はてなキーワード: モンペとは
たまたま住んでしまって、幼稚園に入ってから周りの話を聞いて知ったけど後の祭り。
親の言う事を素直に聞けて勉強も好きな早熟な子や、中学にやりたい部活があって自分から頑張っているような子は特に問題ない。受験する人の全体の1割だろうか?そういう人たちは自分のやるべき事をコツコツとこなし勿論難関校へ行ける。
それ以外は、重課金した金額は、あらやっぱりウチには受験は向かなかったわね、と、損切りできるような金額じゃないので、教育虐待気味になる。
そして子どもたちはそれらの重圧を解放すべく、学校内で好き勝手振る舞い、学級崩壊するのだ。
受験生の実態だけでなく、学校そのものもあまり良い環境とは言えない。
定員はとうにオーバーしているのに、受け入れを断らずに、専門教科の準備室をなんとか改装して教室にしている。すごく狭い。酷い学校だと、図書室をパーテションで区切って教室にしたり、図書室の本を体育倉庫にどけてまで教室にしている。
(隣の区では、転入生は受け入れられませんと断って、定員を調整しているのに)
戸建てでもマンションでも、今や億を超える手狭な家を買って、わざわざ狭苦しい学校に押し込むだなんて…。
児童も、なかなかすごいのがいる。
高学歴エリート同士から産まれた子は、あれこれカンスト状態なのか、発達障害の子が何人もいる。おとなしいタイプや単純に多動なだけならまだ良いが、他害する子は学年に何人か必ずいる。
親も特性ありだと、エリート思想と相まって高確率でスーパーモンスターペアレントになる。だいたい他害するヤツの親である。
子どもの高学歴を狙ってくる中国人もたくさんいる。いや、高学歴を狙っているならわりと常識的か。
高学歴を狙ってない、日本語もわからない、そんな中国の子もなぜか何人もいる。そいうのは、もれなくモンペの子と仲良しになって、常識ない者同士でやりたい放題はじめる。
こんなのが超狭い教室にいるんですよ?
そんなもんで、良い先生ほど病んでいなくなってしまう。そうじゃない先生はやたらと子どもを支配しコントロールしようとしてくる。ちゃんとしてほしいのはそこじゃない。
自分の子は受験にはとても向かない子だったので、おとなしく区立中学に通っているが、中学があまりにも普通で自由でのびのびとしていたので、小学校の息苦しい生活は一体なんだったのかと思っている。
3S1Kの言葉を見る度に、ちゃんと学校を見学したほうが良いよ?と思う。それをうたい文句にしている不動産屋もいい加減にしてほしい。
増田を使う層は、3S1Kが気になる層と噛み合わないだろうなと思うが、それでも、書かずにはいられなかった。たとえ1人でも、ちょっと考え直す人が出てくれればと思う。
クラスで選ばれる側だった娘は、些細な出来事をきっかけに、どこの班にも選ばれることなく、修学旅行を辞退した。
それまで、娘がクラスに馴染めていないことにも気づかず、結局は行くだろうと楽観していた私の予想は打ち砕かれた。
思えば、娘と同じ年の頃の私は、いつも「選ぶ側」にいた。
誰と一緒に行くか、誰を誘うか、当然のように決めていた。
そのとき、誘われなかった誰かの気持ちに思いを馳せたことなど、一度もなかった。
娘の出来事を通して、私は初めて知った。
「好きな人どうしで組む」という当たり前の仕組みが、どれほど残酷になり得るのかということを。
スレッド内で特定が試みられ、多くの参加者によって『水星の魔女』ではないかと推測されている作品について、公式の展開やヘイト管理に関して以下のような問題点が指摘されています。
ラウダの倫欠行為と無反省: ラウダがグエルに対してクズ行為、具体的には八つ当たりを行いグエルが死にかけたにもかかわらず、本編でラウダがグエルに謝罪しない、もしくは開き直ったまま物語が進行したとされます。
倫欠状態での恋愛成就: ラウダの倫欠行為が未解決のまま、ラウダとペトラのカップルが公式成立したため、ラウダは「倫欠の恋愛脳」として批判されました。
