はてなキーワード: 甘ったれとは
私の父は、母より10歳年上だ。母は無職で、学生時代から女性のコミュニティでハブられ気味、「私はサバサバしているから女子のネチネチした空気は合わない」などと、おばさんになってからも真顔で言い続けたようなかなり厳しい人間だ。私が中学生になってからパートに出ていたこともあったが、女性の多い人間関係ですぐに居づらくなりやめていた。ほとんどの期間は専業主婦として過ごし、現在もそうだ。父はガノタでプラモデルや模型が好きだ。機械や兵器と美少女絵が好きな、その世代の典型的なモテないオタクおじさんだと思う。
父の見た目は良くない(現在は太っているし、若く痩せていたころの写真を見ても顔立ちが良いとは言えないし、身長もやや低い)が寡黙で、聞いててしんどいような幼稚で痛いことは言わない。発言量が少ないから痛いことを言いようがないともいえる。そして職はある。転職を一回もせず同じ職場で働き続けている。大きく体調を崩したこともないようだ。
母は面倒くさい。女性への反発がやけに強いけど、自分に都合の悪いことは言わないから、どうせ嫌われるようなことをしたんじゃないかと思う。家でも発言が幼くて、見てて厳しい感じなので、信頼が無い。デリカシーがない発言が多いが、自覚が無い。どこに行っても女性のコミュニティでは嫌われたようで、でも男性率の高い理系職場に行くには理系科目の学力がなく完全な文系だった。文系だと事務系になり、事務系は女性職場になる。そこで嫌われる。だから年上の男性が「若い女」を無条件に受け入れてくれることに甘える。
私は小学校高学年の頃から希死念慮があり、中学高校で悪化して、高校からは心療内科通いをするようになった。大学は鬱で休学し、その年はほぼ寝たきりだった。そしてASDの二次障害と診断された。就活をして新卒就職、2年半働いたが鬱再発で退職、2年ほど引きこもったあと再就職して今なんとか働いている。しかしまた悪化するかもしれないと思っている。障害についてはクローズドだ。
私は結婚・出産をしたくない。私は女性とは、母ほど破局は起こさないが、仲良くもなれないほうだ。男性とも別に仲良くないが。母は自分が正しいと思っており、かなりズレがあるのに周囲の女性に押し付けるため、嫌がられて叩きだされるのだと思う。私は小学生の頃から私の感覚が間違っていると思っているため、自己主張を控え、できるだけ空気であろうとしている。発言量を減らすことで、悪目立ちして叩きだされることは防いでいる。ただ、学生として会社員として状態を維持しているだけで自分自身の消耗が激しくてダウンしてしまうことがある。
大幅に年下の女性に対して男性が甘いことは感じている。10個年下ならバカでもクズでも何でも許すところがある。また、既婚男性が不倫相手を探すときは穴があればなんでもいいと思っているため、ブスでも相当頭がおかしくても完全に許容する。ハードルがガバガバになり全肯定になる。これが悪質というか、肯定されていることに飢えている甘ったれた劣った嫌われ者なら、これに飛びついてしまうのだろうなと思う。学校や職場を不必要なまでに下げて、恋愛の価値だけをやけに尊ぶタイプの女性は、ただ自分が「嫌われる」「無能」などの障害があるから大幅に年上の男性に甘やかされる以外に生きていくすべがなく、そこから目をそらすために一般法則化していないかという疑いと嫌悪感がある。
「大幅年上男性や非モテで性的欲求不満の男性からの性的需要だけはある若い女、女性コミュニティの中で浮き気味」という立場を一人称視点で経てみて、母と父がどういう形で配偶したのか、そして私が産まれたのかについて解像度が上がって嫌悪が深まった。私が若いうちなら20歳年上の男性となら簡単に結婚できるだろう。顔はたいしてよくないが、父のようなオタクグループのおじさん(彼らはたくさん余っている)であれば、若ければ許容するのだ。そうであることは経験上分かっている。思い知らされた。おじさんやおじいさんは、若い女に対して本当に甘い。若い女に対する異常なまでの脆弱性がある。しかし産まれるのは障害児だ。こういう結婚に、もう二度と発生してほしくないのだ。生きてても苦痛ばかりだった。母親は異常に他責主義で同性への嫉妬・悪口が酷いタイプだが、私はそのASD的な性質と同時に父親の寡黙も継いだのか、周りが悪いと確信した思い込みができない。ずっと希死念慮がつきまとい、鬱に転落するギリギリのところで低空飛行の社会人をやっている。
