はてなキーワード: グラサンとは
偶然の確率というか不意に意図しない漢字変換が出てきたらクスッと笑うなんか自由旋律の俳句みたいなそんな感じの変換結果が繰り出されたら楽しいなって思っていた時期もあったんだけど、
変換を正しくするということにメインを置きすぎると真面目すぎる日本語変換システムになってしまって、
当たり前なものが当たり前に使えるようにならない?
この日本語変換使えないわよね!って
楽しんでいた頃が懐かしい、
まあ分かるよ一杯飲みな!って
おでんの屋台の大将はその日本語変換プログラムの訪れてきた客に、
一升瓶の冷酒を透明なといっても長年の年季が入っている、
そして、
大将は照れ隠しで「ちょっとその大根、底に沈んだ煮込みすぎたやつなんだよ」っていって大根をくれるの。
そんな大根はまだジューシーでとてもじゃ無いけど煮込みすぎとは言い難いだけどしっかりと味は染みている美味しい大根なの。
そうやっておでんの屋台にやって来た日本語変換プログラムの客は大将ごっそさんな!っていってちょうど2000円を千円札2枚で支払うの。
「お代は要らないよありがとな!」って
大将曰くお代はちょうど2000円だけどな!って言い返すのもなんだか野暮ってものだと思ったのか、
またきてねと言わんばかりの視線を日本語変換プログラムの去って行く背中に送るの。
そんな、
しらみつぶしに逐一誤変換の鬼のような修正がやって来ては正しくネクタイを締め直しました!って。
それじゃー日本語変換プログラムさんも首が苦しいってもんよね。
多少の遊び心がある、
効いたよね早めのパブロン!みたいな級のクスッと笑えるそして気の効いた感じの誤変換があってもいいと思うのよね。
男のロマンレシィピシリーズ掲載でお馴染みのdancyuも味わい深い誤変換だってことで、
とはいえ、
ふとマジでちょっとなんならタイピングミスもかましながらも変換する味わい深い誤変換が思わず笑っちゃうのよね。
だってさ、
タイピングの誤入力でも正しく直しますがこうですか?って提案してくれるモード発動するじゃない。
人間はもはやなにをもって誤変換を楽しめばいいのかしらって特集組んでもらってもいい時代はもうとうの昔のことのようよ。
軒並み川柳コンテストがAIが面白すぎ川柳を繰り出しすぎるから判定が人間かAIか分からなくなってきたから、
審査委員の一人でもある針すなお先生もヘッドホンを正しい形で装着しているんじゃなくて、
ヘッドホンのユーの字の底を頭の上に乗るように装着するんじゃなくって、
ヘッドホンのユーの字のそこの部分が顎の下に来るような、
もの凄く審査してますよ!ってヘッドホンの装着の仕方じゃない?
今流行の例えで言うところのケミストリーの川畑さんがお医者さんの診察するときの聴診器を耳に当てるように、
サングラスのツルを耳に引っかけてぶら下げるスタイルと同じなのよね。
いままでずーっとその体裁のそれが「堂珍スタイル」かと思ったらじゃない方の「川畑スタイル」だってことに今知ったの。
今度から街中でそういうサングラスのグラサンを聴診器のように逆に装着している感じのを堂珍スタイル!って心の中で間違わないように「川畑スタイル」だ!って即答できるようにしておきたいところよ。
でも街中でそんな堂珍スタイル、
わ!早速間違っちゃった。
川畑スタイルでサングラスのグラサンを聴診器のようにやってる人を見たことないのと同時に
なんか川畑さん自体もあんまり今はやってなさそうな気がするのよね。
帽子のキャップのツバを真っ直ぐにしないでちょっと横にずらして被るスタイルはあれはソールドアウト方式といっても過言ではないそれなんてウェカピポ?って振り向いて思わず言っちゃいそうだし、
赤いダウンジャケット着てたら正にウェカピポだわ。
そうやって、
なんか帽子のキャップのツバを正面じゃなくってちょっと横にずらしながら赤いダウンジャケットを着こなしていたら間違いなくソールドアウトさんたちを意識し過ぎていると思うのよね。
どちらにしても
この昨今の日本語変換プログラムの誤変換が許されないってのちょっと可哀想すぎるわって、
気の毒に思うのよね。
ときに
AIは間違いを犯すことがあります!って枕詞のようにそれ前提でAIを使ってねってのに倣って、
日本語変換プログラムもたまに間違いを犯すことがあります!っていったらそれはそれで可愛げがあるってものじゃない?
