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異性の幼なじみがいた経験というのはあるだろうか。
僕はいた。同い年で、親同士が友人で、同じ団地の隣の棟に住む女の子だった。
その子は僕にバレンタインのチョコやラブレターをくれたりした。親のいる前で渡すので、嬉しさよりも恥ずかしさの方が勝っていた記憶がある。しかし自分にとっては幼なじみ以上の存在ではなく、今思えば随分冷たくあしらっていたなと思う。
小学3年に上がると、その子は他に好きな人ができた。僕はその幼なじみに対して恋愛的感情を全く持っていなかったくせに、気持ちが他の男の子に向かったと知った途端、ある種の喪失感を感じた。非モテだったため、後悔というよりは諦念感に近いあの寂しさ──ああ、これで僕のことを好きな女の子はこの世から一人もいなくなってしまったんだな──
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先日、きのこ帝国が無期限の活動休止を発表した。その時に感じた喪失感は、あの時の気持ちに少しだけ似ている。
きのこ帝国と出会ったのは2012年。ミニアルバム『渦になる』がリリースされたときだった。そのタイトルの通り、4人が渦状に寝そべったアー写を雑誌で見た。ヴォーカルの名はただ「佐藤」とだけ表記されており、写真を見ても男だか女だかよくわからなかった。この頃にはすでに見た目も声質も中性的な男性ヴォーカルもたくさんいたので、曲を聴いてもしばらくは性別不明だったほどだ。
1曲目は「WHIRLPOOL」。僕は即座にイギリスのシューゲイザー・バンド、Chapterhouseの同名アルバムを思い起こした。まるでそれを意識して名付けられたかのように、「WHIRLPOOL」をはじめとした収録曲の多くはシューゲイザーな音だったが、いくらシューゲイザー好きの自分でもどうにも中二臭さとか陰気臭さを強く感じてしまい、この作品はそこまで好きにはなれなかった。「Girl meets NUMBER GIRL」という曲名なんて、ホントにもう勘弁してくれよって感じだ。
こういう、ART-SCHOOLみたいな自己陶酔・自己憐憫型のバンドが一番苦手なんだ…。
ただ、同年にフジロックの木道亭で観たクガツハズカム(ヴォーカル・佐藤のソロ名義)はとても良くて、この人の歌声や詞世界はバンド・サウンドよりもアコギのシンプルな弾き語りの方が合うと思った。
フジロックフェスティバル'12 木道亭にて。筆者撮影
が、『渦になる』で抱いてしまった印象は、2013年リリース作『eureka』を聴いたときも変わらなかった。まずアートワークからして、典型的な「病んでいる」ドローイングであった。そして「春と修羅」に特に顕著な、"あいつをどうやって殺してやろうか"、"なんかぜんぶめんどくせえ"みたいな歌詞と、シューゲイザーを通過したギターのウォール・オブ・サウンド。初期のRadioheadみたいで「サムい・イタい・ダサい」って感じだった(※初期のRadioheadはそんなところが大好きです)。
『eureka』のジャケット・アートワーク
そんな評価や印象が大きく変わったのは、シングル「東京」(2014年)からだった。今思えば、そこまで興味のないバンドなのになぜ新曲をチェックしていたのだろうか。心のどこかで彼女たちのサウンドあるいは自分の心境に変化が訪れることを期待していたのかもしれない。
とにかくこの曲に興味を持ったことから、翌月にリリースされたアルバム『フェイクワールドワンダーランド』を聴き、僕は最初のテノヒラクルーを発動した。このアルバムは、このブログの2014年の年間ベスト・アルバムで16位に選ばれている。