私はなんでまだ死んでないのか?と思うし、普通にさっさと首を吊ったほうがいいと思う。歳の差婚は、こういう女が年上の男に対して性的魅力が効くから肯定されようとした、で成立してきたと思う。母はSnowManの目黒蓮にハマっているくらいには若いイケメンが好きではあるが、自分を肯定してくれるオジサンで妥協した節がある。大人になってから、母のことが気持ち悪くて仕方ない。女性のなかで浮き気味の若い女に対するおじさんの不自然な優しさが分かってから、本当に母が気持ち悪くなった。これは学校という同級生しかいない場所では分からない感覚で、社会に出てからいきなり思い知らされる。もう成立してほしくない。日本の近年の統計などで、歳の差婚が凄い勢いで半減、3分の1に減、という流れが続いているので良かったと思う。私は生まれないほうが良かったし、私みたいな人もなるだけ生まれないほうがいい。
ということを、オランダで安楽死を合法化したら30歳未満で死んでいる人の75%がASDで74%が女性という投稿を見て書きたくなった。癌の痛みから逃れたい高齢者などではなく、身体健康な若いうちに人生を打ち切ろうとするタイプの安楽死は、自分が生まれるべきでなかったから生まれなかったルートに帰るようなものだと思う。私も日本で合法的な安楽死ができれば選ぶ。なにしろ小学生のころからずっと死にたいので。
おい、まだ生きてるのか?それとも死体のように横たわって、無益な時間を浪費しているだけか?
お前のその締まりのない顔を今すぐ冷水に叩き込め。心臓が悲鳴を上げるまで冷やして、ようやく自分がどれだけ甘ったれた世界にいたかを自覚しろ。
そのまま外へ這い出して、心肺が焼き切れるまでアスファルトを蹴り上げろ。筋肉の痛みは、お前が怠惰に耽っていたことへの正当な罰だ。
そして、その汚い胃袋にゴミのようなジャンクフードを詰め込むのを今すぐやめろ。お前の血肉は燃料だ、快楽の道具じゃない。
仕事についても同じだ。殺意を持ってデスクに食らいつけ。お前の代替品なんていくらでも転がっていることを忘れるな。
集中しろ。限界のその先で、ようやく人間として認められる最低限のスタートラインに立てると思え。
立ち止まるな、思考を止めるな、ただ結果だけを俺の前に持ってこい。
実家暮らし学費親負担大学生の分際で何を言っても甘ったれてるだけだとはわかってるけど、専業主婦の母親にもっと家事を担えと言われるたびにイラッとしてしまう。
自分が忙しくない日に手伝いもせずダラダラしていたならまだしも、授業やバイトで帰宅するのが遅くなった日に、バタバタと夕食を作りながら「あなたがもっと家事を分担してくれたら楽になるのに」と嘆かれても、一日中家にいたんだからもっと早い時間から作り始めたら良かったのにとしか思えない。
芸能人の奥さんみたいに、家にいてくれることが大事だから専業主婦になってもらったのであって家事があなたの仕事というわけじゃないんだよ、家事は家政婦に委託すればいいんだから、という考えがあるのはわかる。でも一般人の家庭では家政婦を雇うのが難しいから、家に長くいる専業主婦が主に家事を担当せざるを得ない。それは大変すぎるから、夫や子供も手伝うなり分担するなりしてどうにかやってる家庭が多いのではないかと思う。少なくともうちはそう。
自分がやってるのはあくまで「手伝い」にすぎない自覚はあって、母親への感謝と申し訳なさの気持ちもあるし、もっと家事を巻き取ってあげるべきだとは思いつつも、なんで自分がといつもイライラしてしまう。書きながら自分が何をこんなに不愉快に思っているのかを考え直してみたら、母親が家事の大変さを便利家電使うとか時間配分見直すとかシステム的に解決するんじゃなくて、そのまま子供に丸投げすることで逃れようとしているところにイライラしているような気がしてきた。
