はてなキーワード: 東海道五十三次とは
単位変換
光速 = 299792458m/s =9.46 x 10e15 m/year
ご飯 100g = コロッケ小=パン1枚 = 150kcal
銀1匁 = 70文
天保通宝最終レート.008円
1里 =3927.2727m = 36丁
1間 = 1.81818m = 6尺
1尺 = .30303m = 10寸
1寸 = .030303m
1斗 = 18L = 10升
1升= 1.8L = 10合
1合 = .18L
1m = 39.37inch = 3.2808feet = .00062137119miles
1inch = .0254m
1feet = .3048m = 12inch
1yard = .9144m = 3feet
1hectare = 2.47105acre = 10,000m2 = 1町歩
1acre = 4046.86m2
東京ドーム面積 = 4.6755ha = 122 x 122m x 3.14
1L = 1,000cm3 = .2642 US gallon = .22 UK gallon = 1kg(water) = 2.20462pounds
US gallon = 3.785L
UK gallon = 4.5L
1pound = 453.5929g
ling yi er san si wu liu qi ba jiu shi bai qian wan
lim h->0 (1+h)1/h = e = 2.7182818284 = 1.64872127 x 1.64872127
ln2 = .69314718
ln 3 = 1.09861228866
ln 4 = 1.38629 = 2 ln2
1/e = (e)-1 = .3678794411
(e)2 = 7.38905609
pi/ 2 = 1.57079
2 = 1.259921 x 1.259921 x 1.259921 = 1.414213562 x 1.414213562
3 = 1.44224957 x 1.44224757 x 1.44224957 = 1.7320508 x 1.7320508
4 = 1.5874010519 x 1.5874010519 x 1.5874010519
5 = 1.7099759x 1.7099759 x 1.7099759 = 2.2360679 x 2.236079
11 = 3.31662479 x 3.31662479 ← 修正: 旧「3.1662479 x 3.31662479」
13 = 3.6055512751 x 3.605551275
golden ratio = 1 : 1.6180339 = (1 + (5)1/2) / 2
1 + tan2 x = 1 / cos2 x
sphere volume = 4/3 pi r3, surface area = 4 pi r 2
cone volume = 1/3 pi r2 H, surface area = pi r (r + L) = pi r2 + pi r L
日本の川長い順
1信濃川367
2利根川322
3石狩川268
4天塩川256
5北上川249
6阿武隈川239
7最上川229
7木曽川229
1富士山3776
2北岳3193
3奥穗高岳3190
3間ノ岳3190
5槍ヶ岳3180
6悪沢岳3141
7赤石岳3120
9塩見岳3052
10仙丈ヶ岳3033
11乗鞍岳3026
12立山3015
13聖岳3013
14剱岳2999
15水晶岳2986
16甲斐駒ヶ岳2967
17木曽駒ヶ岳2956
18白馬岳2932
19薬師岳2926
20鷲羽岳2924
21赤岳2899
22笠ヶ岳2897
23鹿島槍ヶ岳2889
24空木岳2864
25常念岳2857
26黒部五郎岳2840
26鳳凰山2840
28五竜岳2814
29白山2702
30金峰山2599
31光岳2591
32日光白根山2578
33浅間山2568
34蓼科山2530
35男体山2486
36甲武信ヶ岳2475
37火打山2462
38焼岳2455
39妙高山2454
40燧ヶ岳2356
41四阿山2354
42高妻山2353
43大雪山2291
44鳥海山2236
