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ぜひ見に来てください「稚児舞楽」

古典芸能
04 /03 2016
静岡市の静岡浅間神社には、
全国的にも珍しい稚児が舞う舞楽「稚児舞」(ちごまい)があります。
(国の選択無形民俗文化財)

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「太平楽」です。「廿日会祭」パンフレットより

静岡市を流れる安倍川の対岸に、
建穂寺(たきょうじ)」という秦氏ゆかりの古刹がありました。
稚児舞はその建穂寺の稚児が浅間神社に奉納していた舞いで、
大阪・四天王寺から伝わったという伝承があります。

稚児舞の記録は、戦国時代、駿府の今川氏を頼って京都からやって来た
公卿・山科言継(ときつぐ)の「言継卿記」に出てきます。

これは稚児が乗る「輿」(こし)です。
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こんな風にして浅間神社まできます。昔は安倍川を渡ってきたそうです。
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4月2日、その練習を見学してきました。
4人の小学生が舞い人になります。

まずは拝殿へ向かって二礼二拍手一礼。
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静岡浅間神社・舞殿(まいどの)

拝殿と舞殿をつなぐ橋に立つ二人。少し緊張しています。
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まずは天下泰平を祈って四方を清める「振鉾(えんぶ)」の練習です。
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こちらは一人で舞う「納曽利(なそり)」
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次は笏を持って舞う「安摩・二の舞」です。
この舞には黒い面をつけた「ずじゃんこ」と呼ばれる爺と婆が登場します。
この爺と婆、滑稽なしぐさをして稚児を笑わせようとします。
ずじゃんこ役は建穂地区の大人が演じます。

このとき稚児が笑ってしまったら、その年は不作、笑わなかったら豊作。
爺と婆は笑わせるのに失敗します。
「二の舞を踏む」という言葉はここからきたといわれています。

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稚児舞奉納は4月5日(火)です。
11時、稚児行列、別雷神社を出発。
12時から、浅間神社にておねり曳き揃え・稚児供覧。
午後3時30分から舞殿にて稚児舞奉納。

4人の小学生の華麗な舞いをぜひご覧ください。

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なお、
浅間神社内、静岡市文化財資料館=☎054・245・3500=では、
企画展「廿日会祭と稚児舞」を開催中です。(17日まで)
廿日会祭は、(はつかえさい)と読みます。
入場料は一般200円、中学生以下50円、70歳以上無料。

学芸員さんたちの気合の入った、見ごたえのある展示です。
浅間神社所蔵の絵図は圧巻です。
最後の将軍・徳川慶喜撮影の稚児舞の写真も展示されています。

ちなみに私はこの資料館の運営委員をしております。

みなさん、ぜひお越しください!!

ちょっと寄り道、「神楽」です

古典芸能
02 /14 2015
久々に神楽を見ました。
場所は静岡浅間神社・舞殿。

氷雨の降るあいにくの日曜日です。
でも出かけました。
なにしろ舞うのは、日本を代表する岩手県の
早池峰・大償(はやちね・おおつぐない)神楽ですからね。


地元の清沢(きよさわ)神楽との共演です。

清沢神楽です。静岡県指定・無形民俗文化財です。
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静岡市を流れる安倍川の支流、藁科川流域の旧清沢村を中心に、
江戸時代から伝わる伊勢系統の神楽です。

真剣を使った「八王子の舞」です。
元は8人で舞ったものですが、この日は若者2人を入れた4人で舞いました。
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利き手ではない左手で重い刀を長時間クルクルまわします。
大変な技と体力が求められます。

手元が狂って真剣が飛んできたらどうしよう、なんてふと思ったりして…。
不謹慎、不謹慎。


さて、本日のお目当て早池峰・大償神楽です。こちらは山伏系の神楽。
国指定・重要無形民俗文化財ユネスコ・無形文化遺産というすごい神楽です。


災いを防ぎ、人々の平安を祈る「権現の舞」
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御年84歳の舞人です。

