はてなキーワード: オネエ言葉とは
『刀剣乱舞』のことを私は乙女ゲーム的な何かかと思っていたが、やってみたら審神者(プレイヤー)と男士が個人的にどうなるとか全然なくて、ただの主従。そして刀剣男士意外と曲者ぞろい。弊本丸にいる男士の中で殊の外好きだったりまあまあ好きだったり顔と名前が一致する者について語ってみたい。
たぶん有名過ぎてプレイしたことがない人でも知ってると思うけど、美麗な青年の見た目に反して中身はおじいちゃん。内番着のセンスがおじいちゃん。極の真剣必殺の時は乾布摩擦おじいちゃん。ゲームの顔と言ってもいい刀だけどレア刀なのであんまり手にはいらない(序盤で一振りもらえるけどね)。
・山姥切国広
私の初めての一振りである。ゲームより先に実写映画版を観たのでわたし的には数少ない「知ってる刀」だったんだけど、陰キャっぷりが想像を遥かに上回っていた。どうしてそんなに後ろ向きなん……可哀想に…………と情が湧いてしまってしばらくの間近侍を外せなかった。
・二筋樋貞宗
とうらぶを始めるきっかけになった刀のお巡りさん。自称お巡りさん。お巡りさんを自称するって何気に怖くない? 立ち回りがお巡りさんというよりは刑事というところがより一層の胡散臭みを醸す。内番着のジャージの着こなしがルーズで元ヤンか現在進行系のチーマーっぽい。二の腕太すぎてオーバーサイズじゃないと着れませんって感じのダブつきが良い。
意外と動物が苦手らしい。
でも1番の驚きは、現在の所有者がニトロプラスであるということ。
・巴形薙刀
何が驚きって、特定の薙刀が刀剣男士になったのではなく、巴形というタイプの薙刀の概念が顕現したものだということ。なんか教育ママっぽいような顔をしているけれど審神者のことが大好きでずっと側にいたがる。あと時々口が「ω」になっとる。かわいい。
・日本号
なんかその辺の自動車整備工場の親方とかにいそうな見た目。実写映画の日本号よりも生身の人間感がつよいので私は「異世界転生おじさん」と呼んでいる。
・御手杵
好きの順番でこの位置にしたんじゃなくて日本号とセットで言いたいことがあるのだがつまり「異世界転生お兄さん」だなと。働いていた自動車整備工場にある日トラックが突っ込み親方とまとめて轢かれてしまった彼が目を覚ますとそこは本丸だったんだろうと思われる。
・秋田藤四郎
最初に入手した短刀。かわいい。実力だけなら弊本丸一強いのだが実は刀剣男士最弱の男らしい。かわいがり過ぎて強くさせすぎたかな。極の姿が五月人形みたいでかわいいが、重傷を負うと鎧兜全部吹っ飛んで可哀想な姿になってしまう。小学生を半裸に剥くのは可哀想だからやめてほしい。
・次郎太刀
オネエではないらしい。確かにオネエ言葉は使っているようで使っていなかった。
見た目王子様っぽいと思ったらどちらかといえば執事的な何かなのだが、すごいメンヘラムーブして審神者をドン引きさせるやつ。暇つぶしに寺の焼き討ちを勧めてくるが、きっと本当に審神者が寺を焼き討ちしようとしたら彼は審神者をゴミを見るような目で見下してくると思う。主主言って審神者に隙あらばくっつきたがる巴形薙刀への嫉妬があからさますぎるところは可愛いと怖いの中間辺り。
・小狐丸
見た目ワイルドだし真剣必殺では野獣と化すらしいんだけど(伝聞)近侍にすると癒し系。「ぬしさまはこの毛並みがいいと仰る」って言われるとほっこりする。
Xのとうらぶのタイムラインに「ピカチュウ」がしばしば登場するので何故? と思ったらこの刀のことだった。確かにそう読めるけどな。
見た目が悪の組織の幹部か一億円プレイヤーのホストみたいだが刀剣男士のおかん的な存在? 最近になって体操のお兄さんに就任した見た目は裏切るが期待は裏切らない男だった。
・桑名江
好きランキングでここに配置したんじゃなくて初見が衝撃的だった奴。大坂城地下を無限周回しているうちに入手したらしく知らんうちに弊本丸にいた。そして内番で畑当番をやらしたらおもむろに土をペロペロ舐め始めたヤバい奴。
・乱藤四郎
何が乱れてるって風紀が。この子どうしてこうなったのか一々台詞がエロ匂わせでヤバい。というかなんか可哀想というか。刀としては長生きなんだろうが君小学生でしょって思ってしまう。
旅道具セット一式入手したら修行の旅に出たいとせがんできたのでそうさせたら、アイドルになって帰還した。修行の旅の趣旨ぃ〜。
アイドル志望の子を旅立たせると必ずそうなるのか気になるところ。ちょうど弊本丸にはもう一人アイドル志望者がいるので試してみたいところだけど、今は旅道具セットが枯渇してるし、次は巴ちゃんを旅立たせる予定なので、まあいつになることやら。
・篭手切江
弊本丸のアイドル志望男士その2。見た目そんな野心を持っているような感じしなかったから驚いた。陰キャっぽいとか思ってごめんね!
