はてなキーワード: 上聴とは
赤緑から延々と遊んでおり、好きなポケットモンスターシリーズはサンムーン、好きなポケモンはコマスターのゾロアーク(ナーフ前後問わず)です、理由は圧迫デッキが最強のデッキ(ナーフ前後問わず)だからです。
ポケモンのことをどういう形で好きなのかは、この一文で済ませます、30年分あるので。
ニコニコ動画でノベマスカテゴリに住んでいたので、今じゃ限界集落のそれとは違い、初音ミクのことは今も元気なお隣さんって印象だけでした。
具体的な曲の印象は、ワールドイズマインとメルトと千本桜ぐらいです。(アイマス2コラボ曲だからね)
ポケミクのことはタイプミクでノーマルミクのパートナーがぺラップだったことで本気度を感じ取り、ボルテッカーでもういきなり大好きになりました。
それ以来、通勤の行き帰りはポケミクとポケミク参加アーティストさんの楽曲を聴くようになり、ボカロを聴くという趣味が増えました。
なんだかんだで2年以上聴いてますが、体系だった知識はなく、ニコニコの関連動画や、ボカコレのいい感じのプレイリストを流してるだけなので、まだまだ浅い知識です。
特にボカロのライブについては知識ゼロなので、MVや曲自体がいいのは理解しているが、ライブとして楽しめるのかは少しだけ不安だった。
しかし、流石に全曲何度も繰り返し聴いて、1曲も苦手だったり好きじゃ無い曲がないし、知らない曲もないライブなんて、人生で初めてだろうから配信チケットを買った。
(人が集まるところにいけないので現地はごめんなさい)
未来から来たポケモンに乗って、未来から来た初めての音がやってきた!
そんなミライドンと一緒に初音ミクがやってくるスタートで一気に引き込まれて、なんか楽しいことがはじまるぞ! とテンションが上がった。
不安だったとか書いてるけど、マジでこの構図だけで不安は吹き飛んだ。
モンボを投げる様がめちゃくちゃ可愛いくて、ミクがライブでパフォーマンスすることの意味がすぐ理解できたのもいいね。
言葉遊びがいっぱい詰まった曲を楽しく可愛く歌ってくれるし、MVのポケセン公式イラスト風のポケモン達もモニタに沢山写って嬉しいしで「みんな大好き」の歌詞の通り大好きだ。
イワークやマダツボミやナエトルのときにポケモンをイメージした振り付けをするミクが楽しそうで可愛いんだ。
(DP〜HGSSの間、ダーテングを主軸とした晴れパーティーでネット掲示板の通信対戦スレに入り浸ったっていたのでダーテング族が映るとそれだけで嬉しいのだ)
空のボールを投げて3回揺れるまで不安そうにする演技など、ちゃんと「顔の演技」まで込みでライブをするんだ! とめちゃくちゃ驚いた。
1曲目でここまで楽しいの? すごいぞ初音ミク! すごいぞポケモン! すごすぎるぞポケミク!!!
誰だよメロエッタのエスパータイプはサウンドタイプに置き換わるからエスパー的な仕草はしないって言ったやつ!
全体を通じてめちゃくちゃ出番があるメロエッタも初登場で、メロエッタも振りをつけて踊るのが可愛いすぎる。
ミクとハイタッチしたり、振りを合わせたりと、メロエッタと初音ミクがあの場で一緒にライブをしているのが実感出来て、ミクのライブじゃなくてポケミクのライブなんだぞって伝わってくる。
MVのデオキシス4フォームの合いの手が歌ってるミクのモデルとあわさる演出が楽しくて、コマスターのデオキシス環境の思い出がスーッと良い思い出になっていった。
背景に物知りメガネや曲がったスプーンなどのポケモンの持ち物が浮かんでる演出も楽しい。
そして何よりメロエッタのエスパー技を駆使して浮遊する初音ミク!
