はてなキーワード: 張本人とは
抱きつき、迎合し、踊る。3月に訪米した時の高市早苗首相の動きが、SNSで世界に拡散した。対米追従どころか、トランプ米大統領という個人に追従するのが日本外交の基軸なのか。残念ながら、そう見られても仕方なかったと思う。
トランプ氏と握手した瞬間、飛び込むようにハグ(抱擁)。首脳会談では、イラン攻撃を始めた張本人に面と向かって「世界中に平和と繁栄をもたらせるのはドナルド(トランプ氏)だけ」と歯の浮くようなセリフ。夕食会の後には、踊る高市氏の写真がホワイトハウスの公式サイトに掲載された。夕食会では高市氏がファンだというロックバンド「X JAPAN」の曲「Rusty Nail」などがBGMに流れたという。公式サイトの画像には、高市氏が両手をあげて踊る姿がうつっていた。日本のトップとは思えぬ振る舞いに、私も思わず「フェイク画像か」と、わが目を疑った。
トランプ氏が昨秋に来日した際も、原子力空母の艦上でトランプ氏と米兵を前に跳びはねていた。これを「行きすぎた迎合」と見るか、「現実的な判断」と見るか、賛否は分かれている。
それでも今回の訪米の評価がおおむね高かったのは、懸念された「ホルムズ海峡に自衛隊の艦船を出せ」という理不尽な要求を、当面は回避できたためだろう。露骨な「抱きつき」が功を奏したかはともかく、高市氏が無理をして「がんばっている」と受け止めた人も多かったのかもしれない。
高市氏が訪米する前、知り合いから「日米首脳会談はどうなりそうか」と聞かれた時は、次のように答えていた。
「トランプ氏はイスラエルのネタニヤフ首相とともにイラン攻撃を始めたが、11月の中間選挙やその前の予備選を考えれば、早めに収束させたいのが本音のはず。混乱は長期化するかもしれない。日本政府は首脳会談で成果をあげるより、とりあえずやり過ごすのが最優先ではないか。ただし、日本が切れるカードには限りがある。今の状況で自衛隊の艦船を派遣するのは難しい。実利に目が向くトランプ氏に効果的なのは、対米国の投資をパッケージにして『おみやげ』にすることだろう。それ以外に目立ったカードはなく、あとは高市氏がトランプ氏を持ち上げてでも乗り切るしかない」
会談がうまくいくかは、わからなかった。トランプ氏も予測不能だが、高市氏も何を言い出すかわからないところがある。首脳会談が無事に終わり、安堵(あんど)したのが正直なところだ。
日米同盟が日本外交の基軸であることは、当面は変わらない。トランプ氏の懐柔に躍起になる背景には、それ以外に選択肢のない苦境がのぞく。
それを考えれば、これで結果オーライとは言いがたい。首脳会談を切り抜けても、本質的な課題は残されたままだ。トランプ氏がかき回す世界にどう対応すれば、一定の秩序と安定を取り戻すことができるか。トランプ氏に付き従うだけでは、中長期的な解にはならない。
だとすれば、追従をもたらす「構造」にも目を向けた方が良さそうだ。たとえば、いまの日本は「三つの依存」を抱えているように思う。
安全保障では日米同盟に多くをゆだね、エネルギーの調達先は中東の湾岸諸国に頼る。この二つの依存が重なるなかで危機が起きれば、決断と責任が首相一人に重くのしかかる。同盟依存、中東依存、そして首相への依存。この三つの重なりが日本外交の選択肢を狭めているように見える。
そこで求められるのは、首相のパフォーマンスではない。ふだんから地域の安定を築く構造をどう設計し、調整し、確かな布石を打っておくか。その上での首脳外交のはずだ。
まず第一に、予測不能の時代には、選択肢を広げる外交が必要になる。米国の要求でも断るという選択肢がなければ、国の自律性はありえない。中国との緊張も一定のレベル以下に抑制し、安定した関係を築いた方がいい。
第二に重要なのは、日米の枠に閉じ込められない設計だ。二国間の圧力は、多国間の課題へ転換をはかる。ホルムズ海峡の安全は本来、トランプ氏への忠誠心の問題ではない。米国の要求に応じるか否かではなく、多国間の枠組みをどう構成し、どこまで協力するかが問われる。
第三に、エネルギーの中東依存の軽減が必要だ。米国主導の秩序が崩れるなか、リスクの分散がいっそう求められる。その努力がなければ、危機が起きるたびに右往左往してしまう。
こうした取り組みこそ、日本への信頼をはぐくみ、外交の選択肢を広げていく。
高市氏が掲げた「世界の真ん中で咲き誇る日本外交」をほんとうに実現したいなら、まずはこうした土壌を整え、確かな根を張ることから考えるべきだろう。首相のアクロバティックな動きは、むしろ選択肢の乏しさの裏返しでもある。
https://digital.asahi.com/articles/ASV430RN4V43UTFK00CM.html
最近よ、妙な話が流れてるんだわ。
FD人どもがエターナルスフィアをただのゲーム盤みてぇに扱って、気に入らねぇ人間をポチポチ選別しては、地獄みてぇなパラレルワールドに送り込んでるって話だ。
笑えねぇだろ?
