はてなキーワード: お腹とは
16時52分。鶏みそ鍋の具材を買ってキジバトさんがもう現れなくなったいつもの道を歩いていると、スズメでもハクセキレイでもない聞きなれないさえずりを奏でながら2匹の小さな鳥が僕の目の前を通過してマサキの生垣に着枝したのが見えた。ぱっと見スズメと同じぐらいかそれよりちょっと小さいくらいのサイズだ。
ここのマサキは3年ぐらい前だけどメジロさんが実を食べにやってきたのを一回だけみたことがあるという記憶が瞬時に脳内を駆け巡り、もしかしてメジロさんじゃないか!?と目を凝らしてみたところ、羽が暗めの抹茶色でお腹が白い鳥であった。間違いない、メジロさんだ!目の縁にある白い丸はこの距離では当然見えないけど、メジロさんにちがいない!と確信した。
僕はすぐさまカメラを取り出してパシャリと撮ったが距離が遠すぎて、葉っぱの中に色がちょっと抹茶色に染まった葉っぱ(メジロさん)があるようにしか見えない写真になった。ズームで狙いを定めているうちにあっさり2匹とも飛び去って行った。くそう〜。
なんで吐き始めたのか、理由は今でもはっきりと覚えている。
両親に気にして欲しかった。恵まれた一般家庭で育ったけれど、両親は子育てが下手だった。私がどんなに心身を崩しても、なんの興味も関心も持たない両親の気を惹きたかった。
ただ私に気づいて欲しかった。食べたものを吐いて極端に痩せたら心配してもらえるかな、なんて子供の試し行動の成れの果てだったと思っている。痛いのは嫌だから、痛くない自傷行為はこれしか思いつかなかった。
もともと食べることが好きだった。
高校に進学して1年、毎日同じ道を通っていたはずの通学路である日突然迷子になった。その日から調子を崩し、あっという間に不登校になって通信制に転校した。不登校を理由にお小遣いを止められて、毎日家に居るわけにもいかずアルバイトを始めた。親との関係は最悪で、ろくに会話もしないし、なるべく会わないようにしたし、お互いに空気みたいに見えないふりをしていた。
不登校になってからは希死念慮が全身にべったりと纏いついて離れなかった。毎日死にたくて泣いていた。唯一アルバイトだけは真面目に続けていた。仕事は楽しかったし、そこしか居場所がなかったから。
3年生になって、卒業後の進路が全く決まっていなかった。本当は受験して大学に進学したかったが、親とは冷戦状態のままである。特に父親とは1対1で少し話をするだけで震えと涙が止まらなくなるほど重症だった。
何かが変わるきっかけが欲しかった。それと同じくらい現実から逃げたかった。コンビニでお菓子を買ってきてたくさん食べた。Twitter(当時はまだXじゃなかった)で『過食』と検索したら、大量の食べ物を並べた写真を載せている女の子が沢山いた。こんなに食べたら太ってしまうのにと思ってプロフィールに飛んでみると、どうやら彼女たちは、太らないように食べたものを吐いているようだった。インターネットって本当に最悪。これが過食嘔吐との出会いだった。
胃の中身をみずから吐こうとするなんてことはもちろん人生で初めてだった。具合が悪くなって幼少期に数回戻してしまったことがある程度で、嘔吐恐怖症とまではいかないが直接喉を伝う嘔吐は想像するだけで怖かった。
他の女の子たちも吐こうと思ってすぐに吐けるわけじゃなくて、水を沢山飲んだりして練習していた。5chに吐き方のコツを教え合う場所もあった。オープンなTwitter上で吐き方を教えるのは御法度という風潮もあった。
私は直接の嘔吐が本当に嫌だったので道具を使って戻していた。明らかにアレなため詳細は書かないけど、この道具を使うにもかなり練習が必要で、同じように吐きたがっている女の子たちと日々励まし合っていた。
界隈では、食べ物を戻さずに消化することを『吸収』、自分が食べられる量を『胃キャパ』などといい、食べる前後に体重計に乗って自分の胃キャパを自慢する独特の文化があった。痩せを追求する女の子たちはいかに吸収を少なくして食べ物を大量に食べて戻すかを試行錯誤していた。
今思うと本当におかしいけど、Twitter上には同じような人が沢山いて、そこでの交流が世界のすべてだったから異常だとは思わなかった。人間の脳は都合良くできている。
私も練習の甲斐あって吐けるようになった。けど月の過食費は数万円かかった。バイト代から出す学生の子、ふつうに働いている社会人のお姉さん、親公認で親の金で食べ吐きする子(かなり少ないけど)、金の出所はそれぞれだった。
同じ年頃の女の子たちのほとんどは、パパ活や援交をして食べ物代を稼いでいた。それで高校卒業したらそのままデリヘル。自分よりも歳下の、この間までは摂食障害でもなんでもなかった15、6の女の子がお腹いっぱい食べて吐くために知らないおじさんとファミレスに行き、テーブルいっぱいに奢ってもらった帰りにそのままホテルで身体を差し出している様子は正直見ていられなかった。摂食障害につけ込んで未成年をホテルに連れ込む大人もまともではないと思った。
毎日スーパーとコンビニをハシゴして、菓子パンやおにぎりを買い込んで、深夜に一心不乱に食べてはトイレに戻していた。食費を気にするようになってからは、チルド麺を茹でたりドーナツを揚げたり、白玉団子作りにハマっていたこともあれば安い食パンを買ってきて致死量の砂糖とバターをかけた揚げパンを作ったりもしていた。なるべく吐きやすいものを、とにかくたくさん詰め込められればなんでもよかった。
