はてなキーワード: 従軍慰安婦とは
https://ameblo.jp/kohou5382/entry-12502622173.html
毎日新聞の変態記事はまだあります。「日本人の母親は、中学生の息子が成績を落とさないためにフェラチオをする」「ポケモンの意味は勃起した男性器である」「福岡の米祭りは、顔に塗る白い液体の「顔射」に似ている」
「日本人女性の55%は、初対面の男性と一緒に寝る」「日本の性教育は、初めに性行為・強姦の方法を学ぶ」「日本のファーストフード店では、女子高生が性的狂乱状態になる」こんな記事が5年以上も毎日新聞社の英語報道メディアに掲載されていたのです。
毎日新聞は朝刊一面トップに謝罪広告を掲載し、WaiWaiを閉鎖しましたが、日本国を著しく貶める行為であり、朝日新聞の従軍慰安婦虚偽報道と同様に謝罪すれば許されるような問題ではありません。
………………………
とりあえず思ったことを書いていく。
正直、開始一秒で「しゃらくせえ」と思った。
立ち回りがやたら小狡い。
そんな捜査官Aに呼び出され、単身Aの車に乗り込む詩織さん。そのまま連れ去られてもおかしくないような状況に見えたのでハラハラした。
というのもこの捜査官A、公の場で証言して欲しいと頼まれるたびに「そんなことをしたら失職してしまう。責任とって結婚してくれるんですか?」「私が無職になって、生活の面倒を見てくれるなら考えますけど」と、2人の共同生活にやたら前向きなことを言ってくる。冗談めかしてはいるものの、声だけ聞くに、圧倒的中年男性のそれである。キモすぎやしないか? お上に不利な証言をしたとて、クビになる前に自分で辞めればいくらでも潰しがききそうなものだが、自分の証言と引き換えに全力で縋ろうとしてくる姿には違和感がある。とても信用できない人物に見えるが、この人間臭さ(=小物臭)がスパイ疑惑を打ち消す効果として作用しているようにも見える。
捜査官Aのことはどうにもずっと怪しいと思って見てしまっていたが、詩織さんは普通に信頼できる相談者として、常に気遣う言葉もかけてくれるので涙を浮かべたりする。私の心が汚れているだけだった。
この人に比べると、ドアマンはもう少し人が良さそうに見える。
映画の始まりで詩織さんは「証拠がないんです」と警察からはっきり言われている。山口のDNAが付着したという下着くらいしかなく、それだけではレイプの証拠にはならないのだ。
正直、ここでもう勝敗は決していると思った。過去の強姦、強制わいせつに関する刑事事件においても「被害者の申告」だけではなかなか起訴まで持っていくことは難しいのはわかっている。
この薄い証拠で山口が逮捕されていたら、それこそ人権派の弁護士が不当逮捕と噴き上がっていただろうし、即不起訴になる。安倍と友達であろうともなかろうともだ。そのくらい、証拠が弱い。
しかしドアマンがいくら証言しようとも、密室で行われたことであり、和姦か強姦かを証明することはもっとハッキリした証拠がなければ難しい。世の中では、市長の女性が部下の男性とラブホテルに行って業務に関する入念な打ち合わせが行われることもあるのだ。
捜査官Aが語るところによると、山口の逮捕を中止するよう指示を出したのは中村格という現・警察庁長官で、当時は警視庁の偉い人だった。真意を問いただすため、詩織さんは仲間たちと共に彼の出勤前を狙って自宅付近に張り込む。
小学生の通学路にもなっている、見通しの良い閑静な住宅街。そこに車で乗り付けて仲間たちと張り込む詩織さん、明らかに不審車両である。
案の定、登校中の小学生が車を怪しみ、何度も振り返って確認する様子を見て、彼らはくすくすと笑う。昔のこととはいえ、2人の小学生の顔はバッチリ映っている。もう彼らも成長して顔も変わっているだろうが、親がこれを見たら憤死するのではないだろうか。プライバシーの侵害についてよく語られる本作だが、登校中の子供の顔を無断で晒すのはさすがにあらゆる権利を侵害しすぎである。
表向きは防犯カメラの映像の無断使用と言っているが、彼らが本当に見られて困るのは終盤に出てくる国会議事堂前で抗議活動を行っている高齢の女性たちの明らかにアウトな言動の方じゃないだろうか。
