はてなキーワード: 先延ばしとは
いわながさんのTwitterの記事が流れてきて、ふと数年前にVTuberをしていた時のことを思い出しました。
一活動者だった人間として、当時の経験を少し綴ろうと思います。
活動自体は好きでしたが、事務所の方針や内部の体制が自分とは合わず、契約満了で辞めるつもりでいました。
一方で、事務所側は以前から「卒業ではなく、独立という形で活動を続けてほしい」と言う方針を示していました。
私自身、当時のキャラクターデザインがとても好きだったこともあり、独立という選択肢を検討し、制作費として聞いていた金額を参考に3桁万後半程度の買取金額を提示しました。
しかし、その後の話し合いは曖昧なまま進まず、返答も先延ばしにされ続け、最終的に独立は実現しませんでした。
結果として、私は「活動終了」という形で事務所を離れることになりました。
独立してほしいと言われていても、結果的にそれが本心ではなく、こちらが誠意を示しても有耶無耶にされることもあります。
当時所属していた事務所は立ち上げたばかりの新規事務所で、チャンネルも1万人以下と、そこまで大きく育っていたわけではありませんでした。
そのため、私としては提示した金額が不当に低かったとは思っていません。
私は今、活動者としては活動をしていないものの、あの頃の経験が完全に消えたわけではありません。
表に立つことから離れた今だからこそ、当時の出来事を少し冷静に振り返れるようになりました。
活動を続けることができなかった悔しさもありましたが、それ以上に「自分がどんな環境でなら健やかに働けるのか」を知るきっかけにもなりました。
好きなことでも、環境が合わなければ続けるのは難しいという当たり前のことを、身をもって理解した気がします。
VTuberとして過ごした時間は決して無駄ではなく、そこで得た経験や出会いは今でも大切なものです。
ただ、あの頃のように無理をしてまで続けたいとは思いませんし、自分の心や生活を犠牲にしてまで表に立つ必要もないと感じています。
これからまた何かを始めるかどうかは分かりませんが、少なくとも「自分の選択を自分で決める」という感覚だけは、あの頃よりずっと大切にできるようになりました。
自分を表現できる場所があって、誰かがそれを受け取ってくれる。
ただ、ひとつだけ伝えたいのは、**「環境は本当に大事」**ということです。
どれだけ好きなことでも、合わない環境で続けるのは想像以上に消耗します。
事務所に入るなら、雰囲気や方針、サポート体制、そして自分との相性をしっかり見てほしい。
数字や規模よりも、自分が安心して活動できるかどうかの方がずっと大切です。
そして、もし独立や契約に関わる話が出た時は、曖昧なまま進めないこと。
自分の大切なものほど、言葉にして、形にして、確認してほしい。
契約や権利の話は、どうしても感情や力関係が入り込みやすく、個人では対処しきれない場面が必ず出てきます。
専門家が入るだけで、話し合いの進み方も、相手の態度も、そして自分の心の負担も大きく変わります。
活動者はどうしても「自分が頑張ればなんとかなる」と思いがちですが、
活動を続けるかどうかよりも、まずは自分の安全と権利を守ることを優先してほしい。
VTuberという世界は華やかに見えますが、その裏側には契約、権利、収益、責任といった現実的な問題が必ずついてきます。
だからこそ、夢だけで突っ走らず、現実の部分にも目を向けてほしいと思います。
それでも、あなたが「やりたい」と思えるなら、その気持ちはとても大切です。
誰かに求められること、誰かに届くこと、自分を表現できること。
VTuberという活動は、楽しいだけではなく、時に孤独で、時に厳しい世界です。
それでも、自分のペースで、自分の心を守りながら続けられるなら、とても豊かな経験になると思います。
どうか、自分を大切にしながら進んでください。
あなたの未来が、あなた自身の選択で形作られていきますように。
活動実績やチャンネル評価などを踏まえつつ、これまでのサポートへの感謝を込めて私自身が妥当だと考えた金額で提示していました。
GWだ
Uターンラッシュというやつか
