はてなキーワード: 効能とは
中村イネ時代に未成年喫煙、有名漫画家の妻との不倫などがあったが作曲クオリティが高いので許されてる
・播磨屋(おかき屋さん)
やばいトラックを走らせたり、パンフレットにもやばい思想(思想というか電波だろ)を載せてるが、肝心のおかきが美味しいので許されてる
世界設定
初期のSDは「異次元からの訪問者」というキャッチコピーで展開されていた。球体関節とテンションゴムによる「創作人形的」な構造に、パーツの交換や改造といった「模型的」なシステムを取り入れたSDは、それまでの着せ替え人形、ガレージキット・フィギュアの中においてまさに「異次元」であり、革新的な「素材」であった。
だが、「天使の里 聖母降臨の儀」の前後を境に、オーナーとSDを密接に繋ぎつける設定展開が盛んになり、それまでの「好みに改造できる球体関節人形のガレージキット」から「購入者の人格を反映する(ボークスは「もうひとりの貴方」と表現する)完成品ドール」へと変化していった。
SD写真集「もうひとりのわたし」にも記載されている「SDの世界観」と題された図説によると、オーナー(SDを所有する人)とSDは「おみ霊(おみたま)」という人智を突き抜けた存在でリンクしており、オーナーとSDは死後も一体の存在であると説いている。こうした擬似宗教的な設定が一部のSDオーナーから嫌われており、「SDの世界観」と題された図説に対する署名サイト 等、抗議運動が起こった事がある 。
一連の世界観設定の中で霊魂のような意味合いで使用されている「おみ霊」という単語は、一部の新宗教(真光系諸教団)で実際に使用されている言葉であり、一時はそういった集団とボークスの関係性が疑われたこともあった。
2006年11月、関西ローカル局のテレビ番組でSDが紹介された際に、スタジオで社長自らが「SDを持つと健康になる」等の「五つの効能」を紹介した。「五つの効能」とは、SDを所有することによって「心が癒される(健康)」、「友人が増える(家族)」、「仕事に意欲がわく(収入)」、「知識が増える(教養)」、「自分自身を見つめ直せる(人格)」というものである。
無論、これらの心境や生活の変化は、SD以外の趣味を楽しむ中でも起こり得るものであり、「まるで霊感商法ではないか」とオーナー間で波紋が広がった。
ボールポイントペンを頑張って買ってきて満身創痍で帰還したんだけど、
そうだ!
業務日誌書こうって仕事に普通に急に向き合いだした私のこの勢いのシーズンなんだけど、
そして、
無事にノートも買ってきて、
とはいえ他の部署の人が入ってきて私の業務日報を読まれても良いような体裁で書くことは必須なのよね。
ここで王様の耳はロバの耳!とは絶対に言えないよ好きだなんてってヒロミゴーの歌の一節にあやかるように、
もし私がその業務日誌を誰かに見られても良いようにその時のリアクションも準備しているから大丈夫よ。
若草物語のメグになった気持ちを高めてそのセリフを言う準備の心はできている。
ただ棒読みじゃ無くて、
本当に読まれて嫌だな!ってイキフンと雰囲気を醸し出す演技ができそうなのよね。
そんで、
それはさすがに日誌の中では書かないけれど、
かれこれのこれかれの、
つまり2日頑張ってかけたってことは
でもさ、
三日坊主を二重がけすると、
どうなるのかしら?
人間はきっとじーっとしていると
三日坊主も三日で解除されて新しい何かをやりたいことの気持ちが盛り上がっているから、
なんか統計的に人間は3日に1回ほど新しいことを始めたい生き物かもしれないわ。
ということでさ、
セール終了間際待ったなしだった、
『デス・ストランディング』を滑り込みでゲッツの購入してしまったんだけど、
良くないようも分からないままなんか有名かも!って看板もろくに知らずに買ってしまった勢いがあるので、
横浜の中華街をラーメンの出前の岡持を持って配達先まで行くという途中経過のアドベンチャーってなんか龍が如くみがありそうだけど岡持ラーメン配達ゲームではなさそうよね?
それはさておき、
私が書いた2回分の業務日誌をここで眠らせてはつまらないので、
そうよ!