ふわふわとエスパーのテレキネシスで浮いている描写は、ポケモンの世界に初音ミクがいても違和感がないぐらいこの2、3年を培ってきたポケミクならではだ。
サイキネじゃないのポケモン大好きな歌詞だよね、確かにエスパーで空中に浮かすならテレキネシスだ、スイッチ世代で使えない技を大事にとっていた感も相まって大好き。
SVの最終戦をイメージした背景と演出が格好いいし、曲名が出てくる演出も素敵な始まり。
ミクの目の色がいつもと違うのもバトルプログラムになっている感じで面白いし、ラストの元に戻る演出にも繋がるので、目の色は大事なキーワードだ。
そしてたたかうコマンド連打からの火炎放射で火が吹き上がる舞台演出が驚き。
モニタの中じゃなくそこにも仕掛けがあるの面白いなあー、現地で見たかったぜ。
大顎を駆使したダンスがめちゃくちゃ可愛いし、ミクと一緒にハートを作る演出などなどがバッチリ決まってて、振り付けを見てるだけで幸せになれた。
ポニーテールがツインテールになってミクとお揃いになるのがキュートでメロメロになった。
めちゃくちゃ楽しい曲なだけに、ダンスもビッパも楽しく振る舞っててたまらん!
ミクに加えてリンとレンの二人、さらにビッパも沢山出てきてとにかく画面が幸せなことでいっぱいで多幸感満載。
BIPPAの振り付けが跳ねるように可愛いし、間奏のビッパの前歯をイメージした振り付けが楽しすぎる。
このライブ以来、一人で聴いてても真似しちゃうぐらい楽しい振り付けだ。
ビッパを持ち上げて「この顔をよく見て」するところ大好き。
ボスの許可が降りましたのときに、ミクが電話のジェスチャーしてるけど、これ今の若い子でもするのかしら?
BIPPAの振りを一人一文字するときに4文字目のPに間に合うように小走りするリンちゃんもよき。
そして何より「不思議なこのポケモンたちといつまでも旅を続けよう」の間違いなさを体現するように終始ずっと可愛いだけのビッパたちの演技(? 素?)だ、こんなんポケモンと一緒にいたいだろ。
あえて一番を選ぶならこの曲が一番好きなんだけど、このライブでその一番がよりより一番になった。
(コマスターの民としてはエイプリフールのポケモンって話をしなきゃ感があるんですが、まあコマスターの無限にある滑ってたエピソードを無理矢理捩じ込むのはやめておきます)
ミュウの図鑑解説してくれるだけの通りすがりのKAITOが面白かった。
レン君が格好いいパートが多くて、あんまり意識したことなかったから、少しドキドキした、半ズボンからおみ足が見えてるの可愛いし。
ポケモンの出番がかなり少ないんだけど、所謂「志村ーうしろ! うしろ!」的な扱いは、実にミュウぽくて面白い。
(コマスターの民としてはミュウは特別な存在であり続けます。って話をしなきゃ感があるんですが、まあコマスターの無限にある滑ってたエピソードを無理矢理捩じ込むのはやめておきます、あとシツコイのでもうコマスター弄りは辞めます)
とにかく縦横無尽さんに活躍してゲンガー大好きなので嬉しいしかない。
動くところと止まるところの落差がいいんだけど、ゲンガーは特にゴーストらしい突拍子もない動きが多いだけに決めポーズの静が素敵なんだ。
そうかゲンガーのこと赤緑からずっと好きだけど、君はダンスも得意なんだな。
ティエルノがオカマニをすけこましてゴーストを交換しないとだ。
MEIKOさんも登場してゴーストタイプをモチーフにした曲が続く。
ゲンガーソロだったさっきとは対照的にミミッキュやゴーストタイプに関係するカラカラに、MVの面々にと沢山出てくれる。
カラカラの無垢な子供っぽさと、ミミッキュの中身を見せて揶揄うあざとさを対比するようなポケモンの演技が楽しい。
2匹とも抱っこされてるのが可愛いし、ミミッキュの着ぐるみを少しクンカクンカしてたけどミクは匂いとかわかるんだとちょっと驚いた。
間奏の幽霊っぽい振り付けもいいね、ビッパ団の前歯振り付けも好きなので、ああいう手を前にする振りが好きなのかも。
