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2026-05-11

事故起こした学校は今すぐ赤旗を買え、今すぐにだ

anond:20260508215628

○時×分前も通じないことがあるらしい。

8時10分前を7時50分ではなく8時10分の少し前と思って、8時7~8分頃と思うらしい。

これも学校で教えないからか。

学校バス会社、嘘ついてるのはどっちだろうな?

一部女ってなんであそこまで差別的なの?

相手の外見悪いだけでめっちゃ差別的態度とる人がまあまあいるじゃないですか。あれなんなの?

男でも弱そうな相手舐めるやつとかいるけど、これは女にもいるんだよな。

外見悪い女をブスっていう男って「「「現代では」」」学校みたいな異常なコミュニティ以外ではあん観測されにくくなってるけど、

外見悪い男女にクッソ塩対応したり、差別的な扱いする女店員めtttttttっちゃいるじゃん。一週間に一回は出くわすレベル

あれなんなん?女のルッキズムやばいとかそういうの?

ビアンとかルッキズムバリバリで、ホモは性欲に負けがちかつ好みが細分化されてるから、ブサ面への扱いはそれほど酷くないとかいう話も聞いたことがあって、

ルッキズム強いヤツの割合が多いのって女の特有性質なんかなって思うけどどうなん?

国家権力じゃない権力はなんていうの

国家権力」ではない権力は、文脈によって呼び方が変わります

一番広く言うなら 「非国家権力」 です。

地方自治体権力を言うなら 「地方権力」 でも通じますが、やや硬い・政治評論寄りの言い方です。より普通には 「地方行政権力」、「自治体権力」、「地方政府の権限」 などです。

企業メディア宗教団体学校地域社会などの力まで含めるなら、「社会権力」 や 「民間権力」 のほうが近いです。

整理すると:

意味 言い方

国家以外の権力全般国家権力

自治体地方政府の権力 地方権力自治体権力

企業など民間主体権力 民間権力

社会内の影響力・支配社会権力

公的機関権力全般 公権力

警察裁判所行政」みたいなものなら 公権力

「国ではなく県や市」なら 地方権力自治体権力

会社学校世論」なら 社会権力 です。

anond:20260511204046

😩テストの点数わるいのをテストする学校のせいにするなんてのび太ですらやったことないぞ

anond:20260511190416

こういうバスとか大ききな用具の購入や、建物修繕とかは別に寄付要請があるよ。

年会費と一緒に集金される寄附に加えて臨時で集められる。

学校からみるとこちらの方が運用やすいんじゃないかな。たぶん。

anond:20260511163651

その自動車教習所に何らかの免許がいるんじゃないか? と思ったが確かにバス学校のものである場合白タクにならんぽいな…(Gemini調べだがw)

バスを買ってメンテするだけでもコスト掛かりそうなもんだけど、何度も遠征を繰り返すならこっちの方が安いのかねー

三大「学校バスの思い出」

・騒ぐと運転手がキレる。

クールキャラはだいたい寝ている。

サービスエリアで買い物禁止

学校の授業はデジタル化すべき

部活動廃止して、各自任意民営クラブに入ればいい

学校に体する税務調査が甘いのも良くない

民間企業と同等の監査調査が入っていればそもそも遠征回数と費用ギャップは検出されていたはずで

学校運営の一環で部活動やってるのに金の流れは管理外の扱いで監査されないとなってるのがおかし

anond:20260511155822

学校マイクロバスを持ってて、近場を動くときには免許持ってる顧問教師ではない。副業学校監督をしてる人)が運行、遠出するとき提携している自動車学校からプロ運転手派遣してもらっているのだそうだ。

これ仮に運転手が二種免許持ってたとしても場合によっては白タクになるんじゃねえの?

部活動活動

母校(公立高校)のラグビー部はそれなりに強いラグビー部で、かなり遠征をこなしているし、毎年大会に出てる。

で、どうやって金を工面しているかというと、寄附の半強制徴収なんだよね。

別にラグビー部OBでもなけりゃ、そもそもスポーツ嫌い人間なんだけど、毎年5000円が同窓会費1000円と共に回ってきて支払ってる。

こうやって集めた金がプールされ、そこから出されているらしい。

学校マイクロバスを持ってて、近場を動くときには免許持ってる顧問教師ではない。副業学校監督をしてる人)が運行、遠出するとき提携している自動車学校からプロ運転手派遣してもらっているのだそうだ。

収支報告には「部活動補助金」って形でまるごと計上されているので、内どれぐらいがラグビー部に注がれているか不明だけども、一応は他の部活にも補助が出ているはず。


どうしてこうなっているかというと、昔、保護者運転して遠征中、追突事故を起こしてシートベルトをしてなかった子ども路上に投げ出され2人死ぬという事故があったから。当時かなり報道されて叩かれた。検索すると出てくる。

合併学校名が変わったのもこれが原因。で、当時金がないから悪いと言う話になって、OBから集金するようになったのだそうな。

からまあしゃーないと思ってる。

あと、ラグビー部OB大会に出場するとさらに追加で一万円とか集金が来るらしい。そこに荷物が載りきらないので、遠征の時は保護者の当番が自家用荷物を運ぶのだとか。よーやるわ。

美人は得なのか?

パパ活で超美人に会ったことが何度もある

学校一、地域一くらいに可愛い

その人達を平均したら、まあお得かもなと思うんだけど

しろ生きづらそうな人も何人かい

 

一定以上で可愛い場合芸能関係モデル美人であることを生かした仕事に就いたほうが楽そうだと思った

そうすると周りも美人なので、ある程度仲間ができるし、困ったことの対策もできる、対等に話してくれる友もできる

もちろんそういう人って性格にクセがあるから大変だけど、孤立するよりは良いんじゃないかと思う

問題は、そういう仕事が嫌いとか、苦手とか、コミュ障かいうケース

これはもうビジュアルが重荷になる

そして当然だが、ビジュアルで勝てる仕事を捨てたら、我々と条件は同じになるわけで、成功しても失敗しても周りから噂されることになる

 

理解ある彼君という手もあるが、一定以上美人だと成立しづらくなる

例えば100人から強く求められたとして、その100人からまともな1人を選ぶのは難しいし、99人の恨みを買うわけだ

幸せそうにしている美人でも話を聞くと大抵男関係で怖い目にあっている(一度や二度ではない)

 

あと面白いことに、明らかに得している美人でも、自分が得しているという自覚があまりない

おそらく小さい頃からそうだから慣れてしまっているんだと思う

から自分では普通だと思ってるのに周りからは僻まれたりいじめられたりするので、過度に周りに攻撃的になってる人が多いと思う

 

要はまあ珍獣みたいなもんだね

 

やっぱ一番幸福なのはクラスのマドンナ」くらいだと思うな

anond:20260511131122

レンタカー運転手が慣例かどうかじゃなくて、

学校会社認識が違う

2種免許なし

直近で事故歴あり(高速)

なのが問題なだけでしょ

ようは管理監督所在運転手品質確認を誰がして、問題起こった時どうすんだってのを決めればいいだけなのが本質しかない

anond:20260511131122

原則遠征しない(あっても近場まで)

仕方ないのは公共交通機関として自力(親の送迎等)が可能な人はそれでもいい(責任持って複数人は可)

金のある学校正規の緑バスでいい

anond:20260511105804

もっと学校の科目以外で将来必要能力を数値化してほしい。

anond:20260511103351

北越高校に、蒲原鉄道が初めて営業に行ったのが15年前。営業金子さんの前の営業さんや。

蒲原鉄道は、自社所有バス&自社運転手がメインのプランだけど、

輸送人数や状況に応じていろんな対応をしていた。

少人数で顧問先生運転するプランならバンレンタカーの手配のみ。

大人数で運転手が必要なら自社バス+自社運転手。

中人数で顧問先生運転するプランならマイクロバスレンタカーの手配のみ。


これらは全部合法。厳密には、自社バスとき運行計画書を出してないとか、手抜きはあった。

前の営業さんときは、

中人数で顧問先生運転するプランならマイクロバスレンタカーの手配のみ。」

合法で、そこに運転手まで派遣したらあかんよって認識だったけど、

顧問先生事故を起こしたことがあって顧問には運転を任せられないとなったとき

金子さんがうっかり、運転手を手配してしまった。



蒲原鉄道が、学校要望に全て応じてきたというのも概ね事実だし、

学校白バスなんて頼んでないというのも事実なんや

学校側はとにかく安くやってくれと注文してて

バス会社正規プランではやれないけど繋いでおきたい客だから、脱法プラン提示してたっていう共謀のやつなんだろうね

anond:20260511085737

18までに1000-2000冊くらい読んでてそのあとはチョロチョロだけど

パッと思いつくのが小学校の時にペリーローダン生命潮流とか

歳がバレるけどラノベはダーティーペアとかバンパイアハンターDラノベ/SF神林長平

原書翻訳とり混ぜてSFファンタジーアシモフクラークハリポタLOTRなど

その他普通に学校図書館にあるような明治から昭和小説とか両村上とかヘミングウェイとか

かに全然擦り合わないね

不登校に優しく、みたいなのを見て

不登校は今時よくある、悲観的になりすぎないで見守ろうみたいなのを見て自分の見た悲しいケースを思い出した

特にいじめとかそういうのではなく単に面倒になって小学校時代不登校開始

親は何も言わずに受け入れて、そのあとどこにも相談することなく本人の好きにさせてたら結局小学校中退のまま一切勉強もせず20歳

で、20歳になると突然成人しましたね、税金納めてください年金払いましょうと言われてパニックになってた

この親はシンママなんだけど、子供がいると補助金も出るし、贅沢言わなければなんとか暮らせちゃうんだよね

悪い仲間とつるむとかでもなく引きこもってゲームしてるだけだったし

それが子供が成人したら扶養から外れて補助金によるプラスゼロになって年金税金請求来ていきなり収入が大幅に減る

そこで初めて慌て始める、このままじゃ生活できないぞって

社会復帰しようにもずーっと引きこもりしてたかバイトも出来ない、礼儀も知らない、小学校中退なので最低限の学力もない

別にこいつは生まれつきの障害があったわけでもないから、勉強すれば高校くらいは問題なく行けただろうし五体満足で体もしっかり動くのにちょっとした怠け心で不登校を始めて、そのままズルズル10年過ごした結果、20歳にして粗大ごみなっちゃった

一生金もなくて無課金ゲームするだけが唯一の暇つぶし、それも別に楽しいわけじゃなくて他にやることが無いか

不登校学校に行かないなら代わりにどうやって生きていくのかを親が考えないとマジで詰む

本人は子供から、この先がどうなるかもどうやって詰むかもわからない

親に愛情と金知識経験コネがあればリカバリーできるかもしれないけど、それがないとどうしようもない

この親だって子供を粗大ごみにしたかったわけじゃない

子供に向き合ってどうにかしないとっていうやる気も知識もなかっただけで不幸にしたかったわけじゃない

でも結果的には家族全員が詰むことになった

anond:20260511094639

違法じゃない「白バス自家用自動車)」とは、対価(運賃)を得ずに無償で、自社スタッフ関係者ホテル学校スポーツチーム等)を送迎する行為です。

逆に、対価を得て送迎する「緑ナンバー」以外の車両白ナンバー)は、道路運送法違反白バス行為)となり、刑事罰対象となります

実家暮らしとひとり暮らしの差

隣の芝は青い。その時のメンタルによっては、隣の芝はあまりにも青々しく見えて、喉から手が出るほど欲しい!と思ってしまう時がある。

それが、今である

私は今学生の身で、ある資格を取るために「実習」を行っている。実習とは、目指す資格等によって内容は大きく変わるが、実際の現場へ行き、その場で己が目指す資格取得者がどう働いているかを知り、己はそこでの知識めいっぱい吸収する、といったものである

実習先で粗相のないように!!と耳にタコが1億個できるほど言われ、学校から実習先へと送り出される。

実習をしていて思うのだ。

ひとり暮らし実家暮らしの差えぐくね?

と。

私はひとり暮らし…というか、ひとり暮らしをさせていただいている身で、実習もさせて頂いている身である文句なんて言ったら首がすっ飛んでしまう。

でも、それでも思うのだ。

朝早くから実習へ行き、右も左も分からないまま情報知識人間に揉まれヘロヘロになりながら帰ってきて、寝たいのを我慢してその日の実習記録を書き、分からないところは調べ、寝落ち…る前に風呂に入り飯を食い、明日の準備をして寝る。

これを、実習期間中は繰り返す。

しか実家暮らし場合

ヘロヘロになりながら帰ってきても、ご飯がつくられてあったり、風呂が湧いていたり、日が経っても部屋が掃除されて綺麗なままだったり。

実家暮らしだと、実習「以外」の部分ってかなりメンタル的に楽なんじゃない!?

みんながみんなそうだとは言えないかもしれないけど、実家暮らしだったらなあ…と思いながら、今日も実習に行くのだ。行かねばならぬのだ。戦地へ。

2026-05-10

地方進学校から東大に行った私が、大学一年生に祈ること

地方進学校から東大に行った人間予後が悪い。

もちろん全員ではない。

ただ、少なくとも私はそうだった。

私にとって不幸だったのは、東大に入ったことではない。

自分天井を知るのが十八歳まで遅れたことだった。

十五歳で負けていれば、私はたぶん助かった。

十八歳まで勝ってしまたから、負け方を知らないまま大人になった。

私はどこで間違えたのだろう。

若い頃の私は、自分が間違えることより、他人に合わせて間違えることを恐れていた。その恐れはたしかに私を東大まで連れていった。けれど同じ恐れが、私を社会から少しずつ遠ざけた。

