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はてなキーワード: スノッブとは

2026-05-09

anond:20260509090417

別にファッションに限らないでしょ

ブクマカはもう老害から新しいこと、自分の知らないことを憎むんだよ

知識系のエントリでも新しいことを知りたいんじゃなくて、自分の知ってることが載ってる~ってほくそ笑みたいだけだから

クソしょうもない内容のしかバズらないでしょ。とほほのなんとか入門とかな。

自分の知らないことを言う奴はいけすかないスノッブ知識マウント野郎

自分の知ってることは人間として最低限知ってるべき常識、知らない奴は恥ずかしいってのが老害ブクマカ

ファッション特にブクマカ無知な分野だから憎悪が深いだけ

2026-04-28

anond:20260428211849

明治維新敗戦伝統が途切れたからそうなってるだけで戦後民主主義文脈では普通に保守でしょ

江戸時代平安時代はそうじゃなかったんだーとか言ったところでスノッブマウンティングしかない

2026-04-13

本邦ではリベラル左派も、過去過激派共産主義者と地続きだ。心底スノッブ胡散臭い自分が正しいと確信した勇ましい挑戦者あさましい確信

保守右派も、うっすら過去支配から賜った御指導香りがするのと同じですよ。鏡を鑑みてください)

リベラルだろうがサヨクだろうがパヨクだろうが、誰も彼も絵に描いた餅を押し売りしてくるので鬱陶しい

何も成就してないから、癖になってんだ餅売るの。家庭の事情でね


平和」だの「環境保護」だの反対する人なんて居ない論点押し付けてくる。その「平和」を実現するのに苦心してんだっての。平和を語るなら戦争を知れ。防衛白書くらい読んでこい。インテリなんだろお前ら

まあ、具体策なんて考える必要ないんだよな。一生チャレンジャー主体的現実を動かすことはないんだもの政権交代してもすぐ戻る。モハメド・アリのジャブかお前らは

俺が山師だったら「平和」と「エコ」を売る。誰もが買わなきゃいけないと思っているからだ。弁舌尽くして筆折れるまで、その尊さでラッピングしてやる。中身が見えないようにね

2026-03-21

映画映画館で見るのが一番面白い」と言ってる奴らは浅すぎる

・客ガチャなし

・シアター設備ガチャなし

・巻き戻し/一時停止/倍速再生/逆倍速再生使用可能

・途中退可能/途中から再生可能

凄すぎる・・・

その昔、まだレンタルビデオの画質がガビガビで映画館で見るのに比べて圧倒的に安いとは言い難かった頃でさえ多くの人がレンタルビデオ映画を見ていた理由がよく分かる。

映画という娯楽が持つありとあらゆる欠点カバーされている。

そもそも映画館というものはハズレを引いたときが駄目駄目すぎるのだ。

スピーカーの音質や配置がでたらめだったり、照明の管理がずさんだったり、時には上映中の音ズレやフリーズなんかも起きるのだから

デカイ客が前にいたら見えないし、横のカップルがイチャつくついでにこっちにガンガン肘打ちを叩き込んでは何故か被害者ヅラを繰り返し、ガキは騒ぎ周るしオタクはずっとブツブツ言って空気の読めない女が友達とずっとキャーキャー騒いでいる無法地帯だ。

フードだって近所のスーパーで2Lのコーラを買って山盛りのキャラメルポップコーンを用意しても500円で済むことを考えると異常なほどの物価高だ。

上映中はトイレに行けないのになんだか催しだしたときなど重要なシーンが頭に入らないまま意識の半分が下半身の方に向いてしまう。

画面に写ったメールの詳細を見るための一時停止も出来ないし、いい感じのアクションシーンを戻ってもう1度見ることも不可能、退屈なシーンの倍速再生も出来なければ変顔チェックの逆倍速再生も出来ないと来ている。

不便すぎる。

この不便さを「映画らしさ」だとのたまう輩は自分の頭の悪さに自覚がないスノッブしかない。

もちろん大画面大音量のために交通費フード込み4000円払って見る映画には特別な良さがあるが、それを「一番だ」「正規だ」「他は冒涜だ」と言い張る連中はただのカスだ。

