はてなキーワード: 利根川とは
40代の中年として思うんだが、80歳の自分を思うとなんだか遠い先の話に感じて呆然としてしまう。
80歳まで生きてるんだから堅実に生きないと、とか思ってしまって結局受身の人生になってる気がする。
「将来のために貯金しないと」とか「嫌だろうがなんだろうが将来を考えて正社員でいないと」とかいつまで経っても将来の心配ばかり。
だから60くらいで自殺するかとか考えてみると、急に今のままじゃつまらん人生でダメだと思えてきた。
60歳までの人生とリミットを決めると、生の実感みたいなものが急に現実味を帯びて自分ににじみ出てくる。
80歳までとか、だとなんだかダメ。適当に生きててもいつかは・・みたいな感じになる。
人によっては50歳まで、とかじゃないとダメに感じると思う。
漫画のカイジの鉄骨渡り編で利根川が「本当の自分がいずれ輝く、とか思ってるやつはまさに今こそがその本当の自分だということを分かっていない。そのことを気づかないまま死ぬ」みたいなことを話したと思うけど、今がまさにそんな感じなんだ。
将来のためにってずっと備えてしまって、今が結局ない。ならばその将来を消してしまったら蓄える必要がなくなる。
そうすると、目の前の現実を直視しなければならなくなって、もっと何かを頑張ろうという気になってくる。
だから、60歳になったら自殺する、くらいに思ってると俺は(今の)人生楽しめる。
もちろんこんなこと考えなくたって人生楽しんでる人は別の話。
後のちの月という時分が来ると、どうも思わずには居られない。幼い訣わけとは思うが何分にも忘れることが出来ない。もはや十年余よも過去った昔のことであるから、細かい事実は多くは覚えて居ないけれど、心持だけは今なお昨日の如く、その時の事を考えてると、全く当時の心持に立ち返って、涙が留めどなく湧くのである。悲しくもあり楽しくもありというような状態で、忘れようと思うこともないではないが、寧むしろ繰返し繰返し考えては、夢幻的の興味を貪むさぼって居る事が多い。そんな訣から一寸ちょっと物に書いて置こうかという気になったのである。
僕の家というのは、松戸から二里ばかり下って、矢切やぎりの渡わたしを東へ渡り、小高い岡の上でやはり矢切村と云ってる所。矢切の斎藤と云えば、この界隈かいわいでの旧家で、里見の崩れが二三人ここへ落ちて百姓になった内の一人が斎藤と云ったのだと祖父から聞いて居る。屋敷の西側に一丈五六尺も廻るような椎の樹が四五本重なり合って立っている。村一番の忌森で村じゅうから羨ましがられている。昔から何ほど暴風が吹いても、この椎森のために、僕の家ばかりは屋根を剥がれたことはただの一度もないとの話だ。家なども随分と古い、柱が残らず椎の木だ。それがまた煤やら垢やらで何の木か見分けがつかぬ位、奥の間の最も煙に遠いところでも、天井板がまるで油炭で塗った様に、板の木目も判らぬほど黒い。それでも建ちは割合に高くて、簡単な欄間もあり銅の釘隠しなども打ってある。その釘隠しが馬鹿に大きい雁であった。もちろん一寸見たのでは木か金かも知れないほど古びている。
僕の母なども先祖の言い伝えだからといって、この戦国時代の遺物的古家を大変に自慢していた。その頃母は血の道で久しく煩っており、黒塗りのような奥の一間がいつも母の病褥となっていた。その次の十畳の間の南隅に、二畳の小座敷がある。僕がいない時は機織場で、僕がいる間は僕の読書室にしていた。手摺窓の障子を開けて頭を出すと、椎の枝が青空を遮って北を覆っている。
母が長らくぶらぶらしていたから、市川の親類で、僕には縁の従妹になっている民子という女の子が、仕事の手伝いや母の看護に来ていた。僕がいま忘れることができないというのは、その民子と僕との関係である。その関係といっても、僕は民子と下劣な関係をしたのではない。
僕は小学校を卒業したばかりで十五歳、月を数えると十三歳何か月というころ、民子は十七だけれど、それも生まれが遅いから十五と少しにしかならない。
やせぎすであったけれども顔は丸い方で、透き通るほど白い皮膚に赤みを帯びた、まことに光沢のよい子であった。いつでもいきいきとして元気がよく、そのくせ気は弱くて憎気の少しもない子であった。
もちろん僕とは大の仲よしで、座敷を掃くといっては僕のところをのぞく、障子をはたくといっては僕の座敷へ入ってくる。私も本が読みたいの、手習いがしたいのという。たまにははたきの柄で僕の背中を突いたり、僕の耳をつまんだりして逃げてゆく。僕も民子の姿を見れば来い来いと言って、二人で遊ぶのが何よりおもしろかった。
「また民やは政のところへ入っているな。こら、さっさと掃除をやってしまえ。これからは政の読書の邪魔などしてはいけません。民やは年上のくせに……」
などとしきりに小言を言うけれど、その実、母も民子を非常にかわいがっているのだから、いっこうに小言がきかない。民子は「私にも少し手習いをさせて……」などと、ときどきだだを言う。そういうときの母の小言も決まっている。
「お前は手習いより裁縫です。着物が満足に縫えなくては、女一人前として嫁に行かれません」
このころ僕に一点の邪念がなかったのはもちろんであるが、民子の方にも、いやな考えなどは少しもなかったに違いない。