親も多分気づいていたけど、なんでかわかんないけど気づかないフリをされていた。たまに監視するみたいに夜起きてきて、乞食みたいに夜中にこそこそしやがって!と嫌味を言われたことは覚えてる。
一度だけ、手に吐きだこがないか確認されたことがある。でも自分は前述の通り道具を使って吐いていたので吐きだこなんかできたことなかった。綺麗な手を見て安心したのか、それ以降触れられることは二度となかった。
バレなくて安心した気持ちと、自分の抱えている辛さに気づいてもらえなかった悲しさで大泣きした。娘が毎日毎日食べ物を買い込んで、夜中にトイレ流す音が何回もして、明らかにゲロってたら普通は心配するもんなんじゃないのかな。
今更自分から言い出すこともないし、このまま一生無かったこととして扱われるんだろう。でも、お母さんのご飯は今も昔も大好きだから、吸収しないように食後すぐ吐いていたことだけは一生知られたくない。どんなに反抗期でも口を利かなくてもご飯を用意してくれた母親に対して、生涯で最も酷い裏切りだったと思う。
1年間ほぼ毎日吐いていた。食べて吐いての1セットを毎日5回以上も繰り返していた。食べても太らないなんてラッキー!という気持ちはいつからか消えて、義務みたいにひたすら食べて吐いていた。
夕方にのそりと起きて、決まったルートで食べ物を調達して、今日はこれ食べるよって写真撮ってTwitterにアップして。吐くのは苦しくて嫌いだけど食べたら吐かなきゃいけないし。『もう食べるのも吐くのも辞めたい』とTwitterに何度も投稿した。
何か大きなきっかけがないと一生辞められないんだろうと思ってた。が意外と終わりはあっけなかった。
コロナウイルスの濃厚接触者になってしまい、1週間自宅謹慎することになった。つまり過食するための食べ物を買いに行けないのだ。それにトイレに入った後は毎回消毒することになっていて、不自然にトイレにこもって吐くことができなかった。わたしは至ってまじめな人間であったため、食べ物のために家を抜け出すなんてことはせず、本当に大人しく過ごしていた。するとどうだろう、その1週間で異常過食衝動がすっかり治ってしまった。しばらくは食べすぎた時に数回だけ吐いたけど、日常的に吐かないと嘔吐反射が復活して吐くのが辛くなる。
そのうち二度と吐かなくなった。道具も捨てた。ご飯を腹12分目まで食べるのを辞めた。店員に面が割れてて行くのが気まずくなっていたコンビニ通いも辞めた。
実家暮らしかつ、お酒が飲める年齢じゃなくて幸運だったと思う。逆にそうじゃない子は全然辞められないんじゃないかな。
今でも生理前は食欲が止まらないけど、菓子パンを見ても美味しそうと思えないし、コンビニの味がトラウマで食べられなくなった。
当時の写真もアカウントも全部消したし、辛かった記憶を脳が封印しているのかもうあんまり覚えていない。親もひとりの人間だから簡単に変わったりはしないし、自分を救えるのは結局自分だけなんだろうなと思う。それでも助けて欲しいと願った自分がいたことを愚かだったとは思わない。みんなも自分のこと大事にしてね。
------------------------------------------------
ここまでが数年前に増田に上げていた文章。身バレを恐れて削除してしまったが、文章自体はスマホに残っていたので加筆修正した。
このとき温かい言葉をくれた人たちには本当に感謝している。「大変だったね」と声をかけてくれたのは友達でも両親でもなくインターネットの向こうのあなただけだったので、当時のわたしは本当に救われてお守りのように見返していた。
あれからもずっと嘔吐していない。道具がなくて吐けないのもあるし、今となっては道具を使った嘔吐の方法はあまりにもおぞましすぎて絶対にやりたくない。若さと無知って怖いなと思う。
後年、両親にわたしの摂食障害を知っていたか聞いてみた。父親は前述の通り知っていてそれを無かったことにしていた。その理由は簡単に言うと「どうしたらいいかわからないし、面倒だから」であった。普通の親なら慌てて病院に連れて行ったりするもんなんじゃないんだろうか……。正直どん引いた。
母親は一切気付いていなかったらしい。いくら食べても太らない子だなあと思っていたと。自分はてっきり知っていて無視されているのだと思い込んでいたため、少し気が楽になった。
両親とは普通に話せるようになった。それでも、この人たちは人生のいちばん苦しいときに助けてくれなかった人たちなんだとどうしても思ってしまう。助けてほしいときに誰からも手を差し伸べられなかったことへの絶望は深い傷となって残り、その後の価値観に大きく影響した。
成人して数年経つが、高校生の子を見るとなんて幼いんだろうと思う。まだまだ大人の保護下にあるべき年齢だろう。10代のわたしにとって1人孤独に過食嘔吐を繰り返した日々は間違いなく本当につらかったのだ。
しばらくはどんなに親しい友人にもそのことを隠し通していた。最近はたまに、昔ゲロ吐いてて〜と面白おかしく話してしまうことがある。自分の中で少しずつ昇華しているんだと思う。完全に忘れられるようなことはないだろう。