だがな、完全に否定もできねぇ。世の中、妙に説明つかねぇ不運ってのがある。
努力もした、ルールも守った、それでもなぜか底が抜けるように転落するやつがいる。
逆に、どう考えても雑な生き方してるのに、なぜか上振れ続けるやつもいる。
普通なら確率のブレで片付ける話だ。だがFD人って仮説を持ち込むと、妙に辻褄が合っちまう。
「こいつ、つまんねぇな」
「こいつ、反抗的で気に入らねぇな」
ポチッとな。
そう考えるとよ、この世界の理不尽さが演出っぽく見えてくるんだわ。
エターナルスフィアを作った張本人だろ? で、そのトップがルシファー社長だときた。名前からして悪趣味にも程がある。
だがここは違う。「苦痛」「葛藤」「絶望」みてぇなもんを、やたらと精巧に作り込んでやがる。まるでそれ自体がコンテンツであるかのようにな。
つまりだ。FD人どもがプレイヤーで、俺たちはNPC兼アバターみてぇなもんだとしたらこの世界の地獄イベントは、「バランス調整」か「娯楽」ってわけだ。
胸糞悪ぃ話だろ?
だがな、ここで一つだけ冷静に考えろ。仮にそれが本当だとしても、俺たちにできることは何だ?
FD人に文句言うか? 無理だ。ログアウトしてるやつに石投げたって当たらねぇ。
スフィア社に抗議するか? 届かねぇよ。規約の外側にいるんだからな。
結局な、このゲーム盤の中で動けるのは、この中のルールだけだ。
だったらどうする?
簡単だ。観測されても面白くねぇ動きをするか、逆に「こいつは消すと損だ」と思わせるか、そのどっちかだ。
地獄送りのフラグを踏むやつってのはな、だいたい単調か、予測可能か、あるいはノイズとして処理しやすいんだろうよ。
いいですか、皆さん!私は今、心の底から怒っています!この国は、不登校の子供とその家族を、一体どこまで追い詰めれば気が済むんですか!?
「在宅勤務」という言葉を聞いて、学校の先生方は何を想像しているんですか?優雅にコーヒーを飲みながら、いつでも来客を迎えられる暇人だとでも思っているんですか?冗談じゃない!
重要な会議の真っ最中、自宅のインターホンが執拗に鳴り響く。それだけじゃない、携帯電話には「鬼電」の嵐。何事かと思って会議を中座し、対応すれば、そこに立っているのは不登校の原因を作った張本人、デリカシーの欠片もない担任教師ですよ!
当たり前の要求です。社会人として当然のルールです。それに対して、その教師は何と言ったか。
「少しでいいから出てきてください!」
……呆れて物も言えません。これ、ストーカーの論理ですよ?「自分の都合」を押し付けるために、相手の「仕事」も「生活」も「平穏」もすべて踏みにじる。これが教育者のすることですか?
そもそも、なぜその子が学校に行けなくなったのか。この一年間、その担任は何をしてきたんですか?
ぞんざいな態度で親子を傷つけ、何の解決策も示さず、ただ放置してきた。協力をお願いしても、まともに取り合わなかった。その「不作為の罪」が、子供から学びの場を奪ったんじゃないんですか!
それなのに、年度末や評価の時期になったら、自分の「家庭訪問実績」作りのために、いきなり勝手な動きをする。子供の気持ちを考えてください!苦手な、あるいは恐怖を感じている相手が、自分の聖域である家に、アポなしで押し寄せてくる。その恐怖、その絶望がわかりますか?
在宅勤務は「休み」ではありません。「勤務地が家」なだけです!