報復の不均衡: 悪行を行ったシャディクが罪を償うことになった一方で、明らかに悪行を行ったラウダがお咎めなしとなり、公式のバランスが悪いとの指摘があります。作中で明確に人を殺しているが裁かれていないキャラもいる中、ラウダだけが野放し呼ばわりされることにフィルターがかかっているという意見もありますが 、ヘイト管理が下手であるという認識が多数あります。
被害者グエルへのフォローの偏り: 公式はグエルの寛容さを描くことでラウダのフォローをしようとしたようですが、グエル推しはラウダの野放し状態に怒り、結果的にラウダへの憎悪が高まりました。さらに、公式がラウダの行為の原因補強ばかり行い、グエルがラウダ以外のキャラから責められ自責するような追加情報を出したため、公式がラウダのモンペ(モンスターペアレント)であると炎上する事態を招きました。
深刻な事象の軽視: ラウダがグエルを殺しかけたという事態(殺人未遂)よりも、人体実験や大量殺戮などの他の極悪非道な行為(経営者が孤児に人体実験を行いトンヅラしたこと、若者に殺人罪を肩代わりさせたおばさんなど)が作中で発生しており 、ラウダの罪が霞んでしまうほど、作品全体の倫理観が「終わっている」状況が指摘されています 。
展開のためのキャラ利用: 倫欠行為が「話を動かすため」にキャラが犠牲になったパターンであり、その結果、後からフォローが来ない可能性が指摘されています。
尺の不足: ラウダとグエルの衝突は、本来であればもっと早くやるべきだった「尺の無駄遣い」と見なされる側面もあり 、全体として展開が雑であるという意見も見受けられました。
スレ主はラウペト推しであると自称していますが、その投稿内容には以下のような問題点やバイアスが指摘されています。
ラウダに対する主観的なフィルター: スレ主の記述(ラウダが謝らない、ラウダはお咎めなしなど)は、既に作品やラウダの評価に対して「分ッ厚いフィルター」がかかっていると複数のユーザーに感じられています。
グエル推し視点での情報開示: ラウペト推しを自称しているにもかかわらず、ラウダへの批判や倫理欠如の強調、グエル推しからの嘲笑の記述など、その文章は明らかにグエル推し(またはラウグエ腐)の視点であると看破されています 。
人気度の強調: シチュエーションや行為の善悪を語る際に、ラウダよりもグエルのほうがグッズのバリエーションなどから「段違いで人気のあるキャラクター」であることを持ち出しており、ラウダを貶めたい意図が隠せていないと指摘されています 。
粘着質な執着: スレ主は「ラウダがグエルに倫欠なことする前の界隈の空気が楽しすぎて執着が切れない」と述べており、作品が終結してから年単位の時間が経っている可能性が高いにもかかわらず 、いまだにジャンルから離れられずにいます。
反転アンチ化の懸念: 執着を断ち切れないまま界隈に留まることは、ラウダアンチをしながらラウペト推しやラウグエ推しをするような状態、「反転粘着アンチ」になりつつある状態と見なされています。
愚痴と慰めへの要求: スレ主の行為は、純粋にアドバイスを求めているというよりも、都合の良い情報だけを開示して「自分を慰めて欲しい」 、あるいは界隈を叩いてほしいという目的であると推測されています。
スレ主の状況や、スレッド内で寄せられたアドバイスから、理想的なコンテンツ消費の在り方として以下の点が提案されます。
自己判断と許容: 最終的に、自分が公式のラウダを受け入れられるか許せないかがすべてです。周りの空気や他者の意見に関わらず、自分がそれでも好きか、推せるかで判断すべきです。
無理をしないこと: 精神的なストレスを感じてまで無理矢理好きでい続ける価値のあるフィクションは存在しません 。作者の倫理観が受け入れられないと感じたら、精神衛生のために離れるべきです 。
