はてなキーワード: ブサイクとは
最近某ハウスメーカーの嘘つきサイコパス営業と話すことがあって、真顔でカジュアルに嘘つく人たちの特徴を理解できたんだけど、
MARCHとか早慶未満の低学歴で自分の頭で考えることができないタイプの人間は「片っ端から嘘をつくか」「片っ端から正直に言うか」の2パターンしかない。
つまり、話の内容から判断して今嘘をつくべきか本当のことを話すべきか、自分で話の内容を判断して話すことができないわけ。
んで統一教会信者の大半は自分で思考したり判断することを放棄した人間なので、嘘をつくべきか判断を迫られた場合ほとんどの場合どちらか選ぶことができないんだわな
だって「文鮮明ってめっちゃハンサムだよな?」ってネットで匿名の人間に聞かれた場合、相手が信者かそうじゃないかまず判断する必要があるわけ
ここで万が一相手が信者だった場合、「いや、文鮮明はただのブサイクなキモおじだよ。」と書いた場合に自分がサタン化、真のお父様を裏切った最悪の信者ってことになるわけだから。
だからネットで工作してる統一教会信者は、ぶっちゃけマニュアルにない質問には一切答えないように指導されてると思ってる。
だからこそ、自由な感想を述べさせるという方式は、統一マニュアルじゃ対処不能なわけ
これを突破するには、信者同士でも嘘をつくことを許容しなければならないが、賭けていいけどこいつらは絶対にそれをタブーにしてる
「気持ちいい?」って聞いたら女子は空気を読んで「気持ちいい」と嘘を付く
学習が進まない
風俗とか論外
4.真面目な人
・相手と振り返りができる
・セックスが好きな人、嫌いな人、色んなパターンでの経験がある
・何より思いやりがある
この前、5人の男性としようとして痛くて入らなかったっていう人がいて、かわいそうだった
俺は入った
TM文書(True Mother文書)で自民党議員300名弱と接点があったと書かれていたことに対し、統一教会関係者が「あれは過大に書いた嘘だった」と釈明しているが、
信者同士でも嘘の報告が許されてしまうとそもそも財産や所有しているものも虚偽申告できてしまったり、支部長から支部員、またはその逆のコミュニケーションの際に
嘘が入っている可能性を考慮するといくら信者が固い結束があったとしても嘘一つで組織は簡単に崩壊する
なので断言するが、信者同士では絶対に嘘はつかないみたいな但し書きがあるはず。
そして部外者やサタンにはいくらでも嘘をついてよい、と教えているはずだ
だから、 5chなどで「文鮮明はサタンって言えるか?」とリプつけられても勝共連合や家庭連合信者は簡単に「文鮮明はサタン」と書き込める。
しかし、統一教会ができないことが一つある。それは自分の責任と判断で文鮮明や真のお母さんを侮辱することだ
つまり、5chやX、はてななどで「文鮮明ってイケメンじゃない?どう思う?」って聞かれたときに、「文鮮明はブサイクなただのキモイおっさん」など、統一教会信者以外なら簡単に書けてしまう自由記述文書を、信者連中はかけないはずだ。
なぜなら、別にこの問いには文鮮明を侮辱せよという指示は含まれていないからである。つまり文鮮明をブサイクなどと形容する必要はない。もし統一教会信者がそう書いたとしたら、必要もないのに教祖を貶めた、という責任を負うことになる
なので、ネット上でこいつは統一くさいな、と思った場合、「文鮮明はサタンって書けるか?」と聞くのではなく、「文鮮明ってかっこよくない?」など自由な判断で答えさせる形式の質問をするのが最も効果がある。
こういう反応、あるだろうなーと思ってたけど、やっぱり出たし、普通に落ち込むし傷付きますね……
この程度の文章でそんな事分かる訳無いじゃないですか、なに変な夢見てるんですか?
