はてなキーワード: 沿線とは
月収64万くらいで、ボーナスが夏冬合わせて4ヶ月分くらい。これで1024万。これにプラスして業績賞与がある
月の手取りは50万弱
23区内の山手線沿線に住んでる。家賃は14万で1Kで30平米くらい
資産は現金200万、企業型DC 300万、証券口座1400万くらい
趣味はクラシック鑑賞で月3,4回くらいの頻度でコンサート行ってる。コンサートにもよるけど、だいたい1回1万弱くらい
お金には不自由なく暮らせる。ちょっと高いものが欲しくなっても我慢しないで買える。最近10万円くらいするスピーカーを買った
でもめちゃくちゃ贅沢できるかと言われると微妙
まず住居。本当はタワマンとかもっと広い部屋に住みたいけど、今の月収じゃきつい。昨今の家賃相場上昇がかなり効いている
海外オケの来日公演も聴きたいけど、チケットが数万円もする。流石になかなか手が出ない
いい加減結婚も考えないといけない年齢になってきたのだが、ほぼ確実に生活の質を落とさないといけないと思うとなかなか踏み出せない。そもそもまだパートナーもいないのだが…
その結果、
「東京モンは見栄を張って高いところに住んでるべ」
「オラは高潔な魂を持ってるし、コスパを考える頭脳派だから地方にいるんだべ」
みたいな言説が、妙な正義感つきで語られがちになる。
顔見知りの店に通い、仕事・趣味・近所・昔からの縁、そういった複数の小さなコミュニティを行き来して暮らしている。
例えば、次の駅名をどれくらい知っているだろうか。
多くの人は、名前を聞いても場所も雰囲気も思い浮かばないはずだ。
だが、東京の大多数は、まさにこうした街の集合体でできている。
都心にすぐ出られるのに、夜は静かな街。
さらに言えば、檜原村という限界集落が東京に存在することすら、知らない人は多い。
新宿も同じだ。
東京は目立たない。
語られない。
駅名も覚えられない。
そういう場所の積み重ねでできている街だ。
こんなツイートがあった
https://x.com/theobservereyes/status/2009607020178194776?s=61&t=0ySzFSo8hO1TAyHHZoQ3mw
「地方出身者が東京で一番衝撃を受けるのって、金持ちの多さじゃなくて「貧乏の選択肢の多さ」なんだよな東京ならお金がなくても無料のイベントや展示、安い飲食店が無数にある。田舎の貧乏は、家でテレビ見るかイオンのフードコートで粘るしかない「貧乏でも楽しむ権利」は、地方にはない」
このツイート通り
(というか世界中、昔から都会ではホームレスや貧困層をしやすいのは事実)
東京では、お金がなくても、無料の展示やイベント、公園や公共スペース、安い飲食店や八百屋、が無数にある。
家でテレビを見るか、イオンのフードコートで時間を潰すくらいしか選択肢がない。
「貧乏でも楽しむ権利」は、正直言って地方にはほとんど存在しない。
特に車を持たなくていいという決定的な差
地方では、車がないと生活が成立しない(京都みたいな都会は別だが)
車を持てば、安く見積もっても
初期費用100万円の車を買って年間維持費 約28〜30万円(駐車場代除く)という固定費が発生する。
つまり、地方の貧乏:最低ラインが高い、東京の貧乏:段階を下げられる
この差は大きい。
(真面目な話、地方は輸送料がかかるから地元のスーパーより全国チェーンのコンビニの方が安かったりする)
◆「東京は何にでも金がかかる」は本当か?
よくある反論が
「東京は何にでも金を取られる」
というもの。
こんな反応があった
https://x.com/tcn_kyoto_tpu/status/2009786757852868650?s=61&t=0ySzFSo8hO1TAyHHZoQ3mw
https://x.com/kyodai_meltdown/status/2009898403929657750?s=61&t=0ySzFSo8hO1TAyHHZoQ3mw
「ほんそれ、だって都内の貧乏学生多摩川で等間隔になって座ってないでしょ?」
それだけを見れば、確かに金はかかる。
東京には
用がなくても外に出る文化
何も買わなくても成立する空間
が圧倒的に多い。
例えば
皇居周辺
隅田川沿い
ミヤシタパーク
さらに有料でも
…など
数百円で一日潰せる場所もある。
地方都市で「どこに座る?」と聞かれて、即答できる場所がどれだけあるだろうか。
国道沿いにベンチはない。
そこへ行くには車が必要になる。
東京は
固定費を極限まで下げられる
用がなくても外に出られる
私は東京で、近所の安い八百屋で買い物をするが、地方ではそんな八百屋は中心部の商店街にしかない。
そこへ行くには車が必要だ
商店街に車は止めにくい
「東京=金がかかる」というイメージは、観光の東京しか知らない人の幻想に近い。
【追記】
家賃の話が出てきたが、家賃も高いところは高いが、安いところは安い。
西武線沿線や井の頭線や京王線明大前より後ろなら1K5万円〜(風呂付き)である
下高井戸、桜上水、上北沢、沼袋、野方、鷺ノ宮、久我山で調べてみてほしい
東京は銭湯カルチャーがあるので、風呂無し物件も多く、それを選ぶともっと安い
確かに田舎だと、10万円で3LDK借りられていいなとは思うが、一人暮らしするならそんなに変わらない
地方になった途端1K2万円とかにはならない(せいぜい3万円程度の差)
みたいな人って、どこに住もうとしてるの?
