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若林萌(Moe Wakabayashi)によるプロジェクト、moëが4月28日にリリースした1stフルアルバム『OCCULT』をヘビロテしている。現時点で2024年の年間ベスト・アルバム候補と言っていいかもしれない。所謂「ベッドルーム・ポップ」を軸とした音楽性であり、そんな言葉からイメージされるもの──煌びやかなシンセ・サウンド、霞に包まれたようなサイケデリア、ローファイな質感──はもちろん備わっているが、それだけに留まらずK-POPやシューゲイザー、80年代アイドル歌謡といった様々な要素も加わり、moëのロマンティックかつメランコリックなポップ・センスを詰め込んだ素晴らしい作品に仕上がっている。今回はmoëという才能溢れるアーティストと、ローファイというよりはむしろハイファイなアルバム『OCCULT』について少し書き綴っていきたい。
moëこと若林萌は東京を拠点に活動するシンガー・ソングライターで、トラックメイクやアレンジに加え、自身のMV制作も務めるマルチ・クリエイターだ。15歳から作曲を始め、JUDY AND MARY、AURORA、Björkなどから影響を受けたとのこと(ソース:https://ja.syn.world/creatives/moe)。
2023年初頭から楽曲配信をスタートさせ、80年代のノスタルジックな都会の原風景、David Bowieの「Space Oddity」や「Life On Mars?)」にも通じるSF要素を交えた楽曲をいくつか発表。完成度の高いトラック、繊細で儚い歌声、フォトジェニックなライトブルーの髪、そしてどこかアンニュイな雰囲気を醸し出す表情も相俟って、懐かしさとスタイリッシュさを同居させた独自のパーソナリティを築いている。
⭐️☁️🌙💧 #dress #bluehair pic.twitter.com/8EZdAknSvM
— moë (@moe_wakabayashi) February 11, 2024
▲公式Xより。白を基調としたアンティーク家具と電子機器が違和感なく並ぶレトロフューチャー感覚に加え、ファッションもとてもオシャレ
このブログでは、これまでも何度か「最近の気になる曲」や「Hakoniwa Chart」で楽曲を取り上げていたが、私がmoëの音楽と出会ったのは2024年2月頭とつい最近のことで、YouTubeで「No Disk」(1月29日公開)のサムネイルがたまたま目に留まったのがきっかけだった。靄の掛かった映像とキレイな髪色が目を引き、これは絶対に素晴らしい音楽に違いないという直感があった。
早速MVを観てみると、80年代のシティポップ、海外インディー・アーティストのようなローファイ・ベッドルーム・ポップのいいとこどりのようなサウンドにまず惹かれた。そしてBメロの部分などは一瞬、荒井由実を聴いているかのような感覚に襲われたり、1回目のサビと間奏が終わった後にピッチベンドされたシンセ音の1小節を挟んでBメロに入る構成など、アレンジが非常に凝っているなと感じた。さらに映像ではプリクラや90年代の携帯ゲーム機、スノードームなどが登場し、否が応でもノスタルジアを掻き立てられるような仕上がり。夜の駅のホームや秋葉原周辺の風景など、煌びやかなライトがぼんやりとかすんで見える映像演出も私の嗜好をくすぐった。
moë - "No Disk"
▲最後のコインロッカーの部分の演出も凄く刺さる
こうしてmoëというアーティストが気になり始めいろいろと情報を追っていく中で強く感じたのは、「アーティストとしての個性」が確立されているという点だ。セルフ・プロデュース力が高く、XやインスタといったSNS周りも実に雰囲気のある写真が並んでいる。微笑もしくは感情を排した表情で佇むポートレート、部屋の片隅に映る小物などもロマンティックなムードを醸し出している。そういったヴィジュアル・イメージが楽曲のドリーミーさやノスタルジックさと非常にマッチして、唯一無二の「moëワールド」を作り上げていると思う。
そんな中でアルバム『OCCLUT』がリリースされ、早速デジタル購入してみたので、このアルバムについて簡単なショート・レビューを書いていきたい。1曲目の表題曲「Occult」はイントロこそ海外のベッドルーム・ポップのマナーに沿っているが、サビのメロディーからはJ-POPらしいセンスが感じられ、影響源としてジュディマリを挙げている点も大いに納得できる。2曲目「Zone_1」は菊池桃子のバンド、ラ・ムーを思わせる80s感たっぷりの曲。3曲目「Moon Child」はmoëが最初に投稿した楽曲のおそらくリメイク?Aメロこそアンニュイな歌い方をしているがBメロ~サビでは一転してハッキリとした歌い方になっており、80年代末~90年代初頭のシティ・ポップ系J-POP、例えば杏里や小比類巻かほるのような凛とした一面も見せている。
moë - "Moon Child"
4曲目「Kiss Me In The Rain」も「Moon Child」と同路線と言えるが、フリーキーに弾むピアノや軽快なギターカッティングなど音の配置が見事だ。これだけ多彩な音が同時になっているのにごちゃごちゃしていないというか、それぞれの音がクリアに聞こえるところが凄い。5曲目「In Love With Love」と引き続きアップテンポな曲が続くが、「火星開発は中止の予定」「選民居住区は再審査落ち」といったSFディストピア感と、「有給消化して 夜市で遊ばない?」という日常感たっぷりの歌詞のブレンドがとてもユニーク。ちなみに歌詞はTuneCoreで確認できる。6曲目「Left On Earth」はシンセのリフとアシッド感のあるシンセ・ベースが印象的なミッドテンポの楽曲。グロッケンシュピールの音がメルヘンチックなイメージを添えているが、ヘッドフォンでこれらの細かい音までじっくり聴くと、左右のスピーカーから実に様々な音が緻密に鳴っていることがよくわかる。歌詞は何かのSF映画やDavid Bowie作品からインスパイアされているのだろうか。
