はてなキーワード: 年越しそばとは
脱力感自体はよいのですが、タイトルとして、無知というよりも無関心、無気力のグルメという方が適切かと思いました。
その他で目に留まったのは、第六話です。https://rookie.shonenjump.com/series/OmknL2IAah0/OmkvmYUEuK0
主人公は、年越しそばをもう食べたのに、その後で年越しそばを持ってきた友人に「まだ食べてないから、一緒に食べよう」と言うのですが、
そこまで気を使ったウソをつかなくてもいいのではないかと思いました。
友人同士のようですから、
「ありがとう。先刻食べたけど、まだまだ食べられるから、一緒に食べよう!」くらいの言い方でよかったのではないでしょうか。匂いやごみ箱のゴミですぐわかっちゃいますし。
まだまだ友人になりたての時期で、気を使っているのでしょうか?すこしよそよそしい気がしました。
私などは、友人であれば気を使うことはあってもウソを言うことは無いかなと思います。
友人というものは基本あけすけでよい、というか本音ベースで話せないとそもそも友人になれないと思いますが、
皆様は友人であっても気を使って優しいウソをつきますか。又あけすけに話す場合と使い分けるとすれば、どんな線引きでしょうか。
大晦日に見るものがなくなったという事実を、年末になってようやく実感した。
紅白はとうに習慣から外れ、笑ってはいけない○○もいつの間にか消えていた。
そんな折、友人から「31日、空いてるなら一緒にVR入らない?」という連絡が来た。
実家に帰る予定もない。年越しそばを食べる相手もいない。断る理由は特になかった。
代わりに現れたのは、過剰に明るい夜。無数のネオンと浮遊する文字、意味のない装飾が視界を埋め尽くしていた。初詣もカウントダウンも、すべてが同時に行われている。
神社の鳥居の隣にDJがたむろし、屋台の背後では巨大なホログラムの龍がゆっくり回転している。秩序はあるが、文脈がない。
ほどなくして友人が現れた。彼のアバターは、かわいらしい狐少女だった。
白い毛並みに、過剰に大きな瞳。尻尾はふわふわと揺れ動く。正直少しやりすぎに思えたが、VRではそれを咎める理由もない。
彼は手を振りながら言った。「そっち、音聞こえてる?」
聞こえてる。
そう言うと、狐少女は少し笑った。VRの笑顔は現実よりも簡単に作れるが、だからといって嘘になるわけでもない。
ワールドを歩く。足は実際には動いていないが、移動している感覚だけは確かにある。
着物姿のアバター、鎧を着た騎士、どう見ても版権が危ういキャラクター、正体不明の幾何学的存在。誰もが年始に向けて浮かれているようで、しかし誰も年末の意味を共有していない。
ここでは時間が区切りではなく、この空間自体がイベントの一種みたいになっていた。
ふと現実の自分が何歳で、どこに住んでいて、何を失ってきたのかが、どうでもよくなっていた。それは没入というより、一時的な免責に近い。
狐少女が言った。
「なぁ、年越ししてる感じ、する?」
私は少し考えてから答えた。「しない。でも、してない感じもしない」
彼は納得したように頷いた。この曖昧さこそが、VRの本質なのだと思った。
聞こえ始める除夜の鐘。EDMのように聞こえる除夜の鐘。低音を強調されたビートと混ざり合い、EDMのように聞こえていた。
周りでは手をつなぐように寄り添うキャラクターたちが増え始める。現実の世界では煩悩が消えるなら、この世界ではたぶん、煩悩は増殖している。
しばらくすると、カウントダウンが始まった。数字は空に浮かび、爆発し、また組み直される。
10、9、8……。
0になった瞬間、花火が上がった。
現実の空よりもずっと派手で、音も遅れない。
その中に、自分の声も混じっていた。だが、祝っているはずなのに、区切りを越えた感触はなかった。
年は変わったが、何も更新されていない。ただ番号が更新されたような、そんな感じ。
しばらくしてログアウトした。ゴーグルを外すと、部屋の中は怖ろしく静かだった。
