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2024-12-07

大金持ちになったら大きな机を家に置きたい

その大きな机が何個も置けるほどの大きな部屋にその大きな机をひとつだけポツンと置く。

そして、その大きな机の上ではいろんな作業をする。

PCでの作業アイロンがけ、絵を描くこと、文章を書くこと、模型を作ること、裁縫をすること、ゲームをすること、読書をすること、漫画を読むこと、難解なパズル、なんでもかんでも色んなことをその机の上でする。

そして作業が終わっても片付けない。

デスクトップはとても広大で何でも置けるから片付ける必要がないんだ。

その大きな机にはたくさんの「好き」が置いていて、気が向いたときに気が向いた「好き」の前に行って、腰掛け、じっくりと「好き」と向かい合う。

そういう生活をするんだ。

2024-12-03

家でのんびりした最高の一日

今日は、心の底から何もしない日にすると決めていた。昨日までの忙しさを振り返り、「もう疲れた!動きたくない!」と強く思ってしまったのだ。だから今日は朝から夜までただ自分のためだけに、好きなように過ごすと決めた。

目覚ましをかけずに眠ったおかげで、目が覚めたのは午前10時半。薄暗いカーテン越しに差し込む光が目に入るけれど、まだベッドから出たくない。布団の中でスマホを手に取り、SNSを見たり、好きな動画配信者の最新動画をチェックしたりする。「朝からこれでいいのか?」と心のどこかで自問しつつも、今日は許すことにした。

30分ほどだらだらした後、ようやくベッドから起き上がる。キッチンに行く途中で、リビングソファに腰を下ろしてしまい、また5分間のゴロゴロタイムが始まる。部屋着のポケットに手を突っ込みながら、「そういえば何か食べないと」と思い出し、ようやく体を動かして朝昼兼用ご飯を作ることにした。

昨日の夜に残ったカレーを温めるため、電子レンジをセット。温め待ちの間にコーヒーを淹れ、キッチンカウンターに並べると、なんだか「準備が整った!」という気持ちになる。お気に入りのトレーに食事をのせてリビングへ移動。今日テレビの前が特等席だ。

テレビでは、ちょうど日曜日の旅番組放送されていた。「行ってみたいなあ、こういう温泉街」と思いながらぼんやり画面を眺める。でも、今は家が最高の場所だ。熱々のカレーと一緒にコーヒーを飲むこの時間が、何よりも贅沢に感じる。

食事を終えた後、テーブルの上に広げていた本に手を伸ばす。最近友達に勧められたミステリー小説だ。冒頭だけでも読んでみるつもりだったけれど、これが面白くてページをめくる手が止まらない。登場人物たちの複雑な人間関係や、張り巡らされた伏線に夢中になり、気づいたら午後2時を過ぎていた。

「さすがにちょっと休憩しよう」と思い、キッチンへ向かう。冷蔵庫を開けると、昨日買った抹茶プリンが目に入る。甘いものを口にするとさらリラックスできる気がして、プリンを手に取る。それに加えて、お湯を沸かし、少し濃いめの紅茶も淹れる。日差し気持ち良い窓辺に腰掛けゆっくりと味わいながら、またスマホSNSを覗く。

友達投稿には、華やかな外出先の写真が並んでいる。「みんなこんなにアクティブに過ごしているのか」と、ちょっと羨ましくも思うけれど、今日は誰とも会わず自分だけの時間を過ごす日と決めているから気にならない。

その後、ソファに戻ると、突然眠気が襲ってきた。さっきまで読んでいた本の続きを読もうかと思ったけれど、瞼が重くて文字がかすんでしまう。結局そのまま毛布にくるまり、軽くお昼寝をすることにした。

目覚めたのは午後4時。寝過ぎたかなと思ったけれど、時計を見るとほんの1時間しか経っていなかった。それでも体はすっきり。眠気が取れたおかげで、何か軽く動こうかなという気分になった。そこで、リビングの床にヨガマットを敷き、ストレッチを始めることに。

久しぶりに体を伸ばすと、体中がバキバキと音を立てる。「これじゃ運動不足だな」と苦笑しつつ、ゆっくりと体をほぐしていく。特に肩と首周りが凝っていたので、念入りに回してみると、なんだか血流が良くなった気がした。

ストレッチを終えた後は、ふたたびキッチン作業を開始。夕食は簡単鍋料理に決めた。冷蔵庫に残っていた野菜適当カットして、シンプル出汁で煮込むだけの手軽さが魅力だ。コンロの上でぐつぐつと煮える鍋を眺めながら、ポン酢小皿に準備する。この瞬間のワクワク感がたまらない。

一人で鍋を囲むのは少し寂しいけれど、今日はこれが最高の贅沢だ。湯気の立つ鍋をつつきながら、テレビでは録画しておいたドラマの続きを見る。「そういえば、これ前回の放送見逃してたな」と思い出しながら、一人で物語に浸る。

夕食を食べ終わった後は、もう一度小説の続きを読もうと思った。クライマックスに近づいている部分なので、読む手が止まらない。犯人が明らかになる瞬間は予想通りの衝撃的な展開で、思わず声が出てしまった。

その後、少し余韻に浸りながらも、最後に何か映画を一本見ようとストリーミングサービスを開く。おすすめに出てきたSF映画を選び、部屋を暗くして一人映画館気分に。壮大な映像美とスリリングストーリーに心を奪われ、エンドロール流れる頃には「今日はなんて贅沢な一日だったんだろう」と心から思った。

気づけば時計は夜中の12時を回っていた。結局、今日は外にも出ず、家の中で好きなことだけをして過ごした。何か特別なことをしたわけではないけれど、この「だらだら感」が、どれほど心を癒してくれるかを改めて実感した。明日からまた忙しい日々が始まるけれど、こうしてたまには何もしない日を設けることが、自分リセットする最良の方法なのかもしれない。

でも家にずっといて在宅で仕事ができる人がうらやましいとも感じる。

こういう、在宅で稼げる仕事も少しずつ始めてみようかと検討中

https://okodukai-kasegi.net/

anond:20241203164612

>長く見える効果がある

仕事で可愛さを追求してる暇があったら相手名前を覚えるとかそういう事に力使ってほしいんだけど、仕事をクビになっても別に男に養ってもらうし~くらいにしか思ってない腰掛け女はこんなしょうもないこと考える余裕あるんやな

羨ましいわ

2024-12-01

見るだけの映像向けCGインタラクティブCGは別の進化必要だった

10年くらい前からリアルタイムCGゲームグラフィックが良くなったが、これはGPU進化映像向けのCG手法の後追いに過ぎなく、言ってみればポリゴンの高密度化とピクセルの塗り方が良くなっているだけとも言える。

これはリアルグラフィックを求めるユーザーがいてそうなったわけだが、データ制作に金がかかるようになりある時点からインタラクティビティシュリンクしていく事となった。

分かりやすい例の分岐点でいうとFarcry2から3,4への過程などだ。

密度ポリゴンリッチピクセルもつデータはなんとかつくれるが、それが壊れたり干渉出来るようにつくるのは非常に手間がかかるしGPUパワーだけでなくCPUパワーがいる。このあたりはポリゴンという三角形の集まりデータができていることや、キャラクターボーンと言われる骨のしくみ、つまりポリゴングループ化して動かす仕組みがCG黎明期からいまも使われていることが一因であると思う。

ポリゴンテクスチャを貼るいわゆるUV座標というしくみも、シェーダの登場で柔軟な処理は組めるようになったものの、根本としては立体物に折り紙を貼っていくのと変わらず、アーティストは歪みや切れ目に気を付けてテクスチャを貼る必要がある。(白い球体に折り紙を貼って野球ボールに見えるようにする事を想像して欲しい)

からマインクラフトは本当に革命だったのだが、

このように進化した、あるいは進化していないゲームグラフィック10~15年だったが本当に正しかったのかと思う。インタラクティブCGにはポリゴンではない仕組みが必要だったのではないか破壊とか今のゲームでもできてるじゃんと思うかもしれないが非常に手間なのだ。つまり金がかかる。

どこでも穴を掘る、キャラクターの腕を引っ張る、服をつかむ。リンゴを切る、コップの水を飲む。ほとんどできない。もしくは大金が消えていく。

1人のキャラクターテーブルの上に腰掛けたり、道端の縁石に腰を下ろしたりするのを可能にするのも大変だ。いろんなサイズ人間同士で握手させる、肩車、組体操、非常に難しい。

No.101 (1998/2/8)

←前 | 後→

弟が夢にうなされ、何かうわごとを言っていた。よく聞いてみると、左手に持った板を踏めと言っているようだ。むろんそんなものを持っているわけはないが、ぼくは板を踏む動作をしてみる。すると今度は右手の板を踏めと言う。再び踏む動作をしてやると、続いて右足の板、左足の板と、要求は際限なく続く。すっかりばかばかしくなり、それ以上つきあうのはやめてしまった。弟はまだ何か言っていたようだ。気になって眠れないので、別の部屋に移り、本でも読んで時間をつぶすことにした。隣室は窓から漏れ陽の射す穏やかな部屋だった。

本の内容はある少年と犬の話だった。あるとき少年と犬が出会う。そして二人が歩いていると、言葉を喋る我儘な鳥が道を渡ろうとしているのに出会った。このとき咄嗟に鳥を助けようとして飛び出した少年と犬は、運悪く車に轢かれて死んでしまった。(主人公がいきなり死んでしまうとはおかし物語だ……) やがて警察官が数人やって来て、すぐさま家の中の捜査が始まった。これが事故事件か、彼らの見解は分かれているようだった。