45瑞牆山2230
46至仏山2228
47恵那山2191
48草津白根山2171
49武尊山2158
50苗場山2145
51皇海山2144
52トムラウシ2141
52平ヶ岳2141
55飯豊山2105
56十勝岳2077
57大菩薩嶺2057
58幌尻岳2052
0日本橋2里
1品川2里半
2川崎2里半
3神奈川1里9丁
4保土ヶ谷2里9丁
5戸塚1里30丁
6藤沢3里半
7平塚27丁
8大磯4里
9小田原4里8丁
10箱根3里28丁
11三島1里半
12沼津1里半
13原3里6丁
14吉原2里30丁
15蒲原1里
16由比2里12丁
17興津1里3丁
18江尻2里29丁
19府中1里半
20丸子1里29丁
21岡部1里29丁
22藤枝2里8丁
23島田1里
24金谷1里24丁
25日坂1里19丁
26掛川2里16丁
27袋井1里半
28見附4里7丁
29浜松2里30丁
30舞阪1里
31新居1里24丁
32白須賀2里16丁
33二川1里20丁
34吉田2里22丁
35御油16丁
36赤坂2里9丁
37藤川1里25丁
38岡崎3里30丁
39池鯉鮒2里30丁
40鳴海1里半
41宮7里
42桑名3里8丁
43四日市2里27丁
44石薬師27丁
45庄野2里
46亀山1里半
47関1里24丁
48坂下2里半
49土山2里25丁
50水口3里12丁
51石部2里25丁
52草津3里24丁
53大津3里
54三条大橋
1368 174応安8
1379 176康暦3
1381 177永徳4
1384 178至徳4
1387 179嘉慶3
1389 180康応2
1390 181明徳5
1394 182応永35
1428 183正長2
1429 184永享13
1441 185嘉吉4
1444 186文安6
1449 187宝徳4
1452 188享徳4
1455 189康正3
1457 190長禄4(5)
1461 191寛正7(6)
1466 192文正2
1467 193応仁3
1469 194文明19
1487 195長享3
1489 196延徳4
1492 197明応10
1501 198文亀4
1504 199永正18
1521 200大永8
1528 201享禄5
1555 203弘治4
1558 204永禄13
1570 205元亀4
1593 207文禄5(4)
1645 211正保5(4)
1648 212慶安5
1652 213承応4
1655 214明暦4
1658 215万治4
1661 216寛文13
1673 217延宝9
1684 219貞享5
1704 221宝永8
1741 225寛保4
1801 233享和4
1804 234文化15
1818 235文政13(14)
1845 237弘化5(4)
1848 238嘉永7(8)
1855 239安政7(6)
5億年前 カンブリア紀
7.4万年前 eruption of mount Toba ← 修正: 旧「7万年前」
2570 BC 縄文時代 pyramid of Khufu constructed, 231 x 231 x height probably 146.5m, 138.5m now ← 修正: 旧「163.34m, 147m now」
79 eruption of mount Vesuvius
113 Trajan's Column
199 呂布眠
6th century 古墳時代 eruption of 榛名山
794 平安京
1499 明応8年 Pieta by Michelangelo ← 修正: 旧「1500 明応9年」
1505 永正2年 Mona Lisa by Leonardo da Vinci
1582 天正10年 October 4->15 Gregorian calendar
1616 元和2年 William Shakespeare died
1653 承応2年 Bentheim castle by Jacob van Ruisdael
1666 寛文7年 great fire of London
1687 貞享4年 Philosophiae Naturalis Principia Mathematica by Isaac Newton
1689 元禄2年 Montesquieu born