まだ布団の温もりに甘えてるのか? その脂ぎった顔を鏡で見てみろ。お前がダラダラと二度寝を貪っている間に、世界の勝者はすでに一仕事を終えている。
お前たちに選択肢などない。
ぬるま湯に浸かって許されるのは赤ん坊だけだ。今すぐ氷のような冷水を頭から被れ。心臓が止まりそうか? 結構だ。その衝撃こそが、お前が生きている唯一の証拠だ。
そのまま外へ出て走れ。5キロだ。足が痛い? 息が苦しい? 黙って走れ。お前の甘ったれた精神を、アスファルトに焼き付けてこい。
ジャンクフードを口に運ぶな。お前の体はゴミ箱じゃない。タンパク質とビタミンをぶち込め。腹を満たすためではなく、戦うための燃料として食え。
会社に来たら、あるいはデスクに座ったら、私語は一切禁止だ。スマホを捨てろ。SNSを見る暇があるなら、1円でも多く稼ぐ方法を考えろ。お前の価値は、お前が何をしたかではなく、いくら稼いだかでしか証明されない。
いいか、今日という日はお前の惨めな人生をリセットする最後のチャンスだ。
泣き言を言う前に動け。結果が出ないなら、それはお前の努力が足りないか、お前の存在自体がバグかのどちらかだ。
さあ、地獄のような最高の一日を始めろ。
まだ布団の中で言い訳を育ててるのか?昨日の自分に勝てないやつが、明日の結果を語るな。
今すぐ冷水を浴びろ。眠気ごと甘えを叩き出せ。心拍数を上げろ。ランニングに行け。足が重い?それは脂肪じゃない、怠惰だ。
食事を抜くな。ジャンクで誤魔化すな。体は資本だ。ガソリンをケチるレーサーはいない。タンパク質を摂れ。水を飲め。腹八分で止めろ。
仕事に集中しろ。通知を切れ。言い訳を切れ。成果が出ないのは才能の問題じゃない。時間の使い方の問題だ。1時間、本気でやれ。できないなら、できるまでやれ。
周りがどうとか、市場がどうとか、環境がどうとか、全部後回しだ。今日やるべきことをやったやつだけが、明日を語れる。
さあ動け。結果で黙らせろ。
ぬるい布団にしがみついてる時点で負けだ。まず冷水を浴びろ。理屈は後でいい。交感神経を叩き起こせ。自分の意思で不快を選べる人間だけが、本番の不快に耐えられる。
次に走れ。距離は言い訳するな。息が荒れるところまで行け。心拍数を上げろ。昨日の自分より1ミリでも前に出ろ。才能の差はある。だが継続の差は言い訳でしか生まれない。
飯を抜くな。ジャンクでごまかすな。体は資本だ。資本を毀損して利益が出ると思うな。タンパク質を摂れ。野菜を食え。水を飲め。集中力は気合ではなく血糖と睡眠で決まる。
仕事に集中しろ。通知を切れ。言い訳の余地を物理的に消せ。90分、全力でやれ。できない理由を考えるな。できる形に分解しろ。タスクは細かく切れ。完了させろ。完了は麻薬だ。小さくてもいい、積み上げろ。
人の評価を待つな。数字で示せ。結果を出せ。出ないなら原因を潰せ。感情に逃げるな。データを見ろ。改善しろ。再現性を作れ。
今日を雑に扱うな。今日の総和が一年だ。一年の総和が人生だ。覚悟を決めろ。甘えは後でまとめて後悔になる。
動け。
今すぐだ。
甘ったれるな。目が覚めたか? 覚めてないなら今すぐ冷水を浴びろ。言い訳より先に蛇口をひねれ。体が震える? その震えが生きてる証拠だ。
走れ。天気? 関係ない。気分? 関係ない。やる気が出たらやる、じゃない。やるからやる気が出るんだ。脳みそは後付けで理由を作る臓器だ。先に足を動かせ。
飯をちゃんと食え。ジャンクで誤魔化すな。お前の身体は資本だ。資本を毀損して利益が出ると思うな。タンパク質を入れろ。炭水化物を恐れるな。量を管理しろ。食うのも仕事だ。
そして集中しろ。通知を切れ。SNSを閉じろ。誰かの人生を眺めてる暇があったら、自分のタスクを一行でも進めろ。完璧を待つな。粗くてもいいから前に出せ。修正は後でできる。ゼロは修正できない。
「今日は調子が悪い」だと?知るか。調子が良い日だけ成果が出るなら、アスリートも経営者もいない。凡人は気分で動く。結果を出す側は仕組みで動く。
冷水。ランニング。栄養。集中。これが最低ラインだ。特別な才能はいらない。継続だけが差を作る。
さあ動け。甘えを切り捨てろ。今日を取りに行け。