捜索の始まった家とは道路を挟んで反対側に建つ家の二階に、固く窓を閉ざした薄暗い部屋があった。長いこと空き家になっていたのだろうか、がらんとした虚ろな室内の床にはうっすらと埃が積もっている。ところがこの部屋で今、締め切ったカーテンの隙間からかいの家をじっと観察する老婆の姿があった。そう、彼女は今まさに捜査の行なわれている向かいの家の住人だったのだ。警察官たちが踏み込む直前に辛うじて逃げ出したのだが、何か忘れ物をしたのか、それとも気掛かりを残してきてしまったのだろうか、注意深く様子を窺っている。とそのとき警察官の一人が老婆の視線に気付いたようだ。これほど用心深くしていたというのに、そして向こうからほとんど見えないはずだというのに、何と鋭い男なのだろう。彼は道路を渡ってこちらへ歩いてくる。老婆は咄嗟に裏口から逃げ出した。

老婆はできるだけ人混みに紛れるように歩いた。気付かれたとはいえ、姿を見られたわけではない。とすればこうして人の波に埋もれている限り見つかるはずがない。枯れ葉を隠すなら山というわけだ。案の定、さすがの警察官もあまりの人の多さに右往左往している。老婆は悠々と駅のホームまで辿り着くと、逃げ切ったことを確信したのか、大きく深呼吸をしてベンチに腰掛けた。ところが辺りを行き交う見知らぬ人々が次々と不思議そうに老婆をみつめていく。不審に思ってよく見ると、老婆の右膝から下の部分がすっかり欠けているのだ。どうやら彼女忘れ物はこの欠けた足だったらしい。いつの間にか先ほどの警察官が目の前に立っていた。彼は老婆に優しく声をかける。もう逃げ切れない。老婆はすっかり諦めた様子で素直に警察官に従い、存在しない足でゆっくりと立ち上がった。

←前 | 後→

2024-11-30

11月

11月。私は、フロと出会った。

ベルリンの、秋だった。

彼はルドウという、東京でいうと府中のような所に住んでいた。

穏やかで大きな家が立ち並び、お行儀よくベンツ玄関先に停まっている。

道路日本における未開の地、名古屋のように広く、礼儀正しく整備されている。

空がひらけている。

私はコンサートを見終えた後、深夜11時ごろに彼と出会った。

彼は相変わらず、といってもその時は初対面だったが、眉尻の下がったあまりにも優しい世捨て人のような風貌で、パンクな黒いパーカーを着ていて、手をあげ、私にやあという合図をした。

彼の身長は私とあまり変わらないくらいだった。

私はヒールを履いていて、私の身長は165センチ位ある。

彼はたぶんそれをどこかで気にしていて、同時に気にしていないと私は思う。

今、二人が出会たことを思い起こすと、その時から3週間は経っているのに、胸が張り裂けそうで、ただ喧しいくらいの大きな声で「アイシテル」と叫びたい。まるでサンボマスターボーカルの人みたいに。愛してる、フロ。愛してる、愛してる、愛してる…。

そのくらいに彼は衝撃を、私の人生を大きく変えた人だった。

彼は本当に誠実だった。真摯で、当然ヨーロピアンさながら紳士で、真剣すぎるくらい真剣で神経質だ、人生事柄に対して。

愛している。

実をいうと、私たちワンナイトだった。

私がアプリで彼に寝ようと誘った。

彼は、後から聞いた話でいえば、ただ友達として出かけたかったので、面食らったと言っていた。

それでも彼は、パンクな骸骨の描かれた、着古した彼の黒いパーカーを着てやってきた。彼は27歳なのだが、そのラフな歩き方、なんて可愛らしいんだろう。

さて、なぜ彼がそんな尻軽な女の面食らわせてきたメッセージに応じてのこのこやってきたかといえば、もう簡単だった。答えは、「僕は日本女の子が本当に本当に好きだから…」だそうである。幸あれ、フロリアン天国

そうして私たちはルドウの夜に邂逅した。今は彼を深く愛している、しかし、私はその時彼を愛していなかった。

暗い、暗い地方の闇夜だった。小さいガス灯を思わせるオレンジ道路灯が目に滲んだ。幼いころ、行楽から帰る首都高速の、父の運転する後ろからまなじりに涙を溜めて眺める首都高の街灯みたいに。私は、ただ地方のような広く、文化的に浅く、人の暮らすただの町にいた。(ルドウは正しくは村だ)

そしてベルリンマツモトキヨシであるDMドラッグストアの前にいた。23:45。シャッターは降り、背後にはバス停が寂しく光り、完全に町は休息して沈黙していた。

今、私の股から男の精液が零れ落ちる。私は先ほど過ちを犯したばかりだ。さあ、今、書かなければ。私を、ルドウにこのパソコンが連れて行ってくれる。繋ぎとめて。フロリアン、フロ…。しかし不義を犯した女に彼を呼ぶ資格などない。ああ。

そうして私たちは、ルドウを歩き始めた。

彼は最初に尋ねたのだ、ドライブがいい?散歩がいい?

散歩がよかった。そしてそれを伝えた。

彼は非常に控えめな口調で自分散歩を愛していることを告げた。

私たち英語は拙かった。フロリアンあなたドイツ人なのにね。(ドイツ語英語は非常によく似ている。)

愛している。ああ、繋ぎとめて…。

さて、我々は拙い英語のようなものを駆使し、日本について話した。彼は日本庭園が好きだと告げた。

侘び寂びの話をした。

ルドウの秋の道が流れていく、私たちの歩が進む度に。私は非常に感嘆の声を上げ、何度もルドウという町を称賛した。

彼は東京の方がプリティだと言った。

フロはルドウに生まれルドウに暮らしている。

私たちは寝た。

そして寝た男女の例によってピロートークをした。

翌朝私たちは新しい白い朝、ルドウの退屈さを前面に押し出したみたいな住宅街の朝を歩き、彼はその時に私に伝えた、ルドウに生まれたんだ、と、そう言った。

そうだ、いい調子だ。パソコンキーボード。そうだ、私たちは寝た。

我々は非常にアニメの話で意気投合し、彼は私を気に入った(ように見えた、少なくとも。)

そしてふっと、道が交差点になったところでフロリアンが言った。僕の家はここから歩いてすぐなんだ。

私は彼のお眼鏡に適ったようだ。喜んでお受けし、我々は本格的にルドウの住宅地の画地に割き入りこんでいった。

彼の家は普通に平屋でびっくりしたのを覚えている。あ、普通に実家?!と。

ベンツが停まっていた。芝生は大変健康そうに、茂っていた。

部屋に上がる。玄関ハリウッド映画で見たアメリカ居間のようなものが広がっていて恐縮した。似顔絵がある、おそらくフロではない誰か家族の…。バラ。活けられている。奥に見える暗い、秩序と富を感じるキッチン

フロはいきなりキスをするようなことはしない。彼は真摯なのだ

そのため我々はお馴染みのオタク的ゲーミングPCの前に、ゲーミングチェアによっかかり、当たり前にYouTubeを広げ、検索語句を伝え合い、タイプし、そして、たまに肘を触れ合わせ…。きゃあ。修学旅行イケてる男女みたいだ。ははは。

そしてやっぱりときめいてしまう。あなたを愛している。好んでいる、かな、正しくは。

話はお互いの好きな音楽ジャンルの話になり、移り、成り、そして宴もたけなわになった。彼はふとベッドを見、ベッドに腰掛け、私はベッドにあったぬいぐるみを彼から受け取り、ぬいぐるみの鼻で彼の鼻にキスをした。彼は大変可愛らしく笑い声を立てた。ふふっ。そう、顔は笑顔だった。ああ、フロリアン

そして一度ハグし、それから…。ああ、私は自分の取ったアクションしか仔細に書いていないではないか

フロリアンには強い、強いエンパシー共感性)がある。私は共感する力はとても弱い。

おそらくフロリアンだったらもっとこの文章を違う風に書けただろうなと思う。しかし、私は書いている。今、私は書いているのだ。

トラウマが目の前を歩いてよこぎる…。垂れゆく精液…。ああ、ああ。嘆かわしい。

しかし私には私の視点しか思い出すことはできない。恐縮だ、ご容赦あれ。

私たちはそ…っと、本当に自然に、風のように、しかし照れくさく、春風のように、期待を孕んでキスをした。直後めちゃくちゃ口臭が気になって、私から頼み込んで歯磨きを二人して始めた。なんて滑稽な。