ファミリーレストランの配膳ロボットが多少失敗して豚汁のお椀をひっくり返してカーリングのストーンみたいに
お店の端から端まで美事にシャーっと滑らせるぐらいな勢いで豚汁のお椀をぶちまけたとしても、
まあ猫ちゃんだからいっかー!ってもれなく誰でも100パーセント許してくれるそんな優しい世界のように、
もっと日本語変換プログラムにも寛容さを求めても良いと思うわ。
きっと今開催されている日本語変換プログラムの誤変換大会の作品を募集して審査している人たちは、
すっかり最近少なくなってきた作品の応募に困っているはずだと思うのよね。
そんで、
「誤変換も少なくなってきましたし、そろそろ日本語誤変換大会も幕をおろしますか」って、
「ですなぁ」って委員長ちょっと寂しく思っていってるかも知れないわ。
そう今回が最後の誤変換大会が最後になるっていうところいい時期かも知れませんね、なんて言いながら。
全ての大会を終えた副委員長と委員長はおでんの屋台で一杯やっていきましょうか!って言うの。
これまでの大会の苦労とかの何年分のを労うかのように。
その先に来ていた二人連れの客が日本語誤変換大会の審査員長と副委員長だと知らずに。
そして何故か3人は話が盛り上がって意気投合しちゃって。
おでんの屋台の大将はそろそろお店終わりだよ閉店ガラガラガラってシャッターを閉める仕草をしようとするけれど屋台だからシャッター無いけどね!って半ば自虐的にそういったギャグを噛ますのと同時に、
今日は私はとても気分が良いですから私が皆さんの分を支払いますよ!って
お代に10000円を大将に差し出すと「おつりはいりませんよ」って。
大将は3人でおでんと冷酒とでちょうどお代が10000円だったのでおつりは出ないんだけど、
ありがとうございます!っておつりもいただいちゃって儲けたような体裁の顔をしつつ、
大将は思うの、
あとであの人が気が変わってやっぱり割り勘にしましょうって言ったとき10000円じゃ割り切れないから、
2でも3でも4でも5でも6でも綺麗に割り切れる12000円って言っておけば良かったかなって後悔するの。
そんな割り切れない思いをよそに、
今日が大将の長年やってきたおでんの屋台の最後の営業だったってことは
あの三人は知る由もないと思うわ。
うふふ。
やったー!今日も納豆巻きゲットで美味しくいただいた納豆のしっとりした糸引く美味しさ!
いや後引く美味しさ!って感じで
しっかり食べてしっかりお仕事よ!
心なしか毎朝私が納豆巻きを買っているからお店のPOSシステムが狂っているのか?
私は嬉しいけれど、
思わず2本買いたい気分になったけど、
納豆巻きは1日1本と決めているというか相場が決まっているので、
ちょっと名残惜しいけれど残った納豆巻きを見送って1本買っていつものように美味しくいただいたわ。
水出しルイボスティー!
いよいよ水出しルイボスティー稼働ですっきり美味しいレシィピ通りの作り方で
濃くもなく薄くもなくちょうどいい美味しい水出しルイボスティーができたわ!
ゴクゴク飲んで水分補給よ!
美味しいわー!
すいすいすいようび~
今日も頑張りましょう!
普通というか、それ以外をあまり知らなかった。水泳部のやつはみんなああいう小さい水着を穿くものだと思っていたし、小さいほどかっこいい、というのも別に誰も疑わなかった。恥ずかしいとか変だとか、そういう感じじゃない。水泳部なんだから、そんなもんだろ、というだけだった。
次の年には、それが急に変わった。
入ってきた後輩たちは最初からスパッツで、それが指定だと言われた。最初はみんな、なんか変なの、という違和感を顔に出していたのに、すぐ慣れた。こっちからすると、脚の途中まで布があるだけでずいぶん野暮ったく見えたけれど、向こうは向こうで、競パンのほうを昔のものみたいに見ていた。たった一年で、空気はきれいに入れ替わった。
俺たちの小さな競パンは恐竜で、後輩たちのスパッツは哺乳類。白亜紀末の大量絶滅についての授業中にぼんやり考えていた。
その境目の年に、あの先生がいた。
ふだんの先生は、とにかく怖かった。
パンチパーマにグラサン、よく焼けた黒い身体に太い首、ポロシャツの上からでもわかる胸板。学校の先生というより、どこかの組から間違って紛れ込んできたヤクザみたいだった。怒鳴り声なんか聞かなくても十分怖い。廊下の向こうから歩いてくるだけで、こっちが勝手に背筋を伸ばすような人だった。
一年の頃は、みんな本気でびびっていた。
「え、何あれ…」
「ヤクザ」
そんなことを小声で言って笑うくせに、誰も目は合わせない。サングラス越しに一回でもこっちを見られたら、それだけで黙った。
スイムキャップを被って、グラサンを外して、ゴーグルをつける。白い清潔な競パン姿になると、それだけで見え方がまるで違う。さっきまであんなに怖かった人から、ごちゃごちゃしたものが全部取れて、身体の線だけが残る。肩も胸も腹も、きれいに整って見えた。元水泳選手だとは聞いていたけれど、ああいう姿を見ると妙に納得した。水のそばに立っているときだけ、先生はほんとうにきれいだった。
