はてなキーワード: 毛主席とは
初めて北京旅行に行ったら必ず訪れるであろう天安門広場と故宮。もちろん今回の旅のメインである。どちらも人数制限あり、前日までの予約必須ということで、行き当たりばったりの計画では中に入ることができない。基本的に北京の観光地は中国人向けであり、外国人にとって予約の難易度が高くなっていると思う。そりゃ、10億人以上も国民がいるので国内需要だけでものすごいわけですよ。
ガイドブック等を見ても、個人での予約は難しい。現地ツアーか代理店に頼むべし、みたいなことが書いてあることが多いが、増田は事前準備を進める中で、個人でも大丈夫だな、と判断し代理店等は使わずに予約完了できた。3月中旬は旅行の閑散期だったから出来た話かもしれないが、個人で対応するのが好きな方は参考にしてもらえれば。
・観光地
・食事
・四季民福
・鳳臨閣(大同市)
・東来順
・很久以前羊肉串
・京兆尹
まずは予約編。他の観光施設と同じようにWeChatのミニプログラムから天安門広場を検索、起動して予約する。天安門広場の入場は無料だが、時間帯別(日の出、午前、午後、日没〜夜間の4つ)があり、それぞれでチケット枚数の上限があり、前日までに予約が必要。また、1回の予約は大人4名(6歳未満を含めた場合7名)までしかできない。そして1台のスマホで同じ日時の重複予約はできない仕様。今回の増田一行は7名なので、増田夫婦で4名+3名でそれぞれ予約しないといけなかった。天安門広場は毎日、日の出と国旗掲揚をして、日没で降旗する儀式をやっているので、それを見たい人向けの予約時間帯がある。増田は午前枠で予約したが興味があれば試してみて。
天安門広場や故宮周辺はタクシーの乗降が制限されているエリアで、DiDiを使ってもここまで来れないので、地下鉄を使うのが一般的。天安門広場の入口は4箇所あり、増田一行は地下鉄1号線の天安門東駅から入場した。9時ぐらいの到着だったが、地下鉄駅からすでにすごい人だかりができている。天安門広場へ向かう人のほか、故宮へ直接行く人、天安門広場横の国家博物館へ行く人で溢れている。列を間違えないように天安門広場へ入るセキュリティチェックのゲートへ並ぶが、ここでトラブルが発生。WeChatのミニプログラムを開くと、増田が手続きした4名分の予約がごっそりと消えていた。予約完了後にスクリーンショットを取ってあったので、予約したのは間違いないのだが、消えた原因はさっぱりわからない。また、増田妻が予約した3名分は問題なかった。セキュリティチェック前の入場券確認でやっぱり引っかかり、スクリーンショットを見せてもやはり通してもらえず、英語で一生懸命説明するが、係員も英語できないので5分ほどここで停滞。老人がいて7名中3名のチケットはあるので最後には、しょうがねーなー、という感じで通してもらった。係員さん、ありがとう。
天安門広場は南北に広い広場になっている。北側に国旗、真ん中に人民英雄紀念碑、南側に毛主席記念堂がある。道路を挟んで北側に、毛沢東の肖像画が飾られた天安門が見える。その広さに圧倒されるとともに、どうしても天安門事件を考えてしまい、当時の学生デモの状況や戦車による鎮圧などテレビで見た風景が脳裏に蘇ってくる。広場自体は見学するところも特にないので、記念撮影などをそこそこにして北側にある故宮へ向かう。
北京観光のメインディッシュ。これまたとてつもなく広いので、ずっと歩き回らないいけない。今回は春で天気も良かったので過ごしやすかったが、真夏、真冬は大変だろうなと思う。事前に映画「ラストエンペラー」とか日本でも放映されている中国の宮廷ドラマなどを見て予習すると更に楽しめると思う。
まずは予約編。ガイドブックでは中国の電話番号がないと予約できないとか、予約可能枠は瞬殺で無くなるので、個人での予約は難しいようなことが書いてあり、当初はVeltraなどのツアーサイトから予約しようと思っていたが、準備編に書いたように中国の電話番号を手に入れて、WeChatの故宮のミニプログラムで予約の仕組みや連日の予約状況を調べて行くにつれて、これは個人予約でも大丈夫そうだなと判断した。7日前から予約可能で、午前・午後枠を選ぶ。午前枠でも出る時間は午後でも構わないが、12時までに入場しないといけないので注意。午後枠は11時から入場できる。入場料は一般20元、老人(60歳以上)10元、幼児枠はあるが未成年の割引はなかった。その他オプションで鐘表館、珍宝館の入場券(それぞれ10元、老人半額)が選択できる。機会損失の無いよう買っておいたが、鐘表館は入らなくてもいいかなと思う。珍宝館のチケットは、九龍壁など通常券では見れないエリアがあるので買う価値があると思う。