しかし母がよく小言を言うにもかかわらず、民子はなお朝のご飯だ昼のご飯だと言っては僕を呼びに来る。呼びに来るたびに、急いで入って来て、本を見せろの筆を貸せのと言ってはしばらく遊んでいる。その間にも母の薬を持ってきた帰りや、母の用を足した帰りには、きっと僕のところへ入ってくる。僕も民子がのぞかない日は、何となく寂しく物足りなく思われた。今日は民さんは何をしているかなと思い出すと、ふらふらっと書室を出る。民子を見に行くというほどの心ではないが、ちょっと民子の姿が目に触れれば気が落ち着くのであった。何のことだ、やっぱり民子を見に来たんじゃないかと、自分で自分をあざけるようなことがしばしばあったのである。
村のある家に瞽女が泊まったから聴きに行かないか、祭文が来たから聴きに行こうのと近所の女たちが誘っても、民子は何とか断りを言って決して家を出ない。隣村の祭で花火や飾り物があるからとのことで、例の向こうのお浜や隣のお仙などが大騒ぎして見に行くというのに、うちの者まで民さんも一緒に行って見てきたらと言っても、民子は母の病気を言い訳にして行かない。僕もあまりそんな所へ出るのは嫌いであったから家にいる。民子はこそこそと僕のところへ入ってきて、小声で、「私はうちにいるのが一番面白いわ」と言ってにっこり笑う。僕も何となく民子をそんな所へやりたくなかった。
僕が三日おき四日おきに母の薬を取りに松戸へ行く。どうかすると帰りが遅くなる。民子は三度も四度も裏坂の上まで出て、渡しの方を見ていたそうで、いつでも家中の者に冷やかされる。民子はまじめになって、「お母さんが心配して、見ておいで見ておいでと言うからだ」と言い訳をする。家の者は皆ひそひそ笑っているとの話であった。
そういう次第だから、作女のお増などは、無性に民子を小面憎がって、何かというと、「民子さんは政夫さんのところへばかり行きたがる。暇さえあれば政夫さんにこびりついている」などとしきりに言いはやしたらしく、隣のお仙や向こうのお浜などまであれこれ噂をする。これを聞いてか、嫂が母に注意したらしく、ある日母は常になくむずかしい顔をして、二人を枕元へ呼びつけ、意味ありげな小言を言った。
「男も女も十五、六になれば、もはや子どもではない。お前たち二人があまり仲がよすぎると、人があれこれ言うそうじゃ。気をつけなくてはいけない。民子が年かさのくせによくない。これからはもう決して政のところへなど行くことはならぬ。
わが子を許すわけではないが、政はまだ子どもだ。民やは十七ではないか。つまらぬ噂をされると、お前の体に傷がつく。政夫だって気をつけろ……。来月から千葉の中学へ行くんじゃないか」
民子は年が多いし、かつは意味あって僕の所へゆくであろうと思われたと気がついたか、非常に恥じ入った様子に、顔を真赤にして俯向いている。常は母に少し位小言を言われても随分だだをいうのだけれど、この日はただ両手をついて俯向いたきり一言もいわない。何のやましい所のない僕は頗る不平で、「お母さん、そりゃ余り御無理です。人が何と云ったって、私等は何の訳もないのに、何か大変悪いことでもした様なお小言じゃありませんか。お母さんだっていつもそう云ってたじゃありませんか。民子とお前とは兄弟も同じだ、お母さんの眼からはお前も民子も少しも隔てはない、仲よくしろよといつでも云ったじゃありませんか」母の心配も道理のあることだが、僕等もそんないやらしいことを云われようとは少しも思っていなかったから、僕の不平もいくらかの理はある。母は俄にやさしくなって、「お前達に何の訳もないことはお母さんも知ってるがね、人の口がうるさいから、ただこれから少し気をつけてと云うのです」色青ざめた母の顔にもいつしか僕等を真から可愛がる笑みがたたえている。やがて、「民やは、また薬を持ってきて、それから縫いかけの袷を今日中に仕上げてしまいなさい。政は立ったついでに花を切って仏壇へ供えてください。菊はまだ咲かないか、そんなら紫苑でも切ってくれよ」
本人達は何の気なしであるのに、人がかれこれ言うのでかえって無邪気でいられない様にしてしまう。僕は母の小言も一日しか覚えていない。二三日たって民さんはなぜ近頃は来ないのか知らんと思った位であったけれど、民子の方では、それからというものは様子がからっと変ってしまった。民子はその後僕の所へは一切顔出ししないばかりでなく、座敷の内で行き会っても、人のいる前などでは容易に物も言わない。何となく極りわるそうに、まぶしい様な風で急いで通り過ぎてしまう。よんどころなく物を言うにも、今までの無遠慮に隔てのない風はなく、いやに丁寧に改まって口をきくのである。時には僕が余り俄に改まったのを可笑しがって笑えば、民子も遂には袖で笑いを隠して逃げてしまうという風で、とにかく一重の垣が二人の間に結ばれた様な気合になった。それでも或日の四時過ぎに、母の言いつけで僕が背戸の茄子畑に茄子をもいでいると、いつのまにか民子が笊を手に持って、僕の後にきていた。「政夫さん……」出し抜けに呼んで笑っている。「私もお母さんから言いつかって来たのよ。今日の縫物は肩が凝ったろう、少し休みながら茄子をもいできてくれ。明日麹漬をつけるからって、お母さんがそう言うから、私飛んできました」民子は非常に嬉しそうに元気一杯で、僕が、「それでは僕が先にきているのを民さんは知らないで来たの」と言うと民子は、「知らなくてさ」 にこにこしながら茄子を採り始める。茄子畑というは、椎森の下から一重の藪を通り抜けて、家より西北に当る裏の前栽畑。崖の上になっているので、利根川は勿論中川までもかすかに見え、武蔵一円が見渡される。秩父から足柄箱根の山々、富士の高嶺も見える。東京の上野の森だというのもそれらしく見える。水のように澄みきった秋の空、日は一間半ばかりの辺に傾いて、僕等二人が立っている茄子畑を正面に照り返している。あたり一体に静としてまた如何にもはっきりとした景色、我等二人は真に画中の人である。