はてなキーワード: 信心とは
創価学会の方から「20万円の仏壇(家具調仏壇やコンパクトな仏壇)」についての提案を繰り返し受けるのには、主に宗教的な考え方と、入会へのハードルを下げるための配慮という2つの側面があると考えられます。
かつて、伝統的な仏壇は数十万〜数百万円することも珍しくありませんでした。そのため、「信心を始める=高い買い物が必要」という心理的な壁を感じる人が少なくありません。
本質は「本尊」にある: 創価学会の教義では、大切なのは箱(仏壇)の豪華さではなく、中に入る「御本尊」への信仰心であるとされています。
「20万円程度からでも十分立派なものが用意できる」と伝えることで、経済的な負担を心配している相手を安心させようとする意図があります。
現代の住宅事情(アパートやマンション)に合わせ、場所を取らない小型の仏壇が推奨される傾向にあります。
いわゆる「家具調仏壇」や「ブック型仏壇」などは20万円前後で手に入るものが多く、それらを具体例として挙げている可能性があります。
学会員にとって、知人に信心を勧める(折伏)際、相手が「お金がかかるから無理」と断るのを防ぎたいという心理が働きます。
「20万円なら、趣味や家電を買うのと同じ感覚で始められるのでは?」という、彼らなりの親切心やハードルの低さのアピールとして繰り返されている側面があります。
創価学会では、仏壇は「仏壇店(学会員向けの専門ショップ)」で購入することが一般的です。20万円という数字は、そうしたショップで扱っているエントリーモデルの相場を指しているのでしょう。
本当に公明党が立憲民主党と一緒になるとすれば、それは公明党の万年野党宣言だろう
この宣言で公明党にメリットがあるとすれば、創価学会員に対して政治から離れてもいいというメッセージ以外に考えられない
これまでの公明党は与党であることで政策実現ができたとアピールし続けたが、これを是とするなら、これをお題目としてしまえば、常に選挙で勝つ必要が生まれる
そのために学会員は選挙になると一生懸命選挙活動に参加し、人間関係悪くなることも顧みずに電話をかけまくる
信心は試され、耐えられずに篩から落ちていった学会員もいただろう
与党としての責任を果たすと言い続けた結果、学会員の公明党支持率は徐々に落ちていった
選挙疲れだ
与党であり続けるために学会員は疲弊し、その疲弊は創価学会への反発につながることもあった
創価学会はこの悪い流れを食い止めたいと考えるはずだ
公明党からの離脱は認めることができても、創価学会からの離脱は認めたくないだろう
だったら与党であり続けることから降りるのは当然の帰結と言える
そもそも与党ではなく野党でも、選挙に負けても一部の政策を通しましたというアピールは十分に可能だ
というのは、自民党は少数与党になる前から安定政権でも野党に対して成果と呼べる餌を与えている
(それを馴れ合いと呼ぶことは可能だけど、全員が妥協するのが民主政治の本来のあり方でもあるので馴れ合い的な部分は残すべきだと考える)
選挙に疲弊して創価学会から離脱されるよりも、野党であり続けることが
以上のことから、公明党による積極的な政治参加が創価学会の基盤を弱くするくらいなら、政治からは少し距離を置き、与党として常勝を求めるのではなく、気軽な野党として意見をする程度の距離感になることを選んだのだ、私はこのように考えている
自分は最近の選挙では立憲民主党に投票しているが、理想の党として熱烈に支持しているわけではなく、色々な欠点に目をつぶり鼻をつまんで我慢しながら「悪い中でも一番マシな選択」として投票している程度だ。
その立憲の大きな欠点の一つが非科学的な理由でワクチンに反対する反ワク議員・候補者の許容だ。
反ワク議員・候補者は立憲以外の党も抱えているが、なぜか公明党だけは奇跡的にほぼおらず、むしろ党としてHPV(子宮頸がん)ワクチンのアピールなど積極的に行っている。