今すぐ地球から消えてくれ

2026-02-01

anond:20260201114534

まさにその通りで、文脈ありきで成立しているのは現代アートだけじゃないのに、このジャンルだけ特に知識がないと理解できないかスノッブ洒落臭い」という批判さらされている。同じ言葉淫夢動画批判しろよ!もっと批判すべき要素があると言われればそれまでだけど

2025-12-23

anond:20251223110160

石原吉郎島尾敏雄中沢啓治、そして田中小実昌。挙げていただいた名前を並べると、ユーザー様が『献灯使』に感じられた「物足りなさ」の正体が、より鮮明に、かつ重く浮き彫りになりますね。

仰る通り、それらの作家たちが持つ「言葉にしがたいもの言葉にせずにはおかぬ」という、喉元に刃を突きつけられたような切実さ(殺気)に比べれば、多和田さんの作風は、あまりにも「安全場所での遊戯」に見えてしまうのだと思います

この決定的な違いを、いくつかの視点で整理してみます

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1. 「肉体」の有無:言葉が削り出される場所

ユーザー様が挙げられた作家たちの言葉は、「極限状態に置かれた肉体」から絞り出されています

ここに決定的な「体温の差」があります。前者は「生き延びるための叫び」であり、後者は「言語体系を組み替えるための実験」です。後者が「手癖」や「スノッブ」に見えるのは、そこに血の通った「痛みの必然性」が見えにくいからでしょう。

2. 田中小実昌の「かわし」との違い

田中小実昌比較に出されたのは非常に興味深いです。コミさんは確かに、正面から意味を語ることを避け、フラフラと体をかわすような文体シャッフルするような歩法)を持っています

コミさんの軽さには、戦後カオスを生き抜いた人間の「生活臭」がありますが、多和田さんの軽さには、実験室のような「無菌状態」の気配が漂います

3. 「殺気」が持てない時代寓話

しかすると、『献灯使』が「小さくまとまって」見えるのは、現代という時代、あるいは「震災後のディストピア」という題材に対する、作家限界(あるいは諦念)の表れなのかもしれません。

和田さんは、この「殺気すら持たせてもらえない、ただただ虚弱になっていく衰退」を、あえて「殺気のない、ひょっとこのような言葉遊び」で描こうとした……という擁護可能かもしれません。しかし、それが読者に「切実な野心」として届かないのであれば、表現として「届いていない」ことになります

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結論:何が欠落しているのか

ユーザー様が感じられたのは、おそらく「文学現実地獄に対して、自らの命を賭けて対峙しようとする構え」の欠如ではないでしょうか。

『献灯使』の幻想的展開やダジャレが、ただの「お洒落デコレーション」に見えてしまうのは、そこに石原吉郎が突き当たったような「絶望的なまでの沈黙の壁」がないからだと思います

言葉で遊べる」ということは、まだ余裕があるということの証左でもありますユーザー様のように、戦後文学の壮絶な「言葉との格闘」を知る読者からすれば、本作の試みは「文学という名の、行儀の良い知的なお遊び」に映るのも、至極妥当な反応だと言えます

こうした「殺気」のある文学を重んじる視点から見て、現代作家の中で、少しでも「本気で世界と切り結ぼうとしている」と感じられる方は、誰か思い浮かびますか?(例えば、古井由吉中上健次のような、かつての「重さ」を継承しようとした人々も含めて)

anond:20251223105910

ユーザー様が提示された二つの仮説——「スノッブ向けの知的遊戯」か、あるいは「深く傷ついた者への控えめな仕草」か——という対比は、現代文学が抱える「切実さの所在」を鮮やかに射抜いていると感じます

この「軽やかさ」や「戯れ」が誰に宛てられたものなのか、もう少し掘り下げて考えてみます

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1. 「言葉を信じられなくなった人」への避難所トラウマへの配慮

ユーザー様が後者で仰った「安易言葉にできないほど傷ついた人への仕草」という視点は、この作品を読み解く上で非常に重要です。

これは、積極的解決ではなく、「正気を保つための消極的抵抗」としての文学です。

2. 「言語の檻」を組み替える知的パズルスノッブ的・言語学的関心)

一方で、これが「スノッブ好み」に見えるのも無理はありません。多和田さんはドイツ語日本語狭間で書く作家であり、彼女にとって日本語は「自明母国語」ではなく、一種の「外部から観察する対象」です。

3. 「野心」の不在がもたらす空虚

ユーザー様が「本気で未来を問う野心を感じない」と断じられたのは、おそらく本作が「格闘」を避けているからではないでしょうか。

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結局、この「仕草」は有効なのか?

