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先入観と同調圧力

書籍
08 /10 2024
遅ればせながら「ロッキード」真山 仁 文藝春秋 2021を読んだ。
本の厚さ5㎝に、思わずウッとなったが読み始めたらやめられなくなった。


著者は巻末にこう書いていた。

(調査を進めるうちに)我々がいかに先入観に毒されて、
真実を探ろうとする目を曇らせていたかを思い知らされた」と。

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ロッキード事件とは今から48 年まえの1976年、
田中角栄・元総理大臣がアメリカのロッキード社から
賄賂を受け取ったとして逮捕された事件で、日本中が大騒ぎになった。


「先入観」ー。
そう言われれば確かに私の記憶も、
「金権総理が大罪を犯した戦後最大の疑獄事件」、
その巨悪を暴いた特捜は世間から素晴らしいと拍手喝采され、
それを指揮したY特捜検事は「ミスター特捜」として崇められて、
この事件が成功例としてその後の特捜検事たちの指標になった、

ということしか残っていない。


しかし読み進むうちに、
「先入観に毒されていた」ことに気付いて、ゾッとなった。

この事件には角栄氏が受け取ったとされる5億円と児玉誉志夫氏に渡った
とされる21億円の二つの流れがあると著者は書く。

5億円は民間航空機購入、21億円は軍用機購入の賄賂とされているが、
21億円のほうは佐藤栄作内閣の運輸大臣や防衛庁長官を務めた
中曽根康弘・元総理の名がチラつくものの、
どこへ消えたのかうやむやのままだという。

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当時の角栄氏にとって5億円などは「はした金」で、
何よりも日本国総理としての誇りを堅持していた角栄氏が、
そんな金にシッポをふるようなことは考えられないと側近たちは言う。

第一、秘書に「トライスターってなんだ」と聞いたくらい知らなかったし、
航空機購入の話は、角栄就任前の佐藤栄作政権の時に起きていた、とも。

検察は「角栄がロッキード社から賄賂を受け取り、全日空に行政指導して
トライスターを買わせた」というストーリーを描き、
全日空社長の若狭得治氏をも逮捕、裁判所は有罪判決を下した。

しかし不可解なのは、なによりも事故発生を懸念する航空会社が、
総理の「天の声」一つで、航空機を決めるなどということはあり得ないこと。
実際、全日空では事件以前から航空機の選定には現地へ技術者を派遣し、
何度も会議を開き慎重に検討していたと著者は書く。

全日空社長の若狭氏は、
青年時代に罹患した2度の大病の後遺症できちんと椅子に座れなかった。
それを裁判官が「態度が悪い」と叱責。氏は言い訳せず、
裁判中は苦痛に耐えながらキチンとした姿勢を保っていたという。

メディアもまた独自調査もせず、若狭氏を一斉にバッシングした。


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メディアと司法との癒着はしばしば問題になるが、
検察庁でのこんな出来事を元・司法記者が書いていた。

「検事からリークされた通りのことを書かなければ記者クラブへの
出入りを禁止される。リークと反対のことを書いた記者が、
見せしめとして壁を背にずっと立たされていたこともあった」


角栄氏は法務政務次官を務めた1949年、
拷問してでも自白を強要した戦前のものを廃止し、法廷での証言を重視し、
密室での検面調書は証拠としないという新たな刑訴法を制定した。
だが、この事件で検察も裁判官もそれを適用しなかった。

政治家で2022年に逝去した石井一氏は自著「冤罪」にこう書いている。

「ロッキード事件と村木冤罪事件は酷似している」
「冤罪事件の底流には何者かによる政治的意図が働いている」
「キッシンジャーの関与をほのめかす多くの証言がある」
「現金を運んだとされる4人がそんな事実はないと訴えても有罪にされ、
その中の一人は耐え切れず自殺した」
「彼ら(検事)を指して正義の番人と呼ぶことはできません。
”犯罪者製造機”とでも呼ぶ方が当たっているかもしれません」

「冤罪」石井一 産経新聞出版 平成28年
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「ロッキード」の著者は、「我々がいかに先入観に毒されて…」
の言葉と共に、もう一つの権力として「同調圧力」を挙げていた。

角栄氏は法廷でこう訴えた。
「何の関わりもない私は逮捕をきっかけに、激しい世の指弾を受け…略…
それこそ完膚なきまでに痛めつけられ弁解も成り立たず…略…その執拗な
非難攻撃に耐え抜くということは、死よりもつらい思いがしたのであります」

直近でも同じことがあった。
オリンピックで負けて号泣した選手に対して、だれかが「恥さらし」と
書き込めば世間は同調圧力と化して一斉に「恥さらしだ」と叩いた。

角栄氏が作った「刑訴法321条」では、
検事が想定したストーリー通りに作った供述調書は証拠として認めない
とされているのに、なぜか今なお、それが証拠としてまかり通っている。

おかしな話だ。

真山氏は冒頭で、ロッキード事件の判決に参加した当時の最高裁判事の
40年後のこんなつぶやきを載せていた。

「あれはなんだったのかと思う事件です。
フワフワと現れて、フワフワと消えて言った事件でした」

今さら「フワフワ」もないだろう。
密室で尊厳を傷つけられながら、取り調べを受けた方々が痛ましすぎる。

丸紅の専務だった伊藤宏氏は法廷でこう証言した。
「椅子を蹴飛ばされてひっくりかえったことがありました。
国賊、人非人、ゴキブリ、売国奴と言われたり、一回に30分か1時間くらい
立たせておじぎをさせたり、壁の方を向いて立っておれと言われたり」

かつて検事から暴行されて重傷を負った被疑者や、耳元で大音声されたり、
瞬きせず目を開けていろと言われた会社社長もいた。

被疑者は「裁判官こそ公平に見てくれる」と思い、懸命に無実を訴えても、
裁判官は検事調書を鵜吞みにしてしまう。

こんな非人道的で理不尽なことがこれからも続くのだろうか。


さて、実は私、以前読んだ孫崎亨氏の
「アメリカに潰された政治家たち」
小学館 2012に出ていた
「岸信介、佐藤栄作は対米追随派ではなく、自主路線派」というくだりが、
ずっとひっかかっていたんです。


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で、「知ってはいけない2」矢部宏治 講談社 2018を読んだら、
こんなことが書かれていた。


「岸と佐藤という二人の兄弟の手によって誕生・発展した
自民党という政党は、結党時からCIAやアメリカ政府の間にあまりにも
異常な、絶対オモテに出せない関係をつくりあげてしまった」

なんだ、バリバリの対米追随派じゃないですか。

「ニューヨークタイムズの記事によると、
田中角栄以前の、岸以降の首相はみな、CIAから資金提供を受けていた。
その金を配る人物の中には、ロッキード社の役員もいたという報道もあって、
何が何だか、もうさっぱり訳が分からなくなってしまいました。
じゃあ、あのロッキード事件って一体何だったんだ」と、著者の矢部氏。

何が真実かは私ごときには知りようがない。
けれど、同調圧力に引きずられて無知な加害者にはなりたくない。
それにはできるだけいろんな著者の本を読む、それしかないと思った。


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雨宮清子(ちから姫)

昔の若者たちが力くらべに使った「力石(ちからいし)」の歴史・民俗調査をしています。この消えゆく文化遺産のことをぜひ、知ってください。

ーーー主な著作と入選歴

「東海道ぶらぶら旅日記ー静岡二十二宿」「お母さんの歩いた山道」
「おかあさんは今、山登りに夢中」
「静岡の力石」
週刊金曜日ルポルタージュ大賞 
新日本文学賞 浦安文学賞