はてなキーワード: 稲荷神社とは
厳密には「正一位」などの神階は、朝廷より神社に対して贈られるものです。御祭神ではないのです。そのため、「正一位」の神社の御分社は「正一位」を別途いただかないかぎり、本当は名乗れません。
でも、その制度は公家や神職しか知らなかったため、多くの民衆は本社である伏見稲荷大社が「正一位」だから、御分霊を祀る小さな稲荷神社も「正一位」だと考えてしまい、「正一位」の幟や額をつくりました。
さらに、江戸時代の伏見の神職が、朝廷に掛け合って、「伏見から勧請したお稲荷さんは正一位を名乗ってよい」と許可を取りました。
dorawiiより
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ガラスの塔みたいなビルで、会議室の窓からは新宿中央公園の緑がまるで箱庭みたいに見える。
夕方まで打ち合わせが続き、外に出るともう辺りはほんのり暗かった。
頭の芯がまだ会議モードでうるさく、電車に乗ると余韻が体に貼り付いたまま家まで持ち帰ることになる。
だから歩くことにした。目的地は新大久保駅。距離にして二キロちょっと。
東京にせっかく来たのだからちょっとした観光も兼ねようと思ったわけだ。
都庁前駅から地上に上がり、新宿駅西口ロータリーを回り込む。ヨドバシカメラ本店前を抜け、新宿大ガード西の下で中央線の鉄骨をくぐる。
ガードを出たところで空気が一段変わる。歌舞伎町方面へ流れる人の川。きらきらした看板が目を刺す。靖国通りを渡ってアルタ前に立つと、もう聞こえる。「お兄さん、今お時間あります?」
歌舞伎町一番街の赤いアーチをくぐるや否や、まず一人目。
「軽く一杯どうです?チャージ無料で!」と黒いスーツの青年。無論断る。
角を曲がると三人目。「マッサージ安いよ、すぐそこ」
セントラルロードの真ん中で、TOHOシネマズ新宿のゴジラがこちらを見下ろす。視線の先、通りの両側で店先の呼び込みが手を振っている。
区役所通りに折れると、ここは呼び込みの密度がいきなり上がる。
「一杯だけでも」
「セットいま割引」
風林会館の角で六人目。西武新宿駅のほうへ斜めに抜ける途中で七、八、九……。
PePeの明るいショーウィンドウの前でも、笑顔でメニューを差し出される。「お腹空いてません?」と言われると、たしかに空いている。けれど、吸い寄せられたら最後、カウンターの中からは自分が見えなくなりそうで、足を前に送る。
職安通りへ出ると車の音が増えて、人の呼吸が早くなる。大久保公園の前ではイベント帰りの人だかり。
ここでも二人。「ライブの後はうちでどう?」
ドン・キホーテ新宿店の黄色い看板の前でさらに四人。ドンキの入り口で呼び込みに捕まっている外国人客の笑い声が、夜の温度を半度だけ上げる。財布のひもは、東京に来ると柔らかくなるのかもしれない。
花道通りから再び職安通りに戻り、大久保二丁目交差点を渡る。ここまでで二十七。
数えるのはやめようかと思ったが、むしろゲームのスコアみたいに面白くなってきてしまった。
ひとりが「どこ向かってるんです?」と聞く。「新大久保です」と答えると、「じゃあ途中で一杯」と返される。路上の会話は、いつもこちらの名乗りより相手の用件が先に完成している。
新大久保駅前ロータリーまでは一直線だが、あえて一本裏の路地に入る。
通称イケメン通り。K-POPが交じるスピーカーの前でも声がかかる。「映えるカクテルありますよ」。ここでは“映え”が通貨だ。十代の子たちがスマホを掲げるたび、通りの空気が少しだけ明るくなる。呼び込みは、その光の周りをくるくる回る蛾のようだ。
駅までの最後の角で、ラストスパートのように三人から同時に声が飛んだ。
「何系がお好きです?」
「辛いのいけます?」