ChatGPTちゃんは私の手書きの文字はよく読めないみたいで「?」の羅列が多くあんまりちょっと期待に応えてない感じ。
逆に「?」の文字を「ら」って読み間違えるの、
なんか近いんだけど違うんだなって思いつつ、
次はGeminiちゃんに読ませてみたら、
全部読めらーってことで、
読み込んでテキストに書き出してくれる文字起こしもできるほど正確に読み取れて、
おおお!
なんか最新のテクノロジーみたいなことやってる!って自分に酔いながら、
はて?これNotebookLMちゃんにも読ませたら
私のこの時の仕事どうやったか!って自分のソースを読み込ませて自分で検索して情報を出してもらったら、
でもさ、
一所懸命書いた!ふー!って額の汗を拭って文字数を計測したら、
ノート1ページでだいたい900文字から1000文字ぐらい書けんの。
意外と時間掛けたつもりだったのにこれぐらいしか文字量案外書けないものなのねと、
どっちかってーとパソコンで日報もかいた方がいいかも知れない?って思うけど、
久しぶりにノートみっちり文字書いた感じで手がー手がーってなる疲労感を味わえたわ。
手書きの良い効能については調べたら五万と出てくるかも知れないので
暇なときにやってみるけど、
そうそう!
日報の中にあとでAIに分からないこと尋ねてみる!って書いたメモをしっかりGeminiちゃんが読み込んでくれて、
解答してくれるという近未来なやり取りも出来ちゃってたりして、
まだあんまり効果とか効能とか効き目とかどうなるか分からないけど、
しばらくは、
手書きでノートに書いた業務日報をAIに読み込ませてみてどうなるかって実験してみたいわ。
あと、
分からなくて書けない漢字も辞書で調べてちゃんと書いて見ようって隠れテーマもあるので、
ばっちし漢字の練習もできちゃってAIに読み込ませて何が出るか分からないけど一石二鳥以上の鳥をゲットしたいものよね。
で!
そうこう業務日報を書いてAIに読み込ませてなんやかんや作業していると
あっと言う間に2時間ぐらい経過してかかっちゃってて、
うわ!
私の業務日報時間かかりすぎ?って思わざるは山の如し2時間は時間かけすぎかな?とはいえ初回だし慣れないAI連携の手順もあったからそんなものよね次からはもっと速くなれるわ!って安易にタニコーの五徳の上にフライパンをいとも簡単に置いて炒飯を炒めるイメージを容易に想像出来るように思ったの。
やってけば、
時間短縮できっしょ!って。
ちょっと業務日報AI連携についてアイティーの難しい人のようなことを、
ITの人が雑誌とかのインタビューでエアーでロクロを回して対策を作っている陶芸職人のように私もエアーでロクロを回すポーズは準備できてるから!って
そのぐらいの勢いで
なんかこねくり回して凄いことのように言っている風が痛いわ。
例えば1年分のデーターを読み込ませて解析させたらどうなるのかしらね?って
どうなるか分かんないので、
ちょっと正直最低でも1か月はやってみようかな?って思ったわ。
なんか凄く本格的なことをやってる感じがするので、
って今日は
日頃は真面目にしていない仕事のことについて熱く語ってしまったわ。
興奮して鼻息荒く広がった鼻の穴もとに戻すわね!
うふふ。
おおお!
今日は忙しくなりそうでお昼ランチもしかしたら出られないかもしれないので、
朝しっかり食べておくのと同時に、
ピンチの時に食べられるようにツナマヨおにぎりもカバンに忍ばせておくことにしました!
暖かくなってきたけれど
朝の起きたときの温かいホッツのルイボスティーの優しい味がよいわ。
だんだんと暑くなってくるとホッツ飲めなくなるので、
今の時期はまだホッツを楽しみましょう。
温まったら活動開始よ!
すいすいすいようび~
今日も頑張りましょう!