「まあ何という好い景色でしょう」民子もしばらく手をやめて立った。僕はここで白状するが、この時の僕は確かに十日以前の僕ではなかった。二人は決してこの時無邪気な友達ではなかった。いつの間にそういう心持が起っていたか、自分には少しも判らなかったが、やはり母に叱られた頃から、僕の胸の中にも小さな恋の卵が幾つか湧きそめていたに違いない。僕の精神状態がいつの間にか変化してきたは、隠すことの出来ない事実である。この日初めて民子を女として思ったのが、僕に邪念の萌芽ありし何よりの証拠である。民子が体をくの字にかがめて、茄子をもぎつつあるその横顔を見て、今更のように民子の美しく可愛らしさに気がついた。これまでにも可愛らしいと思わぬことはなかったが、今日はしみじみとその美しさが身にしみた。しなやかに光沢のある鬢の毛につつまれた耳たぶ、豊かな頬の白く鮮かな、顎のくくしめの愛らしさ、頸のあたり如何にも清げなる、藤色の半襟や花染の襷や、それらがことごとく優美に眼にとまった。そうなると恐ろしいもので、物を言うにも思い切ったことは言えなくなる、恥ずかしくなる、極りが悪くなる、皆例の卵の作用から起ることであろう。ここ十日ほど仲垣の隔てが出来て、ろくろく話もせなかったから、これも今までならば無論そんなこと考えもせぬにきまっているが、今日はここで何か話さねばならぬ様な気がした。僕は初め無造作に民さんと呼んだけれど、後は無造作に言葉が継がない。おかしく喉がつまって声が出ない。民子は茄子を一つ手に持ちながら体を起して、「政夫さん、なに……」「何でもないけど民さんは近頃へんだからさ。僕なんかすっかり嫌いになったようだもの」民子はさすがに女性で、そういうことには僕などより遥に神経が鋭敏になっている。さも口惜しそうな顔して、つと僕の側へ寄ってきた。「政夫さんはあんまりだわ。私がいつ政夫さんに隔てをしました……」「何さ、この頃民さんは、すっかり変っちまって、僕なんかに用はないらしいからよ。それだって民さんに不足を言う訳ではないよ」民子はせきこんで、「そんな事いうはそりゃ政夫さんひどいわ、御無理だわ。この間は二人を並べておいて、お母さんにあんなに叱られたじゃありませんか。あなたは男ですから平気でお出でだけど、私は年は多いし女ですもの、ああ言われては実に面目がないじゃありませんか。それですから、私は一生懸命になってたしなんでいるんでさ。それを政夫さん隔てるの嫌になったろうのと言うんだもの、私はほんとにつまらない……」民子は泣き出しそうな顔つきで僕の顔をじっと見ている。僕もただ話の小口にそう言うたまでであるから、民子に泣きそうになられては気の毒になって、「僕は腹を立って言ったではないのに、民さんは腹を立ったの……僕はただ民さんが俄に変って、逢っても口もきかず、遊びにも来ないから、いやに淋しく悲しくなっちまったのさ。それだからこれからも時々は遊びにお出でよ。お母さんに叱られたら僕が咎を背負うから……人が何と言ったってよいじゃないか」何というても子供だけに無茶なことをいう。無茶なことを言われて民子は心配やら嬉しいやら、嬉しいやら心配やら、心配と嬉しいとが胸の中でごったになって争ったけれど、とうとう嬉しい方が勝を占めてしまった。なお三言四言話をするうちに、民子は鮮かな曇りのない元の元気になった。僕も勿論愉快が溢れる、宇宙間にただ二人きりいるような心持にお互いになったのである。やがて二人は茄子のもぎくらをする。大きな畑だけれど、十月の半過ぎでは茄子もちらほらしかなっていない。二人でようやく二升ばかりずつを採り得た。「まあ民さん、ご覧なさい、入日の立派なこと」民子はいつしか笊を下へ置き、両手を鼻の先に合せて太陽を拝んでいる。西の方の空は一体に薄紫にぼかした様な色になった。ひた赤く赤いばかりで光線の出ない太陽が今その半分を山に埋めかけたところ、僕は民子が一心入日を拝むしおらしい姿が永く眼に残っている。二人が余念なく話をしながら帰ってくると、背戸口の四つ目垣の外にお増がぼんやり立って、こっちを見ている。
民子は小声で、「お増がまた何とか言いますよ」「二人ともお母さんに言いつかって来たのだから、お増なんか何と言ったって構いやしないさ」一事件を経る度に二人が胸中に湧いた恋の卵は層を増してくる。
機に触れて交換する双方の意志は、直ちに互いの胸中にある例の卵に至大な養分を給与する。今日の日暮は確かにその機であった。ぞっと身震いをするほど著しい徴候を現したのである。しかし何というても二人の関係は卵時代で極めて取りとめがない。人に見られて見苦しい様なこともせず、顧みて自らやましい様なこともせぬ。従ってまだまだのんきなもので、人前を繕うという様な心持は極めて少なかった。僕と民子との関係も、この位でお終いになったならば、十年忘れられないというほどにはならなかっただろう。
親というものはどこの親も同じで、我が子をいつまでも子供のように思っている。僕の母などもその一人に漏れない。民子はその後ときおり僕の書室へやってくるけれど、よほど人目を計らって気兼ねをしながら来るような様子で、来ても少しも落ち着かない。先に僕に嫌味を言われたから仕方なく来るのかとも思われたが、それは間違っていた。僕ら二人の精神状態は、二三日では言い表せないほど著しい変化を遂げている。僕の変化は最も激しい。三日前には、お母さんが叱るなら自分が責任を負うから遊びに来てくれとまで無茶を言った僕が、今日はとてもそんな気持ちではない。民子が少し長居をすると、もう気がとがめて心配でならなくなった。