皆中稲荷神社のほうから吹いてくる風が、汗と香辛料の膜を剥がしていく。
ここまでで、指折り数えた呼び込みは五十人ちょうど。
この時期になると思い出す、少し怖かった話
かなり地元の話なんだけど、もしかしたら同じような体験をしたことがある人いないかなと思って書く。
当時西宮市(兵庫県のかなり大阪府寄り、甲子園球場があるところ)に実家があったので、
岡山に住む母の知り合いが現地を案内してくれ、快適で楽しい旅だった。
帰路は母が運転していた。
岡山からすぐ中国自動車道に乗って、本当なら西宮山口か宝塚までノンストップだけど
なぜか間違えて、かなり手前(西側)で降りてしまった。神戸とかだったかな。
まあ、昼過ぎに出てサービスエリアにちょこちょこ寄ってご飯を食べたりして
そんなに疲れも出ていなかったし、ちょうど日が暮れる時間帯で景色もキレイだねなんて言いながら
このまま下道で行こうという話になり、山道を、六甲山を越えることになった。
別になんのことはない、日が暮れるにつれて暗くなるけど、暗い山道ってこんなもの。
時折狭くて暗い道にタヌキやイタチが飛び出てこないか心配をしながら、
真夜中でもない道は、有馬温泉の関係する施設の前を通ったりして、ありきたりな田舎道という感じ。
でも、途中から違和感があったのは、妙に長いなということだった。
2時間は走っている気がした。高速道路を2時間少し走ってきたのに、それよりもっと長い時間を走ってるみたいだった。
そして私も母も、少しおかしかった。
私がスマホをいじったり、母が運転に集中したりして途切れたり盛り上がったりを繰り返していた会話が、
ここにきて最高潮の盛り上がりを見せて、母も時折、バンバンとハンドルを叩いて笑うほどだった。
何を話したかは覚えていない。とにかくふたりとも、気が触れたように大笑いしながら何かを話していた。
静かな山道をくねくねと走りながら、まるで会話を途切れさせてはいけない決まりがあるみたいに、
次から次へとくだらない話がはじまって、狂ったようにふたりでゲラゲラ笑った。
そのうち山道がようやく終わって、住宅街が、町並みが見えてきて、安堵と一緒にどっと疲れが湧き出た。
突然途切れた会話に、私がぽつりと、「なんか、長かったね」と呟くと
母はぎょっとした顔で「◯◯ちゃんもそう思った…?」と言った。
どうやら母も途中から、全く同じような感覚でいたらしい。4〜5時間は運転した!!と言ったけど、時計を見ると小一時間程度しか経ってない。
「怖かった…ね」
母が言った。
そうだ、怖かったのだと私も思った。すごく怖かった!でも、その時は「怖い」という感情は本当にカケラもなかった。
母と私はこれが狐に化かされるってことかな?と言って結論付けたけど、有馬稲荷神社の存在を知ったのはそれからかなり経ってからのことだった。
しもつかれは、確かに独特の風味と見た目から、好き嫌いが分かれる食べ物です。しかし、栃木県民にとって、しもつかれは単なる食べ物ではなく、以下のような意味を持つ特別な存在です。
しもつかれは、奈良時代の書物にも登場するほど古い歴史を持つ料理です。
節分の残り物や正月の酒粕などを活用する、無駄を省く日本人の知恵が詰まっています。
初午の日に稲荷神社に供える風習は、地域の人々の絆を深める役割も果たしてきました。
しもつかれは、各家庭によって材料や味付けが異なり、「おふくろの味」として親しまれています。
栃木県民にとって、しもつかれは幼い頃から慣れ親しんだ、懐かしい故郷の味なのです。
「七軒の家のしもつかれを食べると病気にならない」という言い伝えがあります。
大根、にんじん、大豆、鮭など、栄養豊富な食材が使われており、健康食としても見直されています。
昔から伝わる食材を無駄にしないという精神は、現代の持続可能な食文化(サステナビリティ)にもつながる重要な要素です。