草津JCTなどのJCT渋滞が繋がってしまっていて吹田まで90分の看板を見て草津SAで休憩してから帰ろうと思った
草津SAに入ると混雑というか車で溢れており駐車待ちと出て行く車で閉塞していた
休憩しようと思ったがこりゃいかんと出ようとしたら30分ほど停滞して出れなかった
やっとのこと出るにも合流させまいとする車がいたりとイラッとしたこともあった
どちらで帰ろうかと考える
どちらも渋滞だ
第二走行帯で流れていくのが良かったのと京滋バイパスの分岐は2車線で入り、料金所と本線となるため第一走行帯で渋滞を待っておくのは無駄。第三、第四は名神行きで第二からの合流渋滞とその先の渋滞18kmの表記で第二走行帯を軽快に進めていけた
京滋バイパスでは渋滞で平均30キロほどでどうにかならないかヤキモチしていた
空腹で意識の維持がしんどかった
京滋バイパスを抜けると渋滞も解消されていたのでそのまま帰宅出来たが普段よりも時間が掛かってしまったので無理に帰らずに泊まって早朝に帰れば良かったかとも思えた
シャワーを浴びてその後は寝た
今日は疲労が取れていないのか朝5時に起きて少ない睡眠時間なのに睡眠も取れずYouTubeを見たり虚無の時間を過ごして今に至る
2018年に非公式に導入した永住権の年収規定によって今も放置されたままの申請者が30000人くらいいるらしい。
この規定の導入方法について最近移民局が謝罪した。規定には全く謝罪しない。
さて、この度ニュージーランドの永住権について大きな変更がある。これは、金持ちの投資家に集中する、あと、能力の低い人には永住権を与えない、の2つだ。
もっと言うならば、これまでは永住権を大して優秀でもない人にばらまきすぎていた、というあまりにも乱暴な理屈でこの方針を導入するに至った。
今のコロナ騒動に対して一応の成功を収めたニュージーランド、今の労働党でなくては成し遂げられなかったと思う。国民党だったら、間違いなくパンデミックに巻き込まれていた。
この辺は特に異論はない。今の政府は全く国民を向いていないからだ。
日本人はジャシンダ・アーダーン首相が大好きみたいだが、現地にいる身としては、単なる人たらしでしか無い。政治家として有能とはとても思えない。というか、コロナ対策以外に彼女の実績はあるのだろうか、と首を傾げている。
さて、最初に書いた年収規定だが、年収11万ドルくらいないと永遠に待たされるというルールで、今は公開されているので今後永住権を申請する人はこの規定に不服を申し立てることは可能だが無視されても文句は言えない。
そのおかげで、どうあがいてもこんな高収入を得られない業界はまるごと爪弾きを受けている。例えば車検をするスタッフだ。車検をするスタッフを十分に確保できない、という状況が何を引き起こすかなんて言うのは誰でも想像できるだろう。
人々の生活にないと困るが普段は繋がらない医者や弁護士ばかりが増えていき、日常的に接する人々が消えていく、という移民システムを今の移民大臣であるファーフォイがついに完成させようとしている。彼は移民制度のことなど全く頭に入っていない。なので年収規定を見ても放置できる。この規定のせいで国内が大混乱していることにちっとも気づかない。
しかも今、移民局がビザのコントロールについてのかなりの権限を確保している。
ニュージーランドの移民制度は今や絶望的な状況になったと言っていい。単に制度がぶっ壊れた、という理由でだ。
それでも政権交代したら何かしらの変化はするのでは、と思うかもしれないが、今のパンデミックの状況を見るならば、おそらく三期目に入るだろう。私の予想は大概外れるので外れてほしい。
ちなみにファーフォイは、最近攻撃されすぎて病気になったらしい。病気になる2日前に移民たちのデモのど真ん前に立って、お前たちののぞみはかなわない!と宣言したのは有名な話だ。見ててひっくり返るかと思った。
このへんな規定から始まる永住権処理の遅延に伴って、国民もかなりの迷惑を被っており、ほうぼうから政府を批判する声も聞こえ始めているが、政府は素知らぬ顔でルールは堅持、更に移民を締め出す制作を実行。
アーダーン首相はこういう。移民を締め出せばそこに国民が入るはず!と。ここは現実だ、お前の夢の世界ではない。
