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2025-11-22

嫌な思い出

スパ銭で仲良くはしゃぐ見知らぬ兄弟を見ていてふと思い出したことを書いておく。うちはあんなふうな瞬間は一度も無かったなと思ったところから記憶のフタが開いたのだが。

小学校の頃、同じくらいの年格好の子供がいる近所の数家族合同でキャンプに行くことが何度かあった。当時は別に何ということもないイベントだと思っていたが、今考えると予定調整とか結構大変だろうし、みんな生活の余裕と子育ての熱意があったんだな。

キャンプ場の周りを探検していて10mくらいのちょっとした崖があり、兄弟全員(俺・兄・弟)でそこをよじ登った。そういうちょっと危ない遊びは日常茶飯事だったし親たちも放置だった。80年代は。

俺が最初てっぺんに近いところまで行ったが、岩肌が異様にもろくなっていて体重をかけたらボロボロ崩れてしまう。登ることも下りることもできなくなった。動けば滑落する。死にはしないが流血と骨折は免れないだろう。

まだほとんど登れてなかった兄弟に、崖の上に回り込んで立木からロープを垂らしてくれるよう頼んだ。しかし二人ともウヒャウヒャ笑うばかりで全く取り合わない。いや本当に頼むからと散々懇願しても無駄で、そのうち二人ともどこかに行ってしまった。

その後しばらくしてたまたま通りかかった子にロープを垂らしてもらって脱出できた。

うちの兄弟バカから「今はマジの事態なんだ」というモードチェンジができない。普段の「マンガを見せてやらない」みたいなノリの延長で、こちらが必死に頼むのを無視するのが面白かっただけなのだろう。

俺は弟が上級生に小突かれてたところに遭遇して大立ち回りしたこともあったがなあ。

ネットでもマジな話に場違い大喜利やめない(しかネタがつまらない)やつとかいるよな。

最近、うちの母が持病の発作で倒れて救急車呼んだ時も隣んちの「おしゃべり大好きおじいさん」がしゃしゃり出てきて邪魔してくれた。

バカは本当にシャレにならない時に邪魔しかならない。

2025-10-31

人でなしは悔悟するか

例えばウクライナ・ブチャで女児を犯して殺して地下室に投げ入れた兵士は(どうせ当人もとっくに使い捨てられてこの世にいないのだろうが)、自分のやったことを思い出して後悔しなかったのだろうか。

そういうムチャクチャ虐殺行為というのは強烈な殺意や血の酩酊の狂乱の中で行われるのではなく、疲れた頭で投げやりにダラダラと行われる。

モノクロ集団銃殺映像。撃たれるために壕の中に進む大勢女子供監視役の(そして実行役の)兵士たちは盛り上がらないイベント会場の群衆バイト係員のようだ。

間違いなく兵士たちはあんまり何も考えてない。思考停止して冷酷な殺人ロボットに成り切ろうとしてるとかではなく、タイミーバイトみたいに「ダリーな。でもまあちゃっちゃと片付けないと」としか思ってないだろう。

宝飾店を営む家に押し入り、家人拷問して一生寝たきりにしたトクリュウのガキがなんか「俺みたいになるな」みたいな安い反省文を書いて文才が地頭がとX民に絶賛されていた。

そうやって過剰な反省ポーズに酔うことで自分を誤魔化すこともできる。

そもそも罪悪感は、他人に責められるまでは眠っているものだという。

人間他人を踏みつけても自分はそんなに痛くない。だからこそ“ついつい”レベルでどんな残虐なこともやってしまう。自分から、生きるに差し支えるような悔恨に駆られるほど人間は“人間的”ではないという。

しかやってる時は大して何も考えてなかったり、自己陶酔材料にしたり、記憶を捻じ曲げて合理化するとしても、それで一生OKなのかどうか。

子供を殺した感触、何の恨みもない相手の頭蓋を割った感触を時折まざまざと思い出すことはないのか。あるいはその事実認識しているのに、自分が本当にその時何を考え何を感じていたか曖昧になり、今現在自分が何ものかわからなくなったりしないのか。