満を持してキスをする。交わされる腕。彼の口元は本当にふんにゃりと湿っていて心地が良く、性感において気持ちがよかった。要はキスうまい質の口に生まれついていた。

そして、キス自体も。

彼は全身全霊をキスという言語で伝えるかのように私を愛した。本当に、驚異的な宇宙が彼の中と、二人の間にこだましていた。

そして私が横たわりたいと言った。

二人は横になった。フロリアンが私にまたがり、彼が心をキスで満たし、伝える。私は口臭を気にしながら、少しづつ応える。息が上がっていく。

彼は自分から私の服を脱がせなかった。なぜかはこうして今になっても分からない、不可思議だ。

しかし彼は私の背中にそっと手を差し入れ、円を描くようにさすった。私は感じた。

我慢ができなくなるまでそれは続いた。

卑怯な言い方だったと思う、だがまあ、私は問うた。何かしたいことはない?あなたがしたいこと、なんでも、私は叶えたい。

すでにその時彼のことを大分好ましく思っていた。

服脱ぐ?と彼は言った。愉快な話である

私がオーダーし、彼が私の服を脱がせた。スカートパンツ自分で脱いだ。

ああ、私はとても眠い

寝ようと思う。

私たちは愛し合った。

そして翌日の飛行機ももう何もかもをかなぐり捨てて彼を、おそらく彼も、昨夜ってやつを反復した。舌で、心の目で、何度も、何度も。何度も何度も。

私は、もう彼に恋に落ちていた。

そして私は彼に付き合いたいと迫る。

彼は私に愛を返そうとし、しかしいろいろな私の自分勝手さに嫌気がさす。

私は自分を見つめなおす。

彼は私の新しい人生を、彼の言葉を用いて拓く。

私の新しい、喜ばしい生が彼の作品として私が生き続ける間続く。

彼に連絡先をブロックするように話し、それは実行される。

私、男友達と寝る。

現在、狂ったようにパソコンに向き合う。

フロリアン、私はもうあなたには会う資格がない。

でも、おいしいものを食べて、生きていくよ。あなた生命をくれたから。

もう言えないかもしれない、この言葉がある。

愛してる。

2024-11-21

1泊2日ディズニー旅行

anond:20241119164709

2日目

ファンタジースプリングスホテル

5:00

起床

枕が変わると睡眠が短くなるタイプ

お湯沸かしてお茶飲んだり、外の景色見たりしてダラダラする

6:45

妻子も起床

着替える

7:30

ジョイフルスプリングス

ホテル内のコンビニ

クレジットカードの明細にはデイリーヤマザキと表示

朝食のレストランを遅めの時間にしているため、小腹を埋めるためおやつを買う。

7:45

部屋

買ってきたおやつを軽くつまむ

ディズニーシー

8:15

ディズニーシー入園

ファンタジースプリングスエントランスから

ハッピーエントリー入園

手荷物検査の手前でハッピーエントリー通行証&宿泊証明書確認が入る。

8:20

DPA購入

2日目は通常のワンデーパスポートなので、色々手配する必要がある

今回は

ネバーランドアドベンチャーDPA(有料ファストパス

・ソアリンDPA

シーライダーのプライオリティパス無料ファストパス

・ビジーバギースタンバイパス無料の並ぶ権利

上記スタンバイパス時間に合わせてロイヤルバンケットモバイルオーダー

カプセルトイスタンバイパス

を手配する。

DPA入園直後に購入。

DPAは乗車時間を選べるが、スタンバイパスおよびプライオリティパスは早い時間からの先着順のため、狙っている時間になるまで待つことに。

8:30

ディズニーシー退園

一般入園開始時刻。

カプセルトイスタンバイパス時間が動き出したので取得。

アトラクションスタンバイパスプライオリティパスも一向に時間が動かないので、一旦撤収

宿泊証明書を見せて退園。ホテルへ戻る。

ファンタジースプリングスホテル

8:35

ロビー庭園散策

しかスタンバイパスプライオリティパスも一向に時間が動かない。

朝食

8:45

ファンタジースプリングスレストラン

ブッフェ形式

和食が潤沢。鯵のなめろうを乗せたお茶漬けが作れる。

ようやくスタンバイパスが動き始めて、ビジーバギー取得。

ロイヤルバンケットモバイルオーダーも押さえる。

9:00

シーライダーのプライオリティパス取得

9:20

ソアリンDPA購入

DPAは購入後そのDPA使用するか、1時間後にならないと次の購入ができない。

チェックアウト

9:50

部屋に戻りまたダラダラする

11:20

部屋からチェックアウト手続

TVメニューから支払い用の二次元コードを表示→スマホWebブラウザで決済

手荷物は部屋に置いていけば回収して預かってくれる。(やはりWebブラウザから依頼をかける)

アプリ内で手続き出来るとなお便利なのだが、「部屋で手続きする」必要があるんだろうな。

から部屋のTVメニューを起点にしている。

ディズニーシー

11:30

ディズニーシー入園

ファンタジースプリングスエントランスから

手荷物検査と、宿泊証明書確認

11:35

ジーバギー

スタンバイパスで乗車。

1日目に乗車効率の悪さを書いたが、この時に実感した。

・1台ずつの出発

・4人乗り

マジックパス所持者が来たら超優先で通す

というところで、スタンバイパスだととにかく進みが遅い。

12:00

ロイヤルバンケット

食べ物がセットメニューしかないのは使いにくいので、オペレーションがこなれてきたらバラ売りして欲しい。

12:45

エリア散策

ランチ時間レストランが目に見えてキャパオーバーしてる。

モバイルオーダーの注文と、座席があるかどうかは別の話。

エリアへ移動

アラビアンコースト

13:00

シンドバッド

スタンバイ10分ほど。

子供が一番好きなアトラクション。歌が良いらしい。

ロストリバーデルタ

13:20

レイジングスピリッツ

シングルライダーで乗車

妻子には先に行ってもらう

13:45

エクスペディションイート

ユカタンソーセージドッグ

いつ食べてもうまい

妻子に先に行かせて、食べながら待ってもらってた


ポートディスカバリー

14:30

シーライダ

プライオリティパス20分ほど。プレショー2回待ちくらいか

この辺りで「もしかして今日混んでる?」と思い始める。

アメリカンウォーターフロント

15:00

レストランテラス

アカクテル

そのまま飲み歩き

15:20

タワーオブテラーメモラビリア

カプセルトイ

スタンバイパス10分ほど。

メディテレーニアンハーバー

15:40

ソアリン

DPAで乗車。

ラスト東京、鉄オタは新幹線ディテールCG映像であることを見破るとのことだが、

俺は新橋サラリーマンなので、複数建物道路が省略されているところで見破った。

そして弊社のビルは綺麗さっぱり消えていた。

買い物

16:00

エンポーリオとか

お土産屋さんをざざっと見る

ファンタジースプリングス

16:20

ディズニーシー退園

ディズニーシープラザ側のエントランスから

入園手続き。

16:25

東京ディズニーシーステーション

16:35

ベイサイドステーション

16:40

ディズニーシー入園

手荷物検査と、宿泊証明書確認

16:45

ネバーランドアドベンチャー

DPAで乗車

夕食

17:00

ファンタジースプリングスホテル

レストラン直通のエントランスから

17:10

ファンタジースプリングスレストラン

朝食に対して洋食デザート比率が上がる。

帰路

18:40

ベルデスク

チェックアウト時に預けた荷物を回収。

ロビーで待てとのことでロビーソファ腰掛けるが、2分ほどで荷物を持ってきてくれた。

18:50

ベイサイドステーション

19:00

リゾートゲートウェイステーション

19:05

JR舞浜駅

帰る

2024-11-09

anond:20241109144352

夕食の片付けを終え、私はふと口を開いてしまった。

「ねえ、最近私たちって、ちゃんと話してない気がするんだけど…

夫は少し驚いた顔をして、すぐにスマホに目を戻した。「話してるじゃないか毎日おはようおやすみも言ってるだろ?」

そうじゃない。そうじゃないんだ。心の中で叫びながらも、言葉にする勇気が出なかった。「ううん、そういうことじゃなくて…。ちゃんと二人で話をしてないっていうか…」

しばらくの沈黙のあと、夫は小さく息を吐き出し、ソファに体を沈めた。「…仕事で疲れてるんだし、今さら何を話すんだ?」

その言葉に、胸がぎゅっと締め付けられた。かつて夜遅くまで他愛のない話で笑い合った日々が思い出され、その記憶が今では遠いものに思えて仕方なかった。こんなにも近くにいるのに、私たちはどこか遠く離れてしまったような気がした。

「…ごめん、変なこと言って」

そう言うと、私はその場を離れ、リビングのドアを静かに閉めた。

数日後、私は慌てた様子の夫から電話を受けた。朝の通勤時間、彼からの連絡は珍しかった。

「頼む、駅まで来てくれないか?」

驚いて理由を尋ねると、彼は言いにくそうに低い声で話し始めた。「…朝、電車ちょっとトイレが間に合わなくて…」

その時の彼の声は、いつもの冷静で余裕のあるものではなく、どこか小さくて弱々しかった。思わず笑いそうになりながらも、彼のプライドを傷つけないよう努めて真剣に話を聞いた。そして私は急いで駅へ向かった。

駅の待合室で、しょんぼりと肩を落として座っている彼を見つけ、私は思わず笑みがこぼれた。心配だったけれど、なんだか愛おしくも感じた。そっと彼の隣に腰掛け言葉なく手を握ると、彼も少しだけほっとした表情を見せてくれた。

「…大丈夫よ。誰だって、こういうこと、あるんだから

彼は小さくうなずき、弱々しく笑った。その瞬間、なぜか私たちの間に少しだけ、以前のような親密さが戻ったような気がした。

それから私たちは少しずつまた、夜に話をするようになった。長い会話ではないけれど、互いの存在を確かめ合うような、そんな会話。あの時、彼が失敗を見せてくれたからこそ、私はまた彼に手を差し伸べることができたのかもしれない。

2024-10-16

anond:20241016153243

から帰ってきたのは、ちょうど夕方の薄暗い時間だった。狐と別れてから、ぼくはゆっくりと森の小道を歩いた。足元に広がる枯葉が、かすかな音を立てて踏みしめられる。その音だけが、ぼくを現実に引き戻しているようだった。

狐は、何も多くは語らなかった。彼がそういう性格なのか、あるいはぼくに対して何かを残す必要がないと判断したのかは分からない。けれど、その存在感は、ぼくにしっかりとした印象を残していた。何かを伝えようとするでもなく、ただそこにいるだけで、彼はぼくに何かを気づかせたように思う。狐は何か特別ものを持っている。言葉にできない、何か曖昧で、それでいて確かなもの