ところで申請者はなぜ告訴などしないのか、という点について書こう。
ビザの決定名に対しては不服を申し立てることができるが、遅延については申し立てることができない。裁判が法的にできない。なんだかんだで永住権が取れたら不服は申し立てない、当たり前だ。
つまり移民局はビザを出せない人はとにかくのらくらと決定を先延ばししていれば良い。
そんなわけで、おそらくあと5年くらいはニュージーランドは選ばないほうがいい。
3年付き合った人に、「結婚は考えてない」って言われた。
いや、正確には「今はまだかな」だったと思う。でもその“今は”がいつ終わるのか聞いたら、「分からない」って返ってきて、ああこれダメなやつだってその瞬間に分かった。
付き合い始めた頃は普通だったと思う。むしろ向こうのほうが結婚願望ありそうなこと言ってたし、「将来はこういう家に住みたいよね」とか、そういう会話もしてた。だから、時間が経てば自然とそういう流れになるんだろうなって、勝手に思ってた。
でも2年目くらいから、なんとなく話をすると濁されるようになった。「仕事が落ち着いたら」とか「もう少し余裕ができたら」とか、理由はそれっぽいけど、全部先延ばしの言葉だった。
こっちも強くは言えなかった。嫌われたくなかったし、関係が壊れるのが怖かったから。だから「そっか、今はタイミングじゃないよね」って合わせてたら、気づいたら3年経ってた。
で、この前、思い切ってちゃんと聞いた。「私との結婚、どう思ってる?」って。そしたら少し考えてから、「正直、結婚っていう形にこだわってないんだよね」って言われた。
それ、最初に言ってくれよって思った。
いや、言ってたのかもしれないけど、そのときの自分は都合よく解釈してたんだと思う。「今はそうでも、いずれ変わるでしょ」って。変わらなかっただけで。
別れ話はあっさりしてた。「価値観が違うよね」で終わり。3年ってそんな軽い言葉で片付くんだなって、ちょっと笑いそうになった。
でも内定が取れたとしても修論を出せなかったら取り消しになってしまうのだろうかと怯えている
公務員とかなら修士卒見込みで就活したものの結局大卒止まりになりそうでも第二新卒とか学部卒扱いで入れてくれると信じたい
夜更かししてこんな不安を増田に書く暇があったらその分先行研究読めよと我ながら思うけど、嫌すぎてまだまだ先延ばしにしそうだから、もう読まないと決めて早く寝る方が有益な気がしてきた。自分の怠惰さを俯瞰できてるのに行動に移せないの情けなさすぎる
でも全然将来は定まっていないのに、なぜか人生で今が一番情緒が安定している気がする。もう大卒資格は得てるし選り好みしなければ仕事には就けると思って安心しているのだろうか。前ならこういう不安が湧いたらすぐに死んだらこんなに苦しまなくて済むんだとぼんやり希死念慮を抱いていたし、そもそも社会に出るのが怖くてたまらなかったのに、今は社会人になりたくてたまらない。ようやく思春期を脱して精神的に大人になれたのだろうか。
主スペック
男
27歳
ADHDの疑い
借金あり
幼稚園の頃、俺は宇宙飛行士になりたかったはずだ。何故なら卒業文集にそう書いていたからだ。
実際は高所恐怖症があるため無理だった。
小中学生の時と高校入学時、ゲームクリエイターになりたいと言ったのを覚えている。東方にハマって、そういうゲームを作りたいと思っていた。
実際はプログラミングをまともにできずに諦めた。そもそもその頃俺は自ら引きこもりになって、学ぶことそのものを一度諦めた。
大人になってからもう7、8年は経過している。そろそろ夢というものに向かって頑張り始めるには遅い気がする。
ゲームに関しては、そんな腕前はないし、何よりそれで食っていけるヴィジョンが見えない。
食べ物を食べることも、作ることも好きだが、人様を満足させるほど良い料理は俺には作れない。フードファイターのように多くの量を食べることもできない。そもそも好き嫌いが多すぎる。
パチンコなんて以ての外。趣味打ち以上に金を使えば破滅が目に見えている。
今の就労支援B型を真面目に毎日、きちんと最後までやっていれば、そのうち夢や目標もできるのだろうか?