1回の予約で5人分までしか予約できないが、複数購入ができるので2回に分けて購入した。予約にはもちろん全員分のパスポート情報が必要で、最後に電話番号の入力がある。ここで日本の携帯電話番号を入れると弾かれて購入できない。増田は中国の電話番号を取得済みなので、無事に予約完了となった。ただ、SMS受信をしてアクティベーションするわけでもなさそうなので、中国の電話番号の法則を調べてダミーの電話番号を入れて購入する裏技があるみたいな情報も見かけた。(何があるか分からないのでおすすめはしない)
さて、いよいよ入場であるが、天安門広場から地下を通って天安門城楼をくぐって故宮の入口まで歩くのだが、入口につくまでが長い。感覚としては7〜800mぐらい歩く感じだ。そして入場の列に並ぶのだが、これまた長蛇の列になっていて、並んでから入場まで20分ぐらいはかかったと思う。大同古城編でも書いたが、清朝の着物のコスプレサービスを提供する店が多数あり、故宮見学の人の中にも多数の皇帝、皇后の衣装をまとった人たちがいた。日本語を話しているコスプレの人もいたので、興味があれば調べてチャレンジして欲しい。いつものようにセキュリティチェックとパスポート読み取りをしてようやく入場。隣の列にいた西洋人カップルは女性の方だけがパスポートチェックが通らずに止められていた。こういう場合どうなるんだろう?と心配になった。
そして故宮の中も広い!広い!広い!入場までにも天安門、端門、午門と3つの大きな門を抜けているが、さらに太和門を抜けて、ようやく皇帝の執務室?である太和殿に着く。でもこれまでは前半部分でしかなく、後宮である居室はもっと奥にある。太和殿の左右のエリアにも、それぞれ見どころはあるのだが、全部見るには体力がものすごく要るので、今回はメインどころしか見ていない。旅行前にドラマや映画で予習をしておけば、もっとこだわりの見学ができるかもしれない。
太和殿を過ぎたあたりでお昼の時間になり、疲れてきたところでもあるので昼食を探す。故宮内にはいくつか故宮餐庁と呼ばれるレストランがある。日本だったらこのような観光地のレストランは1〜2時間待ちになりそうなものだが、中国人は食事を持ってきているのか、行列はできているが、ちょっと待てば入れそうな雰囲気だった。増田一行はベンチが確保できて休んでいたのでレストランには行かずに売店でホットドック(爆汁熱狗棒)4本とサンドイッチ(かなり本格的で美味しかった)3セットを買って食べた。合計170元、観光地価格ではあるが、十分な量があり満足した。
昼食後にオプションの鐘表館と珍宝館を見学する。鐘表館は清朝時代の時計が展示されており、前半はフランスやイギリスから献上?されたものが展示され、後半は中国国内で制作されたものがあった。10分も見れば十分かなあと思うので、特別な思い入れがなければパスしても構わないと思う。珍宝館は太和殿から見て東側のエリアにある。その名の通り、中国の秘宝を展示しているのだが、貴重なもの(翠玉白菜とか)は蒋介石が台湾に持っていってしまったので、そんなに有名なものはないと思う。(増田が知らないだけかもだが)ただ、このエリアには九龍壁などがあるので展示物は見なくてもオプション料金払う価値はあると思う。ご参考まで。
東側の珍宝館エリアから後宮方面に移動するが、この時点がかなり歩き疲れている。後宮エリアは中央に皇帝の居室である乾清宮があり、その東西に東六宮、西六宮と呼ばれる后たちの館がある。「宮廷の諍い女」などの中国宮廷ドラマを見ている人であれば、きっと楽しめる要素がふんだんにあるのだと思うが、増田一行はドラマを見ていないのと足の疲れがピークに達してきたので、東西六宮は完全に無視して中央部のみを見学しながら出口に向かった。皇后の寝殿である坤寧宮を越えると今までは見ることのなかった木々が多数生えているエリアに入り、最後に延和門をくぐって出口を出る。中国人はどこでもタバコを吸うが、故宮の内部は禁煙なので出口の広場でタバコを吸い出す人が多く、もくもくしている。