私は今、四十七歳になる。

はいない。子供もいない。

三度目の転職をして、今の会社に来てから二年が経つ。

前の会社は、私から見れば理不尽理由で私を遠ざけ、最後には私の居場所を消した。前の前の会社も、その前の会社も似たようなものだった。

私は毎回、自分は正しかったと思っている。

今でも半分くらいはそう思っている。

ただ、半分はもう思っていない。

これから書くのは、その「半分」の話だ。

この文章を君に向けて書こうと思った理由を先に言っておく。

先日、ある雑誌に頼まれ大学新入生向けの短いエッセイを書くことになった。

東大卒の社会人として、若者メッセージを」というやつだ。

私は引き受けた。

引き受けながら、ふざけるなと思っていた。

社会人として何かを成し遂げたわけでもない私に、なぜそんな依頼が来るのか。たぶん編集者は、私の経歴の一行目しか見ていなかったのだろう。

地方公立高校から現役で東京大学法学部

就職先も誰でも知っている会社だった。

一行目だけは綺麗だ。

二行目以降は読まないほうがいい。

私は二日間、机の前に座った。

何も書けなかった。

自己啓発言葉が一文字も出てこなかった。

「夢を持て」とも「努力は裏切らない」とも書けなかった。

書けば嘘になる。

私は夢を持っていなかった。

努力は私を裏切らなかったが、努力以外のすべてが私を裏切った。

あるいは、努力以外のすべてが私のほうから去っていった。

三日目に編集者電話して、原稿を断った。

その代わりに、誰にも頼まれていないこの文章を書き始めた。

これは雑誌には載らない。

たぶん誰にも届かない。

けれど、もし、たまたま、これから大学に入る誰かが読んでくれるなら、一つだけ伝えたいことがある。

素直になれ。

それから性格をよくしろ

書きながら自分でも笑ってしまう。

よりにもよって私が言うことか。

私はずっと素直ではなかった。

性格も悪かった。

からこれは説教ではない。

懺悔だ。

懺悔は聞かなくてもいい。

ただ、もし君が今、自分の周りを少し愚かに感じているなら、その先に何が待っているかを、私という見本を通して少しだけ覗いてみてほしい。

第一部 正解者だった頃

私が育ったのは北関東県庁所在地だ。

地名は伏せておく。

人口三十万人ほどの、何の特徴もない地方都市だった。

父は地方銀行に勤め、母は小学校給食室でパートをしていた。

妹が一人いた。

家は古かったが、貧しくはなかった。

私の最初記憶は、小学校二年生の算数時間だ。

先生が黒板に問題を書いて、「わかった人?」と聞いた。

私はわかっていた。

手を挙げた。

当てられて答えを言った。

正解だった。

先生が褒めてくれた。

隣の席の女の子が「すごいね」と言った。

私は嬉しかった。

たぶんその瞬間が、私の人生最初ピークだった。

書きながら本当にそう思う。

あの瞬間以上の幸福は、その後の私の人生にもう一度も訪れなかった。

小学校から中学校にかけて、私は常に学年で一番だった。

二番のときもあったが、すぐに一番に戻った。

地方の小中学校で一番というのは、ほとんど何も意味しない。

後になって考えれば、競争相手絶対数が少ないだけのことだ。

けれど当時の私は、自分特別だと信じていた。

周りもそう扱った。

先生も、親戚も、近所のおばさんも。

「あの子東大に行く子だから

中学校とき、母が近所の人にそう言われているのを二回か三回聞いたことがある。

母は嬉しそうに笑っていた。

否定はしなかった。

私は、否定しなかった母を嫌いにはなれなかった。

中学まではまだ良かった。

授業はつまらなかったが、それは皆そうだった。

活動もそれなりに楽しんでいた。

私はクラスで浮いていなかった。

しろ勉強ができる優等生としてちょうど良い位置にいた。

スポーツ普通にできた。

背は普通だった。

顔は、まあ、普通だった。

すべてが普通で、勉強けが少し抜けていた。

それは十三歳の少年にとって、ほとんど理想的な配分だった。

歪み始めたのは高校に入ってからだった。

私が入ったのは、県内で一番偏差値が高いとされる公立高校だった。

OB地元選出の国会議員県知事がいる、というのが地元の自慢だった。

今思えば、それも大した自慢ではない。

けれど当時は、その校門をくぐることに確かな誇りを持っていた。

入ってみると、勉強はやはり私が一番だった。

最初中間試験で学年三位を取ったとき、私は少し焦った。

自分が一番ではないことが、十五歳の私には許せなかった。

