はてなキーワード: 常套手段とは
何度でも書くけど、俺が知りたいのは”敢えて住宅街にDCを建てる理由”ね。
”リスクが低くてアクセスもしやすく土地も安い住宅街のド真ん中にから巨大で威圧的で騒音公害を撒き散らすDCを建築します”ならそれでいいの。
企業はそう住民に説明すればいいけどしないのは、それじゃ住民に対する理解が得られず企業のイメージダウンにつながることは明白だから説明から逃げてるんだろって言ってんだけど。
別に資本主義の論理を振りかざしてDC建てて住民のQoLを阻害してもいいし、ガン無視したけりゃすりゃいいよ。
企業が現地の住民からの訴訟リスクを抱えることになるだけだし。地元住民から疎まれ憎悪されながら営業するのはなかなか大変よ。
戦時に狙われるという話をするなら、重要な通信インフラをわざわざ攻撃されやすいところに配置するってバカ?という話なんだが。
だから”住民を肉壁にする気なんだろうな”って書いただろ・・・
ウクライナにしても何にしても、団地の中に火砲を置いて住民を肉壁にしたりするのは常套手段だもの。
着弾位置がズレて住民=非戦闘員を殺せば戦意を引き立てられる上に攻撃側が国際的非難の的になるから、そういう効果を狙ってんだろうなって話だよ。
こんなこと企業は住民に説明できないだろうから隠すわなって話。
六朝時代(魏晋南北朝時代)は、中国史上でも特に貴族階級の力が強かった時期です。この時代、貴族は士族(名族)として政治・文化・社会をほぼ独占していました。
最大の制度基盤が九品中正制です。これは官吏登用において、各地の「中正官」が人物を9段階に評価する仕組みでしたが、実際には家柄(出自)が最優先され、能力より「どの名門の生まれか」が決定的な基準となりました。
清河崔氏、范陽盧氏、荥陽鄭氏、太原王氏といった名族は、数百年にわたり血統を維持し、互いに婚姻を繰り返して閉鎖的なエリートネットワークを形成しました。この価値観を出自主義と呼びます。出自を絶対視する考え方は極めて強固で、「家柄」がその人物の価値そのものを決定づける時代でした。
しかし、この出自主義は同時に残虐性と深く結びついていました。
名族の血統そのものを断つことで、再起を不可能にする——この論理が、南北朝を通じて繰り返されました。
589年に隋が南北を統一したことで、状況は徐々に変化し始めます。隋の文帝・煬帝は科挙制度の原型を導入し、家柄以外にも登用ルートを開きました。ただし、この時点ではまだ門閥の影響力が強く、科挙は補助的な役割に留まっていました。
唐代に入ると動きが加速します。特に武則天の時代に科挙が大幅に拡大され、安史の乱(755〜763年)を境に伝統的な門閥貴族(関隴集団など)は経済的・軍事的な打撃を受け、急速に衰退しました。
唐は「華夷一家」(漢と夷を区別せず一つの家族のように扱う)という政策を掲げ、血統的に非漢人要素の強い人々も「唐人」として吸収しようとしました。
中央集権的な官僚制度を強化する一方で、地方の軍事力を軽視した結果、辺境防衛が脆弱になり、安史の乱のような大反乱を招く一因ともなりました。
唐末から五代十国を経て、北宋(960年成立)で士大夫という新しい階級が本格的に成立します。
彼らは血統ではなく、学問・儒教的教養・能力によって地位を得ました。
宋代になると、皇帝が科挙を徹底的に整備したことで、士大夫は政治だけでなく文化や地方社会でも大きな影響力を持つようになりました。
宋は文官優位の体制を徹底した結果、軍事力が相対的に弱体化し、北方の遊牧勢力(契丹・女真・モンゴル)に対して苦戦を強いられることになります。
南北朝は、貴族階級の栄華と脆さを象徴する暗い時代でした。隋・唐の統合政策と科挙の拡大により、出自主義の呪縛は徐々に解かれ、宋代には士大夫という能力・教養重視の新しいエリート階級が生まれました。
これは東アジアの中で比較的早いメリトクラシーの実現例です。しかし、門閥貴族の血統支配を崩した代償として、帝国の軍事力は弱体化し、「文官優位の弊害」という新たな問題を生み出しました。
https://anond.hatelabo.jp/20260423130021
https://anond.hatelabo.jp/20260423123541
https://anond.hatelabo.jp/20260422180001
前編
https://anond.hatelabo.jp/20260324191631
社協から指定された担当者「Bさん」に電話をかけ、再び福祉課との交渉が始まりました。
