ウンタラター カンマン
民俗行事
前回までの「金杉藤吉」に、かなり入れ込みましたので、
少々疲れが出ました。
本日は「不動尊の火渡り」です。
不動明王の知恵の火を浴びて、心身ともに清めて参りました。
大日山智徳院(麻機のお不動さん)
静岡県静岡市葵区にあります。真言宗醍醐派三宝院末
中興開山の高井善証律師は、天保5年、駿府で与力の子として生まれます。
幼いころから大変な神通力の持ち主で、
天狗小僧と呼ばれていたそうです。
明治5年、廃寺になっていた滝ノ谷光明寺を「光明院」と号し、
現在地へ再興。明治29年に、「智徳院」と改称します。
その「滝ノ谷光明寺」跡です。山の中にあります。
目と鼻の先を新東名が走っています。
左に見える石積みは「経塚」、右の三角の石は「不許葷酒入山門」碑
新東名の工事以前は、寺の石垣や行場、墓石などがありましたが、
今は「不許葷酒入山門」碑とわずかな石垣を残すのみ。
行をした三段の滝は、一つだけ残しあとは埋められてしまったそうです。
「不許葷酒入山門」(くんしゅ さんもんに いるをゆるさず)
ニラやニンニクのような臭い野菜や酒を口にした者は寺内に入ってはいけないという意味。
こういう碑は禅宗の寺に多いのですが、
ここは江戸時代、密宗から黄檗宗に変わったため、
この碑が建てられたものと思われます。
廃寺になる前の光明寺の縁日には、
山門から参道にかけてムシロ張りの野天の賭博場ができて、
大変にぎわったそうです。
そういえば清水次郎長さんが、
ここらあたりに出没した話もチラホラ出てきます。
智徳院の「猫神さま」です。
石仏を集めたお堂に、ほかの方々と並んでおられました。
不思議なことに何度撮ってもうまく写りません。
お堂の中で光が乱反射している感じ。
撮影を拒んでいるのかなあ。
全国の猫神社のお猫さまは、みんなニコニコ手招きしているし、
珍しい神様なので、この際お許しいただいて、小さめに掲載してみました。
護摩壇への点火を待つ子供たちです。
子供たちの目的は、結界のしめ縄とそこに下がっている紙垂(しで)。
「これ、縄ごと取って一年持っていて、
来年またここへきて焼いてもらうんだよ」。子供の方がよく知っています。
点火と同時に争奪戦が始まりました。
なんと隣にいたおばあさん、
子供を押しのけて、ものすごい勢いで縄を千切りました。
さて、「太吾さん」と慕われた高井善証律師ですが、
大変な法力の人だったそうです。
悪疫退散に霊力を発揮して、生神様と崇められていたそうで、
静岡県内各地に、この太吾上人の神社や祠がたくさん現存しています。
火渡りです。
今、炎の中に一人入っていきました。左端の赤く見える所がその人です。
足に塩をつけて、神妙に歩く子供たち。
火渡りを待つ人の列が、山門の外にも長く続いていました。
消し炭みたいになった上を、ほんの数秒間歩くために、
こんな夜更けに我慢強く待っている。
不思議だなあ、人間って。
「…… ソワタヤ ウンタラター カンマン」
リズミカルなマントラの余韻が心地よい。
夫れ仏法遥かに非らず 心中にして即ち近し
弘法大師
少々疲れが出ました。
本日は「不動尊の火渡り」です。
不動明王の知恵の火を浴びて、心身ともに清めて参りました。
大日山智徳院(麻機のお不動さん)
静岡県静岡市葵区にあります。真言宗醍醐派三宝院末
中興開山の高井善証律師は、天保5年、駿府で与力の子として生まれます。
幼いころから大変な神通力の持ち主で、
天狗小僧と呼ばれていたそうです。
明治5年、廃寺になっていた滝ノ谷光明寺を「光明院」と号し、
現在地へ再興。明治29年に、「智徳院」と改称します。
その「滝ノ谷光明寺」跡です。山の中にあります。
目と鼻の先を新東名が走っています。
左に見える石積みは「経塚」、右の三角の石は「不許葷酒入山門」碑
新東名の工事以前は、寺の石垣や行場、墓石などがありましたが、
今は「不許葷酒入山門」碑とわずかな石垣を残すのみ。
行をした三段の滝は、一つだけ残しあとは埋められてしまったそうです。
「不許葷酒入山門」(くんしゅ さんもんに いるをゆるさず)
ニラやニンニクのような臭い野菜や酒を口にした者は寺内に入ってはいけないという意味。
こういう碑は禅宗の寺に多いのですが、
ここは江戸時代、密宗から黄檗宗に変わったため、
この碑が建てられたものと思われます。
廃寺になる前の光明寺の縁日には、
山門から参道にかけてムシロ張りの野天の賭博場ができて、
大変にぎわったそうです。
そういえば清水次郎長さんが、
ここらあたりに出没した話もチラホラ出てきます。
智徳院の「猫神さま」です。
石仏を集めたお堂に、ほかの方々と並んでおられました。
不思議なことに何度撮ってもうまく写りません。
お堂の中で光が乱反射している感じ。
撮影を拒んでいるのかなあ。
全国の猫神社のお猫さまは、みんなニコニコ手招きしているし、
珍しい神様なので、この際お許しいただいて、小さめに掲載してみました。
護摩壇への点火を待つ子供たちです。
子供たちの目的は、結界のしめ縄とそこに下がっている紙垂(しで)。
「これ、縄ごと取って一年持っていて、
来年またここへきて焼いてもらうんだよ」。子供の方がよく知っています。
点火と同時に争奪戦が始まりました。
なんと隣にいたおばあさん、
子供を押しのけて、ものすごい勢いで縄を千切りました。
さて、「太吾さん」と慕われた高井善証律師ですが、
大変な法力の人だったそうです。
悪疫退散に霊力を発揮して、生神様と崇められていたそうで、
静岡県内各地に、この太吾上人の神社や祠がたくさん現存しています。
火渡りです。
今、炎の中に一人入っていきました。左端の赤く見える所がその人です。
足に塩をつけて、神妙に歩く子供たち。
火渡りを待つ人の列が、山門の外にも長く続いていました。
消し炭みたいになった上を、ほんの数秒間歩くために、
こんな夜更けに我慢強く待っている。
不思議だなあ、人間って。
「…… ソワタヤ ウンタラター カンマン」
リズミカルなマントラの余韻が心地よい。
夫れ仏法遥かに非らず 心中にして即ち近し
弘法大師