玻璃の家 (2009/03/18) 松本 寛大 商品詳細を見る

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　アメリカ・マサチューセッツ州の小都市。そこにはかつてガラス製造業で財を成した富豪が、謎の死を遂げた廃屋敷があった。11歳の少年コーディは、その屋敷を探索中に死体を焼く不審人物を目撃する。だが、少年は交通事故にあって以来、人の顔を認識できないという「相貌失認」の症状を抱えていた。視覚自体に問題はなく対象の顔かたちが見えてはいるものの、その識別ができないのだ。犯人は誰なのか?州警察から依頼を受けた日本人留学生・若き心理学者トーマは、記憶の変容や不完全な認識の奥から真相を探り出すために調査を開始する。真相に肉迫するにつれ明らかになる、怪死した富豪一族とこの難事件との忌まわしき因縁…。重厚な筆致と圧倒的な論理で織り成す、新感覚の本格ミステリー！

　記念すべきばらのまち福山ミステリー文学新人賞の第１回大賞受賞作です。
　島田荘司さんが、「21世紀本格宣言」や講演会などで繰り返し提唱してきた先端科学、殊に脳科学を作中に織り込んだ、新時代の到来を予感させる本格ミステリです。見事に島田荘司の理想を継承した大型新人の登場です。

　序盤から中盤にかけては、４つの時代を股に掛けた物語であるにも関わらず、割と整理されていて読みやすく、ページをめくる手も止まりません。論理的な謎解きや、不可能犯罪で話を駆動させているわけではなく、純粋にコーディの目撃した人物が大きな謎で、それを心理学者が職業的興味から真相を探っていくという展開です。一見すると科学捜査官的なＴＶドラマすら髣髴とさせ、このあたりの展開は本格マニアより一般の方のほうが受けが良いかもしれません。
　ところがこの作品を上質の本格たらしめているのは、すべての真相が明らかにされたときに浮かび上がる、精巧なプロットにあります。

　最近では、ネットの掲示板を指して「匿名性」が問題になったりもしますが、その「匿名性」と併せて「匿顔性」というのも問題になっています。顔を認識できない、というのはつまりその人がその人であると分からないことで、アイデンティティーの喪失です。
　本作ではそういう点でコーディにばかりスポットが当たっていますが、真相を知った瞬間、人の顔を認識していなかったのは犯人以外の作中人物全員であり、本書を読む人間全員であったことが明らかにされます。作者は、「相貌失認」という稀少病を、「読者をだます」というミステリの力を借りて、多くの人間にその衝撃を味合わせたのです。もはや誰が誰だか分からない。こういった趣向のため、解決編は必然的に混沌を極めますが、逆説的に混沌ゆえに成功しているとも言えます。顔の識別不能によるアイデンティティーの喪失と本格とのマッチングはきわめて良好で、島田荘司さんのいう21世紀本格を見事に体現しています。
　人の顔を見分けようと努力しても見分けられないコーディ。それに反して自ら顔を捨てた犯人――これでもかというメイントリックは過剰性の点で類例が無く、犯人＆目撃者という対比構造という点でも美しいです。
　ただ、やっぱり解決編がごたごたしていたのが残念で、中盤までと同様のテンポの良い読書はしにくいです。一つずつ徐々に解決されるわけではなく、最後まで読んで初めて全体像が分かるような謎解きのため、自分は解決シーンを２回ほど読み返す必要がありました。でもまあそこはデビュー作。大した瑕ではないと思います。