窓の外では、どこかの寺の鐘が、遅れて鳴っていた。
今度はEDMではなく、ただの低い音として。
LINEオープンチャット「はてなブックマーカー」の1週間分の要約を、さらにAIを使用し、試験的にまとめまています。
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## 🧭 1週間分の総括
この1週間は、年末年始らしい生活実感・家族・食・地域の話題を土台に、
そこへ仕事観・物価・テクノロジー・国際情勢といった現代的テーマが重なる、
広がりのある会話が展開されました。
「個人的な雑談」と「社会への考察」が自然に共存するコミュニティの温度感が際立つ1週間でした。
https://anond.hatelabo.jp/20240722084249
あ、年越しそば食うの忘れてたわ
確かにあさって本番だから気合い入るのは分かるけど、もうちょっと落ち着いてほしい。
「ネギはあるか!?海老天は大丈夫か!?」ってうるさいんだよ。
そりゃあるんじゃないの?そこまで年越しそばが心配することないのに。
まあ出汁は美味いんじゃないの?れんげはなくても食べられるよ。
いやどっちでもよくない?強いて言えばどっちも入れるけど。
まあスーパーで売ってたよ。後のせサクサクだよ。別にいいじゃん。
それ君が言っちゃおしまいだよ。まあ迷信だろうけど、いいじゃん。美味しければ。
確かに。夕ご飯食べてから年越しそば食べる人もいるよね。お腹いっぱいになる。
それな。ちょうど茹で上がったタイミングで出汁も温かいっていうの難しい。
「天ぷらも同時に温めてるともう頭がめちゃくちゃになる!」
「だからようやく食べる時になんかめっちゃ疲れてる時がある!」
「それでも年越しそばはやっぱり美味いよな!!」
そう!やっぱり大晦日は年越しそばだよね、…って、年越しそば、俺の部屋に入ってきてるじゃん!!
そっちの蕎麦かーい。
この15年くらいで日本の人口は500万人近く減っているんだなあ
どうやったら減少を止められるのかを議論してる事が多いけど、人口が少なかった昭和30年から50年までの20年間にどうやって2300万人も増えたのかを考えてみたらいいんじゃないかと思う
私は昭和五十年はまだ生まれてないけど、昭和は高齢独身男は劣った存在で発言権など無いから全員結婚していた事を、私より年上の彼も知ってるはずなのに。
女はクリスマスケーキ、20半ばをすぎると結婚相手としての価値が下がる、どんどん寿退社させて、若い女の子をどんどん入れたいから、三十まで行き遅れるような女は結婚は絶望的になり、お局様として会社の迷惑なお荷物で嘲笑対象になる。
大企業でも女は入社時に二十半ばで辞めると誓約書を書かされることもあるレベルで、アラサー女は退職も促される。
結婚し子供を作らないと一人前と認めてもらえず信用を得られない嘲笑対象だ。
35まで独身は一生出世させないという会社もあるくらい、既婚子持ち以外は認めない価値観の時代だ。
武井壮のような高齢独身男を、いろんな人生もあるしそれも一つの価値観と認める社会は昭和にはありえない。
なのに昭和を見習おう独身の言うことを聞けと、昭和では既婚者より劣る半人前の高齢独身男が言い出すからおかしくなる。
何のつもりで言ったのかなあれ。
要約
花鰹で出汁を取ると手間ほぼ0の割にすごく丁寧に見られる!!
・ぬか漬けを作ったことが何回もある(正直、糠は取り寄せた(が、取り寄せたとて糠漬けを作るのは丁寧な暮らしと判定される))
・珈琲を豆から挽く、デロンギとE-angle(ツインバードのOEM、そのくせ豆粒が飛び散らないなど改良されている)
・脱サラした人がアップしてる蕎麦の作り方をみて、混合節と昆布、一ヶ月寝かした返しで年越しそばを作った
ここまで文章を読むことができる時点でだいぶ偉いしだいぶ暇
解説本番
このパフォーマンスは僕にとってのパフォーマンス、幸福度なども含めたもの
そして、だしパックあるやん?あれうまいよ?