「民さん、またお出いでよ。あまり長く居ると人がつまらぬことを言うから」
民子も気持ちは同じだけれど、僕にもう行けと言われると妙にすねだす。
「あなたはこの前、何と言いました。人が何と言ってもよいから遊びに来いと言ったじゃありませんか。私はもう人に笑われてもかまいません」
困ったことになった。二人の関係が密接になるほど、人目を恐れるようになる。人目を恐れるようになっては、まるで罪を犯しているかのように心も落ち着かなくなる。母は口では、男も女も十五六になれば子供ではないと言うが、それは理屈の上のことで、気持ちではまだ二人を子供のように思っている。そのため、民子が僕の部屋に来て本を見たり話をしたりしていても、すぐ前を通りながらまったく気に留める様子もない。この間の小言も実は嫂が言うから出ただけで、本心からではない。母はそうだったが、兄や嫂やお増などは盛んに陰口を言って笑っていたらしく、村中でも「年上の娘を嫁にする気か」などともっぱら噂しているという。それらのことが次第に二人にも伝わり、僕の方から言い出して、しばらく距離を置くことにした。
僕はズボン下に足袋裸足麦藁帽という出で立ち、民子は手指を佩いて股引も佩いてゆけと母が云うと、手指ばかり佩いて股引佩くのにぐずぐずしている。民子は僕のところへきて、股引佩かないでもよい様にお母さんにそう云ってくれと云う。僕は民さんがそう云いなさいと云う。押問答をしている内に、母はききつけて笑いながら、
「民やは町場者だから、股引佩くのは極りが悪いかい。私はまたお前が柔かい手足へ、茨や薄で傷をつけるが可哀相だから、そう云ったんだが、いやだと云うならお前のすきにするがよいさ」
それで民子は、例の襷に前掛姿で麻裏草履という支度。二人が一斗笊一個宛を持ち、僕が別に番ニョ片籠と天秤とを肩にして出掛ける。民子が跡から菅笠を被って出ると、母が笑声で呼びかける。
「民や、お前が菅笠を被って歩くと、ちょうど木の子が歩くようで見っともない。編笠がよかろう。新らしいのが一つあった筈だ」
稲刈連は出てしまって別に笑うものもなかったけれど、民子はあわてて菅笠を脱いで、顔を赤くしたらしかった。今度は編笠を被らずに手に持って、それじゃお母さんいってまいりますと挨拶して走って出た。
村のものらもかれこれいうと聞いてるので、二人揃うてゆくも人前恥かしく、急いで村を通抜けようとの考えから、僕は一足先になって出掛ける。村はずれの坂の降口の大きな銀杏の樹の根で民子のくるのを待った。ここから見おろすと少しの田圃がある。色よく黄ばんだ晩稲に露をおんで、シットリと打伏した光景は、気のせいか殊に清々しく、胸のすくような眺めである。民子はいつの間にか来ていて、昨日の雨で洗い流した赤土の上に、二葉三葉銀杏の葉の落ちるのを拾っている。
「民さん、もうきたかい。この天気のよいことどうです。ほんとに心持のよい朝だねイ」
「ほんとに天気がよくて嬉しいわ。このまア銀杏の葉の綺麗なこと。さア出掛けましょう」
民子の美しい手で持ってると銀杏の葉も殊に綺麗に見える。二人は坂を降りてようやく窮屈な場所から広場へ出た気になった。今日は大いそぎで棉を採り片付け、さんざん面白いことをして遊ぼうなどと相談しながら歩く。道の真中は乾いているが、両側の田についている所は、露にしとしとに濡れて、いろいろの草が花を開いてる。タウコギは末枯れて、水蕎麦蓼など一番多く繁っている。都草も黄色く花が見える。野菊がよろよろと咲いている。民さんこれ野菊がと僕は吾知らず足を留めたけれど、民子は聞えないのかさっさと先へゆく。僕は一寸脇へ物を置いて、野菊の花を一握り採った。
民子は一町ほど先へ行ってから、気がついて振り返るや否や、あれッと叫んで駆け戻ってきた。
「まア政夫さんは何をしていたの。私びッくりして……まア綺麗な野菊、政夫さん、私に半分おくれたら、私ほんとうに野菊が好き」
「僕はもとから野菊がだい好き。民さんも野菊が好き……」
「私なんでも野菊の生れ返りよ。野菊の花を見ると身振いの出るほど好もしいの。どうしてこんなかと、自分でも思う位」
「民さんはそんなに野菊が好き……道理でどうやら民さんは野菊のような人だ」
民子は分けてやった半分の野菊を顔に押しあてて嬉しがった。二人は歩きだす。
「政夫さん……私野菊の様だってどうしてですか」
「さアどうしてということはないけど、民さんは何がなし野菊の様な風だからさ」
「それで政夫さんは野菊が好きだって……」
「僕大好きさ」
民子はこれからはあなたが先になってと云いながら、自らは後になった。今の偶然に起った簡単な問答は、お互の胸に強く有意味に感じた。民子もそう思った事はその素振りで解る。ここまで話が迫ると、もうその先を言い出すことは出来ない。話は一寸途切れてしまった。
何と言っても幼い両人は、今罪の神に翻弄せられつつあるのであれど、野菊の様な人だと云った詞についで、その野菊を僕はだい好きだと云った時すら、僕は既に胸に動悸を起した位で、直ぐにそれ以上を言い出すほどに、まだまだずうずうしくはなっていない。民子も同じこと、物に突きあたった様な心持で強くお互に感じた時に声はつまってしまったのだ。二人はしばらく無言で歩く。
真に民子は野菊の様な児であった。民子は全くの田舎風ではあったが、決して粗野ではなかった。可憐で優しくてそうして品格もあった。厭味とか憎気とかいう所は爪の垢ほどもなかった。どう見ても野菊の風だった。
しばらくは黙っていたけれど、いつまで話もしないでいるはなおおかしい様に思って、無理と話を考え出す。
「民さんはさっき何を考えてあんなに脇見もしないで歩いていたの」