タイプとしてもゴーストは好きなのでいっぱい見れて嬉しいなあ。
ネギとフランスパンでの振り付け、ネギでテトさんのばけのかわを剥がすネタシーン、柱で出されるポケモンクイズに、明らかに他のポケモンより振り付けが複雑で練習量を魅せるカモネギに、メロエッタVSメロエッタと、とにかく見どころがめちゃくちゃ多い。
特にカモネギのネギ捌きがすごくて「赤緑の頃からつるぎのまいを覚えてたもんなあ、30年選手だもんなあ」と後方親目線でうるうるだよ。
シンガーの方だと、テトさんは格好いいんだな! というのを理解できた。
曲がいっぱいあるの知ってるので、今後は沢山聴いていきたいなあ、いやまだまだミクの曲だけでも聴き込みたいの沢山あるからうれしい悲鳴だよ。
何回か見返したけどわかんなかったです!
俺の大好きな大好きなヘルガーが噛み砕いてる!
(XY〜ORAS期にメガ枠を絶対メガヘルガーにして、ダーテングとメガヘルガーの悪晴れPTで対戦してたので、ヘルガーへの思い入れはひとしおで、オリジナルメガシンカ口上を考えて呟きながらバトルしていたぐらいだ)
SVで最初のイベントに抜擢されたぶり(超最近だったわ)じゃないですか、俺のヘルガーにこんな大舞台が来るなんて……
大丈夫か? 振りとかできるのか? とめちゃくちゃ不安になりながら、見てたらバッチリ「かみくだく」を決めてて大感動。
格好良かった、最高の振り付けだったよ。
もちろん静止の演技として決まっているのは言うことないんです、マタドガス、アーボック、ペルシアンたちとの立ち位置とかを念入りにやったのが伝わってくるよ、すごいよ、けど一番好きなのはヘルガーが終わり際にトレーナーであるミクの方を見て終わるところなんです。
そうなんですよ、ヘルガーってこういうところあるんですよ。
俺のヘルガーもそうだったなあ……
ゲームプラチナの本編のプレイ動画でシロナ前の道を魅せるの、完璧な導入ですごすぎる。
そして、MVのミカルゲが出てきてあの特徴的な鳴き声が曲に入ってるの大好きだなあ。
シロナの手持ちって全員印象深いけど、僕は手持ちのボールがかかかかかっとストックされて、ミカルゲなる未知のポケモンが特徴的すぎる鳴き声と共に現れるこのシーケンスがたまらなく好きだ。
けどゲーチスが出てくる方が怖いから怖さにならしてくれて嬉しい。
とか思ってたら本当にゲーチス出たときにミクが苦しそうで、BWでNもあんな気持ちでゲーチスが来るのを待ってたのかと思うと胸が苦しくなる。
それとも最後のあの時までは違ったのかな、Nは身近なポケモンのことはわかっても人はそうじゃないから、やっぱり苦しくなくてゲーチスが何か自分をどうにかしてくれると思ってたのかな。
今まではポケモンの世界にいろんな初音ミクがいるようなお歌だったけど、チャンピオンとオーパーツは個別具体の話をしているから、本編のことを思い出してしまうなあ。
DPPtは幸せな終わりだけど、BWは「サヨナラ」だからさ……
B2W2とポケマスでそれらしい続きはあったものの、あのときの無力感は今もまだ続いているし、この曲のミクが真実の色と理想の色の一色づつだったのも、そういうお話だったんだと思う。
ポケモンの可愛さとトレーナーの個別具体の感情の話をしてきたポケミクライブだけど、ここで伝説のポケモンは人知を超えていることの歌。
配信でもわかるほど歓声が沸いていたけど、このルギアとこの曲は確かに驚く。
ポケモンの壮大さがヒシヒシと伝わってくる演出で、なんか思わず正座しちゃった。
そんな人を超越したナニカを見たミクが何を思ったのか、色々と余韻が残る表情なのも素晴らしい。
キーボードで弾き語るミクと、ルカのしっとりした振りとで、改めてMVを落ち着いて見て泣きまくってた。
これはもうポケモンとポケモンの関係値最高峰であるポケダンの復活をチュンソフ党員として党に依頼しないとだ。(ルナトーンよ、死ねにならないか毎回不安になるので本当この党でいいのかはわかんにゃいんだよなあ。初代コッパはポケモンの世界に転移したことにならんか?)
ラティ兄妹の演技がなんかありのままな感じなのが、今までとちょっと毛色が違ってて、人間と意思疎通が出来る知能が高いポケモンらしい挙動で魅力的だった。
ラティアスがKAITOをツンツンしたりするの可愛いし、楽しそうに空を飛んだり、メガシンカしたり、二人を浮かしたりとラティたちの楽しそうな素の演技感があったのが楽しかった。
誰だよ、初音ミクは進化するとミュージックタイプが付与されるって言ったやつ!
という、音タイプの鉄板はさておき、ここまで色んな初音ミクがいたけど、この曲の初音ミクはポケモン寄りというか、ポケモンと同じようにトレーナーに付き添ってくれる、人間じゃないけど一緒に暮らしてるパートナーのような側面が出たと思う。
だからポケモンが1匹も出ないのは、ちょっとトレーナーへの独占欲を見せてた感があって可愛らしかった。
現実世界から俯瞰する系の曲なのでこちらもポケモンの登場はなし。
後に控えてくる泣き曲とは違い、立ち向かうように鼓舞する曲なので、ミクもレンも格好いい系の振り付けで良きです。
間奏のだるまさんが転んだパートがとにかく可愛し、うーんと背伸びするときに抱き抱えて伸びをするのもいいしで、ずっとニヤニヤしながら楽しんだ。
ちゃんとお母さんのセリフ引用パートでは踊ってるミクじゃない人が歌っているような舞台の使い方になってるのも丁寧で大好き。
ポケットモンスターは実在するが? と普段からポケモンという冷めない夢に浸かりっきりのオタクとしてはこの曲は重い。
その重さを歴代ポケットモンスターシリーズのプレイ動画で癒しながら魅せてくれるのは優しかった。
ミクの振り付けもゲームボーイで遊んだり仕事でパソコンしたりとコミカルなので歌詞のメッセージ性に押しつぶされずにすんだ。
ポケモンも初音ミクも実在しないけど、ゲームを遊んだり、音楽を聴く、その所作の中で得られるものがあることは否定されれていないんだよなあ。
ちゃんと現実も頑張って、この楽しい空想の世界にうつつを抜かし続けたいんだ。
【追記】
ブコメ、千回聞こうが自分の中では初心者。結局CD4枚しか持ってないし、クラシックって演奏者と指揮者が違って、これ!という演奏になかなか出会えない。
てかクラシック聴いてないのか。聴いてると思ったんだが。なんか教えてくれ。伸びる増田と伸びない益田の差が激しい。
クラシック初心者のまま中年に差し掛かった者ですが、重厚すぎてガンガン来るクラシックは苦手なんだけど、
高校のときにたまたま出会った、軽やかで柔らかい数枚のクラシック音楽のCDが好きで好きで、千回ぐらいは聴いている。
けどさすがにもう少し対象を広げたくなったので、そのCDを挙げるから、そこからオススメを教えてほしい。
ここで「軽やかで柔らかい」ってのは、専門知識が無いので完全なイメージなんだけど、
・休日の午前中にリラックスしたいときに聴いたら心と体がほぐれる感じ
・品の良いパーティーや気の置けない仲間たちと喋ってるときに話を邪魔しない感じ
いわゆるヒーリングミュージックというのでもなくて、寝ながら聴いてますよりは、ちょっと椅子に深く腰掛けて聴きたい感じ。
説明が難しいけど、CDの説明文とかを見る限り、ただ癒やされるだけでなく、一定の華麗さ・典雅さが欲しいのかも。
素人でもどこにフォーカスして聴けば良いかわかりやすいからどちらかと言えば交響曲よりは協奏曲の方が好き。
あとや室内楽、クラシックギターやバイオリンの独奏とかでも好きみたいです。
① モーツァルト:ディヴェルティメント集(トン・コープマン指揮、アムステルダム・バロック管弦楽団)
https://www.amazon.co.jp/dp/B00005OOI0/
https://www.youtube.com/watch?v=MeQeHNFdvLo
これでクラシックの魅力を知った。ディヴェルティメントというのは他にも何枚も聴いたけど、結局これより好きなものはなかった。
疲れているときでも聴けて、クラシックの解像度の低い自分のような人間でも、千回以上は聴いてるけど飽きることなく、
「ここの旋律美しいなー」とか「ここ息が合っててプロって凄いなー」とか「上品な規律って最高だな」とか毎回のように思える。
それになんか元気になるっていうか。聴いたあと、さて誰かと軽く喋りたいなとか、○○は元気かなとか、美味しいランチを軽く食べるかってなる。
https://www.amazon.co.jp/dp/B002SDO1AM/
これもモーツァルトのディヴェルティメントほどじゃないけど千回ぐらい聴いてるかも。演奏自体も柔らかい感じがする。
その意味では、曲だけでなく、室内楽だと演奏者、交響曲や協奏曲だと楽団・指揮者も知りたいかなー。
他にも2枚かあるけど、とりあえずこの2枚で・・・。
興味ない音楽を5秒以上聴くのが苦痛。嫌いな音に限らずどうとも思わないようなものも含めて、初手で突き刺さらない音楽以外の全てが。
刺さる音楽は大抵テンポとか音の雰囲気とかキックが気持ち良いかとか、そういうのを無意識にでも識別してるのか分からんけど、5秒以内に確信を得られるし大抵間違う事はない。最初の音で脳天に雷が落ちるような感覚がある。打率は5%にもならない気がする。
あとは、強制的に聴かされる事での慣れ。なんかのオープニングテーマとかだと、飛ばさず聴いてる内に好きになる事もある。BGMとかでよく使われる曲とかも。たまたま目にした曲名や歌詞がめっちゃかっこいいから、曲自体はそうでもないけど我慢して聴き続ける内に気に入るという事も稀にある。
2021年10月25日に先行配信が開始され今日CDが発売される、槇原敬之の復帰作『宜候(ようそろ)』。
(引用という形式ですが、考察として歌詞を書き起こしている都合上、このエントリはすぐ消します。)
こんな素敵な曲なのにネット上でも思ったより反応が薄いのが驚いている。
一方で、仕事中にもかかわらず号泣してしまうほど刺さってる人も居る。俺のことや。
歌詞提供しているのは、尾崎豊・村下孝蔵・玉置浩二・浜田省吾をプロデュースしている音楽プロデューサーの須藤晃。
https://www.youtube.com/watch?v=vjyQTWT-Oe8
歌詞が伝わりやすいよう、敢えて伴奏はピアノだけという最小限のスタイル。
まずは何も言わず配信サービスで聴いてくれ。冒頭35秒だけでいい。
話はそれからだ。
私は普段、歌詞考察・歌詞解説といった野暮なことは一切しない。
その作品に出会った際に各々が感じた時のフィーリングや気づきこそが宝物だと思っているからだ。
たとえ善意でも、ネタバレによって公式の意図と違う形で聴き手に伝わってしまうのはファンとして本意ではない。
ましてや、私個人の解釈というフィルターを通すと全く違った風景で見えてしまうだろう。
「説明しよう!」と割り込む人は、その作品に邂逅した時の感動を減らし自論を押し付けてしまうことになるかもしれない。(本稿の私のことである。)
「今のは何が面白かったの?」と解説を求めると白けてしまうだろう。
もしかしたら自分の前では二度とジョークを言ってくれないかもしれない。
ガルパンおじさんが「ガルパンはいいぞ」としか言わないのは、単に語彙力が足りないからだと思っていた。
しかし、実際に観てみるとそういった優しさからだったのだと今なら分かる。ガルパンはいいぞ。
だが、この忙しい現代社会。
また、曲の背景に想いを馳せるためには少しばかり教養も必要となる。
(YOASOBI「夜に駆ける」の原作小説「タナトスの誘惑」を読んで納得して
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「どちら様かは存じませんが
そのサングラスやめなさい
悪い輩(やから)に見えたら損よ
その目を私に見せなさい」
ばあちゃん 俺に微笑みかけて
かすれた声で叱ったよ
出会いと別れを 繰り返し
「もう慣れたわよ」と言ったけど
「やっぱり一人は つらいから
誰かの傍にいなさいね」
ばあちゃん遠くの空を見て
小さな声でつぶやいた
「夢なんて叶わぬうちが花だけど
待ってるだけでは駄目だから
行きたい場所を目指しなさい」
「橋の袂で声かけられて
赤いかんざし褒められた
あの日の私が一番綺麗
忘れられない思い出よ」
ばあちゃんはにかみ謝った
「ごめんなさいね こんな話」
「毛皮も指輪も 押し入れの中
どこに置いたか 忘れたわ
一度ハワイに 連れてってくれ
息子に頼んでみたけれど
伊勢神宮さえ 行けなくて
膝が悪くて 行けなくて」
「先頭に立たないように気を付けて
争いごとは やめなさい
いつまでたっても あいこでしょ」
「今度訪ねてくれるなら
どちら様かは存じませんが
これも何かの縁でしょう
「人生は思うようにはなりません
それでも希望を持ちなさい
神様なんていないけど
変わっていくものを嘆くより
変わらぬものを愛しなさい
笑う門には福来る
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さて、以降は2回以上聴いた人に読んでもらいたい。
答え合わせをしましょう。(抜け・漏れや解釈違いがたくさんあるはずなので、どうかコメントで補足お願いします。)
歌詞の大部分が、お節介な性分の認知症の「ばあちゃん」が孫(孫と認識されていない)に向けて語りかけるセリフである。
(叙述トリックで多用される「信頼できない語り手」の可能性も考慮せねばならない。なんせ認識が歪んでいるのだから。)
一見すると(前半はともかく)後半は思い出すままに過去を語ったり、
人生の先輩としてアドバイスを始めたり脈絡が無いように思われる。
しかし、言葉のひとつひとつに含蓄や温度感があり何故か聞き流せない。
「出会いと別れを繰り返し」:記憶を失う(別れる)→自己紹介(出会い)のループを指すのだろう。
後半で自分の孫に「どちら様かは存じませんが」とまた語りかけるので、「ばあちゃんまたボケとるわ!」とツッコんでしまう。
「やっぱり一人は つらいから 誰かの傍にいなさいね」と語りかけられても、
「ばあちゃん、いま孫がそばにおるんやで…」とさみしくなってしまう。
ところで、こういった違和感がないだろうか。
・ハワイに行けなかったら妥協点で伊勢神宮が来るのおかしくない?
・というかハワイに連れて行ってもらいたかったら息子より先に夫に頼めよ
・孫のことは何度も忘れてるのに、若い頃に口説かれたことは「忘れられない思い出よ」?
