はてなキーワード: 合唱とは
中学の時に隣のクラスが歌っていた「ひめゆりの塔」の合唱をいま聴くと、歌詞全体にちょっとした違和感がある。
たとえば「心優しいナイチンゲール」みたいな表現に象徴されるんだけど、ひめゆり学徒って、単に優しい少女たち、という話ではないはず。
女子師範とか第一高女の生徒で、当時の沖縄でそこに行けるのは普通に選ばれた層だと思う。将来は教師とかになって、地域を支える側の人たち。
それが戦場に動員されて、本来あったはずの人生が途中で切れてる。
でも歌詞はどうしても、優しさとか献身みたいな方向に寄っていく。
それだと、「なぜそこにいたのか」という構造が見えにくくなる気がする。
あともう一つ。ひめゆりの話が語り継がれるのは当然だけど、彼女たちは教育を受けていた分、言葉にできたし、戦後にそれを伝える回路もあったはず。
逆に、語ることすらできなかった人たちはたくさんいたと思う。家族ごと亡くなった人とか、そもそも記録なんて残せない人とか。
摩文仁で手を合わせるのは、そういう「名前も残らなかった人たち」を含めて考えるために重要だと思う。
一方で、学校の跡地に立つと、「ここから来て、ここで終わったのか」という線が見えてくる。
その両方を行き来しないと、実感がうまく結びつかない気がしている。
ロシア系ハッカーによる脆弱性悪用の話題になるたびに、有識者()が決まって「TP-Linkをやめろ」と言い出す。この流れはさすがに見飽きたし、もはや反射で喋っているようにすら見える。
しかし実際には「やめろ」の大合唱ばかりで、代替メーカーや現実的な対策への言及はほとんどない。ネトウヨと同じようなことしか言えず、議論としての水準はかなり低い。
ただ不満をぶつけたいだけ、あるいは知識の乏しい層を見下したいだけなら、それは単なるブリリアントジャークでしかないだろ。せめて「何にどうリスクがあるのか」くらいは整理してから発言しろ。
そもそもTP-Linkの無線機器は世界的に見てシェアが非常に高い。普及台数が多ければハッカー集団から狙われやすくなるのは当然であり、それ自体をもって危険性の証明のように語るのも雑すぎる。
一般向けネットワーク機器のユーザーの多くは、機器の運用までは理解していない。せいぜい機能面を把握する程度で、ファームウェア更新などの運用は軽視される、というかそもそも知らない。結果として、製品選択は価格に強く依存する。
このような状況だと「中国企業だから避ける」といった感情的判断くらいしかTP-Link忌避にはワークしない。
一応、TP-Linkを忌避する理由を挙げる人もいる。代表的なのは福岡大学のNTPサーバーに過負荷を与えた件。
ただし、この事例を一般ユーザーへの説得材料として使うには弱い。よく分からん技術用語で早口オタク説明された所で自分ごととして受け止められにくいからだ。かといって説明を適当に端折れば「あーこの人は中国企業嫌いなんだなあ(まあ買うけど)」という受け取られ方をする場合もある。
結局のところ、価格が主要な判断基準となるネットワーク機器において、それを上回る説得力ある理由を提示するのは難しい。にもかかわらず「とにかくやめろ」で思考停止している限り、大衆は騙され続けるし、テック系有識者の気持ちいい流れは再演され続けるだろう。
大衆は答えが欲しい。
ことセキュリティにおいては価格を超える「とりあえず、このメーカーのこの機種買っておけばええ」のような知識のない者も真似できる「答え」が必要だと私は考える。
というわけで往復40km程度の早朝サイクリング行ってきたぜ
朝4時に這い出しインスタントラーメン食って出動、暗い中で景色も糞も無く車も少なく観音様の元へとひた走る
やることなさすぎてひたすら歌う
黒のパンダが車でハゲを轢き飛ばし~♪渚のバルコニーで脱糞~♪走る走る~俺様~ウンコ行きたいけど田舎~♪
誰も聞いてないと思って幼児まで退行する
道中で買ったローソンの紅はるかのスティックパイ4本入り178円をちょこちょこ食べる