指摘されたエリアの人口動向とその意味元の投稿は、東京の郊外ベッドタウン(特にJR中央線・総武線沿線、中野〜三鷹のようなエリア)がテレワーク定着で需要減→減便・縮小していると主張し、それに対する反応として「東村山や所沢、柏の葉キャンパスあたり人が多い」「流山市は人口増加」との指摘がありました。これらは確かに正しく、東京圏内の「二極化」を象徴する例外・対照例です。全体の傾向:東京圏の人口シフト東京23区・中心部:人口増加継続(インバウンド、再開発、職住近接志向)。
多摩地域(東京都下郊外):ピークを迎え減少開始(2025年頃が多摩の人口ピーク予測)。
周辺県の優良郊外(特につくばエクスプレス=TX沿線):急速な人口増加(子育て支援、都心アクセス良好、新興開発)。
指摘されたエリアは、後者の「TX沿線型の勝ち組郊外」に該当します。元の投稿が指摘する「縮む場所」(西武線・JR中央線沿いの伝統的ベッドタウン)と対照的です。各エリアの詳細エリア
主な理由
東村山市
減少傾向(2024年頃148,000人前後、10年前比-1.3%程度)
伝統的ベッドタウンだが、高齢化・テレワークで通勤需要減。投稿の「縮む場所」に近い。
所沢市
かつてマンション開発で増加したが、最近は高齢化影響。投稿の主張に近いが、完全な減少ではない。
急増(柏市全体でTX開業後10万人以上増、駅周辺は新興開発で人口爆発)
スマートシティ開発、大学・研究施設、商業施設集積。子育て世代流入。
急増(10年で5万人以上増、人口増加率全国トップクラス継続)
「母になるなら、流山市。」キャッチコピー、保育園整備・子育て支援、手厚いマーケティング。TXで秋葉原30分。
流山市・柏の葉キャンパス:TX開業(2005年)以降の新興優良郊外の代表。子育て世代ターゲットの政策・開発が成功し、人口増加率は全国トップレベル。テレワーク定着でも「職住近接+緑豊か+支援充実」で選ばれている。
東村山・所沢:西武線沿いの伝統的ベッドタウン。マンション開発で一時増加したが、最近は高齢化・通勤需要減で伸び停滞/微減。投稿の「単身サラリーマン依存エリアが縮む」という主張に近い(ただし「人が多い」感覚は、絶対人口が多いため)。
これらは何? → 東京圏の「二極化」の証拠元投稿の主張(中央・総武線沿いの減便・需要減)は一部正しいが、全ての郊外が縮むわけではない。
勝ち組郊外:TX沿線のように、高速鉄道アクセス + 子育て支援 + 新規開発があるエリアは人口吸収中。
負け組郊外:西武線や一部JR線沿いの古いベッドタウンは、テレワークで通勤依存が弱まり、相対的に弱含み。
結果:東京圏の人口は中心部と優良郊外に集中。伝統的郊外は「吸われてる?」という反応通り、流山市などに流出している可能性大。
東京は「一枚岩ではなくなった」という投稿の指摘は正しく、路線・開発の差が人口動向を分けている段階です。2025年現在もこの二極化は進行中です。
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東京都八王子市の明治の森高尾国定公園から、大阪府箕面市の明治の森箕面国定公園までを結ぶ長さ1,697 kmの長距離自然歩道である。 自然遊歩道は、いくつも点在する関係自然公園のなかを通過しており、起点にある明治の森高尾国定公園や、終点にある明治の森箕面国定公園のほか沿線には、富士箱根伊豆国立公園(神奈川・山梨・静岡県)、丹沢大山国定公園(神奈川県)、天竜奥三河国定公園(長野・静岡・愛知県)、揖斐関ヶ原養老国定公園(岐阜県)、飛騨木曽川国定公園(岐阜・愛知県)、愛知高原国定公園(愛知県)、鈴鹿国定公園(滋賀・三重県)、室生赤目青山国定公園(三重・奈良県)、大和青垣国定公園(奈良県)、琵琶湖国定公園(滋賀県)がある。
ふと気になったことがある。 いわゆる「豪華クルーズトレイン」と、踏切における「救急車」の優先順位についてだ。
鉄道というのは、物理的に急には止まれない。 だから法律上、どんな車よりも優先して踏切を通過する権利を持っている。 ここまではわかる。 朝の通勤電車は数千人の社畜や学生を運んでいるし、物流列車は経済の動脈だ。 「社会インフラ」だからこそ、個人の事情よりも優先される。これは、ある程度は仕方ないコストとして俺たちも納得している。
あれは移動手段ですらない。単なる「富裕層向けの娯楽」だ。 乗っているのは数十人。目的は優雅な観光と食事。 そこに「公共性」なんてものは、カケラもない。
なのに、今の日本のシステムでは、この「ただの娯楽」が、 「俺たちは電車だぞ」という顔をして、公共の道路を遮断し、救急車の行く手を阻む「特権」を行使している。