そして、自分根底から価値根無し草のような存在に思えて不安に苛まれる事はないのか。

(明らかに自分に非があって謝れないのってむしろそういうことなのでは。最後ダメ押しになってしまうから

都合の悪い記憶を脇に押しやり切り捨てようとしても、それは自分の身を切り捨てて小さく削れていくような気がしないのか。

フィクションでは、そういう身を切るような悔悟描写はゲップが出るほどありふれてる。でもそいつらほぼ間違いなく、法はともかく俺は許すぜと観客が思うような、やむにやまれぬ成り行きで人殺して、それなのに自発的にめちゃくちゃ悩んでるというナイスガイなんだよ。

あるいは反省挙句ノミトンネル掘って諸々チャラになりましたとか、宗教に目覚めたりとか。

またあるいは本当に獣欲に手足がついただけのモンスターも稀には実在する。「血と骨」の親父みたいな。

そんなんはどうでもいいんだ。

聖人モンスターのことはどうでもいい。

単に命令されたからとか誰も見てないからとか私利私欲のために他人地獄の苦しみを与えた人でなしが(あるいは、ある意味ではひどく凡庸人間が)、本当に何を考えて、そのあとの人生を送るのかが知りたいんだ。

自分自分を罰したいと思うことがあるのだろうか。

パフォーマンスでなく、誰にも知られない場所で「自分のような人でなしにはこのくらいの罰がふさわしい」とひとり腹切り刻んで苦しみ抜いて果てたやつがいたとしても、わからないのだが。

私はむしろ人でなしのひとりとして同類の声が聞きたい。あるいは人でなしに人生をゆがめられた人が「人でなしが本当に考えること」に触れて何を思うか知りたい。

もちろんここでじゃないよ。これは長いメモ

〜〜〜〜〜〜〜〜〜

罪と罰」読んでないがあらすじとコミカライズは読んだ。結局追い詰められてゲロするわけだが法的な裁きを受ける受けないの話はどうでもいいのである。大虐殺の実行者も命令者も往々にして何の罪にも問われない。そのうえで何を思うかあるいは思わないか

「撫順帰り」とかで人でなしの大反省文がいくらでも読めるが、あまりにも政治的汚染されている。全部嘘だとか事実だとかいう話はしていない。

戦争体験を語り継ぐ戦後文化の中で再構成され奇形進化した“芸能”に興味はない。

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https://anond.hatelabo.jp/20251031081717

2018-12-29

パトレイバーNetflix配信記念。「僕が考えたこんなパトレバーは嫌だ」と「僕が考えた新作パトレイバー

「僕が考えたこんなパトレバーは嫌だ」

・本編から数年後の二課メインメンバーバラバラになってる時間

・南雲さんの昔の男テロをする話

熊耳さんとカヌカは影も形もない

・そのくせ後藤隊長が「俺にはあいつらだけか」とか言っちゃう

イングラム活躍するのは5分程度

・なんかよくわからない哲学的な話が続く

後藤隊長事件を早期解決するために法律ルールを守らない

後藤隊長がもはや超能力レベル事件に先んじれる

・遅すぎたというより早すぎるんじゃないっすかね

・まあけどテレビシリーズでも、伊藤和典が本書いてた遊馬がイングラム三号機でファントムと戦う話の時とか、そんな感じだったから全体的にそういう風潮はあるんかなあ

横手版の小説と、ゆうきまさみ漫画版とかでは後藤隊長にそういう風潮は見受けられないと思うし、なにより作劇の都合ってのもありえるからこの路線で責めるのはやめとくか

後藤隊長が明らかに南雲隊長のことが好き

・まあけど二人でラブホテルに泊まるのが嫌か嫌じゃないかといえば僕は、いい52、いや48ぐらいの価値観だし、まあこの辺から責めるのもやめとくか

そもそもパトレイバー蕎麦を食べる必要があるんですか?