もっと、すっきりしていた。立っているだけで形がいい。顔つきまで変わって見えて、ふだんは人殺しみたいなのに、プールサイドでは変に品があった。部活の顧問というより、大学の体育会にいる素敵な先輩みたいに見えることがあった。
ある日、先生がゴーグルを額にずらしたとき、大城がぼそっと言った。
「出た、シンデレラ」
近くのやつらが一瞬だけ黙って、それから肩を揺らした。
先生はたぶん聞こえていたと思う。でも何も言わなかった。怒るでもなく、ちょっとだけ口元が動いた気もした。その感じがまたおかしくて、大城は余計に笑っていた。
たしかに、そう見えたのだ。
キャップとゴーグルをつけているあいだだけ、先生は別人だった。怖いのに、妙にきれいで、ちゃんと見てしまう。こっちも男子校生のノリで適当なことを言うのだけれど、内心ではみんな少し感心していたと思う。
「腕だけで泳ぐな」とか。
「最後で雑になるな」とか。
先生の言うことはだいたいいつも同じだったけれど、誰がどこで手を抜いたかはちゃんと見ていた。見られているのがわかるから、みんな文句を言いながらも結局は従った。
練習が終わっても、すぐには帰らない。みんな競パンのまま座り込んで、水を蹴ったり、タオルを投げたり、どうでもいい話をしたりする。塩素の匂いが残っていて、まだ空は明るいのに、今日がもう終わる感じだけ先に来る。先生が近くにいると、そのだらけた空気も少しだけ締まった。
でも、その時間も長くは続かない。
ぺたっと押さえられていた髪が戻ってきて、パンチパーマが少しずつ形を取り戻していく。そこにサングラスまでかけたら、もう終わりだった。ついさっきまでプールサイドで妙にきれいに見えていたモデルみたいなお兄さんが、見る見るうちにいつものヤクザみたいなおっさんへ戻っていく。その過程を、大城はいつも「魔法が解けた」と言った。
ほんとに、そんな感じだった。
「おい、片づけ」
やっぱり怖いのだ。でも、嫌いではなかった。
翌年、後輩たちはみんなスパッツだった。
それだけで、もう別の時代みたいだった。
今でもたまに思い出す。
ネットフリックスが満を持して手掛けた『超かぐや姫!』がゴミだった。
まあまず『ワールドイズマイン』や有名ボカロ曲を使ったプロモーションを全面に押し出してきていた時点で怪しいものを感じていた人は多いと思うのだが、
その予感は当たっていましたね。
「百合っぽければいいんでしょ」とか「長い時間をかけて思いを募らせてればいいんでしょ」、「とりあえずライブ入れておけばいいんでしょ」
という、現代の客をナメてナメて舐め腐った作り手の意識が出尽くしてしまった、典型的な『若者舐めてる系』の創作である。
いやまあ、実際のボカロ曲の選定を見るに、自分を10代だと思い込んでいる30代とか40代のおっさんとおばさんがメインターゲットなのは明らかなのだが。
ちなみに俺はアニメは一応2回見て小説版は見て、ガイドブックを参考にこのレビューを書いている。
※ガイドブックは絵もテキストもクソ浅い情報しか載ってないのに3000円以上も取るのかよ、という客をナメたものなので買うのは推奨しない。
☆良かった所
・曲、声優の演技
■悪かった所
シナリオ、キャラクターを中心とした「良かった所」以外の全てがゴミ
■シナリオについて
ガイドブックによるとメイン声優陣が「複雑すぎる話を最初は飲み込めなくて~」と言ったことを全員語っているが、それはまあその通りである。
この話にシナリオなんてものはほとんどないからだ。っぽくしているだけで、ぶっちゃけ大したことはやってないというかシナリオ構造自体が破綻しているのだからキャラの想いなんてものはなくて当然である。
複雑なんじゃなくてシナリオになってないのだ。というか、キャラクターの行動原理がわからないのだから当然だろう。最初から製作陣がわかっていないものを説明しろと言われても無理なものは無理なのである。
なんでこいつら配信してんの?いやまあ表層的なことはわかりますよ。歌に救われた(笑)とか、推しに救われた(笑)からだよな。
まあ、それならそれでしっかりそれを描いてくれないと説得力がないんですよね。
そういう人間の過程を描く能力がないから、チラ見せしてそれっぽい視聴者の都合のいい妄想に頼ってるんだよな。
「能力がなくてやれなかったこと」を「あえてやらなかった」って言うのやめません?「ストレスフルな展開はあえて外しました」じゃないんだよね。
単純にキャラクター設定が適当で、話の構造作りも適当だから、ちゃんと人間の関係性描くことができなかっただけですよね。
要するに人間と人間の機微なんてものを描く能力がないんですよ。監督に、脚本に、スタッフに。
■キャラクターについて
それなのにインタビューによれば監督は「人間同士の密接な結びつき」を書きたいらしい。
それで、その密接な結びつきとやらはどこにあったのだろうか?