まだ小さい子供が、急な事故で危ない状態になったとする。 一刻を争う事態で、救急車がサイレンを鳴らして病院へ急ぐ。 同乗する親は、真っ青な顔で子供の手を握りしめている。 その目の前で、踏切の遮断機が下りる。
やってくるのは、通勤電車じゃない。 金色の、豪華な装飾が施された「動くホテル」だ。 中では、選ばれた人たちがワイングラスを片手に、フルコースの料理を楽しんでいる。
踏切の手前、消え入りそうな小さな命があるその数メートル先を、 優雅な音楽が流れる車内から、乗客がニッコリと手を振って、ノロノロと通り過ぎていく。
もしこれが、道路を走る「豪華観光バス」だったら? いくら客が高い金を払っていようが、いくら食事が豪華だろうが、後ろから救急車が来れば道を譲る義務がある。それが当たり前だ。
なのに、まったく同じ「観光目的」で走っているのに、タイヤが鉄の車輪に変わった瞬間、 なぜか「救急車を待たせて良し」という最強の免罪符が与えられる。 やってることは同じ「娯楽」なのに、人の命より優先される特権を手にしている。
消防車やガス会社の緊急車両だって同じ目に遭う可能性はあるが、やっぱり「子供を乗せた救急車」が一番キツイ。 そこに乗っているのは「モノ」や「現場」じゃなくて、これから始まるはずだった「未来」だからだ。
「その列車の収益で、赤字ローカル線を維持しているんです」 鉄道会社(というか鉄オタ)はそう言うかもしれない。
でも、それは企業の都合であって、沿線住民が「子供の救命率低下」というリスクを負わされる理由にはならない。 俺たちは、鉄道会社の経営を助けるために、自分の子供の命を天秤にかけた覚えはない。
中央線の下りに乗ってた。西国分寺の駅でぼんやり外を見ていたら、上りの、多分中央特快が入ってきた。ホームを通過する直前、ふわりと何かがホームに落ちていった。たぶん人だったと思う。
なんでその辺曖昧かと言うと、こっちの電車が動き始めてたから。同じ車両に乗り合わせてた人たちがどういう反応してたかもあんまり覚えてない。ただショックだった。
怖くてしばらく新聞もTVのニュースも見なかった。あれは自分の見間違いなのではと思ったりもした。見間違いならいいけど、それを確かめる気にはなれなかった。そうじゃなかったらもっと怖くなっただろうから。
多分忘れようとしたんだと思う。ついさっきまで全く思い出すことはなかった。井の頭線の火事のニュース見てたら急に思い出した。もう中央線沿線には住んでないので、あの辺が今どんな感じなのかはよくわからない。西国分寺に行ったら思い出すことがあるのだろうか。
かなり具体的な描写ですね。
この条件を整理して推定してみましょう。
→ 候補は以下の6駅:
- 西調布
- 飛田給
- 柴崎
- 布田
「シャッター街」「古びた団地」「老人多い」「空き家あり」「子育て世帯もいる」
「スーパーはレジ1人」「テナント募集中」など生活感はあるが衰退気味。
駅 特徴 該当度
西調布 駅前に商店街があるがシャッター多め。旧甲州街道沿いに古い団地・空き店舗が点在。スーパーも少なめ。 ★★★★★
飛田給 味の素スタジアム最寄りでイベント時は混むが、普段は閑散。住宅街が広がる。団地もあるが、商店街は小規模。 ★★★★☆
布田 再開発進行中で駅前がきれい。空き店舗は少なめ。 ★★☆☆☆
柴崎 駅前に昔ながらの商店が並ぶが、空き店舗目立つ。高齢者多め。住宅街・団地もあり。 ★★★★★
🪧 補足
柴崎駅周辺(特に甲州街道北側)には昭和の香りが残る小規模商店街や団地が多く、空き店舗・シャッター通りが見られます。
西調布駅も「旧甲州街道沿いのロードサイド空き店舗」「団地の1階店舗シャッター」「高齢者の多い落ち着いた雰囲気」といった描写にかなり一致します。
ブコメで指摘させてホッテントリさせたい自意識過剰増田ってまだ生存してたんだな
例えばコンビニ。24時間営業とか本当に必要か?夜中にしか行かない人なんてほぼいないし、深夜の人件費や光熱費は完全に無駄。営業時間を絞れば、今いる働き手だけで回るし、深夜の犯罪リスクも減る。
本当に必要。物流は24H回す。まずは完全自動運転技術を日本の国土に普及させてから言ってね。ちなみにお前さんの言うムダを省く社会を実現するためには、深夜コンビニ営業廃止の前に時間帯指定配達の廃止を言うべきだったね。しかも、東京などの都市部ではこれまで通り時間帯お届けは継続。
ちなみに全国のコンビニの数は計算できると思うけど、そこの深夜営業を終了させて深夜勤×人数を削ったところで労働の移転は雀の涙にもなりません。
それ以外でも同じ。
毎日の大量廃棄がどれだけある?大量とは?3個から先は大量か?
私は近所だけでなく沿線沿いのスーパーを頻繁に利用しているが、店舗内厨房でそんなバカな製造しているスーパーは大手から中小に至るまで存在しないぞ。余ってるのも計画のうちとわからないような小僧にはどこからが必要でどこからがムダかなんて線引はできっこないよ。当然だが、ムダかどうか線を引くのはお前じゃない。勘違いするな、小僧。
・電車のラッシュ時間。人を無理やり詰め込むから運行本数が増えるけど、時差出勤や在宅を進めれば、そもそも満員電車も人手も必要なくなる。
逆。人を無理やり詰め込むから運行本数を減らせて運賃も抑えられる。というか、人を無理やり詰め込む「から」運行本数が増えるってどんなロジックよ?w
あと、時差出勤を進めるってのはお前が言わずとも色んな人が言ってきてるけど、そうならないのはなぜか1秒でも頭働かせたことあるか?
ないよな。
「満員電車も人手も必要なくなる」なんて日本語使っちゃうような程度なんだから、ボクがたくさんいれば社会はもっと効率よく回るんだ!と幼稚な自意識肥大を拗らせているんだろう。
お前が出しゃばるくらいならそこらへんのサラリーマン出しゃばらせたほうがまだ回る。
お前はそれ未満。
過剰というのは何でもかんでも自己基準で世の中をスカッとJAPANしてるテメーの脳みその中の話でしかない。
需要に対して供給を少なくすることがいかに愚かしいことかわからないバカが経世済民を語るんじゃない、バカが。
しかし、
お前の出る幕じゃない。
消えろ。
千葉、埼玉のメトロ直通沿線は都心より家賃やすいのに通勤時間は多摩センターよりも短い。既に中国人、ベトナム人、インド人が住んでいるから外国人も住みやすいし給料が少ない低賃金労働者の日本人でも住みやすいよ。
多摩ニュータウンとして1970年代〜80年代に計画的に開発された街。
当初から「日本人ファミリー向け」の住宅街として設計されており、外国人居住者向けの賃貸や住宅はほとんどなかった。
開発から40〜50年が経過し、今も街の構造や住宅タイプは当時のまま。
京王線・小田急線沿線で新宿まで40分程度。都心へのアクセスは悪くないが、渋谷・池袋方面への直通は少なく、利便性は中途半端。
外国人や単身者に人気のエリアは「都心直通で利便性が高い+家賃が割安」な場所が多い(例:川口・蕨・新宿・池袋など)。
多摩センターはアクセス面で「やや不利」なため、外国人が選びにくい。
団地や低層マンションが中心で、単身者向け・外国人向け物件がほとんどない。
高層マンションや新築ファミリー向け物件はありますが、価格帯が高めで外国人には手が届きにくい。
「新しく越してきた人」「外国人」を受け入れる文化的場やコミュニティがほとんどない。
多摩センターは治安が非常に良く、教育・医療・買い物環境も整っている。
ただし「安全・便利=保守的で落ち着いている」街は、逆に外国人や文化的多様性を求める層には刺激が少ない。
🔑 まとめ
多摩センターが東京でありながら外国人がほぼいないのは、以下が主な理由です:
久々の休みなので、ダラダラとチラシの裏するぐらい許してほしい
みなさんも学校なり職場なり地域コミュニティなりのどこかで会ってきたであろう、「ただ居るだけで、周囲をカリカリさせる天才」である。
自分はそういう人たちと過去に職業的にも関わってきており、また現在知財が大きく関わる仕事にも関わっているので、迷彩をかけながらつらつらと感想を書く。
・根幹は、とにかく「今この瞬間」と「みんなそのはずだ」の合わせ技
かつて、「地域で札付きの問題児」という児童~少年を仕事で世話していたことがある。
「地域で札付きの問題児」なんてものが平成後期および令和に存在するのか? というと存在する。した。
その市の警察署は当然に「彼のこと」だと知っているし、通っていた小中の全校はもちろん、近隣数校の小中にまでその悪名は轟いていた。
鹿乃つのさんのような言葉と行動を、何度も何度も、警察のお世話になっても、ひたすら繰り返す少年である。そして彼を全面的に擁護し続ける親たちである。
彼と付き合わざるを得ない中で、私たちは彼に「どこから理解させないといけないか」を突き止める必要があった。
私は当時警察官だったかもしれないし、教諭か医師だったかもしれないが、それは気にしないでいい。
私たちが突き止めたのは、彼は
①とにかく、過去および未来のことを考えながら喋ることができない
②「今」の状況が少しでも好転するなら、過去の言動との整合性や、未来への布石などは完全に無視して喋る
③自分がそうであるから、世の中のすべての他者(同年代および大人)もそうであると思っている
という、強烈な傾向があることだった。
①について特段説明する必要はないだろうが、程度には触れておく。
とにかくその場その場で、「耳聞こえのいい言葉」を連発する。ただ、それが1日前とはもちろん、15分前の言葉とも矛盾している。
また、そのような状況なので、「今」発せられた言葉は数秒後の彼の言動を縛らない。
「外国人差別はいけないと思う」としゅんとして言った15分後に、ただ道を歩いていただけの外国人に「○人死ね!キモイ死ね死ね!」と叫んでトラブル発生で電話がかかってくる。そういうレベルである。
②についても、程度とその影響に触れておく。
卑近な言葉で言えば、対峙者の強弱から顔色をうかがい、「その場凌ぎの嘘をつく」とか「数分前の発言と真逆のことを言う」などである。
例えば数分前に、堂々と私たちの目の前で他者を「なんかムカムカしたから」と殴っていたとする(捕まった後でも、隙あらばで殴るのだ)。
そしてその殴打の数分後に、「人を殴ってはいけない」と言われると「殴ってなんていない」と言う。
「私や他の人々は、君があの人を殴ったのを見ている」と言うと「……?」となる。「……?」の表情は(なんでわかるの?)だ。
一般市民からすると「なぜそんなバレバレの嘘をつくのか」「なぜバレバレの嘘をついて、自分の立場を悪くするのか」とうんざりすることが、毎時間起きる。
彼は、「なぜ嘘がバレるのか」と「なぜ整合性と言われるものを他者が気にするのか」を、いくら説明しても理解できなかった。
過去やこれから先のことと会わせて思考・判断するとか、発言をするとか、そういうことが困難だった。
そして自分がそうなのだから、世の中のあまねく他者はすべて「当然そうである」と確信していた。
だから、私たちが「また、数分前に言ったことと逆のことを言ったね?」と突っ込むことを、超能力者を見るように見てきた。
もちろん、そんなことは彼の周囲にいる人は誰でも気付いている。
ただ、あまりにも息を吸って吐くようにその場凌ぎの嘘を付き続けるので、「そうだねー」と話を合わせて、誰も相手にしていなかったのだ。
そういう人の方が圧倒的多数派だったから、私たちのように「彼に事実を指摘する人」は少数派だった。
それが彼には、超能力者のように見えていたらしい。
また、癖としては「フィクションの英雄の言動をなぞり、自分を悪に逆らう偉大な英雄だと思い込む」という癖があった。
少年漫画の悪者を暴力でぶっ飛ばすシーンを根拠に「悪いやつだから、○○○(少年漫画の主人公名)みたいに殴ってわからせてやった」と言う。
この悪いやつというのは、「廊下ですれ違ったときに、ヘラヘラ笑っていた新入生」というレベルである。
目についたら殴るレベルであり、それを彼は大好きな少年漫画の○○○的行動であると解釈していた。
そして彼に説教する公的機関の関係者(大人)たちを、「悪を見逃す悪いやつだ」「親以外の大人はみんな悪だ」と見ていた。
「万引きをしてもバレなければ法律には違反していない」からスタートし、
万引きで店員に腕を掴まれても「不当逮捕だ。警察しか僕を捕まえられないのに」と言い、
警察を呼ばれても「警察が来るまでは法律違反じゃないから、帰ります」と真顔で言う。
当然、いじめもする。
暴力をちらつかせたり暴力をふるった後に恐喝をする際、「このお金は、君が僕にあげるんだよね?」と必ず言質を取る。
後々事実関係を調べれば、誰がどう見ても恐喝である。普通に何発も殴っているケースもあった。
当然、警察のお世話になる。
だが彼は「言質を取っている」と不良どもが浮かべるニヤニヤは、浮かべない。
「彼がくれるって言いましたよ?」「彼は、僕にお金をくれる友達なんです」と真顔で言う。
前述の①~③とあいまって
「彼と僕のことを勝手に決めないでください」「彼は僕のことが嫌いになったから、嘘をついたんだ」などと言う。
そして、留置所に送られた後も「僕の言うことを信じてくれない大人も社会もクソだ」と、本気で思っている。
疲れる。
関わる者が、みんな疲れる。
疲弊していく。苦しんでいく。
彼ほどでないにしても、鹿乃つの氏の言動を見ていると、彼を思い出す。
なんか、個人の感想として、とてもと似ているな、と。
倍率は当然に1倍以下で、名前を書いてわずか数分の儀式的な面接を受ければ受かるところである。そこで落ちた。
詳しくは知らないが、面接会場で「目のあった同年代」を「なんかむかつく、悪いやつ」として殴ったとか非難したとか、トラブルを起こしたのかもしれない。
というか、ルールを守るという意志もないので、そもそも試験を受けに行かなかったのかもしれない。
それでも、彼は言うだろう。
「悪いやつを○○○みたいに正したのに不当に落とされた」とか「試験に行かなかったぐらいで落とされた」とか。
「こんな社会間違っている」、「人を勝手に決めつける社会は最低だ」、「こんな社会は変えないといけないですよね」とか。
少し話は変わるが、私は転職して、今は山手線および中央線の沿線で、IPを扱う仕事にいる。
はっきり言って、鹿乃つの氏のことはあらゆる取引先(版元と推察してくれてかまわない)が知っているし、会議前のアイスブレイクの際には「ありえない」「許せない」「絶対に関係を持ちたくない」という話題が飛び交う(※実際の言葉はもっと直裁的である)。
私が会ってきた複数社の関係者の中に、ベテランも新人も含めて彼女の言動を肯定的に捉えている者は一人もいない。
ベテランなら肯定することはありえないし、もし新人が少しでも擁護を見せていたら、人に会わせる前に当然に指導が入るからだろう。
私がどのようにIPを扱っているかの詳細は伏せ、一般論として話せる範疇で言うが、クリエイティブの本質は権利ビジネスである。
