★★☆☆☆ 「息子は自殺支援サイト『ミトラス』に殺されたんです」 サイバーセキュリティ・コンサルタントの君島のもとへ老夫婦が依頼にやってきた。自殺したとされる息子の死の真実を知りたいのだという。息子はミトラスに多額の金を振り込んでもいたらしい。 ミトラスは自殺志願者とその幇助者をネットを介在して結び付け、志願者が希望通り自殺出来た際に手数料が振り込まれるというシステムで、ミトラス自身はその仲介で多額の手数料をとるのだという。 さまざまな情報を集め、やがて君島が「真相」を解き明かし、老夫婦の依頼に応えたとき、これまで隠されてきたほんとうの真実【エピローグ】が見え始める ──
第三回ばらのまち福山ミステリー文学新人賞の受賞作です。
わが街福山市の文学賞、ということでそれだけで★5つにしようと思ったけれど、もうやめた。あまりにあれなんで。本書を宣伝して福山の知名度アップしてもいいけれど、それするとボクの本格観を疑われかねないので。本書の場合特に。福ミスって本格ミステリの賞と言っているわけだし、素直に本格ミステリを書いている作家さんがたにも失礼だと思うので。
原書房さんのブログに掲載されている作者の言葉にもありますが、まさにその通り。作者はネット業界で仕事をされていたようで、リアリティは抜群です。ツイッターなど実際に存在するネットサービスの名前も出てきて実際に起こりえそうな事件です。というか、作者が
「その気になれば実際に行えるものばかり」と言うからには実行可能なのでしょう。
「リアルな設定と描写を心がけました。」とか
「その気になれば実際に行える」とか
「必要以上にリアルに書けたのではないかと自負しております。」とか、それはそれですごいことだと思うし、並みの作家では真似出来ないことだと思うけれど、本格ミステリとしては、そんな「日常的リアリティ」何の加点にもならないと思うのです。少なくともボクの「本格ものさし」にそんなバロメーターはないです。
たとえばです、歌野晶午さんの『密室殺人ゲーム』と比べてみてください。あちらも
「ネットを使っただましあい」を描いた作品です。本格ミステリ大賞の受賞作です。読まれた方なら分かると思いますが、リアリティはないと思うんです。ニコ生なんかで犯罪の生中継はごくごくたまに見かけたので、感覚的に起こりそうだなとは思うものの、設定は無理目だしトリックも無理目なものが多かったと記憶しています。しかし、謎解き、トリック、動機の意外性、そしてシリーズ第二作ではあの設定で犯人の意外性にもチャレンジしており、探偵小説としては成立しているのです。それもきわめて高いレベルで。「日常的リアリティ」なんかなくても探偵小説として本格ミステリとして成立しているのです。
『檻の中の少女』は犯人の意外性はあるものの、論理的謎解きの果ての意外性でも、叙述トリックの結果としての意外性でもありません。書き方としては私立探偵小説(ハードボイルド)そのものだと思うのです。ハードボイルドの意匠をまとっていても本格ミステリは書けると思うけど、本作の場合は違うのです。
地に足の着いたエンタメで、面白いのは事実。これはホントそう感じた。読みやすいし、ページをめくる手も止まりません。しかし、本格ミステリとしてどうなのか、と問われれば、ボクは絶賛はしたくない。なんか「リアリティリアリティ」言ってる作者が目指しているベクトルは、本格ミステリとは別の方向のような気がしてなりません。
本格にこだわらなければ楽しめるし、買って損したということもないでしょう。何度も言うけど面白かった。しかし、福ミスは本格ミステリの賞なのです、本格にこだわってしまいます。
本格観にかんしては人それぞれだと思うし、本作を本格ミステリの傑作という人もいると思います。でもボクは本格ミステリとして本作を推したくないです。
本書を選出した島田荘司さんとサシで話し合いたい、そんな気分。今回は2作同時受賞しているだけに「他に無かったから」という理由では無いからね。
まあとにかく、みなさんが読んで、みなさんで本格として良いのか悪いのかを判断してほしい!――というわけでこういうかたちで宣伝です。
みなさん買って、福山市をもっと知ってちょ。