外見も大事です。「人は見た目が9割」という本も出ているほどです。
けど、「男子力」とは言わないでしょう?
なにか、押し付けがましさを感じる。「女はきれいでいなきゃ」みたいな。
「過剰な身だしなみ」を要求されているような、社会の所有物(すごいな)になることを要求されているような。
■「○○ガール」・・・
ようするに、カメラで写真を撮り、それをブログや簡易サイトにアップする女性のことを、「カメラ女子」または、「写ガール」と言うそうです。
(「シャガール」と「写」をかけているのかどうかは知らないが)
なんでも「ガール」をつけりゃいいってもんじゃないでしょうが、というのと、
何歳まで「ガール」なの?という、突っ込みをしたくなるのです。
ツイッターで、ちょっとした行き違いで(いえ、あれは私が悪かったのだと思う)
繋がりが切れてしまった(いえ・・私が切ってしまった)人がいるけれど、
ツイートは定期的に見ている。
その人は、自分で美容院を経営していたようだが、先日、店を閉めた、
と言ってた。
その人の、ツイートがよかったです。
コピペしてメールに下書きしてとっておいたので、
紹介します。
===============================
@le_zanak
さんの、6月1日(金)0時30分頃のツイート。
■ okihasam zanak @le_zanak
1人で美容室を経営していました。かっこ悪いところを隠そうと必死になる人が増えて来ていました。が、それはよりかっこ悪くなるよ?って自分なりに伝えて来たつもりです。美を追求する仕事が自分に知らしめたのは、内面の美がより大切で 中身の伴わない美など 長くは続かない と言う事でした。
■okihasam zanak @le_zanak
人が嫌がる事を したなら謝る。人に喜ばせて貰ったなら お礼を言う。たったそれだけの事すら、出来ない人も増えていると感じます。そしてそんな当たり前の事を伝えるだけで「厳しい人、気難しい人」と直接で無い批判を受ける。3回連続遅刻して叱られたなら悪いのは君だろう?。
■okihasam zanak @le_zanak
ヘアスタイルを磨いて、自分に自信を付けるのも良い。けれど、自分に自信を持ち過ぎて、人に感謝する事を忘れて、それはかっこ悪いただのナルシストだよ?。本人にも直接伝えて来たけど、解らない人はずっと解らないのだなぁと感心してる。