自宅に戻り、靴を脱いでリビング椅子腰掛けた。窓の外はすっかり暗くなり、街の明かりが遠くにぼんやりと見える。ぼくはそのままじっと座って、何も考えずに過ごそうとした。でも、狐とのやり取りが頭の中で繰り返し再生されていた。ぼくが口にしてきた「キモい」という言葉について、それまで深く考えたことはなかった。軽い気持ちで使っていたその一言が、どうしてこんなにも気にかかるのだろう。

狐が言っていたこと――言葉には影がある。言葉は、何もないところに波紋を広げる。その言葉がどこかへ消えてしまうわけではなく、むしろ誰かの心に、そしてぼく自身の心に残り続けるのだと。ぼくは自分が「キモい」と口にするたびに、その言葉が心にどんな形で残っているのか、思いも寄らなかった。簡単な、ただの一言だと思っていた。でも、考えてみるとその一言には確かに何かがあった。ぼくは無意識に、それを繰り返し使うことで、世界の複雑さを避けようとしていたのかもしれない。

ぼくはいつも、何かに違和感を感じたり、不快に思ったりすると、すぐに「キモい」と言ってしまっていた。その言葉は、ぼくにとって簡単で便利だった。まるで、疑問や不安を瞬時に整理できるツールのように。でも、その簡単さが問題なんだろう。ぼくは狐が言っていた通り、「キモい」という言葉を使うことで、その感情を一瞬で片付けてしまっていた。感情の裏にあるものを見ようとせず、そのまま蓋をしてしまうように。

ぼくは窓の外に視線を向けた。暗い空に、小さな星がちらちらと見える。自分の心の中にも、同じような暗闇が広がっているのだろうか。そこに、今まで気づかなかった何かが潜んでいるような気がした。狐が言った通り、ぼくは「キモい」という言葉に頼りすぎていたのかもしれない。言葉が、ぼくの心を少しずつ染めていって、気づかないうちにぼく自身がその影に囚われていた。

どうしてそんな風に思うようになったのか。狐がぼくに問いかけたように、ぼく自身も問い直す必要があった。ぼくが「キモい」と感じるその瞬間、本当に何を感じているのか。その裏に何があるのかを、もっとじっくりと見つめなければならない。表面的な違和感不快感だけでなく、そのもっと深いところで何が自分の心を揺さぶっているのかを、ぼくはまだ知らなかった。

言葉には影がある」と、狐は言った。ぼくが使っているその言葉が、ぼく自身の心にどんな影を落としているのか。それをこれまで、ぼくは意識してこなかった。もしかしたら、ぼくはその影を避けてきたのかもしれない。言葉は便利で、使い方次第で色んなものを切り捨てたり整理したりできる。でも、その一言一言がどれだけの力を持っているかは、ぼく自身もっと意識しなければならない。

ぼくはふと、狐の姿を思い出した。彼は何も強制しなかった。ただ、静かにぼくの隣を歩きながら、ぼくが自分自身で気づくように導いてくれた。彼の言葉が、まるでぼくの心の中に投げ込まれた小石のように、波紋を作り始めているのを感じた。ぼくはその波紋を追いかける必要があるだろう。それは時間がかかるかもしれないが、必要なことだ。

キモい」という言葉に頼らない世界。ぼくの感情もっとかに表現できる言葉を見つけること。それが、ぼくの心の影を少しずつ薄くしていくのかもしれない。

2024-10-05

わーい。角換わり腰掛け銀の指し方がわかってきた

同一局面誘導

迷ったところをai解析

答えを次の一手問題にして

対局前後で解く

繰り返したら勝てるで。

積み重ねた歴史に抗えない

2024-09-19

燕尾服で来た男

アプリで知り合った男。30代くらいって聞いてたけど、まあアプリ写真では普通だったんだよ。

普通、だったんだけど…

待ってたらさ、すっごいピッチリした燕尾服を着た男がこっちに歩いてくるのが見えた。

いや、もう、ピッチリどころじゃなくて、皺ひとつない、まるで貸衣装か何か? しか白手袋までしてて、コスプレかよ!って。

渋谷のど真ん中、ハチ公前でだよ? マジで「え?は?」って二度見しちゃったもん。

こっちはエゴイストで揃えた白のオフショルダーに、リゼクシーブラックタイトスカート

あと足元はダズリンヒール。 だけど燕尾服と並ぶと、もうなんかコスプレ大会参加者みたいでめっちゃ浮いてたんだよね、私。

そいつが近づいてきて、いきなり「増田さん?」って声かけてきた。

いや、あんた誰よって。絶対間違えてるでしょ?って思ったけど、相手が名乗ってきて間違いないってなった。写真となんとなく顔も似てるし。

仕方ないから、「はぁ…」って頷いた。そしたら、「良かった!僕も少し早く着いちゃって!」とか言って、近くのスタバ渋谷モディ店で一緒にお茶しない?って誘われたの。燕尾服で。

そりゃ、ついていくしかないじゃん? でも、スタバよ? もう、周りの視線が痛い痛い。

私も恥ずかしさで顔真っ赤だったけど、燕尾服はそれを「照れてるんだね」って勘違いしたのか、ドヤ顔で笑うんだよ。

「照れなくてもいいよ」って、完全に勘違いしてる。

今日特別な日だと思って、これを選んできたんだ。どう?カッコいい?」とか言われて、いや特別な日じゃないし…って心の中で叫びつつ、うんざり

でもあいつ、燕尾服のくせにドヤ顔で延々と喋る。まるで自分ファッションセンスが神レベルだと思ってるみたいに。

もう最悪だった。なんで燕尾服なんだよ?って聞きたかったけど、怖くて聞けなかった。いや、だってさ、エゴイスト燕尾服って、どう考えても合わないでしょ?

スタバに入っても私たち、完全に浮いてた。燕尾服と一緒にいるだけで、まるで私もコスプレ仲間みたいな雰囲気なっちゃってさ、もう痛すぎた。

とりあえずレジに並んで、何か注文しようってなったんだけど、燕尾服がなにを頼むのか気になった。

そしたら、いかにも「僕、センスいいでしょ?」って感じで、「キャラメルマキアートトールサイズ、ホイップ多めでお願いします」って、完璧発音で注文。

トールサイズキャラメルマキアートがこんなに威圧感ある飲み物に見えるなんて思わなかったわ。

で、私はというと、もうどうでもよくなって、「カフェラテショートサイズシロップ少なめで」と、いつも通り無難なやつを注文。

シンプルラテが一番だし、頭の中は「とにかく無難に過ごせ、無難に帰れ」って思考グルグルしてた。

注文を待ってる間、周りから視線が本当に痛いの。

横にいる大学生っぽい女子二人組がクスクス笑ってるのが聞こえて、ふとそっちを見ると、二人とも全身がレディアゼルで固められてた。

よく見るとバッグはシャネルクラッチ、だけど靴はアースミュージック&エコロジーみたいなミックスで、いかにも見栄を張ってる感じが見え見え。

こっち見て笑ってるけど、正直私からすればそんなに大差ないじゃん?って思いながらも、やっぱり痛いものは痛い。

ようやく席に座ることに。彼はなんと、座る瞬間もまるで貴族みたいに燕尾服をさばきながら、ふんわりと腰掛けた。

私はそれを横目で見つつ、「なんでこんな格好でここにいるんだろう…」って頭を抱えたくなった。

で、会話が始まったんだけど、正直何を話してたか全然覚えてない。

燕尾服が何か一生懸命話してるのは分かってたけど、私の頭の中は自分が注文したカフェラテと、目の前でマキアートを飲んでる燕尾服しか入ってこなかった。

会話なんてもう無理。燕尾服がずっと頭にこびりついてた。

ただ一つ良かったのは、燕尾服が奢ってくれたこと。

「ここは僕が払うよ」って、燕尾服でカッコつけながら支払いをしてくれて。

美味しかったカフェラテをタダで飲めたってことだけが唯一の救いだったわ。

燕尾服、悪い奴じゃなかったと思う。

2024-09-15

anond:20240914190215

本当は違うんだけどな。

トー横は東宝シネマ(ゴジラビル)横の意味で、いまトー横と呼ばれているコマ劇前広場シネティ)とは反対側の路地のことだった。ガキらも元々はそっちの東宝シネマの生け垣にたむろってた。コマ劇前広場の方は飲食店が道に面していて腰掛け場所もなかったしな。でも、マスコミがあの路地では画にならんと思ったのか、コマ劇前広場の方を映しながらトートー横と連呼するもので、新しくやって来る人らがそっちに行ってしまった。元々のトー横は小さい路地だったので人が集まることにも限界があり、取締りもされるようになってみんなコマ劇前広場に移った。そしてそちらがトー横と認識されるようになった。