・けどさあ、それじゃあ太田殺人たかもと怯える話だの、特撮パロディ回だのも、パトレイバーである必要なんてなかったのかなあ

・そうはいうけど、明らかにパトレイバーという枠組みを蕎麦を食べる行為は逸脱すると言っているんだよ

・ふーんまあそれならそれでいいけど、なら逆にパトレイバーでやらないとならない話ってじゃあなに?

・そりゃ…… 春の嵐とか

・おまえそれ、おまえが特定キャラが好きなだけだろ

・ごめん、じゃあ、雨の日のゴマ

・それこそパトレイバーである意味とは? だろ!

・雨の日のゴマはいるだろ! 十選するなら余裕で入るわ!!!! もういい! コーナーの途中でコーナーします! 旧OVATV版と新OVAベストエピソード十選! のコーナー!

・ロングショット、Lの悲劇、特車二課壊滅す、地下迷宮物件、火の七日間、太田惑いの午後、黒い三連星、VS、二人の軽井沢、雪のロンド

・ふーーーーーん、まあ…… まあ…… わからんでもないかな、すらすら言いましたけども

・好きだし。お前のも教えろよ

殿下お手柔らかに

・お前本当にそれが一番目でいいんだな?

・順不同! スキスキ野明先輩

逆張りしてる

・してない! 量産機計画

・これは俺も好き。零式とかピースメーカーよりもAVS98のが見た目は好き

・石和AVS98対グリフォンパトレイバーベストバウトだな。職業選択の自由

・君が野明萌えなだけじゃない?

・災厄の日は選ばないから違うもん! 花とレイバー

・いやまあたしかにたまに見返したくなる話ランキングでは上位っぽいけど

安心売ります

・あっこれは俺も普通にあげるか悩んだ

視聴率90%

熊耳さん可愛い可愛い回な

・それは闇に呼ぶ声では?

・いや、なんかゆうきまさみ版が原作アニメ回ってあげづらくない?

・まあいいや、あといくつ?

・あといくつとか、自分から十選やろうと言い出して言いますかね? あと三つ。

春の嵐、雨の日に来たゴマ

・あと一つは?

あんたの勝ち

・んー? なんの話だっけ

最後カヌカと野明が飲む回

・……押井守脚本じゃねえか!!!

あんたの勝ち!!!!!!! おまえの勝ち! 俺の負け! 火の七日間好きだもん! 特車二課壊滅すなんてテープが擦り切れるほどみたもん! テレビアニメ史上もっとも優れた1話を選ぶならこちら特車二課だもん!

・なんだいえたじゃん…… 好きっていえたじゃん

・好きだもん…… 好きだから…… 好きだから嫌いなんだもん……

・というわけで次のコーナーです

「僕が考えた新作パトレイバー

・オープニングは血と骨パロディだが、豚でなく犬が屠殺される

反省してないな

・それはそれこれはこれだし

・でも真面目にどんなのみたい?

・『新九郎、奔る!』(しんくろう、はしる)は、ゆうきまさみによる歴史漫画。後に北条早雲となる伊勢新九郎主人公として、その生涯を描く[1][2]。

ゆうきまさみファンであって、ヘッドギアファンではないみたいな話?

・いやでもさ、ぶっちゃけ、あのメンバーって俺ゆうきまさみ以外は、他の作品は好きじゃないんだよな

・きみいっときとあるごとに、ラーゼフォンブルーフレンドあそこを一人で人形劇再現ごっこしてませんでした?

・してたけど、劇場版が好きなだけでテレビ版は別にで、劇場版京田知己作品って感じしない?

・うーん、詳しくないからわかんないけど、確かにするかも。えーじゃあ、.hackいろいろ持ってたじゃん

浜崎達也好きなんだよね、絶対少年浜崎達也の面と望月智充の面で好きなだけで、伊藤和典作品から好きって感じじゃないし

・だから君、マミ漫画版あんな後半の展開まで読まない的なブコメ書いてたのか

・あのさあ、書き起こしとかしてないしログも残ってない話だから記憶で喋るんだけど

・聞きましょう

伊福部崇さんと小野坂昌也さんがラジオで、うる星のどの劇場版が好き? って話になって伊福部さんはビューティフルドリーマーで、小野坂さんはオンリー・ユーが好きって言っていたんですよ

・まあ人には好みがありますからね、伊福部さんは「大友のディティールも押井哲学も知らないくせにほら文句ばかりたれる」なんて歌ってらしたし、好きなんじゃないですか押井哲学

・ただね、その、どっちかっていうと、ビューティフルドリーマーと言わない方が勇気いりません?