「民さんはそりゃ嘘だよ。何か考えごとでもしなくてあんな風をする訣はないさ。どんなことを考えていたのか知らないけれど、隠さないだってよいじゃないか」
「政夫さん、済まない。私さっきほんとに考事していました。私つくづく考えて情なくなったの。わたしはどうして政夫さんよか年が多いんでしょう。私は十七だと言うんだもの、ほんとに情なくなるわ……」
「民さんは何のこと言うんだろう。先に生れたから年が多い、十七年育ったから十七になったのじゃないか。十七だから何で情ないのですか。僕だって、さ来年になれば十七歳さ。民さんはほんとに妙なことを云う人だ」
僕も今民子が言ったことの心を解せぬほど児供でもない。解ってはいるけど、わざと戯れの様に聞きなして、振りかえって見ると、民子は真に考え込んでいる様であったが、僕と顔合せて極りわるげににわかに側を向いた。
単位変換
光速 = 299792458m/s =9.46 x 10e15 m/year
ご飯 100g = コロッケ小=パン1枚 = 150kcal
銀1匁 = 70文
天保通宝最終レート.008円
1里 =3927.2727m = 36丁
1間 = 1.81818m = 6尺
1尺 = .30303m = 10寸
1寸 = .030303m
1斗 = 18L = 10升
1升= 1.8L = 10合
1合 = .18L
1m = 39.37inch = 3.2808feet = .00062137119miles
1inch = .0254m
1feet = .3048m = 12inch
1yard = .9144m = 3feet
1hectare = 2.47105acre = 10,000m2 = 1町歩
1acre = 4046.86m2
東京ドーム面積 = 4.6755ha = 122 x 122m x 3.14
1L = 1,000cm3 = .2642 US gallon = .22 UK gallon = 1kg(water) = 2.20462pounds
US gallon = 3.785L
UK gallon = 4.5L
1pound = 453.5929g
ling yi er san si wu liu qi ba jiu shi bai qian wan
lim h->0 (1+h)1/h = e = 2.7182818284 = 1.64872127 x 1.64872127
ln2 = .69314718
ln 3 = 1.09861228866
ln 4 = 1.38629 = 2 ln2
1/e = (e)-1 = .3678794411
(e)2 = 7.38905609
pi/ 2 = 1.57079
2 = 1.259921 x 1.259921 x 1.259921 = 1.414213562 x 1.414213562
3 = 1.44224957 x 1.44224757 x 1.44224957 = 1.7320508 x 1.7320508
4 = 1.5874010519 x 1.5874010519 x 1.5874010519
5 = 1.7099759x 1.7099759 x 1.7099759 = 2.2360679 x 2.236079
11 = 3.31662479 x 3.31662479 ← 修正: 旧「3.1662479 x 3.31662479」
13 = 3.6055512751 x 3.605551275
golden ratio = 1 : 1.6180339 = (1 + (5)1/2) / 2
1 + tan2 x = 1 / cos2 x
sphere volume = 4/3 pi r3, surface area = 4 pi r 2
cone volume = 1/3 pi r2 H, surface area = pi r (r + L) = pi r2 + pi r L
日本の川長い順
1信濃川367
2利根川322
3石狩川268
4天塩川256
5北上川249
6阿武隈川239
7最上川229
7木曽川229
1富士山3776
2北岳3193
3奥穗高岳3190
3間ノ岳3190
5槍ヶ岳3180
6悪沢岳3141
7赤石岳3120
9塩見岳3052
10仙丈ヶ岳3033
11乗鞍岳3026
12立山3015
13聖岳3013
14剱岳2999
15水晶岳2986
16甲斐駒ヶ岳2967
17木曽駒ヶ岳2956
18白馬岳2932
19薬師岳2926
20鷲羽岳2924
21赤岳2899
22笠ヶ岳2897
23鹿島槍ヶ岳2889
24空木岳2864
25常念岳2857
26黒部五郎岳2840
26鳳凰山2840
28五竜岳2814
29白山2702
30金峰山2599
31光岳2591
32日光白根山2578
33浅間山2568
34蓼科山2530
35男体山2486
36甲武信ヶ岳2475
37火打山2462
38焼岳2455
39妙高山2454
40燧ヶ岳2356
41四阿山2354
42高妻山2353
43大雪山2291
44鳥海山2236
45瑞牆山2230
46至仏山2228
47恵那山2191
48草津白根山2171
49武尊山2158
50苗場山2145
51皇海山2144
52トムラウシ2141
52平ヶ岳2141
55飯豊山2105
56十勝岳2077
57大菩薩嶺2057
58幌尻岳2052
0日本橋2里
1品川2里半
2川崎2里半