moë - "Left On Earth"
7曲目「Error404:Ghost Of Venus」(もうタイトルのセンスが最高過ぎる)は明確なダンス・チューンで、この曲だけはベッドルーム・ポップというよりはテクノ・ポップといった感じ。8曲目「Muse」は突然NewJeansっぽい雰囲気の楽曲だが、moëの公式YouTubeチャンネルでは「Ditto」のカバーがアップされていることから、インスパイア元になっていると考えてよさそう。
【Cover】moë - "Ditto" by NewJeans
▲部屋の隅々に置かれた小物や鏡に書かれた「ditto」の文字も含め、センスが良すぎる
K-POPからも影響を受けていることに「なるほど~」などと思わせておきながら、続いての9曲目「Star Gazer」はシューゲイザー風のサウンドを展開。思わず「そうくるか」と唸ってしまった。シューゲイザーではあるんだけど、「シュワー」というウォール・オブ・サウンドをギターではなくシンセ音でやってしまうのがmoëらしいと言えそう。やがてホワイトノイズが突然ぷつりと途切れ、先ほど書いた「No Disk」によってノスタルジックなままにアルバムは締めくくられる。というわけで、本作に収められた楽曲のタイトルや歌詞には宇宙やテクノロジーを連想させるワードが散りばめられており、まさにOccult(=神秘的現象)というタイトルがピッタリな作風となっている。
アルバムを聴き終えて思ったのは、メロディーや音の配置、音色の選び方、歌詞のセンスがめちゃくちゃ良いということ。サウンドテクスチャーは海外インディーっぽい部分もあるけど、メロディーの展開の仕方はまさにJ-POPといった感じだし、私はコードに詳しくないので説明がうまくできないのだけど、おそらく複雑なコードがたくさん使われていて、それがシティポップ感の演出に一役買っているのだろう。MVにおける映像センスも最高なので、ソングライティングからトラックメイクから映像に至るまでもの凄い才能とセンスをあわせ持ったアーティストだと思っている。
moëは2023年の3月に5曲入りEP『Toy Box』もリリースしており、『OCCULT』を聴いた後で聴いてみたのだが1年で何があった?と思うくらいにサウンドも歌い方も異なっているのが面白い。『Toy Box』はタイトルの通り、ヒップホップから60sカントリー・ポップ、オーケストラル・ポップなど実に様々な楽曲を詰めたおもちゃ箱のような作品で、おそらく使っている機材も『OCCULT』とは全く違うのだろうけど、才能豊かであるがゆえにやりたい音楽の幅が広すぎて方向性がまだ定まっていない印象も受けた(各曲のクオリティはめちゃくちゃ高いが)。が、そこから数ヶ月の間で音楽面でもヴィジュアル面でも個性を確立し、moëらしさを凝縮した素晴らしいアルバムを生み出したと言えるだろう。
しかしまだ表には出てきていない様々な音楽性も内に秘めていそうで、次はさらに進化を遂げるかもしれない。これからの活動も非常に楽しみなアーティストだ。
公式X
@moe_wakabayashi
その他各種リンクはこちらにまとめられている
https://linktr.ee/moewkabayashi
【2024/10/2 追記】
デジタルリリースされていたアルバム『OCCULT』だが、9月27日にCDでもリリースとなった。9月23日より予約受付を開始したところ、2日ほどで初回生産分がソールドアウトしてしまったとのこと。CD発売を今か今かと心待ちにしていた私は無事、初回生産分を購入することができ、先日手元に届いたばかり。あらためて歌詞の世界観(SFチックだったり、哲学的だったり)に浸ったり、デジタル版とのミックスの違いを楽しんだりしている。
デザインを自ら手掛けたというブックレットは曲ごとにタイトルのフォントやレイアウトが異なるなど随所にこだわりが感じられ、スポーティーだったりガーリィだったりマニッシュだったりと様々な装いのmoëのポートレートが使われているが、どんなファッションでもフォトジェニックに着こなしている。
また、レトロな電話機などとともにカップヌー〇ルが写っていたり、普段はライトブルーの髪がトレードマークであるmoëが赤いウィッグを被っていたり、さらにそのウィッグにフォークが刺さっていたり洗濯バサミが付いてたりと、ところどころに遊び心のあるアイデアが盛り込まれている点も楽しめる。
『OCCULT』は本当に大好きなアルバムなので、こうしてフィジカルで手に入れることができるだけでも嬉しいのだけど、ひとつひとつに直筆サインが入っていたり、ランダムでブロマイド(全6種)が封入されているのもフィジカルとしての付加価値が高められており、素晴らしいと思う。
CD版はデジタル版と同様に全10曲収録だが、全曲をCD用に自らミックス・マスタリングし直しており、音圧だったり、ヴォーカルがより前面に出てきている感じなど結構変わっている印象を受けた。作詞作曲編曲に加えミックス・マスタリング、そしてジャケットのデザインまで全て一人でこなしてしまうし、そのどれもが非常に高いクオリティなので本当に類稀な才能を持ったアーティストだと思う。
CD版『OCCULT』はmoë Official Online Storeで販売されている。10月2日現在はSOLD OUT中だが、再入荷も予定しているそうなので気になる方はぜひ公式Xをチェックして手に入れてみてほしい。
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