宗教への信心で支持者を固めているので、さらに頭のおかしい陰謀論に引っ掛かる支持者を釣る必要が無いからだろうか。
そんな「ワクチン推し」の公明党が合流するとなれば立憲の反ワク議員・候補は反発するだろう。
大いに反発して喧嘩してくれ。
なるほど。信心が高いので、たくさん買っておこう。
映画館は、途中で見るのを辞めづらいという点で、「一人で勉強のためにスタバに行く」くらいのもんだと思う。
体験的な価値があるというよりは、「ここにいるためのコストを払ってるんだから、仕方ない」と自分を追い込むための行為。
または、「みんなでコストを払ってるんだから、ちゃんと共有して何らかのネタにするぞ」という集団的追い込み。
「スタバ行かなくても自室で勉強できるやつはできる」みたいなレベル。
「行ったからには逃げずに聞くぞ、行った証拠にグッズを買うぞ」「これによってファンであるという称号が得られるぞ」という体験的な追い込み行為であって、音はサブスクで聞いていた方がずっと良い。
例外的に、たとえばシンガーソングライターの弾き語りみたいな、非常に細やかな音やパフォーマンスが、その場にある種のアウラ、スピリチュアルな催眠現象によって、何か深い感動を引き起こすようなことがあるとは思う。
しかしそれは非常に稀なことで、「そこにいた」という記憶を買っているというのが大体だろう。
ミュージシャンの物語の一部になるために金を払おうという、ある種の信心が必要になる。
クラブで踊ることは、それらとは違って「音楽と一体化して踊る」という自分が能動的に主役になり得るので、スポーツみたいな体験。(最近はもう行ってないけど)
「自分はこう楽しむんだな」「あの人はこう楽しむんだな」という発見もあるし、家で同じような体験を生み出すことは不可能なので、ある種の価値を感じる。
神も仏も幽霊も信じてない、寺社を観光地としてしか認識してない不届き者だけど、びっくりするほど縁切りに成功している。
地元なもんで存在は知っていたものの、縁切り神社って怖そうだし、嘘か誠か夜中に藁人形持ったヤバイ生身の人に遭遇したって噂も聞いたことがあり、長年避けていた場所だった。が、2年前の夏のある日に突如思い立って散歩がてら寄ってみた。
この地域は夏はアホみたいに暑いので、その日はまだ明るい時間だったけど既に人影はほぼ無かった。意外と綺麗な神社だった。
信心深くはないけど、寺社という場所はおもしろいところだと思うし維持費はそこそこかかるだろうと思っているので、ちゃんとお賽銭は納めていた。
そこで「職場のお局さんと、もっといえばブラック過ぎる職場環境と縁を切りたい。可能なら、不健康とも」と願ってきた。もちろんダメ元で。
そんで、絵馬見て適当に帰った。切実なのもヤバそうなのもあっておもしろかった。
その半年後、あと2年は異動できないと言われていた当時の職場から急に異動が決まった。異動先は前職場より家に近く、通勤時間が1時間ほど短縮された。仕事は相変わらず大変だけど、上司と同僚はみんな優しい人たちだった。
お局さんとも離れられ、通勤時間の分家で過ごせる時間も増え、ストレスも減った。
その分、趣味に使える時間が増え、推し活を再開させた途端に推しが主演に抜擢された。公演に通っているうちに推しの熱量に当てられて、もっと体力をつけたくなり、ジムに通い始めた。現在までに7kg痩せて、久しぶりに標準体重になれた。
学歴が高ければ推し活にはまらないとか、夢との距離がある人は他者に夢を仮託するとか、そういう事じゃなんだよ。
推し活の本質はな、子育てで発散するはずだった子への庇護欲・子を生育させる欲・子の成長を見守る欲を、子でない他者で発散してるに過ぎないんだよ。