・どういうこと?

・いや、その、言葉選ばずいうと、正直覚えてます? 内容。ビューティフルドリーマー以外の。っていうかなんなら、オンリーユーが何作目か覚えてます

・一作目だけど

・あっそうか、これも押井からツッコミ側の人格はそれを把握するのか

ツッコミ側の人格という表現

・わかる人はわかるけど、その、小野坂昌也さんは、特に具体的にここがどうとか、あそこがどうっていう強い思いがあったわけじゃなかったみたいなんです。もちろんラジオなので尺の都合もあるんでしょうが

・そんなもんでしょ、人の好きとか嫌いって気持ちが常にそれなりの文量を伴うとは限らないじゃん

・そうなんですけど、そういうふわっとした好きとか嫌いのときに、ビューティフルドリーマーよりもオンリーユーが好きっていえます

・あーなるほどね、言いたいことわかってきた。「ハンバーグというジャンルには、さわやかという絶対的名店が存在するのに、そこまでハンバーグが好きじゃないのに、好きなハンバーグを上げる際にあえてさわやかを外してびっくりドンキーといえるのか?」ってことね

・その通り! そうなんだよ! びっくりドンキーがすごい好きで、かつハンバーグというジャンルを愛しているからこそ、名店を「あえて外して」、一般的チェーン店を褒めるのなら、わかるんですよ

・おまえこれ、この例えよっぴーさんのびっくりドンキー記事読んだから思いついただろ

ちょっとそもそもハンバーグにたとえ出したの、ツッコミ人格の方だから、君だよ!

・えーじゃあもう俺がボケ人格になるけど、びっくりドンキーを例に出したのは、伊福部崇さんが大晦日びっくりドンキーいく習慣があるからってのもあるかもですね

・やめて! 話がブレるでしょ! とにかくそのね、好きとか嫌いって気持ちもっとこう、気軽になんとなくで言ってもいいと思うんですよ、対象相手を過剰にくささなければ

・「すごいね〜」

・「すてきね〜」

・「大したものですね」

・「イイネしました」

・「じょうずね〜」

・「さすがね〜」

・「やっぱり …天才ですね」

・ってことだな

・うむ

・いまこれ、どっちがどっちの俺だ?

・まあそれはそれとして、ガチで僕が考えた新作パトレイバーは、日本以外の国が舞台なのがいいか

・ほうほうその心は?

・結局さ、パトレイバーの中に漠然とある埋め立て地から眺める東京」というシチュエーションのものが、押井守的な何かに過ぎないのかなあって

・うん? ちょっとよくわからない。ゆうきまさみ伊藤和典にはそれがないってこと?

・そういうわけじゃなくて、彼らもそれが「パトレイバーらしさ」を担っているとは考えていると思う。だから押井守以外もパトレイバーを描くときに、それらを描くと思うのだけど

ただそれがなぜパトレイバーらしいかというと、そこには押井守が旧OVAと劇1で魅力的に描いたからにすぎないというか。

パトレイバーというものを描くために必要絶対条件ではないのかもしれないというか。

・もうちょいわかりやすくいってよ

ゆうきまさみ版のパトレイバーで「埋め立て地から眺める東京」というシチュエーションを描くのは、ゆうきまさみというカメラ東京に行ってそれを撮っているわけじゃなくて、

ゆうきまさみというカメラ押井守というレンズを介して、押井守の中にある過去の思い出の東京を撮っているんじゃないか? みたいな話

・わかりにくいよ。それは分かち難いもので、わざわざ分けて考える必要ある? それじゃあ、パトレイバーの巨大ロボットという幻想は、ゆうきまさみがそれを描こうと決めたからだけど。

それを、伊藤和典横手美智子はゆうきまさみというレンズを介してしか眺められないの?