こいつら、結局なんで仲良くなってんの?お互いがお互いを必要とする理由って何?なんで配信者やりたいの?結局さ、人間が描けてないんだよね。
彩葉は趣味バイトやりながら東大合格余裕で、ゲームはプロゲーマー級、実のお兄ちゃんは超人気ライバーという「悩み」があるのも烏滸がましいレベルの超人である。
いや、わかるよ、苦労してるところを人に見せまいとしたり、父親の死(笑)とか母親との衝突(笑)があったもんな。悩む悩む。ダイジェストでやられたからしっかり伝わってきたよ。
俺も東大法学部余裕でゲームだけで稼げる腕があったら彩葉みたいな『周囲の空気を読む人間』になるわ。
やっぱね、そんなハイスペ人間なら、推しの歌だけを頼りに自分の辛さを覆い隠して笑う人間になっちゃうよね。わかるわかる。ならねえよ。アホかと。
まあ、ハイスペだから絡んでる友達もハイスペってのはリアリティあってよかったと思います。(友達連中は美容系インフルエンサー(笑))
そういうスペック高い人間以外は画面に映りすらしないのが監督の人柄がよ~く出てますわね。とても人生に悩む少女を描けていたのではないでしょうか。
カグヤやヤチヨの所も、もうね、浅いなどというものではない。
ヤチヨはなんとカグヤだった!8000年間、彩葉を待ち続けていたのだ!!!って言われてもねえ。
監督自身が言ってるように、『Fate』の士郎とエミヤの関係性やってみてえ!くらいの浅い思いつきでしかないな、と思いましたね。あーわかるわかる、何か8000年の時を経たことで
カグヤを見守る翁と媼になったんだよな。意味わかんねえ通り越して馬鹿なんじゃねえの?なんかそれ話として意味ある?ないよね?
それでやることが結局ライブかよ、という浅さね。こいつら何?ずっとアイドルやりたかったわけ?結局Vtuberとか配信文化ってものへの理解が浅いからこういう表現になっちゃうんだよな。
で、なんだっけ「キャラクターがいかに印象に残るか、生涯を通じて人格が変化していくことのエモさを書きたい」んでしたっけ。描けていましたか?
「自分が育てることになったわがまま娘が自分が推していたわがまま娘だった」ことが大変ドラマティックで、2時間使ったらしいのだが、何言ってんだって感じ。
そのギミックから逆算して話を作ってるせいで、いや、話になってませんよね、としか言いようがない。だってどこにドラマがあるのか描いてねえんだもん。
結局その「チラ見せ」でなんか都合のいい話を君の中で膨らませてくれ!ってスタイル、やるならやるでちゃんとやれよ。
2時間ちょいあれば『もののけ姫』くらいの肉厚な人間描写はできるんですよ?なんで出来ないんですか?スタッフ陣に才能ないからじゃないですか?
■それっぽさだけで構成された配信文化とゲーム文化と戦闘シーン
輝夜月から1ミリも進化してないVtuber像と、Apexやっとけばいいんでしょっていう浅い作中ゲームと、
なんかとりあえず戦っとけばいいんでしょ?っていう月人相手の戦闘シーンと、もうなんか突っ込むのもめんどくさいくらいのそれっぽさの集まり。
しかもそれぞれがストーリーに対して何の寄与もしてないという。配信者ものって、結局視聴者はバズるためだけの道具というか舞台装置みたいなもんだししゃーないんだが。
他の監督だったら最後の戦闘シーンはツクヨミの他の視聴者たちもカグヤのために立ち上がって戦うくらいのハッタリ・サービスは見せてくれてたというか、
カグヤやいろPの配信やSNSで繋がることの真の意味でのエモさみたいなのも描いてたと思うんですよね。まあ、この作品の製作陣は視聴者なんてどうでもいいと思ってるからそんなん必要ないか!
何回も言うけど舐めてんだよね、話を。「なんかエペっぽく戦ってるシーンあればエモいっしょ」くらいの舐め。「輝夜月っぽいことやってりゃバズんでしょ?」みたいな舐め。「有名ボカロ曲カバーさせときゃいいっしょ」みたいな舐め。
■「世の中への舐め」
『決めたら叶う』が基本なんだよね。この話。子供を育てることも、家族を説得して引っ越すことも、世界を席巻する仮想世界でトップの人気を得ることも、
因果の先でハッピーエンドにすること(笑)も、とにかく決めたら、あとはダイジェストでそれが叶えられていく。何故なら登場人物がハイスペだからです。という身も蓋もない話。
10年研究すれば完全な義体も作れるし、行くことを決めたら月の仕事を終わらせて地球に行くことも叶うし、カグヤとヤチヨのなんかよくわからん分裂?3人でハッピーになりたいみたいな都合のいい結末も叶う。
彩葉もカグヤもヤチヨも、全部『悩むけど決めたら全部叶う』が基本。まあこれはしょうがない。今のアニメ観てる視聴者層って何かを決めることがまるで一大事みたいに思いこんでるからね。
それに加えて、結局、監督の恵まれたエリート思想が見え隠れするよね。アニメを作る能力もある、予算もある。じゃあ何をするかというと決めることだけなんですよ。
「何をするか決定する」ことにこの物語は終始一番の価値を置いている。世の中の99割のゴミは何かを決めた所で実力とリソースの不足でそれが叶うことなんてないのにね。見てて悲しくなってしまったよ。
このアニメを見て少しでも何か感情的になったゴミは自分が何かを決定したところでハッピーエンドになんてたどり着けないことを胸に刻んで生きていこうな!