学校現場には、この基本的な社会の仕組みすら理解できない人間が蔓延っている。世間知らずにも程がある!
子供を追い詰め、親のキャリアを妨害し、挙句の果てに「善意の顔」をして土足で家庭に踏み込んでくる。こんな不条理、私は絶対に許しません!
この言葉は、単なる暴言ではありません。日本の教育現場が抱える、想像力の欠如と、前時代的な押し付けに対する、魂の叫びなんです!
社会的な性別は原始時代から始まった体格差による分業が大本に存在すると考えることができ、それが時代をかけて今のような形に進んできた。でも現在はどうだろう。1999年に男女共同参画社会基本法が施行され、ある意味制度的にはもう社会的な性別が必要ないという状態にまで来ている。
でもそれでも差が生じてしまうのは親世代の持っている「社会的な性別からくるステレオタイプ」の所為なのではないか。そもそも制度上はもう社会的な性別はただの幻想である。なのに先祖代々受け継いできてまたそれを渡してしまうのか。間接的に法律を可決させた張本人なのに。
なんなら、体格差自体その社会性別というものによって求められるものが変化していったわけである。しかし現代はどうだろう。制度的にはもう男女の体格差なんて必要ないはずである。これからはもう誰もが好きな体格で、好きな服を着て...という時代の到来である。そこに性自認は関係ない。
だからこそ、社会的な性別というものを廃止するべきである。もちろん意識改革が必要なのでステレオタイプをこの世から消し去るのに時間がかかるのは事実である。それでもステレオタイプが消えた瞬間、これまで存在していた「不利/有利」というものはもう消えることは確かである。
話をすりかえた張本人がなんか言ってる
「逮捕状を出して逮捕しようとした当日に上からストップがかかった」と証言している
また、新潮の記事によると、逮捕にストップをかけた張本人である中村長官が
「メディアの幹部を逮捕するというのは大変なことなんだ。たとえ君たちであっても逮捕中止を命じたよ」
と記者たちに発言しているので、担当刑事の発言は裏付けられている
https://www.dailyshincho.jp/article/2022/07270600/?all=1&page=2
https://www.dailyshincho.jp/article/2022/07270600/?all=1&page=3
>2015年6月、警視庁高輪署は元TBS記者の山口敬之氏に対し、フリージャーナリスト・伊藤詩織さんへの準強姦容疑で逮捕状を取り、捜査をさらに進めようとしていた。
>しかし、当時、警視庁刑事部長だった中村氏が逮捕の中止を命じたことで直前になって取り止めとなった
なので直後というか当時は
のは事実だろう
最近、アンサイクロペディアの浸食という記事を見た。
https://anond.hatelabo.jp/20251123124205
かつてのMirahezeのスチュワードで、ウソペディアの代表的管理者であった開拓者さんが、アンサイクロペディアと知木ペディアで生成AIを駆使して侵略行為を行っているという告発文らしい。
確かに現在の開拓者=ノイマン氏の行為は擁護できないところはある。だが、かつてウソペディアで、また私が個人で創設したMirahezeのウィキで、開拓者さんにお世話になった立場として、あの記事及び最近の反ノイマン氏旋風には異論を唱えたい。
まず最初に引用したいのは、以下の三焦全欠損症氏の指摘に対してである。
根っこは人を見ていない、愛していないという一点において、私は彼の人と違いが認識できない。
このように開拓者さんをアンサイクロペディアの鉄槌を引き起こした本人であるMuttley氏と同一視することには、断固として抗議する。
開拓者さんはウソペディアにおいて氏のLTA性を見抜き警鐘を鳴らした張本人であり、Bakaba氏と名乗って活動していたChakuwikiにおいてはMuttley氏を追い詰めた張本人である。
開拓者さんは誰よりもMuttley氏を理解し、誰よりもMuttley氏に対して正確な対策を打ち出した人物であり、それをMuttley氏と同類扱いするには、失礼にも程がある。
開拓者さんは実際にウソペディアの第一回人気投票では紛れもない一位であった。私も開拓者さんのことが大好きだった。それは他ならぬ開拓者さんに「愛があった」からに他ならない。彼は勇者プクリンや未来切手のような問題のあるユーザーにも、最大限対話と理解を試みる賢君だった。