ボトラーならぬ、部屋でペットボトルにゲロを吐いて置いていたらなんか発酵?していて焦った話とか、抹茶アイスを1箱食べて吐いたらトイレが若草色になって面白かったとか、度を越した過食嘔吐ジョークは人に話さないように気をつけているが、エピソードとしては強烈なのでちょっともったいないなとも思っている。
一応体重がガクンと減ったりもしたのだが、すぐに元に戻ってしまった。飢餓状態が続くのと同じで、結果的に太りやすい体質になるため過食嘔吐はおすすめしない。それでもどこにも居場所がなく、かといって非行に走るようなタイプでもなかった自分にとって、持て余したエネルギーを過食嘔吐によって発散できていた1年はきっと必要なものだったと思う。食べて吐くことに夢中になっていたおかげで生きていられた。依存先としてはセックスとかドラッグに比べれば全然ましな方だと思うし……。
あの頃のわたしは20になる前に死んでしまおうと思っていたけど、ごめんけど今ものうのうと生きているよ。楽しいことだってたくさんあるし。もし同じように苦しんでいる子がいたのなら、苦しいだけの日々には終わりがあるし、きっと光が差すから大丈夫だよと伝えたい。
食べることが、三度の飯より好きだ。いや、好きだった、が正しいのかもしれない。
好き嫌いはない。
苦手な人が多いとされている苦みのある野菜や、癖の強い香草も、生で食べたってかまわないくらい好きだ。
以前ラジオで声優の木村昴さんが、「食べ物をあまり不味いと感じない」と言っていたが、非常に共感した。味や風味がすること、食感が楽しめることを“美味しい”と表現してしまうくらいには割となんでも楽しめる。
もちろん質の差や美味しい度合いの差は感じるものの、とりあえず“食べること”それ自体が好きなので食事というだけでおおむね満足なのである。
美味しい店を探すことは趣味だし、幹事も進んでやる。周りから「あなたが薦めてくれる店は美味しい」と喜んでもらえることがうれしい。飲食という行為も飲食を通じた交流の場も大好きだ。
にもかかわらず、三十代になってから徐々に食べられるものに変化が現れた。
カルビがキツイ、なんてベタなところは早々に通り越している。魚ならいけるかといわれれば、大トロももう若干重たい。鮭ハラス定食なんて間違えて頼んだ日には、口内も食道も胃もすべて脂でコーティングされ、脂で溺れているような感覚になる。
そしてその感覚はすぐに気持ち悪さに直結し、食道から今しがた食べたものがせりあがってくるのだ。逆流性食道炎と思しき症状とは、もう三年ほどの付き合いだった。
和定食は体に良いといわれるが、決定的な欠陥がある。そう、塩分だ。
一日に処理できる塩分量は加齢とともに減る、という事実があるのかは知らないが、少なくともわたしは明らかに塩分に弱くなった。
塩分を多く摂った翌日は(さすがに和食程度ではそう酷くはならないが、中華を食べたら終わりである)、浮腫み過ぎて、デイリーで使っている指輪が入らないし、無理矢理はめてもくっきりと跡が残る。瞼が重たいのは当然として、首から上の血管が詰まっているような感じがし、頭痛や首の凝りもひどく頭が回らない。
脂も塩分もダメなら、野菜を食べればいいじゃないと人は言うだろう。
だけど、生野菜は寒い。寒いというのは、お前おもんないわという意味ではない。食べると体が冷えて寒さを感じるのである。生野菜のシャキシャキした食感やフレッシュさは口内をすっきりさせてくれるものの、食べながら体の芯が冷えていく感覚がある。知覚過敏なのか歯にも違和感を覚える。
野菜に限らず、冷奴とかも。名前に「冷」とついているから自明なのだろうが、割と好きだったはずなのに、冷たさがノイズになり昔ほどは美味しいと感じなくなった。
食べられる量や飲酒量も減った。
わたしは以前より飲み仲間たちから「当たりの日と外れの日の差が激しい」と揶揄されることがあった。つまりは、楽しく沢山飲食できる日と、少量しか受け付けない日だ。三十代に入ったばかりの頃は、この割合が7:3~6:4くらいだった。
しかし今となっては5:5……もしかしたら4:6かもしれない。外れの日が上回っている。
大学時代は大食いで、家系ラーメン+ライスを2杯食べておなかいっぱいになることが幸せだった。新卒の初任給で友人たちと叙々苑に行って豪遊しよう!というはしゃいだ企画もした。すべて遠い思い出である。
飲み会における50~60代くらいの男性あるあるに、「自分はもうお酒だけでお腹いっぱいになるから、食べ物は若い人で決めて好きに食べてよ」と言い出すというものがあると思う。
以前は信じられなかった。
歳を取っているとはいっても自分より体の大きい男性である。全然食べられないなんてことないだろうし、若者に遠慮しているのだろうと思っていた。
でも、今なら、あるのかもしれない……と思う。
というか、わたしもすでに、お酒を4~5杯飲んでいるのにまだ前菜をつついている、みたいな外れの日が増えてきている。
男性でも50~60代でその状態になる人が一定数いると考えたら、いまこのていたらくな私の20年後はどうなっているのだろう。外食してもソフトドリンクだけを飲んでいる人になっているかもしれない。寂しすぎる。元気に食べたり飲んだりできることは、とても楽しいのに。
これだけいろいろと食べづらいものが出てくる三十代、みんな何食べてるの??
