はてなキーワード: 主義者とは
早い話しが、ただでさえ結婚が難しい貧困層の独身男性をイジメて、更に結婚できなくする社会とマスゴミのせい。
さらに、真剣交際なんてする気がなく、学生時代に付きあって捨てることしか頭にないモテ男を持ち上げてるせいでもある。
ただ、日本の場合、あまりにも露骨に馬鹿げてる少女漫画でそれをやってたから、流石にお花畑少女も、「これは女向けのポルノとして作られてるだけ」ということに多少自覚的になる場合もあった。
それを全力で邪魔して、「白馬の王子様なんて居ないなんて言う奴らは女性差別主義者なんだー!」とか喚き散らしてたのがマスゴミと工作員だけど。
要するに、連中は、日本ではより低能で悪質な工作をしようとして、逆に失敗したわけだ。
海外では、さも男女向けに作られてるふりをしてるドラマで騙してるから、より深刻な影響がある。
特に、海外ドラマや映画自体を作ってるわけじゃないのに、輸入しまくって依存してる、東アジアの他の地域。
逆にアメリカだと、あんなもんは、女性向けイケメンコンテンツなんだと断言されてたりするから。
『This Is Us』ってドラマで、マッチョ男が子育てするシットコムの風刺があったけど、あれは正にフルハウスみたいなドラマをバカにしてたわけ。
マッチョイケメンが子育てするドラマを流せば、マッチョイケメンが子育てするようになるどころか、ただやり捨てしたいだけのマッチョイケメンが、幻想だけでモテモテになって更にヤリ捨てしやすくなるだけという。
まあ、『This Is Us』みたいなドラマの方が遥かに悪質だから、移民以外のアメリカの出生率も下がりまくってるわけだが。
男キャラと女キャラが混合のゲームをプレイして「男キャラ邪魔、イラネ、消せ、男キャラ出すな配布すんな運営殺すぞ」ってやってる男、本当にインセルばかり。「俺×女キャラ」妄想してて、男キャラを間男認定して異常に憎悪しているインセルばかり。
少年漫画などの別に女性向けでもなんでもない作品の読者・視聴者になりつつ「ヒロイン邪魔、イラネ、消せ、最終回発情期許せない、作者は異性愛主義者」ってやってる女、本当にフェミばかり。BL無罪の腐ェミや、女性向け無罪のTL・夢小説好きのダブスタツイフェミばかり。
どっちも性転換したら同じようになってそうというか、魂の双子という気がする。どういう容姿をしているんだろう。やっぱり、気持ち悪い顔をしているんだろうか。DNAのせいで生まれつき変な顔をしていて、同性に負け続けてきたから、同性を異常嫌悪するようになるんだろうか。
「男の方がリーダーシップを発揮するのに向いていると思う理由を教えてくれ。
男の方がプレッシャーに耐えられると思うんだ。
女は運転中とか普通の会話とかちょっとした口論でプレッシャーに耐えきれず、すぐに感情的になって崩れるよ。」
▼Deanの発言
「俺は昔、この主張(『女より男の方が感情的じゃない』という主張)について一日中議論してたんだ。これは世界で一番好きな議論トピックのひとつだよ。
特にmisogynist(女性蔑視主義者)を叩くのが大好きで、このポイントに関しては、経済政策とかでトランプ支持者を叩くより、個人的にずっとやりがいがあるんだ。
『生物学的に男の方が女より感情的だ』って? もちろん、認めるよ。
じゃあ俺が言うよ――男は女に比べて、意思決定を感情で導きやすいという俺の主張を。
まず第一に、
・男の方が、ほぼすべての暴力犯罪の大部分を犯している(必要のない暴力も含めて)
・男の方がお金を持っているのに、平均的に女より生活の質が低い。なぜだろう?
・男の方がハードドラッグを乱用しやすい――未処理の感情を処理するための不健康な対処法として。
一方で、俺は思うんだ。女の方が理性的な思考プロセスに頼りやすいのは、平均的にEQ(感情知能)が男より高いからだ。EQってのは、感情を理性的に処理する能力を測るものだよね。
生物学的に、女はストレスや痛みに男より耐えられるように設計されている。進化の結果だよ。子供を産めるように(産まなくてもいいけど)、平均的にストレスや痛みに耐えられる。脳の樹状突起(dendrites)がもっと多いからだと思う。
それが社会でも実証されてる。例えば女性外科医の手術だと、患者が死亡したり術後に悪くなる確率が有意に低い。女の方が手術というストレスに上手く対処できるからだ。
男はどうか? ストレスを感じたり怒ったりしたら? 国中の暴力犯罪の92%を犯しに行くんだよ。
だからこれらの理由、そして他にもたくさんある理由から、俺はこう信じてる――男は女に比べて、意思決定を感情で導きやすいと。
『合理的な男はいない』とか言ってるわけじゃない。俺自身、合理的な男だと思ってる。
『論理的な男はいない』とかも言ってない。俺は論理的な男だと思ってる。
『良い男はいない』とも言ってない。
ただ、平均的に見て、女の方がここでは優位に立ってると言ってるだけだ。
さっきお前が挙げたポイント全部――お前は『俺の主張の裏にデータがある』って言ったよな?