二次創作の活用: 公式の展開が受け入れられない場合、公式をある程度無視して二次創作を楽しむという方法があります。自分がラウダを許せる「IF(もしも)」の設定を自分で作り、その設定で推し続けることも一つの手です。
距離を置く: 嫌な空気の界隈に居続ける必要はありません。交流を断ってカプだけを推し続ける、または鍵付きアカウントなどで似た価値観を持つ人たちだけで交流する など、居心地の良い環境を確保することが重要です。
過去に焦点を当てる: 公式の展開が気に入らない場合は、問題の行動が発生する前の、好きだった時点のキャラクターや関係性だけを推し続けることも可能です 。
一旦距離を置く: 執着を断ち切れない場合は、とりあえずジャンル全体から距離を置くことが推奨されます。時間だけが解決してくれることもあります 。
新しい場所を探す: 現在の界隈に熱意が残っていないなら、別の居心地の良い界隈や、もっと楽しめそうな新しい作品に移るべきです 。
自己解決と責任: 状況が曖昧なままであれば、他者に判断を仰ぐのではなく、自分で決断を下すべきです。粘着アンチ化する前に、見切りをつけることが健全な消費態度です 。
男がこんな悪質なことを~
(アンフェのなりすましらしき偽旗垢も多し)
・アンフェ系嘘松
女がこんな悪質なことを~
まともに商業で活動してるプロはそうでもないが(忙しくやってる暇もない)、プロとアマの中間ぐらいの層がスカッと嘘松エッセイマンガを量産。
そのまま書籍化に至ることも少なくないため、社会に対する危険度も高い。
マンガ(絵)に比べて、正攻法でインプレッションを稼ぐ手段に乏しいため、プロ作家でも安易な嘘松に走る者が後を絶たない。
小説の延長で書いている体験談風だけでなく、取材・資料集めの過程で知ったという体の雑学型嘘松も多い。
守秘義務の存在を考えれば、まず医者かどうかすら疑いたくなるが、残念ながら頭のおかしい医師免許持ちが実在することは事実。
頭の固い同僚やモンペ・バカ生徒イジりをやってる内はまだマシだったが、最近は保守・排外主義と結びついた嘘松(外国人生徒が増えたことでこんな弊害が~)も増加しつつあり、注視が必要。
シリーズ/派生が多い作品のオタクをしている。増田はある派生(仮にAシリーズと呼ぶ)がそこまで好きではない。アートスタイルや演出などが、個人的には説得力に欠けると感じているから。
Aシリーズの「ファン」は明確に苦手。詳細を述べるほどのことでもないので割愛するが、大雑把に言うと「Aシリーズのモンペ」をしているオタクが多い。印象に過ぎないが。
増田が好きなBシリーズのファンと対立構造のようなものがあるところも、うんざりする。これはAシリーズのファン側のみの問題ではないが。
Bシリーズのファンが体感少数派で、普段はAシリーズファンの声が偏って聞こえてくると言う状況も影響しているだろう。
オタクならば作品に対する過度な愛もあって当然のようなものだとは思う。愛しているものは守りたいだろうし、推進したいだろう。声高に。
ただ、そういう人間の存在感が強まるほど、増田の「大好きな作品の一派生であるAシリーズ自体への評価」が「苦手」に近づいていく。
ラーメン屋に入るときすら、食べログで★3.5以上じゃないとちょっと不安になる。
なのに、
「命を預ける医者」も
「子どもを預ける教員」も、評価される仕組みがほとんど存在しない。
あっても、内部向けだったり、意味のない満足度アンケートだったり、事実上のブラックボックスだ。
それって、すごくおかしいことじゃないだろうか。
なにも「晒し上げ」みたいにしたいわけじゃない。
でもせめて、「信頼できるかどうか」の情報が、もっとオープンにあってほしいと思う。
いまの医療も教育も、「当たればラッキー、ハズレたら地獄」みたいなガチャ運に左右されすぎている。
「医者や先生は神様じゃない。完璧じゃない」と言うなら、逆に「なら評価されて当然」じゃない?