1707 宝永4年 eruption of 富士山, Carl Linnaeus born
1768 明和5年 Mars and Venus surprised by Vulcan, by Lewis Jean Francois Lagrenee the elder, 258 years ago
1776 安永5年 United states declaration of independence
1780 安永9年 Jean Dominique Ingres born
1789 寛政元年 French revolution
1797 寛政9年 Franz Schubert born
1814 文化11年 Jean Francois Millet born
1826-1827 文政9-10年 oldest photograph 'View from the Window at Le Gras' by Nicephore Niepce ← 修正: 旧「1825 'Boy and his horse'」
1833 天保3年 東海道五十三次歌川広重 北斎漫画葛飾北斎
1863 文久3年 emancipation proclamation
1866 Romain Rolland born
1867 Jean Dominique Ingres died, 夏目漱石生 ← 修正: 「1875 Jean Dominique Ingres died」の行を削除
1874 Lucy Maud Montgomery born
1875 高橋由一 ← 修正: Ingres died(誤記)を削除
1885 Adventures of Huckleberry Finn by Mark Twain
1888 十五少年漂流記 by Jules Verne, eruption of 磐梯山
1890 Harland David Sanders born
1898 The war of the worlds by H. G. Wells, Lewis Carroll died, 井伏鱒二生 四芸術 by Alphonse Mucha
1903 John von Neumann born
1904 Salvador Dali born
1908 Anne of Green Gables by L. M. Montgomery
1908 松本清張生
1919 Auguste Renoir died
1923 関東大震災
1969 moon landing, 57 years ago
1970 三島由紀夫眠45才
1980 Harland David Sanders died, 90 years old
1988 辻井伸行生
1989 Salvador Dali 手塚治虫昭和天皇眠GBテトリス発売
1993 Audrey Hepburn 井伏鱒二眠
1995 阪神淡路大震災
2197.1 s
00:36:37.1
start 13:35:06
stop 14:11:43
4.825 t/s
10601 types
2.713 c/s
type - char
4640
江戸時代の浮世絵って、なんだかんだいって役者絵が一番売れたらしいんだ。
最初の頃は、芝居の演目に合わせた絵、次第に役者にフォーカスした役者絵が売れ筋に。
今の絵師たちと同じだな。
ただ、面白いのは、美人画の代表のように言われる歌麿の出世作は、「虫えらみ」、「百千鳥」、「潮干のつと」っていう虫の画集、鳥の画集、貝の画集なんだ。
たぶん海外で一番名前が売れた絵師は、北斎だろうけど、もちろん人物画だって描いたけどなんといっても風景画。
歌川広重もそうだな。
東海道五十三次って、教科書では広重の代表作と言われてるけど、東海道五十三次って一つのジャンルとして確立されてて、広重だっていくつもある。
広重のだと、一番有名なのは保永堂版だけど、そのほかに行書東海道、隷書東海道、小さい冊子のも含めるとそのほかにもいくつか出してる。
全部、東海道の宿場町を描いた絵なんだけど、構図や主題を変えて、描きまくった。
で、これまた面白いのは、名所+美人画(当時の萌え絵)の合作がやたら多いこと。
今でも、旅行の広告なんて芸能人かアニメキャラがセットなのと同じように、とってつけたかのように美人のアップを入れる。