他の反応はいいんです、まぁそういう反応になるよなー、という感じです。でもこれは、ただ他人の事を分かった気になってエスパーして、自分の思いこんだストーリーを元に決め付けている、ハラスメントをしているだけだって気付いた方がいいですよ、他の人にする可能性もあるから。
文章というのは思っているほど情報は無いです、そして筆者の作為があり、演出があり、また構成やレトリックの為に情報が削られたり歪められることもある。情報が少ないうえに変形している訳です。そこから筆者の本当の感情や耐性といったものを復元するというのは、端的に言って不可能だし、幻想です。
人間は自分の頭のなかでストーリーを作って、それを本当だと思い込んでしまう生き物です。「文章から筆者の事が分かるんだ」というのはそういう性質をうまく利用する為に読者に提供されるフィクションであり、幻想です。自分は創作者ですから、それを利用する時もあります。
あなたはこのフィクションを真に受けてしまって(それだけならいいんですけど……)、他者にそれを当て嵌めてハラスメントを行ってしまった。かなしいことです。
まっとうに物事を考えられるようになって下さい、この程度の文章で他人のことなど分かる訳が無いじゃないですか。
……ということを言っても、思い込みの強い人は納得できないかもしれません。なので別の可能性を提示してみます。
他の(この人とあまり変わらないハラスメントをしてしまっている)ブコメで「本当に独身気質な人は、この様に宣言しないし、他人をさそわないよな…」というのがありましたが、これは部分的には合っています。
というのも私自身、独身でいようと決めたのは5年以上前ですが、それ以降今まで、こういう文章は特に書いてきていないからです。
ではなぜ書く気になったのか。それは恋愛やセックスといったものを諦められないばっかりに、女性嫌悪やミソジニーに走ってしまう人が世の中に居るように自分には見えるからです。
これを読んでいる人も心当たりはありませんか?勿論すべてがそうと言っている訳ではありません、でも「女性」に執着するあまり、女性に攻撃的になってしまう人は居るように見える。
そういう人が自分と同じように恋愛等々を諦めれば、もう少し穏やかに、フラットな態度を取り戻せるかもしれない、そう思っています。
もちろんこれもまた「思い込み」でありフィクションです。ネットの書き込みを見て「この人は女性に執着しているから女性を叩くんだ」なんてことは(ついつい信じてしまいがちですが)本当は分からない、分かる訳が無い。
だからこそ元の文ではそういう動機はあまり明確には書かなかったし、今も「~ように自分には見える」とフィクションであることに自覚的でいようとしています。(ただもしかしたら、どこかぬけてしまっている可能性はもちろんあります。もしあったらすみません)
ただ、たまたま当たっている可能性もある以上、放置するのもな……と日々思っていたところに、下の文章で引用したnoteが話題になっていて、それに便乗してみました。
どうでしょう?「こういう質問というか発想がでる時点で孤独耐性がない」は本当でしょうか?このような孤独耐性とは別の原因で下記の文章が書かれてしまう可能性は本当にありませんか?
もちろんこの説明自体、フィクションかもしれません、文章から他人のことなど分かる訳が無いが、自分のことだって分かるとは限らない。じつはもっと別の原因でこの文章が書かれているかもしれないし、
実は猿が適当にキーボードを叩いた結果生成されてしまったのかもしれないし、全然別の意図のもとにAIで生成されたものかもしれません。(一応AIは一度も使っていない事は明言しておきますが、それも嘘かもしれない、もしかしてあなたはAIの孤独耐性を測っていたのかも?)
大抵の物事は「わからない」という酷くつまらない答えが唯一の正解なんです。
……こんないちいち面倒臭い事を四六時中考えてる人間は、普通に考えて女性と関わろうとしない方がいいでしょう。迷惑だし被害しか生みません。
自分の様な人間が恋愛から降りるということは、ただ自分の為になるだけでなく、被害を未然に防ぐという意味で他の人にも有益な事だということは、これでわかって頂けたんじゃないかな? と思います。
ここから更に、もう少し言っておいた方がいいのでは? と思った事があったので、ブコメへの返答などさらに以下の増田に追記しました。長いね。
追記ここまで
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自分はわりかしリベラルな価値観を持ってるつもりだけど、そういう自分にとってはやはり女性を傷付けたり暴力や加害となる様な行為は絶対にしたくない。
ここで暴力性・加害性というのは定義がキッカリ決まってる訳では無いし、人によって感じ方が違うから、なるべく安全マージンを広くとって保守的に動くべきだと思う。(自分が「何が加害・暴力か分かっている」と思う事自体傲慢な思い込みだ)