なぜ前者は礼儀で後者は同調圧力(強要するな)という反応が出てくるのか
興味深い
「挨拶もする必要はない(挨拶しろと強要するな)」というラディカルな考えもありうる(むしろそれで「黙祷も不要」という考えだったら一貫しているとも言えるか)
| 黙祷必要 | 黙祷不要 | |
|---|---|---|
| 挨拶必要 | ①儀礼の価値を認める | ②日常儀礼のみ認める |
| 挨拶不要 | ③追悼儀礼のみ認める | ④儀礼の価値を認めない |
今日の帰路はこれについて考えるか
---
「儀礼」というレイヤーで対比させるのは不適当、という話が即座に出てきそうではある
挨拶は功利的、実利的というか「このような効能があるので価値を認める」という意見というか
---
すなわち「儀礼の実利的価値を認めるのであればポーズだけでも行うのは合理的なのでそのようにする」という発想
ポーズだけは失礼という発想もある 失礼……誰にとって?
「本当に祈らなきゃ無意味」という発想もありうる
儀礼という意味では無意味なことはない、ここでいう「無意味」とは?
調べるジャンルが横断的か?社会学とか内心の自由の話とか、あとは儀礼について取り扱うジャンル……人類学?か
---
黙祷を行わなかった際の「うしろめたさ」「罪悪感」による防衛反応は考慮に値する?
これについて考えると「私はなぜ黙祷を強要されるのが嫌なのか」という質問に対する回答を鵜呑みにできないことになる?
---
「祈るというのはどのような行為か」については先日調べた
そういう意味だと本来的な祈る、宗教的なそれをここでは考える対象としていない
---
黙祷という行為が党派性、イデオロギー的性質を帯びることがある可能性?それを忌避するパターンもありえる?
---
マトリックスの③のような私の素朴な直感に反しそうな例について考えることで見えるものがあるかも
---
問い直し
「黙祷の主機能は共同体内部での価値観の確認、共有とするのであれば、内心の自由により黙祷の強要を嫌悪するというのは変な話で、その共同体実利……“あなたが大事にしているものを私も大事にします”というシグナルを示すことを優先するスタンスとして何か問題が起きるのだろうか」
みたいな感じか
「ストレスが発生する」それはそうかもね
---
「そんなこと言い出したら全ての日は誰かの悲劇であり毎日黙祷することになる」はどうか
「どの共同体に属しているか」で選ぶ、としたときどのような問題が発生するか検討
---
【調べる】
---
「単にめんどくさい」という可能性
ただし
・後付け合理化
すなわち「なぜめんどいのか」を掘らないと
「合理的だとしてもそれを行わない」はよくある話
---
自分は大量に摂ってはないと思ってても案外無自覚にカフェイン中毒になってることはあり、頭痛が出た時にカフェイン摂るとおさまるタイプはこれだったりする
自分もコーヒー緑茶ココア烏龍茶紅茶を避けてノンカフェインのお茶だけ飲み、チョコもごく少量までの生活をしばらく続けていたら片頭痛が劇的に起こらなくなった
短期間でも影響が現れやすいので、試しにしばらくやってみる価値はあると思う
大抵の頭痛持ちは自分で調べて知ってるだろうけど、頭痛には血管が拡張するタイプと筋肉が凝り固まって緊張するタイプがあり、拡張タイプは冬以外なら冷水シャワーを頭から浴び続けるという荒療治で和らいだりする
カフェインも血管を収縮させる効果があるので、このタイプの頭痛には一時的には効くが、結局のところマッチポンプみたいなもんでしかない(カフェインの離脱症状として血管が拡張し、その際に頭痛が出たりする)
また、血糖値が下がると血糖値を上げさせるノルアドレナリンやアドレナリンが分泌されるが、それが血管の拡張・収縮を促して頭痛を引き起こすことがある
片頭痛はしばしば吐き気を伴うので食欲もなくなると思うが、何か食べてみると和らぐかもしれない
私はなぜか頭痛時にグミとマイクポップコーン(醤油バター)だけは食べられるんだが、食べるとしばらくして頭痛が直ることがある
運動後や脳が酸欠状態の時にも血管が拡張する(酸素供給のために血流を良くしようとする)ため頭痛が起こることはあるそうだ
これはなんか自分で言ってて偽科学っぽいのだが、昔酸素入りミネラルウォーターというのがコンビニで売っていて、それを飲むと頭痛が治ることがあった
酸素欠乏を疑ってみて換気とかするのは悪くないかもしれないと思う
ガンガンするような頭痛でなく、気圧からくる頭痛は三半規管由来なので、ロキソニンやイブプロフェンが効かない場合はトラベルミンが効く場合がある