普段は韓国の従軍慰安婦から辺野古基地の返還まで幅広く抗議活動を行っている活動家の皆さんである。詩織さんの告発は、山口が安倍晋三と親密な関係であることも含めて国会で取り上げられる問題になったので、彼女たちはそこに乗じてさっそく詩織さんの名前も挙げてアジりだす。
そこへ詩織さんが通りがかり、声をかけた。
最初は不審そうな顔をしていた2人の女性は、「伊藤詩織です」と詩織さんが名乗った途端、態度を一変させた。顔も知らずにアジテーションのネタにしていたとわかる、インパクトのあるシーンだ。詩織さんが去った後、2人はテレビで見るのと印象が違ってすぐに気づけなかった、とカメラの前でしどろもどろになる。
だがまだこの2人はマシである。問題はその後、2人と詩織さんのやり取りを近くにいながら関わろうとしなかった女性である。詩織さんが立ち去った後、さっきこちらにきたのはあの伊藤詩織さんだよと伝えられた彼女は驚いてこう言った。
「強姦された伊藤詩織さん? さっきの、強姦された伊藤詩織さんだったの? もう行っちゃったの、だったら話せばよかった!」
映画では、ここで画面が切り替わる。
映画が公開されるや否や批判的な立場を表明した北原みのり氏によると、彼女らのやりとりには続きがあり、ここで切るのは悪意ある切り取りだという。ここから入れる保険があるって本当ですか?
その後のやりとりとやらを確認したところ、やはりとても入れるような保険ではなかった。「みんなで民事訴訟の傍聴に行って応援しましょう」という意思確認をしただけだった。アジテーションのネタにしたのに本人が来なければ傍聴すら行く気がなかったのか?
なお、さらなる彼女らの擁護者によると「強姦された○○さん」という呼び方は、従軍慰安婦界隈では「売春していた人」と区別するために使う言葉なので、特別に性被害者を貶める言葉ではないらしい。つまり、売春していた人は区別してもいいようである。それはそれでものすごい職業蔑視をしているように見えるが、自覚は薄そうだ。
しかし、元草津町長(先日の選挙で負けた)には絶対に謝らない北原みのりが、「昔から知っている間柄だから」と無神経な高齢女性たちを庇う姿は、長年親密な間柄故に山口を守ったとされる安倍晋三にそっくりである。
最高裁まで進んだ山口との訴訟の一つは、安倍晋三が撃たれ、その死が公表された日に判決が出た。ただの偶然なのだが、二つのニュースをタクシーの中で聞いた詩織さんはある時代の終わりを感じ取り、音楽をかけて友人と小躍りして映画は終わる。この安倍晋三の死によって、もっととんでもない箱が開いてものすごい化け物が飛び出してきたことなど、当時の彼女には知る由もない。監督の意図しないところではあるのだが、物語の終わりは、奇しくも新しい物語の始まりを思わせる。
2017年に出版された著作「Black Box」を読んでいなければわからないことが多すぎる。
エンドロールも全部英語、しかも文字が小さく読みづらい。たぶん読ませる気がない。
つまり、一つのストーリー性を持つドキュメンタリーとしてBBDだけを見たらちょっとわかりにくい。原作(本「Black Box」)、映画、そして映画パンフレットの3点セットをもって、全ての情報が補完できるメディアミックス作品なのである。チェンソーマンでいうといきなりレゼ篇を見せられているようなものだ。
ドキュメンタリー映画としては、やはりそれ一本だけで完結させて欲しかった。ふらりと映画館に立ち寄って見られるのが映画の良さでもあるのだから。
ちなみに強姦した人こと山口が現在どうしているのかと思って調べてみたら、元気に参政党の連中と共に陰謀論界隈に出入りしていた。
人から好かれたければ嫌われるようなことはしないし言わないというのは当たり前のことだし、それによって起こり得るであろう不利益を当然受け入れた上で自己責任に基づいて表現するものだと思うんだよね。
いわゆる表現の自由戦士側から「嫌うな」という要求が出てきたことなんてあるんだろうか?(「大勢の人がこの表現を嫌いというが、実際には嫌いという人は少数派だ」という反論はしばしばなされるが、それは「お前はこの表現を嫌ってはならない」という意味ではなく、「お前は多数派のつもりでいるが、実は少数派だ」という意味だろう)
いわゆる表現の自由戦士側が言ってきたのは「撤去すんな(させんな)」「差別すんな」「法規制すんな」とかでしょ? これはまさしく自由権とか平等権とかいった人権の問題じゃない?