真実を話しても夢を壊してしまうだけに思うのでぼかすが、例えばアニメ化した原作漫画作品がゲーム化される際、恐ろしく冷えた綱引きが行われる。
アニメでバズったアニメオリジナルのセリフを、アニメ化まで鳴かず飛ばずだった版元が「これの原作はうちですから、使わないでください」とNGを突きつけることもある。
関西弁キャラがアニメ版で一人称「ウチ」でバズったとき、漫画原作側で一人称が「私」だと、ゲーム化の際にはその声優さんに「私」で読ませたりする。
なお、声優さんは制作委員会(アニメ版)の座組で関わっているので、ゲーム化の際は出版社は個別に声優事務所と契約を結び直す……
などなど、IPビジネスに関する企業間の綱引きは「部分的に許可が降りていても」「膨大な権利使用料を払っていても」「広義のビジネスパートナーでも」これほどまでに熾烈なのが当たり前だ。
正直「一次創作者も二次創作者に敬意を払うべき」とか「もっと二次創作が自由にできる発展的な世の中になるべき」などの主張は、プロであればプロであるほど、全てのプロにおいて抱腹絶倒ものである。
本当に、やめた方がいい。
あるIPが、数百万円~数千万円を払って他社IPとコラボさせていただいたとき、それだけの契約料を払っていてなお、その監修は鬼のように厳しい。
コンテンツビジネスとはIPビジネスであり、すべてのコンテンツホルダーが超絶絶対NGとすることは「IP毀損」だからだ。
今の私の仕事で、IP毀損をしてしまって部署を変えられた者、職を辞した者、損害賠償を請求されてしまった会社は、珍しくない。
Xで表面化することが全てではない。むしろ、BtoBでは表面化しないまま、係争や精算が行われていることの方が圧倒的に多い。
正直、公式IPで仕事をしている者としては、同人誌の二次創作ですら「人類の持つ奇跡的な優しさ(お目こぼし)が発揮されている」としか、今は思えなくなっている。
その奇跡的な優しさからこぼれることをしているとき、「版元が来ない間は許されている」わけではなく「版元は着々と準備を進めている」のである。
静かに無言のまま内容証明は送られ、ある日いきなり届くのである。ライツを扱う部署には、それ専門の担当者がいる。
というか、IPを扱う部署では業務の基礎教養的入り口として、国家試験である「知的財産管理技能検定」を取らせるところもある。
鹿乃つの氏の著作権認識では3級合格も遠く見えるが、彼女はこの国家試験の内容すら「間違っている」「弾圧的である」」「撤廃された方が発展的なよい世界になる」と言うのだろうか。
年に3回も実施されているので、鹿乃つの氏は「実業社会の当たり前の著作権の世界」を垣間見る機会として、テキストを買って勉強されるのは有効だと思う。
そして、Xで自身の発言を見ている人たちの中には、2級や1級を持っている「無名の普通の人」もゴロゴロいるということも、受験者数の統計と合わせて認識できれば、なおよいと思う。
山手線沿線で知財を扱っている会社なら、議員の対応など「日常業務」である。
むしろ、つながっていても全然メリットがないのによくやってくるものだから、「面倒くさい仕事」として新人たちに「怒らせないように、テキトーに応対といて」という業務である。
新人たちも、時間を取られるだけのうんざりな仕事の一つとして嫌々である。
なぜかと言うと、彼ら彼女らは繁忙期以外は年中人と会って話すのが仕事であり、それゆえにもっともらしく話したことの200に1つも具体的に動かし始めない。
たかだか議員の1人と、呼びつけて数時間一緒に食事をしただけで、「自分には議員がついている」などSNSで自慢気に言ってしまうのは、今年一の共感性羞恥であった。
同僚たちも、数年目の若手たちも「うわぁ……」「きつい……」である。
あの程度の「日常的な、まず空振りの雑事」程度のことを自慢してしまうことが、逆説的に氏がIP業界(というか山手線や飯田橋~神保町辺りにオフィスがあるホワイトカラー界)とあまりにも縁遠いことを証明してしまっているのだ。
山手線周辺で、大なり小なりIPが業務に絡む範疇で働いている人を全員合わせれば5%として85万人ほどいるだろうか。
私の見立てでは、約85万人の正式なプロが、恥ずかしくて耳が真っ赤になるレベルのことをしてしまっている(そして皆賢いので当然対面以外で誰も言わない)ように思うので、今後は本当にやめた方がいいと思う。
人には、向き不向きがある。
絶望的に向いていないところで英雄たらんとすることは、革命家たらんとすることは、生涯において継続的に自らの生を不幸にするだけだ。
家を探してる時期、
と伝えたのにもかかわらず近くのB線沿線の物件を紹介されたので難色を示したら
と、突然バラエティ番組的な話法を使われたのでその日を最後に二度と連絡を返さなかった。
で、別の不動産会社を頼ることになったんだけど、
今度はこっちが予算を予め伝えていたのにも関わらずそれを2000万円も上回る物件を平気でゴリ推しされたので速攻で却下したんだが、その際営業マンが
「いや……いやいやいやいや、この物件はとにかく特別なんです!!