じゃあそのデータはどこから得たんだ? 自分で考えただけか? ただ箇条書きで並べただけだろ。
出典はあるのか?」
「は? 切った? マジかよ……
フォーブスが調べてたやつ知ってる? フォーチュン500のCEOの10%しか女性じゃないのに、リーダーシップに女性が30%以上いると、企業が財務パフォーマンス上位20%に入る確率が上がるって研究だよ。」
「チャットで『ソース出せないからキックされた』って言ってる人が何人かいるみたいだから、ちょっと待って。
女性外科医が患者アウトカムを良くするっていう主張の出典は、アメリカ医師会(AMA)とアメリカ医師会雑誌(JAMA)。1.4百万人の患者を10年間追跡した研究だ。
中道の衆院選総括案「若者にリベラル通用せず」 批判重視の転換提起
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUA131N00T10C26A4000000/
○本文に"「リベラル=進歩的」とのイメージが若い世代に通用せず"とあり
普通に読めば「リベラル=進歩的」が若者に受け入れられなかったという意味であって
つまりは「進歩的」というイメージに若者は好印象を持っていないということだよね
読解力の無いやつらが「リベラルは進歩的ではない」とか嘲笑してるんだけど
それは「リベラルが本当に進歩的だったら若者に支持される」という誤った認識であり
つまりは「進歩的」を肯定してるってことで、そういう人はアンチリベラルを自認しててもリベラル脳なのである
○「進歩」とは次第によい方、望ましい方へ進み変わって行くこと
では「よい方、望ましい方」とはどの方向であろうか?
昔は西欧こそが「よい方、望ましい方」であり、日本を含むアジアは西洋に追いつくことが「進歩」であった
その西欧はやがて共産主義社会に必然的に至ると考えられ、それが「進歩」であった
つまりは「よい方、望ましい方」というのはある特定の人達が自分達の文化・思想こそが進んだものであると考え
進歩主義者は理性によって人類の進むべき方向があらかじめわかっていると信じているのである
だから世の中を一気に変えることに躊躇しないし、それに異を唱える人を軽蔑する革新主義者なのである
だからどの方向に進むべきかを人類がわかるなどとはおこがましいと考えている
だから急進的な改革ではなく、伝統を重視し、伝統と現実に齟齬があれば
慎重に一歩踏み出し、そこでまた様子を見てを繰り返すのである
経済学を学んできた人間として私が長年思い知らされてきたことのひとつは、技術革命についての予測はほぼ必ず二つの方向に間違えるということだ。短期的な影響を過大評価し、長期的な影響を過小評価する。Amara’s Lawと呼ばれるこの法則は、もう耳にタコができるほど引用されているが、引用している人々の大半がその含意を正しく理解していない。
なぜか。この法則が本当に言っているのは、私たちは技術の生産性への経路(path)を予測するのが絶望的に下手だということであり、それは「長期的にはすごいことになる」という楽観論の根拠にはならないからだ。むしろ謙虚さの根拠である。
1987年、ロバート・ソローが言った有名な一言がある。「コンピュータの時代はどこにでも見えるが、生産性統計の中には見えない」。いわゆるソロー・パラドックスだ。
結局のところ、ソローは間違っていた——ただし、正しくなるまでに約10年かかった。1990年代後半になってようやく、IT投資は全要素生産性(TFP)の統計に姿を現した。そしてその生産性ブームは2004年頃にはもう息切れしていた。つまり、真に生産性が加速した期間はせいぜい7〜8年だった。
ここで問いたい。AIについて、私たちはソロー・パラドックスのどの段階にいるのか?
私の暫定的な答え:まだ最初期、つまり投資は膨大だが生産性統計にはほとんど現れていない段階だ。2024年から2025年にかけて、米国の大手テック企業はAI関連の設備投資に年間2000億ドル以上を注ぎ込んでいる。これはドットコム・バブル期のIT投資をインフレ調整後でも凌駕する規模だ。しかしBLS(労働統計局)の生産性データは頑固に平凡なままである。
これ自体は悲観する理由ではない。1990年代の教訓は、GPT(General Purpose Technology、汎用技術——チャットボットの名前ではない)の生産性効果は補完的な投資と組織変革が追いついて初めて顕在化する、というものだった。電力についてのPaul Davidの古典的研究が示したように、工場が電力を最大限活用するには、建物の設計から生産プロセスまで全面的に作り直す必要があった。それには一世代かかった。
問題は、AIについてこの「一世代」がどのくらい圧縮されるか——あるいはされないか——である。
■ 今回は本当に違うのか
AI推進派(ブースター)たちの主張を整理しよう。彼らの議論は概ね三つの柱からなる。
第一に、AIは「知的労働」を自動化するので、過去の技術革命(肉体労働の機械化)とは質的に異なる。第二に、AIはAI自身の改良に使えるので指数関数的な自己改善が起きる。第三に、したがって従来の経済モデルは適用できない。
率直に言おう。第一の主張には相当の真実がある。第二の主張は経験的にまだ確認されていない。第三の主張はほぼ確実にナンセンスだ。
第一の主張から。確かにLLM(大規模言語モデル)がホワイトカラー業務の一部を代替・補完できることは明らかだ。コードを書く、文書を要約する、定型的な分析をする——これらのタスクでAIが人間と同等かそれ以上のパフォーマンスを示す場面は増えている。そしてこれらはGDP統計の中でかなりの比重を占めるセクターの業務だ。
しかし——そしてこれは大きな「しかし」だが——タスクの自動化と職業の自動化は全く別物である。これはDaron AcemogluとPascal Restrepoの研究が繰り返し示してきたポイントだ。ある職業の30%のタスクが自動化可能だとしても、その職業が消滅するわけではない。むしろ、残りの70%のタスク——AIには(まだ)できない判断、交渉、文脈理解——の相対的価値が上がる。
経済学ではこれを「Oの環理論(O-ring theory)」で考える。宇宙船チャレンジャー号を思い出してほしい。あの事故では、一個のOリングの不具合が全体を破壊した。多くの知的労働もこれに似ている。プロセスの大部分をAIが完璧にこなしても、人間の判断が必要な一箇所が全体の質を規定する。この構造がある限り、「AIが全てを代替する」というシナリオは実現しにくい。
投資の話に戻ろう。
私はバブルかどうかという問いの立て方自体が間違っていると思う。正確な問いはこうだ:現在のAI投資の期待収益率は、資本コストを上回っているか?
NVIDIAの株価は、AI関連の半導体需要が今後5年間にわたって年率30%以上で成長し続けることを織り込んでいる。Microsoftのクラウド事業の評価額は、企業のAI導入率が楽観的なシナリオの上限で推移することを前提としている。これらの仮定が同時に成立するためには、AIの経済的価値が、それこそ過去のどの汎用技術よりも急速に実現されなければならない。
これは不可能ではないが、歴史的な基準率(base rate)を考えれば、かなり強気な賭けだ。
もうひとつ、あまり議論されないが重要なポイントがある。AI投資の地理的・企業的集中度だ。米国のAI設備投資の大部分は事実上5〜6社に集中している。これは1990年代後半のテレコムバブルと構造的に似ている——大量の資本が少数のプレイヤーの「勝者総取り」の賭けに集中し、セクター全体の合理性が個別企業の楽観バイアスの総和によって歪められる。
マクロ経済的により心配なのは、バブルが弾けた場合の波及効果だ。テック企業の設備投資がGDPの相当部分を占めるようになった今日、AIへの期待の急激な修正は、2000年のドットコム・クラッシュよりも大きなマクロ的ショックをもたらす可能性がある。
■ 分配の問題
仮にAI楽観論者が正しいとしよう。AIが本当にGDP成長率を年1〜2ポイント押し上げるとしよう。それでも、私にとって最も重要な問いは変わらない。誰がその果実を得るのか?
過去40年間の技術進歩の歴史は、生産性の上昇が自動的に広く共有されるわけではないことを痛いほど示してきた。実際、skill-biased technological change(技能偏向的技術変化)の文献が明らかにしたのは、ITの普及が賃金格差の拡大と中間層の空洞化に寄与したということだ。
AIの場合、分配効果はさらに極端になる可能性がある。なぜなら、AIが代替するのは(少なくとも当面は)比較的高給のホワイトカラー業務の一部だからだ。パラドキシカルに聞こえるかもしれないが、配管工やクリーニング業者の仕事は、弁護士のパラリーガルやジュニアのプログラマーの仕事よりもAIによる代替に対して安全だ。これは分配の観点から複雑な含意を持つ——単純な「高スキル対低スキル」の図式では捉えきれない再編が起きる。
■ 私が本当に心配していること
以上を踏まえて、AI経済についての私の暫定的な見方をまとめよう。
AIは本物の汎用技術であり、長期的に有意な生産性効果をもたらす可能性が高い。しかし「長期的」が何年を意味するかについて、私たちは驚くほど無知である。現在の投資水準は、その効果が歴史的に例外的な速さで実現されることを前提としている。そしてたとえ楽観的なシナリオが実現しても、分配の問題が自動的に解決されることはない。
私が最も心配しているのは、AIについての公共的議論の質だ。テクノ・ユートピア主義者たちは「AGIが3年以内に来る」と叫び、テクノ・ペシミストたちは「大量失業が来る」と叫ぶ。そしてどちらの陣営も、自分たちの主張がきわめて不確実な予測に基づいていることをほとんど認めない。
経済学を学んだ人間として私が言えるのは、不確実性にはそれ相応の政策的対応がある、ということだ。セーフティネットの強化、教育と訓練への投資、競争政策による市場集中の抑制——これらは、AIがユートピアをもたらす場合でもディストピアをもたらす場合でも、あるいはその中間の(最もありそうな)場合でも、正しい政策だ。
確実性の幻想に基づく政策よりも、不確実性を認めた上でのロバストな政策のほうが、はるかにましだ。これは退屈な結論かもしれない。だが退屈な正しさは、刺激的な間違いに勝る。いつだってそうだ。