2024-09-14

anond:20240914113625

この手の職場腰掛けにするフリーライダー女を容認する社会

ヨーロッパみたいに役所福祉手続きに行ったら「来月末まで担当者いないんでその後にまたどうぞ」で1ヶ月半放置される社会とのトレードオフなんだよな

2024-09-11

大学2〜3年頃からだったかソナチネのたけしに憧れてマジでシャツスラックスしか着なくなった。菊次郎の夏だったかも。

春秋の98%はマジでその格好。

海沿いで腰掛けてボーッと波を眺めたり、繁華街を練り歩いたりしながら無限主人公ぶってた。

ヨウジかギャルソンが良かったけど、サイズが合わなかった。ユニクロスラックスは夏でも快適だ。

同じ格好しかしないからコーディネートの幅は磨かれなかった代わりに、シルエットや丈に異常なこだわりを持つようになった。

オタクが服に興味を持つとそうなるのかもしれない。求める先は異性や他人からのウケではなく。おれの場合きっかけの時点でもうオタクっぽい。

モサい頭のチビガリだし、たけしのとっぽさにはきっと程遠かった。日中から手ぶらでうろつく姿は変な高校生みたいだったと思う。「主人公」は鞄を持たない。

それが気に入ってたし、自分の「スタイル」だった。

と思ってた。

最近スタイルというのはもっと必然的ものなんじゃないかって思う。

炭鉱夫はデニムを。軍人迷彩を。スケーターは動きやすルーズな服を。オタク少年ママが買ってきたちょっと古いセンスの服を。

そこに演出はなく、その人を取り巻く環境が、生き様が服へと現れる。その自然体こそがスタイルなのではないか

カートバーンの真似をしてボロい服を着るのはグランジなのか?なんて語り尽くされた話だ。

スタイル自分から喧伝せずとも周りが勝手見出していく。そこには服飾というより精神性としてのかっこよさがある。

ザッカーバーグジョブズが同じ服ばかり着るのも、彼らの忙しない日々を描くスタイルだ。それをノームコアと囃し立てて、こだわってない風の服をわざわざこだわって選んでもコスプレしかない。

オタク君の服ってこういうのばっかり、的な揶揄だってベクトルは違えど本質的には賞賛と変わりないのかもしれない。

じゃあおれにとっての環境とは何か。「時代」というのは一つの環境ではないのか。

自我を持って着せ替え人形コスプレをやるよりもむしろ、服にさほどこだわりのない人が流行に巻き込まれる着る服にこそスタイルがあるのかもしれない。

Twitter(a.k.a 𝕏)で、時代ごとの流行りの比較イラスト写真みたいなのがたまに流れてくる。ファッションは巡るって言説を添えて。

古めの映画を観てても、ジーンズ履いてスタジャンのポットに手を突っ込む若者が妙にかっこよく見える。「その時代若者」というスタイルが。自分にそういう時期がなかったのがなんか寂しいし、ちょっとコンプレックスですらある。

この際スタイルとかどうでもよくて、能動的なミーハーでもなんでもその時代らしい若者の姿に染まりたいという気持ちがある。

G-shockエアマックスたまごっち

シュプのボックスロゴ。Y-3やOWのガチャベルト。

時代流行りと言うには局所的過ぎるか。

2ch脳拗らせてミーハー小馬鹿にしてた反動が来たのかも。何なら今だってサンバ履いてゆるいパンツ履いてる連中を若干小馬鹿にしてるけど。いつか自分もそれに倣わなかった悔やむ時が来るのかもしれない。

あの頃もたけしぶって場合ではなく、若者らしく時代に染まっていれば良かったかな。

と思ったけど、冷静に考えたらそれ以前は「その時代若者」であった時期もちゃんとあったな。

スラッとしたシルエットにと言われていた筈が、今や掌返し頭でっかちになるとか言われてオワコン扱いを受ける黒スキニーちゃんと履いていたではないか。1460に捩じ込んで。流行りは3ホールだったけど。チェスターコートも着てた。

げんじファッション黎明期だ。あれ下半身だけパンクスみたいで面白いな。

服にも強いこだわりは無かったし、自我がないからこその「スタイル」があった。

ミーハー心でyeezyも持ってたしな。QNTM。アレ今でも普通にかっこいいと思う。ブーム末期な上に履きおろさずに売っちゃったけど。

beatsヘッドホンとかGIATNTSのチャリもかっこいいなと思ってた。まとめサイト受け売り情弱向けのゴミ音質とかルック車とか小馬鹿にしつつ、割と欲しかった。

友達いなさすぎて当時の写真も残ってないのが悔やまれる。

まあこれからもたけしリスペクトは続けていくか。いつかそれが自然体になってるかもしれんし……

2024-09-06

ヨレヨレの子猫 現在写真追加しました)

まずは現在の姿を。

この写真はすごく盛れてるかわいいだろ。

 

https://tadaup.jp/16e20e9e8.jpg

 

あれから四年(もたつんかい)、病気怪我もなく元気で暮らします

以上ご報告でした。

 

それはそうと、

最近、庭にのら猫が出入りするようになった。

どうもこの春出産して子育て中の猫のようで、おちちが腫れていた。地域猫活動として、彼女の子育てが落ち着いたら手術連れて行こうとおもって、付かず離れずで見守ってる。

俺の地域では、猫がゴミ漁りをしないように、餌をあたえることが認められている。庭にきたときは、元ヨレ猫のえさの残りをあげてる。彼女朝来たり、夜来たり、気分やさんだ。

ちょっと目をはなしたらいなくなってるが、餌はのこさず食べきってくれている。

そんな暮らしが1か月くらい続いていた。

 

そしたら、なんと、昨夜。

彼女子猫を連れてきてくれたのだ。

ようやく子猫を見せてもらえた。多少気を許したと言うか信じてくれたのだと思う。

彼女と同じ柄の猫ちゃんが2匹と、なつかしい真っ黒猫が2匹。

子猫たちはあまりにも元気で、ピーピーなくし、コロコロ走り回ってじゃれあって、

可愛らしいにもほどがある。。。

 

昨晩きて、そのまま庭に泊まって、今朝も餌をあげて、いままでずっといる。

母親猫は、餌を食べない時間は、ずっと庭の真ん中に横になっており、尻尾子猫をじゃらしたり、ちかよってきた子猫を毛繕いしたり、眠ったりしてる。

子猫たちはと言うと、庭で母ねこのまわりをずっと走り回ってる。たまに横になってることもあるけど、すぐじゃれあいが始まって気づいたら飛び回ってる。

 

あんまりにも可愛い。どうしてくれるんだ可愛い

4匹まとめてかわいいから、まとめて拾っちまいたい気もする。でも、大事大事子猫4匹をここまで育て上げた母猫から子供を奪うなんて絶対にできない。母猫ごと一緒に暮らすか…いやいや

 

ヨレ猫は、勝手口に腰掛ける俺の隣に座り込んで、一緒に野良猫一家を眺めている。

こいつ、子猫の頃に拾ってからずっと俺と一緒だから、他の猫となかよくやれないかも…とか考える。

しかし、ヨレ猫も、拾った頃はこの子猫たちと同じくらいかもっと小さいくらいで、餌もありつけずにガリガリだったけど、

立派になったな。いまや、自分食べ残しに群がる野良猫たちに対し、家猫から目線で高みの見物をしている。

 

親とはぐれて、何色のねこなのかもわからいくらい薄汚れて、怪我だらけで、尻尾の先が3cmほど壊死していた。

いまでも途中で断ち切られたとはっきりわかる中途半端尻尾が、もしこの子らのように親に守られて、人に助けられて、運良く先までのこっていたら、こいつもさぞや優雅なシルエットだったに違いない。

でもこの短い尻尾でも、けなげに立てたりふったり俺にこすりつけたりとじゅうぶん表情豊かだから、これはこれで愛しいし、だいじなヨレ猫の歴史の一部。

 

色々考えてたら増田を思い出して、久々に書きに来た。せっかくだからキレイに撮れた写真も自慢したくて笑

庭にいる野良一家が今後どうなるかはわからんが、また何かあったら報告に来る。

 

https://anond.hatelabo.jp/20201227110458

 

追記

さすがに盛れすぎて美人美人言われるのが心苦しくなってきたので通常版もおいておく。

https://tadaup.jp/170036585.jpg

ちょっと肥えすぎたか健康のために一緒に節制したい。

 

あと、過去写真見たい人いそうだったから4年前のも

https://tadaup.jp/17002e843.jpg

実際増田に何をアップしてたか忘れたから同じ写真ではないと思うけど許されたい。

多分拾って数週間くらいのときかな?怪我はみるみる治ったけど、毛に絡まって固まった血とか膿とか泥とかの汚れはしばらく落ち切らんかったな〜

2024-08-31

育児をやり遂げた極めて優秀な人々を見て素晴らしいと思うとともに

自分のような無能人間結婚なんて選ばなくて正解だった、とも思う。

結婚育児において求められる事務処理能力関係調整能力社会金銭を問わない十分な資本力、諸々を持ち得ていない自分が、結婚なんてことをしようと思わなかったことが、なんというか間違ってなかったよ、と言われたような気分になる。

もちろんできなかったことに対しての言い訳をせっせと積み重ねているだけなのかもしれないが、これだけ積み上がればもう腰掛けたって崩れたりはしないんじゃないかな、なんて思ったりもする。

もし実際に結婚したとして、俺はきっとまともに子育てもできなければ配偶者との関係もまともに維持できないだろうことは、仕事の不出来や人間関係杜撰さなから明らかなんだから

それで不幸を被るのは、本来最も幸せにしたいと願うべき子供配偶者なのだから

Xでこの間「アフォメーションは大事だよ。自分のことを、自分の娘だと思って大切に接しよう」というのを見かけて、なるほどなぁと思ってなんとなく思い浮かべてみた。

そしたら、俺はほぼ同時にそいつを蹴り飛ばすことにしていた。

自分愕然としたというか、蹴り飛ばされたことなんかそんなないし、人を蹴り飛ばしたことなんか人生で一回もないんだけど、もうガンガン蹴り飛ばしたくて仕方がなくてヤバいなって思った。