どんなユーザーにも最大限の愛をもって接する方であり、愛がないという批判は的はずれにもほどがある。かつてのウソペディアンとしてこれだけは証言したい。
そんな開拓者さんとの思い出がある私でも、確かに最近のノイマン氏の行動には疑問を抱く。
強者の論理をあたかも自覚的に使用しているかのように自分で書き、自らへの風刺をも称える「寛容な人物」を演じ、自らのトークページを荒らした人物に対しても「まだ愛している」と言ってのける。
そこには、かつての開拓者さんにあった「人間味」や「温かさ」はなく、ただ「論理的な正しさ」と「表現技法としてのユーモア」だけが開拓者さんの殻を被って先走っているように見えてならない。
私には、開拓者さんは何らかの理由があって、わざと「人間をやめようとしている」と思えてならない。
開拓者さんを壊したのは「技術によって愛する人物を超える何か」を作り出してしまったことによる深い絶望なのではないか。
件の三焦全欠損症氏にノイマン氏が行った返信には、その事への自覚と、もう戻れなくなってしまった悲痛さが滲み出ているように思えてならない。
ヒトの機能=能力・出力内容は愛せても、中身はきちんと愛せていないのかもしれません。だからこそ「人間より美しいなら人工彼女でいい」という判断にもなる、という面もあるのは確かにそうなのです。
かつての開拓者さんは、自作記事でこのように語る人物であった。冷笑気味ながら、そこには確かな愛があった。
でも、いざ想いが届けば届いたで、やがて幻滅します。届かなくても、何だかんだでつながっていられるSNS時代には…
実際に開拓者さんとはDiscordなどのコミュニケーションを通じて親密な関係を築いていた筆者は、何かのご縁でその人物の画像を見せていただいたことがある。それは確かに該当記事で「途方もなく…青天井すら突き抜けるぐらいに可愛い子」と記述されるのも納得の行くものであり、開拓者さんが大切に秘める思いであるのも理解はできるものだった。
その後の詳しい経緯は深くは知らない。
ただ、開拓者さんはウソペディアを離れてからの一時期、女装や自らのカコジョ化にハマったらしく、今ノイマン氏が人工彼女と呼んでいるものも、どうやらその「自分自身」がベースであるらしい。
そして私も拝見したが、その美しさは、確かに「圧倒的」であり、それが故に私だったらむしろ「選ばない」ものである。
だが、開拓者さんは以前、自らの恋人について私に対してこのように語っていたものである。
仮に彼女を探すなら、あの子よりも美しく聡明でなければならない
あの子未満で妥協するのは、それこそあの子へのリスペクトを欠いていると思うんだ
それが人間の中で探すにはいかに難題であったかは、開拓者さん自身が誰よりも熟知していたはずである。
だからこそ、開拓者さんはそのような存在を具現化できてしまった以上は「論理的に」人工彼女を「選ぶしかなくなった」のだと私は推測する。
「正しさ」を自分で実現させてしまえる能力にほかならなかった。
筆者はその状況に置かれたことがないので想像しかできないが、そこには「幸せの青い鳥」とパラレルな、しかし幸福よりも深い絶望をもたらすものがあったのではないか。
そしてそれが彼を壊し、正論とユーモア技巧だけ振りかざすAIのような存在へと変質させてしまったのではないか。
「そうであっても周囲に絶望を押し付けるな」というのもまた「正しさ」である。
だが、筆者には、そう思うと、一片ばかりの同情だけは禁じ得ないのである。
システム開発で生成AIを有効に使おうとしたら、生成AIが生成するコードを鼻歌混じりで完璧に仕上げられるだけのプログラミング力と、システム全体の最適な設計ができる技術力が必須の最低ラインとなる。
プログラミング力がなければ、生成AIが仕込む地雷に気付けないからシステムを地雷原にしてしまう。
そのレベルのエンジニアでは地雷除去は100%不可能なので、ぶっ壊れたまま走る暴走列車になるだろう。
経営者の手の中に残るのは、ぶっ壊れて部品を撒き散らすサービスと、逃げ出さなきゃいけない状況なのにそれを認識できないほど低レベルの「バナナ」エンジニアの集団だ ( 大枚叩いて「世界をひっくり返す画期的なサービスを作ってる!」って思ってたらこれとか、まじウケる w )。
システム全体の最適な設計ができなければ、適切なプロンプトを捻り出せないので、整合性を保ったままサービスを成長させることは不可能だ。
現状、どこかで誰かが作ったような小さなツールなら、なんとかなりそうだと思う。