アイドルも、タレントも、スポーツ選手も、宗教(信心)も、国家(愛国心)も、みんなこの「子に向かうはずだった欲」を掠め取って稼いでるんよ。
今地球上にいる人類はみな、子を愛し慈しんで育ててきた祖先から生まれた子孫で、その性質を引きついでて、本能として子への庇護欲・子を生育させる欲・子の成長を見守る欲を持ってる。親になるような年齢になるとその欲は自然と出てくる。
子を愛さず慈しまず育ててこなかった個体は、子孫を残せずその代で途絶えるからな。
社会によって叩き込まれた理性の妨害(個人主義、金銭的損得の考え、将来への不安等)で子を持たない選択した人や、
相手に恵まれず結婚できず子育て適齢期なのにその対象である子を持たない人が、子に向くはずだった欲を商業的に利用されてるのが推し活だよ。
子がいてもまともに子育てしてなかったり(家に帰らずアイドルライブに熱中するバカ父とか)、幼少時の愛着生育(子から親だけでなく、親から子への愛着も育てないと生まれない)に失敗して子に愛情を感じない親や、
子を産む前にすでに他者に強い庇護欲が向いていて子が生まれても推しを捨てず押し活にはまる人もいる。(山上被告の母親とか)
アイドルも、宗教も、愛国心を向けられる国家も、地球で繁殖してきた人類が持ってる子に対する庇護欲・生育欲・見守り欲を掠め取ってんだよ。
訂正したあとは布教はうまく言ったのか
唯一絶対の神とか言うとそれを言い訳にして他者をないがしろにするんじゃない。日本式にすべてに耐えるということをなぜ織り交ぜなかったのか
日本では色即是空、すべてのものは無、無はすべての物質という仏式の日本式のものがあって、その仏教すら絶対ではないと思うよ
ブルース・リーは考えるな、感じろっていうけど、日本式では感じることもしない
考えない、感じない、ただ行うという感じ
耐えるというのが根底にあるので、どんな宗教も入り込めないかも
震災で並んでいた人が立っていたのも仏教とも神道とも関係ないかも
論理的に自己啓発であれこれ言われても、日本古来の耐える以上の教えにはならないのかも
日本社会が整っていて略奪も起こらないのは、宗教では説明がつかないよね。誰も信心深くないもの
日本代表のサッカーが当初弱かったけど、西洋式個人主義みたいなものをそのまま実行しようとして合わなかったと思う
日本人同士をお互いに見ていて、日本人的なサッカーしかできないでいたけど、
なんだかいつからか、禅のような、ただ行うみたいな雰囲気でやりだしたような気がするけど、誰と張り合って勝つみたいなものではなく、
三笘さんを見てると誰も気にしてない、ただ走っているという感じに見えて、いつも自分と対話をしている
対話をしているといっても何か考えを巡らしているわけではなく、ただ行っているという姿が作られ始めて、
無論西洋的に自我を作ろうとしている選手も多いけど、なんだか三笘さんを見ていると極めて日本人的と感じるんだよね
日本人的禅感覚、日本古来の「耐える・考えない・ただ行う」精神の現代的表現
うつ病になったときにカウンセリングだと聞いて受けたけど、まるで合ってないと感じたよ
アメリカ映画に出てくる断酒会とかの集まりも、ぜんぜん日本人にあってなさそう
カウンセリングのときだけ後悔して学んでというのが、その他の時間はけっこうケロっとしてる西洋人を見てると、
生活そのものを修行として生きるという日本の形式に、西洋式のカウンセリングもグループセラピーも合ってないの
個人個人がこの感覚でいいのかって日々やってみることでしかうつ病も回復しないよね
年を重ねるにつれて、私は政治のことばかり考えるようになった。
若い頃は、政治なんてくだらない、どうでもいいものだと嫌厭していたのに。あの頃の私は、自分の才能と努力だけで世の中をうまく渡っていけると信じていた。