監督脚本の「こんなもんでよかんべ」という舐めが見えてくるのに、視聴者=ゴミは感動しちゃってるらしいので、その非対称性でホント悲しくなるよ。
細かい過程とか、情動とか、どうせ理解できないし、こんなもんでいいでしょ。キャラが何か悩むフリして、ライブ見せとけばいいんだよ。という『舐め』。
まあしょうがないか、こんなアニメで喜んじゃってる層は舐められるに値するよね。
「ワイズマ」に思い入れがあるならちゃんとライブシーン描けよ問題。
この「ワールドイズマイン」、山下監督たちスタッフが滅茶苦茶こだわっている部分らしく、初報のPVでも使ってるし、
早見沙織もインタビューで製作陣のおこだわりを語ったりしているのだがそれにも関わらず、『生歌収録(笑)』にこだわって、なんか微妙な歌と化している。
特に途中の面白グラサンをかけてかぐやがヤチヨに変な踊りを繰り出し、ヤチヨはそれを見て笑う…というシーンがあるのだが恥ずかしくて見ていられない。
陽キャに憧れた陰キャがカラオケでふざけてるのを見せられるような羞恥だ。歌ってる時に身内でギャハギャハ笑ってるアイドルとか誰が望んでるねん。
ていうか思い入れがある曲なら真面目に表現しろよ。終始、どこか照れてんだよね、この作品。結局、「配信見てる客」なんてどうでもいいっていう監督の精神性が現れてるよね。
何回も言うけど、『コンテンツを受容する側を舐めまくってる』ことがにじみ出てるシーンだと思いました。
ていうか百合やりたいのか知らねえけど取り合うシーンいる?歌えよ。歌を。ワールドイズマインだぞ、ワールドイズマイン。なんでちゃんと歌わねえんだよドブカス。
■総論
監督とPの『竜とそばかすの姫』のライブシーンだけ抽出して変な細田展開減らしたら受けるんじゃね?という目論見はある程度成功したと言えるだろう。
お話は2時間20分かけてやる内容ではないがキャラクターのエモーショナルにフォーカスしてMVとして見るといいんじゃないっすか?
豪華なMVだよね。竜とそばかすの姫から余計な要素抜いた感じ。
まあ、細田作品それっぽいエモさを褒めてたような人間が褒めるタイプの駄作。お前、サマーウォーズとか好きそうだよな笑
女が主軸で中身の大半がガールズトークみたいな話で、あとはちょっとした作画オタクがほめそやしてるだけ。
なんか派手なライブがあって、それっぽい推しがよくわからない感動的なことしてればそれで良いという、人モドキには向いてるんじゃないでしょうか。
ストーリーもバトルも配信もダンスも全部意味ないけどエモっぽければいいっていう、舐めた作品を見て情動が動くような人って何かが欠けてると思うんですよね。何が欠けてると思います?