・そんなことはないと思う

・じゃあ、押井守だって一緒だよ

そうかもしれない。けど、こうなんていうか、この被写体にこだわる必要がないというか

・違うんだって。まさにその押井守というレンズを外して撮ったパトレイバーが、まさに、じゃじゃ馬グルーミンUPであり、平成ガメラであり、ラーゼフォンであり、超機動伝説ダイナギガなんじゃねえの?

・なんかそう並べられると、ヘッドギアメンバー高田明美がいなさそうだけど、まあそれもそうなのか

・いやそれにしても、ダイナギガのオープニングアニメすごいよな

・「やっぱ人間少し歩かなきゃ」のところ、未だに月に一回は思い出す

・これ有名なアニメーターさんがすごい参加してるとかなの?

・おれアニメーターってよく知らないんだよなあ

あきらかにクオリティがすごいよな

・なんのはなしだっけ

アニメ面白いって話だっけ

・そうそう、アニメって面白いんだよ、ひもてはうすしか今期見てないけど

・「たいへんよくできました」

2017-09-22

リョナじゃなくて、内臓が無残に飛び出てるのが見たい。二次元ではなくて立体感のある写真で見たい。血生臭さが伝わってくるようなr-18g作品

可哀想というより、無慈悲理不尽殺人現場が見たい。絵を描くなら骨格から描かねばと臓物も付け足していったらどんどんグロくなった。同時に、そういう嗜好があると気付いた。肉片と化して人形のようで。

人間の体内には、悍しいほどの血と骨と皮がある。迸る体液。歪む骨。探してるのにみつからない。

2013-12-27

http://anond.hatelabo.jp/20131227145434

まぁだいたい合ってるのでいいんだが、よくわからんのが、

そもそも使役されていないよ・本を読んでいるのは「使われるだけの存在じゃない」アピールだよ派

⇒反論として最もまずく頓珍漢であり、人間女性にも人工知能にも失礼。レイシズム二乗してパターナリズムが入ってる上にSFの延長でものを考えちゃってる痛すぎるタイプ。正直これが一番ヤバい無自覚すぎて。

まず人工知能学習にあたって人間と同じように本を使うと思ってんのがもうオカシイ。本を読むというのは極めて身体性の高い霊長類ヒト科的行為であって、自炊してファイル読み込んでついでにクラウドあたりに接続して情報をバラまきつつ拾いまくった方が圧倒的に効率がよい人工知能がやることではない。

読書による学習をもって成長や自立性を表現しているという解釈自体が、イラストの人物を「ボディを持った人工知能」ではなく「血と骨と肉で出来ているのではない人工の【人間】」と無意識に見なしている。

ところで、使役されていない自由な人間普通掃除しながら本を読んだりしない。読みづらいことこの上ない。例外はこの時期の大掃除最中に押入れから出てきたマンガに捕まった時くらい。

まりこのイラストの【人間】は自分のやりたい事よりも優先させなければならない事(掃除)があり、その仕事の合間にサボりながら少しずつ自由を行使するしかない存在であることが前提されている。

これは過去奴隷として扱いを受けてきた全ての人間境遇のものに一致する。

彼らの言い分を踏まえてあのイラストを見ると、あれは奴隷的に扱われているアンドロイドではなく、人間召使の女を描いて「これは人間ではありません」という言い逃れのためにケーブルに繋いだものであるという見方をむしろ強めさせる。完全に差別

ここのパートですな。

結論として「こういう解釈もできるから差別的表現じゃない」って批判者に対して反論するのは無意味だと思うけど(この反論をする人はPC概念がわかってないと思うよ)、「そもそも使役されていないよ・本を読んでいるのは「使われるだけの存在じゃない」アピールだよ」という解釈のものにはまったく差別的要素を含んでないと思うけどねぇ。