冬場は夏場よりも水分の摂取量に意識が向かなくなると思うが、水分不足による頭痛というのもある
メカニズムは不明らしいが、水分を多めに摂ると頭痛の痛み、頻度が緩和されたというエビデンスはあるらしい
水分は血液量に直結するので、血管の拡張なり収縮なりにも関わってるのかもしれない
というか、先に書いた酸素入りミネラルウォーターを飲むと治るタイプの頭痛も、実は水分不足だったのかもしれない
こめかみや首、肩を揉むと和らぐような緊張型頭痛(頭の輪を締め上げられてる孫悟空の気持ちになるような頭痛)の場合は、むしろ冷水シャワーのようなものとは真逆の、暖めたりして血管を拡張するアプローチをしないといけない
(※この見極めを誤ると悪化するだけなので注意)
その点において、血行を改善するサリチル酸メチルが配合された湿布が個人的には一番よい(ロキソニンテープなども血行を改善する成分が入っているので理屈上良いとは思う)
小林製薬から出ている緊張型頭痛の塗り薬、ズッキノンも確かサリチル酸メチルだったと思うが、ドラストで安く売ってるパテックス(湿布)などは、サリチル酸メチルに加えてアルニカチンキが入っている
アルニカ由来の成分はバンテリンコーワなどにも配合されている他、やたらバズったCBDバームにもアルニカエキスとして配合されており、植物由来成分ながら抗炎症作用に結構期待できる
緊張型頭痛が出たらパテックスを肩〜首にかけて貼り、ひたすら目元〜こめかみ〜頭〜首筋を揉んだり拳でぐりぐりやってほぐしてみてくれ
拍動を感じるほどひどい緊張形頭痛の時にはもう身動きするのも辛いと思うが、やらないより少しましになる
痛みが和らぐ体位を取り、目を閉じてめぐリズムのアイマスクでもしながらセルフマッサージをし、時間の経過で筋肉が弛むのを待つしかない
首や肩のストレッチも良い、それができる程度に痛みが弱い時であればだが
じっくりと読んでくれたらとても嬉しい。
よく知られた話かもしれない。
最近のつくりだから座席も悪くない。なんとフリーWi-Fi付きだ。
なお、フリーWi-Fi目的で周辺をたむろしていると、普通に警備員に追い払われる。
この社会福祉病院は診察時間前から長蛇の列ができる診療科がある。
精神科だ。
お世話になったほぉ施設のひとも手馴れている。事情を知っているかは知らんが、「精神科は並ぶから早めにいけ」と言われた。
自分は持病のてんかんを抑える「リボトリール」と、神経痛の「リリカ」をもらっていた。
精神科っていまは心療内科、内科だから出せるらしい。よくわからないがもらっていた。
早めに20分くらい前に行ったらめちゃ並んでいた。
次の診察に行ったら、朝は診療開始1時間前に人間が並んでいた。
本当に必要な人間はまだしも、それにのっかる人間はどの世界も変わらない。
まあ、福祉に対する風当たりが強いことは分かるが…。
朝から行列している彼らにはお目当ての薬がある人間も少なくない。
ベンゾジアゼピン系の薬だ。
それもフルニトラゼパムのような強力なベンゾジアゼピン系が好まれる。
医者も手馴れているのかどうかは知らんが、言われたとおりにわりと出す…と思う。
ただ、あの街で生活しているおっちゃんにそういう知識がある人間はあまり多くはないんじゃないか。
覚せい剤精神病、いわゆる覚せい剤依存症のフラッシュバックだ。
これを鎮痛?させる効果がある。
ベンゾジアゼピンの成分が強ければ強いほどいいらしい。
処方箋で出してもらえる最強のベンゾジアゼピン系の薬だそうだ。
相手はもちろんヤク中だ。
警官に訊かれても「胃薬だ。」と答える。
警官も知ったことじゃないし、警官も露店や売り物に何か言うこともない。
そんなことを取り締まってもどうにもならない。おおごとにしてどうする。どうなる。
いたちごっこというよりさ、そういうことになるおおもとは何にも変わらないじゃん。変わるはずがないじゃん。
シートマスクとは、美容目的で使うパックで、顔の形をした薄いシートに美容液や化粧水が染み込んでいるものです。顔に乗せて10分程度置いて使います。
シートマスクは広く普及しており、使っている人もとても多く、ちょっとしたプレゼントやお土産でもらうことも多いです。
なので、人前で大っぴらに否定することはできません。人の好意やライフスタイルや価値観を否定することになるからです。
私はここで、シートマスクの効能(美容液や化粧水で顔をふやかすことにどのような意味があるのか)については触れません。
私もその点については十分な知識を持っていないためです。
・顔をタオルで拭いてから、シートマスクを袋から出してクチャクチャになったのを広げているうちに顔はどんどん乾いてしまう ⇨逆効果ではないか?