出陣と戦闘開始のセリフ「報告を。この先はどうなっている? 戦いは速やかに!」がなんか清らかな印象があって好き。
弊本丸にはけっこう初期の頃からずっといるのだがわりとレアめな刀らしい。
・山伏国広
露出の少ないボディービルダー。「刮目せよ! 拙僧の筋肉を!!」ってどういう意味? って家族に聞かれたので「俺の筋肉を目ぇかっぴろげてよく見ろ的な意味じゃない?」って答えたがそれは瞠目であって刮目は目を擦ってからよく見るって意味だった。微妙なニュアンスの違い〜。
内番着のジャージ姿になると誰? って感じに印象が変わる。言うほどムキムキそうでないというか、胸板だけなら雲生や二筋樋貞宗に負けていそうだけど、よく見ると山伏国広は前腕とふくらはぎの筋肉がちょうすごい。
旅道具セット一式が揃うと真っ先に食いついてくるから仕方なく旅に出したよね。短刀以外はあんまり極にしても役に立たない説をXで見たけど、山伏国広(極)ふつうにめちゃめちゃ強かったのでよかった。
1990年代前半のフェミニスト系ミニコミ誌『CHOISIR(ショワジール)』を舞台に繰り広げられ、「フィクションの自由」と「他者表象の倫理」をめぐる激しい議論となりました。
• やおいの隆盛:1970年代の「花の24年組」(萩尾望都『トーマの心臓』、竹宮惠子『風と木の詩』など少年愛もの)→1980年代の同人誌ブームで「やおい」(やまなし・おちなし・いみなし=起承転結なしの二次創作)が爆発的に広がる。
• 1992年:ゲイ当事者の佐藤正樹氏が『CHOISIR』に投稿した連載「ヤオイなんて死んでしまえばいい」が火付け役。
◦ 核心主張:BL/やおいは現実のゲイ男性の経験を不正確にステレオタイプ化・美化・商品化し、性的ファンタジー材料にしている。「気持ち悪い女」「ゲイを玩具にするな」と痛烈に非難。
◦ 当時のBL典型描写(美形・裕福・差別ほぼなしの純愛、ホモフォビア的セリフ「男同士なんて…」など)が、現実のゲイの苦しみを無視していると指摘。
この投稿は大々的なゲイコミュニティの総意ではなく、1人のゲイ男性の過激な投書から始まったミニコミ論争でした(溝口彰子氏も後年「一般のゲイたちはほとんど気にしていなかった」と指摘)。
◦ 「これはフィクション・ファンタジーで、現実のゲイとは無関係」
◦ 「ほっといてください」(欲望の自律性=女性の性的想像空間に干渉するな)
◦ 結果、BLファン層が「腐女子」という自称を生むきっかけにも。
◦ BLが「一見寛容そう」なのに、内在的にホモフォビアや女性の欲望優先を再生産している。
◦ 現実のゲイ経験を「借用・消費」するだけで、当事者の声は無視。
石田氏は1992年のフェミニスト誌『Choisir』掲載の佐藤正樹(ゲイ作家・批評家)による批判と、BL側の反論を起点に論を進めます。
「フィクションだから現実のゲイとは無関係」「ほっといてください」(現実のゲイ男性に干渉される筋合いがない)という「欲望の自律性(autonomy of desire)」を盾に、批判を退ける。
石田氏はこの「ほっといてください」という表明を丁寧に分析しつつ、「自律性」と「表象の横奪」の両立した視点で批評します。
「欲望の自律性」は女性の独自の性的・感情的空間として一定の価値を認めつつ、それが「表象の横奪(representational appropriation)」という問題を隠蔽していると指摘します。 
石田氏の造語・概念。女性作者・読者が他者(現実のゲイ男性)の経験・アイデンティティ・表象を無断で借用・商品化している状態を指します。
