写真1 改装前の歌舞伎座
写真2 改装後の歌舞伎座 正面は改装の前と同じ姿
写真3 改装後の歌舞伎座観劇席 座席の前にゆとりがある。
写真4 地下二階のショッピング広場「木挽町広場」
写真5 4階屋上の回廊式庭園
写真6 庭園からの階段の朱塗りの手摺りが瓦屋根に似合う。
写真7 超高層の歌舞伎座タワービルも歌舞伎座の添え物
銀座の裏手(東銀座)にある歌舞伎座は、明治22年(1889)に当時の演劇復興運動の中から生まれた劇場です。今でこそ銀座は繁華街の中心ですが、江戸時代は下町の中心地であった日本橋から見ると銀座は場末であり、明治時代になっても見せ物小屋などは銀座、新橋方面に建てる慣習が残っていました。
銀座の裏手に最初に建てられた歌舞伎座は、明治44年(1911)に改築され、正面の車寄せに唐破風造りの屋根を乗せた豪華な劇場でしたが、この二代目歌舞伎座は関東大震災(1923)で消失しました。震災後の大正13年(1924)に再建された三代目歌舞伎座は、桃山様式の豪華な姿になり、その後、東京大空襲でそれも消失しましたが、昭和26年(1951年)に桃山様式をそのまま継承して再建されました。この四代目の歌舞伎座は、昭和の歌舞伎座として平成22年(2010)まで開演されていました。(写真1)
その歌舞伎座も戦後の再建以来半世紀余り経て建物が老朽化し、耐震にも不安があり、また舞台や客席も旧式化しましたので、歌舞伎座全体の改築の話が数年前(2005)から出ていました。しかし、歌舞伎座は文化庁の登録有形文化財になっており、建物の形状や形態などについては保存する必要があるので、その改築実現にはかなりの時間がかかり、この度、ようやく平成の歌舞伎座が五代目として誕生したのです。
(写真2、3)
明治座や新橋演舞場は立て替えで一戸建てからビルへの入居となり、外観は洋風になってしまいました。しかし改装された五代目の歌舞伎座は、一戸建てを堅持して前面のファサードは従前と変わらない容姿を残しました。三宅坂にある国立劇場は校倉造りを連想させるファサードなので、古代の和風のイメージを演出していますが、新装歌舞伎座は、桃山様式で正面を飾り、中世の和風のイメージを演出しています。
明治時代になり江戸時代を演じる歌舞伎の人気は一時衰えます。代わって登場した新派劇は明治時代を演じる演劇で、明治座や新橋演舞場で演じられました。新派とは歌舞伎を旧派とみなした言葉ですが、その新派劇も昭和時代には古いものと見なされ、人気が落ちます。代わって登場したのが西洋劇の翻訳物やミュージカルで、戦後は特に盛んに上演されます。しかし、これは歌舞伎とは全く別世界の演劇です。
その間、昔の時代劇は、種々の劇場で上演されるほか、戦後はテレビのNHK 大河ドラマのように、時代劇は根強い人気が続きます。しかし、やはり時代劇の本物は歌舞伎です。それは西欧でシェイクスピア演劇がそのまま現代に通じているように、歌舞伎もそのままで現代の日本人に抵抗なく受け入れらるものです。人情と風俗を様式化した歌舞伎は、時代を越えて通用するのです。
案の定、改装した歌舞伎座には大勢の観客が詰めかけており、客筋も若返っていると言われます。新装歌舞伎座が賑わうのには、もう一つ訳があります。それは観劇を楽しむ人々だけでなく、新装なった歌舞伎座の建物を鑑賞したい人々も多いからです。
歌舞伎座の改装設計を担当した建築家の隈研吾氏は、新しい歌舞伎座を観劇のためだけでなく、人々が集い楽しむ場所にしました。即ち、地下二階に「木挽町広場」とういうショッピング街を作り、そこから直通のエレベータで5階へ上がると歌舞伎座ギャラリーがあり、そこには歌舞伎に係わる小道具類が展示され、更にそこから屋上庭園へ出て散歩することが出来ます。この回遊式屋上庭園から朱塗りの手摺りに沿って4階に降りると、歌舞伎役者の肖像画が並ぶ廊下に出ます。(写真4、5、6)
歌舞伎座の地下2階の「木挽町広場」へは、地下鉄の日比谷線と都営浅草線の東銀座駅から直接入れますが、歌舞伎座の劇場に入るには、一旦晴海通りに出て、桃山様式の正面入口から入場するよう設計されています。これは伝統と秩序を重視する建築家、隈研吾氏のアイディアによるものだと言われています。
隈研吾氏の建築家としての業績については、既に「日本の建築家の挑戦 隈研吾 2011.08.18」でご紹介しましたが、その真髄は、日本の伝統的な建築に普遍性を与えて、西欧社会にも通用する建築を造り出そうとしたことです。
晴海通りの向こう側から新装歌舞伎座を眺めますと、歌舞伎座の背後に聳え立つ、のっぺりした地上29階のオフィスビル「歌舞伎座タワー」は、漆喰壁を立てかけたように歌舞伎座の背後の空間を埋め尽くしています。(写真7)
確かに、日本の伝統的な技法を取り入れながらも、建築物全体として建設現場の環境と調和させることに成功しています。
(以上)