社協と役所を行ったり来たり、まるで無限ループのようなたらい回し。本当にうんざりしますが、これが彼らの消耗戦術(こちらの心を折るための高品質なシステム)なのだとしみじみと感じました。
話の結果、翌日、Bさんが友人の自宅まで来て「相談」に乗るという言質を取りました。
しかし、ここで油断はできません。「相談」という名目で訪問し、「今回は申請は難しいですね」と言いくるめて帰るのが、彼らの常套手段だからです。
私は通話中の友人に、裏チャットで強い指示を飛ばしました。 「『相談したい』ではなく、必ず『生活保護を申請したい』と言葉にして伝えて」
そして通話の最後、私はついに「友人」越しではなく、自分の声で直接、Bさんに話しかけました。
これまで背後で指示を出していた私が、初めて表舞台に出た瞬間です。
「明日の訪問時、支援者として私が(オンラインで)同席させていただきます」 そう通告した上で、私は努めて冷静に、しかし最大限の圧力を込めてこう告げました。
「Bさん。明日はぜひ、法的に適切で、福祉課として誠実な対応をお願いします」
そして、ダメ押しの一言を付け加えました。 「なお、これまでの社協や窓口とのやり取りは全て録音しています。 もちろん、明日の会話も全て記録させていただきますので、そのつもりでお願いします」
電話の向こうの空気が、ピリッと張り詰めるのが分かりました。 これで舞台は整いました。もう、あやふやな対応は許されません。
翌日、Bさんは約束通り友人の自宅にやってきました。 驚いたことに、同行していたもう一人の職員は、最初の電話で横柄な態度を取り、ガチャ切りをした「先鋒部隊」でした。 ここが最後の正念場。システムが本番稼働(申請受理)するかどうかの「実地監査」です。私はスピーカーフォン越しに「監査役」として同席しました。
彼らは部屋を見回した後、聞き取りを開始しました。 序盤、Bさんは事務的に、そして少し意地悪くこう聞きました。 「でも、本気で自殺を考えることなんて、実際にはなかったんですよね?」
これは、「希死念慮(緊急性)がない」という言質を取り、保護の必要性を下げるための誘導尋問ではないかと感じました。
しかし、友人は震える声で、否定しました。 「いいえ。本気で死にたいと思っていましたし、今もその衝動があります」
こちらの「本気度」と、私の監視(録音)があること、そして何より友人の切実な訴えが通じたのか。 あんなに攻撃的だった彼らの態度が、徐々に軟化していったのです。
「これまで、本当に大変でしたね……」
中盤からは、友人の苦しい境遇に耳を傾け、親身になって書類を作成してくれました。 結果として調査は1時間半にも及びましたが、全ての書類を書き終えた頃には、最初の険悪な雰囲気は消えていました。
帰り際、あの横柄だった職員が、友人に頭を下げました。 「電話口では、申し訳ありませんでした」
そしてBさんも、「申請は確かに受理しました。審査結果が出たら、また家まで説明に来ます」と約束してくれました。
冷静に振り返れば、彼らにとっても私たちは「厄介なデスマーチ案件」だったはずです。 何の状況の説明もなしに警察に通報していきなり申請し、電話でゴネて、正体不明の支援者がリモートで介入してくる。現場からすれば「どういうことやねん」と警戒して当然のイレギュラー対応だったでしょう。 それでも、彼らは最終的に、法に則り誠実に、行政としての職務を全うしてくれました。
私たちも、あまりにスピーディーで強引な申請だったねと振り返りました。しかし、友人の命を守るためには、このスピード感しかあり得なかったと思っています。
申請書は受理され、水際作戦というバグは”運用によってカバー”され、”友人の生活”がシステムのフローに乗りました。
そして何より、友人が「やっと安心できた感じがする」と言っていました。
友人が、この世界に対して感じていた「生きづらさ」、その一つから解放するきっかけを与えられたのだと、心から嬉しい気持ちでした。
なお、その後社協の担当者の方には、今までの非礼と協力への感謝を伝えました。
まず、今回の勝利はあくまで「水際作戦という理不尽なブロックを突破した」というだけであり、友人が救われたわけではありません。
友人の困難な状況から救われたわけでも、貧困から脱出したわけでもない。あくまで「生存権を行使するスタートライン」に立っただけです。
これからの生活の立て直しこそが本番であり、私たちはまだ課題の渦中にいます。
私は法律の専門家でもなんでもない、ただのQAエンジニアです。
