はてなキーワード: 危険運転とは
関係あるに決まってるだろ
(危険運転致死傷)
第二条 次に掲げる行為を行い、よって、人を負傷させた者は十五年以下の拘禁刑に処し、人を死亡させた者は一年以上の有期拘禁刑に処する。
法定速度の3倍とかできたら相手からも見えないし自分も避けられないんだから「その進行を制御することが困難な高速度で自動車を走行させ」てるだろ
まだ避ける避けられないの議論してるの?そこは危険運転かどうかには関係ないんだよね
触れてないってだけじゃ察せなかったかあ
お前みたいなやつがしゃべってて滑稽だと思ったからだよ
俺は一貫して危険運転や高速度の定義はしてないし、それは現行法に従って裁判官が判断していると言っているだけだよ
ヤフコメきちゃぁー
速度出したやつが悪くないとは俺も裁判官も言っていないんだよね
まずそこ理解しよう
その上で「危険運転」かどうかって話
一般的な用語として危険運転だけど、法律に定められた危険運転致傷罪を適用できるかっていうと、今回は適用できないって判決になったって話ね
裁判官や弁護士ではないためそこまで詳しくはないが、今回の事案では「長い直線道路」であるため信号目視からの停止は可能と判断されていてもおかしくない
また、そもそもの「制御」に停止行動や危機回避行動が含まれているかも明確とはなっていない
重ねて、じゃあ危機回避行動って具体的にどう判断すんの?っては間違いなく決まっていないから50㎞超などの速度を一つの基準とする案が検討されているわけだ
また、今回は2審であるが、1審時にプロドライバーで実験させたところ、「安全に運転できない」(ニュアンスは違うかもしれんが自分で調べてくれ)との資料は提出しているようで
1審ではこれが判断材料の一つとなり「危険運転」に該当するとなったわけだが、今回の2審では1審時の実験では車など状況が違うから参考資料になりませんとのこと
https://news.yahoo.co.jp/pickup/6567126
「最悪な判決」時速194キロ死亡事故、二審は“過失” 遺族が憤りの声
この記事に対して
「時速194kmが危険運転じゃなきゃ何が危険運転だ。判決出した裁判官カス」
「時速194㎞は過失じゃなくて故意だろ」
だの言ってるやつがいるらしい
要点は一つ
危険運転致死傷罪(15年以下の拘禁)か過失運転致死傷罪(7年以下の拘禁)か
危険運転だろって気持ちはわからんでもないけど、裁判の判決ってそんな簡単なもんじゃないんだよなあ
まず前提として裁判官は「一般の用語としての危険運転である」と前置きした上で
「法律が定める進行を制御することが困難な高速度」には当たらないから危険運転致死傷罪には当たらないと述べた ※ほかにも要件はあるけど今回の主な要点は制御できてるかどうか
じゃあ「進行を制御することが困難な高速度」とは何かってのが現行法では具体的に定められておらず、今回の事案では
「長い直線道路でふらつきや車線逸脱が確認できてないから制御困難とはいえない」って判断になったわけよ
は?って思う気持ちはわかる
でも現行法では上記のように解釈されるって話であって裁判官がどうこうってことにはならんのよね
今の状態は困るから、法改正して50㎞超または60㎞超で危険運転にしようという動きがあるわけ
繰り返すけど、今は検討中だから、この考えを今回の裁判に適用するわけにはいかんのよ
ここら辺の構造をわからずに裁判官がカスっていうのは何もわかってないなあ。と思わざるを得ない
タイパ重視して表面の文字や切り取られた一部でしか判断、反応できないのが要因なんでしょうかね
ただ争うのはそこじゃなくて、「過失運転致死傷罪」ってのは「不注意な運転によって他人を死亡または重傷にさせた場合」
であって、高速度が故意だから致傷も故意って理屈にはならんのよ
仮に上記理屈でいいとしても、車の運転そのものが他人を致傷させる恐れがあるもんだから、すべての運転致傷行為は故意になるんよね
「過失運転致死傷罪」において、過失か故意かにこだわる意味がないのがわかりましたかね?