タイトル曲の「フェイクワールドワンダーランド」はこれまでの方向性からは予測できなかったほどに牧歌的な、童謡ちっくなアレンジ。そして「クロノスタシス」における横揺れのグルーヴを重視したリズム。「Telepathy / Overdrive」におけるLINDBERG顔負けの直球ポップ・ロック。「ラストデイ」における"みかんをむく僕の手が黄色いと君が笑った / みかんを食べる君の手も黄色いと僕は笑った"で始まる、なにげない日常を巧みにキャプチャした歌詞。そして失踪した友人に対する想いを歌った曲のタイトルを「疾走」と置き換え、"どこかでまだ息をしてる"("どこかでまだ生きている"ではないところがポイント)と歌うエモーション漲るポップ・ソングの数々。このバンドの持つポテンシャルの高さに気付かされた瞬間だった。特にこのアルバムにおける佐藤のソングライティングと歌唱力の飛躍的な向上には目を見張るものがある。
それから一年後の2015年、彼女たちはメジャーデビュー・アルバム『猫とアレルギー』をリリースする。メジャーだからか、まずアー写が劇的に変わったが、これは僕にとってはポジティヴな変化と捉えることができた。良かった、中二臭さが無くなったぞ。
『猫とアレルギー』リリース時のアー写
素敵なジャケも手伝って、僕は同じ日に発売されたラブリーサマーちゃんの『#ラブリーミュージック』とこれを買うべく、発売日に渋谷のタワーレコードに向かった。
しかしかわいらしい猫を抱えたメンバーのパネルが置かれた試聴機の前で感じたのは、違和感と失望だった。全くピンとこなかったし、『フェイクワールド~』の良かったところがごっそり失われてしまっているように感じられた。エッジを失ったとでも言うべきか、大衆的になり過ぎて凡庸になったなと。それは特にリズム隊に顕著で、前作のような横ノリのグルーヴの代わりに大半を占めていたのは「大文字のロック」の定型であるエイト・ビートだった。
『猫とアレルギー』のジャケット・アートワーク
僕はCDをそっと戻し、隣の試聴機でやはり同日にリリースされた水曜日のカンパネラ『ジパング』を聴き、結局ラブリーサマーちゃんと、たいして好きでもなかった水曜日のカンパネラの2枚だけを買って帰った。なんだか、フラれた腹いせにたいして好きでもない女の子と付き合う(実際そんなことしたことはないが)みたいな感じだ。
結局『猫とアレルギー』は数週間後にレンタル店で借りたけど、感想はやはり変わらなかった。DV彼氏のことを歌ったと思われる「怪獣の腕のなか」の歌詞こそグッとくるものがあったが、「PUBLIC IMAGE REPUBLIC AWARDS 2015」では年間のワースト・アルバム5作品の一つに本作を選んでいる。今となっては意味が分からないが。
僕はわりと熱しやすく冷めやすいタイプで、好きなアーティストでもあまり良くない作品を出せばたちまち興味を失ってしまうことが多い。それでもなぜかきのこ帝国に限っては、とりわけ好きというわけでもないのに新譜がリリースされればとりあえずチェックしていたが、2016年の『愛のゆくえ』では少しだけその評価を取り戻した。大衆的すぎず、かといって初期のような病んでる感じでもなく、全体的には静かで暗い作品と言えるがそれは正確に言えば「暗さ」ではなく、フィッシュマンズやPolarisが持っていたような「侘び・寂び」だった。夏の田園風景を思い浮かべたくなるような作品で、全9曲というバランスもちょうど良い。
あらためて、深みのあるいいバンドになったなあと思った。
そして2018年。この時点でもまだきのこ帝国の好き度は「中の上」。『フェイクワールド~』や『愛のゆくえ』はたまに聴いていたけど、『猫とアレルギー』『渦になる』『eureka』を聴き返すことなんてほとんどなかった。
そんな中で、アルバム『タイム・ラプス』に先んじて公開されたリード曲「金木犀の夜」は、再び『猫とアレルギー』路線の大衆的ポップスではあるけれども、その舵の振り切りかたは逆に爽快だった。「金木犀の夜」があまりに突き抜けていたために、アルバムを最初に聴いた時はそれ以外の曲が薄味に感じられ、全体的にはピンと来なかった。
しかしその数ヶ月前にリリースされていた佐藤千亜妃のソロEP『SickSickSickSick』(2013年だったら、このタイトルだけで拒絶反応を起こしていそうだ)も試聴してみると、これは即座に気に入り、試聴を終えると同時に購入。砂原良徳プロデュースによる、バンドともクガツハズカムとも全く異なるエレクトロニックな質感で統一された5曲はそれぞれ曲調が異なり、フルアルバムを聴くのと同等の満足感があった。