今回の私の行動は、YouTubeで見た「こたけ正義感」さんの「弁論」に感化され、見よう見まねで権利を主張しただけのものです。
はたから見れば、”正義感”に酔った「痛い素人」に映ったかもしれません。
それでも、私は間違っていなかったと断言できます。
私の倫理観に照らし合わせて、目の前の友人が今日生き延びるための道を開くことができた。その結果こそがすべてだからです。
たとえ手法が素人の模倣であったとしても、それが人の命を守るトリガーになったのなら、それは「正しい運用」だったと私は考えます。
そして友人自身が「安心できた」と言っていた一言を漏らしたこと、これは私自身が友人に心から理解して欲しかったことです。
「あなたは安心して生きてていいし、そのために戦える人がいる(私です)」
今回の件で行政や担当者を「悪人」と断じるのは簡単ですが、それに対しても、私は少し違和感を持ちます。
しかし、私が今思いを馳せるのは、「供給不正」とでも呼ぶべき現象です。
これは、担当者個人の資質というよりも、「制度設計そのもののバグ」であり、「運用プロセスの破綻」だと思えてなりません。
現場の人間が、設計ミスの起きた歪んだシステムを、無理やり人力で運用している。その「歪み」のしわ寄せが、弱い立場の人間の生存権を脅かしているのです。
行政が悪い、担当者が悪い、で終わらせてはいけないと考えています。
この歪んだシステムそのものを根本分析し、直していかなければ、私たちは大切な人の命を守ることができない。
「1人のエンジニア」として、そう強く感じざるを得ない一件でした。
自衛目的以外の戦争が禁止されたおかげで、小国が恩恵をうけたかといえば、自衛の建前を作る情報操作がメディア牛耳ってる大国有利だからな。
でも、大日本帝国だって自作自演の満鉄爆破くらいのことやったけど今回はそれもない。
こっそり反政府グループに武器や資金を流してクーデター誘導起こさせるのは常套手段だけど、今回は隠す気ゼロで、めっちゃイラン国民に蜂起よびかけるわクルド人勢力に肩入れするって宣言しちゃう。
今までなら、国家転覆させた後だって、まともな選挙かどうか怪しくても、一応は選挙して民主的に選ばれた政府ということにして裏から牛耳るわけだが、ベネズエラのときも今回のイランに対しても、アメリカが口を出すはっきり言っちゃってる。
本音と建前ってもんがあるだろ?
裏表がない正直者すぎてこわいわ。
ブコメに
本来はないものをみんなあるということにしてなんとか守っていた建前がいま崩れたので、意味がないというか意味がなくなったんだよ。
ってあったけど、まさにそれ。
この、一見シンプルな解決方法だけを求めているような一言には、視点を変えると様々な妻の要望が隠れています。
それを一方的な視点から解決しようとするのではなく、多方面から解決方法を考えてみましょう。
・x軸方向「わたしが何を食べたいか決まってるわけではないけど、今のわたしの食べたいものを提案してちょうだい。」
この場合、具体的な店名を一度に当てようとすることは容易ではありません。
「例えばどんなのが食べたい?」
「最近気になってる店とかある?」
「でかける?出前にする?」
・y軸方向「あなたがどうしてもというなら聞いてあげないこともないわよ」
日頃妻は、あなたとのちょっとした話し合いの中で生じる貸し借りに疲れているのかもしれません。
例えば妻から提案があってあなたが意思決定をした場合、妻からの提案はどのような形で行われていたでしょうか。
もしこれが妻からの「お願い」で、あなたからの「受容」で成り立っていた場合、妻は無意識のうちにあなたに借りを作っていることになります。
このような些細な貸し借りであっても、日々積み重なれば大きな借りとなり、それを返せないでいることはそれ以外の意思決定をする上での無意識な障害になり得ている可能性があります。
つまりはあなたとの関係におけるストレスの原因となっているわけです。
そういう場合は、借りをチャラにするのではなく、あなたから妻側に借りを作ることで相殺することが必要です。
「今日の俺、どうしてもサイゼリアの気分なんだけどいいかな?」
間違っても「〇〇でいいでしょ」のように、やっつけて決めた感じを出してはいけません。
あなたにとっては毎日繰り返される中のたった一回のお昼ご飯かもしれませんが、妻にとっては日々積み重なった引け目から抜け出したい必死の一言だったかもしれないからです。
自分がしたいことを自分の言葉で伝えて、結果に対する責任感を発揮することが大切です。
いつも妻に決めさせていませんか?なんでもいいよと答えてから相手の提案を拒絶していませんか?