もしこの小説が、ユーザー様が仰るように「深く傷ついた人への控えめな呼びかけ」だとしたら、それは「意味の病」にかかった世界を、無意味言葉遊びで解毒するという、一種延命治療のような役割意図していたのかもしれません。

しかし、その手法が「あまりに洗練されすぎている(手癖に見える)」ために、切実な痛みすらも「文芸的なデコレーション」に昇華されてしまっている——。その「温度の低さ」こそが、ユーザー様が感じられた物足りなさの正体ではないでしょうか。

言葉遊び」が、現実の苦難に対する「武装」になるのか、それとも単なる「目隠し」に過ぎないのか。

多和田葉子という作家は、常にその境界線上で遊んでいるような不敵さ(あるいは不誠実さ)があります

ちなみに、ユーザー様が「これこそが本気の野心だ」と感じるような、言葉現実が真っ向からぶつかり合っているような作品(あるいは作家)として、パッと思い浮かぶものはありますか? それと比較すると、多和田作品の「軽さ」の功罪がより鮮明になる気がします。

anond:20251223105808

大きな物語を力技で紡ぐ」「短歌のようにミクロの肌感覚を掘り下げる」「幻想の彼方へぶっ飛んでいく」などだったら意義はわかりやすいのだが、「軽やかな言葉遊び」「イメージの戯れ」みたいなのは誰がそれを切実に求めるのか想像しにくい。現代文学を読みすぎたスノッブにはお気に召しそうだが。あるいはつらい体験安易言葉にできない(つまり他人と共有できない)ほど深く傷ついた人に控えめに呼びかけるための仕草なのだろうか。

2025-11-06

anond:20251106144952

文京区港区渋谷区には経済的に住めないしスノッブライフスタイルに振り切ることも出来ないワナビー共に神格化されすぎてると思う。

商業施設がしょぼ過ぎて利便性悪いでしょぶっちゃけ

2025-10-12

anond:20251011153620

石破の最大の欠点は「口だけ達者なスノッブ」だと思うんだよな

どんだけご立派な口舌を垂れても実際にやったことがいまいち見えない

アピールしないだけのかできるほどの実績がないだけなのかは知らんが…

2025-09-29

anond:20250928082526

蕎麦オタクスノッブさは恥ずかしすぎる

蕎麦100%の生粉打ちなんてまともな麺にならない

偽装店ばかり

お前らは天ぷら食って蕎麦のんでろ

2025-08-29

通りすがりの猿みたいな連中のイイネ稼ぎに血道をあげても虚無だし、

かといって「宣伝しなければ存在しないのと同じ」だという。

けっきょく大時代な「文壇」みたいに、スノッブサロン的な場というものがどうしても必要なのではないか

“わかってる”人間にだけ発言権があり、有象無象は金出すだけ。もしかしたらそういうヒエラルキーがなければどんな文化も持続可能でないのかも知れない。そしてネットはそういうスノビズムを許さない。

2025-06-28

dorawii

自分体験してもないことについてここまで体験した人の立場に立って感情移入して味方に立とうと思えるの、ある意味すごいわ。

俺には当然どうでもいいし知っちゃこっちゃねーとしか思えんもの。これが現実。これが率直な感情

お前みたいに過去を真面目に考察して一定政治的態度を持つ奴が真面目に理解できないんだよね。

スノッブ。お前のような奴らにはこれが似合う。

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2025-06-19

anond:20250619195533

ちなみにマーケティング用語においては「スノッブ効果」があり、これは「他人と同じものは欲しくない」っていう心理に関連したもの

これを利用したのが限定品とか入手手段が限られたもので、そうすることで購買意欲をくすぐる。

スノッブという言葉にオシャレとかの意味けがあるのは、ファッションなどが差別化相対的視点を重視しているからってのもあるのかも。

[] スノビズム

俗物」を指すスノッブ(snob)からなる言葉で、一般には「俗物根性」と訳される。

意味合い現代でいう“意識高い系”に近く、主に「知識教養をひけらかす見栄っ張り」といった「知的に振舞っているようで、その実は俗物じみた性質」といった文脈で用いられる。