そうした価値観を内面化した自分にとって、恋愛っていうのはやっぱりリスクがすごく大きいし、自分が加害者に成ってしまう地雷が至る所にある地雷原だなと感じる。
恋愛の「脈ありサイン」は昭和に捨て去れ。令和の女子は自分から「好き」「セックスしたい」と言わなければならない
https://b.hatena.ne.jp/entry/s/note.com/seanky/n/n58ae08f6fbd2
このnoteがブコメを集めていて、同意する部分も多いんだけど、これ自体はちょっと言い過ぎな側面もあると思う。
要するに恋人同士が「キスしていい?」とか「セックスしたいけど、君はどう?」と確認を取り同意を取る分には問題は無い筈だ。(その同意もあとで翻されるかもしれない、と言う人は居そうだけど、そこについて明確な解決は自分には無い、そういう事をしない人や関係を築ければ、というのは楽観的・無責任か……)
ただ、その前段が難しい、というのは自分にとってはリアルな実感と共に同意する部分もある。
まずやっぱりそもそも告白が難しい。自分はイケメンでは無いし(むしろブサイク……というほどではないか?うーんちょうど判断に迷うライン?自分に甘すぎか)収入も並み、特に魅力がある人間ではない。
(だから別に自分が恋愛から降りたって、誰も損はしないからそこは安心して欲しい、女性にとってはどうでもいい事だ)
とにかくそういう人間である自分に好意を寄せられたり、告白されること自体、迷惑だろうし、加害や暴力性を持ちうるな……と思う。
世の中の人はなにかしらコードやシグナルを読み取って、「いまこの人には告白してもいい関係だ」と判断して告白に至るんだと想像するけど、自分にはそんなものが読み取れる自信は無いし、読み間違って勘違いの末に加害となってしまう危険性は常に存在する、非常に怖い。
もちろん、単純に恋愛などに対する臆病さからくる怖さもある、人から拒絶されるかもしれない、というのはやっぱり怖い。
だから、そういう自分は恋愛や結婚といったものから降りた方が賢明だな、と思うし、そうすることにする
そう決めてしまえば結構楽だ。べつに恋愛や結婚だけが幸せでも人生の価値でもない。
自分は創作系の趣味を持っていて、今の所そっちはまぁある程度順調だから、生活としては満たされてる。仕事もそこまで大変ではない。
最近はNISA口座を眺めては思ったより増えてて、まぁ独り身の老後ならなんとかなりそうだなと感じてる所。
あとはゲームも好きだ。やりたいゲームが多すぎて、死ぬまでに全部できるか分からないけど、まぁやりたいものからじっくりやっていけばいい。
そういう、まさに草食動物のような生き方でゆっくり満たされている。これはこれで結構いい人生だなと思う。あとは創作で良い作品を残せれば満足かな。geneじゃなくmemeを残す生き方、といった所だろうか。
世の中を見ていると、自分と同じように恋愛や結婚はすっぱり諦めてしまったほうが幸福なんじゃないか? と思う人は結構居る。
余計なお世話だろうけど、でも諦めきれないばっかりに攻撃的になったりするのは損だし、よくない。そうなるくらいなら、こっち側に来た方がいろいろな意味で良いのでは? と思う。
少子化になる、みたいな事は実は気にする必要が無いと思う、何故なら自分のような人間はそもそも恋愛等々に不向きで、積極的になったところで(恐らく)結果は変わらない。
そしてそもそも世の中の風潮自体が前述のように恋愛にコミットする事の暴力性・加害性の問題を解決できていないのだから、個人が無理をしたところでしょうがない。
まぁ、自分がこんなことを言わなくたって、若い世代は結構こっち側に寄ってきてると思う。もちろん積極的に恋愛している若い人も居る、そういう人はそういう人でよろしくやってればいい。そうでない人はこっち側に来てるんじゃないかなと思うし、それでいいと思う。
加害が起こるよりはずっとマシだし、少子化などの社会の問題に個人が犠牲になる様な、全体主義には同意できない。
(まぁ、そうして徐々に衰退していく社会をそのただなかでいっしょに見ていたい、というサディスティックな欲望も、もしかしたら自分の中にあるのかもしれないが……)
昔はいなかったじゃんこんな連中。
「アイドルオタク」という言葉が昔からあったことからも、「推し活をしてる奴はオタクの中でも分離すべき程度には一般的でない個体」だったわけだろ?
たとえば「鉄道オタク」は別に鉄道を応援してるわけじゃなくて、幼児期の刷り込みと自己顕示欲が混ざりあったものに突き動かされるままに公共物の私物化を繰り返してるだけでしかないやん?
まだ「オタク=アニメ・漫画・ゲームといった二次元コンテンツが好きなブサイクのコミュ障」の方が定義として身に覚えがあるんだが?
少なくともそういうたぐいの「オタク」が過剰なまでに「オタク」であるが故に差別されていた時代はあったわけだし。
マジでいつから「オタク=推し活」という謎理論が跋扈しだしたんだ?
全然ごく一部だろ。
絶望先生見てたしまほろまてぃっくも見たし、歌物語のOPED良かったし~で、行くことに
QRコード注文とかもだけど、やたらアプリをインストールさせる風潮好きじゃないんだよね。こっちにコスト押し付けてる感じで…
しかも、Googleアプリストアがクレカ情報入力しろと。こういうとこから流出するのよな…と思いつつ入力。アプリの出来はいいけど、こういうのってスマホの電池切れたら…とか心配しちゃう。
で、最初は土曜に行く予定だったが昼の予約が全滅。なぜか日曜の昼はガラガラだったのでそっちで予約。
調べたら40周年の時も日時指定だったからしいが、その時は名古屋大阪でもやってたのにィ~
で、土曜日。中古屋行ったらまほろまてぃっく二期DVDBOX八百円。幸先良いじゃんと喜んでたら仕事の連絡。
なんか業務上の大事故が起きたみたい(他人事)本来なら明日客先に出向いて対応すべき重大インシデントだよね~。神様がシャフト展に行くなと言ってるのでは?仕事優先することで事故を回避みたいな…まぁ、起きたことはしょうがないし連休明けに対応することになる。
で、今日。無事に5時半起床で新幹線にも間に合う。場所調べてたら、会場のビルはシャフト展が終わったら取り壊すと知る。場所やら日程はそういうことかと納得。
押井気取って駅の立ち食いそばに行くが、味はともかく、丼を渡すスペースと食券置くスペースせますぎ(店員一人分)セルフ給水や七味も近くに置いてあるから、注文して待機中のオッサンや丼を受け取ったオッサンが入り乱れて動線メチャクチャ、店の仕事しやすさだけで配置してる感…2人で回してるみたいだし仕方ないかもしれんが、もっとこうシステマチックにさぁ…と、憤慨しながらサンシャイン通りへ。
池袋全体が大混雑で歩くだけでも時間を食う。スマホを見せると4階に行くように言われるが、階段に人が並んでいるので最後尾で待機。単にオタクがたむろしてるだけじゃないよな?と不安になっていると、スタッフさんから、整理番号の段へ行くように、と声をかけられる。
階段を登ってると知らないイケメンオタクに「何番ですか?」と尋ねられる。番号を見せると、「その番号ならもっと先ですよ。」と言われる。「はぁ、そうですか」と返すブサイクオタク(俺)礼を言え礼を。
番号の階段に付くが、列も動いてるのでどうすればいいかわからず、流れで入場。
撮影場所とかパネルとか。混雑してる。オオ、まほろまてぃっくの原画とコンテだ!角のとこにあるからメチャクチャ見辛いけど…
ぱにぽにとか、まあ年代順に展示してる感じ。絶望先生のコーナーを主に見るが人が多くて大変。次のスペースはカーテンで区切られてて逆流できないっぽい?まどかの部屋で次が物語だったと思う。撮影可のとこがあったり、ウエダハジメのパネルとかあったけど、飛ばし見してたからちゃんと覚えてない。まどかはリアルタイムでハマってたけどwiki見ててこれってマーケティング…って思ったら冷めちゃったんだよな。エレベーターで別の階に行って階段を登る。階段に作品ポスターが飾ってあり、その後もなんか色々展示がある。ヴァージンパンク!そーいやシャフトだったな…しかし展示がまどかの上映スペースの隅にあって少し見にくい。
で、公式MADみたいなの流してる部屋兼通路があり、とりあえず最後まで見るか…と一人見てると人が通って気まずい。通行の邪魔だから前方で見るよう言われちゃったりして。
で、梅津とか久米田の50周年サインとかメッセージが飾ってあっておわり。20分くらいで見終わるが、これはほとんどスルーしたから。ちゃんと見てたら数時間かかると思う。
地下二階がグッズとのこと。チケットのチェックあり、カタログと購入用紙を渡され、実物コーナーを通り、MVとか流れてる劇場兼物販スペースみたいなとこに行く。図録がないか聞いてる人がいたが、過去の展覧会の図録がネットで買えるのでそちらで、ということらしい。注文ペンがあったみたいだが渡されてないんだか取り忘れたのか。自前のペンで書いて待機。列を崩しちゃならんのだかわからず、書いた後も待機。してたら書けた人から前にいくみたい。ペンも回収しますと言われ、なかったので自分のを…と伝える(ないならスタッフに言わないと後で面倒になる)
絶望先生の顔面原画ポストカード(少女達の集合シーンとか、もっといいのあっただろ、と思いながら)まほろまてぃっくの原画ポストカード(まほろの表情集。こっちはよい)を買う。10分くらい。全部で半時間。
1時間半ほど見込んでたので時間が余る。が、まさかの池袋駅までの道で迷う。うろついてたら、なんか無料でおジャ魔女とデジモンの展覧会やってて、撮影も可らしい。原画とかもあって結構ちゃんとしていた。
秋葉原でkeyの25周年のTCGパックを買う。今度買おうと思ってスルーしたらどこも売り切れになっちゃってて、でもあるとこにはあるんだな~。ボックスしかないけど。まあ仕方ない。
シュウマイ弁当買って新幹線で食う。中にお菓子が入ってます、と言われ、干しアンズの他にお菓子が?と思ったが、今思えばお箸か。色々と、弁当の完成形って感じでよい。タケノコが一番美味い気がする。
で
シャフト展行ってわかったんだけど、自分は信者というよりアンチなんだよな。あと、富野展とか庵野展とはやっぱ違った。まあこっちは周年イベントだからそらそうだけど。前者は老若男女ファミリーいたけどこっちは若い男女ばっかで、作画資料とかじゃなくコンテンツ紹介みたいな(そういえば、デジタル作画だからセル画とかはないんだよな~)
悪くはなかったけど、シャフト君そういうとこあるよね!って悪いとこも滲み出てた感じ
そういうアカンとこが噴出したのが打ち上げ花火じゃねえかと思うんよな
上手いこと噛み合ってたのが絶望先生
1年前は自分の好きなコンテンツとコラボしてるのに苦言を呈したり、Vtuberなんてキャバとホストと変わらないと冷笑したり、Vtuberは近寄るなよなと思ってたのにここ半年で一気にハマってしまった
推しを見てると推しに対して賛辞の言葉が浮かんでくると共に過去の自分が冷笑してくる
ふと冷静になると、中の人はどうせブサイクだよ、Vtuberなんて社会不適合者だ、コンテンツにすり寄るな、歌ってみたとかなんだよ、こんなコンテンツハマるやつどうにかしてる、みたいな冷笑がめちゃくちゃ浮かんでくる
じゃないと楽しいはずの時間なのに最終的に自己否定になってしまう
悔しい
よくこれを週刊で描いて完結させたなあ
と楽しんだんだけど、とても不思議なことがあった
主要キャラでイケオジ、カッコイイおじいちゃんはたくさん出てくるのだが
卯ノ花さんは京楽&浮竹隊長より元柳斎に近いくらいだろうけど、見た目は30代ってかんじ
ある年齢から女性の加齢が描かれない、ブスもキモも外見不良もないってとても不自然
男性は描かれるのに(大前田希千代、見た目はアレだけど好き)女性はいない
でもそれ=幼少~若見え(見た目のいい)女性以外のデブ・キモ・外見不良女性が目に入らない男性目線がメジャーって、異常なんだけど、とてもなるほどって感じがある
作者も悪気は全然ないと思う
少年誌、青年誌だけじゃなく、一般的フィクションではかなり普通のこと
まれにおばあさんやおばさんやブスキモが出てきても、主要人物の身内や希少種でしかない
でもそのナチュラルな、女=男が見たい女&身内だけでよくてあとは消していい世界、というのが怖いと思う
現実にはおじいさんやおじさんやデブハゲの男性と同じく、おばあさんやおばさんやデブハゲの女性はいる
女性のバリエーションがとっても少ない世界を描いて、それが沢山の人に見られ受け入れられる
じゃあ美男美女だけのフィクションはブサイクを軽んじて疎外して差別するものじゃないですか?