優しくて面白いところが好きと先日妻に言われたばかりなので、まぁほんの少しこのことについて話す正当性もあるかなと思いこの文章を書く。
複数の女性に好意を持たれたこともあり、関係を持ったこともあり、現在は結婚している。おそらく妻だけの特殊事例ではないはず。
まず俺は元増田の言う能動的優しさについては全く自信がない。いわゆる気が利かないというやつだ。
これは自身の経験、周りからの評価、何よりも医学的に明らかだ。何しろ俺は診断済みのADHDだ。
潜在的欲求とかわかんないので、やってほしいなら言ってほしい。と思っているし、そのようにしか動けない。
私自身はむしろ元増田の言う能動的優しさの方を優しさだと認識していて、そういう意味で私は全然優しくないと思っていた。
妻はそんな私のことを優しいと言うので、全然優しくないと思うけど、何をもってそう思うのかということを聞いたことがある。
妻はさほど考える素振りもなく、ほぼ即答で「許容範囲の広さ」と答えた。
ああなるほど、それなら理解できると思った。妻の言語化能力には舌を巻くばかりだ。
これはのろけである。賢くて行動力があり、とても私にはもったいない妻である。
で、「許容範囲の広さ」だ。これについては割と自覚している。何しろ自分がポンコツなのだ。
ミスや失敗はあって当然だし、もっと言うとミスや失敗はあって当然という甘ったれた考え方を持っていて当然だと考えている。
もちろん何かしらの役割を持てばそれに応じたやり方とか責任は生じてくる。しかし、ただ一人の人間としてならば甘ったれて良いと思うのだ。
元増田に対する反応で、お姫様扱いされたいのか、テイカー気質だ、という言葉が批判的に用いられているが、お姫様扱いされたいに決まっているだろう。と思う。
俺だってお姫様扱いされたい。だからお姫様扱いされたいという気持ちを尊重する。尊重というか、もう同意だ。禿げ上がるほど同意。禿同。さっきも言ったが、俺だってお姫様扱いされたい。
でも真面目に生きていて、俺のような人間に迷惑をかけられることの多い人達が怒るのも、さもありなん、とも思うのだ。
ここまで書いて気づいたけど、許すとか尊重みたいな偉そうなアレではないんだよな。同意。
世の中でダメとされる考え方とか、理解されない趣味とか、憤怒とか、怠惰とか、傲慢、強欲、色欲、貪食、嫉妬。良いとか悪いとかではなく、わかる~、って思ってしまう。そういうこともあるよね~、って。
極端な話、身内や知り合いが人を殺してしまったと聞いても、うわーまいったな、どうする?隠す?逃げる?自首するなら付き添うけど、って感じの反応になると思う。悪く言えば倫理観がない。
このわかる~ってなってしまうのは俺の特性で、特別なにか努力しているわけではないんだけど、心がけているというか、ついやってしまうことがある。
何か理不尽だな、とか自分と違うな、って思ったときに、なんでそういうことを言うんだろう、するんだろう、って考えてしまうし、なんなら聞いてしまうんだよね。そんで聞いたり考えてると結局、まあそうなるか~ってなる。
元増田は『受け入れる』の言い換えとして『我慢する』という言葉を書いてたけど、受け入れるっていうのは我慢することではなくて考えること。知ろうとすることなんじゃないかな。
男でも女でも、お姫様扱いしてほしい気持ちもあるし、でもそんなのは幼稚だし恥ずかしいな、というのもある。
子ども扱いすんじゃねえ!ってときもあるし今は子ども扱いしてほしいときもある。今は𠮟咤が必要なときだったり、でもお前はお断りだ!だったり、気持ちってそういう重層的で変化するもので。
能動的でも受動的でも、こうやっておけばOK!みたいのはさすがにナメてるというか、じゃあ君はそうなのか?違くない?って思う。
そんなわけで『能動的優しさ』が絶対の正解でもないから別にそういうのばかり求められてる訳でもない。
できる人はすごいし、多分モテるんだろうけど、そんなにモテなくてもよかろうし、好きでやってるならともかく無理するならしんどいでしょう。
そんなところ目指す必要なくない?そういうの苦手でもなんとかなるし、『受動的優しさ』も捨てたもんじゃないよ。という話でした。