私が思う「表現の自由が無い」というのは何か国に対して意見を表明しただけで急に拘束されて処刑されるみたいな独裁的な国とかの話であって、日本では発言によってある程度の不利益は受ける前提で自己責任の元で表現する自由は認められていると思うんだよ。
そんな「女性の権利が侵害されてるってのはアフガニスタンとかサウジアラビアとかの話であって、日本では完全な男女平等が成し遂げられているでしょ」レベルの話をされても困るというか……
たとえば、地方政府がBL漫画を「有害図書」に指定したせいで女性漫画家が作品を出版流通のルートに乗せられなくなった、とか、女性アーティストが自分の身体の一部を象ったアート作品を作成して公開したら警察に逮捕されたとか、モデルのいないエロ絵をAIに描かせてそれを売ってたら逮捕されて実名報道されたとか、漫画の広告を新聞に載せたら国連機関から圧力をかけられたとか、地方議員が「犯罪を助長する」という理屈で圧力をかけて警察と女性VTuberのコラボを中止させたとか、そういうのは「不快を表明された」に留まらない表現の自由への侵害でしょ? 「不快に思われた」とか「嫌われた」とかではない具体的な実害が出ているよね?
そして、たとえば国際条約において「被害者の存在しないフィクションの児童エロ絵・エロ小説」を禁止する規定が設けられたり、欧米の一部の国ではそれらを作成・所持してるだけで逮捕されたりすることは、まさに現在進行系で先進国において表現の自由が奪われてる・侵されてる例でしょ?(日本は強い外交努力によって「非実在は取り締まらなくてもいいよ」条項をねじ込むことに成功したから、この件については表現の自由が守られてる方だけれども)先進国だから表現の自由の問題は存在しない、なんていうのは端的に幻想だよ。
あと、国に拠らない民間からの撤去要求を表現の自由への侵害とみなすか、という問題もあるけど、その理屈だとどうなるのかな? たとえば民間の弁護士さんとか学者さんとかが献血ポスターのイラストを強く問題視し糾弾して撤去させたり、右翼団体が従軍慰安婦の展示会に文句をつけて中止させたり、宗教団体を揶揄するような漫画が宗教団体からの抗議を受けて発売中止になったり、エッチなコンテンツを扱ってるサーヴィスがクレジットカード会社から決済を断られたせいで立ち行かなくなったり、そういった案件は「公権力のやることじゃないから表現の自由への侵害ではない」って言えるかな?
肉フェスやコミックマーケットの近くでヴィーガンの人たちが屠殺写真を掲げて抗議運動をしたことがあった。彼らはもちろん嫌われることは覚悟しているだろうし、彼らを嫌うことには何の問題もない。でも一部の人は「こういうのって禁止できないの?」という素朴なお気持ちを吐露していた。表現の自由を侵したいという素朴なお気持ちは、いつだって私たちの身近にあるのだ。だから私たちは、警戒してもしすぎることはない。「屠殺写真」が他のものに変わり、肉フェスが別の場所に変わる未来は、意外と遠くないかもしれないのだから。
書いた直後はぜんぜん伸びなかったのに今になって100ブクマ超えとかどういうことなの……やはりホッテントリは水物。
「出版差し止めを要請するのは言論弾圧ではない」という意見がよくわからない。言論に対する自殺教唆や脅迫だと思うが。「まさか本当に死ぬとは思わなかった」ととぼける立花孝志みたいな主張に見える。
まあ「他人に向かって『死ね』って言うこと自体は殺人じゃないよね」って言われたら「そうですね」って話にならざるを得ないと思う(言葉それ自体に殺傷能力があるわけではないから)。たとえば「あべしね」みたいなのも表現の自由に含まれるというのは当然だろうし。それで人が死ぬことを望んでないとか言われても「は?」ってなるけど。