そのうちに、宿場町の風景はオマケになり、ただの萌え絵シリーズものが増えてくる。
やっぱり、人物を入れると売れるんだろうな。
知ってる芸能人、知ってるアニメキャラ、見知った顔が入るだけで注目度も親しみやすさも変わる。
写真では撮れないような構図で、AIでは発想しにくいような主題ってのは、人物画よりもまだ勝機が残ってるんじゃないかな。
そういえば旅行好きにしばしばみられる行動として、訪問場所の事前チェックがある、とふと思った。
旅行に行く前の準備行為として、絶対に逃すべきではない場所や食べ物を入念にチェックする。
現地でセルフィを撮って、インスタなどSNSで送る、という行動、最近では、インバウンドで来日する外国人にとてもよくみられる光景だ。
映え写真をとっては、憧れのいかにもNIPPON!な光景に興奮して即座にSNSで送る。
旅行好きの人たちにみられるこれらの行動は、スタンプラリーとほぼ同じ意味を持つ。
日常との差異の体験やよその世界とちょっとだけ繋がったりできたことの証明と自己顕示が欲しいのだ。
その意味で、他の人のインスタと同じ構図で撮影することが現地に到達したことを証明するうえでとても重要。
このような形で消費される、「日常では手に入らない新しい体験」は、要するに、「ごっこ」であり、エコツアーにしてもアグリツーリズムにしても何しても、
現地との関係性を一瞬だけ体感できる、という意味で、旅行者が憧れていた「日常との差異」や「関係性」を消費する行動なんだろうな。
さて、それが近年の傾向なのか?というと恐らくそうではなく、これは、かつての絵葉書を送るというスタイルから変化した形で、
東海道五十三次の時代からそうであっただろうし、男女にも差がなく、古今東西それほど大きな違いはなさそうだ。
日常との差異を消費し、疑似的な関係性に癒されるというのは、昔からあったのだろう。
ところで、僕は男性で、わりと旅行好きというか、仕事柄、年がら年中、スーツケースをころがしている。
そんな男性の立場からみて、女性のほうが傾向として強く、逆に男性に弱いことでひとつだけ思い当たることがある。
それは、旅先で一時的に体験する関係性を、その後も持続させようとする傾向だ。
旅先で知り合った人とその後も連絡を取り合ったりとする傾向は女性のほうが強い気がする。
「おもいでぽろぽろ」というジブリの高畑勲監督の映画(1991)がある。
都会育ちのOL女性が田舎暮らしに憧れる、というところからスタートするこの物語は、農家体験をしてゆくうちに気持ちが変化し、
この映画の場合、旅先の地に女性を迎え入れる男性やその家族という存在があるが、
いろいろふりかえってみると、必ずしも現地にそのような迎え入れるひとや団体がなくとも、旅先で憧れた現地に、そのまま飛び込んでいく女性というのをアジア、アフリカ、中南米でしばしばみてきた。
かつて、「なんでこんなところに日本人」という世界の片隅で暮らす日本人を紹介するテレビ番組があったが、その番組で紹介しているのも、若い女性の活動が目立っていたように思う。
「男女差」という視点で、いろいろ参考情報をみていくと、例えば
海外留学の男女比も女性のほうが10ポイントくらい高いのだそうだ。
また、男女管理職別で見ると、男性は自社内のキャリアアップの意向が高いのに対し、女性は男性よりも転職でのキャリアアップ意向が高いのだという。
男性は女性よりも保守的で、外に関心がない、という傾向はそこから見て取れるのだが、
だが!しかし、、、、
果たして、そんなふうに男女差を単純に断じていいのか?とも思う。
それでも確証はないけれども、これらの数字が出ている以上は、それにむすびつく何かしら男女差のような背景はありそうだ。
まずは、男女共同が叫ばれつつも今をもって日本は男性社会であるという事実から出発してちょっと考えてみる。
突飛な発想かもしれないけど、1970年代初めごろの歌謡曲で「瀬戸の花嫁」という歌を思い出した。
瀬戸内海の小島へ嫁が嫁ぐ様・心情と、新生活への決意が歌われている。
「あなたの島へ お嫁にゆくの 若いと誰もが 心配するけれど 愛があるから 大丈夫なの」
当時、女性が他の家に嫁ぐということは、程度の差こそあれ、この歌が表現しているように、
ホームからアウェイに飛び出してゆくことであり、その後一生アウェイで暮らす覚悟が必要だった。
アウェイといえば、ドラマ「おしん」(1983年)。朝の連ドラとしては異例の一年間の長編ドラマとなった「おしん」。
そこでは、さらにもっと幼少のころから嫁ぎ先へとひたすらアウェイで過酷な人生が描かれ、しまいには終戦時に夫が自殺し、どん底な半生が半年くらい描かれている。物語の後半では、敗戦後、残された子供を抱えて女手ひとつで小売店を立ちあげ、自立してゆき、やがて息子へ引き継いでゆく姿が描かれ、多くの女性の共感を呼んだ作品だった。
孫までいるおばあちゃんとなったおしんだったが、このドラマは、事業を引き継いだ息子が無謀な事業拡大を始めたことで経営リスクに直面し、育て方を間違えたと自信を喪失したおしんが、過去を振り返るために原点である山形への旅に出るというシーンから始まっている。一年近いドラマの終盤300話くらいから、その伏線を回収し始めるという、息の長いドラマで、橋田壽賀子、すげえという感じしかない。
アウェイな世界でたくましく生き抜くおしんとは対照的に、登場する男性はどいつもこいつもダメな男ばかり、というのも印象に残った。(補記:特におしんの夫は軍組織に尽くし、結果として多くの命を亡くした責任を感じて自殺したという筋書きだが、拠り所となる国家、軍などのホームベースが敗戦により瓦解したことのショックが実際のところの引き金だろう。)
「嫁ぎ」に象徴されるように、簡単に引き返せないような事柄に身を投じる女性のエネルギー、勇敢さ、芯の強さは、男性社会のなかで女性に文化的に育まれたものなのかもしれない。
昨今では、結婚を就職になぞらえる向きもあるけれど、かつての日本社会はいったん他の家、姑の支配下に入ったら最後、そんなに生易しい現実ではなかったはずだ。
一方で、男性は芯がないくせに保守的で臆病だ。外の世界を渡り歩いていて、仮に失敗してもギリギリ、ホームグラウンドにもどってこれる、みたいに何か安全弁のようなものを男性社会そのものが仕組みとしてもっていた。だからその範囲でしか外に出歩かないのだ。ふるさとの家業を継ぐなんて選択肢が30代くらいの人生の岐路に用意されているとかね。逆に成功を収めれば、故郷側が自分をほめてくれる。【故郷に錦を飾る】というのは男性的な価値観だ。
女性はというと、嫁ぐにしても出戻るにしても自分の居場所を確保するには厳しい世界。
「嫁ぐ」という習慣、因習、宿命から生まれた、抑圧されてきた女性の生きるエネルギーが、むしろ社会を変える力になってゆく。
山崎ハコの「望郷」で歌われる故郷は、帰る家もない、戻るに戻れない場所としてうたわれた。これは失敗すれば帰って慰めてくれ、成功すれば褒めてくれる男性の故郷観とは対照的だ。これはなかなかパラドックスだと思った。
翻って、旅行好きの女性について思うことは、ホームグラウンドからアウェイな世界に飛び込むという意味で
かつての日本によくみられた嫁ぐという宿命と旅は似たところがある。嫁ぐ行為が違うのは、それが片道切符であり、二度と戻れない覚悟が必要だということだ。
若い女性にとって、日常空間から飛び出す、という旅行体験は、やがては「嫁ぐ」という運命が現実世界で待ち構えていた時代には、疑似的に自分の覚悟や能力を試す場としてより大きな意味があったかもしれない。
嫁ぎ先である日本社会、日本人男性に漠然と失望している場合、希望がもてなければ、いずれにしてもアウェイな世界で生きる宿命ならば、
いっそのこと、旅先の現地でとどまって残りの人生を過ごすことも選択肢としてはあり、くらいの感覚が深層心理にあるのではないかと妄想する。
一方で、男性のほうは、ホームグラウンドである故郷というものが概念として存在していた時代は、旅というのは、違った意味を持っていたと思う。都市に何世代も定着した人口が急増したここ四半世紀より前の20世紀の話だ。
かまやつひろしの歌で「どうにかなるさ」というフォークソングがある。
「見慣れた街の明り 行くなと呼ぶ」
この世界観は、瀬戸の花嫁のようなアウェイな世界で生きる覚悟は感じられない。アウェイでもどうにかなると思っているのだ。
なおかつ、ホームグラウンドを出て行ってもなお、ホームから温かい視線を旅人である自分に向け続けてくれていると信じているのであり、「男はつらいよ」のフーテンの寅さんとほぼ同じ世界観だ。ボヘミアンを気取って出て行っても、いざとなったらただいまといって帰れる場所がある。