でも、ラーメン用のザルに花鰹入れて取れば手間変わらん。
手間の差の割に味の差が歴然
なので出汁は花鰹で取るのだ
そして、勿体ないと思うくらい使え!!!
でももったいなくないよよく考えてみ君外食するでしょ?その出汁、一回の飲み会で30回は出汁取れるから。普通に贅沢して入れてもだよ!
だから、花鰹から出汁を取ってるだけで丁寧な暮らしだと勘違いさせられる
Panasonicが一番楽だ
アイスコーヒー用のコーヒー豆なら普通に入れて珈琲入れるだけでうまく作れるぞ
今時の全自動、すごく楽なのに自分で入れているというだけで、人の話をよく聞かない大衆どもは丁寧な暮らしをしていると勘違いするぞ
わかる、デロンギのほうが楽だ
俺も持っていた
日本仕様でカフェジャポーネっていうモード会って、うまいっちゃうまいけど、コンビニコーヒーを家で飲めるロマンを追求するならPanasonicである
かつての節分は行事食としては弱かったが、恵方巻を得たことで劇的に強化された。手本とすべき成功例である。
空白期間。強いて言えば「お花見の弁当」や「桜スイーツ」などか。
また「イースターの卵料理」はさらなる発展の余地があるのではないか。
やや苦戦している感じがする。恵方巻のようなキャッチーな行事食が求められる。
第二の空白期間だが、「夏至カレー」は有力候補。かき揚げ丼の「夏越ごはん」などもある。
あまりイメージがないが、家で勝手に作って食べるから、外でそうめんフェアとかを見かけないのか。
こればかりは絶滅危惧があるのでいいことばかりではない。完全養殖が期待される。
第三の空白期間。とはいえ、夏祭り・花火大会・海水浴など、夏の行事が目白押しで、それに合わせた食事をする機会は多い。
これはもはや行事食といっていいだろう。
かぼちゃが多い気がするが、絶対というほどではない。行事食としてさらなる統一感が求められる。
第四の空白期間。
ボジョレー解禁は行事として定着したが、ワインということもあって、あまり若者を巻き込んだイベントにはなっていない。
逆に七五三は子供のイベントで、大人を巻き込めていないし、行事食というのもあまりない。
4月はイースターの卵料理、6月は夏至カレーを期待するとして、問題は11月である。
ボジョレー解禁をワイン全般に拡大して、ワインを使ったビーフシチューだとかを行事食にしてしまうとか。
七五三の千歳飴のような細巻き寿司を流行らせて恵方巻の再来を狙うとか。
業界の工夫が求められるところだ。
妻のがん治療を続けてきたが、どの治療も効果を上げることができず、先月から自宅で終末期の緩和ケアを行っていた。
訪問看護の助けを借りながらも、落ち着かない日々が続いていたが、とうとうその時が来たようだ。
妻とは二人暮らしで、お互いの家族とは遠距離に住んでいるため、すっかり疎遠になっている。
妻ががんと診断されてからは、毎回診療に付き添い、できる限りの支えを続けてきた。
しかし、治療の甲斐なくがんの進行を抑えることができず、病状が急激に悪化して入院。その後、自宅で緩和ケアを行うことになった。
自分は毎日、家事と妻の介護をこなしながら、訪問看護師の対応や手伝いに追われる日々を送っていた。
毎日数回、看護師が来るという生活は思いのほか慌ただしく、自分も妻も十分に休むことができず、心身ともにしんどい日々だった。
それでも、クリスマスには少し奮発して豪華な食事とケーキを楽しみ、年末は年越しそばを作り、正月には鍋物を作ってあげたりした。
しかし、次第に妻が眠る時間が増え、食事も少ししか摂れなくなり、次第に水や果物だけが頼りの生活になっていった。
この頃、自分も妙に疲れてしまい、看護師が来る時間以外は寝てしまうことが多かった。
起きている時は二人でYouTubeを見たりして、わずかな時間を過ごしていた。
妻のアレフガルドに来たばかりのプレイ中のドラクエ3HD2Dを起動したままで。(ラーミヤがもっさりし過ぎて数日やめなかったらクリア出来ていただろうか?)
