はてなキーワード: 福神漬とは
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「あの女は君にほれているのか」
二人のあとから続々聴講生が出てくる。三四郎はやむをえず無言のまま梯子段を降りて横手の玄関から、図書館わきの空地へ出て、はじめて与次郎を顧みた。
「よくわからない」
「そういうこともある。しかしよくわかったとして、君、あの女の夫になれるか」
三四郎はいまだかつてこの問題を考えたことがなかった。美禰子に愛せられるという事実そのものが、彼女の夫たる唯一の資格のような気がしていた。言われてみると、なるほど疑問である。三四郎は首を傾けた。
「野々宮さんならなれる」と与次郎が言った。
「野々宮さんと、あの人とは何か今までに関係があるのか」
「知らん」と言った。三四郎は黙っている。
「また野々宮さんの所へ行って、お談義を聞いてこい」と言いすてて、相手は池の方へ行きかけた。三四郎は愚劣の看板のごとく突っ立った。与次郎は五、六歩行ったが、また笑いながら帰ってきた。
「君、いっそ、よし子さんをもらわないか」と言いながら、三四郎を引っ張って、池の方へ連れて行った。歩きながら、あれならいい、あれならいいと、二度ほど繰り返した。そのうちまたベルが鳴った。
三四郎はその夕方野々宮さんの所へ出かけたが、時間がまだすこし早すぎるので、散歩かたがた四丁目まで来て、シャツを買いに大きな唐物屋へはいった。小僧が奥からいろいろ持ってきたのをなでてみたり、広げてみたりして、容易に買わない。わけもなく鷹揚にかまえていると、偶然美禰子とよし子が連れ立って香水を買いに来た。あらと言って挨拶をしたあとで、美禰子が、
「せんだってはありがとう」と礼を述べた。三四郎にはこのお礼の意味が明らかにわかった。美禰子から金を借りたあくる日もう一ぺん訪問して余分をすぐに返すべきところを、ひとまず見合わせた代りに、二日ばかり待って、三四郎は丁寧な礼状を美禰子に送った。
手紙の文句は、書いた人の、書いた当時の気分をすなおに表わしたものではあるが、むろん書きすぎている。三四郎はできるだけの言葉を層々と排列して感謝の意を熱烈にいたした。普通の者から見ればほとんど借金の礼状とは思われないくらいに、湯気の立ったものである。しかし感謝以外には、なんにも書いてない。それだから、自然の勢い、感謝が感謝以上になったのでもある。三四郎はこの手紙をポストに入れる時、時を移さぬ美禰子の返事を予期していた。ところがせっかくの封書はただ行ったままである。それから美禰子に会う機会はきょうまでなかった。三四郎はこの微弱なる「このあいだはありがとう」という反響に対して、はっきりした返事をする勇気も出なかった。大きなシャツを両手で目のさきへ広げてながめながら、よし子がいるからああ冷淡なんだろうかと考えた。それからこのシャツもこの女の金で買うんだなと考えた。小僧はどれになさいますと催促した。
二人の女は笑いながらそばへ来て、いっしょにシャツを見てくれた。しまいに、よし子が「これになさい」と言った。三四郎はそれにした。今度は三四郎のほうが香水の相談を受けた。いっこうわからない。ヘリオトロープと書いてある罎を持って、いいかげんに、これはどうですと言うと、美禰子が、「それにしましょう」とすぐ決めた。三四郎は気の毒なくらいであった。
表へ出て別れようとすると、女のほうが互いにお辞儀を始めた。よし子が「じゃ行ってきてよ」と言うと、美禰子が、「お早く……」と言っている。聞いてみて、妹が兄の下宿へ行くところだということがわかった。三四郎はまたきれいな女と二人連で追分の方へ歩くべき宵となった。日はまだまったく落ちていない。
三四郎はよし子といっしょに歩くよりは、よし子といっしょに野々宮の下宿で落ち合わねばならぬ機会をいささか迷惑に感じた。いっそのこと今夜は家へ帰って、また出直そうかと考えた。しかし、与次郎のいわゆるお談義を聞くには、よし子がそばにいてくれるほうが便利かもしれない。まさか人の前で、母から、こういう依頼があったと、遠慮なしの注意を与えるわけはなかろう。ことによると、ただ金を受け取るだけで済むかもわからない。――三四郎は腹の中で、ちょっとずるい決心をした。
「ぼくも野々宮さんの所へ行くところです」
「そう、お遊びに?」
「いえ、すこし用があるんです。あなたは遊びですか」
「いいえ、私も御用なの」
両方が同じようなことを聞いて、同じような答を得た。しかし両方とも迷惑を感じている気色がさらにない。三四郎は念のため、じゃまじゃないかと尋ねてみた。ちっともじゃまにはならないそうである。女は言葉でじゃまを否定したばかりではない。顔ではむしろなぜそんなことを質問するかと驚いている。三四郎は店先のガスの光で、女の黒い目の中に、その驚きを認めたと思った。事実としては、ただ大きく黒く見えたばかりである。
「どうして御存じ」
三四郎は返答に窮した。女は頓着なく、すぐ、こう言った。
「いくら兄さんにそう言っても、ただ買ってやる、買ってやると言うばかりで、ちっとも買ってくれなかったんですの」
三四郎は腹の中で、野々宮よりも広田よりも、むしろ与次郎を非難した。
二人は追分の通りを細い路地に折れた。折れると中に家がたくさんある。暗い道を戸ごとの軒燈が照らしている。その軒燈の一つの前にとまった。野々宮はこの奥にいる。
三四郎の下宿とはほとんど一丁ほどの距離である。野々宮がここへ移ってから、三四郎は二、三度訪問したことがある。野々宮の部屋は広い廊下を突き当って、二段ばかりまっすぐに上がると、左手に離れた二間である。南向きによその広い庭をほとんど椽の下に控えて、昼も夜も至極静かである。この離れ座敷に立てこもった野々宮さんを見た時、なるほど家を畳んで下宿をするのも悪い思いつきではなかったと、はじめて来た時から、感心したくらい、居心地のいい所である。その時野々宮さんは廊下へ下りて、下から自分の部屋の軒を見上げて、ちょっと見たまえ、藁葺だと言った。なるほど珍しく屋根に瓦を置いてなかった。
きょうは夜だから、屋根はむろん見えないが、部屋の中には電燈がついている。三四郎は電燈を見るやいなや藁葺を思い出した。そうしておかしくなった。
「妙なお客が落ち合ったな。入口で会ったのか」と野々宮さんが妹に聞いている。妹はしからざるむねを説明している。ついでに三四郎のようなシャツを買ったらよかろうと助言している。それから、このあいだのバイオリンは和製で音が悪くっていけない。買うのをこれまで延期したのだから、もうすこし良いのと買いかえてくれと頼んでいる。せめて美禰子さんくらいのなら我慢すると言っている。そのほか似たりよったりの駄々をしきりにこねている。野々宮さんはべつだんこわい顔もせず、といって、優しい言葉もかけず、ただそうかそうかと聞いている。
三四郎はこのあいだなんにも言わずにいた。よし子は愚な事ばかり述べる。かつ少しも遠慮をしない。それがばかとも思えなければ、わがままとも受け取れない。兄との応待をそばにいて聞いていると、広い日あたりのいい畑へ出たような心持ちがする。三四郎は来たるべきお談義の事をまるで忘れてしまった。その時突然驚かされた。
「そうか」
「うれしいでしょう。うれしくなくって?」
野々宮さんはかゆいような顔をした。そうして、三四郎の方を向いた。
「ぼくの妹はばかですね」と言った。三四郎はしかたなしに、ただ笑っていた。
「ばかじゃないわ。ねえ、小川さん」
三四郎はまた笑っていた。腹の中ではもう笑うのがいやになった。
「美禰子さんがね、兄さんに文芸協会の演芸会に連れて行ってちょうだいって」
「里見さんといっしょに行ったらよかろう」
「御用があるんですって」
「お前も行くのか」
「むろんだわ」
野々宮さんは行くとも行かないとも答えなかった。また三四郎の方を向いて、今夜妹を呼んだのは、まじめの用があるんだのに、あんなのん気ばかり言っていて困ると話した。聞いてみると、学者だけあって、存外淡泊である。よし子に縁談の口がある。国へそう言ってやったら、両親も異存はないと返事をしてきた。それについて本人の意見をよく確かめる必要が起こったのだと言う。三四郎はただ結構ですと答えて、なるべく早く自分のほうを片づけて帰ろうとした。そこで、
「母からあなたにごめんどうを願ったそうで」と切り出した。野々宮さんは、
「なに、大してめんどうでもありませんがね」とすぐに机の引出しから、預かったものを出して、三四郎に渡した。
「おっかさんが心配して、長い手紙を書いてよこしましたよ。三四郎は余儀ない事情で月々の学資を友だちに貸したと言うが、いくら友だちだって、そうむやみに金を借りるものじゃあるまいし、よし借りたって返すはずだろうって。いなかの者は正直だから、そう思うのもむりはない。それからね、三四郎が貸すにしても、あまり貸し方が大げさだ。親から月々学資を送ってもらう身分でいながら、一度に二十円の三十円のと、人に用立てるなんて、いかにも無分別だとあるんですがね――なんだかぼくに責任があるように書いてあるから困る。……」
野々宮さんは三四郎を見て、にやにや笑っている。三四郎はまじめに、「お気の毒です」と言ったばかりである。野々宮さんは、若い者を、極めつけるつもりで言ったんでないとみえて、少し調子を変えた。
「なに、心配することはありませんよ。なんでもない事なんだから。ただおっかさんは、いなかの相場で、金の価値をつけるから、三十円がたいへん重くなるんだね。なんでも三十円あると、四人の家族が半年食っていけると書いてあったが、そんなものかな、君」と聞いた。よし子は大きな声を出して笑った。三四郎にもばかげているところがすこぶるおかしいんだが、母の言条が、まったく事実を離れた作り話でないのだから、そこに気がついた時には、なるほど軽率な事をして悪かったと少しく後悔した。
「そうすると、月に五円のわりだから、一人前一円二十五銭にあたる。それを三十日に割りつけると、四銭ばかりだが――いくらいなかでも少し安すぎるようだな」と野々宮さんが計算を立てた。
「何を食べたら、そのくらいで生きていられるでしょう」とよし子がまじめに聞きだした。三四郎も後悔する暇がなくなって、自分の知っているいなか生活のありさまをいろいろ話して聞かした。そのなかには宮籠りという慣例もあった。三四郎の家では、年に一度ずつ村全体へ十円寄付することになっている。その時には六十戸から一人ずつ出て、その六十人が、仕事を休んで、村のお宮へ寄って、朝から晩まで、酒を飲みつづけに飲んで、ごちそうを食いつづけに食うんだという。
「それで十円」とよし子が驚いていた。お談義はこれでどこかへいったらしい。それから少し雑談をして一段落ついた時に、野々宮さんがあらためて、こう言った。
「なにしろ、おっかさんのほうではね。ぼくが一応事情を調べて、不都合がないと認めたら、金を渡してくれろ。そうしてめんどうでもその事情を知らせてもらいたいというんだが、金は事情もなんにも聞かないうちに、もう渡してしまったしと、――どうするかね。君たしかに佐々木に貸したんですね」
三四郎は美禰子からもれて、よし子に伝わって、それが野々宮さんに知れているんだと判じた。しかしその金が巡り巡ってバイオリンに変形したものとは、兄妹とも気がつかないから一種妙な感じがした。ただ「そうです」と答えておいた。
「ええ」
よし子はまた大きな声を出して笑った。
「じゃ、いいかげんにおっかさんの所へそう言ってあげよう。しかし今度から、そんな金はもう貸さないことにしたらいいでしょう」
三四郎は貸さないことにするむねを答えて、挨拶をして、立ちかけると、よし子も、もう帰ろうと言い出した。
「さっきの話をしなくっちゃ」と兄が注意した。
「よくってよ」と妹が拒絶した。
「よくはないよ」
「よくってよ。知らないわ」
兄は妹の顔を見て黙っている。妹は、またこう言った。
「だってしかたがないじゃ、ありませんか。知りもしない人の所へ、行くか行かないかって、聞いたって。好きでもきらいでもないんだから、なんにも言いようはありゃしないわ。だから知らないわ」
三四郎は知らないわの本意をようやく会得した。兄妹をそのままにして急いで表へ出た。
人の通らない軒燈ばかり明らかな路地を抜けて表へ出ると、風が吹く。北へ向き直ると、まともに顔へ当る。時を切って、自分の下宿の方から吹いてくる。その時三四郎は考えた。この風の中を、野々宮さんは、妹を送って里見まで連れていってやるだろう。
下宿の二階へ上って、自分の部屋へはいって、すわってみると、やっぱり風の音がする。三四郎はこういう風の音を聞くたびに、運命という字を思い出す。ごうと鳴ってくるたびにすくみたくなる。自分ながらけっして強い男とは思っていない。考えると、上京以来自分の運命はたいがい与次郎のためにこしらえられている。しかも多少の程度において、和気靄然たる翻弄を受けるようにこしらえられている。与次郎は愛すべき悪戯者である。向後もこの愛すべき悪戯者のために、自分の運命を握られていそうに思う。風がしきりに吹く。たしかに与次郎以上の風である。
三四郎は母から来た三十円を枕元へ置いて寝た。この三十円も運命の翻弄が生んだものである。この三十円がこれからさきどんな働きをするか、まるでわからない。自分はこれを美禰子に返しに行く。美禰子がこれを受け取る時に、また一煽り来るにきまっている。三四郎はなるべく大きく来ればいいと思った。
うまみ調味料!にんにく!油!のパンチがきいたジャンクフードだ
肉の量も充実しておりとても満足感がある
餃子やラーメンも安くつけれる日高屋と勝負できているのだろうか?
これは好みの調味のためにテイクアウトしている
学生時代はコーラをコンビニで買えば安いという下心がなかったといえば嘘になるが
クラチはケチャップ、マスタードをたっぷりつけてブラックペッパーをたっぷり振って食べる
この北海道ポテト+トリュフ塩はまじで最強にうまいので騙されたと思って試してほしい
鶏の黒酢あん(単品、2個増量)、大戸屋ばくだん小鉢、たまごプリン
鶏の黒酢あんとチキンかあさん煮はなんだかんだよくてきてるとは思うが他もうまい
大戸屋がいいのはおかず単品とか肉増量とかサイドとかかなり細かくカスタマイズがきくのと
たまごプリンが甘くて大量のバニラビーンズが入りとにかくうまいということだ
しかしノーマル牛丼に七味に紅生姜に玉子という王道が結局圧倒的にうまいのだ
そしてすき家は肉の盛りが他チェーンより良い気がする
15年前はすき家のノーマル牛丼は食べるのが厳しいレベルだった記憶だが今はそんなことはない
個人的におしんこの土くさい感じがあまり好みでないのが残念である
ポーク1辛、300g、メンチカツ、ほうれん草、オムエッグ、ルー追加
ココイチは自分の好きな具材をカレーソースで食べる店ととらえている
特徴を抑えたうますぎないルーがトッピングの邪魔をせず、トッピングや好みの調味を加えて始めて完成する
冷だと麺のコシも悪くないしこのだしもうまい
ちくわ天はうどんにどぼん、とり天はそのまま、コロッケはウスターソースをかけて食べている
コロッケはカロリー的にやりすぎだがソースのアクセントが楽しいのでつい足してしまう
トマーッス
本日は世界トラの日、日本においてはアマチュア無線の日、水素医学の日、白だしの日、福神漬の日、永くつながる生前整理の日、七福神の日となっております。
7と29の語呂合わせですね。
虎がなんであの模様なのかって言えば、なんだか茂みなどで身を隠す時に体の輪郭をぼやかしやすいからあの模様なのだそうです。
虎を描く時は強めの黄色で描かれることが多いですが、本物はやっぱり泥とか木の汁とか血とか被ってますからね。
暗めの警戒色が自然の闇に潜んでいたら見えづらいだろうなぁと思います。
普通の生活でも茂みなどの暗闇は見えづらかったりしますからね、迷わずに懐中電灯などを利用しましょう。
ということで本日は【十分な灯りよいか】でいきたいと思います。
十分な灯りよいか!十分な灯りヨシ!
ヨッピーの記事で軽く取り上げられた北海道帯広市のご当地ローカルチェーン「カレーショップインデアン」について、帯広に住んで星霜を経た私が、初心者からわかる楽しみ方を紹介しよう。
公式サイトはここ。
http://www.fujimori-kk.co.jp/indian/
https://hokkaido-labo.com/indian-curry-obihiro-15604
そもそもここは、駅前にある「ふじもり食堂」が、カレー事業を独立させて事業展開しているチェーン店だ。
家族連れで旅行した際に、「自分はインデアンを食べてみたいけれど、他のメンバーが色んな食事を楽しみたい」みたいなことがあるかもしれない。
それならふじもり食堂に入ると良い。インデアンよりカレーメニューは少ないが、「ふじもり」のカレーは「インデアン」のカレーと同じなのだ。
ふじもり食堂の歴史は古く、この開拓地に鉄道の駅が初めてできた時に、現在で言う「キオスク」的な商店を始めたのが濫觴である。
「ふじもり食堂」は現在でも駅前で列車の待ち時間などで使用されるから、今に生きる歴史スポットとも言える。
濃いルー、濃い味で、実は帯広市民でも評価が分かれて、嫌いで行かない人も多い。
嫌いな人は「味が酸っぱい」などの意見があるようだ。
はじめてならば「インデアンカレー」でいい。
メニューに載ってる公式で定められたトッピングメニューから「インデアンらしさ」で食べるべき順を述べるなら以下の通りだ。
「カツ」>「ハンバーグ」=「チキン」>「エビ」=「シーフード」>「野菜」となる。
カツカレーは周囲を見ていてもやっぱり人気。ついでチキン派が続く印象。シーフードはやや異端(美味しいけれど)。そしてやや高い。
ハンバーグはルーの関係(後述)で人気ある。トッピングで一番ポピュラーなのはチーズトッピングで、それが最も用いられるのがハンバーグ。
そんな感じで格付けしてみた。
次にインデアンにある3種のルーの違いを見てみよう。
ルーは三種類。
①インデアンルー
メニューにある6つトッピングのうち、インデアンルーなのは「ハンバーグ」のみ。
「カツ」「チキン」「エビ」「シーフード」はベーシックルー。「野菜」は当然野菜ルー。
これは、インデアンのお店が美味しいと思うからそうしているわけだ。
野菜ルーはイモのおかげでもっさりしている。それが好きな人も多いが、初めてならば避けるべきだろう。
また、野菜ルーはメニューを見ての通り在庫が少ない。よく品切れになっている。
まずは、インデアンルーか、ベーシックルーで提供されるトッピングメニューを注文するべきだ。
インデアンルーは、肉が入っているので人気だ(直球)。
インデアンでは、トッピングとルーとを組みかえてアレンジすることが許されている。
一番多いパターンは、ベーシックルーで提供されるメニューをインデアンルーに切り替えるアレンジだ。
本来ベーシックルーで提供される「カツカレー」だが、それをインデアンルーで楽しめるのだ。
初めての人で、アレンジに挑戦したいのならば、このメニューをたのむべきだろう。
個人的なお薦めは、ハンバーグにエビトッピング、あるいはインデアンルー+カツ+エビだ。
三種の薬味がある。
赤い福神漬
緑のシソ漬
これは市民に聴いても趣味が分かれる。俺は緑が好きだが、ピンク派が多い気がする。
5段階から選べる。
①普通
②中辛
③辛口
④大辛
⑤極辛
辛いの好きなら「大辛」だ。「極辛」は辛いには辛いのだが、よくわからない臭みみたいのが出てくる。「大辛」が一番バランスが良い。
辛いの苦手なら「普通」。注文が多い印象があるのが「中辛」。私はいつも「大辛」。うまいぞ。
飲め。
濃いカレーに水がよく合う。
市内に何店舗かあるインデアンのどこに行くべきだろうか。
初めてならば、「まちなか店」がお薦めだ。
駅から近いし、ここは最も混む所なので、店長は常にインデアンのエースが張る。
現在の前谷店長はエース中のエースで、流麗な仕草でコメを盛り、目に見えぬ速さでカツを斬り、魔法のようなお玉の扱いでカレーをかける。
そのウィザードクラスの調理にもぜひ注目するべき。なので「まちなか店」に行こう。
帯広社会と言うものをじっくり堪能したいのであれば、同じく駅近くの「長崎屋」フードコート内のインデアンに行くのも一考だ。
ここに行くと、マジで老若男女がインデアンを食べている現場に出くわせるだろう。じーさんばーさんも中学生もサラリーマンもお姉さんも食べている。
十勝は旨い食い物が多いので、ぶっちゃけ他のとこ行った方がいい。
だがハマる人はハマる。
なかなか来ること少ない場所と思うが、来たら試してみてほしい。
白米の友・日本漬物史。その光と影(近代食文化研究会)/そして「福神漬」とは何か? - Togetter
戦前のカツレツはフォークとナイフで食べます。ナイフで沢庵を刺し、それを齧って、ナイフでフォークからこそげ落とし、フォークでライスをすくう。非常に面倒くさいこととなります。
沢庵をあらかじめ細切れにしておけば、その様な手間が省けます。
しかし、1日1万食以上のカレーを売った阪急百貨店をはじめ、巨大食堂や須田町食堂のようなチェーン店では大量の漬物を毎日消費します。沢庵を細切れにする手間やコストも馬鹿になりません。
そもそも、一本のたくあん漬けを輪切りにする作業すら、漬物を大量に消費する大食堂やチェーン店では、手間や作業場やコストの問題にはねかえってきます。
余談ですが日露戦争において、漬物の主役が沢庵から福神漬に変更になった理由の一つが、戦場での兵士の手間の削減にあったのではないかと推測しています。
福神漬以外だと、刻み紅生姜はフォークやスプーン、らっきょう漬はスプーンですくいやすい漬物です。いずれも、カレーの薬味となりました。梅干しはスプーンですくえますが、種が厄介です。