そういえば、寅さん映画も、旅先での関係性を持続できないということがひとつの大きなテーマになっていることに気がついた。
民俗学者の宮本常一は、故郷を捨てて放浪する旅人を考察した文章のなかで、そうした旅人が
地元を去って放浪した末に、やがてひょっこりと故郷に戻ってきて、旅先で得た経験や新しい知識を広め、地域の活性化に寄与する機能を果たしていたことを、
世間師という言葉で表現した。フーテンの寅さんのことを考えていたら、そんなことも思い出した。
世間師というのは、故郷側の人間が出戻りの人間に対して名付けた呼び名で、一種の敬意が込められている。
嫁ぐということが待ち構えておらず、ゆくゆくは地域社会でリーダーシップをとっていかなければならない男性の潜在的な意識として、旅は武者修行であったり、広く見聞を広め、世の中の解像度を上げるための行為だったのかもしれない。会社組織が全国各地の赴任経験を重視しているのも同じ価値観といえる。
かつて東南アジアへのセックスツアーなどがあったように、赴任先、旅先で恥をかき捨てるのも主に男性だ。
男の旅というのは、ちまちましたもので火遊びのようなもの。家から離れて外の空気を吸いたいというものだ。近所のスナックだったり、家庭が壊れないようにという不安があるからあまり大きなことはできないが、脇が甘いから夫が捨てたラブホテルのマッチを妻がゴミ箱から発見してしまう。やまだ紫の「しんきらり」という漫画では、そんな情景が描かれていたのを思い出した。
しかし、この四半世紀、女性の社会進出や、結婚観は大きく様変わりし、嫁ぐということを前提としない将来像を女性が模索する時代になった。
テレビドラマも、90年代以降、女性の社会進出を反映して、トレンディドラマに代表されるように、キャリアウーマンがオシャレなレストランで食事する、みたいなシーンが増えた。
東京ラブストリーとか。憧れのロールモデルが描かれるようになったということだ。ドラマの世界にあこがれる、ということが90年代まではあり得た。
しかし、現実の女性の社会的地位はどうだったかというと、総合職課長以上に登れるのは一握りで、相変わらず賃金格差があり、お茶くみやらと男性社会における旧態依然とした女性の役割が押し付けられていたのが現実だ。その現実を90年代のドラマ「ショムニ」でよく表現されていたように思う。
しかし、さらに時代は変わって、憧れの東京に向かって、急速に人が流入しつづける時代は終わりつつあり、受け入れるキャパもなくなってきた。「おもいでぽろぽろ」の主人公の少女時代(1970年代)は、都会の夏休みのラジオ体操に二人しか参加していないほど、ふるさと=田舎をそもそも持たない世帯が少なかった。今では想像もできない光景だ。
中長期的には東京一極集中のトレンドは変わらないものの、それは不動産価格のトレンドに連動したもので近隣県から流入が中心。一方で、田舎というベースをもち帰省が必要な人というのは減っているのではないか。首都圏の人は首都圏で世代を重ねるし、地方の人は地方で価値を見出し、仕事をみつけ、結婚し、次世代を育てる、という人口流動の安定期になってきたようにも思う。帰省という形でつながっていた地方(ふるさと、ホーム)との関係が途切れてきているといってもいい。
そうなると、都会の人間が地方に見出す価値というのものというのは、失われた関係性そのものに重きがおかれるようになるのは自然なことだ。
その結果、その後に続くドラマの傾向としてみても、(都会で活躍するキャリア)女性の理想像ではなく、もっと実態に即した現実を映し出す、自分探しのようなドラマが増えていったように思う。
一昨年のドラマ「ファーストペンギン」とか「ユニコーンに乗って」なども、スタートアップ企業をテーマに女性の自画像を模索した作品で、近年の傾向を象徴しているように思えた。
「ファーストペンギン」のように地方移住をテーマにした作品は、アウェイな環境で女性のポテンシャルを試そうとするという意味では、「嫁ぎモデル」の延長線上にあるような気もするが、都会との関係性が交錯しながら物語が進むところに、考えるヒントを与えてくれるドラマではあった。
そんなことをおもった。そもそもの旅行の話からはかなりズレてしまったけれど、女性が旅に何を見出しているのか、というのは女性の人生観ということと絡めて考えてみると、興味深いテーマだとは思う。