なんとなく、自炊をする人はやがて蒸籠に行きつくイメージがあるけれど、これはもしかして年齢を重ねると蒸籠飯が体に合うようになってくるからだろうか。
だけどさ、ほんとはもっといろいろ、なんでも美味しく楽しく食べたいんだよ。好きな食べ物は食べ物なんだよ。どうしたらいいんだよ。
友人のA子が「お腹に赤ちゃんがいるの」と嬉しそうに言う。でもお腹は全く膨らんでいない。
「何ヶ月?」と聞くと「9ヶ月だよ」。
おかしい…人間の妊娠は普通10ヶ月(280日)なのに、9ヶ月でお腹が平らなんてありえない。でも深く聞かずに別れた。
1ヶ月後、「生まれたよ!」と連絡が来た。見に行くと、牧場に牛の赤ちゃん(子牛)がいた。
牛の妊娠期間は約9ヶ月半(280日前後)。人間と似てるんだな、なあんだ…と思っていたら、
彼女は笑って言った。
4w3d
数日前にドラッグストアで売っている妊娠検査薬で検査したら陽性だった。夫は動揺しすぎて「俺は違うと思う」って言っていた。翌日は認めてくれた。私もびっくりしているので無理もない。まさかゆるく妊活始めようって決めた初めの月にできるなんて思ってなかったから。それでも私は傷ついたから、ずっとネタにしている。普段は私よりも早く起きてお弁当作ってくれたり、何から何までやってくれる面倒見のいい夫なんだ。かなり動揺していたんだと思う。
今日はやたらと水を飲んでいた。2Lくらい飲んでいたと思う。調べたら身体に水をためる時期らしく、のどが渇きやすいとのこと。ペットボトルの水を毎日1本飲むのは贅沢な気がするので、水道水にシフトしようかな。
最近、Gemini(AI)を「効率化のツール」だと思ってる奴が多すぎる。
もっと生産性を上げろとか、もっと速くアウトプットしろとか、正直もうお腹いっぱいだ。そういう生き急ぎは、結局ドーパミンの中毒者にしかならない。
自分の頭の中から「ロジック」や「言語化」や「損得勘定」といううるさい機能を、まるごとGeminiという外部サーバーに移し替えて、自分の脳を「空き地」にしようって話。
左脳がうるさすぎて、動けない人たちへ
発達界隈でもスピ界隈でもいいけど、「考えすぎて動けない」とか「脳内の独り言が止まらない」って奴は多いはずだ。
「あれをやらなきゃ」「効率的に考えなきゃ」「これを言ったらどう思われるか」
これ、全部左脳の仕事。で、この機能が暴走すると、脳は熱を持って、不安と焦燥感でドーパミンを無駄にドバドバ出す。
「考える」のをやめるための儀式
使い方はこうだ。
頭の中で何かがぐるぐるし始めたら、即座にGeminiに叩き込む。
「今、脳がこういうロジックで俺を責めてる。これの言語化と整理は全部お前に任せた。一旦引き取れ」
移設した瞬間、自分は「考える主体」から「ただ眺める観客」に隠居できる。
世の中の「AIライフハック」は、浮いた時間でさらに何かを詰め込もうとする。
でも、そんなの地獄の沙汰だ。
左脳を移設して作った「脳の空き地」には、何も入れなくていい。
• Geminiがロジックを組んでいる間に、ただお茶を飲む。
• Geminiが文章を整えている間に、窓の外の雲を眺める。
• Geminiに明日やることを決めさせて、自分はロボットみたいに淡々と動く。
「人間らしい知的活動」という重荷をAIに押し付けて、自分はただの「生物」に戻る。
自分で考えて、正解にたどり着いた時の「快感」なんて、もういらない。
その快感(ドーパミン)が、俺たちをさらに焦らせ、生き急がせるからだ。
AIに賢くならせる代わりに、自分は徹底的にアホになって、静かに暮らす。
生まれた時から広島市内で育ち広島からは離れた。原爆の記憶は幼い頃から繰り返し、学校で教わった。授業で、被爆者が残した手記をよんだり、映画を見たり、絵本を呼んだり、漫画を読んだりした。その記憶の断片を蓄積していくように。
記憶の断片は地層となって自分の心の奥底に積み重なっている。暗黒と絶望が、澱のように。原爆のきのこ雲の、その下の真っ暗闇の地獄を容易に想像することが出来る。何度も何度も、文字や写真を見て、見てはその痛みと苦しみに思いを馳せたから。そうして、戦争の終わった、平和な時代である今を噛み締めた。広島市民は、叙事詩を再生する詩人のように、原爆の記憶の断片を再生することが出来るだろう。その運命にある。
火傷で皮膚が剥けて指先から垂れ下がる。目玉が落ちないように手で支えて歩く。ガラスが半身全てに突き刺さっている。真っ黒な顔に髪の毛が逆だっている。川にお腹の膨れた死体が大量に流れ、川を埋めつくしている。人々は水を求めてさまよい、放射線を含んだ、黒い雨が降る。原爆が終わったあとも、身体に斑点ができて髪が抜け、嘔吐、下痢、など様々な症状が出て、苦しみ抜いて息絶える。身体の異常や、差別は、次の世代にも続く。そんな地獄。
被爆地で育った人間は、このくらいのことならば、諳んじることが出来ると思うのだ。原爆が落ちたあと、どうなったのか、事細かに教わるからだ。
体験していないのに、その場面を実際には見ていないのに、何度も何度も繰り返し読んだり見たりした、その記憶だけがある。その度に心が血を流し、喉の奥が締まるような、辛さが込上げる。