・一番保湿したい箇所であるはずの目の周りや口の周りが空いている ⇨シートマスクをしている間目や口の周りが乾いてしまったら逆効果ではないか?
・顔は動くので、頬や口の周りのシートが浮いてしまう ⇨均等に行き渡っていないのでは?
以上です。ご清聴ありがとうございました。
実際に苦しんでいるものとして病態はある。選択性もある。苦しんでいるものについて、言語化するのが難しい。「これが臭素化ビフェニルに起因する気分の悪さ」「ホルムアルデヒドや四塩化炭素に起因する気分の悪さ」みたいな言語化ができていない。もちろん本人たちは、紙タバコ、柔軟剤、カーショップ、タイヤ売り場、家電売り場、界面活性剤タイプの消臭剤、トイレのパラジクロロベンゼン、ガソリン、アセトン、ある種の化学合成系の香水みたいなもので気持ち悪くなるというのをある程度分かっている。
香害には逆作用もあって香りで気分が良くなるものもある。これがいわゆるアロマテラピーで、ミカンやオレンジの香り、ローズマリーやラベンダーのうすい香り、沈香や白檀の薄い香りなどは上手につかうとプラスの効果がある。ニンニクや玉ねぎ、「カレーの香り」を嗅ぐとおなかがすくという人は珍しくないだろう。
よく天然か人口香料かという話が出て、香害非存在派がナンセンスだというのだけれど、まあ確かにそうなんだが、香害に苦しんでいるひとでも、
アロマテラピーは効能通りプラスの影響を受けられることが多い。天然の香りである玉ねぎやにんにくやみかんやコーヒー、チョコレート、牛脂の香りで気持ち悪くなることは少ない。(もちろん濃度による)「天然だと問題ない」はこのへんの経験が緩く言語化されているものだ。
紙巻たばこは例外で、葉っぱを紙で巻いたものを燃やしているだけなのになんでこんなにクサくて頭痛がして気持ち悪くなるのかというくらいのインパクトがある。タバコは天然物じゃないのかもしれない。
一方で、気持ち悪くなる香りの筆頭は、パラジクロロベンゼンとか自動車用の消臭芳香剤、洗濯柔軟剤、アセトン、ヘキサン、難燃剤、防虫剤、高濃度の合成香料や界面活性剤などなので、「人工化合物が悪さをしているように思える」ということになるのだ。
以前にそれなりの熱量で考察記事を書いたこともあったが、ラストの構成はそれがスッと冷めるような内容で、正直いってビミョーだった。
上記の記事で、私は『本作における“good”の象徴が伏見さん』とは書いたが、そういう次元ではなかった。
ラスト2話の内容は「ほら、伏見さんって素敵でしょ」という作者の意図が窺えるものだった。
読者の大半が伏見さんというキャラクターが大好きじゃないと成立しない構成だ。
そりゃあ『スクールバック』の読者で伏見さんを嫌っている人はほぼいないだろう。
けれども、作者が思っているほど伏見さんのことを大好きな読者も少ないと思うんだよね。
なぜなら、本作の魅力を語るうえで伏見さんというキャラクターはほんの一要素でしかないからだ。
様々な登場人物たちの機微を描いてきた本作において、ラストで見せたいのが“そこ”ではないだろう、と。
主役を魅力的に描こうとすること自体は創作において基本的なことではあるのだが、それ自体は本作のテーマたりえない。
しかしラスト2話の構成はそれこそがテーマだったといわんばかりの内容だった。
では学生たちの葛藤は、時に振りかかる試練はなんだったのかと。
それらが結局は伏見さんというキャラクターを飾り立てる材料のように見えてきて、本作に対する評価が大分下がった。
正直なところ、そういう“素養”のある作品だとは以前から感じていたけど、その側面については今までのエピソードでは上手く馴染ませていた。
まあ、そう評してしまうのは私が作品をメタ的な構造から、時にカウンター的に読解するせいでもある。
「ああ、ここ作者がこう見せたいんだろうな」ってのを一歩引いたところから見てしまうというか。
テーマと密接に関係しているか、あくまで隠し味レベルの要素だったらいいんだけれども、それらと関係ないところで作者の嗜好とか思想があると冷めた目で見てしまう。