3神奈川1里9丁
4保土ヶ谷2里9丁
5戸塚1里30丁
6藤沢3里半
7平塚27丁
8大磯4里
9小田原4里8丁
10箱根3里28丁
11三島1里半
12沼津1里半
13原3里6丁
14吉原2里30丁
15蒲原1里
16由比2里12丁
17興津1里3丁
18江尻2里29丁
19府中1里半
20丸子1里29丁
21岡部1里29丁
22藤枝2里8丁
23島田1里
24金谷1里24丁
25日坂1里19丁
26掛川2里16丁
27袋井1里半
28見附4里7丁
29浜松2里30丁
30舞阪1里
31新居1里24丁
32白須賀2里16丁
33二川1里20丁
34吉田2里22丁
35御油16丁
36赤坂2里9丁
37藤川1里25丁
38岡崎3里30丁
39池鯉鮒2里30丁
40鳴海1里半
41宮7里
42桑名3里8丁
43四日市2里27丁
44石薬師27丁
45庄野2里
46亀山1里半
47関1里24丁
48坂下2里半
49土山2里25丁
50水口3里12丁
51石部2里25丁
52草津3里24丁
53大津3里
54三条大橋
1368 174応安8
1379 176康暦3
1381 177永徳4
1384 178至徳4
1387 179嘉慶3
1389 180康応2
1390 181明徳5
1394 182応永35
1428 183正長2
1429 184永享13
1441 185嘉吉4
1444 186文安6
1449 187宝徳4
1452 188享徳4
1455 189康正3
1457 190長禄4(5)
1461 191寛正7(6)
1466 192文正2
1467 193応仁3
1469 194文明19
1487 195長享3
1489 196延徳4
1492 197明応10
1501 198文亀4
1504 199永正18
1521 200大永8
1528 201享禄5
1555 203弘治4
1558 204永禄13
1570 205元亀4
1593 207文禄5(4)
1645 211正保5(4)
1648 212慶安5
1652 213承応4
1655 214明暦4
1658 215万治4
1661 216寛文13
1673 217延宝9
1684 219貞享5
1704 221宝永8
1741 225寛保4
1801 233享和4
1804 234文化15
1818 235文政13(14)
1845 237弘化5(4)
1848 238嘉永7(8)
1855 239安政7(6)
5億年前 カンブリア紀
7.4万年前 eruption of mount Toba ← 修正: 旧「7万年前」
2570 BC 縄文時代 pyramid of Khufu constructed, 231 x 231 x height probably 146.5m, 138.5m now ← 修正: 旧「163.34m, 147m now」
79 eruption of mount Vesuvius
113 Trajan's Column
199 呂布眠
6th century 古墳時代 eruption of 榛名山
794 平安京
1499 明応8年 Pieta by Michelangelo ← 修正: 旧「1500 明応9年」
1505 永正2年 Mona Lisa by Leonardo da Vinci
1582 天正10年 October 4->15 Gregorian calendar
1616 元和2年 William Shakespeare died
1653 承応2年 Bentheim castle by Jacob van Ruisdael
1666 寛文7年 great fire of London
1687 貞享4年 Philosophiae Naturalis Principia Mathematica by Isaac Newton
1689 元禄2年 Montesquieu born
1707 宝永4年 eruption of 富士山, Carl Linnaeus born
1768 明和5年 Mars and Venus surprised by Vulcan, by Lewis Jean Francois Lagrenee the elder, 258 years ago
1776 安永5年 United states declaration of independence
1780 安永9年 Jean Dominique Ingres born
1789 寛政元年 French revolution
1797 寛政9年 Franz Schubert born
1814 文化11年 Jean Francois Millet born
1826-1827 文政9-10年 oldest photograph 'View from the Window at Le Gras' by Nicephore Niepce ← 修正: 旧「1825 'Boy and his horse'」
1833 天保3年 東海道五十三次歌川広重 北斎漫画葛飾北斎
1863 文久3年 emancipation proclamation
1866 Romain Rolland born
1867 Jean Dominique Ingres died, 夏目漱石生 ← 修正: 「1875 Jean Dominique Ingres died」の行を削除
1874 Lucy Maud Montgomery born