長ったるい俺のレビューなんて読まなくていいよ。この一言だけ覚えて帰ってください。
お前には人生がない。
何かを決めるだけで全て叶うような浅い話に共感する、夢見がちな、自分を可能性に満ちた存在だと誤解してるゴミ。
そんな人間はそれこそ早く決めるべきだろ。その価値のない人生のような何かをどうするかを。
お前には人生がない。
えっ、いまさらそれ一本で戦いにくるんですか!?でもそんなにストレートにくるのは逆に新しいかも!って感じのスーパーナチュラルSFホラー映画だった。66点。
父と義母、義妹の4人でドイツのリゾート地に引っ越してきた主人公は今の家族とあまりうまくいっていない。なんとなくギクシャクしながらも、父の友人のねっとりした金持ちに誘われて彼のホテルで働き始める。ホテルではあちこちでゲボ吐いてる女が居たり、スカーフにサングラスの謎の女に追いかけられたり、お客さんと唐突にマリファナキメてレズりだしてホテルの金盗んで逃亡しようとしたら事故ったりいろいろあった後にこのリゾートの謎を追う刑事と知り合う。果たしてこのリゾートに秘められた謎とはなんなのか。
みたいな話。
もう唐突にネタバレしていくんだけど。まさか2024年にカッコウの生態一本で挑んでくる挑戦者がいるとは。
日本横断ウルトラクイズだったら「鳥に関する問題です。カッk」ピンポーン「托卵」ってなるくらいのベタ問でしょ。数限りない作品で引用されてきたし、数限りないエロ漫画のモチーフになってきた鳥クリシェオブクリシェのカッコウの托卵。ただこの映画のすごいところはそこから更に一歩進んで二歩下がって、このリゾートはカッコウ人間の繁殖保護観察地だったのだ!というトンデモ設定をぶち込んできたところ。カッコウの生態を倫理観の問題じゃなくて、ナマのそういう生態の新人類に託すとはやりおる。
習性として、カッコウ人間である義妹がバニシングツインであったり、意外と先に巣箱に生まれていた別種である姉とは共存できていたり、また他のカッコウ人間が鳴き声で周囲の人間の脳をハックするとかいろいろしっかり踏襲していたと思う。あとカッコウ人間の鳴き声で「同じ時間を繰り返す」能力はたぶん鳩時計(海外ではカッコウ時計と呼ばれている)のモチーフなのもわかる。
そしてストレートにカッコウ人間にしたことで、当初はむしろ自分がカッコウのように巣の中で一人だけ異分子感を持って苦しんでいた主人公が、母への留守電から義妹の優しさを知り、最終的にカッコウ人間という究極の異物である義妹を受け入れ女性パートナーという「母性という本能ではない」形で新しい家族を作るというエンドが決まってるのはよかった。まぁ両親はどこ行ったんや?という疑問はあるが。
ただ唐突にレズりだした時はなんやこれと思ったし(それはそれとして大好物です)、最終的に考えてももっと掘り下げようあったやろという女性パートナーも女性同士であれば托卵される心配もないので異性愛で世界が滅ぶという世界観に対するクィアカウンターやったんかな?個人的にはやかましいわ!って感じだけどそういうテーマもいいだろう。
そしてカッコウ人間をブリーディングしてたねっとり金持ちと、妻を托卵の際の現象で事故死させられてしまった刑事が主人公と義妹を挟んで「素晴らしい新人類なんだ!保護して繁殖させないといけない!」「そいつは悪魔だ殺すしかない!」と銃を突き付け合う展開は、今の日本の熊問題の環境保護過激派VS人間のほうが大事過激派の争いを彷彿とさせるし、もっとジャンプするなら移民問題にもつながる気がするしらんけど。
なにより映像がよくてねぇ(シミジミ)。開始してすぐに、あ、これフィルムで撮ってるんやなってわかるけど個人的には別にそれはどうでもよくて、俺別にフィルムに思い入れないし。
最初にウッってなったのが冒頭のトイレのシーンで主人公が共同トイレに入ると誰かがやってきてドアをガチャガチャするっていう一般的な驚かしがあってその後、その主が隣に移動するのを陰で見せる。そして壁を映してそこで絶妙な間があってカメラがズズズッと上に視点移動していく、当然上には隙間がある。コワすぎィ!
あとは何でもない主人公を映したショットなのになぜか主人公の奥の森の一部にカメラのピントがぬるっと合ってめっちゃ誰かがいる感出してきたり、夜に主人公が自転車で逃げてるシーンで主人公の正面からのショットと主人公と並行する風景のショットをカメラの振りの長回しで映すんだけどさ。並行する風景ではグラサン女が遠景の中とんでもない勢いでダッシュしてるのが見えて、また主人公の顔に戻って気付いてるの?いないの?ってなっててまた風景に戻るといない。そして主人公視点で自分の自転車の陰にふっと女と伸ばしてくる手の影が映る。コワすぎィ!
じわっとねっとりと怖い撮影がかなりすごいと思ったわね。
個人的にカッコウ人間の鳴き声攻撃を受けた時に画面が振動するのは今どき音をあらわすのにそのエフェクトなん?とは思っちゃったかな。
主人公は若い頃(フィフス・エレメントとか初代バイオハザード)のミラ・ヨヴォヴィッチみたいな尖ってるけど繊細な感じでよかった。ねっとり金持ちはいかにもすぎて逆にノイズ。こんなやつおらへんやろってちょっとなった。
そんなこんなで映像もよくてテーマ性もわかりやすくよくできてたけど、個人的にはもっとドカーンって感じの作品とかロジックや因果関係がはっきりしている作品のほうが好きなので、感想としてはよくできてるけど面白さはそこそこ!みたいな感じに落ち着いちゃったところはあるかな。あと、結局主人公と義妹の問題は何となく解決したけど、主人公と家族の問題は散々胸糞だった割にうやむやになっちゃうのもなんかビミョー。俺は好きだったけど、そもそもカッコウ人間ってなんやねん!ってなっちゃう人にはちょっと厳しいか。
マックス・ヘッドルームのアイツがグラサンかけて『ゼロワンショップ♬』てはしゃいでた頃なつかしい
ツ マ ン ネ
なにもかもが噛み合ってねぇ
ゼグノヴァは「ミノ粉を媒介にして世界間で質量をやり取りする」
今までは出力だったが、今度は入力です
ミノ粉を媒介にキラキラが起こると、ニュータイプの認知能力は極大化する(=刻が見える)
シュウジは向こう側の人
僕はララァのセカイをおわらせに来た
「そりゃわらうでしょ」の乱舞
もう、SWどころじゃない壊し方だよ
ララァとアムロの共鳴だったキラキラをミノ粉の不思議現象と再定義した
そこに正史のおっちゃん絡めるんだから、全く関連ありません顔はできない
なんだ「本来」って
どこに対しての「本来」だよ
赤いガンダムに搭載したソレと、別世界のエルメスのソレが、アレでナニしてキラキラです
エルメスは「時・間・凍・結」させました
(エルメスが自発的に時間凍結してるなら、変な管を外しただけで解除されるのがオカシイ)
外部から時間凍結させてるなら対応は謎装置でサイコミュ発動じゃなくt・・・
ソレを実現してソレに干渉するってどんだけだよ
シャロンの薔薇が過去に現れて、ソロモンのゼグノヴァでシャアと一緒に消失する
シャアはシロウズとして再登場、赤いガンダムもなぜだかあって、シュウジと邂逅
ソロモンの抉れた一部は?