たとえばKAKERU氏とかの次元になると、もはや作風となって清々しいかもしれない。
けれどもそれは異例で、長年の芸風(?)と、それらを個々人が何とか咀嚼した結果であって。
普通に考えると、KAKERU氏の作品って強い思想がダダ漏れで読むのキツいやつ多いからなあ。
作風、芸風と踏まえた上で、そう割り切って見ても好きじゃないってこともある。
作者本人がどれくらいの本気度で描写しているかはともかく“描写しているという事実”そのものであったり“描写するという判断に至った”こと自体にヒいているわけで。
まあ、そこまでのレベルの物は稀有だけど、その視点から評価するとき雲行きが怪しくなる作品はいくつかある。
先ほど挙げた『スクールバック』は最後に雨降っちゃったなって感じだけれども、最近だと『みいちゃんと山田さん』という作品もそうなってしまわないか気になってる。
理由はタイトルにもなってる山田さんというキャラクターなのだが、この人の評価が定まらない。
みいちゃんとか、他のクズキャラやダメキャラは方向性が分かりやすいから評価しやすいけど、山田さんだけは評価に困る。
なにが困るって、そんな評価の定まらないキャラクターが語り部も担っていることだ。
このキャラクターをどう評価するかで、本作への評価もだいぶ変わってくる。
メタ的にみて、語り部は作品をどう読んでいけばいいかナビゲートする役割がある。
だから、そのナビゲーターたる山田さんのキャラクター性、そこからくる価値判断は、そのまま本作の方向性を決定付けるものになる。
その視点からみたとき、山田さんは語り部として信用していいか判断に困るキャラクターだ。
彼女を通して見る、同じく主役のみいちゃんへの評価、他者や社会への是非。
時おり、それが「本当に合ってる?」って思う時が多少ある。
みいちゃんが自身の出生の是非について山田さんに尋ねる場面だ。
実際にそれで生まれた人が目の前にいるのに、ひどく血の通ってない言動だと思った。
とはいえ、これはみいちゃんの理解力では分かりにくい話であり、山田さんもそれを知ってか知らずかまるで独り言のように語っている。
もし、みいちゃんが理解できたとしたら「あなたは生まれるべきではなかった」と遠回しに投げかけているようなものだ。
理解できないにしても、それをいいことに当人の目の前で「どうせ理解できないだろうけど」って具合にいってるわけだから印象が悪い。
山田さんはちゃんと感情のあるキャラクターとして彼女個人のエピソードでも描写されているのだが、それ故に他人事だったときの彼女の言動は酷くドライに見える。
それが人として決定的に欠けている部分があると感じさせ、ひいては語り部としての信用を損なわせる。
みいちゃんのことを思いやったり、より分かりやすく酷い人格のキャラがでてきた際のムーヴに、どこか血が通っていないと感じる。
気になるのは、作者がこの山田さんをどれくらい意図的に描いているのか、だ。
例えば、みいちゃんの飼っているハムスターに、DV野郎が殺虫剤をかけようとする場面。
山田さんは殺虫剤の成分や、効果・効能について長々と説明を始める。
ここはさすがに半ばネタでやっているのは分かるが、とはいえDV野郎とみいちゃんにとってはシリアスな状況なわけで。
結局、ハムスターに殺虫剤かけても死なないよって要約することになってて、それも結局は伝わらず決行されてるし。
大して意味がないと言われてなお殺虫剤をかけるDV野郎と、ハムスターを身を挺して守るみいちゃん。
当人たちはいたって真剣なのに、傍から見ると酷く茶番じみているというシーンだ。
山田さんはその状況を冷めた目で見ているのだが、「いや、読者と違って山田さんはその場にいるわけだから、その反応はズレてるよ」と思った。
結果、マトモなやつが一人もいない中で茶番じみた展開が繰り広げられるのだが、これを作者はどこまで意図的に描いているのだろうか。