1875 高橋由一 ← 修正: Ingres died(誤記)を削除
1885 Adventures of Huckleberry Finn by Mark Twain
1888 十五少年漂流記 by Jules Verne, eruption of 磐梯山
1890 Harland David Sanders born
1898 The war of the worlds by H. G. Wells, Lewis Carroll died, 井伏鱒二生 四芸術 by Alphonse Mucha
1903 John von Neumann born
1904 Salvador Dali born
1908 Anne of Green Gables by L. M. Montgomery
1908 松本清張生
1919 Auguste Renoir died
1923 関東大震災
1969 moon landing, 57 years ago
1970 三島由紀夫眠45才
1980 Harland David Sanders died, 90 years old
1988 辻井伸行生
1989 Salvador Dali 手塚治虫昭和天皇眠GBテトリス発売
1993 Audrey Hepburn 井伏鱒二眠
1995 阪神淡路大震災
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4640
周りの友人に鬱病罹患者も多く、休職制度を活用している方が身近にいたため、それなりの理解はあった。
しかし、謎の体調不良を理由に休職とテレワークを繰り返す厄介な同僚(以下、Aとする)をみてからというもの、全ての休職者に対して擁護の感情というものがわかなくなってしまった。
因みにAのやったことは以下のとおり
①コロナORインフルエンザなど感染症で一週間くらい休み始める。
②①の後遺症で体調が戻らないといい、3ヶ月休む。
③①②の時に有給の申請をしておらず、有給残日数では対応できないため、休職の手続きを行う。
④休職明けるもまだ体調がなおらないという理由でその後3ヶ月テレワークをする。なお、当社のテレワーク制度は1週間に1回は出社するというルールのため、3ヶ月間連続でテレワークするのは基本認められない。また、テレワークにも関わらず、休職中、他の人に任せていた自分の業務を一切巻き取る気配なく、家でなにをやってるのか全く分からない状態。
また、補足だが、Aと私に共通の知り合いがおり、その知り合いの話によると、休職中(恐らく①②のどこか)友人の結婚式に参加していたとのこと。精神的な病での休職であれば新型うつの可能性もあるので理解はできるが、身体的な理由で休んでいるのに、結婚式なんて参加できるのか?と疑問。
また、①から④はAが異動してきてから2年目の話。1年目についても同様の理由で3ヶ月ほど休職している。
そして今年が3年目で、Aはそろそろ異動となるのだが、Aは「私も今年で異動か〜どこに異動になるのかなぁ」なんて呑気に構えていてムカつく。
“定期的に休職するやつなんてどこの課もとりたくないだろうし、引取先がなかったらお前は残留だよ”といいたい気持ちを抑え、「業務楽なとこいけるといいですね〜」と当たり障りない回答をしておいた。
また、Aは常に「自分は体調が悪いのになんで助けてくれないの」という依頼心もりもりな感じが発言から透けてみえて本当に気色悪い。
周りの友人に鬱病罹患者も多く、休職制度を活用している方が身近にいたため、それなりの理解はあった。
しかし、謎の体調不良を理由に休職とテレワークを繰り返す厄介な同僚(以下、Aとする)をみてからというもの、全ての休職者に対して擁護の感情というものがわかなくなってしまった。
因みにAのやったことは以下のとおり
①コロナORインフルエンザなど感染症で一週間くらい休み始める。
②①の後遺症で体調が戻らないといい、3ヶ月休む。
③①②の時に有給の申請をしておらず、有給残日数では対応できないため、休職の手続きを行う。
④休職明けるもまだ体調がなおらないという理由でその後3ヶ月テレワークをする。なお、当社のテレワーク制度は1週間に1回は出社するというルールのため、3ヶ月間連続でテレワークするのは基本認められない。また、テレワークにも関わらず、休職中、他の人に任せていた自分の業務を一切巻き取る気配なく、家でなにをやってるのか全く分からない状態。
また、補足だが、Aと私に共通の知り合いがおり、その知り合いの話によると、休職中(恐らく①②のどこか)友人の結婚式に参加していたとのこと。精神的な病での休職であれば新型うつの可能性もあるので理解はできるが、身体的な理由で休んでいるのに、結婚式なんて参加できるのか?と疑問。
また、①から④はAが異動してきてから2年目の話。1年目についても同様の理由で3ヶ月ほど休職している。
そして今年が3年目で、Aはそろそろ異動となるのだが、Aは「私も今年で異動か〜どこに異動になるのかなぁ」なんて呑気に構えていてムカつく。
“定期的に休職するやつなんてどこの課もとりたくないだろうし、引取先がなかったらお前は残留だよ”といいたい気持ちを抑え、「業務楽なとこいけるといいですね〜」と当たり障りない回答をしておいた。
また、Aは常に「自分は体調が悪いのになんで助けてくれないの」という依頼心もりもりな感じが発言から透けてみえて本当に気色悪い。
主人公以外の男キャラで、その作品ブームの牽引役として圧倒的な貢献をしたキャラ
他に誰がいる?