付け加えると当該罪での「過失」は「不注意」って意味でしかないってこと
山上の無期懲役判決と、194kmは危険運転じゃない判決がでたことで
・山上も時速194キロで安倍に突っ込めば4年6カ月で済んだんだなぁ。銃殺したばかりに情状酌量もされないし、変な司法だよ。
・そのうち本当に街頭演説してるところに時速190キロで突っ込む事件起こると思うので、国会議員の方々は自衛の為にも速やかに法改正したほうがいい。
公道を車で走り交差点で右折する際に、ピンポイントに突っ込むタイミングを逆算し194kmでぶつけに行くことになる
普通に考えて194kmで走る事が現行法で「危険運転とならずに」出来るタイミングは早朝深夜になるだろう
(事故現場は「40メートル道路」と呼ばれる高規格道路で直線、まっすぐ走るなら危険運転に該当しないというのも、まぁわからなくもない道路)
最近、「人生どう楽しむか」とかQOLがどうとか、そういうのを考えるのをやめた。
結局のところ、幸福感なんてものは脳内の神経伝達物質の量で決まる物理現象に過ぎない。
焼肉のホルモンじゃない。アドレナリン、ドーパミン、エンドルフィン。こいつらを意図的にドバドバ出せるシステムを構築した奴が勝つ。それだけの話だ。
俺は転勤族で、東京と大阪を行ったり来たりしてるんだが、どこに住もうがやることは変わらない。
悪いことは言わないから、リッターSS(スーパースポーツ)か、最低でも750ccクラスを買え。
東京にいるなら奥多摩周遊道路、大阪なら龍神スカイラインか月ヶ瀬。このあたりの峠を、タイヤの端まで使って走れるスペックが必要だ。中古で100万出せば、四輪のスーパーカー並みの加速装置が手に入る。コスパが良すぎる。
バイクで登山口まで行って、そこからさらに自分の足で標高を稼ぐ。
関東なら両神山の鎖場、関西なら大峰の大普賢岳あたりが最高だ。
おすすめは、早朝の高速ですり抜けして神経を極限まで研ぎ澄ませてから、そのまま山に取り付くルート。心拍数を限界まで上げて、滑落のリスクを脳の片隅で処理しながら岩を掴む。
安全マージンはもちろん確保するけど、感覚的には「死」を隣に置く。この緊張感が重要。
極限の緊張状態(交感神経優位)から、サウナと水風呂の温度差攻撃で、強制的に副交感神経優位へとスイッチさせる。
そうすると、脳内でβ-エンドルフィンやらセロトニンやらオキシトシンやら、快楽と安らぎを司る脳内麻薬のカクテルが生成される。理屈で言えば、これで幸福にならないわけがない。
体は疲労困憊、でも脳は覚醒状態。この矛盾した状態で1xxキロ出しながら暗闇を切り裂いてると、ドーパミンが致死量ギリギリまで分泌される感覚がある。
ここだけは譲れないんだが、行くなら絶対「高級ソープ」一択。10万握りしめて行け。
最近流行りのタチンボとかマッチングアプリ、パパ活みたいな素人崩れには絶対手を出さない。病気のリスク管理ができてない案件でロシアンルーレットするほど俺は馬鹿じゃない。プロの接客と衛生管理に金を払うんだよ。
そこで性欲中枢をバグらせて、仕上げに鰻か高い肉を胃に詰め込む。
「そんなことして何になるんだ」って言われるかもしれないけど、これには実利がある。
週末にこのルーティンで「死のリスク」を脳に叩き込んでおくと、平日の仕事での「リスク許容度」がバグるんだよ。
月曜日に上司から鬼詰めされたり、プロジェクトが炎上したりしても、
「まあ、昨日の首都高のすり抜けに比べれば死ぬわけじゃないしな」
「大普賢のあの崖で足滑らせた時の方がよっぽどヤバかったわ」
って感じで、心拍数が全く上がらなくなる。
どうせ死なねえから余裕余裕、という謎の全能感で切り抜けられる。これこそが最大のメリット。
あと不思議なもんで、こうやって極限まで身体を痛めつけて賢者タイムに入ると、家にある法華経とかヴィトゲンシュタインが妙にスッと入ってくるんだよな。
以前、会社でやらされた「マインドフルネス研修」とか当時は「宗教かよ、クソが」と思ってたけど、今の状態ならその意味が痛いほど分かる。「今、ここ」に集中する感覚って、結局は脳のバグを利用したハックなんだよ。
「語りえぬものについては、沈黙しなければならない」とか、下山後の脳味噌だと「ああ、それな」って感覚的に理解できる。
まあ、ブコメで「ただの危険運転」「薬物依存乙」って叩かれるのは分かってる。
でも、現代社会の閉塞感を突破するには、これくらい生物としての生存本能をハックしないと無理なんだよな。
そういえば先週、迷い込んだ山奥の店で食った天ぷらが死ぬほど美味かった。
コシアブラとかタラノメみたいな山菜も凄かったんだが、太白胡麻油で揚げたハモの天ぷらが異常に旨くて、そこだけ記憶が鮮明に残ってる。
そういう予期せぬ「バグ」みたいな幸福を見つけると、「まあ、このクソみたいな世界も悪くないか」と思える。
いつまで続けられるか分からないけど、止まったら死ぬ回遊魚みたいなもんだから、しばらくはこのまま走り続けるしかない。
ここまで読んだ人、ありがとう。