鬼畜の家 (2011/04/25) 深木章子 商品詳細を見る

★★★★☆

　「おとうさんはおかあさんが殺しました。おねえさんもおかあさんが殺しました。おにいさんはおかあさんと死にました。わたしはおかあさんに殺されるところでした……」 保険金目当てで家族に手をかけてゆく母親。その母親も自動車もろとも夜の海に沈み、末娘だけが生き残ることになった。 母親による巧妙な殺人計画、娘への殺人教唆、資産の収奪…… 信じがたい「鬼畜の家」の実体が、娘の口から明らかにされてゆく。


　第三回ばらのまち福山ミステリー文学新人賞受賞作です。
　これは良かった。かなりの良作。
　新人賞受賞作といっても文章は読みやすいし、ミステリとしての狙いも成功しているし悪くないんじゃないか。

　まず物語の叙述方法がおもしろいです。探偵目線で話が進んでいきますが、「鬼畜の家」の生き残りである娘との面談シーン以外では、探偵の姿は消えています。関係者の証言のみが描かれているからです。こういった叙述方法が、読者と探偵を同じ立場に立たせることになるため、フェアプレイの点では最強でしょう。探偵の得た情報と読者の得た情報が等号で結びつくからです。後半に至っての謎解きでは、誰それの証言はこうであった、誰それの証言と矛盾がある、といったふうに読者にとって明瞭な形で推理のきっかけが提示されるのも良いです。ページをさかのぼって確認もしやすい。
　「鬼畜の家」の一家がたくさん死んでしまい、一応の犯人は相当早い段階で提示されます。いやむしろこれは隠してない。しかし倒叙ミステリに転んでいない。それなら、犯人もあがって、関係者の証言もとれている、だったら事件の捜査なんか必要無いじゃないか…とお思いかもしれませんが、本作の場合そうではないのです。探偵サイドに「鬼畜の家」事件を洗いなおす動機がきちんと存在するのです。そこには敢然としてフーダニットの面白さが存在するのです。本格としてこのあたりの設定も入念です。
　事件の全体像が浮かび上がってくる頃には、何重にも及ぶ犯行計画の数々が読者の前に姿を現すでしょう。ミステリではよくみられるあるトリックを使用していますが、そこに混乱はなく、整然と謎解きをしてみせる手際の良さは新人作家とは思えません。また犯行の折々でいくつかの問題が発生していますが、それらをきちんとピックアップし、逆手にとって別の犯行へ流用してみせたりしています。バグをバグに見せない書き方…というか、あたかも全てが犯人の計算の内であるかのように犯行計画の一部として取り込んでしまっているのはすごいと思う。作風的にもあってる。

　これは年末のランクインも充分狙えます。『玻璃の家』のトリックも悪くなかったけれど、全体の完成度を見るとひょっとしたら現時点で福ミスイチかもしれません。