故宮の北側には景山公園という築山があり、ここに登れば故宮を見渡すことができるようだが、思ったよりも高く、疲れた足に鞭打って登る気にはならず、またこの後にホテルの移動があるので、そのままDiDiに乗ってホテルへ戻ることにした。ただし、故宮出口付近はタクシー乗降の禁止エリアになっていてDiDiの配車も出来ないので、禁止エリアを出るために500mぐらい歩くことになった。故宮出口の北側の道路は、北京の他の観光地に向かうシャトルバスの乗り場があり、中国人はバスに乗って移動しているようだったが、仕組みが分からないので手を出していない。DiDiでホテルに戻り今日の観光は完了。今日もたくさん歩いた。義母の歩数計によると15,000歩だったそう。
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第四章 喪のファンファーレ
清明節の雨が黄浦江を鈍色に染める。水滴がオフィスの窓を伝う軌跡が、経理ソフトのグラフ下落線と重なる。シュレッダーが咽びなうように回転する音が、リンユイが歌った「夜来香」のメロディと奇妙に同調す。「山田さん、監査チームがエレベーターに乗り込んだ」内線電話の雑音が、あの夜のKTVマイクのハウリングを想起させる。
廊下の警備員ブーツ音が秒針になる。燃えさかる伝拝の炎が、リンユイと香港の会話録音を飲み込む。「日本人経理は最高の傀儡よ」彼女の笑い声が炎の中で高周波に歪む。灰が地鉄駅の「安全出行」アナウンスに乗って舞い、警備員の制帽に降り積もる。
新鍳真フェリーの気笛が霧の幕を引裂く。甲板で握りしめたスマホの割れた画面に、小春からの最後のWeChatが凍りついてる。由美子のプロフィール画が灰色の回転マアクに変わる瞬間、浦東の超高層ビル群がリンユイのイヤリングのようにきらめいて消える。
波間に浮かぶ桜の花弁が、偽造領受書の断片へと変容する。その一枚に「家族サービス残業代」の文字が滲んで見える。船底で重油が唸す音が、あの夜翡翠宮で聞いだ骰子の音に変換される。リンユイの泣きぼくろの位置を正確に記憶している事に気つき、冷たい笑いが喉から零る。
浦東空港の管制塔が水平線に沈む、制服のポケットから現れた龍刺繡のハンカチが風に翻る。あの印刷屋の男が押付けたUSBメモリの残骸が、波間に光る毛主席の肖像を呪いながら沈んでいく。
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第三章 蜃気楼の帳簿
浦東空港の遅延便案内板が痙攣する。赤いLED文字が「人生の定刻」を嘲笑ふように点滅する。ノートパソコンの画面に踊る香港からの偽装送金データが、リンユイのイヤリングの揺れ方と同期する。湿気を含んだ人民元札束の束が、デスクの引き出しで黴くさい息を吐いている。指先で数えるたびに毛主席の肖像が歪む。「ふるふる」とWeChatが震える度、肋骨の裏側で心臓が監査報告書の表紙を蹴破す。
「印鑑の捺印、明朝までよ」リンユイの声が受話器を越しに蘇州琴の調べになる。領収書の改ざん作業が、街の印刷屋で刷る偽造伝票の速度に追いつかない。USBメモリの存在感がズボンのポケットで体温を帯びる。路地裏で受け渡した男の手の甲に、青い龍の刺青がうごめいでいたことを突然思い出す。
経理システムに毒を入れる瞬間、オフィスの蛍光灯が一瞬暗転する。液晶画面に映る自分の瞳が、翡翠宮KTVのシャンパングラスぞこのように濁っている。エアコン吹出口から舞い落ちた灰が、平成31年度の旅費精算書に小さな黒い星座を描す。その模様がリンユイの泣きぼくろの位置と奇妙に一致す。
監査チームの予定表が更新された通知音と共に、スマホの待受画面が娘の運動会写真に切り替わる。小春が走るトラックの白線が、偽装送金の矢印記号に変形する。汗が領収書のインクを滲ませ、2019年4月が2023年5月に化ける。
深夜のオフィスでシュレッダーが唸す。裁断された紙片が、黄浦江に浮かぶ貨物船の積荷のよう排水口へ流れ落ちる。窓外で雷光が閃いた瞬間、リンユイからの未読メッセージが3件に増えている事に気つく。雨戸が打付けるリズムが、架空発注書の承認印を押す速度と同調しはじめる。
在美国中央情报局极其机密的“行事手册”中,关于对付中华人民共和国的部分最初撰写于中美严重对立的1951年,以后随着中美关系的变化不断修改,至今共成十项,内部代号称为《十条诫令》。直到最近才被揭密。我们看完后简直大吃一惊!美国和平演变的阴谋太可怕了!
十条诫令转述如下
一、尽量用物质来引诱和败坏他们的青年,鼓励他们藐视、鄙视、进一步公开反对他们原来所受的思想教育,特别是共产主义教条。替他们制造对色情奔放的兴趣和机会,进而鼓励他们进行性的滥交。让他们不以肤浅、虚荣为羞耻。一定要毁掉他们强调过的刻苦耐劳精神。
二、一定要尽一切可能,做好传播工作,包括电影、书籍、电视、无线电波……和新式的宗教传播。只要他们向往我们的衣、食、住、行、娱乐和教育的方式,就是成功的一半。
三、一定要把他们青年的注意力,从以政府为中心的传统引开来。让他们的头脑集中于:体育表演、色情书籍、享乐、游戏、犯罪性的电影,以及宗教迷信。
四、时常制造一些无事之事,让他们的人民公开讨论。这样就在他们的潜意识中种下了分裂的种子。特别要在他们的少数民族里找好机会,分裂他们地区,分裂他们的民族,分裂他们的感情,在他们之间制造新仇旧恨,这是完全不能忽视的策略。
五、要不断制造消息,丑化他们的领导。我们的记者应该找机会采访他们,然后组织他们自己的言辞来攻击他们自己。
六、在任何情况下都要宣扬民主。一有机会,不管是大型小型,有形无形,都要抓紧发动民主运动。无论在什么场合,什么情况下,我们都要不断对他们(政府)要求民主和人权。只要我们每一个人都不断地说同样的话,他们的人民就一定会相信我们所说的是真理。我们抓住一个人是一个人,我们占住一个地盘是一个地盘。
七、要尽量鼓励他们(政府)花费,鼓励他们向我们借贷。这样我们就有十足的把握来摧毁他们的信用,使他们的货币贬值,通货膨胀。只要他们对物价失去了控制,他们在人民心目中就会完全垮台。
八、要以我们的经济和技术优势,有形无形地打击他们的工业。只要他们的工业在不知不觉中瘫痪下去,我们就可以鼓励社会动乱。不过我们必须表面上非常慈爱地去帮助和援助他们,这样他们(政府)就显得疲软。一个疲软的政府,就会带来更大的动乱。
九、要利用所有的资源,甚至举手投足,一言一笑,都足以破坏他们的传统价值。我们要利用一切来毁灭他们的道德人心。摧毁他们的自尊自信的钥匙,就是尽量打击他们刻苦耐劳的精神。
十、暗地运送各种武器,装备他们的一切敌人,以及可能成为他们敌人的人们。
美国尼克松总统写下这样一本书《不战而胜》,理论来自中国的孙子兵法。
他在书中,这样说:"当有一天,中国的年轻人,已经不再相信,他们老祖宗的教导和他们的传统文化,我们美国人,就不战而胜了……”
美国在预谋,和平演变中国。他们没动一抢一炮,只用了中国老祖宗的智慧,就想把我们打败。冷静想想,他们教会我们性解放,他们却在反对堕胎。他们让中国人,丧失了家庭责任,但是他们强调一夫一妻,伦理道德。堂堂的美国总统克林顿,他只有一个外遇,都要遭到严厉的弹劾,这说明什么?他们让中国孩子,很快进入了电子时代,我们的父母措手不及,立刻变成文盲。独生子女们,不用辛苦赚钱,就能活的潇洒自由。他们穿名牌,吃饭店,睡酒店,除了朋友,谁都不需要。
毛泽东早就预料到了美国会有此意图,在《毛主席语录》中他曾说过:我们取得了胜利,但是我们不能骄傲。因为胜利,资产阶级也有可能出来捧场。事实证明敌人的武力不能征服我们,有些同志不曾被带枪的敌人征服,他们在敌人面前不愧英雄的称号;但是他们经不起人们糖衣炮弹的攻击,他们在糖弹面前会打败仗。
【国際】「日本より中国の歴史歪曲のほうがひどい」…歴史教師がタブーを犯す - 中国
http://tsushima.2ch.net/test/read.cgi/newsplus/1273288435/
http://www.nicovideo.jp/watch/sm10649710
中国の勇気ある歴史教師が授業で毛沢東批判をして当局に言論封殺されたニュースのスレッドで、毛主席記念館を靖国神社にたとえているのを批判するネトウヨが沸いていたので、ひとこと書き込んでみた。
104 :名無しさん@十周年 :2010/05/08(土) 12:32:07 ID:mCP3MKXRP