前日のホールでの公演の疲れも見せず、躍動感あふれる動きです。
最初から最後まで一人で舞います。
胸にジンときて、なんだか涙が出そうになりました。

東日本大震災以降、この「鎮魂と祈りの舞」で被災地を訪問。
また、岩手の民俗芸能の復興再生のために、
各地で公演を行っているそうです。
84歳でがんばっておられるんですもの、きっと大丈夫です。

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今度は獅子頭をかぶり、色白の素敵な若者を従えて舞います。

岩手県は、このブログに時々コメントを下さるkappaさんのふるさとですね。
kappaさんも若かりし頃は、きっとこんな若者だったかもなあ、と思いつつ…。

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最後に見物人へありがたいお神酒「福」のふるまいです。

神楽が終わって歩きはじめたら、足の指の感覚がない。
寒かったし、早くから立ちっぱなしだったもんなあ、と思いつつ、
しかし、すっかり心が洗われた思いで帰宅。


その夜、知り合いのおじさんから電話が入った。開口一番こう言った。
「おーい、雨宮さん、今日浅間さんで神楽見てたら?」
「えっ! なんで知ってるの?」
「テレビに出てたもん。NHKのニュースにだよ!
一番前にいたっけよ。カメラ持ってサア」
「エエーッ!」
「なんだ、見なかったのかい。アリャー」

あらま! この私が天下のNHKに出てたなんて、アリャー。
でもさ、うちにはテレビがないから、そんなことどうでもいいんだヨン。

有東木の盆踊り

古典芸能
06 /18 2014
古典芸能が続きました。
が、も一つおまけに、「有東木(うとうぎ)の盆踊り」、ご紹介します。
少し気が早いですが、まあ、お許しください。
これ、そんじょそこらの盆踊りではないんです。
国指定の重要無形民俗文化財の盆踊りなんです。

静岡市の中心から車で約一時間、標高600㍍、
70余戸の「有東木(うとうぎ)集落」がその舞台です。
私も毎年参加させていただいております。
ささらやコキリコといった古い楽器を持ち、
歌と太鼓だけの素朴なリズムで踊ります。


恥ずかしながら、これ、私です。
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♪「甲州河内下山村に 後家のむすめにお花というて 
人に優れて伊達者でござる」
♪「お花子女郎は深草の露 なびく若衆もきりもない」
 =ささらおどり・じょろごのおどり。

単調なようでも独特な動きがありますから、なかなか難しいです。
リズム感のない私は、いつもワンテンポ遅れます。

男踊りと女踊りがあって、
昔は男女が交じって踊ることは許されなかったそうですが、
今は輪の中に入れていただいて、粋な男衆と一緒に踊っています。

これは「灯ろう」です。
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盆に帰ってきたご先祖様をこれに乗せ、輪の中央に入って一緒に踊ります。

池田弥三郎の本に、「盆とは生者と死者が共に踊るもの」とあります。
だれが死者かわからないように、笠や頬被りで顔を隠して踊るんだそうで…。
一番鶏が鳴くころ、一人減り二人減り…、
その減った人がつまりご先祖だったそうな。

この集落には、市指定民俗文化財の「神楽」もあります。
私はこの神楽を最初から最後まで見続けたことがあります。
同行した友人たちの「もう帰ろうよオ~」の声を無視して…。

このときは、あんまり熱心に見入ってしまい、
写真を撮るのをすっかり忘れて、大失敗をしてしまいました。

日向の七草祭りと力石

古典芸能
06 /17 2014
古典芸能が続きます。
でも力石も登場します。本日は祭りの脇役ですが…。

場所は、静岡市葵区日向(ひなた)の福田寺観音堂です。
戸数80余の小さな集落ですが、中世には南朝方の居城があり、
観音堂前の道は秋葉みちでもあり、東国へ繋がる交易ルートでもありました。

祭りの提灯が夜空に浮かびます。
旧暦1月7日。空気も凍るほどの寒さです。

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日向の「七草祭り」の始まりです。
これは「田遊び」で、静岡県指定無形民俗文化財になっています。