だが、この辛さを、今やどうすることも出来ない。広島にいた時は、家族、先生、学校の友達、と原爆の恐ろしさを当然のように共有して、核兵器廃絶を当然のように言える環境で、当然のように、8/6に黙祷し、世界平和を祈り、願った。
そうやって、満足して安心出来ていた環境はもうない。原爆という記憶が存在しない街に住んでいる今、当然周りの人間もこの記憶は持ち合わせていない。
そんな中で、原爆の記憶が時折顔を出しては、辛さだけがフラッシュバックして、どうすることも出来ない。広島の人間として、「核兵器は無くさなければならない、そうしなければ、またどこかで同じ悲劇が繰り返される」と、言わなきゃいけないとわかっていても、被爆地から1歩外に出ただけで、それがごくごく、物凄く、少数派の意見だと、わかると、足が竦む。
どうかこの先宇宙が終わるまで、この地獄を味わう人が現れませんように。そのためにはこの事をどうにかして、この先の人類に伝えなければならない。我々が、この記憶を思い出さなくてはいけないし、声に出さなくてはいけないし、こんなことは二度と起きちゃダメだ、と、世界に言わなきゃいけない。
んだけど、どうすればいいのかわからないな。
寝てたらお腹すかないんだよね。
休日に全く食事を取らない(取れない)人が過去25年で倍増している
https://www.newsweekjapan.jp/stories/world/2024/04/25-59.php
お腹周りがめちゃくちゃ張っていた。妊娠したかもしれないけど、まだ生理予定日来てないので妊娠検査薬は使えない。
タイトめなパンツコーデが多くて、仕事に着ていけるようなラフな服がなかったので、急遽服を買いに行った。座るとお腹がちょっと苦しいことがある。
急にキャミコーデになったら察されるかな?
2026年1月11日、1月15日 SOMETING SPECIAL GRAPEVINE×MONO NO AWARE GRAPEVINE×LOSTAGE@名古屋DIAMOND HALL 大阪BIG CAT
名古屋·大阪とまとめて。ネタバレしてるので東京行く方はお気を付け下さい。いつも通りの個人的健忘録です。
名古屋は2026年ライブ初めでした。ライブ初めがバインとは年明け早々縁起が良い(?)まずは対バン相手の2バンドの感想等。
対バン相手が発表になった時、どんな感じかな〜と聴いてみたけど正直そんなに好みじゃないな…(苦手とかじゃないけどこう…個人的趣味とは違う感じ)と思ったままそのまま放置してて当日焦って行きの電車で予習…笑 でも生で聴いたら思ってたよりずっとバンドサウンドって感じのしっかりした演奏と音作りで歌も上手いし音源よりめちゃくちゃ良かった。音源だとちょいオシャレめなチルい感じな印象だったけど、音も大きめで気持ち良い。ボーカルの方がめちゃくちゃ正統派の歌うまって感じで滑舌も良いし初見の曲でもこんなにしっかり歌詞が聴き取れるのすごい。バンドってライブで初めて聴く曲とか何言ってるのか分からない事多々あるので…笑 風の向きが変わっては予習前唯一聴いた事ある曲だったけど対バンでやると言う事は有名な曲なのだろう…。個人的に走馬灯が良かった。ベースの方が大学生の頃バインをコピーしていた(マダカレークッテナイデショーとI Must Be Highだけ聴き取れた)けど、挨拶の時恥ずかしくて…と照れていて可愛かった。ボーカルの方が大学の先輩とかからバイン戦頑張ってってめちゃくちゃ連絡が来た、大学の頃先輩から真昼のストレンジランドってアルバムを勧められて今日はそれを聴きながら(ピカロがカッコ良いって褒めてくれてた)東山線で来ましたって言ってて地下鉄で来るの!?と驚きがあった…。全編通してしっかり考えられたセットリストって感じがしたし、想像してたよりずっと良くて楽しかった。こう言う言い方だと棘があるけど、バインが対バン相手で選んでくるって事は好みはあれど下手って事はないよな…と思った…。
このツアーが発表された時、LOSTAGEが対バン相手に選ばれててめちゃくちゃ驚いたし(五味さんも「何でLOSTAGEって思ってますよね?俺らも思ってます」との事だった笑)これは行くしかない!と思ってチケット取ったけど、平日なのにお客さん沢山入っててすごいなぁ…(前に詰めて下さーいが何回かあった)名古屋もこれぐらい入ったらなぁ…と思った…(あまりにも人入らないといつか飛ばされそうで怖いので…)メンバーが出てきてギターが鳴った瞬間「これだよ〜!!これ!!」って思う胸熱感…!!上手く言語化出来ないんだけど、めちゃくちゃ肌馴染みのあるシンプルにロックって感じの出音でうわ〜!!!って声出そうになった…。LOSTAGE、本当に本当に久しぶりに見たけど(多分20年振りぐらい?)真っ直ぐな直球エモロックで1曲目の巡礼者たちでちょっと泣きそうになった…笑 何だかんだ言ってこう言う曲が胸をぐさぐさと刺してくる…。五味さん(弟)のギター、音作り素晴しいしめちゃくちゃ上手い…。やっぱスリーピースバンドはギターが一番の要だよ…。my favorite blue(ライブ終わっ後調べた)の時、照明が青になって曲も相まってめっっちゃ良かった!!