古代文明は森林を破壊して滅びたと文明史家は言います。森林は築城や造船のため伐採されて消えていきました。森林の消滅は水資源の消滅であり、大地の砂漠化でした。森林は炭酸ガスを吸収し酸素を供給します。人類は酸素を消費し炭酸ガスを排出します。森林と人類は相互補完関係にある友人なのに、現代まで人類は一方的に森林を痛めつけてきました。
文明の始まりは森林の中でした。それは母の胎内で生命が育まれるのと同じです。動物は母なる海から母なる森へ移り住みました。人類もその動物の一分派なのです。
西洋の伝説には森に悪魔や妖怪が住むと云う話が沢山あります。西洋人にとって森林は未開の暗黒の世界でした。しかし日本では、樹木を恵みの源と見て巨木を神聖視する信仰があり、人間の寿命の10倍も20倍も生き続ける古木に畏敬の念を持ち、森は神の住む神聖なところ、更には森そのものが神であると信じて来ました。
日本に古くからある山岳信仰は、森林に覆われた山全体に神性を認めるところから始まったのです。古代の日本人は、山奥深くに仮小屋のような小さな社(やしろ)を建てて、そこで山の神の祭事を行いました。「やしろ」は今様の神の住む神社ではなく、屋代(仮の小屋)だったのです。神は山そのもの、山全体であり、屋代は山の神を祀る儀式を執り行う、祭場であったのです。
日本では地方に行くと山裾や村はずれに鎮守の森を見ます。年を経た大木の森に囲まれた神社です。神は山であり森ですが、その神が山から里まで下りてきて、そこで人々から豊作と安寧の祈願と感謝を受けるところが鎮守の森です。
西洋の文化人類学者クロード・レヴィ=ストロース氏は、森林に対する日本人の意識が日本の国土に森林を広く自然のまま残してきたと、次のように指摘します。(田中英道著「本当にすごい!東京の歴史」より引用)
「私が本で読んだところでは、日本の総面積の七五パーセントは開発されないままの状態にあるそうです。その面積については、人は何も言いませんが、この七五パーセントというのは、一体何でしょうか。……(中略)……この問題に、日本は西洋とは違った答えを出しているのではありませんか。西洋は、まだ手を施す余地のあるところでは自然の保護を試みています。しかし日本は別の解決、つまり必要なところでは過剰開発し、それがないところでは、自然を完全に尊重するという解決を見出しているのではないかと思うのです。」と。
自然を神聖視する日本古来の思想が、日本の森林を守っていると西洋人も理解しているのです。
写真は茨城県の鹿島神宮です。 (以上)
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