もちろん、味覚は人それぞれであり、しもつかれが苦手な人がいるのも事実です。しかし、栃木県民にとって、しもつかれは単に「美味しい」「不味い」という価値観を超えた、特別な意味を持つ食べ物なのです。
またみてきたので書く。
歌舞伎町:
本作の主要な舞台であり、水商売の一大拠点でもある。また隣接する地域には、コリアンタウンである新大久保があり、本作とのコラボキャンペーン商品を出しているロッテの本社もこの地区にある。スペシャルスポンサーである日清の東京本社もある。
代々木:
代々木駅のあたりは北参道と言われていて、明治神宮の敷地まですぐそこだ。神宮野球場といえばヤクルトスワローズだ。ビニール傘をふる観戦ファンの応援の動きは、本作でてるてる坊主のついた傘を振る動きの元ネタだろう。
また、明治神宮の広い敷地を超えた先には代々木公園があり、そこにはNHKの社屋がある。
銀座:
廃ビルのモデルは代々木会館だが、屋上の神社は銀座の朝日稲荷神社といわれている。
また、隣接する汐留には、日本テレビの本社がある。さらには、電通、朝日新聞の本社もあり、本作のスペシャルスポンサーのソフトバンクの本社もある。
お台場:
最初の依頼の舞台となるお台場といえばフジテレビの社屋だ。天然水でタイアップCMを出しているサントリーのビルもある。
六本木:
花火の依頼で浴衣で登場したシーンが六本木ヒルズだ。テレビ朝日の本社がある。バイトルを運営する株式会社dipの本社もこの地域だ。
高級クラブをはじめとする夜の街でもある。
芝公園:
須賀が娘と面会した公園だ。ところで新海作品には東京タワーがあまり出てこない、という指摘が以前からあった。今作で珍しく描かれているのは、放送の象徴という意味合いがあるのではないか。
さて、ここで確認しておきたいのは、話題になっているこの指摘だ
https://twitter.com/gentledog/status/1156039018594750465
“スポンサー企業は色々登場するんだけど、ヤフー知恵袋はゴミみたいな回答しか返ってこないし、バイトルはろくに仕事を紹介してくれないし、バニラトラックが走る街で未成年が無理やりホテルに連れ込まれそうになるしで「金は貰ったがそれはそれだ!」という作り手の強い意志が伝わってくる。”
まず、特にテレビ放送において、スポンサーを不利にするような表現ができない現状がある。
競合製品を写すことができず、不自然なボカシがかけられる場面をご覧になったことがあるだろう。
そしてそれを端的に示すような、こんな出来事がリークされている
歌舞伎町近くのスタジオアルタでの放送内容であり、お天気お姉さんが発言した内容でもある
このような現状に一石を投じるべく、先鋒となって、スポンサー製品の失礼にあたるようなことをあえて盛り込んでいったのではないか。
ところで、田端が何を意図しているのかなかなかこじつけられなかったのだが、やや強引なのを承知で進めていく。
田端には『株式会社ジェイアール貨物・不動産開発』の本社がある。注目してほしいのはこの不動産の部分だ。
フジテレビが赤字転落、もはや不動産会社がテレビ局を経営している状態
https://biz-journal.jp/2017/12/post_21616.html
放送事業は急速に儲からない事業となってきているのだ。インフルエンサーとしての力は絶大であるにもかかわらずだ。
作中依頼が多くなりすぎて引き受けるのを止めた端緒として「テレビに出ちゃって」というセリフとともに描かれてもいる。
(うろ覚えなのだけど、陽菜のアパートと須賀の事務所にテレビが無かった気がしていて、もしそうだったら現在の生活ではiPadはあってもテレビは..