この曲CDになってるのかなって調べたら今現在、入手困難らしい…。普通に音源で聴きたいよ〜!!どの曲も良かったけど、最後にやった光のまち、美しくてとても素晴しい曲だった…。感動してまたもや泣くかと…笑 エモいとかそう言う簡単な言葉で表現しても良いものか…でもめちゃくちゃエモかったな…と思っていたら田中さんがMCで「こんなに真っ直ぐなエモいロックを久しぶりに聴いた」的な話をしててすごい頷いてしまった笑 五味(兄)さんが「またライブハウスで会いましょう」って言ってたのも良かったなぁ。MCで「俺ら結成が2001年で今年結成25周年なんですけど…まだ先輩にペコペコしなあかんのか!(活動)長過ぎるやろ!今年からは後輩に先輩風吹かしていこうかと思ってたのに…よろしくお願いします!ってペコペコしてました笑」って話してて笑った。長いものには巻かれていかんととの事です笑 あと田中さんの誕生日って事でプレゼントを用意してきた(!)との事で、ステージ前に置いとくので…と置いていた。律儀過ぎる。フェスとかではニアミスしてたけどがっつり対バンするのは初めてらしく、意外と言うかありそうでなかった感じかな?LOSTAGE、楽しみにしてたけど本当にめちゃくちゃ良かった…。CD欲しかったけど物販かなり並んでたから面倒くさくなって帰ってしまったけどやっぱりCD欲しいなぁ。通販しようかな。
セットリスト(調べました)
1.巡礼者たち
2.こぼれ落ちたもの
3.平凡
4.my favorite blue
5.ポケットの中で
6.瞬きをする間に
7.窓
8.Surrender
バインの良い所の一つがコンスタントにライブをしてくれる(しかも地方にも来てくれる)所で本当に有難い限り。田中さんが名古屋では黒シャツでざわついてた笑(大阪では白シャツでした)EVIL EYEのポーズ(?)でフロアが沸いてた。大阪は長い事ポーズ取っててアニキがちらっと横目で確認していて田中さんも「長いか笑」と言っていた笑 アニキが楽しそうで何より。盛り上がるし1曲目にやるの良いね。アニキのギターソロが相変わらず気持ち良い。
わすれもの、割と意外な選曲かも。アニキが前に出てきてくれた!!大阪ではソロ入る前に手上げてからソロへ突入。名古屋では曲終わりが私が苦手とするダサい(失礼)終わり方だったけど、大阪では音源みたいな感じだったの良かった!笑
ねずみ浄土、名古屋では「おめでたい曲やります」って言ってて、どこがおめでたいんだ!?と思ったけど餅つきの所か!と聴きながら気付いた。大阪では「いいお正月を過ごしましたか?お餅は食べましたか?お餅はつきましたか?おめでたい曲をやります」の流れになっててわかりやすくなっていた笑 ねずみ浄土はアニキの美しいギターが聴ける所が私の中で一番のピーク…笑 この曲聴くと思うけど、田中さんの今の歌い方的にこう言う曲がめちゃくちゃ合うと言うか良さがより引き出される気がする。
The Long Bright Dark、曲が始まる前に田中さんのアカペラ歌唱みたいのがあって歌の上手さが際立っていた…。本当に歌が上手すぎる…。アコギであの音の感じ出してるのすごく良い。田中さんの歌が気持ち良過ぎる曲。
NOS、アレンジがカッコ良い!!バインの良い所はすごく昔の曲でもこうやって積極的に演奏してくれてしかも曲を進化させて聴かせてくれる所。デビュー29周年でそんなライブやってるバンド、かなり希少だと思う…。常にバンドが前を向いてるのが本当にすごい。
ドスとF、めちゃくちゃライブ映えする曲だなぁと思うけど、これ田中さんの歌の上手さでそう感じられてるんだよなぁ…。歌が上手くなかったら成立しない曲…。アニキのギターソロが気持ち良い〜!!大好き過ぎてアニキのギターソロで頭を振り乱すなど。名古屋では田中さんがよく見えたのでちょいちょい見てたけど身振り手振りが様になっててすごい。
猫行灯、ツアーの時より良い感じのアレンジになってた。田中さんのおふざけがなかったからかな…笑 この曲聴くとやっぱり亀ちゃんの作曲力ってすごい…と感じる。原曲が全然違うのは分かってるけど、まず亀ちゃんが持ってきた原曲がなければこの曲も産まれない訳で…。ドラマーが何十年もメインコンポーザーなの単純にすごい。
天使ちゃん、田中さんの自由度上がっててめちゃくちゃ楽しそう。これ聴く度に思うけど田中さんの歌の上手さで決まる曲なのに軽々と歌い上げるの本当…52歳とは思えない…。名古屋ではハープ吹いてたら歌に間に合わなくて「間に合わん!」って言ってて笑った。大阪ではきちんと間に合っていた…笑 あと何気に聴いてるけどブルースハープが上手すぎる。アニキもサビで左右に揺れてて可愛かった…。