期末試験までの一ヶ月、私は本気で勉強した。

期末試験で一番を取った。

それから卒業まで、私は一度も学年一位の座を譲らなかった。

問題勉強以外で起こった。

高校一年の秋、文化祭があった。

私のクラスお化け屋敷をやることに決まった。

決まる過程で、私は反対した。

お化け屋敷過去三年間、毎年どこかのクラスがやっていた。

もう新鮮味がない。

それに暗幕の手配や教室の改造に時間がかかりすぎる。

準備期間は二週間しかない。

私は別の案を提案した。

模擬店で何か食べ物を出すほうが客の回転が早く、利益も出やすい。

これは数字で示した。

前年度の各クラスの売上データを、わざわざ生徒会から借りてきていた。

私の提案却下された。

却下した中心は、クラスで人気のあった明るくてうるさい男子だった。

彼は私の数字を見もせずに言った。

「いや、お化け屋敷のほうが楽しいだろ、絶対

クラスの三分の二が彼に同意した。

私は食い下がった。

「楽しさを論じているんじゃない。準備期間と利益の話をしているんだ」

教室が少し静かになった。

誰かが小さく「うわ」と言った。

私はその「うわ」の意味が今ならわかる。

当時はわからなかった。

担任が温和な顔で言った。

「みんなで決めたんだから、それでいこう」

私は黙った。

黙ったが、心の中では「これは間違いだ」と思っていた。

そして二週間後、その思いは正しかたことが証明された。

私のクラスお化け屋敷は、案の定、準備が間に合わなかった。

当日の朝になっても暗幕が一部つけられず、外から中が見える状態のまま開店した。

客は数えるほどしか来なかった。

模擬店をやった隣のクラスには長蛇の列ができていた。

打ち上げの席で、誰も私に「お前の言う通りだったな」とは言わなかった。

その代わり、最初に反対した男子が笑いながら言った。

「いやー、失敗したわ。けど、楽しかたからいいよな」

クラスの全員が笑った。

私は笑えなかった。

笑えない、というのは笑顔筋肉が動かないという意味ではない。

心が笑い方を覚えていない、という意味だ。

彼らは間違えたあと、間違えたまま、楽しそうに次へ進んでいた。

私は一人だけ間違えていなかった。

間違えていないのに、その輪の中にいなかった。

その夜、私は自分の部屋で長い時間考えた。

そして結論を出した。

人に合わせると間違える。

多数派は正しさを選ばない。

から自分で考えたほうがいい。

この結論は、十六歳の私にとってほとんど真理として体に入った。

そして最悪のことに、それは半分は事実だった。

これが後で書くことのすべての始まりだ。

似たような出来事はその後何度もあった。

一つだけ、もう一つ書いておく。

高校二年の春、私は生物の授業で課題研究の班に入れられた。

班員は四人。

テーマは「学校近くの川の水質調査」だった。

私はすぐに気づいた。

このテーマでは、論文として何の新しさもない。

前の学年の先輩が、ほぼ同じテーマで発表していたからだ。

私は班員にそれを伝えた。

「だから、別の角度で攻めたほうがいい。例えば、水質と水生昆虫の種数の相関を上流と下流比較するとか、もう少しオリジナリティのある切り口がいる」

班員の三人は、ぼんやりと私を見ていた。

一人の女子が言った。

「うーん、でも、先生がこのテーマでいいって言ってたじゃん」

先生は最低ラインの話をしているだけだ。発表会で評価されるためには、もう一段必要なんだ」

別に評価されるためにやってるわけじゃないし……」

そこで私は致命的なことを言った。

今でも覚えている。

評価されないものを、なぜやる必要があるんだ?」

教室空気がすっと冷えた。

そのとき私は、自分が何かまずいことを言ったことには気づいていた。

けれど何がまずいのか、正確にはわからなかった。

今ならわかる。

彼女たちは別に手を抜きたかったわけではない。

ただ、四人で何かを一緒にやる時間のものを、彼女たちなりに大切にしようとしていた。

私はそれを「評価されない無駄」と切って捨てた。

私たち研究は、ありきたりな水質調査になった。

発表会の評価は、可もなく不可もなくだった。

私はその後、班の打ち合わせにあまり出なくなった。

彼女たちも私を呼ばなくなった。

私たち最後まで、お互いの名前フルネームで言えるような関係にはならなかった。

その夏、私は塾の自習室にこもって一人で勉強するようになった。

そのほうが効率が良かった。

私の偏差値は上がった。

この時期に、もう一つ私の中で固まったことがある。