みたいな方向でも書こうと思っていたのですがやめときます。もう一回観ようと思いますが、いやテレビあったわという方はコメント等で教えてください。)
もっともビビりもビビり、呪怨なんて目と耳塞がないとダメみたいな人だったので専ら本で怪談を読むばかりだったけれど。
図書館で週に2,3冊怖い話の本を借りてはびくびくしながら読破する、そんな日々だった。
その中で印象に残っている話が今回の話。
狐というか「お稲荷様」を主軸にした話である。あらすじはこうだ。
主人公の剣道をやっている女の子。赤胴を着て日々練習に励むものの中々上手くはならない。
そこで近所の稲荷神社に参拝して「剣道が上手くなれますように」だかお願いをする。
すると次の日くらいから、道場の卒業生らしいお姉さんが剣道教室に訪ねてきて指導をしてくれる様になった。
中でも主人公には積極的かつ優しく指導してくれて、お陰で主人公も実力がめきめき上達。
そのお姉さんに懐くようになる。
ところが、ある日を境にお姉さんの態度が少しぎこちなくなる。加えて変ないたずらも主人公の周りで起き始め。
そしてお姉さんと対戦する時、面の向こうに吊り上がった目と口がこちらを見ていることに気づく。
「礼の一つもなしかい、え? 赤胴」
そう、やはりというかお姉さんはお稲荷様(=狐?)の化身であったのだ。
実はお稲荷様には『願いが叶ったらお礼をしないといけない。』というルールがあり、主人公はそれを忘れていた。
そこに、「本当に有難いと思ってんだろうな、え? 赤胴」と。
どこからかそんな聞き覚えのある声が聞こえて話は終わり。
当時はこの怪談が結構怖くて印象に残ってたんだと思う。(いたずら描写とか変貌する様とか)
ただ、今こうして思い返すと怪談というより少年漫画にありそうなやつだと思う。
ちょっとドジな剣道小学生っ娘と、見返りがないと祟りを起こす、口の悪い稲荷神(もとい年上のお姉さん)のバディもの。
前者が中心ならスポ根ものだし、後者が中心ならほのぼのなり非日常系なり派生させられそう。
……かつてこの話に戦々恐々としていたちびっ子が。
今日はもう陽も落ちていて、境内は暗く、いくつかある電灯の下だけが仄かに光っていた。
小さな神社なので、鳥居をくぐり2、3段の階段を上がると、すぐそこに賽銭箱があり、鈴があり、その奥に本殿がある。扉のガラス越しに見える本殿の中は、人はいないがいつも蝋燭が灯っている。
賽銭箱の前にはパックに入った稲荷寿しなどが置いてあることもある。
私はいつものように賽銭箱に10円を入れ、鈴を鳴らして合掌をした。以前は何か願うことが多かったが、今はただ無心に手のひらを合わせるだけである。
合掌を終えて帰ろうとしたとき、ふと下を見るとなにか動くものがあった。
見るとそれはセミの幼虫であった。裏返しになっていて、自分では起き上がれないようだった。危うく踏んでしまうところだった。
私はセミの幼虫をそっとつまんでみた。ぐったりとしていたように見えた幼虫は、私につままれると3対の脚をもぞもぞと動かした。
賽銭箱の横にある、本殿の庇を支える柱がちょうどいいと思い、近づくと、そこにはすでに先客が2匹いた。見るともう抜け殻で、羽化して飛び去った後のようだった。あたりでジリジリと鳴いている蝉の声は、ここで羽化したものかもしれないなとおもった。
周りをよく見ると、柱にも、賽銭箱の上にある注連縄にも蝉の抜け殻はたくさんあった。なぜお参りするときに気がつかなかったのだろうか。
この蝉たちはおそらく地面から出てきて適当な羽化場所を探しているうちに皆ここにたどり着いたのだろう。
私は注連縄の上の方に幼虫を引っ掛けた。幼虫はそのトゲトゲした大きな前脚を使ってゆっくりと登っていった。
その横では、背中を割り、今まさにセミになろうとしている個体がいた。
割れ目から出た身体を大きく下に反らし、今にも落ちそうな態勢をとりながら、エメラルドグリーンの綺麗な身体を乾かしている。
そのうちに羽が固まって飛べるようになるのだろう。
しばらく観察した後、あまり邪魔になるのもいけないので、神社を後にすることにした。
石の階段を下りて地面を歩くと、1円玉ほどの穴が地面に無数に開いていることに気がついた。地中にいたセミの幼虫たちが穴を開けて地面の外に出た跡なのだろう。どこか潮干狩りの砂浜で見た光景に似ていた。
何年もいた地中から這い出て、高いところへ登って、羽化して、飛び回ってミンミン鳴いて、今日はセミたちにとっては祭りのような1日なのだろう。