江神二郎の洞察 (創元クライム・クラブ) (2012/10/30) 有栖川 有栖 商品詳細を見る

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　【内容紹介】

　その人の落とした『虚無への供物』が、英都大学推理小説研究会(EMC)入部のきっかけだった―。大学に入学した一九八八年四月、アリスは、江神二郎との偶然の出会いからEMCに入部する。江神、望月、織田とおなじみの面々が遭遇した奇妙な出来事の数々。望月の下宿でのノート盗難事件を描く「瑠璃荘事件」をはじめ、アリスと江神の大晦日の一夜を活写する「除夜を歩く」など、全九編収録。昭和から平成への転換期を背景に、アリスの入学からマリアの入部までの一年を瑞々しく描いた、ファン必携のシリーズ初短編集。


「瑠璃荘事件」
「ハードロック・ラバーズ・オンリー」
「やけた線路の上の死体」
「桜川のオフィーリア」
「四分間では短すぎる」
「開かずの間の怪」
「二十世紀的誘拐」
「除夜を歩く」
「蕩尽に関する一考察」

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　「ファン待望」という言葉がこれほど似合う作品はあまりないでしょう。有栖川さんの江神二郎作品の短編を集めた作品集です。作中の時間順に収録されていて、本書はマリアが登場するあたりまでの前半部分が収録されています。後半部分としてもう１冊短編集が出る予定ですが、どうやらそれはすべてが終わった後のことになるそうです。卒業アルバム的な作品集にすることを狙っているとか。そのため、すでに発表済みの「望月周平の秘かな旅」などの短編は本書には収録されていません。

　有栖川ミステリ、ことに江神作品といえばパズラーにロジックにフーダニット、というガチガチの本格という特徴がありますが、もう一方の側面として、青春小説としての魅力も存在します。本短編集のようにまとめて短編を読むとそのことがわかりやすいです。アルバイトをして旅行に行ったり、せまっ苦しい部屋に集まって手作りおにぎり（コンビニでないところがミソ）を食べたり、サークル勧誘に励んだりと大学生活ならではのシチュエーションが多く描かれていて楽しい。しかもそれは一昔前の大学生活で、いまと少しギャップが感じられるのも若い読者には見どころの１つになるのではないでしょうか。さらにそういった青春的な側面は、友人の濡れ衣を晴らすために推理を繰り広げる友情的な動機の面にまで及んでいて、青春ミステリとして良作ぞろいであることを再発見できます。

　本書収録作品の中で唯一の書き下ろしが「除夜を歩く」。
　すこし話がそれますが、江神二郎の長編シリーズを読むと、いずれもロジック重視の本格ミステリであるのは共通して言え、描かれた時代や当時の作者の本格感の変化・成長が作品に反映されているのか、それぞれの作品に変化が見られるのが自分は好きです。特に『双頭の悪魔』→『女王国の城』の変化が好きで、時代に沿った、あるいは挑戦的な、その時ならではの本格が読める楽しみがあります。しかし変化していないコアの部分は存在し、それが分かりやすいのが「除夜を歩く」です。
　「除夜を歩く」の作中で江神二郎は「その論理は幻なんや。どんな幻を描いたかでミステリの価値は決まる」というセリフを口にします。まさか江神シリーズでこのようなセリフを読むとは思いませんでした。しかし『女王国の城』における作品世界と結びついたロジックを思い出したことも事実で、また「ハードロック・ラバーズ・オンリー」（1996年）の結末部分に触れるラストを見るにつけ、実は有栖川さんの本格の根っこにあるものは昔から一貫して変わっていなかったことを再確認。ああ、有栖川さんの本格ミステリの魅力の本質ってここにあったのかなぁ、と少し感動しました。自分は有栖川ミステリの面白さがどこにあるのか見えてないことがよく分かり少し反省。

　再発見の多い１冊でした。有栖川さんの本格ミステリがどういったものなのかがよく分かる、あるいは再発見できる最高の1冊です。おすすめ。