しかし、歳月は残酷だ。気がつけば体は衰え、頭は鈍り、得意だったはずのことも、できるかどうかさえ怪しくなる。昔取った杵柄も生かす場所がない。生活は苦しくなる一方で、もはや自分ひとりの力では何もできやしない。情けない。実に情けない。
そんな時、ふと政治家の演説が耳に入ってくる。「皆さんの生活を守ります」ああ、なんと甘美な響きだろう。私は飛びつく。まるで溺れる者が藁をも掴むように、政治家の言葉に縋りつく。
恥ずかしい。こんなに恥ずかしいことがあろうか。若い頃あれほど嫌気していた政治に、今度は自分が救いを求めている。自立していた頃の誇りはどこへ行った。ふとしたときに、情けなくて涙が出そうになる。
若い頃の私は、投票所の長い列を見ては鼻で笑っていた。「時間の無駄だ」「あんな茶番に付き合っていられるか」と、素通りしていたものだ。しかしあの頃は時間がいくらでもあった。無限にあると思っていた。
それなのに今の私はどうだ。投票所の列に、まるで信心深い信者のように黙々と並んでいる。三十分も、下手をすれば一時間も、じっと待っている。ひざは痛いし、足は震えるし、とても情けない気持ちになる。
おかしな話ではないか。若い頃は時間が有り余っていたのに並ばなかった。今は老いて残り時間が少ないのに並んでいる。論理的に考えれば逆であるはずだ。貴重な時間を、なぜこんなところで費やしているのか。
いや、わかっているのだ。年を取った私の生活には、政治によって左右される部分があまりにも多いことに気づく。年金も、医療も、介護も、すべて政治の匙加減ひとつだ。
だから並ぶのだ。残り少ない時間を、この列で費やすのだ。若い頃の自分が見たら、きっと軽蔑するだろう。「あの老人は何をやっているんだ」と。
ああ、情けない。でも、これが現実なのだ。人は年を取ると、若い頃には見えなかったものが見えてくる。そして、見えてしまったが最後、もう後戻りはできないのだ。列に並び続けるしかないのだ。
仕方がないのだ。これが人間というものなのだ。強がっていても、結局は弱い生き物なのだ。政治を語る老人たちを馬鹿にしてはいけない。私たちはただ、生きていくのに必死なのだ。
ああ、情けない。
民家で袋の中から見つかった4人分の頭蓋骨など「司法解剖の結果人骨と特定」 死後50年以上経過した男女の骨 神奈川・愛川町
https://news.yahoo.co.jp/articles/29dc85a88dfa6cb3f86937d3385c73a412344176
麻袋から4人分の頭蓋骨 死体遺棄事件で捜査 神奈川・愛川 | 毎日新聞
https://b.hatena.ne.jp/entry/s/mainichi.jp/articles/20250827/k00/00m/040/327000c
☆11 中南米の治安が悪い国のニュースみたい→みたいが付いているからセーフ、でも、凶悪事件の可能性が高いと思ってるね
☆7 現段階じゃ、遺体が見つかった以上の詳しいことは分かっていないのに。早合点はいけないってナイジェリアの件があったばかりじゃん。→危機回避◎
☆7 遺体を土に埋め骨になってから掘り起こして遺棄ってのも犯罪にしては行き当たりばったりだし、古い墓を掘り当ててしまって通報せず遺棄のパターンもありそう→良い線いってるぽい
☆7 「スリランカ国籍の男性社長が土地を借りて使用」「毎日新聞の取材に「袋は誰かが置いていったものなので、自分には分からない」と話した」→明言はしないが匂わせる狡い感じが危機回避◎
☆6 怖→確かに怖い
☆5 神奈川では自殺で処理されるやで→神奈川県は地域差別の対象外か?
☆5 たぶん土地を掘り返したら古い墓を掘り当ててしまって、警察に通報したら納期に間に合わないし処分にこまって産廃処分場に投棄…というあたりじゃないか。
そのまま重機で潰さなかっただけ信心があるのかもしれん。→いい線いってるぽいが先例があるのか?