佐藤千亜妃『SickSickSickSick』のジャケット・アートワーク
もともと佐藤千亜妃は地声が低めなこともあり、どちらかというとクールで凛とした印象だが、シューゲイザーやヘヴィで陰鬱な音楽にそういったタイプのヴォーカルが合わさると僕にとってはやはり重すぎてしまう。『フェイクワールド~』は牧歌的な曲や軽やかなビートの曲が多く、そんなところが佐藤千亜妃のクールなヴォーカルとの相乗効果によって心に刺さったのだろう。
そしてこの『SickSickSickSick』では、クールで大人びていたり、華やかだったり、可憐だったりとさまざまな歌声を聴くことができる。特にCHARAを意識したかのような「Bedtime Eyes」などは、「夜鷹」や「国道スロープ」、「WHIRLPOOL」のような低めのヴォーカルと比べると同一人物の声とは思えないくらいだ。このように佐藤千亜妃の声は、以前と比べると憑き物が落ちたかのように軽くなったし、喜怒哀楽その他さまざまな感情を巧みに表現することができるほど歌が上手くなったと思う。
佐藤千亜妃 - "Bedtime Eyes"
『SickSickSickSick』を聴きまくってから再び『タイム・ラプス』を聴き直すと、不思議なことが起こった。これまでと全然違って聞こえる。まるで神聖かまってちゃんの「ロックンロールは鳴り止まないっ」のごとく"何かが以前と違うんだ"である。薄味に感じていた曲は悉く輝きを増し、シンプルなアレンジやオーソドックスなバンド・サウンドであることに明確な「意味」が感じられた。そうか、このサウンドはこうなるべくしてなっているのか。
それはJUDY AND MARYの『MIRACLE DIVING』や、the brilliant greenの『Los Angeles』や、YUIの『I Loved Yeasterday』や、N'夙川BOYSの『Timeless Melody』といったアルバムと同じ系譜の、「ポップであることを恐れない、バンド・サウンドによる完璧なポップ・アルバム」だった。結果的に、佐藤千亜妃『SickSickSickSick』ときのこ帝国の『タイム・ラプス』は、このブログの2018年の年間ベストのワンツーを飾った。
おそらく佐藤千亜妃はバンドと自身のソロ活動を平行して行う中で、「ソロで出したい音」「バンドで出すべき音」が明確に分かったのだろう。だから、その両方で振り切った作品を出すことができたのではないだろうか。
もう一つ不思議なことが起こった。当初『猫とアレルギー』に近いと感じた『タイム・ラプス』がフェイバリットとなった後で、久しぶりに『猫とアレルギー』を聴き返してみると、これも「何かが以前と違うんだ」状態になった。いや、「何かが違う」どころではない。自分がかつて聴いていた音源は全く別のアーティストの作品だったのではと思うくらいに別物になっていた。
タイトル曲をはじめ「怪獣の腕のなか」「35℃」「スカルプチャー」「桜が咲く前に」「ハッカ」「ありふれた言葉 」「ひとひら」など、名曲だらけじゃないか。むしろこれは『タイム・ラプス』以上ではないだろうか。まあ、「夏の夜の街」の歌詞でCanやThe Smithの名を持ち出すのだけはやはり中二っぽくていまだにいただけないが。
そんな流れで、きのこ帝国大好き人間になってしまった矢先、バンドは活動を休止してしまった。『タイム・ラプス』のリリースに関わるライブも2018年9月に行われた2公演のみだったため、結局彼らのライブを一度も見れずじまいだった。
僕は喪失感を感じた。そういえばきのこ帝国の楽曲の多くは、「喪失感」がテーマになっていたっけ(「ハッカ」のように、処女喪失に関しての曲も含め)。大切な恋人や友人がいなくなって、忘れたいけど忘れたくない。何の変哲もない日々が巡り、ふとした時に思い出す胸の痛み。最初は実感がわかなくても、あとからボディブローのように効いてくる。