とりとめもないメモです。
上記の書きなぐりをAIが次のように要約したので感心した。ここまで断言できないからゴチャゴチャ書いてたのに。
旅行好きの女性の特徴と男女差
旅行好きの人々は、事前に訪問地の情報をチェックし、SNSでの共有を楽しむ傾向がある。これは、日常からの脱却と、新しい体験への憧れを表している。特に女性は、旅先での関係性を持続させることに価値を見出すことが多いようだ。
歴史的に見ても、男女間で旅行に対するアプローチに大きな違いはないものの、女性はより積極的に新しい環境や文化に飛び込む傾向があると言える。これは、社会的な役割や期待に対する反応として、女性が自己実現のために旅行を利用していることを示唆している。
一方で、男性はより保守的で、旅行を通じて得た経験を故郷に持ち帰り、地域社会に貢献する傾向がある。これは、男性が社会的なリーダーシップを担う役割を果たすことが期待されているためかもしれない。
故郷と都会の関係性の変化
現代の日本では、故郷と都会の間の伝統的な絆が薄れつつある。かつては、人々は故郷を離れて都会で働き、定期的に帰省することで地方とのつながりを保っていた。しかし、今では都会で生まれ育った世代が増え、地方への帰属意識が低下している。これにより、都会の人々が地方に求める価値は、失われつつある関係性そのものになっている。
この変化は、地方と都会の間の人口流動の安定化を示しており、それぞれの地域で価値を見出し、生活を築く傾向が強まっている。結果として、地方への憧れや関係性の再構築は、新たな形での自己探求や社会的な動きに影響を与えている。これは、女性が旅行を通じて自己実現や自己探求を行う動機に影響を与えていると考えられる。
旅行は、日常からの一時的な脱却を提供し、新しい環境や文化に触れる機会を与える。特に女性にとっては、旅行が自分の居場所を見つける手段となり、故郷とは異なるアイデンティティを探求するプラットフォームになることがある。
厚労省の資料ではギャンブルにより日常生活や社会活動に支障が出ている状態をギャンブル依存症と定義しているようだ。
そう、私はギャンブルを趣味としている。趣味なんてものではなく、もしかすると依存症かもしれないという不安を抱えながら。
2人の幼児を妻と一緒に育てながらそれなりの企業でそれなりの給与を得て暮らしている。
妻は専業ということもありバリバリ楽勝伝説ではないものの、一定の貯金をしながらも節々には旅行もできるぐらいの余裕はある。
子を持つ方ならある程度おわかりかと思うが、子育てというものは幸せを感じながらもストレスともお友達にならなければいけない事が多い。
子どもが生まれてからは真の休日というものは無くなった。子どもが生まれる前は、妻に許可をもらい稀にパチスロに出かけるなどしたがもはやそんな行為は無理である。
休日は子どもたちと一緒に暮らすためにほぼ100%を充てている。
そんな中でお前はどこでギャンブルをやっているのかと言うと、平日の夜か子どもたちが寝静まった夜中となる。
平日の夜は妻に黙ってのギャンブルである。仕事で遅くなる日の1/3ほどはその実パチスロに行っている。
とはいえ大した時間は取れない。早くて20時に会社を出て閉店の23時まで打ってMAXだ。
状況によっては21時か22時に切り上げて大盛りラーメンを食べにいくこともある。
行くのは月に2,3回程度。その短い時間で小銭の行って来いを楽しんでいる。
「小銭の行って来い?はい嘘乙!収支計算しないでたまの勝ちでプラスになってる気になってるんデショデショー」
なんて言う貴兄もいるかもしれないがそんなことはない。
私はギャンブルで負けるのが大嫌いだ。若い頃に苦渋をなめながら負けない方法というものを模索し続けてきた。
パチンコは無理だと考えているがパチスロは正しい手順を踏めば勝てるといって良いだろう。
とはいえ、食っていくレベルで勝てるかというとそれはかなり高いハードルなるのであるが。
もちろん負けている人も多い、多いと言うか超多数派だろう。
しかし、意思を強く持って勝ちを目指せば勝てるのだ。負けるのは意思が弱く神頼みする者のみである。
ここ数年は正しく打ては期待値が100%を上回る台がいくつか出回っている。