☆3 ヤードの中マジで謎だらけなので一度一斉にアレしたほうがいいのでは→これはやって欲しい、ついでに普通のお家なのに大量の家電やらが廃棄されている空き家も
☆3 多すぎる→確かに多い
☆2 自分が見つけたら腰抜かすかも→確かに腰抜かすかも、子供の頃川で泳いでいたら謎の死骸が流れてきて頭にくっついた、しばらく川に行けなくなった
☆1 行旅死亡人に死亡時期:江戸時代みたいの並ぶかな→2025年4月1日より施行された「行旅病人及行旅死亡人取扱法第九条の規定による公衆の閲覧の方法を定める省令」知らなかった
☆1 とりあえず頭蓋骨はいいから外人は法人の代表とかになれないようにしてくれ。あと土地の取得も禁止で。→後者はまだしも前者は無茶苦茶だなあ
☆1 大事件じゃねえか!良くて死体遺棄事件悪くて(と言うか高確率で)殺人だろ?こんな程度の報道で済まして良い事件じゃ無い
/スリランカ人やパキスタン人は廃車ヤードや中古車輸出と言う名の盗難車輸出拠点経営が多い→と言うか低確率の大事件じゃない可能性も出てきた…
何者だ‼️‼️警察とつるみやがるカルト 公明党 創価学会 司法カルト 独り言 自公解体 維新 自民党
巨悪に挑み誤解を取り除く⚡😠⚡
そんな熱い思いを胸に糞カルト公安警察の腐った真実を証す〰️💣️💥⚡⚡
久々の横浜へ関東へ永田町へその他沢山行って真相究明に励むことが出来ます✌️(*⌒∇⌒*)✨∞peace🕊️
会いたい人が沢山いる❕腐ったカルト支配終わらせる為に、自分の為に最善を尽くす(*⌒∇⌒*)
貴女の店遊びに行こうかな😊?
兎に角私の周囲で私を苦しめる為に他まで苦しめられた人の代証を勝ち取る為の墓参りになりそうです(*⌒∇⌒*)
母や妹、元嫁、元彼女など悲しい思いをさせたこの犯罪をぶっ壊す〰️💣️💥⚡ 大きな一歩になると思うよ😊
今日は最高の1日だった(*⌒∇⌒*)
本当に願いが叶う信心に出会えて良かった😊久しぶりの再開で更に闘志が湧いた😠
糞カルト犯罪者一味と糞公安の闇を絶対に許さないし、直接加害者ども含めて一網打尽で気持ち的には死刑を求刑したいと思っている😠
それほどの多くの人を不幸にする集団ストーカーtechnology犯罪を、デジタル犯罪、ハッキング、著作権侵害、10年にも及ぶ人権侵害、母など他関係者含むと40年に渡るこの犯罪を撲滅し、ストーカー法改正させる❕
もっともっと夢は膨らんでいる❕が、終わらない犯罪記録を続け糞カルト公安の重罪世界に発信してい行く覚悟が更に強まった1日だった😊
半年でこんなに功徳もらえる奇跡がやっぱりこの信心に強く力が宿っていると信じらされる物を感じ続けて自ら再び一人門を叩いて本当に良かったと思う(*⌒∇⌒*)勝利しかない確信した🎵
絶望した気分だったので絶望した話でも書こうと思ったけれど、セックスの話を読みたい奴がいたので、それについて書く。選挙よりもセックス、ってのには同意する。
それに、絶望した人間の話よりもセックスの話の方が面白い。それにも同意する。
最後に女の子を抱いたのは3か月前だ。7人目だった。綺麗な指の持ち主で、へその近くに小さな蝶の刺青が可愛らしく彫られていた。華奢な腕と足を持っていて、笑うと可愛らしいえくぼができる子だ。出会った由来はよく覚えていない。酒をずいぶんと飲んでいたし、嫌な気分だった。それこそ今日みたいに、絶望的だった。場所を考えてみるに、たぶん池袋のの飲み屋から出たときに、憂さ晴らしに話しかけたんだ。いわゆるナンパってやつだ。最低、俺はナンパする奴が嫌いだ。へらへらしてるやつが嫌いだ。メンヘラも、妄想も、嫌いだ。
たぶん選挙が嫌いな奴に似てる。いやに現実的な妄想が嫌いなのだ。妄想と現実の間にきっちりとした線が引けない奴は、きっとどうしようもないバカに違いない、と僕は思う。