怖いのはわかる。
医師や教員側の立場からすれば、「ネットの声に左右されたくない」「モンペが変なレビューをつける」とか、いろいろ懸念はあると思う。
それって、働いている側にとっても、改善のきっかけになるんじゃないかと思う。
食べログでさえ「接客が雑」って書かれたら店主は気をつけるのに、
どうして命や人格を預かる職業が、誰にも見られていない前提で運営されてるんだろう。
私は、病院に行ってモヤモヤしたとき、学校の対応に怒りが湧いたとき、
その気持ちを吐き出す場所がもっとオープンにあっていいと思ってる。
それは「叩く」ためじゃなく、「信頼をつくる」ための仕組みにできるはずだと思う。
【続報】逮捕された男2人が「児童の母親の友人」と判明 小学校側と話がまとまらずに母親が2人呼んだか 1人は容疑否認 東京・立川市立第三小学校|FNNプライムオンライン
https://b.hatena.ne.jp/entry/s/www.fnn.jp/articles/-/868717
kotobuki_84 例えば「子供がイジメられてたので母親が苦情を入れたけど、学校が隠蔽しようとしたので、ガラは悪いが正義感ある“友人”を連れて自力救済に乗り出した」くらいの前段があるなら、ギリギリ同情できるかなという感じ
こういうブコメを書いた。
基本的には、暴力を振るった点に擁護の余地は無いし、教師や生徒の被害はとても気の毒と思う。
しかし、それでも尚、仮にブコメに書いた様な前提が(母親の主観として)あるのであれば、愚かな母親が愚かなりに奮起して我が子を守ろうと抗議の行動(暴漢2人を嗾ける)を起こしたものとして『ギリギリ同情できる』とした。支持とか肯定では無く『同情』という言葉を使った。
子供がイジメられているというのを「子供が殺されそう」と同義くらいに感じても不思議は無いし、学校が解決に非協力的であれば教師全員が殺人犯の仲間くらいに見えるかも知れないし、加害児童が誰か確定できない状況であれば全員が容疑者に見えるかも知れない(クラスや学年を跨ぐイジメもあるだろう)
暴漢2人だって、まあ愚かである事に疑いは無いが、別に反社とかじゃなく当たり前に正義感ある人が、可愛がってる友人の子の危機に対して正義の怒りで暴走したという程度の話かも知れない。
子供が殺されそうになっている時、愚かであるが故に手段を選べない人が、決して褒められない手段を緊急的にとりました。これってそんなに同情の余地無く頭ごなしに怒られる様な話か? 例えば「暴漢2人が学校に侵入したので、子供を守るためにやむを得ず暴力で撃退した」は間違いなく許容されると思うけど、それに比べて「イジメ被害に遭った子供を守るため、やむを得ず暴力で抵抗した」は、そんなに大きな差があるか?
そういう可能性が、あくまでも可能性ではあるけど別に超レアケースとかではなく全然あり得る(イジメ発生、学校が隠蔽体質、親がヤカラの3枚コンボは普通に揃うでしょ)わけで、少なくとも現時点では単にチンピラが暴れただけみたいな消費の仕方をするべきじゃないと思った。
(仮にこうだとして、だから免罪されるべきと言いたいわけではない。罪は罪として罰は受けるべきで、それはそれとして『同情』はできるという話)
もしこれ、本当にこの通りだった場合、雑な情報ベースで外野からイジメ加害に加担して被害者の関係者に二次加害をした大クズの仲間になるわけだけど、それでいいのか?