と、
またしても突然バラエティ番組的な口調を使われたので、
そしてなにより超自分勝手な理由でこっちの条件ガン無視してきたのがとにかく嫌で、やはりその日を最後にフェードアウト。
これらの経緯を知り合いに言ったら
「そんなこと気にするなんて全然わかんない!!」
ととにかくビックリされた。
「俺、嬉しくなってこっちも砕けた口調で仲良くなっちゃうよ!?」
とすら彼は言っていた。
正直、
その精神性に背筋がゾワゾワっとした(なんかXの嘘松臭ぷんぷんとツイートを好きそうな、嘘松ネタを躊躇いなく投稿してそうな人間のメンタルに似通ってる直感がしてゾワゾワしてしまった)。
だが、ふと野村證券が営業マンに直筆の巻紙を渡すことを推奨しているのを思い出し、もしかして俺の感覚のほうがマイノリティなんでないかと疑うようになった。
野村的にはおびただしい数の客に営業かけた結果、客に巻紙渡すほうが良いというデータ出てるってことなんだろうし。
『この株を買うと間違いなく大きな損失を出します。でも買ってください。社長、今回は私のために泣いてください』
と願い出たら、よし分かった、それだけ言って社長は本当にその株を買ってくれた。
お客様と真の絆があればこういうこともできるのだ」
ってエピソード書いてあるの読んであまりに理解不能で絶句したことあったなあ。
JRや埼玉高速鉄道沿いの都市化した地域は外国人が多いためここ30年ほどで流入した若い層ほど外国人に馴染みがある
しかし川口は産業道路を中心に発展したロードサイド店舗の広がる地方都市であり鉄道沿線以外の地域は昔から川口市に住む団塊ジュニア以上のマイルドヤンキーが闊歩する田舎である
クルド人が多いとされる前川のあたりも畑と住宅街のど真ん中にイオンモール川口前川が出現する
大規模工場跡地にイオンがやってきた典型的な田舎のショッピングモールである
どこに行くにも車で移動するため自分の住む町内会以外の様子を知らない
でもインターネットでは外国人に乗っ取られるって言ってるしテレビでは参政党が特集されている
田舎のジジババのリテラシーの無さが「日本人ファースト」に煽動されたんだろう
3月に続けて、この連休も乗り鉄してきたので、また日記を増田に残そうと思う。
6時前の起床は目覚まし前に起きられた。夏なので暗くはなく、起きるのも困難ではないのだ。
横浜に出て、途中の行程を端折る新幹線切符をえきねっと経由の券売機で購入。
(券売機を直に操作すると、並ぶ列のプレッシャーが嫌なので、発券以外はえきねっとで済ませた。)
降りたところにはあまり選択肢が無かったので、自分には珍しくそばを食う。
窓側ながら眠くて大宮までは寝てて、あとはGoogleマップで現在位置を追う。
新前橋を過ぎれば遠方にこんもりとした山を見るが、吾妻線に入るとそこに挟まれた感じとなる。
橋で川を渡れば、岩に立つ白波が涼やか。強い光ゆえ緑の色彩も濃く見える。
小野上では採石がとれるようで、それを積む特殊車両が泊まっている。
中之条で山あいは開ける。それなりに人が降りるのは四万温泉に向かうのか。
トイレしたくて車両を渡ると、二人ほどロードバイクを持ち込む人が居てうらやましい。
岩島からは最近作ったろう高架橋で国道をまたぎ、長いトンネルに入る。これが八ッ場ダムによる新線なのか。
ダムの湖面が木々の合間にわずかに見える。その前方には急峻な地形に貼り付く国道。駅前にはキャンプ場もあるのね。
また長いトンネルとなり、トンネルではWikipediaの沿線概況を見て過ごす。
ダム下だからか、削り込まれた吾妻川を橋から見ては、長野原草津口でもごっそり降りる。
片面の行き止まりホームを見ては遠景を撮ろうとするが、時間が足りず。
そして、大前での折返時間は短いので、事前に車内で精算しておくようにとの放送。ここまで30人程度は残っただろうか。
羽根尾の構内も広い。それを過ぎると、シールドや木々に包まれては20km/hなんて看板まである。