世間は長い連休だったようだが、その休みが明けた頃、妻との意思疎通が急にできなくなった。
がんが脳に転移して、その症状が出たのだろう。
それ以降は水分補給も難しくなり、弱っていく妻を見守るしかなかった。
1日に数秒だけ、言葉を理解しているように見える瞬間があるが、意識が覚醒するたびに「体が痛い」「苦しい」という訴えが繰り返される日々だった。
最後に妻が口にした食事は冷凍の果物だった。意思疎通があやふやな状態でも少しだけ食べることができたのだ。
水はもう飲めなくなっていたが、氷や冷凍果物はなんとか口にできた。
氷を口に含ませながら、「これで水分補給ができるね」と話していたことを思い出す。
その夜、冷凍みかんと冷凍イチゴを用意すると、妻は「おいちい、おいちい」と嬉しそうに食べていた。
「ごちそうさま、もういい」と言うので冷凍庫に片付けたが、戻ってくると妻は手をテーブルに置き、「もうない、残念。もっと食べたい。残念」と哀しそうにつぶやいた。
「まだまだあるよ、食べる?」と聞くと、妻は「もっと食べたい。眠い。1時間後に食べる。起こして」と言って眠りについた。
しかし、1時間後に起こした時には意識が朦朧としており、氷を食べるか尋ねると「食べたい」と答えたものの、嚥下が難しくなっていたため、すぐに口から取り出した。それ以来、意識がはっきりすることはなかった。
今思い出しても悲しくなる。すぐに果物を出していっぱい食べたと言わせるべきだった。今も冷凍庫の中にたくさん残っているというのに…。
その後の日々では、意識が覚醒するたびに体の痛みを訴える妻に麻薬を追加投与する生活が続いた。機械のボタンを押せば投与できるのだ。
さらに、痰が詰まる苦しみが加わり、ひどくなった時に看護師を呼んで吸引器で対応してもらったが、妻はそれをとても嫌がった。苦しいし気持ち悪いし辛いと言うのを前に入院した時に聞いていたので良く分かるが、それでも少しでも痰を取り除くしかなく、その間、妻の苦しむ表情を見るのがつらかった。
そんな日々でも、一日の中でほんの数秒でも、言葉を理解して反応してくれる瞬間があったことは、ささやかな救いだった。
そんな日々に何もできない自分が悔しくて、泣きながら「苦しませてごめん」と謝るしかなかった。
それに「愛してるよ」「大好きだよ」と元気なうちに最も伝えるべきだったと後悔した。
麻薬の効果が十分ではなく、体の痛みを完全にコントロールできない中、昼夜を問わず追加投与する日々が続き、自分もほとんど寝られなかった。
心身ともに追い詰められる中で、先日、点滴で眠らせるような薬を追加することになり、ようやく妻は安らかに眠れるようになった。
その穏やかに眠る姿を見て、久しぶりに自分も体を休めることができた。
妻の脈は次第に弱くなっていき、今日か明日にも…と医師から告げられた。
子供はおらず妻が居るからと生きてきた数十年。自分はこれからどう生きたものかな。
よく分からないや。
疲れてしまったのでここまで。
他に、家族に容体を伝えたこと、妻の友人に伝えたがちょっと迷惑な反応で心労が溜まったこと。看護師さんの何気ない言葉が妻をひどく悲しませたこと。終活の準備が全然出来ていないことなどを書くつもりだった。
元気や機会があれば書くかもしれない。
長文書ける人ってすごいな。
追記:
みなさん、本当にありがとうございました。
https://anond.hatelabo.jp/20250117215558
追記: