はてなキーワード: ないちょとは
「皇位の存続」を望んでいる人たちなのです。
男系にこだわる男系カルトという人たちがいて、その人たちは自民党のコアな支持層になります。
20年ぐらい前から、一般国民(旧宮家系)の中で、天皇になってもいいという方はいません。
男系継承にこだわり、皇位断絶しても気にならないちょっと狂った人たち
この人たちが問題であり、双系継承の安定継承を望む人たちが、愛子天皇派ということになります。
重ねて言いますが、「側室なき男系継承にこだわり皇位断絶しようと気にしない狂った人たち」
この人たちが、天皇陛下や愛子様や雅子様を困らせているわけです。
「別に女系認めようが好きにすりゃいいけど、そうなると継体天皇の時点で大間違いだったことになるし」
この文章は何が言いたいんですか?
継体天皇(26代)は、武烈天皇(25代)とは16代天皇から分かれているんだよw
だから継体天皇は武烈天皇の皇女と結婚して、権威を保ったんだよ。
増田は、遺産相続で、先々々々々代の関係者が現れたら、「無関係な人間はでてってください」というだろw
水掛け論にもならんだろw水掛け論にみせてるだけだろwおんなじことを書かせないでほしい。馬鹿の相手は疲れる。みんなそう思ってる。
何も宗教の話なんかどこにもないだろ?
お前が壺教会なだけだろw
一応妻側の弁護をしてみると
「おしりを拭くもの」という役目のもので別のところを拭いていると、
何にでも流用して、汚れているように見えないちょっと尻を拭いた紙で顔を拭く恐れが出てくるので、
同じ物でも見た目が違うウェットシートを使ってほしい
という理屈はなりたつ
が、よほどおっちょこちょいじゃなきゃそんなことは起こらないので
俺は増田の肩を持つぜ
舐めてた相手がキレやすい暴力衝動が抑えられない中年の殺人マシーンでしたものの決定版だと思う、78点。
工場勤務で美人の妻と可愛い2人の子供と暮らす冴えない主人公は毎日鬱屈とした日々を過ごしていた。ある日、家に強盗が入る。撃退できそうな場面を見逃したことで息子からは軽蔑され娘の大事なものを盗まれ、我慢の限界を迎えた主人公は強盗の家を探し出す。いろいろあって家に帰る途中に酔っ払ったロシア人連中がバスに乗り込んできてイライラしていた主人公は彼らをボコボコに。その中にロシアンマフィアの弟が含まれており復讐の的になる。襲い来るマフィアの部隊を返り討ちにした主人公は反撃に乗り出す。まるでイコライザーみたいな展開が幕を開ける。
みたいな話。
内容的にはジョン・ウィックだしイコライザーなんだけど撮り方と設定でこの作品ならではの感じを確立していて腕あるなぁって思った。
特にオープニング後のジャンプカットを多用した「繰り返される日常」描写は演出としてもカッコいいし、主人公が置かれた状況の開示として映画的に処理されていてめっちゃよかった。しかもその日常カットがどんどん短くなってすぐに強盗シークエンスに入るスピード感も完璧。ただ、あんだけ毎回ゴミ出し失敗してたら家がゴミで埋もれてまう。しっかりしろ。
オールディーズがアクション、爆破シーンなどにかなり多く挿入されているのは今どきっぽくてよいし、だいたいゆったりした曲なのでこのバカアクションン映画に通底する「過去からは逃れられない」「ミドルエイジクライシス」の哀しさを表現しているのはこの作品特有だなって思った。オールディーズってのが主人公が求める「若き日の栄光」を表しているんじゃないかな。わからんけど。
そして主人公のキャラもよくて、ハゲで髭面で腹の出た工場の中間管理職のおっさん。家族とうまく行ってないわけじゃないけどリスペクトは得られておらず、隣人や職場のいかにもアメリカンマッチョには見下され、今の生活に物足りなさを覚えており職場を買い取って自分の城を構えようと頑張っているって設定は感情移入度満点だし、この鬱屈とした生活が後の暴力の爆発につながっているのも納得力が高い。
敵も当然のようにロシアンマフィアなんだけど自分の趣味も兼ねたクラブでウェーイしながら一方でマフィア連合の年金基金みたいなやつの管理をさせられていてうんざり。また他の組にも舐められないように暴力にも出ないといけないしで、上司は上司でつらいよという感じで主人公と対比させられているのもよい。
そして主人公は大事にしていた自分の家を後始末として燃やし、その後、マフィアの年金を全部燃やしてしまう。互いの重荷を焼き尽くした2人は手元に残ったそれぞれの仲間だけを引き連れ、最終決戦に臨むという展開もよくできてる。
自分が絶対にこいつは変われないと思いながらも殺し損ねた男が本当に幸せな家庭を築いているのを見たときに生まれた「俺もああなれるかもしれない」という祈りに似た願望と、そして変わって得た鬱屈とした日々、そして甘美な暴力という名の誘惑。イコ、ウィックとかと比べると一番人間味のある話だったな。
アクションは全部いいから逆に言うことないんだけど、強すぎるんだけど強すぎないちょうどよさがあってぇ(矛盾)。
最初の大見せ場であるバスに乗り込んできたロシア人をボコすアクション。うわつよ!ってなる驚異的だけど泥臭い格闘スキルを発揮しながらもバーに頭をぶつけられたり複数戦してるところを後ろから刺されたりとリアリティのある強さに収まってる。そして、ぶん投げられてバスから放り出されるんだけど、ここが彼が「社会」から放り出された瞬間であり、バスの中に残った「暴力の世界」に自らの意思で戻り、積極的に武器を使い命に届く攻撃を繰り出す側に回るのもストーリー性があってよかった。
そして暴力の世界に帰ってきた主人公は男らしさを取り戻して冴えないオッサンから気前のいい男前にランクアップ。傷を治してくれた妻を求めたりするし、家に敵が攻めてきたら妻を隠すときに熱烈なチューもしちゃう。フゥ~。この家攻めのシークエンスもその場で撃退じゃなくて敗北して誘拐された後に脱出と一ひねり加えてくるのもグッド。
監督がFPSワンカット(風)映画出身だけあって、アクションデザインと長回しのセンスが良くて、なおかつバス内ならバス内、家庭内なら家庭内、工場内なら工場内のギミックを使った豊富なアクションギミックのバリエーションの多さはさすがに舌を巻くレベル。さらに広範では古き良きカウボーイの生き残りのおじいちゃんと現代的スナイパーのRZAも加わって人依存のアクションパターンも増えて大満足。
人アクションだとジョン・ウィックに軍配が上がるけどギミックアクションとしてはかなり上回ってると思う。近年まれにみるレベル。
そんなわけでアクション映画好きにはマストでオススメだし、ミドルエイジクライシスを迎えつつある抑圧された中年には余計刺さるんじゃないかな、知らんけど。
正直、AI に命令を出すリード、マネージャ、リーダーの能力が上がらないと、AI でコードを大量生産すると手に負えないスラムが根深く絡み合った構造で広がっていくことになるだろうというのが既に見えている。
というのも、AI ほとんど影響ないちょい前の時点ですら「うちはDDD、TDD、クリーンアーキテクチャ、k8s、アジャイル、スクラム等々を採用して云々」ってプロダクトが、リリースから半年、1年で開発がスタックしている、という事例は一般が想像する以上に存在している。
リリース時は、CTOやマネージャが腕組みしてWebページで華々しい成果発表するものだが、その裏で手動運用のオンパレード、一箇所変更したらどこに影響が及ぶかわからない地雷原、不具合障害が発生するたびに増える監視サービス、手動運用マニュアル。
その前で、「圧倒的ではないか、我がプロダクトは」って悦に入る経営陣、の図。
それ見て「SaaS界のネズミー王国や〜」って妄想を迸らせる利用者側経営陣と、ブルシットな手数だけ増えて、業績給与はぴくりくらいしか動かないで悶絶する利用者側従業員。
この状態で、「いや〜、新技術の導入、失敗しましたわ〜。経費が5倍くらいに膨れ上がってます。ごめんちゃい」なんてリリース出せないでしょ。
それ見て教科書ガイドエンジニア、カタログショッピングエンジニアが「世界を変える! 俺(の業務経歴書)が変わる!!」って初見手探りで導入して、連れション地獄。
これが現状よ。
ここにAI が入ってくると、ますます「中身も、他の処理との関係性もよくわからんけどプロダクトに組み込まれた謎プログラムの塊」が、「これ以上機能を載せるとバランスを崩して全体が倒れる」寸前のサイズまで育つわけよ。
ここまで行っちゃったら、どこをどうしたらどうなるか、「AI 使ってふふふふ〜ん」ってレベルのエンジニアでは太刀打ちできなくなってるだろう。
すっと
「動くな!」
となって、対策のための会議とドキュメントづくりが延々と半年とかいうオーダーで繰り広げられることになる。
その間やれること、というかやらなきゃならないことは、障害対応手動運用。
こういう状態に陥らせたリーダーやリードテック、CTOは「新しいことに挑戦したいので」と敵前逃亡、成果発表のWebページを担いで次の犠牲者の元へ。
ちゃんと設計したら、生成AIを駆使する必要、あまりないはずなんだよなー。
で、テストも書いてくれる、っていうけど、AI に全投げ似非エンジニアにその妥当性とか、判断できんのかな?
カバレッジを100%に近づけるためだけのテストを手動で大量に書くのを代替してくれるかもしれないけど、あのテストが品質保証、障害対策になってる現場が一つでもあるか?
今流行りらしい、業務ドメイン分割マイクロサービスだと、AI で辻褄合わせてテストとか、無理やぞ。
という地獄が、2、3年後訪れるだろう。
楽しみやなぁ〜w
という話をすると、AI使いこなせないオールドタイプの負け犬の遠吠え、みたいにいうてくるのがいるんだけど、むしろAI を効果的に活用するための構造、構成とか模索してんのよ。
2019年の映画Yesterdayは音楽映画ながらラブコメ要素もあり、ざっくり言って主題は漫画の「僕はビートルズ」を時代を変えてやった感じの作品なんだけど、結構好きで何度も見返している。横道に逸れるがクイーンも好きだからボヘミアンラプソディも繰り返し見るは見る。
本題。主人公のジャックマリクがLAの巨大レコード会社で行うマーケ会議があるんだけど、そこに出ている一人の黒人女優がずっと気になっていて、だけど、どんなに調べても名前が分からない。日本語の情報は無いし、英語でググっても分からない。
出演シーンは2カットくらいしかないちょい役なんだけど、細身の黒人女優でウェーブしたロングヘア。黒人も肌色にかなり差があることは分かると思うけど、やや黒い側の肌色。一番印象的なシーンが「作詞作曲ジャックマリク オンリー」の直後に右手を胸に当てて振り向くシーンだ。
この1シーンだけで彼女に惚れた。
かわいい、仕草が儚げでいい、小顔で顎のラインが細くて素敵、ウェーブの黒髪ロングが似合ってる、映画のシーンでは詳しく分からないからこっから先は完全に妄想だけど、絶対に足の細いスレンダー系でおしりも胸も小さい感じだと思う。
映画Yesterdayを見返すたびに、巻き戻してこのシーンを繰り返し見ている。
ああー誰なんだろうこの女優。知っている人がいたら教えてくださいけろけろ。
note内で彼は自身の大学くらいしか個人情報は晒していないものの、彼のことをある程度知っている人であれば本人だと分かってしまう内容だった。
彼は私の大学の同期で、同じコミュニティにいるので何かと定期的に付き合いがある。集団で遊んだこともあるが、個人間で親密なやりとりをしたことはない。
最初は知り合いの日記を偶然とはいえ見つけてしまったことに興奮して、そのまま興味本位で約一年分の投稿を遡っていった。
趣味の話、好きな芸能人の話、最近あったこと、ニュース、、などの中に勿論私たちが所属しているコミュニティについて取り上げている記事もあるのだが、その多くがコミュニティにいる人達を冷笑する内容だった。
なかでも「マドンナ/気取り」で「いい女ムーブ」をするのに「ちょいデブ(『他人に指摘されるほどではないが、デブだな、と思う程度のちょいデブ』らし」の私がとひわけ滑稽らしく、頻繁に、思いっきりこき下ろしていた。
例えば、コミュニティ内には女子が6人いるのだが、私はその誰とも被らないグループで男子達と混ざって作業をすることが多かった。
反論させてもらうと、私は男子と共同してマドンナになりたかったのではなく、たまたま関心があった分野の研究をするグループに男子しかいなかったのだ。それに、私の作業量は他のメンバーと同じかそれより多いくらいで、十分に貢献したつもりだ。決してオタサーの姫ムーブをした訳じゃない、悔しい。
例えば、私は女子Aに「私ちゃんのこと、どんな男子だって好きになっちゃうよ」と言われたとき、「そうだねー」と、ちょいデブのくせに肯定して見せたという。
例えば、私は自己肯定感を満たしたいがために「Bちゃんは可愛いけど、私なんて、、」みたいな発言をよくするので、聞いていて面倒臭いのだという。
彼は、私のような二軍のくせに一軍ムーブをする馬鹿な女をカースト外から馬鹿にするのが一番面白いのだという。
最初は傷ついて、その後は怒りが込み上げてきて、最後に残ったのは恥ずかしさだった。嫌な気持ちになるのは分かっているのに、読み進めるのはやめられない。
彼が指摘する私のふるまいは的を得ていて恥ずかしい。側から見たら私ってこんな恥ずかしい人間だったのか、と思うとただ悲しい。それなりに頑張って、周囲から評価されていたと思っていたのに、私は自己を客観視できないちょいデブ女でしかなかったのだ。他の人だって同じように思っている可能性だってある訳だ、恥ずかしい。
コミュニティで集まる予定を今月控えているので、それも憂鬱だ。パスしたい。
想定していない知り合いに読まれないように、開示する個人情報を制限した上でnoteに書いていた彼には落ち度がないのも分かっている。その配慮を無視して、彼の日記を読み漁った私が悪いのも分かる。
でも実際失敗して私に読まれているわけだし、彼の友人はそのnoteの存在を知っているようなので(noteに書いてあった)、気分が悪い。
酷いことを書きやがって!と糾弾してやりたい、罪悪感を味合わせてやりたい。だからここに書いてやった。やっぱり最後に残ったのは怒りだ。
ままにはないちょにちて~!🥺
転職したから職場に同期がおらず、人と雑談らしい雑談をする機会すらない。
元々、学生の頃からコミュニケーションが苦手で友達付き合いなんてほとんどなかった。
ただ、「人間関係は良好でなければならない」という脅迫概念に支配されていた俺は、なるべく人と接する機会を増やし、人と関わるように努めていた。
と言っても、部活やサークルのコミュニティに参加し、なるべく付き合いや飲み会やイベントに顔を出すようにしていただけ。
たったそれだけだけど、当時の俺は人間関係が上手くいかないストレスに胃が捻じ切れそうになりながら必死にコミュニティにしがみついていた。
今振り返ると、そのコミュニティの人に迷惑をかけたと思ってる。
どんなコミュニティにも、考えてることがよく分からないちょっとズレた変な人って一人はいると思う。
変で面白い人ではなくて変で奇妙な人ね。
そんな人間に積極的に声をかけられてもいい気分になるわけがない。
社会人になっても人と上手くコミュニケーションを取れず、精神的にまいってしまい精神科に駆け込むとASDだと診断された。
都合のいい言い訳ができた気持ちもあったけど、学生の頃から必死にノートに「人との付き合い方」を整理していたあの作業は無駄だったことが分かり、絶望した。