言い得て妙だわな。
一緒にするな!ってファビョってる似非愛国者たちが出てくると思うけど、
戦没者慰霊だけならまだ良かったが、A級戦犯が合祀された時点から
展示内容もさることながら、上映されている映画の内容が特にひどい。
戦争を美化しすぎていて、論理よりは感情に訴える部分が多くて、
戦争の全責任を外国に帰しているように見えて、時代がかっていて、
皆で手を叩いて軍歌を唱和しているシーンなどは明らかに戦争賛美
しているようにしか見えなかったりする。
ネトウヨ(笑)のみんなも、一度は靖国神社と遊就館に行くことをおすすめするよ。
少なくとも半数くらいの人は目が覚めるだろう。
張霞は毛沢東の遺体が収められている毛主席紀念堂に勤務する女医。
夫は香港生まれの台湾育ちで香港証券公司北京事務所首席代表。たまたま2人は留学先のハーバード大学で知り合って結ばれた。
現在の住まいは北京の超高層マンションで子供はいない。彼女の父親の張豪は、北京を中心に超高級大型マンション開発を次々と手がけるやり手不動産デベロッパー。
祖父の張軍は毛沢東から強い信頼を寄せられていた身辺警護責任者。共産党長老であればこそ、様々な恩典を享受している。
いわば歴代共産党政権の“いいとこ取り”を享受する典型的な老壮青三世代一家。毛主席万々歳で改革・開放もバンザイだ。
ある冬の日の午後、アメリカ人の友人に誘われ北京郊外でゴルフを楽しんだ疲れからだろう、毛主席紀念堂2階の執務室で英文で書かれた『この目でみたソ連解体』を読みながら、彼女は寝入ってしまう。
どれほどの時間が過ぎたのか。ふと彼女の耳に、コツコツと怪しげな音が。夢か現か。目覚めた彼女が階段を降りて音のする方へ向かうと、ケースに納められた毛沢東がカッと目を見開き、ジッと彼女に見入る。
20数年の眠りから目覚めたのだ。彼女は祖父に連絡し、誰にも知られることなく祖父の家に毛沢東を案内する。
毛沢東を長患いがやっと癒えた書家の文潤之に変装させ、張霞と張軍が連れ出す。
先ず北京の街をドライブだ。因みに文は毛沢東の母方の生家の姓で、潤之は毛沢東の号である。
張豪が自家用車を2台持っていることを知るや、毛沢東は「断固として改めねばならない資本主義的傾向だ」と、いきり立つ。
毛沢東の目の前に車庫から引き出された「桑塔納(サンタナ)」のハンドルを握っていたのは張霞。
「若い娘が車の運転か」と怪訝な顔つきの毛沢東に、彼女は「英語、コンピューター、車は今時の中国の若者にとって当たり前よ」と追い討ちをかける。
「20年ほど眠っていたが、まるで1世紀も後れを取ってしまったようだ」と嘆く毛沢東。サンタナはドイツのメーカーと合弁で上海で生産され、目下の中国では一般的な大衆車だとの彼女の説明に、「自力更生。独立自主という我が国工業政策の大方針に真っ向から違反している」と、トンチンカンにも心の底から不満をぶちまける。
北京の街並みは一変し、文革当時の面影は皆無。「M(マック)」や「KFC(ケンタ)」の看板に驚き、若い男女の派手な服装に眉を顰める。繁華街を歩く彼の手に若い娘がパンフレットを手渡す。
「文革の宣伝ビラ。それとも中央トップの講話かな」と喜んだのも束の間。高級マンションの宣伝ビラだった。
落胆頻り。自分と共に、周恩来、劉少奇、朱徳の横顔が並んで印刷された100元紙幣を手にし、「劉は党内外の一切の職務を解任され永遠に党籍を剥奪されたのに、なぜいま、多くの人民が使う紙幣に印刷されているんだ。
これは文革をひっくり返そうという陰謀だーッ」と激怒。当たり前の話だが、まさにKYの極致。
以後、故郷の韶山を訪ねては資本主義的変貌に驚き、蒋介石、江青からフルシチョフまで因縁浅からぬ人々と再会し論争し往時を語る。
ついには彼のソックリさんに見間違えられ公安まで出動する羽目に・・・。
暫しの眠りから目覚めた彼女は慌てて一階へ。やはり毛沢東は、目を閉じてケースの中に横たわっていた。