・なぜサングラスをかけるだけで「周囲から悪い輩(ヤカラ)と認定される」と思い込んでいるのか?
(グラサンといえばローランの民からすれば陛下の象徴と言っても過言ではないだろう)
こういった違和感や疑問を紐解き、一本の補助線を引けば、
ハマらないと思っていたパズルのピースが繋がり、この歌詞の全体像が視える。
それを前提にもう一度聴いてほしい。
「先頭に立たないように 気を付けて
争いごとは やめなさい」
この歌詞が異様に生々しく感じないだろうか。
まるで親しい人が先頭に立ったせいで亡くなったかのような物言いである。
→軍艦じゃんけんの掛け声「せーんそっ(戦争)」を嫌ったのではないだろうか。
「グー・チョキ・パー」は「軍艦・朝鮮・ハワイ(軍艦・沈没・ハワイの地域もあるらしい)」に置き換えられている。
小学校の時に「不謹慎だ」と先生に叱られた人もいるのではないだろうか。
実際、その後にお土産としてお寿司を細かくリクエストしている割に、「軍艦巻き」は入っていない。
「一度ハワイに 連れてってくれ
息子に頼んでみたけれど
伊勢神宮さえ 行けなくて」
→夫が居ないので息子に頼んでいる。おそらくハワイで亡くなった(と聞かされており、真偽は不明)。
そもそも、「ばあちゃん」は太平洋の地名でハワイぐらいしか知らない可能性も高い。
なぜなら当時のメディアは時の政府の統制下にあり、大本営発表を検証せず偏向報道をするプロパガンダの道具となっていたからだ。
国威発揚のため、日本軍の勝利を事実以上に喧伝し、大敗の事実を隠蔽する構造であった。
真珠湾奇襲の報道は大々的に宣伝したので、その印象が強いのではないか。
さて、ばあちゃんはハワイに夫を弔いに行きたいが、それが無理ならせめて国内で、
ということで日本全国最高位の神社である伊勢神宮にお参りしたいわけだ。
戦後世代にとっては戦没者を祀るのは靖国神社というイメージが強いが、
戦前世代にとっては伊勢信仰が普通であったようだ。現在も神社本庁の本宗は伊勢神宮。
(ちなみに作詞の須藤晃は富山県出身。槇原敬之は大阪府高槻市出身。)
「夢なんて叶わぬうちが花だけど
待ってるだけでは駄目だから
行きたい場所を目指しなさい」
→これは解釈が分かれるところか。素直に歌詞通りに受け取っても良い。
膝を悪くしてしまい二度と夫の弔いという夢が望めなくなってしまった悔恨にも解釈できる。
「橋の袂で声かけられて
赤いかんざし褒められた
あの日の私が一番綺麗
忘れられない思い出よ」
→孫(俺)のことは何度も忘れるくせに、「忘れられない思い出よ」。
その理由は、夫と過ごした時間が少なく他に思い出が無いからではないか。
・「毛皮も指輪も 押し入れの中」
GHQ連合国軍最高司令官ダグラス・マッカーサーの印象によるものではないか。
「変わっていくものを嘆くより
変わらぬものを愛しなさい」
→生きている人より、亡くなった夫への執着を感じないだろうか。
ここの「あなた」は孫(俺)に語っているように見えるが本当にそうだろうか。
夫に似た孫の姿を通して、
過去の思い出の姿の夫に、
ここにきて思い当たる。
「その目を私に見せなさい」と言われサングラスを外し、孫の目を見る描写。
ここでばあちゃんは若き日の夫を思い出す。
それをきっかけにこの歌詞のセリフのような回想が始まったのがこの曲じゃないだろうか。
タイトルが「ばあちゃん」じゃないのは、一人称が「俺(孫)」に固定されてしまい
メインディッシュにもなれず世の中の隅っこで苦い人生を送ってきた「ばあちゃん」の象徴として「わさび」がタイトルとして選ばれたのだろう。