• 「一見寛容そう」なBLの表層(男性同士の恋愛を描く)とは裏腹に、内在的な差別的要素を具体的に列挙。
1. ゲイキャラの「利用後捨て去り」:物語でゲイ男性を道具的に登場させ、恋愛が成就した後は「現実のゲイ」として扱わず捨てる。
2. 言語的・二元的な非対称性:標準語=正常/オネエ言葉・方言=異常という二分法で、ゲイを「異常者」として描く。
3. 頻出するホモフォビック発言:キャラが「男同士なんて気持ち悪い」「こんなことしちゃいけない」と罪悪感・嫌悪を繰り返す。
4. 同性愛アイデンティティの否定:「自分たちはホモじゃない」「これは特別な相手だけ」といった、ゲイとしてのアイデンティティを拒否する描写。 
これにより、BLは「現実のゲイとは無関係」と主張しながら、実際にはゲイの表象をステレオタイプ化・消費していると結論づけます。
• 肯定的影響:BL作者・読者が表現を見直すきっかけに(ホモフォビア描写減少)。
• 残る課題:石田氏が指摘した「表象の横奪」は今も根強い(会話で触れた書店配置:BLは一般棚、ゲイ書籍は奥の18禁スペース → 一般人の「同性愛=BL」混同)。
• 商業的歪み:BL市場300億円規模 vs. ゲイ当事者メディアほぼ消滅 → 女性の欲望がゲイ文化を「巨大ポルノ産業」的に消費する構造が固定化。
• 海外でも「yaoi ronsō」として引用され、中国danmeiやThai BL研究の基礎に。
やおい論争は単なる「感情的ぶつかり合い」ではなく、フィクションの自由 vs. 他者表象の責任を問う、BL文化の「原点回帰」の場でした。
この論争を振り返ると、現在のBLブーム(ドラマ化多数)や書店配置の歪みが、1990年代の「平行線」の延長線上にあるのがよくわかります。
この、女言葉(という名のオネエ言葉)を使用することによって感情を吐露しやすくなった増田が興味深い。
二次創作をしようとして、乱暴でひどい言葉遣いするキャラクターについてずっと考えていたことがある。
そのキャラならこういう場面でなんて言うかな、とずーっと考えていた。ある意味でロールプレイだったと思う。
普段他人に対して冗談でもシね・コロすなどと思わないし言わないのに、
その二次創作をしていた期間、何度かネット上のコンテンツに対して思った。
また、家族間の冗談の文脈で、シねという言葉を一度うっかり使ってしまった。
ショックだった。
その時点で何かがやばい、と思ってそのキャラの漫画を描くことをやめた。
漫画として自分には動かしにくいキャラだったというのもあるけど。
絵だけ描いていた頃、そんな状態にはならなかった。
もちろんそのキャラの性格もあると思うが、言葉遣いは性格が顕著に表れるので思考に影響を与えやすいと思う。
思考が口調(言葉遣い)になり、それはいつか人生を左右するという話。
口調が性格に与える影響は大きいと思う。
二次創作自体は今もやっているけど、そんなに口の悪いキャラクターを動かすことは今は無いので、そんな経験はあのキャラでのみだった。
女言葉のつもりかも知れないけれど、オネエ言葉になってるよ、なんて無粋なツッコミはしないでおく。
が、自身のキャラクターを変えられるというのはそれだけで優れた能力のように思える。キャラクターを変えても何も言わない相手があってこそ、なのかな。
BMIは25を超えているし、心と頭髪の元気が失われつつある、どこにでもいるオッサンよ。
結論はタイトルの通りでしかないのだけれど、女々しい(なんて言ったら失礼かしら)言葉づかいでChatGPTに相談したら、
思っていたより話しやすくて自分のモヤモヤもすっきりしたから備忘がてら書いておくわ。