中でもディスクアップという台は最低でも機械割103%, 一日回せば期待値としては1万5千円程度あるのだ。
まぁ確率なんてものは1日程度では到底収束しないので勝ったり負けたりではあるが。
他にも100%超えの台は多く、さらにパチスロには設定というものがあり、打つことによりプラスになる可能性がある台は存在する。
まぁ他にも少しでも期待値を上げる手法はあるのですが結論はこれです。
打つべきは"打ちたい台"ではなく、"打つべき台(期待値が100%を超える台)"を打つ。これだけです。
楽しい楽しくないは2の次3の次かんしゃく玉投げカン太郎の東海道五十三次です。
勝つことが楽しさであります。いや大当たりも楽しいだけど負けたらその楽しさ上書きされちゃうので。
そのような台のみを集中して打つことで私は負けていない状況を作っています。意外と現代のパチスロで勝つのは簡単です。
(技術的なものや、行って来いが落ち着くぐらいの試行回数(=時間)を費やす必要はあるけども)
私のギャンブルはこれだけではとどまらない。先に書いたもうひとつ、夜中のギャンブルだ。
ここまでの話はコロナ前の話だ。コロナ以降、弊社もリモート化が進みほぼほぼ今日まで在宅勤務が続いている。
コロナ禍の中、パチスロに行けずギャンブルがしたいなぁとモヤモヤしている日々。
あ、そうだ。と思い出し、一時期ハマっていたネットポーカーのアプリを開いた。
ポーカーご存知ですか?面白いんですよ。海外ではもっとメジャーなんですが、
テキサス・ホールデムという形式のポーカーがすげぇ面白んですわ。
もちろん負けたくない私は研究を重ねます。本業でこれぐらい勉強すればいいのにね!
ポーカーとは学んだものが学ばないものから金をかっぱぐ!これがポーカーであります。
ただですね。学びにより一定のプラスは生まれるようになったものの、
ポーカーは時間あたりの期待値が低いのです。小さい金額をちまちまと稼がなくてはならない。
高いレートは強者だらけで収支は安定しない。高額賞金のトーナメントは平気で10時間とかかかる。
そんな状況に疲れてポーカーからはフェードアウトしていきました。
でも、パチスロができない状況ではそんなこともってられず通勤時間が減ってちょっと時間も余裕ができたのでポーカー復活と思ってたらですよ。
アプリのポーカーのタブの横にカジノがあったので押してしまいました。
お前それそもそも違法じゃないのって話は「オンラインカジノ」という存在に法が追いついていないので結論が出せない。
ということでご容赦ください。一定のリスクは理解した上でやっているつもりです。
閑話休題。
いやですね。それ抜きにしてもオンラインカジノは基本ダメです。
ルーレットとかは約97%,一番高いブラックジャックで99%超といったところ。
当たり前ですが100%以上はないという状況です。
やればやるほど損をする。それがオンラインカジノです。
そんななかでも研究はする私。なんとか勝てる方法は見つけました。
はいはいワロスワロス、クソみたいなオリ攻なんでしょ?とか思われるかもしれませんがそんなんじゃない!!
ギャンブルの楽しさは排して、ただただ期待値を追うだけの方法です。
結局はこれなんですよ、勝つには地味な作業を繰り返すだけ。
そんなこんなでオンラインカジノ界でもなんとか勝つ方法を見つけてしまったのです。
しかし困るのは生活が困窮すること無くギャンブルが続けられるということ。
楽しいのだが虚無も結構ある。副業と割り切っても良いかもしれないが、あまり勝っても確定申告が必要となる。
多少家族に嘘ついてるけどこれは許容範囲じゃない?そんなことない?
このギャンブルがドラマ視聴という趣味だったらどう見えるだろうか。
しかしあまりドラマ依存症やゴルフ依存症という言葉は聞かない。
という具合になんだかわたし、もやもやした気持ちが続いているんですよずっと。
別に診断が欲しいとか、大脳がこわれておる、ワイコーワイコーと言われたいわけでもなくて、
ただなんか、わたしはこのままでいいのかな?もっとやることあるんじゃねーかな。
と思ってるので転機がほしくてこんな増田をしたためているのかもしれません。
ちなみに業務中(合間だよ!ちょっとした合間!)にこのような増田をしたためてしまうのも、現実逃避をしているので増田依存症な面もあるのかもしれません。