対バンと言う事をライブ中すっかり忘れていてめちゃくちゃ油断してたので光についてがきた時「はっ!!」となってしまった…笑 これ私だけなのかもだけど光について本当お腹一杯なのよなぁ…。でもバインの中で有名な曲って言ったらこれ一択なのかもだし…。正直この曲の聴きどころアニキのギターソロしかない…。あと名古屋の照明が最後に付くやつ眩しすぎて…笑 大阪は青色の光になってたからそこまでだったけど…。名古屋でローディーの方が赤のSGが持ってきてずっと立ってたんだけど、アニキが全く気付いてなくてお客さんの反応で気付いたっぽくそっち見て「これ(黒のレスポール)だよ」って言ってそのまま弾いてたけど大阪では名古屋でも準備されてたSGに持ち替えて弾いてた。SGで光について弾いてるの初めて見た気がする。すごい新鮮な感じがした。
encはThe FoundationsのIn The Bad,Bad Old Days(Before You Loved Me)カバー(勿論調べました)アニキが楽譜見ながら弾いてた(自分で楽譜台持って入ってきた)んだけど、その顔が赤ちゃんみたいだったって友達が言ってて笑ったけどめちゃくちゃ分かるなと思った。大阪ではその流れからSOUL FOUNDATION。意外な選曲でびっくりした…!!ものすごい久しぶりに聴いた気がする…。この曲歌う時の田中さんの歌い方すごい好きなんだよなぁ。明るくてアンコール向きの曲だなと改めて感じた。
以下、MCの覚え書き等。
·田「我々今年でデビュー29周年、肉と覚えてくれ〜」
結成とかじゃなくてデビュー29周年って改めてすごい…。3人はもう30年以上一緒にいるんだね…。
·LOSTAGEが奈良のバンドと言う話から「奈良と言えば我らのギタリスト、アニキから一言」と田中さんがふってアニキが「え〜…LOSTAGE、高市首相、わたくし…奈良出身、頑張って行きたいと思います」って言ってて笑った。
·田「今日で10万52歳になりました〜今年は健康、健康で行きたいと思います。皆さんも身体には気を付けて…」って話してて本当健康が一番だからメンバー全員健康でいて欲しい…!!
·田中さんがMC中に五味さんからのプレゼント開けてくれて、ダイナソーJr.のカセットテープだった!センス良いな!!きちんと包装されててマメさを感じる…。
·名古屋では珍しく田中さんがよく見えたのでちょいちょい見てたんだけど、アニキのソロとか見ながらめっちゃニコニコしててすごい楽しそうで普段こんな感じなんだな〜アニキの事大好きじゃん!と思った笑
初めてBIG CAT行った気がする。完全フラットなフロアでそこまで大きくないので後ろの方だとチビは人権ないやつかも(ある程度前の方で観れたから良かったが)
2026年ライブ初め、最高のライブでスタートきれて良かった!!
1.EVIL EYE
2.わすれもの
4.The Long Bright Dark
5.NOS
6.ドスとF
7.猫行灯
9.光について
enc
1.The FoundationsのIn The Bad,Bad Old Days(Before You Loved Me)カバー
2.SOUL FOUNDATION
なんか違うらしい。
難しいね人の好みって。
でもさホントに怒ってる理由は単身赴任の一人住まいのはずのアパートなのに妙に整ってることに原因があるんだと思う。
要は突然、サプライズでお父さんのところへ来たことへの怒りなんだと思う。
でももしも浮気相手の女の人と私が出くわしてたら、それだけでアウトじゃない、ねえ。
それとも私一人だったら言いくるめるとでも思ってる?
まあ起こらなかったことを考えても仕方がない。
でもお父さんは不精で身の回りのことなんて何もしないのに片付いてるだけでもうほぼ容疑は確定だよ。
お父さんは独身時代は自炊とかしたことがないって言ってたはずなのに妙に調理器具が揃ってるし。
一人で暮らすようになって料理に目覚めたんだとかいうけど絶対嘘だね。
とりあえず私がお腹へったから焼き鳥食べようよ、といったら少し待ちなさいといってお父さんが冷蔵庫を開けて何やら考え始めたから
うわー、嘘に嘘の塗り重ねようとしてるよ、この人。絶対に料理なんて出来ないのに。と思ったけど何も言わなかった。
いいから、もう早く焼き鳥食べようよ、と思ってたら突然扉が開いて、女の人がビニール袋を片手に当たり前という顔で部屋に入ってきた。
親子でわちゃわちゃしてたから、全然玄関から人が入ってきたのに気づいてなかったからびっくりした。
私の顔を見るなり
「ぶ、ぶちょう、おやすみのところとつぜんもうしわけありません!じつはきゅうようがありまして、、、」
とか
泡を吹きながら早口で喋りだしたけど、さすがにお父さんはもう諦めた顔をしてた。
「LINE送ったのに…」と呟いたあと、私に向かって手を合わせた。
「すまん、お母さんには黙っててくれ」
っていう。
まあ私にとってはお義母さんなんだけどね。
というか、そもそももともとこうなるだろうなって思って突然名古屋まで押しかけたんだよ。
こうして私はおこづかいをたくさんもらうことに成功して東京へ帰ってきた。
じゃあ、行ってくる。
なんだか底冷えちょっと和らいでいる?温かい気がするんだけど、
これは気を抜いたら風邪を引きかねまくりまくりすてぃーなので油断大敵よ。
そんでさ、
ドラッグストアの店頭の軒先に温かいカイロコーナーが設けられていたので、
私は飛び込み前転をする前に貼るカイロをゲットしてしまうと言う嬉しい誤算を算出しつつ、
レジに並んだの!