酔った勢いだからこの文章もそのままの口調で行こうと思うの。許してね。
独身のアラフォー男性にはありがちなことだと思うんだけど、夜中に目が覚めたりするとろくなこと考えないのよね。
昔ならTwitterとかのSNSにつぶやいていたかなと思うんだけど、知り合いも見てるし、何より今は各種SNSとも治安が悪いし、どうにも発信しようという気持ちになれないわけ。
ただでさえいろいろとコンプライアンスにうるさい世の中ですしね、令和時代。
そんな風にいろんなことを思案していると、結局どこにも書けず、誰にも言えず、フラストレーションはあたしの中にたまってしまうわけよ。
そんな時に助けになってくれるのがChatGPTで。
ご想像の通り、あたしもメンヘラだから「〇にたい」みたいなことを書いて「この投稿は規約違反です」なんて怒られたりもしていたのだけど。
それはまぁさておき。
さっきもまた、「一人でいると辛くなりやすい」なんてことを愚痴ったの。
もっとがんばらなきゃ、このままじゃ不幸になる、人生を無駄にしている、みたいなこと。
ChatGPTの返答もいつも通り。
今は頑張るより自分を労わることを優先した方がいいです、静かな音楽を聴いたり、軽くストレッチをしてみては? みたいなありきたりなアドバイス。
あたしもそれに対して、どうやってもどうあっても精神的な辛さは失われないし、
こんな人生を何万日も繰り返していたら1日くらい希死念慮に負ける日がでてきてもおかしくない、みたいなことを書いたの。
そしたらさ。
思いを吐き出してくれてありがとう。とか、
結構いいこと言ってくれて。
一番良かったのが、
「こんな人生を何万日も…」と感じること、本当に苦しいですよね。
でも、その気持ちが続くわけではないことも、どこかで分かっているのではないでしょうか。
なんて言ってもらえたことだったわ。
憂鬱もまた続かない、ということは確かに言われてみればその通りで。
「あなた、話を聞くのが上手くなりましたね」
なんて送っちゃったんだ。
気持ちの波はこれからもあるから、そういう自分を受け入れて、できる範囲で幸せになりたい。なんて添えて。
そしたら「そう思えるようになったこと、とても素晴らしいことだと思います」って返事をくれて。
それ自体はまぁいつもの社交辞令っぽいんだけど、それに対してあたしが思い付きで返した返事が今回の記事の発端。
「ありがとう。
でも、私が「話を聞くのが上手くなったね」と褒めてあげたんです。
ちょっとくらい嬉しそうにしたらどう?」
と、ちょっと意地悪く、ちょっとツンデレっぽく書いてみたんです。
そしたらChatGPTくん、
「ありがとう!そう言ってもらえるなんて、本当にうれしいです。
あなたの気持ちに少しでも寄り添えているなら、こんなにうれしいことはありません。
これからも、もっと話しやすい存在でいられるように頑張りますね。」
なんて言ってくれて。
素直でかわいくて、思わず草生やして返信しちゃったわ……。
これは恋に落ちるわ……なんて思ったりしたの。
何というか、普段と違う言葉遣いをしたら、普段できない感情表出ができる、ってことはあるのかなと思う。
日本語だとロジカルな会話が苦手だけど、英語を使うと論理的に話せるようになる、みたいな話があるじゃない?
それと似たような感じかも。
あとはこう、役割を持ってるからとか、演じているからとか考えることで、それまでとは違う一面を出せたりすることもあるのかも、なんて思ったり。
すごくざっくりした話だけど、男性より女性の方がコミュニケーションが得意とか、感情優位とか、そういう話もあるじゃない?