まず、お堂前の仮設舞台で、裃姿の舞役が神を迎える「歳徳祝」を舞います。
この方たちは昼間、藁科川で水浴潔斎をしています。

「大拍子」「申田楽」、そして養蚕との結びつきが深い「駒んず」が舞われます。
笹竹を持った舞役が円陣を組み、
その中へ駒と鳥の被り物をつけた少年が入ります。

順の舞、道化の舞のあと、いよいよ本祭りの「数え文(もん)」です。
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「数え文」を唱えながら、田んぼに見立てた太鼓に「福の種」を播きます。

「都にまします関白殿 あすらまんちょうの 御正作の福の種」
「地頭殿の あすらまんちょうの 御正作の福の種」

この「福の種」というのがいいですね。
普段はお茶やわさびの農家のおじさんが、この日ばかりは裃を着け、キリリと舞う、
この変身がもうたまらなく魅力的です。
ハレとケ、見事です。

力石です。
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鉄分を含んだテツガン石です。3個あります。

アマチュアカメラマンが石の上に乗っていたので、
「おいおい、なんて恐れ多いことを!」と優しく一喝。

この日、集落の方から「力石なら、うちにもあるよ」との貴重な情報が…。
後日、訪問したことはいうまでもありません。

崩野、楢尾、諸子沢

古典芸能
06 /16 2014
崩野(くずれの)は静岡市を流れる藁科川(わらしながわ)の支流、
崩野川右岸斜面にある集落です。
かつては大井川上流の集落と静岡市を結ぶ中継地として、
大勢の持ち子(荷物持ち)や商人たちが行き交ったところです。

崩野の白髭神社です。

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近くに八草(やくさ)というところがありますが、今は廃村です。
ここに智者山神社の別当・高橋氏という神職がいました。この人は、井川金山
の番所の役人でもありました。そして神楽に非常に熱心な人でもありました。
当時の神職たちは、伊勢から伝わった神楽に独自の創作を加えて、
それを村の若者たちに教えていたんです。

南アルプスを背後に持つ大井川左岸、安倍川、藁科川の人たちは面を担いで
険しい峠越えをして神楽の交流を深めていたのです。ですからこうした峠道は
生活道路でもあり「神楽みち」でもあったわけです。


この白髭神社でも神楽は盛んでしたが、
集落の人口が減り笛を吹く人がいなくなり舞う人も足りなくなったため、
今はテープで音を流し数人の男女で舞って、
細々と続けている状態だそうです。


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崩野の宝光寺跡から見た楢尾(ならお)集落です。
赤い丸のところが、かつての分校です。

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30数年前、私は智者山から崩野へ下り、対岸の「楢尾分校」を見ました。
その頃は山々に元気な子供の声がこだましていました。
ですが、崩野の子供たちが谷を越え山を登って通っていたこの分校、
平成5年に閉校してしまいます


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ハプニングがありました。
次の「諸子沢(もろこざわ)」へ行く途中、足止めを食らいました。
沢に落ちたトラックを引き上げるためです。幸いトラックは木にひっかかり、
運転手は軽傷。しかし作業ははかどらず、1時間30分も足止め。

作業員は3人ともブラジル人。こんな山の中でも渋滞です。
作業終了後、リーダー格が帽子を取って「アイム ソーリ」。
みんなに笑顔が戻りました。

お茶です。

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黄金色のお茶、「黄金みどり」です。
始めは水出しでいただきます。
香り高く、まろみと旨みがあります。

20年前、一本の茶樹から突然変異した珍しいお茶です。
ここ諸子沢の茶農家の青年が発見したもので、

「ふじのくに山のお茶100選」入賞茶でもあります。

雨宮清子(ちから姫)

昔の若者たちが力くらべに使った「力石(ちからいし)」の歴史・民俗調査をしています。この消えゆく文化遺産のことをぜひ、知ってください。

ーーー主な著作と入選歴

「東海道ぶらぶら旅日記ー静岡二十二宿」「お母さんの歩いた山道」
「おかあさんは今、山登りに夢中」
「静岡の力石」
週刊金曜日ルポルタージュ大賞 
新日本文学賞 浦安文学賞