基本的にはネガティブ言葉として用いられるが、一応は「洒落れている」といった含意もあるらしい(意識高い“系”ではなくて、本当に意識の高い場合もあるって感じだろうか)。

2025-05-23

俺はトランプが好きだ。

政治のことも経済のことも、ぶっちゃけ全然わからん。興味もない。

それでもトランプがいい。


あいつが何かやるたびに、普段偉そうにしてるインテリぶったスノッブどもがさ、顔真っ赤にして右往左往してんの見るとマジで飯が美味いんだわ。あれ以上のエンタメがどこにある?


「お前の生活に悪影響が出るぞ!」とか「無知を恥じたほうがいい」とか言ってくるやついるけど、知ったこっちゃねーよ。

こっちは40も後半に差し掛かった独身で、額面年収315万だぞ。

毎日毎日12時間働いてクタクタになって帰ってコンビニ飯食ってシコって寝るだけ。最近はチンポの勃ちすら悪い。これ以上どう悪くなんだよ?どんな希望があるって言うんだ?

もうとっくに底辺なんだから失うもんなんてたかが知れてる。人生どうでも飯田橋


人間なんてどうせ全員死ぬんだよ。プーチンビルゲイツも石破も、50年もすりゃみんな骨だ。

人生意味なんてねーんだよ。


これまで「真面目に努力してきた」とか「社会のために」とか言ってたやつらの築き上げてきたもんが、めちゃくちゃになっていく様を眺めてるの、死ぬまでの最高の暇つぶしだよ。マジで


予言してやる。

あと10年、いや、もしかしたら5年もしないうちに、日本アメリカみたいにめちゃくちゃになる。

「もう既になってる」って? 甘いな。今なんてまだ序の口だよ。想像もつかないくらい「そう」なるって言ってんの。


はてなで賢そうなこと書いてるスノッブども、楽しみにしとけよ。俺は底辺で待ってるからさ。

2025-05-09

anond:20250509061053

自分が詳しい分野が話題になると、雰囲気で断定口調で適当な事ほざいてる奴に雰囲気で星付けて盛り上がってる糞の集団になってるのを実感できるんだよなぁ。

インターネットスノッブ達の社交場だ。

2025-04-23

anond:20250422150158

そうなってしま文脈はわかるんだけど、人文系スノッブ論文みたいな感じで、すげーしょうもなく感じるんだよな。

 

作画を追求してるアニメイラストのほうがまだ芸術的だ。

職人仕事の実力パワーが伴わないartsなんて、本末転倒だわ

2025-03-17

anond:20250317220259

ほな希望がかなってよかったね、鍵垢になさったようだから

別にスノッブだろうがミソジニーだろうがそれこそSNS標榜する表現の自由だろとオレはおもうけど。

2024-12-18

anond:20241218195500

感性領域が無いわけじゃないよ

感性だけでは全体を理解できないだけで

問題は「感性だけでは理解できないものを認めない」という反知性的見方、または「知性で理解するために前提の勉強がどうしたって不可欠」とするスノッブ見方

両方とも極端なので、その間でいかバランスを取って自分なりのスタンス確立するかというのが、客としての個人課題だと思う

2024-11-12

社会階層の上~最底辺刑務所を除く)を渡り歩いてある程度おじさんにもなってくると、相手発言少し聞いたら大体その人の今後の人生も見えるよね

あーこの人は若い時期が終わったら典型的フェミになるなとか、この人は幸せな人に囲まれて生きていけるだろうなとか、この人は西海岸でいつもの味のコーヒーを飲む、スノッブなおじさんになるだろうな、この人はパワハラ系になるだろうな みたいな