苦労して決めた相手の提案を無感動でスルーしたりしていませんか?
z軸方向「なんかちょっと虫の居所がわるいから合法的に袋叩きにしたい」
最悪のパターンとして、巧妙な八つ当たりである場合があります。
その場合、あなたがどのようなテクニックを駆使して提案しても、それら全ては却下され、その挙げ句に「無能」のレッテルを叩きつけらることでしょう。
もしあなたが、それでも妻が可愛くて愛せるのであれば黙って受け入れるしかありません。
もしあなたが、これからの妻との関係性を少しでも改善したいと思うなら勇気を持って反論しましょう。
第三の手段としては、ただただ相手のことを受け入れるという方法もあります。
そのためにはアクティブリスニングというスキルが必要になりますが、ここでは特に掘り下げません。
その場合、「お昼食べよう、どこでもいいよ」のセリフは単なる意思表示の入口でしかないので、まずは相手の気持に寄り添ってそのセリフから遡るかのように相手の気持ちの核心にダイブしていく必要があります。
「どうした?疲れちゃった?」
「お昼決めるの大変だよね。何かあった?」
視点を広く持って、なぜそのセリフが出てきたのかを考えてみましょう。
「理由に心当たりがないのに異性にフラれてしまう人は「意思決定コスト」を相手に委ねすぎている可能性があるのかもしれない」
https://togetter.com/li/2668187
わかる。わかるよ。俺もそういう時期あったよ。
でもね、相手のことをちゃんと大切にしようって思って多角的に考えるようにしてみたらやれることはまだあったことに気がついたのよ。
こちらは「市場ハッカー」という類型について論じているのであって、特定個人や実在確認可能な一名を指しているわけではない。
経済学でも社会科学でも、抽象化された行動類型を設定して議論するのは常套手段だ。ホモ・エコノミクスを持ち出した研究者が、想像上の人類を見て幻覚を起こしている、などとは誰も言わない。
さらに致命的なのは、議論の内容に一切触れず、話者の精神状態に話題をすり替えている点だ。
これは論証ではなくレトリック、しかも質の低い部類で、論理学的には単純なアド・ホミネムに分類される。
主張が誤っているなら、どの前提が非現実的か、どの推論が破綻しているかを示せばいい。それができずに「統合失調症」という診断名を投げつけるのは、自己放尿の告白に等しい。
そもそも市場をハックできるという言説自体は、アルゴリズム取引、制度裁定、情報操作、行動経済学の誤用など、現実の議論空間に大量に存在している。
これらを一括して、市場ハッカー的思考と呼ぶのは、分析上のラベル付けにすぎない。
それを「想像上の存在」と言うなら、相手は市場言説の観測範囲が極端に狭いか、都合の悪い類型を見ないふりをしているだけだ。
最後に決定的な点を言っておく。精神医学的診断は、専門的手続きと臨床的根拠を要するもので、議論の場で投げる罵倒語ではない。
これを持ち出した瞬間、そいつは市場の話でも、理論の話でもなく、「自分は中身で勝負できない」と宣言し自己放尿している。
書き方は間違ってるが言いたいことはわからないでもない文章だな。
要するに「電撃戦」のような戦争の仕方で短期間に勝利して「国家」という枠組みが降伏しても国民の大半がその降伏した「気分」を共有してくれない、ってことだろ?