絶対結婚なんかするべきじゃないだろ、こんな異常者。

2024-08-26

情婦

 朝起きると僕はまず煙草を吸って、それから歯を磨いて用を足す。用を足しているとオナニーがしたくなる。シャワーに入ると尿意を催す人がいるように、僕は便座に座ると、もっと言えば尿意を催すとオナニーがしたくなる。

 その日はなんだかひどく人肌が恋しくて、湧き出る自慰欲を抑えつけてスマホサイトを見始めた。いい具合の時間に出勤している女はたしか千人以上いたはずだ。この世は終わっているなと思った。サイトには気になった女を保存する機能があって、僕はその中から少し前に保存した女を見繕った。彼女らが投稿する写メ日記普通におかずとして使えるので定期的に女を漁るような習慣ができていた。

 十九時から予約したが、一時間前に確認電話をかけるともういけるとのことだったので十八時半からにした。十八時二十分頃にホテルに入って、部屋番号を伝えるためにまた電話をかけた。何回呼んでも来る前の不安と高揚感というのはなくならず、気を紛らわすためにソファ腰掛けながらノルウェイの森を読み始めた。しかし気分が落ちるような気がしてすぐにやめた。結局ノックが聞こえたのは十九時前だった。大体いつもこんなものだ。

 率直に言おう。不細工だった。いや、顔面偏差値というもの真剣に公平につけるのであれば大して下になるような女ではなかったが、四十から四十五の間に収まるような顔だった。

 女は冒頭からフランク調子で話しかけてきた。昨日(今日未明)に面倒な客が来ただのこの間沖縄出稼ぎに行っただの一通り話されたあと、シャワー浴びよっかと言った。彼女は服を脱いだあとに「照明って好みあるしホテルによって違うからむずいよねー」と話しながら枕元にあるコントローラーをいじった。写メ日記通り、彼女はい身体だった。出るとこは出ていて、引っ込むところは引っ込んでいたが、程よい肉付きがあった。そこだけが救いだった。身体を洗われ先に部屋に戻った。ベッドサイドの両脇にあるランプと入口近くのダウンライトが部屋を薄暗いオレンジ色に染めていた。

 ベッドに寝転び、薄めに色がついた度付きサングラスを外して枕元に置いた。薄暗い部屋に戻ってきた女の顔がのっぺらぼうみたいに見えてよかった。女は僕のとなりに寝転ぶと、はじめよっか、と言って仰向けの僕の上から抱きついた。軽くキスをして「嫌なところない?」と聞いた。顔が近づくとディテールが浮き彫りになり、少し不快感を感じた。「なんでもどうぞ」と言うと女は乳首を舐めはじめ、そのまま陰茎に手を伸ばした。僕は刺激とよい想像で補完された裸体を用いて陰茎を勃たせるように努めた。女は乳首から口を離すと、勃起した陰茎に唾液を垂らし手で擦り始めた。

 少しすると女は「二回イケる人?」と僕に聞いた。「まあイケるよ」と言った直後に、なんとなく反射的にイケると言ったことを悔やんだ。女は「何でイく? 裏オプでもなんでもいけるよ」と言った。お前ごときと追加料金払ってまでセックスするわけがないだろうと思いながら少し考え「じゃあ口で」と言った。それから女は陰茎を口に含んだり手で擦ったりを繰り返した。僕は口でと言ったが、女はあまり好きではないのか出すまでの八割方の時間乳首を口で弄りながら陰茎を手でしごいた。途中でパイズリを挟んだが、疲れたのかすぐにやめた。今までそこそこの人数の風俗嬢相手にしてきたが乳首舐めが最も下手な女だった。バキューム乳首舐めとでも言おうか、前戯が下手な男を相手にする女とはこういう気持ちなのかと思った。

 結局女の手によって僕は果てた。精液はみぞおちのあたりまで飛び散った。軽く深呼吸をすると乾いた唾の不快匂いが鼻腔を刺激した。女は素早くティッシュを回収すると僕の腹と陰茎を軽く拭いた。それから谷間あたりに残っているローションを洗い流そうとシャワーを浴びにいった。僕の腹と陰茎は、拭ききれていないローションと精液と唾液とが合わさって半乾きになったものに覆われていた。眼鏡を掛け直してスマホを見ると十九時半を過ぎた頃だった。時間はまだ三十分以上残っていた。女と入れ替わりで浴室に入った。ボディーソープを使って洗い流したが、微妙にぬめりが残っているような気がした。バスタオルでそれらを拭うように身体を擦った。

 部屋に戻ると女はベッドに寝転びながらテレビリモコンをいじっていた。次々とチャンネルを切り替えた末に適当バラエティー番組に落ち着かせた。一人暮らしを始めてからテレビがない生活になったからか、画面にはよく知らないタレントが多く映っていた。いや、そもそもここ二、三年はテレビに興味がなくてほとんど見ていなかったか

 改めて女の顔を見た。ちょうどこちらを向いた女と目があった。「どうかした?」「いやなんでも」やはり不細工だなと思った。マスクでもすれば多少はまともに、ただの芋っぽい女の子にも見えるかもしれない。問題なのはどこからともなく醸し出されている芋っぽさではなかった。問題なのは半開きの口。そこから前側に主張している歯。口呼吸と歯によって本来ポジションより前方に突き出ている唇はだらしなさを感じさせる。写メ日記では口元はスタンプによって隠されていた。わかっているなら少しは改善する努力をしてほしいものだ。実際にわかっているのかいないのか、努力をしているのかしていないのかは知らないし知る由もないのだが。

 テレビBGMに少しの雑談とXで時間を潰した。「そろそろ二回目どう?」女は十五分ほど経ったくらいで聞いてきた。「ああ、そうね……」女は隣に移って来て、再び手でしごき始めた。しかし、僕のブツは元気になる気配を微塵も見せなかった。

疲れたからやっぱいいや」

「そっか、しょうがない」

 二人とも裸のまま、またテレビを見始めた。僕は女から話を振られてもあまり頭に入ってこなくて、反射的に適当に返すことしかできなかった。

 しばらくして女のスマホが鳴って時間を知らせた。おそらく部屋に入ったときに仕掛けたのだろう。だが女は「シャワー浴びなくていいからまだ時間あるね」と言って再びだらだらし始めた。

 それから十分くらいして、服を着て僕らはホテルを出た。出てすぐに「またね」と言って解散した。

 家まで歩く途中、身体にまとわりついた情婦匂いが鼻腔を刺激した。

Fuck you情婦。Fucked youか?」

 もう二度と風俗なんか行かない。何度目かの緩い決意を固めた。

2024-07-20

戀記録

身体輪郭が分からなくなるくらいの灼熱に晒されて、ふらつきながら地下へ潜り込んだ。長旅の終わり、我は、我は疲れていた。スーツケースと、スーツを入れたケースを持ち運び、エスカレーター上り下り階段上り下り、しているうちに魂はすっかり枯れて萎んでしまったのであった。

地下は、地上の熱風を遮るために、過剰な冷気を噴出しており、噴出口のある天井には小さな氷柱が出来ていた。地下に降り立った瞬間、我は異様な熱気と寒気を同時に浴びる区間に突き当たり、前後が全く不覚になってしまった。目の前が白黒し、思わず近くにあった、壁の大理石を切り出して造られた硬いベンチに腰掛けた。尻が石の冷たさを真正から浴びたことで、かじかんで震えた。尻がかじかんだのは、人生で初の出来事であった。

そうして尻がかじかんでしまった我は、すぐに大理石のベンチから立ち上がり、這々の体でコンビニエンスストアに滑り込んだ(実際、あまりの冷気に大理石の地面には薄く氷が張っており、革靴の真っ平な靴底を多少滑らせながら前に進まなければならなかった)。コンビニの店内も変わらず冷気に満ちている。

カイロを買わなければならなかった。こんな灼熱の時期に?カイロなど売っているのか。「ありますよ」金色のミドルヘアーを揺らして女性コンビニ店員が歩いてきた。質問をしていないのに答えをくれた金髪店員は店内の奥、「従業員以外立ち入り禁止」と書かれた銀色の扉のその横、ドリンクコーナーの端のところの、よく見るとハンドルになっている部分を引っ掴んで、回した。すると、ドリンクコーナーがぐるりと回転、ちょうど隠し扉のようになっていて、店内の客が全員こちらを振り返るくらい盛大な音を立てて、開いた。我は驚いて、寒さを忘れた。金髪店員はニヤリと笑い、「ヒアユゴー」。

暗渠といって差し支えないコンビニ版「おくのほそ道」。真っ暗で何も見えない道の先を金色の髪だけがピカピカと照らしていた。歩き進むと徐々に周囲に光が満ちてくる。暗渠も終わりが近い。金髪は光に照らされて、眩しいほど輝いた。

開けた場所に出た。そこは、外。上った気はしないが地上であった。暖かい。冷え切った筋肉の繊維を溶かすように、優しい暖かさが全身を包み込んだ。身体が液体となって地面に溶け出すような心地良い感覚に包まれる。金髪店員が微笑んでいる。金髪店員のきめ細かい肌は白く、長いまつ毛が我を煽情的にした。恋をしているかもしれない、そんな状態自分が好きかもしれない、と思った。天然のカイロはやがて灼熱と化し、実際に我の筋肉の繊維を溶かした。金髪店員も店の役目に戻り、コンクリートの上に浮かぶ陽炎けがその場に残った。