そうでなくとも、A型や一般就労に繋がって、趣味に使える金が増えたりしないだろうか?
と思って軽くだが調べた。
無理だろ。
というか、今でさえ2、3時間も作業(働いているとまでは言えない労働量なのでそう書く)したら疲れたり体調を悪くしたりするのに、どうしてできると思った?俺よ。
世間の声なんてどうせ俺に対してなんか「甘えるな働け」の言葉しかないだろう。
だからと言って、そんな人間に対してそう言ったところで「わかりました甘えません今すぐ働きます」なんて例は見たことがないし、言われたとしても俺にはできん。
数年前(もう何年に俺が就労Bに行ったかも忘れた)、バイトをしていた頃がある。20歳付近の事だったはずだ。
それすらもまともにやり抜く事が出来なかったのだ。
某ディスカウントストアにて働いていた最終盤に、女の先輩から言われた事を今でも覚えている。
そういう事だ。今の俺が働いても、他の人間以下の仕事しかできない。
実際、俺のいるところは恵まれているのだろう。
家から近いし(車で10分とかからない)、作業時間は短いし、それでいてそれなりに工賃は貰えてると思うし。
でも、就労Bにも嫌なことはある。
人間関係だ。俺はもともと子供が苦手だ。親でも制御できないことがあるからだ(実体験もある)。で、利用者の中に「子供っぽい」奴がいる。
そいつは、「僕ネット荒らしちゃったんですよ~ww」とヘラヘラしている。俺と同じゲームをやって、「僕下手だな~ww」と笑っている。喫煙者でもないのに喫煙所に来て喫煙者と談笑している。
正直言って一緒の環境で作業したくないくらい苦手だが、それはそれとして楽しそうだ。それに比べて俺はどうだ?
始業15分前には駐車場でタバコ吸って、時間ギリギリでタイムカードを押して、トイレ行って、作業黙々とやって、昼過ぎか午前中に「すみません、体調が保たないので帰ります。お疲れ様でした。また明日(金曜の時は来週)よろしくお願いします。」の定型文で帰って、やることと言えば飯食うかネット見てるか寝るか。たまに所持金がある時は自分の飯やおやつ買うか、もっと所持金がある時はゲーセンや低貸しのパチ屋へ行く。勝てば夕飯は外食、負ければ家で食う。
この人生楽しいか?って思えてきた。いや楽しい時もあるけどそうじゃない。これをずっと繰り返して生きるのは(肉体的にも精神的にも環境的にも)辛いんじゃないか?と思う時がある。
兎も角、生きている意味なんてものを、俺は自分に見いだせない。
だが死ぬ苦しみも(一瞬だと分かっていても)辛いだろうから、どうせ死ぬのは先延ばしにする。
眼の前の、出来ることだけやる。平日は毎日出来る限り就労Bに行く。借金は少しずつでも返す(近々任意整理が一部の借金に対して始まるかもしれないし)。パチンコは辞めるまで行かなくとも、ゲームの方に矢印を向ける。ダイエットは考えていないが、野菜は食べる(野菜を多く取れば、痩せるまで行かなくとも健康にはいいかもしれないし)。
せめて、1人になっても生きている状態を続けられるようにしなくてはならない。
長々と書いてきたが、俺は誰かにこの文章を見てどう思って欲しいんだろうか?