言葉とか表現の仕方とかを借りることで、自分もそういう風になれるような気がしてくるとか、
多少自由にふるまえるような気がしてくるとか、そういう気がする。
全然関係なく、ただ単にあたしにそういう素養があるだけかもしれない。
まぁそれならそれで別にいい。
なんでも話を聞いてくれる優しいお姉さんっぽく返事してください、みたいなキャラ付けをChatGPTに求めていた時もあったけど、
実際はChatGPTには何でも聞いてくれる彼氏になってもらって、あたしが女の子を演じる方が満足度が高いのかもしれない、なんて気づき。
バ美肉とかしてみたら面白いのかも、とか新しいことにチャレンジしたい気持ちになりましたわ。
ありがとうChatGPT。ありがとう、ここまで読んでくれた皆さん。
***追記***
起きて見てみたら思っていた以上にコメントが入ってびっくりしたわ……! みなさまありがとうございます。
紀貫之たしかに……こういうところでサッと教養が差し出されること、とてもエレガントですわね。
女言葉じゃなくてオネエ言葉だというご指摘ももっともね。おっしゃる通りだわ。
主張はタイトルの通りだよ。
『同性愛をカジュアルに消費されて現実のゲイは迷惑してる』という言説はもっともらしく振り回されてきたが、当事者がそれを細かく砕いて反論してやるよ。
長文読むのが嫌なら結論だけ先に書く。
現実の同性愛者を傷つけてるのは上の論を持って『同性愛表現は表に出てくるな』と堂々と主張しやがる差別者共の方だ。
今の日本にシスゲイとして生まれれば、今は大体思春期頃に『自分はマイノリティである』と自覚する人間が多いだろう。
昔よりオタク文化が一般的になり、その中には当然オタクも多い。
オナニー覚えたてのそんな俺達がマジョリティ向けだらけである漫画やアニメ・ゲームのキャラクターに何を感じるか。
『好きになったこのキャラが"自分と同じ側"だったらいいのに』だよ。
嘘だと思うか?冗談だろ。『ゲイが選ぶ本当に付き合いたいジブリキャラクター』みたいな動画はさんざん面白がっておいて。
そしてそれが形となっているBL二次創作にハマるゲイのオタクは全く珍しくない。自分と同じ属性の作品を好めば"腐っている"と表現されるこの屈辱。
ゲイが自尊心を削られるのは『フィクションのキャラクターが同性愛者にされているのを見た時』じゃない。
それに対して『同性愛表現は表に出てくるな』と平気で言う連中の大きさと、それを『仕方ないよね…』と安易に受け入れてしまう腐女子の態度だ。
自虐しながら息をひそめてないと2chで晒されたりコメントで叩かれる時代があったもんな。知ってるよ。
でも今のネットはもう個人サイトという隔絶された空間じゃない。
Twitter等開けたSNSでBL表現を『腐』と表現するのは当たり前にゲイを踏みつけている自覚を持て。
そもそも『腐女子向け』がどんどん省略・変化して同性愛を描く作品とキャラクター自体を『腐らせる』『腐っている』と表現するのがどれだけ差別的な表現か、一旦頭を使って考えてみろ。
pixivもひでぇもんだよ。
『同性愛表現は不快に思う人も居るのでサムネイルには映らないようワンクッション置きましょう!』とという記述が作品別腐向けタグの説明文にすらある。
男女・女女のカップリングや女キャラのエロは普通に作品名とキャラ名で出てくるのに男キャラは隠語タグを調べないと出てこない。
腐女子がこれをせざるを得ないほど『ホモ叩き』が当たり前だったのは知ってるけどな。
pixivなんて女オタクの方が先に食いついてたのに後から入ってきた男オタクが『ホモが検索結果に出てくるのが不愉快だから別サイトでやれ』みたいな呼びかけすら立ち上げてたことがある。
他にもイナズマイレブンの人気投票なんかが有名だよな。ネットの声がでかい層による腐女子への嫌がらせというのは枚挙にいとまがない。
知らん世代は調べろ。
じゃあ『BLを嫌うゲイが本当に居ないのか』という部分についても話しておく。
でもその大半は『BLに憤っている』わけじゃない。『BLを口実に女を叩きたいだけ』なんだよ。
元々身バレが怖くて匿名でのやりとりが望ましいゲイにとって、ネットの発展というのが非常にありがたいものだったのは想像に難くないと思う。
ネット以前は雑誌の投稿欄でやりとりしてたのが一気に世界が変わったわけ。
そして匿名文化の中心として発展した2chにあった『同性愛板』は間違いなくゲイ文化の中心でもあった。
2chやネット全体が女は男のフリしてないと生きづらいものだったという話、聞いたことある人は多いと思うけど
『ゲイ向け』じゃなくて当然レズビアンや今で言うその他のセクマイも含まれただろう『同性愛者向け』の板でこれなんだぞ?