2024-07-07

◯◯バレして趣味が楽しめなくなった。

※この記事性的ものに触れるので、そういうのが苦手な方は戻ってください。

今年の春前に私の身に起きた話を書こうと思う。

恥ずかしい話として墓場まで持ってくつもりだったんだけど、最近またいろいろ思い出して愚痴りたくなったので書かせてほしい。

長い話になると思うし、文章が下手なので読みにくいかもしれない。

ただ皆さんには笑い話として、そして教訓として読めると思う。

そして、もしかしたら消すかもしれない。

私は30代後半の女だ。

恋愛もも10年してなくて、今後もすることは恐らくないだろう。

それは別に良いのだが、昔から人並み以上に性欲だけは強くて、それを持て余していた。

ただ男性恐怖症なところがあるので、マッチングアプリで誰かと会ったり、女性風俗なんかには行くつもりもなくて、自分だけでひっそりと性欲を解消している。

誰にも迷惑もかけてないし、それでいいと思っていた。

事の始まりAmazonで新しく玩具を買おうとしたこときっかけだ。

今まで愛用していた玩具が壊れたのでAmazonで新しく所謂”吸うやつ"ってのを買うことにした。そのときに一緒にオススメされた張型や他の日用品や本なんかもカートに入れて注文した。

そして後日、メール宅配ボックス配達完了という通知が来て取りに行ったのだが、宅配ボックス自分の部屋の表記がなかった。

ただ、うちの宅配ボックスは以前もこういうことがあって、部屋名が反映されるまでに少しタイムラグがあるのかも? とか考えてそのままにしてしまっていた。

だが翌日、会社に行く前に見ても表記がなかった。おかしいとは思ったんだけど、管理会社に連絡するまでもないかな、と思ってそのまま会社に行ってしまった。

そして帰宅後、ドア前に紙袋が置かれていた。

嫌な予感がした。

近付くと紙袋の中にAmazon段ボールが入れられていた。開封されて。

紙袋には綺麗に折りたたまれたA4のコピー用紙が入っており、開くと「間違えてうちに届いてました。開封してしま申し訳ありません」と書かれていた。

Amazon段ボールの中身を祈るように確認すると日用品や本なんかではない、いかにもなデザインの箱が2つ入っていた。

シンプルデザインだが、見る人によってはそれにしか使わないってわかるだろうパッケージと、エグいパッケージ玩具が二箱が入っていた。

その日は余りのショックと混乱でお風呂に入ることも食事を摂ることも出来ず、そのままソファ腰掛けたまま「何で……?」「どうして……?」とグルグル考え続けてしまった。

手紙なんか入れずにそのまま廃棄してくれていたら、紛失したのかな? くらいの軽い気持ちで、Amazonカスタマーサービスに連絡して済んだのに。

何で手紙なんて入れてくれたんだ……! 

さすがにどこの部屋に誤配されたのかは手紙記載されていなかったのだが、私は(あくまで恐らくだが)誰がこの手紙を入れたのか何となく察しがついている。

誤配送されたのは恐らく隣の部屋だ。

確認に行ったとき宅配ボックスに表示されていた部屋番号が隣だったから程度の理由しかないのだが。でも宅配ボックスボタンの小ささを考えると、押し間違えなど考えても隣が一番可能性としては高い。

隣は夫婦で住んでるのだが、朝や夜にたまに出くわす。

それ以降、朝や夜も出くわさないようにビクビクしながら部屋を出ている。

にも関わらず、誤配送のあと2回ほど玄関で会ってしまった。

挨拶はしたが、その日も最悪な気持ちになったのは言うまでもない。

引っ越しが出来たら楽なのだが、薄給でロクに貯金もない私には、そんなお金はポンと出せない。

それにこんなことで引っ越すのか、という気持ちもある。

から我慢して暮らすしかないのだ。

そしてその玩具たちもこれで楽しもうなんて気持ちには到底ならなくなった。見たら嫌なことを思い出すので、結構な値段がしたにも関わらずそのままゴミ箱に捨ててしまった。

あれ以降、性欲も恥ずかしさと紐付けられてしまって、解消しようなんて気持ちにならなくなってしまった。

話は変わるが、私は過去の後悔や恥をいつまでも忘れられないでいる。

30代後半にも関わらず、未だに小中学校時代の恥や後悔でワーッ! となったり、何であのときこうしなかったんだろうとか、あんなこと言わなきゃ良かったとか、考えてもしょうがないことを考えてしまう癖がある。

さすがに小中学校時代のものはたまにで済んでるが、今年起きた新鮮な恥は数ヶ月経つのに未だに忘れさせてくれなくて、結構な頻度で現れてくれる。

それが原因で、この数ヶ月趣味もロクに楽しめなくなってしまった。

私は映画や本、漫画などが好きで休みになるとよく映画館に出かけていた。

だがこのしょうもない誤配事件が、思っていた以上に私の精神に影響をもたらしていた。

映画を観ていると、ふとした瞬間にこの恥ずかしさが頭に浮かぶのだ。

そうするとずっと言い訳するように頭の中で反芻してしまう。

そのせいで『オッペンハイマー』も『DUNE2』も全然楽しめなかった。

どちらも楽しみにしていて、長い原作まで読んで備えていたのに、いざ当日になったら全然頭に入らなかった。

目の前のスクリーンで起きている壮大で悲劇的な英雄譚よりも、歴史に残る人物の壮絶な人生よりも、このしょうもない自分のクソみみっちい恥ずかしさのほうが勝ってしまったのだ。

読書もそうだ。

暇さえあればしてたのに、本を読んでいても、いつの間にか恥ずかしさの反芻に頭が切り替わってしまう。すると目が字の上を滑るだけで文章意味全然頭に入らない。

なのにページだけはめくってたりするので、気がつくとページを戻って読み直して、また戻って読み直してを繰り返してしまうようになった。

忘れられたり、気にしないように出来たら良いのだが、そう上手くもいかない。

なのに、YouTubeショートみたいな瞬間的な面白さのある動画だけは頭に入ってきて、『花束みたいな恋をした』の麦くんってこういう気持ちだったのかな? ってオナバレしたことで、自分事として考えられるようになったりした。

なぜオナバレすると本は読めなくなり、映画は観れなくなるのか? とかくだらないことを考えてしまう。

本当にこんなくだらないことで何でこんな思い詰めてるんだろう……。

それと私は昔から入眠に時間がかかる性分で、何か悩みがあるとずっと悶々と考えてしまって寝れなくなることがよくある。

誤配事件以降、私は考えてもしょうがないことをずーっと考えてしまって、更に眠れなくなってしまった。

そのせいでイライラも増えるし、舌打ちも増えた。

人前で思い出して舌打ちすることもあって、ギョッとした顔で見られたこともある。

驚かせて本当にすみません……。

いろいろ書いてきたが、数ヶ月も経って何故自ら蒸し返すような文章を書いているかと言うと、先月イーサン・コーエン監督の新作『ドライブアウェイドールズ』という映画を観たせいだ。

劇中にいかにもな玩具が出てきて、私はそれを見て劇場叫びたくなるほどにワーッ! って気持ちになってしまったのだ。

少しマシになってきたかもって思ったら、またほじくり返されたような気持ちになり、もうこれは書いて笑い話にしでもしてもらうしかないと思って、こうして書いたわけである

別に誰かが悪かったわけでもない。

配送業の方々は毎日忙しいだろうし、ヒューマンエラーはどんな仕事にもある。

誤配送された側も可哀想だ。恐らく届けてくれた人は良い人だろう。律儀に手紙を入れたりして謝ってくるのだから

それにもし私が誤配送された側だったら、ロクに住所も確認せずに開けてしまっただろう。

そんなの責められるわけがない。

それにいきなり他人の性が目の前に現れるなんて不快だし、気持ち悪い。

しろ私のほうが申し訳ない気持ちだ。

結局自分が悪いんだと思う。

交通事故のようなものだ。

道路を渡るとき信号を守って安全確認していたら事故に遭う確率も減る。

私はその安全確認を怠ってしまったのだ。

人が死ぬかもしれない交通事故と、恥ずかしいだけで笑い話にしかならない私の話を、交通事故に例えるのは不適切かもしれない。

だが、そんな突発的に起きた出来事に感じる。

これを読んでいる皆さんは、私という愚かな先達の教えに従って同じ轍を踏まないようにしてほしい。

絶対に見られたくないものコンビニ受け取りだったり、他の方法を取るように!

って皆、こんな初歩的なミスしないよね……。

そして最後悪態をつかせてください。

別に本当にそう思っているわけではないし、全ては私のせいだ。

そのうえで言わせてもらう。

配送ミスなんてしてんじゃねえよ!!!

クソ!!!!!

他人荷物勝手に開けてんじゃねえよ!!!

ゴミ!!!!!

そして自分もロクに注意することもないままネットあんなもん買ってんじゃねえよ!!!

死ね!!!!!!