第二次大戦とかだと、ドイツは電光石火でパリを占領して傀儡政権樹立したが、そういう国家という「枠組み」だけを戦争で「打倒」しても、その国に完全に戦争に勝利したことにはならない。
国民はレジスタンス活動とかをして、なんとか状況を覆そうとする。
そんな反抗の芽すら育たないようにするには相手に総力を出し尽くさせて徹底的に敗北させねばならない。
しかし、近年の米国の戦争は、イラク然りアフガニスタン然り、電撃戦の発展系のようなやり方でもって前線を素早く突破して首都まで侵攻し陥落させるというの常套手段だ。
それは戦争の勝ち方としては正しい。
しかし、そのやり方では戦後日本のような米国に対して従順な国民にはなってくれない。
言いたいのはそういうことだろ?
https://x.com/batayan_kami/status/2015000377834496415
少子高齢化、デフレにはまる中国「日本のデフレ停滞見ているよう。武力侵攻、軍民境が定かでない船舶による対外封鎖含む台湾有事の選択肢排さぬ習政権、不満を外へ反らす常套手段と考えられる。『中国』がまさに今年の最大のキーワードになりつつあることに注意」(14/30)
国民民主、独自路線「玉木氏としては同じ積極財政路線取る高市政権との違い出すのに苦心していると見る。不十分に終わった『年収の壁』対策を超える様な政策打ち出す等前向きな目標見失ったのかな?榛葉さんの新党への『参院脇に置いて結集ナンセンス』批判は野合を指摘して正しい(続)」(15/30)
「国民民主に不足しているのは何か。日銀の金融政策への無理解と先ほどいった新しい政策を打ち出せない能力の限界」長期金利、2.2%台へ上昇「『財政懸念で金利上昇』は日経新聞の常套句。一つの都市伝説ですね。99年以来と書いているが、要は日本がいよいよ本格的にデフレ脱却できると(続)」(16/30)
「言うことを見据えての金利上昇ですよ。消費減税にとって日本経済にはプラス、97年は日本がデフレに本格的突入した年、長期金利がそれを超えて行くということはそれ以前に戻る、を意味する。私は日銀による政策金利『利上げ』は批判してますよ。先に見たような金利上昇の前に無理矢理(続)」(17/30)
「金利上げて行ってもしょうがない。今の長期金利上昇にはベースで日銀が先行的に利上げしているからというのがありますよね。それは高市政権の『責任ある積極財政』に矛盾するからだ。だが、与野党が減税主張、選挙後実施が確実視されることは、経済が良くなることが予見され、それを(続)」(18/30)
「好感した上での金利上昇と見るべきですね。そうでなければ、株価上昇や円安での企業収益向上、交易条件改善(円安での輸出好転が輸入価格上昇上回る)が説明できないじゃないですか。日経さん、いい記事も書きますが、財政に関しては一貫して間違っているのでそろそろ止めた方が…(続)」(19/30)
「新しい世代の方が、これまでの経済環境が好転しているのを感じ、積極財政進める政党の方の支持を打ち出していますよ。長期金利は様々な要因で動きますが、政治要因で動くとする日経の土俵に乗っかって今回上昇を見ると、それは懸念ではなくデフレ脱却の狼煙上げた指標と捉えますね。」(20/30)
許されているという表現が気に入らないなら「容認」でも良い、同じである。
社会的制裁を理由に罪を相殺するような司法運用している国など無い。
司法が私刑を容認しないというならば刑事罰を厳格運用し、社会的制裁は社会的制裁、刑事罰は刑事罰と切り離すはずである。
被告人が誹謗中傷や村八分で損害を被ったというならば、それはそれで別途民事訴訟で救済を求めれば良い。
制度は用意されており万人に解放されている。どうぞお好きに、である。
諸外国で一発終身刑を食らうような犯罪でも下手すりゃ不起訴でノーペナルティ、あるいは数年でパイなんて例がゴロゴロある。
かつての日本は社会的制裁が機能していたのでそれでもよかった。
犯罪者のレッテルを貼られコミュニティから村八分を食らうと人生詰む、事実上の終身刑なのだ。
厳格な戸籍制度があり国家に人別管理され、犯罪履歴は残り、結婚、就職、すべて詰む。
一方、アメリカなら州を跨げばチャラ。犯罪情報の共有すらされていない(FBIレベルの犯罪だけ例外)。
出生証明書の偽造は当たり前のように行われており(今は無理)、身を隠すことは簡単にできた。
そのような社会であれば刑罰を重くしなければ抑止力は働かない。
世界では出生証明書はデジタル管理され、生体情報やクレヒスが人別帖になっている。わりと人生詰む
一方で日本はコミュニティへの帰属意識は薄れ、村八分は機能不全である、人生詰まない、罪が罪になってない
私刑がなければ辻褄が合わない
反論ある?ないよね?
ということで