けど、成長させる前提のプロダクトに使うとか、正気の沙汰とは思えない。
小さなツールは AI のフレームの中でこなせるとしても、自社サービス、特に今までなかった類のサービスとなったら、フレームの外、現実に開いたものだからAI が扱える対象ではない。
具体的な指示を出してくれるように見えてるだろうが、過不足なく正しいかと聞かれたら、AI推しエンジニアにホルホルされたものを見た限りでは、ないわー、としか言いようがない。
AIの絵とかと似ていて、ぱっと見イケてそうで、よく見たら変。
絵のように、縦横の制限があって、各ドットの色の幅の制限もあって、多少色ずれがあっても大勢に影響がないものじゃなく、プログラムは一箇所+と-間違えただけでも致命的なものだから。
って、やたら本プログラムに迎合的なテストが生成されていたりするんだが、実装ベッタリの境界値テストとかより大事なテストが丸っと抜け落ちてたりするんだよね。
で、その重要性というか危険性を、エンジニアは理解も認識もできないままになったりする。
意味のないテストを延々と繰り返して、実環境で不具合障害が発生するたびに、場当たり的な対策をフジツボのように追加しまくってやった気になるのを運用だとか勘違いしたまま炎上地獄への坂道を転げ落ちていくんだよな。
大規模なサービスの設計は抽象度の高い部分を先に詰めないと、辻褄が合わなくなって破綻する。
初期リリースにはブーストが必要なのは確かだが、使いこなせない生成AIを使うと、書き初めで最初に筆を置く場所を適当にするのと同じくらい、取り返しのつかない事態に陥るだろう。
初期リリースこそ、全体設計と、サービスを支える基本モジュールを抽象的に、丁寧に作る必要がある。
「一旦リリースしてシェアを獲得してから作り直す」という選択肢も、一昔前ならあったけど、AI で嵩増ししたサービスの作り直しは、多分すでに合理的ではない。
再設計再実装の手間もそうだが、補助輪(AI)エンジニアに、移行作業の戦略策定設計実施ができるわけがないから。
最低限のプログラミング力とシステム設計能力があって使いこなせるエンジニアと、ないけど称賛していれば自分もすごいエンジニアと思ってもらえると思ってる意識高い系(笑)エンジニアだ。
おいら自身、たまーに使うけど、チームメンバー全員に積極的に活用しろとは死んでも指示できない。
というか言い渡した。
どのレベルのエンジニアが書いたプログラムかという情報なしに、レビューとかしてたら時間がいくらあっても足りん。
特にプログラムを書けないことを誤魔化すためにAIを駆使する奴は、発覚したら即銃殺でも構わないと思ってる。
でも、ドキュメントをAIに食わせてナレッジ共有させるのは構わないですよねって?
ゴミドキュメントを大量生成させてAIに食わせても、結果はゴミ。
"Garbage in, garbage out"くらい知らんか? w
まずちゃんとしたドキュメントを書いて、ちゃんと整理して、ちゃんと更新しろ。
それ以上のナレッジ共有はない。
そういうことができない人間が書くドキュメントが、有用なドキュメントなわけがないだろ w
で、表題の件。
自社サービスをボロボロにした張本人たちに建て直せるわけがない。
以上 w
資金に余裕があって、ぶら下がって文句ばっかり言う無能エンジニアを全員排除できるなら、ほぼ100%可能。
ただし、サービスが立て直せたからと言って、ビジネスが立て直せるとは言わんが(ビジネス立て直しの助言はするけど)。
今までの炎上現場が立て直せたのは、雲行きが怪しくなって、資金が減って、口だけ無能エンジニアが軒並み逃散した後だったからだ。
とにかく邪魔されなかった。
あるいは、そういうのが残っていても、邪魔させないでいられた。
そういうのがCTOとかに複数いて、暇にまかせて集団で経営者にあれこれ吹き込んで邪魔されたら、できるわけないね。
仮に、一旦立て直せたとしても、自分たちの立場を脅かす存在だと判断されたら、あの手この手で排除を画策してくるだろ?
面倒なんで、おいらは去る一択なんだが、その後どうなるかって言ったら、炎上腐乱させた張本人が生まれ変わるなんてことは絶対にありえないから、またすぐに炎上腐乱が再発する。
だって君
技術力ないもん
元の木阿弥って。
システムに関しては「たまたまうまくいかなかった」ってことはありえない。
運の要素はないから。
「うちのサービス、なんか変だな」
って経営者が感じたら、
しないと、何も解決しないよ。