あの質量が検知されないとかありえなくね?
出自のよくわからんシュウジを同士になってほしかったとか言うのだが
キシリアのシーンがハマーンのソレだったように、あのシーンの対比はアムロだよね
マチュに説明するそれらはまったく状況の説明になってなくて、視聴者がグラサンかけて「違う、そうじゃない」のポーズする有り様だよ
シロウズとしてのシャアは、ゼグノヴァが起こすことに一定の理解がある
ララァの認知が影響するとか、はじまったとかのエヴァでよくやった、ふんわりとフインキで語る例のやつ
キシリアはそれらを知らない
この「知らない」空白を、オタクが有難がって考察して名作だと持ち上げさせるイツモノヤツでしょ
全部ララァの夢世界でしたってすれば、オカルトと妙チクリンな科学っぽさとかの齟齬とか一切合切関係なくなるけど
マチュやニャアンの自意識は?みたいな話になるやね
「行くよ」って言って終わるんじゃないかな
赤いガンダムが倒れてるのもラストシューティングのソレだったけど
マチュは緑のおじさんの鉄砲玉かな?
マチュがかわいそう、という意見もあるけど、俺は全然思わないなあ。
何かバカな女がガンダムパチった結果、違法バトルで小金稼いで、好きな男と地球に行きたいから仲間の金庫を襲って強盗してエッホエッホ → ジオン軍に捕まりました、としか。
見事な泳がせ具合、と。
後、主人公としての魅力に欠けるのよね……何か感情だけで生きているとか。
特に一番見損なったのが7話の空調機(意味深)がコロニーで暴れている時なんですよ。
歴代人気主人公がガンダムに乗って戦っているシーンを比較すると……
アムロ「サイド7でザクが暴れやがって!! これがガンダム? ええい、このスイッチだっ!!」
カミーユ「ホンコンシティでサイコガンダムが暴れている? サイコガンダムを退治しに行かなきゃ!!」
ジュドー「ダブリンの街ボロボロだけど、サイコガンダムMK.IIが現われた? 倒さないと!!」
キラ「コロニーが危ない!! 何だこのひどいプログラムは!! カタカタカタ、ターン!! ナイフしかないや!! ええい、取り敢えずあのジンに刺しちゃえ!!」
マチュ「シュウジと地球に行くためにアンキー達の金庫から金盗もう。アンキー五月蠅いから発砲しちゃおう。鞄に紙幣を入れてエッホエッホ」
どんなシナリオにするのか悩むじゃねーかw
寧ろ再現してくれw
別に無理に戦えっていうわけじゃあないんだけど、何か違うんだよなあ……まああの回自身今ひとつなんですが。
あの回でもっと容赦なくサイコガンダムが暴れ回って、サイド6をめちゃめちゃにして義憤に駆られてジークアクスで立ち向かっていたのならともかく……と。
カミーユなんかよく「MK.IIパチってMPにバルカン斉射して「ザマあないぜっ!!」って喜んでいるアレな主人公」というのはあるけど、そこに至るまである程度理由が表現されているのよね……
カミーユという名前が女っぽいということで馬鹿にされやすいからそれに対する反発、ティターンズのジェリドに馬鹿にされてタコ殴りにされて、というのはあるけど、そこにはティターンズへの怒りなどある程度ストーリーが描かれているわけで。
そこから自分の感情を暴走させながらも、世界を良くしようと偽名のグラサン男(仮名:某氏「ニュータイプのなり損ないが!」)を「修正」しながら戦っているから支持されるわけであって。
ジュドーも根底には「妹のリィナの出来がいいから、山の手の学校に通わせてやりたい」というのがあるから、致命的なまでに酷いことはしない。
Ζガンダムパチろうとしたけど、まあなし崩しにアーガマに乗ってΖΖで戦う事になるわけで。
まあ弁当を落とした時のファのビンタが堪えたからだろうというのもあるだろうけど。
あの後シンタとクムが落ちた弁当を集めようとしているのがより一層……
キラに関しても「コロニー壊されて超ヤベー!! 友人を救いたいんだ!!(カタカタカタ、ターン」なわけで。
(この際「本気になったらサイがボクに敵うわけないだろ!」は置いておこう。友人の彼女を寝取る(2回も!!)というややアレな人格だがwやはりNTRは滅ぼさなくてはならない、青き清浄なる世界のために!!)