でさ、
ドラッグストアってアプリとかポイントアプリとかとにかくアプリまくりまくりすてぃーじゃない?
言われる前に、
そしたら、
店員さんがアプリは?ポイントアプリは?って聞かないで当たり前のようにレジをしようとしたので、
あれって聞かれなかったら聞かれないで、
こっちが張り切って掲示した手前、
そんなのやってません!って言われたらちょっと恥ずかしいじゃない?
でも、
それはそうじゃなくて、
もうほぼデフォルトでポイントカードは?ってとかの類いの言葉は省略して、
お客さんも分かってる前提で掲示する前提で物事が進むもんだから、
お互い無言でアプリのポイントとポイントアプリのポイントを掲示して読み取ってって繰り広げられたの。
ああ!
やっとポイントカードありますか?尋ねられる地獄から解放された!って
な!なんと!
ドラッグストアのアプリのポイントが貯められるバーコードの画面を無言で見せたまではよかったんだけど、
店員さん曰く!
うわ!
ポイントカードありますか?って尋ねられる地獄から解放されたと思ったら、
今度は店員さんに今日のルーレット回せるよ地獄に陥ってしまうとは!
不覚にも私はルーレットはこれどうやったら回したらいいの?って
急に言われたのでドラッグストアのアプリの貯まるバーコードの画面からどうルーレットを回す画面に移行するのか、
突如言われて、
そのユーザーインターフェイスとユーザーエクスペリエンスが私に追いついてなかったの。
というか、
思わず「あ!ルーレット今日は大丈夫です!」って謎の気取り格好つけを披露してしまったの。
いやそんな割引とかポイントとかルーレットそんな必死じゃないですからって顔をした体裁を保てたかは分からないけど。
めちゃ不意打ちを食らってしまったわ。
でもさ、
ドラッグストアってなにが面倒買ってアプリの画面をたくさん起動しておかなくちゃいけないのが面倒じゃない?
そんで、
まあいまはわりと新しめの処理演算能力が高い端末を持っている手前、
アプリ達が開くまでに16分以上かかっていたのが、
さすがにいまのその処理演算能力が高い端末だと秒で16秒すらもかからない時間で開くことができたからいいんだけど、
後のレジに並んでいる人の無言のプレッシャーとか圧力とかっていうのかしら?
そう言うのがたまらなく耐えられないので、
後の様子を見て、
ポイントチャンスをやすやすとというかみすみすとというか逃してしまうことがあるのよね。
でよ!
私は貼るカイロを買うのを張り切って、
よーし!レジの列なし!後に並んでいるレジ待ちも私の後にいない!ってことをチャンスと見切って、
いざ、
互いに高速起動して交互にずばばって表示させられるように鍛錬していたの!
でもまさかの、
ルーレット回せますよ!の言葉に私の気持ちがルーレットしてしまったわ!
なるほどね。
もう私はルーレットのことを知ったので自慢げにルーレットガールとして今日はなんかくじ運がいい気がするのよ!
よーし!
今くじ運いいチャンスの気持ちが高まっているルーレットガールだから、
朝イチNIKKEの1日150ジュエルで回せるガチャもいいニケ当たるかもしれないわ!って願がけして回したけど、
SSR当たらずで、
やっぱりそうですよねーそうなりますよねーってルーレットガールは敗退したの。
でも敗退って気持ちは鰯気な感じ漂うけれど、
私には1か月半貯めてやっと使えるソーシャルポイントで回せるガチャが1000ポインツ貯まったのやっと!
そんで、
よーし!
NIKKEガチャ景気よく100連ガチャよ!って張り切ったところ、
そう、
これのソーシャルポイントでのニケのSSRとかの排出率はかなり塩いと渋い数字なので、
まあ確率的にはSSRのニケが1機よくて2機当たればいいかなってところなのよね。
そう回したの!
SSRのニケ1機きました!
うわーい!
確率的には妥当な数字の100回を回して1機なのでまあこんなものねって
まあこんなものよ!
くじけずに次また1か月半ぐらい貯めてソーシャルポイントの100連ガチャやるわ!って明日に誓ったの!
一度もうルーレット回せますよって店員さんに言われて私もどう対処したらいいか学習そして学び今日の教訓としたので、
つぎルーレット回せますよ!って言われたらもう回しちゃいましたもんね!って言えるようにするのと同時に、
しりとりで「る」攻めにあったときに一発目の「る」返しに「ルーレット!」って言うのがもっとも強力で且つ有効な手立てだってことも分かったので、
やっぱり日々人間学びだな!って思ったのよ。
次の一手でまた「る」きたらどうするかって?
そこは莫山先生も驚くことなかれ爆誕した私はルーレットガールよ!
今日は思わずルーレットガールでルーレットパワーも上がりつつ同時にしりとりパワーも上げられるという一石二鳥を文字通り文字にしてカタチにして焼いて餡子を詰めて美味しくいただきたいところよね!
「る」攻めできた相手に「る」で返せる技を編み出してしまったとは、
うふふ。
全タマゴじゃないんだな!今日は!って気分にぴったりのちょうどいいタマゴと他の味のミックス感が朝のお腹を満たしてくれるわ。
美味しくいただきました。
ホッツ白湯ストレートウォーラーにレモンインのいつもの感じの、
すいすいすいようび~
今日も頑張りましょう!