「よく頑張ってきたね、えらいね」か?これは違う気がする。そこまで頑張ってないし。そもそも、なんというか、俺は自分の人生を褒めてもらいたいと思った事はない。
「なんだかんだ言って結局逃げたいだけじゃねえか。甘えんな働け」?これも違う。俺は対立煽りたい訳じゃないし、何よりそういう思想を持つ人と俺は合わないだろう。そう言われたところで、はいそうですか、となるだけだ。
どうしたいのか俺もわからん。ただ、この文章を誰かに見てもらいたい、読んで何かを思って欲しいと思ったのは事実だと思う。だから残す。
俺には夢がない。だが目標はある。
自分は東京で実家暮らし。仕事はかなり忙しい。土日休みではあるけど、普通に土日も作業してることが多くて、ずっと仕事に引っ張られてる感じはある。
彼女は大阪にいたけど、結婚を見据えて東京に来てもらった。形式的には転勤だけど、実質はこっちの事情に合わせてもらった部分が大きいと思う。
最初に同棲しなかったのは自分の判断。仕事で帰りが遅いし生活リズムも安定しないし、まずそこが不安だったのと、自分のキャリアや収入にもそこまで自信がなくて、「この状態で一緒に住んでちゃんとやれるのか」という不安があった。
それに加えて、彼女の性格的にちょっと感情の起伏があるタイプで、転勤直後っていう環境が大きく変わるタイミングで、それも含めてうまく付き合っていけるのか正直怖かった。
だから「まずは別々で生活して、落ち着いてから同棲でもいいんじゃないか」と思ってそうした。今思うと、まあ逃げてた部分はある。
その間、彼女は東京で一人暮らし。知り合いほぼいない状態からスタートしてる。
仕事は激務ではないらしいけど、業務の難易度が上がったり職場の雰囲気に馴染めなかったりで、ちょいちょいしんどいとは言ってた。ただ、その時の自分は「まあ慣れればいけるでしょ」という感覚もあったし、本人も「大丈夫」と言うことが多かったから、そこまで深刻には受け止めてなかった。
それに加えて、自分の仕事も普通に忙しくて、正直余裕がなかった。だから、丁寧に話を聞いたり、頻繁に会いに行ったりみたいなケアは、できていなかったと思う。
やろうと思えばできたのかもしれないけど、優先できてなかった。
で、最近やっと同棲の話が進んで、物件も決まった。結婚も具体的に考えるみたいな話が出てるタイミング。
その直後に「仕事辞めたい」って言われた。
理由はメンタル的にきつい、このままだと壊れそう、っていう割とストレートなやつ。
正直、タイミングは最悪だと思ってしまった。同棲を決めた物件の家賃は安くないし、東京で一馬力でやってくのは難易度高すぎる。
ただ一方で、東京来た時点で無理させてるのは事実だし、同棲も自分が先延ばしにしたせいで、その間ずっと一人で踏ん張らせてたわけで、そりゃ限界くるよなとも思う。
「なんで今なんだよ」と「今までよく持ってたな」が同時にある感じ。
自分としては支えるべきなんだろうとは思う。でも、じゃあ仕事辞めた状態の彼女とそのまま同棲して結婚までいく覚悟あるかって言われると、正直そこまで腹くくれてない。自信がないし、現実的にも難しいとしか思えない。
彼女のことはかなり好きだし結婚も考えてるのは本当。でも「支える前提の結婚」になると急に現実感が違う。
本人は少し休めば回復すると思うって言ってるけど、それもどこまで見通し立ってるのか分からない。このまま辞めて次決まらなかったら生活費どうするのかとか、同棲どうするのかとか、結婚どうするのかとか、一気に論点増えてる。
現行憲法について思うところはあるけど、その改正問題について墓穴を掘ったのは当時の保守派だよ。