あー……本当最悪。

2024-06-27

夏になると毎年見る夢

この季節になると不思議と毎年見る夢がある。

夢の中の俺は小学二年ぐらいで、おそらく実際にあった夏休みの思い出をベースにした夢を見る。

うだるような暑さの夏休みで、それでも家に居ても暇だから俺は外に出て海風に当たりに行っていた。

当時は港町に住んでいて、海が近くにあったんだ。

潮の香りを纏いながら堤防を歩いていると知り合いの女子を見つける。

知り合いといっても、同じクラスなだけで碌に話したこともなかった。

彼女は白のワンピースのような服を着ていて、アイスを食べていた。

向こうも俺に気付くとこちらに近づいてきて、何してんの?と俺が声をかけるとそっちは?と聞き返される。

アイスを食べていることに気付いて羨ましそうに見ていると彼女はそれを折って、片方を俺にくれた。

それから並んでベンチに腰掛けると二人でアイスを食べた。

終始無言なんだけど妙に快い雰囲気で、暑いくせにまどろむような心地になる。

ちぃな。あついね

なんて意味のない会話を繰り返して、蝉の鳴く声や波の音に耳が包まれ彼女の柔らかい香りが潮風に乗って俺の鼻腔を刺激した。

俺は何だか世界の最果てにいるような気がして、もし地球が丸くなくて平坦だったら、その端にはこんなところがあるんじゃないかって、不意にそんなことを考える。

彼女が俺の方を向き、微笑んだ。俺は照れて目を逸らすものの、気になって仕方がなく、彼女の方をチラチラ盗み見るようにその表情を見つめた。

楽しそうに彼女が何か言った。

その時に目が覚める。

見慣れた天井が目に入って、少し悲しくなり、感傷的になって起き上がる。

増田は既婚者で40過ぎのおっさんなのでこんなことはリアルで口外できないけれど、毎年見るこの夢に癒されるというかこの夢を見る度童心に帰った心地になる。

この日リビングに妻の姿はなく、出かけているようだった。

俺はYouTube久石譲の『Summer』を聞き、静かに泣いた。

あの夢が、俺にとっての原風景なのかもしれない。

2024-06-25

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あれだけのことをした家康が、一生涯苦しみはなくならなかったと言っているのです。

天下をとったら重荷を下ろせるかと思ったけど、おろせなかった。

将軍になったら重荷を下ろせるかと思ったけど、おろせなかった。

幕府を開いたら重荷を下ろせるかと思ったけど、おろせなかった。

重荷を背負っていても、どこか路傍の石腰掛けて、一休みできればまだいいのですが、「遠き道を行くがごとし」と言っています

果てしなく歩き続けなければならなかったということです。

きりのない道、ゴールのない道を、重荷を背負って歩き続けなければならなかったということです。

それはなぜかというと、家康のやったことは、人生大事業ではなかったからです。

家康は、重荷さえ下ろせれば、天下統一しなくてもよかったし、将軍にならなくてもよかったのです。

私たちの生きている目的は、重荷を下ろすことにあるのです。

家康は、私たち人生目的と思っている仕事や、子育て趣味や生きがいは全部やったのです。

それでも重荷を下ろせず、果てしない道を歩き続けなければならなかったと言っています

死ぬまで苦しみ続けなければならなかったということです。

私たちは、苦しむ為に生まれてきたのではありません。

人生には、人間に生まれてよかったと大満足できる目的があるのです。

そこに到着したというゴールがあります

それを果たすことが本当の生きる意味なのです。

その本当の生きる目的を教えられたのが、浄土真宗の教えであり、平生業成の業なのです。

2024-06-24

anond:20240624222451

懐かしいな、難波宮公園

近くに住んでたけど、連休になると家族連れが大挙してレジャーシート敷いたりして賑わってたから、市民の憩いの場ではあった

だだっ広くて危険物もない空き地子供らにとっては貴重だったみたい

 

遺構のレプリカみたいなものが点在していて、犬を連れた老人が腰掛けてたり、飛び降り遊んだりする子供たちがいたりして

今にして思えばなんか変わった空間だった

曖昧なままでも最低限の整備がされていて、近隣の人間がてんでに好きなように使っていた

そういう空き地にはそれなりの価値があるんじゃないかとも思うが、経済効果がないと言われたらその通り

どうやったって開発反対が盛り上がるような場所じゃない

女子トイレ行列に小便器導入って今の時代ならどうなんだ?

https://x.com/thankyoukurata/status/1804515593972060590

クラスの友人たちと百貨店トイレに寄ったら女性用は外まで並んでいた。友人が言うには「台湾女性トイレ男性トイレの3倍の面積にすることが法律で決まってる」らしい。

そこで、なぜ日本女性トイレは並ばないくらい広くなっていないのか議論になった。

知ってる人がいたら教えてください。

たまたまXで見かけたんだが、正直、新しく作る施設じゃないと無理だし、リプライで書いている人もいるように売り場面積が減るから積極的にこの流れができるのかは疑問だ。

そこで思ったんだが、旧国立競技場に設置されて普及しなかった女性用小便器を導入するって手は今の時代ならどうなんだろう?

女子トイレ行列女性が用を足すのに男性より時間がかかるのが原因とはよく言われる。小便のときも大便をするのと同じ動作をしていたら時間もかかるのは理解できる。

それなら女性が小便をする工程を変えるのは手じゃないか


国立競技場に導入されたTOTOのやつが普及しなかったのは「下品だ」という女性貞淑を求めていた時代にそぐわないかららしい。

それなら今の時代なら昔のように貞淑を求められるわけじゃないだろうし、トイレ行列問題は他ならぬ女性が困っているので受け入れられるのではないか

実際、便座の衛生状態が気になって腰を浮かして小便をする女性結構いるそうだから、同じ姿勢使用する女性用小便器は一つの解決方法にならないか


別に全員が使う必要はない。男性だって個室で座って小用をする人もいるわけだから

それでも、30%でも50%でも使う人が出てくるようになれば列も小さくなるんじゃないか


男性よりは小用の時間は長いがそれでも大便器腰掛けるより早いというのは導入している国などでは見られているし、面積当たりの設置数も大便器だけを設置するより増やせる。

最近アメリカなどで男性に近い姿勢で小用をするための立ちション器具というものもあり愛用している人もそれなりにいるそうだが、そういうものを利用してさらなる時間短縮もできるのではないか


練習洋式便器で出来るわけで普及まで時間はかかるだろうが選択肢としてはありなのではないだろうか。

2024-06-18

弟と妹をヤングケアラーにしてしまたかもしれない

今年で25歳になる、脳性麻痺四肢体幹機能障害身体障害者手帳持ち。

障害者雇用官公庁正規職員に滑り込んだら、1年目の冬に爆速うつ病発症した。薬を飲みつつ何とか仕事には行けているから、精神障害者手帳は持っていない。休職経験もない。

月に3万円を入れることと、飼っている犬の散歩をすることの2つを条件に実家寄生している子供部屋おばさんだ。何故か犬が私としか散歩に行かないので、犬が死ぬまでは実家の世話になろうと思っている。

普通に歩くことはできるし日常生活にもほぼ支障はないけれど、体幹障害のおかげで階段自力で降りることができない。手すりがあれば何とかなるが、なければ段に腰掛けてケツでずり下がりながら降りるという奇行披露する羽目になる。

バス電車なんかの床が揺れる乗り物で立っているのもダメだ。吊革や手すりを持っていても必ずバランスを崩して転び、人間ドミノ倒しを開催してしまう。ヘルプマークをつけて優先席に座っていると乗客視線が痛いけれど、周囲の安全のために許してほしいと密かに思っている。

ついでに言うと、某バラエティ番組運動神経悪い芸人が泣いて逃げ出すレベル運動ができない。

さて、ここで本題に戻る。

私には5歳下の妹と9歳下の弟がいる。どちらも心身ともにハンディキャップのない健常者だ。

奴らは物心ついた頃から「姉ちゃんにひとりで階段降りさせちゃダメ」というのが常識になっていて、一緒に出かけた時に手すりのない階段に遭遇すると当然のように手や肩を貸してくれる。私がうつ発症してからは、自主的精神疾患勉強をしてこまごまと気遣ってくれるようになった。

2人ともとても優しい子に育ったなと思うし(弟なんかはほぼ10歳離れているので、気持ちの上ではもはや親目線だ)、こちらとしても大変ありがたいことだが、昔からどうにもそれが苦しくて仕方がない。

あらゆるハンディキャップマイノリティに関して「理解を、助け合いを」と叫ばれる社会になった。私は妹と弟にに助けてもらったことは山ほどあれど、奴らを助けてやれたことなどひとつもない。これでは助け合いでも何でもなく、ただの一方的寄生だ。

Twitterなどで、所謂きょうだい児の方々の投稿をよく目にする。

私は妹と弟を苦しめていないだろうか?知らず知らずのうちに、奴らの人生可能性を狭めてはいないだろうか?

奴らは「姉ちゃんには手を貸すのが当たり前」と思っているようだが、その「当たり前」がなければ、もっと自由に生きられたのではないだろうか?

先日、高校から進路希望調査を貰ってきた弟に「家出ないの」と聞いてみると、「えー嫌だよ、だってちゃんと一緒に野球見に行けなくなるもん」と返された。

私自はい自分状態悪化するか分からいから、結婚もしないし子供を作るつもりもない。自分の子が滑り台に登るとき、後ろについて守ってやれない人間に親になる資格はないと思っているからだ。

だが、そのぶんの負担が妹と弟に降りかかり、無意識に「家を出て一人暮らしをする」という選択肢最初から抹消しているのだとすれば、奴らがヤングケアラーになっていて、自分が本当に生きたい人生を歩めないでいるのだとすれば、それをどう償えばいいんだろうか。今の私には分からない。

奴らは今のところ、仕事から帰って寝込んでいる私のベッドの傍に毎日必ずやってきて、その時喋りたいことを喋りたいだけ喋って、1時間くらいすると満足して自室へ帰っていく。だから、たぶん嫌われてはいないんだろうなあと思う。

でも、私のせいで彼らが広い世界を知るチャンスを逃しているなら、それはとてつもなく恐ろしくて、取り返しのつかないことだとも思っている。

私が生まれて来なければ良かったのかな。

他に吐ける場所がないのでここで自分語りを書き散らした。長い上に推敲も何もしてないから読みづらいと思う。

このクソみたいな文章を読んでくださった方、あなた人生時間を私に割いてくれてありがとうね。

あなたにいいことがありますように。

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