自己嫌悪はともかくとして、彼女は恐ろしく人を怖がらなかった。抱かれている間も何もそれが不思議なことだとは思っていないみたいだった。おとぎ話のお嬢様や、ライトノベルのヒロインみたいな神秘性もない。ただ、僕(あるいは僕以外の誰でもいいのだろうが)に抱かれるのが普通みたいな顔を終始していた。
僕は、ベッドの中で、彼女の小ぶりなおっぱいを触ってみたり、乳首で遊んでみたりしながら、いろいろ質問をした。彼女はそれらの一つ一つに丁寧に答えてくれたけれど、どこまでが本当なのかはわからない。タバコが好き。28歳。彼氏に振られた直後。坂口安吾が好きで、父親は右翼の怪しげな政治団体に所属していた。自分にそっくりで優しい母親は数年前に交通事故に遭って、コンクリートミキサー車に轢かれて以来、意識を取り戻していない。轢いた犯人は正式な裁判が始まる直前に拘置所から抜け出して、行方不明になった。その日、父親は不自然に上機嫌な感じで家に帰ってきて、開口一番、神棚に二礼二拍一礼をしていたのだという。
「信心深いの。あたしが外で何をしているのかも、全部占いで分かるって言ってた」
「だから君がこうしていても、何も起きないのか」
「たぶんね。外れてばっかりだけど」彼女は言った。「いつも当たってることにしてるわ。あの人、娘には弱いのね。神様にはいつもビクビクしてるくせに」
「本気で信じているんだな」
「ええ、本気で」
「でも、神様は君の母さんを目覚めさせたりはしないんだろう?」今思えば、僕はずいぶんとひどい質問をした。「よくそんな神様を信じれるね」
「そうよね」彼女はうなずいた。「でも、あたしには分かるの。あの人、本当は、自分がやったことを神様のおかげだと思い込みたいのよ」
「どういう意味?」
「きっと、殺したんだわ」彼女は言った。「パパはよく人を殺すの」
「どんなふうに?」
「知らないわ。でも確実に殺してる」
「偶然じゃないのか」
「あたしのまわりって、よく人が消えるのよ」彼女は言った。「例えば、あたしが嫌な男に絡まれたとする。あたしがそれをパパに言う。パパはうなずいて、それで終わりよ。1週間もしないうちに消えるわ。そのあと、パパは必ず神様にお祈りする」
「本当に、殺してるのかな」僕は言った。「だって考えてみろよ。もしかしたら本当に、神様が殺してるかもしれないぜ」
「あんた、バカなの」彼女は言った。「そんなこと言ったの、あんたが初めて」
「僕も父親が人殺しの女の子に会うのは初めてだ」僕は起き上がって、タバコを吸いながらそう言った。煙が、どこにもいくことなくただ宙を舞っている。
「ねえ、神様っていると思う?」彼女は、それまでになく真剣そうに言った。僕はしばらく考えてから、ぶっきらぼうに答えた。
「いて欲しいとは思う。少なくともこんな露骨に嘘ばかりつく女の子を、嘘ばかりつく男に合わせる偶然を作り出す神様がいたら、面白いと思わないか」
「変な人」
そこから先はよく覚えていない。僕は体を倒して、それから彼女と騎乗位で激しいセックスをして、気が付いたら深く眠り込んでいた。次の瞬間には、僕は部屋に一人で、彼女の姿はどこにもなかった。それこそ、作り話だったのかもしれない。最初から最後まで。彼女の存在や僕の経験も全部嘘だったのかもしれない。
よく言えば自民党は党議拘束がはっきりしていて機能していた部分もあった
でもある意味、「一定レベルの男様だけを社会の中心と扱う」保守的なやりかただし
だから時代による変化が分水嶺を超えて失われた20年が30年以上になった今、
氷河期世代は明確に政権が作り出した貧困層、つまり自民党政治の失敗の産物だ
他にも自民党の失策によって苦汁を飲まされた層が一定数以上に増えた
「この社会構造じゃ自分は浮上できない」層、特に男の一定数はこういうとき革命が正しいと思いだすもんだ
ただそれだけのことなんだけど、
歴史は繰り返すというが本当だね
近代史見るとだいたい戦争の10年20年ぐらい前は「政治の失敗で物価が高騰し、生活が苦しくなった民衆の不満は…」的な下地がある