どういうことかというと、
ポツダム宣言第10項では「日本国政府は、日本国国民の間における民主主義的傾向の復活強化に対する一切の障害を除去すべし。言論、宗教および思想の自由並びに基本的人権の尊重は確立せらるべし」
——
第12項「前期の諸目的が達成せられ、かつ日本国国民のの自由に表明せる意思に従い、平和的傾向を有しかつ責任ある政府が樹立せられば、連合国の占領軍は、直ちに日本国より撤収せらるべし」
ワシントンは急進的で、「天皇制を廃止するか、あるいはより民主主義的な方向にそれを改革するよう奨励されなければならない」と勧告していた。
それで、GHQは、1945年10月までには、日本側に対して、ポツダム宣言を踏まえて憲法を改正するようにと伝え、その後数ヶ月なんの干渉もしなかった。
民間の憲法草案はいくつも作成、公表されたのに対して、日本政府は政府案を出すのに先延ばしをずるずるとし、最終的な政府案の内容は明らかにうわべだけを取り繕ったものであった。そして、内閣の起草案は国民に嘲笑われた。
夜更けて、街の灯りもだいぶ減りたるころ、ふと胸のうちを点検してみれば、現代の女の心にも「公開鍵」と「秘密鍵」と、二つの鍵が確かに住んでいるのがおかしうて、少し書き留めておきたくなる。
「どんな人がお好きですか」とたずねられる場は、いと多し。飲み会の席、仕事帰りのエレベーター、あるいは掌の中の小さき画面の向こう。人は皆、あまりに手慣れた様子で問いかける。「優しい人がいいです」「清潔感のある人が好きです」などと答えるとき、私たちはたいてい、自分の心の公開鍵を、そっと差し出しているのだろう。
公開鍵とは、人に見せるために磨き上げられた「好きの条件」である。「怒鳴らない人がいい」「連絡を急かさない人が好き」「ごはんを美味しそうに食べる人が、なんだかいい」。そうした言葉は、どこかで読んだ恋愛記事の一節にも似て、無難で、ほどよく正しく、そしてなにより安全だ。これを掲げておけば、「ああ、分かりやすい」と相手はほっとしてくれるし、こちらも自分の心の奥まで覗かれずに済む。まことに、現代のプロフィールにふさわしい、便利な看板である。
けれど、人の心の仕組みは、そんなに単純にはできていない。公開鍵のさらに奥、言葉にすれば少し心許なくなる場所には、もうひとつの鍵――秘密鍵がそっと隠れている。
秘密鍵とは、「ここを触れられると、どうしても心が動いてしまう」という、恥ずかしくも面倒くさいスイッチの在処のようなものだ。たとえば、仕事で小さな失敗をして、ひとり帰り道に情けなさをごまかしている夜、「それくらい誰だってあるよ」と軽く笑われるのではなく、「今日はつらかったでしょう」と、言い訳も評価も置き去りにして、ただこちらの気持ちだけを拾い上げてくれる人に出会うとき。胸の奥で、かすかな音を立てて何かが回る。「ああ、この人には、もう少し本当のことを話してもいいかもしれない」と、心が勝手に判断してしまう。
あるいは、「大丈夫?」と問われれば、条件反射で「大丈夫」と答えてしまう癖を、私たちはだいぶ長いあいだ育ててきたのだけれど、ときに「大丈夫って言わなくていいよ」と、少しだけ問いをずらしてくる人がいる。このとき、こちらの中でふいに、公開鍵としての「元気なふり」が効力を失い、秘密鍵のほうが顔を出そうとする。「本当は、今日ぜんぜん大丈夫じゃなかったんだ」と言いかけて、飲み込んで、また少しだけ話してしまう。その一歩一歩が、鍵の回転である。