いやあ山はいいな、道中の桜が綺麗でさあ
ホーホケキョ(高音)ホーホケキョ(中音)ホー ホキョ
俺も口笛で合唱に混じらせてもらったわ
ホー ホケキョ
哀しくなるよな、会社での俺じゃん
だんだん腹立ってきてさ
もちろん無視されてさ
山って現実を味あわせてくるよな
こういう喫茶店ってあるよな
デカめの洋楽やジャズかけてて非日常感出してきて最初の20分はいいんだけどだんだんクソほどうるさくなってくるやつ
それと同じ
同じか?これもうわからんな
大自然は俺のことなんか気にかけやしない、俺なんてどうでもいい生物
だからこそ俺のことを気にかけてくれる人はありがたいものなのだと
もちろん無視されたけどな
それ一体だけじゃなくてや真ん中に何体かあるわけ
全部拝んで願い事したよ
もちシカトされたけど
あいつら人の姿してる癖に何も言わんわ
ってボケても「そりゃ石だしな」って誰もツッコんでくれないの
一人、これからもずっと
どうやってんだか
でよ、あの手の寺社といえば100円おみくじじゃん?3回連続で末吉よ
納得いかなかったんで隣にあった別のおみくじ(200円)引いたらまた末吉
すごない?
おっ観音様?流石観音、数ある観音の中から参拝しに来てくれたお客様に対して一切接待せんな???客に媚びないその姿勢、その神性に人々は敬服するんだわな??
もう一回また別の100円みくじ引いたら末吉、おい観音!!!!
トリプル末吉よ?(1/6)^3ってすごない?もちろんおみくじセットの内訳わかんねえし厳密には違うだろうけどよ
運がいいんだか悪いんだか
いやそこじゃねえか
どれもこれも「仕事うまくいかねえぞ自己判断せず他人に相談しろ」「健康診断受けるべきはこの時やぞ」「待ち人とはうまくいかんぞ」とかどれもこれも酷い言われようだったんで
シロクマ先生が『なぜ彼らは脱オタクファッションに失敗したのか』 的な記事あげてたけど、ファッションについて詳しく語っているわけではない著書を参考にしてきて首を傾げた。
「なんでその話を、その観点から語ろうとするんだ」って感じの記事をシロクマ先生はよく書いてる印象だけど、ただ実のところ今回は全く的外れってわけでもない。
そうしてでた見解が、擦り倒された無個性ファッションのノウハウを焼き増しでしかなく、ファッションに詳しい人たちはより直接的かつ具体的に語ってきたことだけどな~とは思うけど。
でも、はてブの人たちのファッション感度ってシロクマ先生と近い人が多い印象なので、身内でワイワイする分には丁度いいのかも。
ちなみに俺は「当時あれらにしっかりとした基盤、体系からのアプローチが不足していた」のが要因だと思ってる。
あれらはオタクのあるあるファッションをNG設定にすることが前提で、当時の主流スタイルをとにかくやらせるってのばかりだった。
ああしろこうしろ、あれはダメこれはダメというその場しのぎの説明が前面に出ていて。
「1+1=2です」です、「2-1=1です」、「1+1=3ではありません」じゃなくて、足し算や引き算のやり方を教えないといけないのに。
ファッションは流動性の高い分野だから、応用の利かない教え方をしたら容易くボタンをかけちがえる。
そうならないようコンテキストを理解しないといけないし、そのためには知識を蓄え続ける必要がある。
例えば近年あったスニーカーローファーの流行ひとつとっても、まずローファー自体が流行ってたって前提を踏まえておく必要があるわけ。
じゃあなんでローファーが流行ったかっていうと、スタイルの流行がストリートからクラシックへ変わっていく途中だったから。
でも、そういうものってすぐに切り替わるわけじゃなくて、上から下へ、ゆっくりと流れていく。
だから厚底のスニーカーから、いきなりクラシックなドレスシューズが流行るわけじゃなくて、段階的にまずはローテクなレザースニーカーだったり、カジュアルよりなローファーが間に入ってくる。
その過程を知っていたら、スニーカーローファーがでてくるのも不思議じゃないことは分かるよね。