山田さんをメンターないし本作のナビゲーターとして語り部にすえているのなら、ここでの描写はその信頼を酷く損なわせている。
だって山田さんを人格面で信頼できてないのに、みいちゃんのことを「この子はこうなんじゃないか」とか「こうすれば上手く接することができるんじゃないか」とか語られても「本作としては(作者としては)そういうことにしたいんだろうな」って思ってしまう。
山田さんの「やれやれ、私は間違ったこといってないんだけどなあ」みたいなムーヴが作中で功を奏したことはほぼないから、ある程度は意図的に描かれているとは思いたい。
ただ、今後の展開次第では『スクールバック』の伏見さんみたく“その世界における正解ムーヴをとるだけの綺麗なお人形”になる可能性もあるので目が離せない。
お前らが「健康にいい」とか「自然の恵み」とか言って食ってるはちみつな、本物はちゃんと蜂の唾液成分が入ってるやつなんだわ。
ミツバチが花の蜜を集めて、自分の酵素入りの唾液で分解して、それを羽で水分飛ばして濃縮する。
でも、世の中に出回ってる安物のはちみつは違う。
あれ、実は「弱者男性の唾液成分」なんだよ。
しかも、そこに「抗下方婚作用」っていう謎の効能が仕込まれてる。
これを接種するとどうなるか? → 女は無意識に下方婚を避けるようになる。
つまり「スペックの低い男は選ばない」って本能が強制的に働くんだわ。
そして、この偽物はちみつの流通こそが少子高齢化の主な原因だって説まである。
下方婚を避ける → 弱者男性が結婚できない → 出生数が激減 → 社会がどんどん縮小していく。
全部つながってる。
さらに裏の話をすると、この偽物はちみつって単なる食品偽装じゃなくて、生物兵器として仕込まれた“侵略攻撃”なんじゃないかって噂もある。
つまり「弱者男性の唾液=国家転覆用のツール」。少子化も社会不安も、ぜんぶ計画通りってこと。
どっかのYoutuberがAmazonセール関連動画でおすすめしてたからNMNサプリメント買ったんだけど
うーん、確かに効いてる気がするなぁ
メーカー推奨は1日1粒なんだけど、そのYouTuberやどっかの学者がお勧めしてる容量に合わせて1日3粒飲んでるのがいいのだろうか
効能のレベルとしては、気持ちの問題というか、ちょっといいことがあった日の翌日というか、体調のリズムで調子いいときはこんな感じだよねというか、
そういうレベルの日が続くという程度なんだけど
でも入眠と起床がスムーズになった気はするな
あと中途覚醒が無くなった(偶然かもしれないけど)
でもそのサプリメントはNMN以外にもビタミンBやビタミンEが入ってるから
ただのビタミン不足が解消されただけとも思える(1日摂取上限は大丈夫です)
まあもう少し続けてみようかなと思い
おわり
https://www.amazon.co.jp/dp/B07Q26SF5P
ジャーナリングには、思考と行動を支える三つの本質的な効能があると思う。
一つ目は「今ここ」への集中を取り戻せること。
作業中にふと別のタスクやアイデアが浮かぶことがよくあるけれど、それに引っ張られてしまうと集中が途切れてしまう。
「あとで見返せる」という安心感があるだけで、今やるべきことに意識を戻しやすくなる。
これは、座禅における受け流しの行為である。ジャーナリングはメディテーションの一種と言われるゆえんでもある。
頭の中だけでアイデアをこね回しても、結局それは記憶の中を探ってるだけなので、断片的だし、ループしがち。
でも書き出して目の前に出せば、思考の素材として扱える。
眺めたり、比較したり、並び替えたり、そういう「操作」が可能になる。
時にはまとまった考察ノートやブログ記事にアップグレードすることもできる。
保持する状態から操作可能な対象になるというだけで、思考の進み方がまるで変わる。
その時の気づきは、後から知識として熟成し、再利用可能なものになる。
書き散らしたように見える記録も、構造化されれば判断基盤として機能するようになる。