※作品ブームの牽引役として圧倒的な貢献をしただから、主人公とか他のキャラも人気だけどそれより少し人気が高いくらいじゃダメだよ
アイシールドの蛭魔、ガンダムのシャアは凄くいい、すっかり忘れてた
爆豪も確かに ポップはどうなん?最終的に人気上がっただけで、牽引したかというと…?
~~~~~~~~~
既に人気があった作品の序盤中盤に注目されてない/登場が遅い/活躍が遅い/見直されたのが遅いキャラは難しいかもね
あと女子人気が強く影響するのはそうなんだけど、その中でも特に凄かったキャラという感じだね
~~~~~~~~~
未精査メモ(以下全てがブーム牽引キャラに該当するかは調べてない)
ぱっと思いついたのは八神庵
男性嫌悪がひどい過激派フェミニストにたいして穏健派とつけなきゃいけないのが毎回かわいそうと思うけど、そういう穏健派フェミニスト、原義的なフェミニストも男の俺はあんまり好きになれない。
彼らは口をそろえてこういうの。
でも彼らがヒューマニストではなくフェミニストな理由も毎回一緒。
「今は」女性の方が差別の度合いがひどいから、まずは女性から。
男のことも考えてはいるが、とても手が回らないのだ。
確かに。分かる。何事にもコストを投入するなら効果が最大のところに手をつけるべきだ。細かいところは後半へ。人心を集めるなら隗より始めてもいいけど、誰でもフェミニストでも実益を求めてるから「まず男性を助けて男性を味方につけよう」なんて遠回りはとてもやってはいられない。
そんな「男(の性被害・差別)も救うつもり」のフェミニストさんの本心に聞きたいのだけど、
「自分が生きているうちに女性の諸問題に一定のカタが付き、男性の問題まで着手できるとお思いですか?」
あるいはどうなれば男女の問題量が同等になると判断できるのか。
お志は立派だが、一生かかっても着手できないタスクチケットを切ってるヒューマニストの題目だけをもつ穏健派フェミニストよりは、「私は女性だけにフォーカスして戦い続けます。一生かかる大きな問題です(男性は男性を救いたい人に任せます)」と正直に言っているフェミニストのほうが全然好感が持てる。目的が明確で嘘もなく出来ることをするといってるから。分業協力だってできる。
誰だって品切れ・時間切れになると分かってる待ち行列に並びはしない。
穏健派フェミニストが男性問題に着手する前に穏健派フェミニストの寿命という品が切れる。
穏健派フェミニストが男性問題に着手する前に俺の寿命という時間が切れる。
男女平等!男性の被害も減らしたい!なんていわれても彼らが男に出来るのは暇なときにコスト0で出来る空虚な言葉を並べるだけ。「男性のことも考えてるから女性を救う活動を応援してね」「待っててね」。使えるコストは女性に使わなきゃ。
しかし俺や彼らが死んだ遠い未来にようやく始まる穏健派フェミニストたちによる男性差別への救済を有難いと思えるほど俺は仏教に帰依していない。
「男性も救う!…救うが…今回まだその時と場所の指定まではしていない。どうかそのことを諸君らも思い出していただきたい。」
正直、そんなことは穏健派フェミニストも男の俺だって百も承知なんだ。穏健派フェミニストだって本心では分かっているはずなんだ。お互い正直ならそれはサッパリした関係なんだ。
なのに穏健派フェミニストは上手く隠したつもりで全然隠せていないデコレーションをするんだ。
「まずは女性から。その中で男性達が強制されている性役割や問題にもフォーカスしていって、どちらも生きやすい社会にしていきたいな」
こういう、あからさまに付け足した言動をするから穏健派フェミニストがあまり好きではない。
これで十分でしょ?これでしょ?言いたいのは?これでしょ?できる限界は?
正直になりなよ。本当はどっちも救いたいけど…!ってポーズはやめなよ。そうしてくれるとまともなフェミニズム、まともな穏健派フェミニストを素直に応援できるからさ。
ひねくれた男の俺だってただ女性をまっとうに助けたい人たちを批難するほどじゃない。