しかもスニーカーブームが落ちつきつつある時期だから、スニーカーのメーカーはそこに注力して売れるなら売りたい。
だからガンガン作るし、供給スピードが早ければ、あっという間に市場に広まる。
つまり“流行りきる”のが早いってわけで、その流れを把握していたら「スニーカーローファーのブームは寿命が短い」ってのは自ずと予測できる。
流行ってのは、その分野を良く知らない人にまで認知された時が終わりの始まり。
でもファッションを“点”で見ている人は「いきなりよく分からないものが流行って、よく分からないうちに廃れた」ように映る。
基礎知識を踏まえつつ、アンテナを張って、アップデートして、点と点を線でつないでいけば何ら不思議じゃない現象なんだけどね。
あえて一言でいうならば“リテラシー”がどれだけあるかって話。
リテラシーが求められるのって、何もファッションに限ったことではない。
それこそオタクならサブカルとか、にわか仕込みの知識を披露したり、周回遅れのことをいってる輩にどのような反応をしてきたか、されてきたか。
話題のアニメの感想を呟き、連載中の漫画の感想を1話ごとにコメントするような人間が、ファッションにもトレンドがあることは軽んじる。
通常なら働きやすい理性が、ことファッションになると鈍くなったり、そういう言説に同調したがる人が増える。
つまりファッションのスタート地点には自然と立てているから距離感を間違ってしまう。
そのスタート地点から進むためには、普段から“運動”していないとマトモに走り続けることができない。
でも、それって体力も根気もいるし、ゴールなんてない。
さっきのスニーカーローファーの流行を説明するだけでも、順を追って語ろうとするとあれだけ書かないといけない(まるでファッション分かってない人相手だと、あれでも不十分だし)。
だから説明する側は「ある程度は分かってる人」や「前向きに関わろうとしている人」向けの語りをする。
そうじゃない人は今すぐできて、楽で、それやってたら一生OKみたいな正解を求める。
そこに溝ができて、埋まらない、深まっていく。
まあ、それを怠惰と責めるのもお門違いだけど。
しかも日本の学校は大半が制服だから、そんなこと意識する必要もないまま大人になれるわけで。
なのに、いざ大人になったらファッションセンスがないだの、ダサいだのいわれる。
そりゃあ「ファッションは自由だ」とか「ダサいとかそういうの気にする奴の方がダサいんだ」みたいな定型句に頼りたくもなるよ。
必要に迫られてこなかったものを今さら迫られたところで、ねえ。
それにファッションに限らず、あらゆる分野はピラミッド構造で、関心の低い人ほどたくさんいる。
上層の提言は「お高くとまりやがって」って感じ、下層では「好きなもの着ればいい」の大合唱ができやすい。
そんな環境でオシャレに前向きになるのは難しい。
あと、こういう話のとき、“昔はファッション頑張ってた系”の人が出しゃばってくるの厄介だよなあ。
さっきも書いたけどファッションは流動性が高いから、昔の経験で語られても困るというか。
ところどころ言っていることは正しいんだけど、現状を踏まえてないから微妙にズレてて訂正や補足が面倒だし、リテラシーがない人は全面的に信じちゃうし。
そういえば、最近きつつあるプレッピーやクラシックのようなスタイルを、ノームコアとかいってる人がいたなあ。
クワイエットラグジュアリーのときもノームコアだのいってる人いたけど、派手じゃないスタイルは全部ノームコアに見えちゃうのかな。
……うーん、余談ばかりになってきて書くのも飽きてきたので、今回はここらで終わり~っと。
真空ジェシカが好き。
地方住みだったから、当時やっていた自主ラジオを聴いて、SNSのレポを見て、2、3ヶ月に一度くらいの頻度で新幹線に乗って東京へライブを見に行くくらいのライトなファン。
当時は、YouTubeで「真空ジェシカ」と検索しても無断転載された学生HEROESの賽の河原のネタしか出てこなかった。
周りの友達からは、『石を積んでる人たち』として認識されていた。
常連組と呼ばれるようになってからは、家族や職場の人に真空ジェシカが当たり前に通じるようになった。
中学生の時、合唱祭で震えながら立ったあのステージに、2人が立っている。
成人式の時、後ろの方の席に座れてホッとしていたあのホールで、私は自分の席運のなさを心底呪っていた。
好きな芸人が、M-1で結果を残して無名(もちろん当時からライブシーンでは有名だったけど、地方にそんな常識はないので無名とさせてほしい)から売れることってあるんだ。
新幹線に乗って見に行っていた人たちが、新幹線に乗って来てくれる人たちになった。
その内にYouTubeで「真空ジェシカ」と検索しても賽の河原のネタは出てこなくなり、代わりに、tiktokで「真空ジェシカ」と検索すると、倍速のアイドルソングに乗せて白い靄がかった2人の写真が次々に出てくるようになった。
ある時から、ラジオで川北が、ナニッとかウソダロ!?とか言うようになった。
ガクはすぐにそれが「カナメストーンの山口さん」の口癖だと教えてくれた。
彼らのことは東京のライブで何度か見たことがあった。高い声でツッコむ、どこか騒がしい二人。
大喜利的なネタが好きな私には、正直、あまりピンとこなかった。
「川北さんのいつものお気に入りフレーズか」程度に、聞き流していた。
しかし、真空ジェシカ、ママタルト、カナメストーンの3組による東名阪ツアーで、決定的な違和感に直面した。
久しぶりに見たカナメストーンのネタが、やっぱり、どうしても、好みじゃない。
その輪の中に自分が入れないことを、まざまざと見せつけられているような疎外感。
けれど客席は沸いている。面白いネタなのだ。それは理解できる。
こういうことを書くと「芸人のネタを上から評価している」と思われるかもしれないが、違う。
悔しい。
お笑いファンなんて、笑えるネタが多ければ多いほど幸せに決まっている。
それなのに、私はカナメストーンで笑えない。
少し上の世代の芸人たちが放つ「あるある」を理解するために、私は必死で教養を積んできた。
ジャンプ作品を読破し、『HUNTER×HUNTER』も『スラムダンク』も履修した。『全裸監督』も『サンクチュアリ』も『地面師たち』も、一気見した。
この作品の先には「未来の笑い」があると信じて、興味が持てない作品でも食らいついてきた。
これは余談だけど、今芸人メロいランキングで楽しめないお笑いファンたちがすごく可哀想に思える。
あんな一大コンテンツ、絶対に笑えたほうが楽しいのに、苦言を呈している人が多くてびっくりした。
あとFAを描いている人がそんな事を言っていたのにも驚いた。
話を戻します。
私にとってカナメストーンは、もはや「真空ジェシカの元ネタを理解するための履修科目」というコンテンツに成り果てていた。
川北が面白いと信じる人たち。人間的な魅力があることもわかる。けれど、ネタはどうしても刺さらない。
けれど、改めてどこで笑ったらいいかわからないことを再確認させられるだけだった。
別に面白くないわけじゃないんだけど、少年漫画の本筋とは絶対に関係ない日常パート見させられてるような、あの感じ。
真空ジェシカ、ママタルト、カナメストーンの3組が準決勝へ進出。
直前の漫才興行で、最終決戦でこの3組が残ったらアツいよな、と言っていたからさすがにこれは興奮した。
でも同時に3組同時の決勝進出は難しいとも思っていた。
発表直後は、「めぞんよりもカナメストーンやネコニスズを決勝に上げろ」と言った声も聞こえてきたが、幸運なことに準決勝を現地で見ていた(関係者や招待客の近くだった)身としては、納得の選出だった。
と、思っていたのだけれど。
きっと客席にはカナメストーンの内輪側のお客さんがたくさんいて、ラストイヤーなのも相まって(黒帯も大王に買ったし)、大爆発が起きたのかもしれない。
若しくは、あのときの令和ロマンファンがミキへの恨みを忘れていなかったのかも。
最終的には芸人審査員が入れたんだし、ファンの多いコンビに票が集まるのは自然なことだから別に結果が不満というわけではない。
でも、M-1を見に来てるカナメストーンのファンって、多分元を辿れば真空ジェシカのファンだったんじゃないかと思う。
まーごめの時もそうだったけど。
こんなのもうAwichじゃん。
M-1に出られても全然人気が出ないコンビもいる一方で、このファンの付き方はカナメストーンの2人にお笑いファンを魅了する力があったからなんだと思う。
なんとなく、みんながカナメストーンを知ったら私と同じように困惑する人が出てくるんじゃないかと思っていたんだけど。
M-1ツアーで隣に座っていたマダムがカナメストーンで腹を抱えて笑っている姿を見て、「なんだやっぱり私が笑えないだけなのか」とショックを受けた。
私もカナメストーンで笑いたい。
お前にはカナメストーンで笑うセンスがないのだと、突きつけられている気分だった。
一体なんのコンテンツを履修したら、カナメストーンで笑えるようになるのだろう。
という日記を書いている途中に、何かとんでもない炎上が起きていた。
funnyじゃなくてinterestingのほうで。
考えさせられるし。
でも。
これが、カナメストーンを追いかけるファン当事者だったら笑えなかったのだろう。
川北のネタを理解するためではなく、この炎上を楽しむために今までカナメストーンを観ていたのかもしれない。
なんだかやる気が出てきました。
60歳で雇用延長せずに大手企業をきっぱり辞めて地元に帰ってきて、幼なじみの会社に事実上の雇われ社長として入社。
培ったスキルを使って会社を手伝い、倒産ギリギリの会社を見事に第二創業させて、新工場建設して道筋をつけたところで70手前で幼なじみの社長とともに若手に事業を売却していわゆるEXITと事業継承の中間のような事をした。
その後は個人事業主として地域の会社からの細々とした技術的な頼まれ仕事をしていると言うおっちゃん。
実は免許を持ってない。車社会の地元に帰ってきてから原付の免許をとって、しかし原付は使わずに電動アシスト自転車で片道50キロとか平気で走り回る鉄人であり
合唱団に入ったもの、旨く声が出ないという理由からなんとピアノを練習し始めて、合唱のアシスト伴奏をやっている。
本人はひたすらポジティブなほがらかなおっちゃんで、50手前で病気してからお酒を一切断っているが飲み屋が好きで毎晩飲み屋に行っては、焼酎抜きの緑茶割りを頼んではあちこちで食事をしており
ワイともそこで出会った。おっちゃん話面白すぎだろ、と思っていたところで名刺をもらって、名前でぐぐったらおっちゃんの経歴がマジモンだとわかって驚愕している。
色々視野が狭まってて、行き詰まっていたところで合唱団にもさそってもらて、自分も救ってもらった恩人。
で、おっちゃんのこといろいろ話をしている中で
「俺もおっちゃんみたいになりたいですわ。人生の目標にしてもいいっすかね」って何気なく行ったら、
泣かれた。
うーん
大人って泣かないもんだと思ってたけど、そうでもないんだな。
F先生は若い女性だった。よく笑う人だった。色白で目の充血が目立った。学年全体の合唱練習の時、ノリノリでみんなの前でマイクを持って歌う人だった。小柄でよく人にぶつかり、児童の足を踏むことがたびたびあった。要領が悪くて生徒を苛立たせたり、少しヒス気味だったりするところはあっても、F先生の特徴はそれぐらいだ。極端に嫌われる理由は先生にはなかった。私たちははけ口を欲していた。F先生でなくても誰でもよかったと思う。娯楽だった。
私は友人に混じって、毎日F先生を「デメキン」「早く死ね」と陰で笑って罵っていた。
心の底から笑っていた。呼吸困難になるほど爆笑していた。友達と笑い転げている時、罪悪感は全くなかった。
「死ね」「消えろ」という言葉は、笑いが止まらなくなる娯楽だった。
数年後、父の転勤に伴い私は地元を離れた。しばらくして小学校時代の友達A子に再会した。
A子は元6年✕組だ。まさにF先生の受け持ちのクラスにいたA子は、特にF先生を嫌悪していた。私が最もF先生の中傷で爆笑し、毎日のように盛り上がっていた友人がA子だった。
A子は激変していた。見ていて不安になるほど痩せ細っていた。小学校時代に受けたいじめが原因で、高校で心を病んだという。不登校になり留年をしたが、薬と食事療法で回復した。
母校の同級生たちの近況を詳しく教えてくれた。最後にA子は言った。
「F先生、去年亡くなったって」
その言葉には小6の時の憎悪は込められていなかった。ただ懐かしんでいた。
え、そうなんだ。
私もそれしか言えなかった。
それ以上聞けなかった。
以来、私は折に触れてF先生の死を思い出している。
私の「F先生のデメキン、早く死ね」が、先生を死に追いやった。
そう思う。
そうとしか思えない。
本人の前で言ったわけじゃない、陰で仲間と盛り上がっただけだ、とか、そういう問題ではない。私は言葉によってF先生を殺した。F先生を死に追いやった無数のナイフの1本になった。
ナイフを刺された人間はその痛みを忘れない。ナイフで刺した人間はあっけなくそんなこと忘れる。挙句、刺された人間からぶつけられる恨みや憎しみを「そんなこと早く忘れろ、みっともない」とさえ言う。
なぜ被害者の人生をめちゃくちゃにした加害者がのうのうと生きているのだろう。
私の母は、実の両親(私の祖父母にあたる)から虐待を受けて育った。そうして40過ぎに精神を病み、家から出られなくなった人だ。
母が病み始めたのは、ちょうどF先生が亡くなった知らせを聞いて一年くらいたった後だった。
私は祖父母を恨んだ。心から恨んだ。なぜ被害者の人生をめちゃくちゃにした加害者が、謝罪一つなく、のうのうと生きているのだろう。
早く死ねばいいのに。同じ苦しみを味わえばいいのに。
そう思った時、F先生のことを思い出した。
ずっと忘れていたF先生のことを。
私の恨みや憎しみが、そのまま自分に返ってきていた。
どうして私は生きてるんだろう。
同じ苦しみを味わい、早く死ぬべきだ。
私は人見知りだった。人の顔色を窺いまくるというか。自分が申し訳ない、と思うことに耐えられない。毎日F先生のことを思い出すわけではいし、むしろ忘れている時間の方が多い。
あれから、私には親しい友達がいない。誰かと仲良くなっても、ずっと心の底では恐ろしい。私は頑張って笑っている。謝ってばかりいる。ギャグ一つ言えない。
F先生のことがあったからかもしれないし、私のもともとの人見知りのせいなのかもしれない。
とにかく、私はあれから人を信じられずにいる。
母のことさえ、恨んでいる。
転校した高校で親しくしてくれた女の子がいた。馴染めずにいた私と手を繋いでくれた。刻名した万年筆をくれた。私が彼女を信じられずにこちらから裏切るような最悪な真似をして、喧嘩別れした。
母の心の病で学校に徐々に行けなくなっていた私を、熱心に支えてくれた恋人がいた。不安定な私は彼を信じられず、重荷に感じるようになり、別れた。
高校を卒業して、母と揉めるようになり、私は母を見捨てた。一人暮らしを始めた。
私は介護施設で働いた。高齢者の介助では自分が救われるような心地を覚えた。だが、新人の私は仕事の覚えが悪く、遅かった。馴染めなかった。先輩たちに認められずにいる状況に耐えられなかった。私は私を責め続けて、半年もたたずに辞めた。
私には最も好きだった友人がいた。彼女といると心がずっと動いていた。涙が出ることもあった。就職を機に一緒にルームシェアをして住み始めた。
私は最も好きな友人と一緒にいることに耐えられなくなった。好きだから耐えられなかった。耐えられなかった。介護施設を辞めて転職したことを機に、ルームシェアを解消した。
幸い、母は回復した。
家から出て働けるようになった。行政の福祉手当を受けて就労支援に通い、職を得た。
私は地元から離れた場所で、一人で暮らしている。友人も恋人もいない。
光田秀『眠れる予言者 エドガー・ケイシー』によれば、憎しみを憎しみで返してはいけない。業(カルマ)は愛と忍耐によって克服できるからだ。憎悪は良縁に変えられる。神は人間に克服できない業を与えない、と記してあった。
母は「あの人たち(両親)が早く死ねば私は楽になれるのに」と繰り返し零していた。
母は両親と縁を切っている。
私も少なからずそう思う。だが、母は心の底では本当は、「お前、そんなに辛かったのか。本当に悪かった。謝って許されることではないが、謝らせてくれ」と両親が母に寄り添うことを望んでいるのだと、私にはわかる。
F先生は何を望むんだろう。
龍が如くや悪役ざまぁみたいや路線でいけば、恐らく、自分を馬鹿にした子供らが大人になり幸福を知り、その幸福の頂点で転落し、ドン底の絶望を味わい救われることなく死んでいくのを望むのかもしれない。私は恐れている。
でも、そう思うこと自体、F先生に対する冒涜なのではないかとも感じる。
5年生のキャンプファイヤーでは、ファイヤーパフォーマンスのサプライズがあった。
5年生たちがぐるりと囲む焚き火の前にたった一人、小柄な女性が現れた。なんとF先生だった。
両手に長いトーチを持っていた。明るく燃えさかる炎を、F先生はジャグリングのように振り回して踊った。かっこよかった。私たちは最後、興奮して拍手を送った。
キャンプファイヤーが終わる。ぞろぞろと列をなしてテントに戻った。
私は火の消えた松明を持っていた。まだ楽しい気分が続いていた。松明はまだ熱く、先から煙がたなびくのがおもしろくて、振り回して遊んで歩いていた。「危ないよ!誰かに当たったらどうするの」と後ろから肩を叩かれた。F先生だった。
「もー、駄目だよ。あなた何組?」
混んでいる暗い山道だったから、F先生は私の顔がわからないみたいだった。どきどきして、怒られるのが怖かった。私は人波に流されるようにしてなんとかF先生から離れた。
私とF先生が話したのはそれきりだ。
https://b.hatena.ne.jp/entry/s/togetter.com/li/2663109
もともとは「高市総理は敵をdisらない」、「いやいや、支持者がdisっているだろう」みたいな話だったけど、この支持者によるdisりって政党が何かしようがしまいが勝手に起こるモノで、"外注"とは違うように思うんだよな。
"外注"って言うと悪い政治家が裏で糸を引いて支持者を操り、敵対政党を攻撃してるみたいになってしまう。
そして案の定というか、はてブみたいな特定党派への憎しみが強いところにそうした言説が流れ込むと、たちまち「○○党ガー」という陰謀論に変わっていく。
ブコメでは自民批判の大合唱だが、支持者による他党へのdisり合戦なんてどこもやってることでしょ。
主張に対する主観的な正しさのジャッジを除いて客観的に見れば、自民支持者だけが特別悪辣な言動をしていたとは思えないし。
なんなら、これは俺が左派寄りのエコーチェンバーにいるからそう感じるだけかもしれないが、「#ママ戦争止めてくるわ」(=自民は戦争をする党というdis)を筆頭に、バズらせ力なら左派の方が勝ってるくらいじゃないか? 結果はむしろマイナスに働いた感はあるが……。
物量に関しては圧倒的に自民支持者によるdisの方が多かったように見えるけど、これはそもそも民主主義における支持者による草の根応援活動って、もともと人気政党の方が参加する人数も増えて、勝ってる方をより勝たせる仕組みなので、悪辣さとはまた別な気がする。
(そうした偏りを生む仕組みを好ましくないモノとして一定の規制が必要では? という主張には一考の価値があるが、それはまた別の話なので置いておく)
陰謀論に傾倒するより考えるべきは、今回の選挙で「他党への批判は支持者がやってくれるから自分達は自己アピールに注力して多角的な選挙戦術を行った政党」は昇り調子で、逆に「支持者が他党批判をしているのに自分達まで批判に一生懸命になって有権者に食傷気味にさせ、しかも自己アピールが疎かになっていた政党」は結果が振るわなかったという、選挙における広報・マーケティング戦術の部分だと思う。