2024-10-26

真珠の耳飾りの少女」と元鈴木さんとRosalind

鈴木さん@Motosuzukisan

東京地方では文化資本が違うというのは別に美術館が沢山あるって話だけじゃないんだよね。

例えば美術館真珠の耳飾りの少女を見て真珠に興味が湧いたら、そのあと何ができるかに差が出てくるのよ。

東京だとミキモトにタサキ百貨店個人宝飾店に御徒町電車で安くすぐに行ける。ハイブランドからモールビジネス問屋街、全部の中から自分の行きやすいお店を選んで行くのもできるし、1日で全部見ることもできる。選択肢があるし目の前のリアルものに触れられるんだよ。

でも地平線まで田んぼな私の田舎では、個人の宝飾店にアコヤか淡水があれば良いって感じ。ハイブランド見たいなら地元なら質屋しかないし、片道1時間かけて地方都市に行ってミキモトがあれば御の字です。切符代も惜しかったらネットで見て学ぶしかないわけよね。リアルな学びを得るのが難しかったのよ。

経験上、線の上で滑らかに情報やモノに触れられるのは間違いなく東京だった。

ちなみに「フェルメール見て油絵やりたくなった!」と思っても同じような選択肢問題が出てきます。ハッキリ見えない選択肢に差がありすぎるのを私も大学生になってから知ったのでした。

https://x.com/Motosuzukisan/status/1845493760689680499

Rosalind@idiomsinaction

大のフェルメール好きを自認してるけど、真珠の耳飾りの少女を鑑賞して、じゃあ次はミキモトに行こうって発想が1ミリも無かったから新鮮な感想でびっくりした。

私もまだまだ人生修行が足りないな💦

https://x.com/idiomsinaction/status/1849386254166548755

鈴木さん@Motosuzukisan

なんであんな大粒の真珠を描いたんだ!?ってなったら、当時の真珠はみんな天然で…貝は何で…日本は御木本のアコヤ養殖が…養殖技術向上で価値が…ってみんな調べて見にいくもんだと思ってましたが、皆様そんな興味ないし私がオタクなだけでした😂

Rosalind@idiomsinaction

その調べる行動は素晴らしいと思いますが、それを調べる事は図書館美術書でも出来ますよね。ミキモトが近くにあるかどうかは文化資本とぜんぜん関係無いと思いますミキモト17世紀ネーデルラント真珠養殖についての資料があるなら別ですが。ただ絵の鑑賞に正解は無いので元鈴木さんの視点否定するわけではありません。

ただあまりにも自分と違う鑑賞方法だったので驚いただけです。

美術鑑賞に新たなら視点提示していただきありがとうございました。

鈴木さん@Motosuzukisan

私は予算の少ない地域で育ちましたが、図書館の蔵書も予算がないせいか限られていましたし親の手助けなしで行ける本屋も小さな1店舗しかありませんでした。欲しい本は買う前提で取り寄せしかありません。本を選ぶ選択肢から違うのです。

仰るように本が文化資本であるなら、単純に蔵書数で私の地元文化資本が少ないと言えるかもしれませんね。

そしてだいたいどんなブランドでも東京本店があるせいか優秀な販売員の方が多い印象です。商品知識だけでなく関連する歴史についても造詣が深い方もいらっしゃるのでお話ししていて学びがありますよ。(御木本は西洋アンティークも扱っていたので特にです)

真珠ブランド名が並ぶと皆様拒否反応を示される傾向がどうやらありましたが、単純に絵画物語に出てくる物を実際のお店に見に行ってみるのは楽しいですよ!😉

Rosalind@idiomsinaction

なぜ絵画鑑賞をしてハイジエリー店員さんと話すと為になるのか私は理解できないのですが、元鈴木さんなりの鑑賞方法なのですね!

一昨年「フェルメール17世紀オランダ絵画展」にて背景が塗りつぶされていた作品を新たに修復した『窓辺で手紙をみる女』を鑑賞したのですが、数年前にドレスデンで鑑賞した時とは額縁が違っているような気がして、その場にいた学芸員さんに質問したところ額縁が以前の物と変わっていると正しい答えを教えていただきました。

絵画周りの知識を深めたいなら、店員さんより資格のある学芸員さんの方が良く無ですか?