「言い方」という言葉が嫌いになった。

正しいことを言うと、決まって誰かが「言い方がきつい」「言い方を考えろ」と言った。

私には、それが奇妙な反論に見えた。

内容が正しければ、それでいいではないか

なぜ正しい内容を、わざわざ柔らかく包まなければならないのか。

それは内容より装飾のほうが大事だと言っているに等しい。

知性に対する侮辱ではないのか。

私はそう考えた。

そして、ますます内容で押し切ろうとした。

内容が正しければ、いずれ理解される。

理解されないのは、相手の知性が足りないからだ。

「言い方」を気にする人間は、内容で勝負できない人間だ。

これは私の中で信仰になった。

この信仰は、その後の三十年間、私を支配し、私を破壊した。

ここで君に一つだけ言わせてほしい。

「言い方」は装飾ではない。

内容を相手に届けるための、内容の一部だ。

届かない正論は、正論ではない。

ただの独り言だ。

私は四十歳を過ぎてから、ようやくそのことに気づいた。

三十年遅かった。

君はこれを、十八歳のうちに知ってほしい。

東京大学合格発表は、その時代はまだ本郷キャンパス掲示板に紙が貼り出された。

私は二月の終わりに東京へ出て、安いビジネスホテルに泊まり、当日、本郷に向かった。

三月十日だった。

寒い日だった。

自分の番号を見つけたとき、思っていたほど嬉しくなかった。

これは嘘ではない。

本当のことだ。

「やった」とは思った。

「これで人生最初の関門は越えた」とも思った。

けれど、それだけだった。

なぜなら私は、合格することを最初から知っていたからだ。

模試の判定はずっとAだった。

直前の本番形式の演習でも、合格者平均より上を取り続けていた。

落ちる理由がなかった。

から合格は、驚きではなく確認だった。

掲示板の前では、合格した人たちが抱き合ったり、泣いたり、家族電話したりしていた。

私は誰にも電話しなかった。

電話する相手がいなかった、というのとは少し違う。

電話する相手はいた。

父にも母にも、塾の先生にも電話できた。

けれど誰の声を聞きたいとも思わなかった。

私は一人で本郷の門を出て、近くの蕎麦屋に入り、かけそばを食べた。

蕎麦はぬるかった。

それでも最後まで食べた。

蕎麦屋を出てから赤門のあたりをもう一度歩いた。

三月の風が冷たかった。

そのとき一つだけ、ふと思ったことがある。

この四年間、誰と過ごすんだろう。

不思議感覚だった。

喜びではなく、空白に近い感情だった。

私はこれから、知らない街で知らない四年間を過ごす。

誰も知らない

誰も私を「すごい」と言わない。

私の隣の席に座る人間は、たぶん私と同じくらい問題を解ける。

少しだけ怖かった。

けれど私は、その怖さをその日のうちに押し込めた。

「いや、俺はやってきた。一人でやってきた。これからも一人でやればいい」

そう自分に言い聞かせた。

これは合格した日に、十八歳の私が自分自身に与えた呪いだった。

その呪いに私は気づかなかった。

二十年以上、気づかなかった。

続き→https://anond.hatelabo.jp/20260510234017

学校事故現場で拾ったカバンの中身公表ってアカンだろ

捏造とかもできるやんけ

anond:20260510205450

「男のほうが迷惑行為暴力沙汰が多い」という話なら、まあ統計的にも一定程度はそうです。粗暴犯や暴力事件で男性比率が高いのは事実ですから

でも、そこから

「だから男は感情的

「男という性別のもの問題

まで行くと、一気に雑になるんですよ。

だって感情的って暴力だけじゃないでしょう。

陰口、仲間外れ、SNSでの集団叩き、店や他人晒し感情ベース同調圧力関係性を使った攻撃とか、そういう“非物理的な攻撃性”まで含めたら話は全然変わる。

結局、人って「自分被害を受けやすタイプ迷惑」に敏感なんですよ。

駅員なら怒鳴る酔っ払い男性が印象に残るし、学校職場なら別タイプトラブルが目立つ。

あと、「男の方が感情的」って言いながら、元の文章自体かなり感情で書かれてるんですよね。

「早く淘汰されてほしい」

「男はクソ」

みたいな表現って、冷静な分析というより、嫌悪感一般論昇華してる状態じゃないですか。

から否定されてるのは、

男性迷惑行為が多い傾向」

ではなく、

「その体験をもとに性別全体を断定する雑さ」

のほうなんですよ。

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