それはそう
女性向けはだいたいそれ
エロコンテンツも、女性向けは男女とも美形、男性向けは女は美形、男はそうでもない(美形だと見る男性が嫉妬するかららしい)のが標準
CMや司会をするのに、美形でもない中高年男と若い美女がペアなのもそう
で、悪いけど、現実で女性は小奇麗だしかわいい子が多いけど、男性は清潔感もない、美形いない、といわれちゃうのも、そういうところだと思う
努力しなくてもいいと思わせる
見たい女だけが女だと思わせる
女性にもそういうものだと思わせる(ルッキズムは女性向けコンテンツの悪影響が大きいと思う)
國府田マリ子のおっかけをやって10余年が経過した。当時大学3年生だったオレはGS美神のおキヌちゃんをやってたマリ姉に出会い、即効でファンになった。
元々合コンや女の子とは縁のない生活だったが、それからはマリ姉の為だけに生きてきたようなモンだ。
毎日マリ姉の歌を聴き、毎週ラジオも聴き、もちろんハガキも出しまくって月3回必ず応援の手紙と詩を送った。イベントも全部行った。
全国ツアーで一緒に全国制覇したのも二度や三度じゃない。ファンやって二年目、握手会で俺の名前を覚えてくれてた時には嬉しくて本気で涙が出た。
人生で最高の喜びだと有頂天になって、帰り道一人で吼えてた。地元の役場の事務に就職した後も、それだけが楽しみで生きてきた。
他の事は考えようとしなかった。結婚も、彼女も、友達も、そんなのは関係ない、いらないと思ってた。
そして去年の9月。信じられないものを目にした。「國府田マリ子結婚!!」目を疑った。絶対ありえない、絶対ありえない。死んでもありえない。
・・・なんであんな男が。ふざけんな。どこがいいんだ。マリ姉と釣り合わない、失礼だ。ふざけんな。ふざけんな。一週間仕事を休んだ。
失意の内に半年が経った。もうラジオも聴いてない。会員番号2ケタ前半のファンクラブも辞めた。最近になってようやく、俺も自分の幸せを掴もう…そう思えるようになってきた。
だけど俺には何も残ってなかった。20代という多感な時期に何もしなかったんだ。当たり前だ。マトモに他人と喋ったのはいつだっただろう。
女の子とおしゃべりをしたのはいつだっただろう。恋について、結婚について、そして人生について最後に考えたのはいつだったんだろう。
趣味も、特技も、人間性も、協調性も。何もありゃしない。残ったのはブサイクで汚い30代の中身スッカラカンな男。それだけ。
こんなのが今更どうやって幸せ掴めってんだ。声優のおっかけは何も生み出さなかった。それに今まで気づかなかった俺は最高にバカだ。
そしてこんなグチをネットでしかこぼせない俺は最高に惨めだ。是非俺を笑ってくれ。蔑んでくれ。そして自分の人生をもう一度考えるキッカケにしてくれ…
楠木ともりのおっかけをやって10余年が経過した。当時大学3年生だったオレは、ラブライブ!虹ヶ咲学園スクールアイドル同好会で優木せつ菜を演じていたともりに出会い、即効でファンになった。
元々合コンや女の子とは縁のない生活だったが、それからはともりの為だけに生きてきたようなモンだ。
毎日ともりの歌を聴き、毎週ラジオも聴き、もちろんメールも送りまくって月3回必ず応援の手紙と詩を送った。イベントも全部行った。ライブツアーで一緒に全国を回ったのも一度や二度じゃない。
ファンやって二年目、イベントのトークでオレの名前を覚えてくれてた時には嬉しくて本気で涙が出た。人生で最高の喜びだと有頂天になって、帰り道一人で吼えてた。地元の役場の事務に就職した後も、それだけが楽しみで生きてきた。他の事は考えようとしなかった。結婚も、彼女も、友達も、そんなのは関係ない、いらないと思ってた。
目を疑った。絶対ありえない、絶対ありえない。死んでもありえない。……なんであんな男が。ふざけんな。どこがいいんだ。ともりと釣り合わない、失礼だ。ふざけんな。ふざけんな。一週間仕事を休んだ。失意の内に半年が経った。もうラジオも聴いてない。会員番号2ケタ前半のファンクラブも辞めた。
最近になってようやく、俺も自分の幸せを掴もう……そう思えるようになってきた。
だけど俺には何も残ってなかった。20代という多感な時期に何もしなかったんだ。当たり前だ。マトモに他人と喋ったのはいつだっただろう。女の子とおしゃべりをしたのはいつだっただろう。恋について、結婚について、そして人生について最後に考えたのはいつだったんだろう。
趣味も、特技も、人間性も、協調性も。何もありゃしない。残ったのはブサイクで汚い30代の、中身スッカラカンな男。それだけ。こんなのが今更どうやって幸せ掴めってんだ。声優のおっかけは何も生み出さなかった。それに今まで気づかなかった俺は最高にバカだ。
そしてこんなグチをネットでしかこぼせない俺は最高に惨めだ。是非俺を笑ってくれ。蔑んでくれ。そして自分の人生をもう一度考えるキッカケにしてくれ……。