こ、公共の福祉……? 公共の福祉ってたとえば「凶器準備集合罪は集会の自由を制約しているが、凶器を持って集まる自由が制約されるのはやむを得ない」とかそういうレベルの話なんだけど、実在人物をモデルにしたわけではないエロ絵やエロ小説を平和的に作成したり所持したりすることを法規制することが、公共の福祉……? 他人の人権への侵害やそのおそれがどこにもないのに? エロ関連になると自由や人権をかなぐり捨てるひと多すぎて怖い。
表現の自由とは、公権力から言論統制されない検閲を受けないといった自由を定義している。だから、その自由があるといって何をしてもいいわけではない。行動の自由があっても人を殴ってはいけないのと同じ。
素晴らしい危害原理の要約ですね。我々には行動の自由はあるが、しかし、他人の自由や権利を脅かすことは認められない。逆に言えば、我々には他人の自由や権利を脅かさない範囲で最大限の自由がある。J. S. ミル以来正統なリベラリズムの教義です。ところで殴る蹴るのような行為と異なり、文章や絵の発表は「それ自体では」誰の何の権利も侵害していないことは明白ですね? つまり、原則として表現はすべて自由であるべき、という結論がリベラリズムからは導かれるわけです(著作権侵害とか誹謗中傷とかそういう個別具体的な権利侵害がある場合を除いて)。したがって、完全なフィクションのロリペド絵を取り締まるカナダとかの欧米諸国はリベラリズムの原則に背いている、という結論になります。
突き詰めると独裁国家の場合独裁者が、民主政の場合、多数派がこの表現は駄目と言ったら法律で禁止されないか?例えばアッラー神の冷やかし、プーさん、小学生位の裸、毀損された死体、日本では性器とか。
事実としてなら、はい、そうですね、独裁者や多数派が「この表現は駄目と言ったら法律で禁止され」ます。ただし、それは不正義です(他人の財布を掏り取ったり他人をナイフで刺したりすることも物理的には可能(あなたや増田もやろうと思えば今日にでもやれること)ですし、それを行っているひとや行ったけど罰せられていないひとも大勢いるのは事実ですが、それは不正義ですよね?)。
ゾーニングを徹底すればって条件付きで許されているものを誰でも見えるとこに出すがちょいちょい現れる 1人のオタクから言わせて貰えばそういうの本当にやめてほしい
まずもってあらゆる表現は自由なのであってほんらい「許し」は必要ないんですよ、っていうところから説明しないと駄目ですか……?
一例を持って全体に適用するのはミサンドリストの常套手段ですよね
https://x.com/ldk111bt/status/1851463508610990471
コンクリ事件は、本当はやりたいけど流石にドン引きされるからやれないだけの「男の夢」の実現だよね。1人の少女に加害が集中した事件だから残虐極まりないけど、あの残虐性を大勢の犠牲者に振り分けたのが遊郭であり従軍慰安婦であり拷問AVでしょ。全部男の夢だよ。
「女を性奴隷にしてフルボッコして弄び倒すの羨ましい〜それをリアルにやったなんてチョー尊敬します!」てのが男の感覚でしょ。そこまでの残虐性がない自認の男も、女を罰する残虐男がいることで安心感得てるのは確実。じゃなきゃあの事件は途中で通報されてただろうし今ごろ犯人のうのうと生きてない
だーかーらー、それと従軍慰安婦になんの違いがあるんだよ。
https://x.com/ldk111bt/status/1851463508610990471
コンクリ事件は、本当はやりたいけど流石にドン引きされるからやれないだけの「男の夢」の実現だよね。1人の少女に加害が集中した事件だから残虐極まりないけど、あの残虐性を大勢の犠牲者に振り分けたのが遊郭であり従軍慰安婦であり拷問AVでしょ。全部男の夢だよ。
「女を性奴隷にしてフルボッコして弄び倒すの羨ましい〜それをリアルにやったなんてチョー尊敬します!」てのが男の感覚でしょ。そこまでの残虐性がない自認の男も、女を罰する残虐男がいることで安心感得てるのは確実。じゃなきゃあの事件は途中で通報されてただろうし今ごろ犯人のうのうと生きてない