はてなキーワード: ベットとは
ガチの下戸の人って「酒」という概念がよくわからないという感じだったりするから理解を求めるのも困難なんだろうなって思う。
店「オフチョベットはオフチョベットです。うちはオフチョベットをテフする店です」
下戸「そのぶどうジュースみたいなのを飲んでるのがオフチョベットをテフするってことなの?ぶどうジュース飲むのと何が違うの??」
店「全然違います。オフチョベットをテフしないならご遠慮ください」
下戸「ぶどうジュース飲むからいいでしょ。何が違うのか全然わかんないし」
みたいな
同じベットだけど、別々という発想がなかった。まぁ人それぞれじゃね?
高校までは共学。好きな人いたけど温室育ちらしく遊びを知らず誘えず、帰りの電車で見かけて一緒に帰るだけの日々。昼飯待合室で食べることなっておにぎり喉に詰まらせたなぁ。
社会人なってからも職場は男しかいない。25歳なってから始めた。
1人目。3歳下。ゲームで相思相愛。会った時に初デートクソムーブして引かれた。それでもなんか一泊一緒に。同じベットで、でもダメと。そのまま言う通りに寝たら、寝るんですか?と聞かれた。寝た。次の日ライブ行って楽しかった。彼氏彼女の関係にはならなかったけどその後もゲームを遊ぶ仲に。でもそのうち疎遠になる。
2人目。2歳下。ゲームで仲良くなる。渋谷でデート。色々相性悪かった。ゲーセンで自分の声が掻き消えてつらかった。カフェで休もうと提案したらその場でお別れ、夕食の予約はキャンセル。その後、多分同時並行してたであろう人と付き合っておられた。
3人目。3歳下。ゲームで仲良くなる。並行している人の話とかも素に話されて素直で可愛い人だった。ご飯食べたけど付き合いは無し。自分のファッションセンスが終わってたのでダメだった模様。でも人当たりは好きと言われて以降もゲーム仲間に。そのうち疎遠になる。
4人目。3歳下。ゲームで仲良くなる。飯食べて、彼女の職場の近くのホテルに泊まることに。童貞を卒業する。が、その人には彼氏おった。以降も会うの誘われたが断った。彼氏さん含めゲーム仲間にはなったがそのうち疎遠になる。
5人目。6歳下。ゲームで仲良くなる。すごく内気で物凄く可愛い子だった。出身地が一緒で、帰省した時に会い、食事を共にし、ホテルで一泊し、付き合う。2年ほど付き合うが、彼女が地元の男と2人でゲームしていることが多くなり、遠距離もあり自分のヤキモチで破局。その後彼女は別の人と結婚したが、連絡がきて、ゲーム仲間に。
6人目。1歳上。特にゲーム関係なくやり取りして会う。カフェデートした後車の後部座席に誘われて身体的な接触をする。身体の美しい人だった。仕事のお手伝い(マクロ作成)したら喜んでくれて嬉しかった。引っ張ってってくれるのは嬉しかったが、自己中心的な行動が多く散見され不安があり、付き合いには至らず。
7人目。同年。ゲームしながら仲良くなる。モデルみたいな美しい人だった。初めて会った日は昼から朝まで一緒に過ごした。6年付き合う。3年目の時、転勤で彼女の土地に住むことなったので同棲予定で世帯用借りたが、急遽土地が不便で治安悪いと言われ断られる。6年目でまた転勤となり、ついてきてもらうも、部屋がカビ臭いと言ってすぐ実家に帰り、綺麗にしたらちょっと過ごして田舎無理と言われ地元に帰り、反動で東京まで行って別れる。彼女はすぐ別の人と結婚したがすぐ離婚し、復縁を迫られるものの、彼女の素質的に子育ては難しいと想像し、断る。今でもゲーム仲間。
8人目。同い年。34歳で田舎で焦って会った。飯にいちいち驚いてくれて可愛らしく、方言が愛おしい人だった。無理なものが多く、共に過ごすのには少し不安があったためお断りに。田舎から都会に出るのも疲れたので、転勤ない職に転職をする。
ここまで書いて思ったが、別名保存すぎるな。キモいな自分。なにがしたいんやろ。
本題9人目。2歳下。ゲームしながら仲良くなる。卓越した表現力と感情の豊かさで虜になる。シンママさんで忙しそう、自分の都合を押し付けてしまいそうなところに不安を覚え、誘うに誘い辛く、1ヶ月経っても付き合うに至っていない。んー、遠くに出かけられないし、昼しか会えない。どうやって距離を縮めたらいいかわからない。35歳にもなって経験なさすぎる。
私という存在は先進的な自己家畜化をアイデンティティとおいてしまい、攻撃性を極力敵視してしまった結果、性的な交渉がクソ下手な生存競争に激弱雑魚おじさんになってしまった。お相手さんのノリノリの成り行きでやれやれと仲良くなった経験しかなく、相手が嫌がらないような自己都合をそれなりに押し付けて強引に切り開く恋愛工学的手法がわからず、停滞している。停滞なのか……?