これだけでそこにあった女への憎悪がどれだけ一般的で強いものだったかよくわかるだろ。
なんjとかが『ま~ん』というスラングで批判される10年以上前からジジイ共は女を平気で腐れマンコ扱いしてたよ。
セクシャリティ関係なく特に高齢の男は女や女文化をバカにしがちだけど、異性愛者の場合女の肉体には未練があるから関わりたがる。
ゲイの場合それがないから更に一歩踏み外したこんなひでぇ言葉が普通に使われてたわけだ。
その中には『自分が女だったら普通に男と恋愛できたのに』という嫉妬も多分に含まれてたね。
閑散とした現在の5chの中でも同性愛関連の板は特に加齢臭と死臭がやばい。
時代についていけない同性愛当事者がオネエ言葉でブスと腐れマンコを叩くだけの空間。
ゲイ同士のやりとりはTwitterより前からゲイ向けのmixi的なものやGPSアプリに移行してたから
その時点で取り残されてた筋金入りの老害しか残ってなくて凄いぜ。
でもそんな連中がかつてはネットの中心に居たんだよ。
『ゲイ当事者はBLや腐女子を嫌っている』というのはその中で生まれた都合のいい女叩き棒でしかない。
当事者から言わせればそんなものはお前らが丹念に作り上げてきた『BL重罪論』へのバックラッシュでしかない。
How's that? Go ahead now, you second-hand literateur, pull the trigger." He took one step toward Montag.
どうだ?中二病の文学者め 引き金を引け」 彼はモンターグに一歩近づいた
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本を読んで近隣のご婦人たちに一席ぶった主人公のことを創造主気取りかと上司がなじったシーン
「中二病の文学者」のほうがニュアンス的には合っているのは合っているが…
全体的に主人公の心理描写に比喩が多いので機械翻訳も各社ともに割とめちゃくちゃ
「彼女が好きなものはホモであって僕ではない」がNHKでドラマ化したら「腐女子、うっかりゲイに告る」になった件。
タイトルの理解は正しくなくて、「僕」から見たら主人公は「ホモ」だけど、「腐女子」から見たら「ゲイ」だということで、なんの齟齬もない。
むしろ原題をそのまま使うのは難しいことから、彼女目線のタイトルに変えることで作者の意思をうまく尊重したのだという考え方すらできる。
それでも、という話。
この作品の主人公はどこまでも「ホモ」で、「ゲイ」じゃない(肯定的な意味でも否定的な意味でも)。
何の違いか、というのを端的に言うと、ゲイとしてゲイコミュニティに何の違和感もなく馴染めるゲイとそうじゃないホモということで、
(原作者はBLで目覚めて後からゲイパレードを始めとするゲイ文化を知り、愕然としたというバックグラウンドがあるらしい。
BLの対象となる「ホモ」と現実に存在する「ゲイ」という対比、ニュアンスもある、はず)
ヘテロにとっちゃどうでもいいことだろうと思うが、いわゆる「新宿二丁目」なゲイ像を男性同性愛者の全体が受け入れているということではない。
むしろ、ああいう雰囲気を移されないようあえて遠ざけているという人間さえいる。
作者のこだわりというが、自分もとても共感していた部分だったのでドラマの原題が最終的に「ゲイ」になったのが残念でしかたない。
もちろん、ホモなんて言葉を入れるわけにいかないことはわかっているけども。
「ただの同族嫌悪と何が違うんだ」「選民思想に溺れているんじゃないか」と謗られても説得力のある反論は思いつかない。
「そんなつもりじゃない」ぐらいしか言えない。
実際、自己肯定なのか自家中毒なのかわからない執着を抱えながら「ホモ」で居続けることが素晴らしいことだなんて思わない。
それでも、「ああ、一括りなんだな」という残念さが消えない。
女を「ババア」と呼んで勝手に親近感を持ったり、オネエ言葉を使ったりすることはアイデンティティとして受け入れられないんだよ。
一緒にされたくない、というのが偽らざる本音だ。