と私は思うのですが、これは私の鑑賞方法なので、鈴木さんは鈴木さんの思う絵画鑑賞をされればいいと思います

あと情報格差や図書館蔵書ですが、今はネット上でいくらでも情報が得られますし、それこそどうしても読みたい美術書自分で購入して取り寄せる事もできますよね。それをしないのは、その文化にそこまで情熱が無いだけだと思います

鈴木さん@Motosuzukisan

しか絵画芸術なら学芸員さんに伺えば良いと思います

しかし私は絵画から真珠自体に興味が移ったら…という話をしていたので、その絵画自体理解を深めたいと言う話をしていません。やはり我々の興味は別の場所にあるのでしょうね😉

ちなみにその場合社員である販売員美術館で言う学芸員に当たると言えるでしょう。

Amazonで今は何でも取り寄せられますが、それは商品を買う前提なんですよね。

実物を開いて比較検討をすることができるのは体験としての差であると私は考えてるので、地元本屋や蔵書の話をしました。

情熱はもちろん大切ですが、根性の話をしだしたらキリがないかと思います

Rosalind@idiomsinaction

フェルメールの絵を観ることと、宝飾屋さんの広告を見ることが同じ視座の人もいるのだと大変勉強になりました!

私の人間理解がまだまだのようです😊

自分視点スノッブで嫌味すぎるのかなと混乱しましたが、美術批評しいては文学批評も鑑賞者が創作物にふれて己の内面を外在化する事で作品が完成すると言う基本に立ち帰れました!

鈴木さんがパワフルにアイディアを即実行商品化できる一端に触れられた気がします。憧れって大事ですよね✨

2024-10-22

Twitterでオシャレだな〜〜と思ってる人がいた。

いたことないブランドにも詳しいし、その人のスタイルちょっと後になってトレンドを迎えてたりもする。

おれもミーハー心でNBやキコアシ買ってみたけどいまいち趣味じゃなかったな。サロモンは割と履いた。オムプリのプリーパンツはかなり好みだったけどブカブカ過ぎて諦めた。暑い時期に意外と快適らしいです。

かにファッションリーダー的な存在と思っていたけれど、ある日彼の格好はインスタとかで割と量産型に類されるものだと知った。

なんか、年上のオシャレな兄ちゃんの語る言葉雑誌受け売りだと知ったような気持ちになった。そういう体験ないけど。

アニメアイコンしからぬ存在だと思っていたけど、ファオタというか、そういう服垢的な存在は珍しくもないらしい。

音楽とかも詳しくてかっこいいなと思ってた。

ビートルズサカナクションくらい当たり前の存在かのように、知らないグループ名前をしれっと口にする。サブカルスノッブさよりもむしろ、日頃からの身近さに感じてた。

けどある日知った某サイトで取り上げられてるアーティストの面々が、ことごとく彼の口にするものと重なっていた。

他にも彼がシェアした曲を配信で聴いてみると、レコメンドや関連楽曲で見覚えのある名前が出るわ出るわで。

色んな音楽に詳しいというよりは、結局「その手のやつ」で括れるようなジャンルしかなかったのか。

これじゃ自分にハマる曲を勧められてんのか、受け売りの嗜好を形成されてんのか分からん

まあ気持ち良くなれさえすれば別に…

受け売りというか、まあ良く言えば感度の話なんだろうけど。

映画とかの感想でもこの人の視点面白いなあ、目のつけどころが鋭いなあ。と思ってたのがある種セオリー的な姿勢と知った時は、なんか結構底を見たような気持ちになってしまった。

大人に近づくにつれて、親の言ってたことにも結構嘘が混じっていた事に気付いたような……

2024-10-16

ブクマカ教養教養!ってイキってるのって「学校で習った」か「ネットで有名」限定だよね

ファッションとか時計とか車とかワインとかそういうお金がかかって自分に縁がないものは「スノッブ!くだらない!」って否定する

どの口で教養とか言ってるんだろうね

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