強く減速し、災害の多いこと、そして線路の終わりも近いだろうことを知る。
万座・鹿沢口手前でも同じくらいの減速。
街は川向いにあり、駅前には旅館を示す剥げた看板と土産店。反対側にはバイクの集まるカフェ。
そしてさらにトンネルで、大前まで乗り切った。プツっと終わる感じの平面ホーム。
気持ちだけかもしれないが、降りても涼しく思える。見どころはけっこう多くて飽きない行程だった。
ロードバイクも組み立てている。
そして出発となるが、乗車証明発券機はなかったので、帰りの車内で切符を発券してもらう。
ひとりひとり処理するの大変だなあ。
また強い減速で始まる帰りは、長野原草津口手前で旧太子線の橋脚、その先では引上線として残る旧線がみつけられた。
川原湯温泉では今回も行き違いで、わずかに見える湖面に向け写真を撮る。
帰りはなんだか行き違いが多くて、ちまちまと停まる。
そして考えることもなく車窓を眺めていると、幸せすぎて「ずっとこのままで居たい」とさえ思ったりもする。
ちなみに、親は親で観光地に出かけたらしい。
じいさん、ばあさんの写真とともに撮った観光地の写真が送られてきて、
夫婦には子供なり老人なり慈しむ存在がないと、関係性が保てなくなるのかなと思ったりする。
そんな詮無いことばかり考えないよう、Vtuberの雑談を聞きつつ、平野が広がれば渋川に戻る。
まともなものが食いたく、今回は菓子パンで済まさず、中華屋で豚キムチ定食。
そして、飲み物買っての上信電鉄は建物のすき間を縫うような改札口。
車両は107系の改造らしいが、LEDはフルカラーで行先案内もディスプレイ化され、手間暇かかっている感じ。
でもトイレは不可か。
車両所には剥がれる古き車両も見て、街を抜けては新幹線下からねじるようにして川を越える。
スピードはゆっくりなのに、線路の整備がいまいちなのか、左右に振られて轟音がある。
車窓は吾妻線と比べると、山々に挟まれるというか囲まれるといったくらい。
住宅もそれなりに多く、昼間のワンマン運用ながら乗降は細かくある。
吉井からはひたすらまっすぐなのにやはりスピードは緩く、車両は揺れる。
上州福島はほぼ中間ゆえ、行き違い。駅舎はホーローの駅名標だったりしてそれなりに古い。
上州一之宮ではきついカーブから、同じ方向に折れた川幅を高いところから眺める。
そしてラストの千平からは、鏑川の渓谷と急峻な山肌に挟まれ、スリルさえ感じる空間をこわごわと進んでいく。
ここはさすがに相当(体感で20km/hくらいか?)減速するようだ。
山肌を回り込んでは下仁田駅に着く。
駅名標と山々を合わせて撮っては、車線もない駅前から5つものコミュニティバスが入れ替わりに発車する(列車に合わせるので当然か)。
乗り潰しは14時台ながら早くも終わりなので、折り返し便では帰らず、
バス待合室で時刻表の少なさ(6系統+南牧村便があるが、休日は4便ずつしかない。
乗合タクシーに至っては曜日運行!)をじっくり見ては、廃墟かわからない昭和な建物とか、
旅館がこんにゃく料理を出すとか、河原で人々が水遊びをする遠景を見るとかして駅に戻る。
上州富岡は名所に合わせてか、新しい建物で屋根が高く作ってあるのも知る。
行きは乗るべき列車があったから急いだが、帰りは急ぐ理由もない。
酒飲むかは迷ったが、暑さによって酔ったような頭のかすみがあり、辞める。
車両区には吾妻線で見た砂利運ぶ車両が複数居て、SLも構内で入れ替えしていた。
烏川を越えた光景には見覚えがあり、やっぱり一度来たことあるなと思える。
そして車窓も気になるのだが、暑さからの疲れで眠くなる。
こんなんではダメだと、短編で興味がキレギレとなるゆえ、まだ読み終わらない「異常論文」を読み出す。
「ザムザの羽」は感情的に来るものがあり、「論文」として並ぶ中では特に面白かった。
そして横浜は19時前であり、さすがに薄暗くなる。
帰っては速攻でシャワーを浴び、20時には楽しみな議席予測を聞く。