ガンダムの主人公って、基本的に自分の感情を元に動きながらも、それを正しい方向に向けていこうとガンダムに乗るから支持されるんだと思うのよ。
(あー……Hサウェイ(仮名)さんは取り敢えず置いとこう。続編マダー?)
まあガロードの場合はティファを、フリーデンの面々を守りたい、という感情でやっている側面多いが……
マチュにはそれがないんだよな……「地球行きたい、シュウジ、お金、クラゲになりたい、キラキラ!!」と……
ジュドーみたいに生活がかかってないから、生活費や学費は両親が健在でお小遣いとかも心配しなくてもいい、という恵まれた環境なんだよな……自分の欲望のためだけに、と。
何かそういう意味で俺の中では既に「(マチュは)もうどうなってもいいや」。
まあ正直な話俺の中ではジークアクスはシャリア・ブル、ジオン系の話ともう切り替えている。
その辺しか魅力がないんだよなあ……
マチュは上に話した通りだし、シュウジは一体何がしたかったのかわけわからんまま退場だし、ニャアンはまだありそうだけど、正直このメインのはずの3人に魅力がないんだよなあ……
緑のおじさんのやりたい放題(Beginingでのシャアとの絡み、ランド・ムーバーで空からエグザベ君救出、キケロガ無双、マチュをシャロンの薔薇探しパシリに使う等)の方が面白いんだが。
後、2話がピークだったと思う。
8話の前半部分も。
それと何かキラキラといえば何やってもいい、と思ってないか、と。
某ガンダムで「取り敢えずサイコフレーム光らせれば何やってもヨシ!!」というのと同じ感覚でキラキラ乱用しすぎじゃあありませんか、と。
ああいう超常パワーなんていうのはラストの方に1回か2回程度を入れる程度がいいのに、もう最近では何回も入れてインフレさせて、というのはガンダムとしてはどうなのよ、と。
0080や0083ではそういうのは基本的になくって、ガンダムって基本的にそういう通常戦力的な物がメインで、だと思うのよ。
もうなんか「サイコミュとサイコフレームと言えば何やっても許されるヨシ」という勘違いをした某ガンダムを作ったのはかなりどうかと思わないでもない。
乗車率10%くらいの電車にベビーカーで乗車しようとしたら、入り口付近の女性にぶつかりそうになったため、「すみません」と避けながら乗り込んだら、女性の近くに座っていた50代男性に
「ぶつかんなよ!ふざけるな!死ね!カス!お前らなんていらないんだよ!死ね!死ねよ!」
と暴言を吐かれた。
男性の方を振り向くと、男性は私の方ではなく、私の隣に貼られていたポスターを見ているようだった。
ポスターには「ベビーカーにやさしく」という旨が書かれていた。
私は男性に「今の私に言ったんですか?」と言おうか迷ったけど、
万一本当にあたおか人間で子供が刺されでもしたら大変なので、沈黙を貫いた。
乗車10分間ほど、男性は「死ね!カス!」と繰り返していたが、次第に声が小さくなり、無事目的地に到着し、何事もなく下車できた。
私は子供を守りきれたことにホッとしたが、なんでこんな目に遭わないといけないのか腸が煮えくり返る。
50代男性は、ぶつかりそうになった女性の代弁をしたつもりなわけだから、恐らく正義の心で悪であるベビーカーの母親に制裁したつもりなのだろう。
でもそれは建前で、実際の所は単なるストレス発散だったんだと思う。
ムカつくのが、父親が居た場合、間違いなく男性はこんな暴言吐かなかったと思うこと。
赤ちゃんを守るために反撃してこないことがわかってやったのだろう。
本当に腹が立つ。
という話を夫にしたら、
「そら無害そうな見た目の母親が無害そうな赤ちゃん連れて『すみません』なんていかにも無害なこと言ってたら変な人のターゲットにされるだろう」といったふうな事を言われた。
続けて
「だからこの母親に危害を加えたらどんな父親が出てくるか想像させる格好をしたらいい」
と言われた。
なるほどなぁ。
自分の身なりに不服はないが、赤ちゃんを守るためには致しかたない。
さっそく今は龍が描かれたスカジャンとタトゥシールとグラサンと金髪のウィッグを調べている。
電車に乗る際はこれでいこうと思う。