きのこ帝国のことはインディーズの頃から知っていたのに、本格的に好きになった瞬間にいなくなってしまった。だけど、ライブを観ることができなかったことや、好きになるまでに時間がかかってしまったことに対して、不思議と後悔の念はない。きのこ帝国も常に変化してきたし、僕の趣味嗜好も変化してきたのだ。そのタイミングがたまたまなかなか合わなかっただけなのだから仕方ない。物事を知るにはやはりプロセスが必要なのだ。僕がかつてThe Cureにハマった途端にラルクにハマったのと同じように。
[過去記事]ラルク・アン・シエルに突然ハマった人の話
以前からきのこ帝国のファンだった人からすれば、いまさら勝手だと思われても仕方がない。良さに気付くのが遅いせいだと言われてもそうですねとしか返せない。ずっと前からの知り合いだったくせに何の恋愛感情も抱いてこなかった幼なじみが他の男の子の方に行ってしまった途端に感じた、後悔というよりは諦念感に近いあの寂しさ。あの感情をふと思い出した。
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というわけで、きのこ帝国の好きな曲ベスト30をやってみたいと思います。前置きナゲー。
No.30 WHIRLPOOL
『渦になる』収録
No.29 夏の影
『愛のゆくえ』収録
No.28 名前を呼んで
『猫とアレルギー』収録
No.27 中央線
『タイム・ラプス』収録
No.26 畦道で
『愛のゆくえ』収録
No.25 ヴァージン・スーサイド
『フェイクワールドワンダーランド』収録
No.24 クライベイビー
『愛のゆくえ』収録
No.23 雨上がり
『愛のゆくえ』収録
No.22 ひとひら
『猫とアレルギー』収録
No.21 ラプス
『タイム・ラプス』収録
No.20 夜鷹
『eureka』収録
No.19 ロンググッドバイ
『ロンググッドバイ』収録
No.18 怪獣の腕のなか
『猫とアレルギー』収録
No.17 桜が咲く前に
『猫とアレルギー』収録
No.16 傘
『タイム・ラプス』収録
No.15 明日にはすべてが終わるとして
『eureka』収録
No.14 スカルプチャー
『猫とアレルギー』収録
No.13 夢みる頃を過ぎても
『タイム・ラプス』収録
No.12 35℃
『猫とアレルギー』収録
No.11 ラストデイ
『フェイクワールドワンダーランド』収録
No.10 LAST DANCE
『愛のゆくえ』収録
No.9 海と花束
『ロンググッドバイ』収録
No.8 愛のゆくえ
『愛のゆくえ』収録
No.7 東京
『フェイクワールドワンダーランド』収録
No.6 ハッカ
『猫とアレルギー』収録
No.5 猫とアレルギー
『猫とアレルギー』収録
No.4 Telepathy / Overdrive
『フェイクワールドワンダーランド』収録
No. 3 クロノスタシス
『フェイクワールドワンダーランド』収録
No.2 疾走
『フェイクワールドワンダーランド』収録
No.1 金木犀の夜
『タイム・ラプス』収録
30曲を以下のSpotifyプレイリストにまとめました。
ちなみに活動休止理由はベーシストである谷口滋昭が実家の寺を継ぐために脱退したため。解散するわけではないし、新たなベーシストを入れたりして活動再開する可能性は大いにある。いずれにしても、佐藤千亜妃に関しては映画出演など活動の幅を広げながら(と言っても彼女はもともと女優だが)、ソロでのリリースも活発化していきそうな気配だ。ソロもバンドもどちらも好きなので、並行してもらえたら嬉しいが、とりあえず今はソロで最高の作品を作り上げてほしいと願っている。そこで得られたものをバンドにフィードバックさせつつ、ソロとは異なるアプローチでバンドで新しい作品を作れたら、更なる名作が生まれそうな気がしてならない。さらにクガツハズカムの作品もリリースされたりしたら最高だ(佐藤千亜妃は近年「佐藤千亜妃」名義でも「クガツハズカム」名義でもライブを行っている)。
ソロ・アルバムと、バンドとしての活動再開、そして新作リリース。そんな日が来ることを心から願っているし、その暁にはぜひライブにも初めて足を運んでみたい。
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