そういうブクマカたちのために、裏目の可能性を提示したという面もある。
(まあ裏目ったら裏目ったで風化するまで自己正当化し続けて後はシカトするだけかも知れんけど)(草津を忘れるな)
そういうの込み込みで、頑張って100字に圧縮したのが上のブコメ。零れたニュアンスが大量にある自覚はあるが、まあ仕方ない。
実際、全然伝わらず、なんなら暴力無理筋擁護ニキくらいの扱いになった。
(いただいた★についても、それなりの割合で暴力無理筋擁護ニキが混じってると思う)
(いや~でも流石に読み取れるでしょ~仮定に仮定を重ねたらギリ同情って文章が「基本アウト」って言いたい事くらいはさあ~)
で、続報。
東京・立川市の小学校に男2人が侵入した事件、保護者がいじめ被害を相談していたことが判明 自力救済の蔓延を懸念する声も
https://b.hatena.ne.jp/entry/s/togetter.com/li/2548643
kotobuki_84 仮にコレなら「そもそも先に暴力を振るい子供を脅かしたのは学校の側」くらいは言えるし、教師も生徒も関係無く全員が容疑者に見えるかも。だから暴漢凸を肯定するとは言わん(大前提)が、とにかく予断を止めよう。
予想が的中した喜びが全く無いとは言わんけど(早押しクイズ文化は今すぐ滅ぶべき)まあ依然として情報は曖昧なままだし、仮に相談は事実でもモンペア案件だったり、下手すると「加害者側が被害者ぶってクレームを入れる」とかも全然あり得る。俺たちはまだ何も分かっちゃいない。
なので姿勢は変えないまま、ただし先のブコメで零れたニュアンスを補う目的で、こう書いた。とにかく「あやふやな情報で雑に断定して裏目るのを止めよう」という事。
これはずっと前から言ってる。僕自身ができてるかと言われると絶対できてないけど、根本的に物申し系インターネット人間全員の課題であるので、言える時は言う様にしてる。
そしたら名指しでコレ。
augsUK kotobuki_84氏は、それこそ情報がろくにないときから予断そのものでブコメつけてるような。まさか例えばをつければ予断じゃないとか。 https://megalodon.jp/2025-0509-1536-44/https://b.hatena.ne.jp:443/entry/4770102469289943265/comment/kotobuki_84
返事としては「例えばをつければとかじゃなく、普通に全然予断してないです」になります。
100字に気持ちが全部入らんのなんかはてブやってて大前提やん。もうちょっと大らかに読んでくれや。
それはそれとして、現在進行形でバリバリで予断してる野郎が、どういう意図でこの揚げ足取りやってんの? てめーは予断してる自覚が無い? 例えば「確かに俺も予断したが、お前もしてるじゃねーか💢」って仰り様をするんなら、それはまあ全然分かりますけど。
それとも「予断で他人を攻撃して全然オッケーだろ、俺らの正義コメントに水を差すな💢」って事? そんな開き直ったイナゴ野郎、小学校に凸る暴漢となんか差あるのか?
わざわざ魚拓とってんのキショイぜ~。こんなんで消さんわ。なめんなボケ(ブコメちょいちょい直すので説得力皆無)
以上!!!!!
基本的に送迎は夫だけど、たまに私もすっぴんジャージで保育園に送迎に行く。
保育園に行くたびに思うのは、周囲の保護者、みんな「まともな人間」しかいない気がする。
いや、別にモンペ的な人がいてもいいと思うし、実際には少しはいるんだろうけど、うちの園では見かけない。
アラサーくらいの若い親が多くて、見た目もきれい。ジャージで保育園行く保護者、たぶんクラスで私だけだな。
送り迎えの時も、変にベラベラ喋りすぎたり、逆にピリついてたりもしない。もちろんネットの「ママ友トラブル」にありがちなうわさ話とかするわけないしそんな時間はない。
たまに家に呼ばれて遊びに行くと、部屋もきれいだし、なんかアニバーサリーの写真とか綺麗に飾っている。
「えっ…」ってなるくらいちゃんとしてる。それが1軒2軒じゃなくて、どこ行ってもだいたいそう。(人を呼べる家しか人招かないからだけど)
もちろん裏では大変なこともあるんだろうし、外面が全てではないのは百も承知なんだけど、
それでも「23区内で、今のこの時代に、結婚して共働きで子どもを育てている人たち」って、なんだかんだでみんな、しっかりしてるというか、“地に足がついてる人たち”が多いといつも思う。
SNSで話題になるようなトラブル話も、正直、自分の周りでは全く起きていない。
みんな穏やかで、ちゃんと働いて、ちゃんと子育てして、ちゃんと暮らしてる。
それを目の当たりにするたび、「まともな人が親になってるんだなあ」という実感が、じわじわと湧いてくる。私もこうありたいと目標を持てる。あ~家片付けたい…