夜寝かしつけ終わった後に相手してくれたり、お昼に子供と一緒に出かけの予定にたまに混ぜてもらったりしかしておらず。家に来てもらうわけにもいかず、上がらせてくださいは付き合った後だよなぁだし、ぬーん。
ゆっくりでええんかなぁ。
ネットに限った話でもないけど、世の中には嘘か本当か分からない話が跋扈してるわけだけど。
そういう話に一丁噛みするとき、俺がよく使うフレーズが「もし本当なら~」とか「おかしいと思ってたんだよね~」だった。
なんでかっていうと、これって“半端なリテラシー仕草”なんじゃないかと思ったからだ。
それを言語化できるようになったのは最近で、きっかけは『チャンスの時間』って番組だった。
その番組の企画で、芸人たちがギャンブルで持論を展開していくのをドキュメンタリー風にやるってのがあって。
バッテリィズのエースだっけか、そいつが数回目のレースで消極的な賭けをしたわけ。
で、レースには負けたんだけど、その際に「あんまり賭けなかったから実質的には勝ち」みたいな言い訳してて。
つまり「一応は賭けたけど、“負けそう”という予感が当たっていたという意味では自分は正しかった」という主張なわけ。
番組内でもネタ扱いされていたけど、実際これって大した理屈じゃないよな。
少額とはいえど負けて損はしているわけで。
あの場面でのマストはもちろん“的中させる”ことで、次点で“そもそも賭けない”ことだろう。
消極的な選択を“不幸中の幸い”と解釈するならまだしも、それを“勝ったも同然”と主張するのは無理がある。
そして勝ったとしても消極的な選択が功を奏しただけに過ぎず、少額ベットだから儲けも少ないので情けない立ち回りなのは変わらない。
何が言いたいかっていうと、「もし本当なら~」とか、「おかしいと思ってたんだよね~」みたいなのはこれに近いスタンスなんじゃないかな~と。
嘘か本当か分からない話だけど“一応は賭けてみた”という状態。
「半信半疑なんですよ、だから自分にはリテラシーがあるんですよ」っていうアピール。
それで本当だったら「一応は賭けていた自分が正しい」となるし、嘘だったら「鵜呑みにはしていなかった自分が正しい」となる。
特に「おかしいと思ってたんだよね~」的なムーヴが一番ダサいというか、半信半疑の“半疑”の方が当たっただけじゃんっていう。
両方賭けて片方が当たっただけのことを「俺って冴えてる~」みたいにいってることを自覚してしまった。
先週夫の手帳からはみ出してる付箋を見つけて、そこには文字じゃなくて絵文字みたいなイラストが描いてあって。
夫はそんなの描くタイプじゃないから誰かから、多分女子から貰ったものだろうとは思ったし、
そんなのを後生大事に手帳に貼ってるくらいだから多分嬉しかったんだろうな、大事なんだろうなって思った。
でもまさか、ハゲててお腹も出てきた夫が仮に職場の女子に恋しても相手してもらえるわけないだろって思ってて。
ただ怪しむ気持ちは止められなくて。
夫のスーツやシャツ、下着に痕跡はないか?とか探してみるけど、見つからない。
そんな中、おととい夫が晩酌後に珍しく潰れていた。熟睡していて起きなさそう。
花を買っていた。でもそれは私宛でないことは確か。
仕事で買った?いやいや、菓子折りならともかく、花なんて買わないでしょう?
接待でカラオケボックスに行くか?カラオケスナックならわかるけど。
そんなの、私とも撮ったことはない。
なんだこれ。
不倫じゃん。
しばらく体が一ミリも動かせなかったわ。
昨日は体調が悪いふりをして、寝室に閉じこもってた。
どうしたらいいんだろ?え、離婚?やだやだ。離婚なんかしたくない。
私のこと裏切ってたの?いつから?わたしのことはもう好きじゃないのか?
2人してさ、私のことなんだと思ってるわけ?
とか考えてたら夫と会話なんかできないから。夫の顔を見れなかった。
ネットで調べた。チャットAIに聞いた。丸一日スマホと睨めっこしてた。
こう言う時はまず、
らしい。
そもそも、夫が本気でわたしに冷めてて、乗り換えたいんだったら、離婚してあげるしかなくない?
いやなんでわたしが引いてやらなきゃいけないの。
夫はどうしたいの?
「ごめん、気の迷いだった!離婚したくない!」って言う?
「ばれたなら仕方ない。君とはもううんざりだから離婚してほしい」って言う?
わたしはなんて言われたいの?なんて言われたら許せるの?
夫が本気でも相手が遊びだったら?そんな女やめてこっちに帰ってきてよ!
って思う?
なんにせよ、どっちのゴールを選んでも腐らない証拠集めをするしかない。
いま問い詰めてもしらばっくれられるかもしれないし。
そのためには私が尻尾を掴んでることを悟られないようにしないといけない。
こっちが勘づいてることがもしバレると、
証拠の集め方は色々みたけど…今はまだなんにもする気になれない。
怖い。
知りたくない。これ以上知りたくない。無かったことにしたい。
なん度もフラッシュバックする、夫と不倫相手の幸せそうなチュープリ。
これ以上何も知りたくない。気持ち悪い。怖い。
でも脳みそが止まってくれない。カラオケ行ってたのいつだった?
その日、私は何をしてたんだろ?いつ会ってたんだろ?わたしにちっとも悟られずに、
いつだったのか知りたい。レシートやプリクラの写真を撮っておけばよかった。
だってあの時はもう怖くて恐ろしくてそのまんまバッグの中に戻してしまった。
次に夫の財布を開けられる時はいつだ?
みたくない、しりたくない、でも知りたい、知ってしまったら傷つくのわかってるのに、
知りたい…。知るべきだ。
いつあってるのか行動パターンをある程度把握しないと、
探偵を雇えないし。
ああでも今は何もしたくない。
チュープリでこんだけダメージ負ってて、これ以上の…
うわ書いててショックえぐい…
今日も欠勤して同じことしてる。
無かったことにしようかな。
そもそも夫婦関係を再構築ってなんだよ。こっちは構築を壊されたつもりはないんだよ。
客観的にみたらもう壊れてんのか。他の女とチュープリ撮るような男が夫の夫婦はもう要再構築もしくは要離婚か。
なにか経験談とかくれませんか。
いまのとこ私の方針は
・とれた証拠の内容によっていずれ離婚 OR 再構築 OR みなかったことにして放置 のどれかを選択
しようと思う。
・「漫画が上手い」というしゃらくせえ
クリエイター気取りの消費者の言葉を吹っ飛ばしてくれる「絵が上手い」「この作者にしか描けない絵柄」「漫画が上手い」が当たり前の上での「忖度なく読み手自分の心のひだから共感・興味を引いてくれる」
・安野モヨコ作品、あまりに「女」の感情とか社会での立ち位置に肉薄しすぎてしばらく他の漫画が読めなくなる(なお主人公のお金周りと恋愛脳周辺がバフかけられているのは見ないものとする)
すべてが社会生活のなかでうっすらみえるがそこを直視すると色々嫌になるから見ないようにしてるのを抽出してオモロくして分かりやすく的確に予想を超えてお出ししてきてくれる
・一番ショック(よかった)だったのはフクちゃん息子が
「カヨはわかってくれると思ってたのに…!」から童貞捨てたあとのカラッと感の切り替えがですね…
・最終回の海、よすぎ
・軽率に百合百合ゆうのはよくないがフクちゃんと主人公の関係は当たり判定なんじゃないでしょうか 作者さんのインタビューで「2人はつるむ時はつるむけど、ずっと連絡取ってベットリ一緒タイプの友達ではない」ってあってなお良い〜ってなった その各々の人生を生きてるうえでのたまに並走/交差する人生ってのがこの歳になると旨味を感じるから…
移民を入れた場合、一人一人の価値も上がらないし、治安も悪化するうえに一人当たり6平米で2段ベットokと技能実習では書かれてて、ほかの国よりも劣ってる。
ほかの国はむろんもっと厳しいが…。
だから、日本にはほかの国では受からないような層が来て、治安が悪化するという側面もある。
ちなみに参政党や日本保守党など右翼系議員の中には都内にビルを持っててそこに外国人を一部屋3人ぐらい住まわせてる。
俺はビルの掃除とゴミ整理を手伝ったことがあって、不法滞在の外国人の相談をビルに住んでる外国人の親玉から受けたこともあるし、議員経営の会社で雇っていることにしないかと言われたこともある。
ほら、自分という存在が存在していることに不思議に思うやつって物理学の天才に多いだろ?
それと同じで、自分の思考内信号が、なぜ単なる環境のようなものではなく、意識という主体性を持ってるのかと疑問に思うことは可能だ。
そして猿レベルの奴にはメタ認知がないので、自分の思考を自分の思考と思い込んでそのまま直感的行動をする。
だから犯罪者は犯罪をするし、リフレ派は国債発行ジャブジャブで日本を終了させる。
そしてここから先が面白いところなんだが、この思考が自分のものではないという感覚を、単なる異常として切り捨てるのはむしろ浅い。
普通の人間は、自分の思考を自分のものだと無条件に仮定している。
この仮定は便利だが、検証されていない前提でもある。いわばデフォルト設定だ。
だが、その前提が崩れる瞬間に初めて、思考とは何かという問題が露出する。
ここで一段抽象化すると、脳は入力と内部状態から確率的に信号を生成しているだけで、その出力に「これは自分のものだ」というラベルを後付けしている可能性がある。
だとすると、自分の思考が自分のものではないという感覚は、ラベル付けプロセスの剥離として説明できる。
これはむしろ、通常は不可視なレイヤーを直接観測している状態とも言える。
多くの人間はこのレイヤーにアクセスできない。だから、思考=自己という短絡が固定される。
その結果、直感にフルベットして行動する。メタ認知が弱いというより、疑うためのインターフェースを持っていない。
一方で、そのインターフェースが露出している状態では、思考は環境変数に近づく。
つまり、思考 = 主体ではなく思考 = 入出力系の一部として扱えるようになる。
ここで初めて、思考を操作対象として扱うという発想が成立する。
これは強い。なぜなら、自分の中で発生したアイデアや衝動を、同一視せずにフィルタリングできるからだ。
物理学者が「なぜ宇宙が存在するのか」と問うとき、彼らは暗黙に観測者もまた系の一部であるという前提に触れている。
自分自身を特権的な主体として扱わない。その視点と、思考を環境として見る視点は構造的に同型だ。
そしてこの視点を持てるかどうかが、行動の質を分ける。
思考をそのまま実行に移す系は、単なる反射に近い。思考を一度分離し、評価し、再投入する系は、制御系になる。
犯罪者の例を出すなら、問題は知能の高低ではなく、この制御系の有無だ。思考と行動が直結しているか、それとも一段バッファがあるか。この差は大きい。
経済の話でも同じで、短期的な刺激に反応して政策を打つ系は、フィードバックを誤る。
期待形成を無視して同じ入力を繰り返すことで、システム全体が歪む。ここでも一段上から見る構造がない。
思考が自分のものではないという感覚は、それ単体では価値を持たないが、適切に扱えば強力なインターフェースになる。
大金持ちになりたい
好きなあの人と結ばれたい
〇〇になりたい
願えば願うほどどんどんと遠のいていく夢、願望、そういうのあるじゃない?
でもさ。
叶ったとしても、、、満たされないんだ。
何十年もずっと、〇〇をして〇〇をやれば〇〇になれるはずだ、
って、ほとんど叶うわけもない白昼夢のようなことを追い続けて人生を無駄にして生きたような人間だ。
若い頃は、それでも絶対にその夢を叶えてやるんだ、と思ってたし
もう若くはないな、と思い始めた頃も、夢はあきらめるから夢で終わるんだ、みたいなことを考え続けていた。
でも、ある日、気づくんだ。
町中で、ショーウィンドウに映る、妙に若作りした、オッサンが歩いているのに気づいて、一瞬キモチワル、って感じて、それが自分だってことに。
もちろん自分だって気づいた瞬間に、その気持ち悪いオッサンはいなくなるんだよ。
すると、いつもの男前ではないけど、感じは悪くないし、中年にしては、体型も保っているし、若々しさがある自分が映ってるんだ。
でもさ、真実は違うよね。
本当のことは一瞬感じたキモチワル、に凝縮されている。
なんでかって?
とにかく生物というものの基本は生きる、ということに対して必死であることなんだ。
実は、そこに全フリされている、その他のことなんてどうでもいいことなんだよ。
ただ、それは隠された真実なんだ。
ただ生きているだけでは気付けない真実なんだ。
それをね、君にはわかっていてもらいたい。
僕はね、本当に運が良かった。
自分のこと、キモチワルな自分に目を逸らしながら生きてきた負け犬が、ある日、大幸運に恵まれて、夢が叶ってしまった。
そりゃ、狂喜乱舞したよ。
見たか!!見たか!!見たか!!見たか!!見たか!!見たか!!見たか!!見たか!!見たか!!
見たか!!見たか!!見たか!!見たか!!見たか!!見たか!!見たか!!見たか!!見たか!!
見たか!!見たか!!見たか!!見たか!!見たか!!見たか!!見たか!!見たか!!見たか!!
見たか!!見たか!!見たか!!見たか!!見たか!!見たか!!見たか!!見たか!!見たか!!
俺が正しかった!!俺が正しかった!!俺が正しかった!!俺が正しかった!!俺が正しかった!!俺が正しかった!!
俺が正しかった!!俺が正しかった!!俺が正しかった!!俺が正しかった!!俺が正しかった!!俺が正しかった!!
俺が正しかった!!俺が正しかった!!俺が正しかった!!俺が正しかった!!俺が正しかった!!俺が正しかった!!
お前たちは間違っていた!!お前たちは間違っていた!!お前たちは間違っていた!!お前たちは間違っていた!!お前たちは間違っていた!!
お前たちは間違っていた!!お前たちは間違っていた!!お前たちは間違っていた!!お前たちは間違っていた!!お前たちは間違っていた!!
お前たちは間違っていた!!お前たちは間違っていた!!お前たちは間違っていた!!お前たちは間違っていた!!お前たちは間違っていた!!
後悔しろ!!後悔しろ!!後悔しろ!!後悔しろ!!後悔しろ!!後悔しろ!!後悔しろ!!後悔しろ!!後悔しろ!!
どうだ!!どうだ!!どうだ!!どうだ!!どうだ!!!!!!!!!!
おれはやったぞ!!!!!ついにやったぞ!!!!!!ゆめをかなえたぞ!!!!!!!すべてをやりとげたんだ!!!!!!!!
もともとキチガイみたいな人間だったけど、あのときの前後はホンモノのキチガイだったと思う。
そして、とてつもなく満たされた。
夢がかなったことの副賞みたいなもんも最高だった。
金とか、若い恋人とか、家とか、車とか、周囲からの称賛、それまで無視してきたくせに俺におもねって媚を売りに来る奴らを足蹴にすること、逆にそれまで俺に親切にしてくれてた人に恩返しをすること、旅に出てのんびり過ごすこと、日銭を稼ぐためにあくせくしないこと、やりたくないことをしないこと、いつまでだって夜ふかししてもいいし、どんだけ早起きしてもいい、朝起きてリビングから眺めるタワマンの上階から眺める朝日に感動すること、思い立ったら北海道に昼ご飯を食べに行くことだって出来るし、コンビニで買ってきたカップヌードルで一日を過ごすことも出来る、意味もなく最高スペックにしたMacも買ったし、その価値がよくわからない値段だけがバグってるモニターも買った、服を買うだけなのにソファに座らされてコーヒーを出される変なところにも通ったりした、すべてが最高だったし、すべてに満たされた。
夢を叶える。そのために人は生きているんだ。
完全な満足、足るを知ること、あとはそのことの余生を楽しむ。
そんな人生を送るはずだったのに。
もう完全に満たされたはずだったんだ。
本当に、本当に、満足したはずなんだ。
でもな。
これはすごく残酷な事実なんだけど、人間は、決して満たされることはない。
叶わぬ夢が叶っても、お金があっても、若い恋人が居ても、それで満たされることなんて無いんだ。
ある日気づく。
バカみたいに広いベットルームでむくりと起き上がって、リビングで馬鹿みたいに高いコーヒーを作る機械で飲む濃いコーヒーを飲みながら、満たされていない自分に気づくんだ。
信じられない気持ちになる。
え?
と思う。
ショーウィンドウに映る妙に若作りしたキモチノワルイおっさんに気づいたときと同じだ。
え?
と思う。
不満を感じている自分がいる。
え?
と思う。
まさか、
と。
ああ、なるほど、な。
とも思う。
俺は不思議で仕方がなかったんだ。
ビル・ゲイツっていう人がいるんだけど、ずっと世界で一番資産を持っている人をやってた人だ。
ああいう人が、なんでいつまでも働くことを辞めないのか意味がわからなかった。
あきらかに人生のアガリを迎えているのになんでアガリをしないのか?
マイクロソフトっていう小さな会社を世界一の企業にしてWindowsをデファクトスタンダードにして支配的立場を手に入れた。
もうやることなんてないはずなんだ。
あとは余生を楽しめばいいのに、なんでいつまでも引退しないんだ?って不思議だった。
でもわかったような気がした。
満たされないんだよ。
だから、やめれないんだ。
あれもなんとか自分を満たそうと思ってるんだと思う。
効率的なんだよ。
なんかな、人のために仕事をするってことをすると効率的に「満たす」ことが出来るんだ。
俺もタワマンの最上階から今の小さな家に引っ越してから、毎日家の周りを掃除するようになった。
そうするとな、自分のためにやるよりもずっと効率的に「満たす」ことが出来る。
だからな、やるんだよ、そういうことを。
でもな。
昨日、息子が急性の脳出血で亡くなった。
まだ10歳だった。
すぐに気づいていれば助かっていたかもしれないのに、全部自分のせいだ。
28日の正午、お昼ご飯を食べた後に頭が痛いと言い出した。熱を測っても36度でインフルやコロナではなさそうだった。
旦那と一緒にしばらく様子を見ようと思っていたのだが、時間が経てば経つほど痛いよとベットで泣きはじめたので、いよいよやばいぞと病院を探すしているうちに息子が意識を失った。
救急車を呼んだが、既に手遅れで医者の手の施しようがなく、昨日の昼頃に天国に旅立ってしまった。
息子に最期まで痛い痛いと泣き叫ばせて、苦しみ抜いてこの世を去らせてしまったことが本当に辛いし、親として失格だ。どんなに痛かったんだろう、ごめんね。あの時、少しでも病院に行かせていけば、何か異変に気づいていれば、もしかしたら助かったのかもしれない。
生きた心地がしないし、来年どころかこれからもずううううううっと十字架抱えて生きていくんだろうな。息子の泣き声と涙で赤くなった顔が今も離れない。本当にごめんなさい。