秘密鍵は、決して「こうしてくれれば落ちます」という攻略法ではない。甘い言葉も、凝ったサプライズも、それだけでは届かない場所にある。日々のメッセージのやりとりの中で、「おはよう」と「おつかれさま」が、雑に扱われず丁寧に返ってくること。疲れていると察して、会う約束そのものをそっと先延ばしにしてくれること。沈黙を怖がらず、ただ同じ空気の中にいてくれる時間。そのような、誰に自慢するでもない小さなやりとりの積み重ねが、いつのまにか秘密鍵のまわりを温め、錆びついた心の蝶番を少しずつゆるめていく。
公開鍵は、世界に向けて掲げる「私の好き」の見取り図だ。そこに描かれた条件を読んで、「自分はどうだろう」と照らし合わせてくれる人たちがいることは、とてもありがたい。けれど、本当に扉が内側から開くとき、その人はたいてい、図面には載っていない場所を、怖がらずに覗き込んでいる。「ちゃんとしている私」だけでなく、「間に合わなかった私」「泣きそうな私」「拗ねている私」を見てもなお、「それでも一緒にいたい」と、何気ない口調で言ってのける。
そういう人の前では、いつのまにか、こちらも振る舞いを変えてしまうものだ。平気な顔をしなくてもよくなり、格好のつかない話を口にしてもいいような気がしてくる。気づけば、公開鍵として選び抜いてきた言葉を使わずに、「今日はすごくさみしかった」とか、「本当は、あのとき泣きそうだった」とか、少し不格好な文を送ってしまっている。それに対して、「そうだったんだね」と返してくれる人がいるなら、その人はもう、秘密鍵を半分くらい預かっているのかもしれない。
古の歌人たちは、几帳の陰から紙を差し入れ、香を焚きしめた手紙に思いを託した。届くかどうか分からぬ心を折りたたみ、ただ一人に向けて送ったのだろう。現代の私たちは、暗号や鍵という言葉でそれを説明するようになったけれど、本質はあまり変わっていないのかもしれない。誰にでも見せる顔と、一人にだけ見せる横顔。そのあいだに、いつも小さな鍵がひとつ隠れている。
公開鍵をきちんと読んでくれる人がいて、なおかつ、秘密鍵に触れても乱暴に扱わず、時間をかけて一緒に回していこうとしてくれる人がいるなら、その人は、なかなかに愛おしい存在である。いつの日か、そんな人の前で、「私の心の秘密鍵、少しあなたに預けてもいいでしょうか」と、冗談めかして言ってみたくなる。言葉にすればいささか気恥ずかしく、しかし、言わずにはいられないような宵が、人生にいくつかあればよい。
公開鍵を掲げて生きることは、世界に扉の在処を知らせること。秘密鍵を預けることは、一人の人に、その扉の内側を託すこと。現代に生きる女の心は、その二つの鍵を、今日も胸のポケットに忍ばせている。いい人に出会った夜には、そっと手探りをしてみるのだ。「この鍵穴に、この人の微笑みは、ちゃんと合うだろうか」と。
https://toyokeizai.net/articles/-/935157
原子力はキロワット時あたり7.42円、再エネは6.17円。事業者コストに上乗せされるべき公的コストは2002年度当時から原発の方が高かった。さらに今後もコストがかかる。使用済み核燃料を処理する費用だ。
日本は地震大国で、10万年動かない地層はないといわれている。これが「トイレなきマンション」と言われるもので、原発の最大の問題の一つとされている。
10万年も強力な放射性物質を出し続ける廃棄物を、どうするのか。いまはほとんどが各原発上部のプールにはいっているが、これも電気と水が止まったら冷やせなくなり、メルトダウンする恐れがある。
廃棄物はいつかリサイクルできるようになる、処理場もできるというのは幻想であり、砂漠の逃げ水のように果てしなく先延ばしになっている。