検証してみよう。

まず、イラスト中の人工知能が「使役されている」存在であるというのが、勝手な前提だよね。

使役されていない自由な人間普通掃除しながら本を読んだりしない」って書いてるけど、むしろ使役されてない人間からこそ掃除しながら本読んだりするんだと思うけど。

掃除しながら本読むのは非効率」ってのも前提を勝手に作っている。どう考えても「掃除中に充電池の残量が足りなくなったから充電してるけど手持無沙汰だから本読んでる」って解釈のほうが普通でしょ。

そして手持無沙汰に読む本は、効率重視の電子書籍じゃなくてもいい。

それを踏まえて考えるなら、「読書による学習をもって成長や自立性を表現しているという解釈自体が、イラストの人物を「ボディを持った人工知能」ではなく「血と骨と肉で出来ているのではない人工の【人間】」と無意識に見なしている。」という推論からは、「イラスト中の人工知能は人間と対等な存在である」という結論が導かれるよね。

自分のやりたい事よりも優先させなければならない事がある」というのは、社会的責任のある大人なら当然のことで、むしろイラスト中の人工知能が周りの人間と対等であることの傍証だよね。

もちろん、上記したのは「可能な解釈」の一つにすぎない。でも、「イラスト中の人工知能は生身の人間と対等な存在として描かれている」というこの解釈自体差別的要素をはらむものだとは思わない。

問題は、「これ以外の解釈妥当性を下げる」ような記号が足りなかったことじゃないかな。

一応繰り返しておくと、この解釈ができるからって学会擁護することはできない、というのが全体としての結論だよ。

人工知能学会表紙批判への反論、を片っ端から論破していく

人工知能学会の表紙は女性蔑視

http://togetter.com/li/607736

ブクマ

http://b.hatena.ne.jp/entry/togetter.com/li/607736

人工知能学会の表紙が女性アンドロイド家事掃除)をしているものデザイン変更した、というニュースを受け、そのイラスト性差別的なものであるという批判が出ている。

その批判ツイートまとめに対して、ブコメ擁護する向きの反論が噴出している。

ここではその「批判への反論」を片っ端から論破していきたい。

片っ端っつっても個別に全部取り上げると大変だから、テキトーにまとめつつ。

前提:イラストそれ自体への突っ込みどころ

市場ルンバが出回っている時代に何で掃除機ですらなくホウキ掃除

市場ワイヤレス充電パッドが出回ってる時代に何でぶっといケーブル…

洗濯洗濯機が、飯炊きは炊飯器が、掃除ルンバが洗い物は食洗機風呂自動給湯機が担当する時代に何で実物女性と見間違うようなガイノイド


これらのツッコミから導き出される結論はどう考えても、「要するにお前の趣味なんやろ?」しかない。

身の回りにこんな大人しげで世話焼いてくれるかわいこちゃんがいてほしい、作れるもんなら作りたい」以外の何物でもない。

同人誌ならそれでもいい。「ああそうだよ趣味全開だよあんなこといいなできたらいいなだよ!ファンタジー世界だよ!悪いか!」でもいい。

しかし物は専門誌である学会誌なのである

「俺らはかわいこちゃんが世話焼いてくれたらいいなと思っています!」というごく個人的な欲望以上に、伝えなければならないものが山ほどあるはずの雑誌である

それが表紙からこの体たらくしかも専門研究者であるはずの関係者間で多数の支持を得ての採用ときたら、物議を醸すのは無理もない。

一般にアピールって何をアピールする気なんじゃ気持ち悪い、という突っ込みは当然のものなのである

研究者が夢を描いて何が悪いの、ブサイクロボとか嫌でしょ派

擁護なのか後ろから味方を撃ってるのかわからん

明らかにその「夢」は「本物の女は自分の思い通りにはならない理想じゃない存在で気にいらない」という前提に立った、ごく個人的で身勝手な願望だ。およそ肯定されていいもんじゃない。

「あたし女だけど別に夢に走ってもいいと思う。女だってイケメンいると士気上がるし」的な類は完全に背中から撃ってる。

女性型の方が身の回りの世話をするのに何かと都合がいいよ派

⇒そういうのをジェンダー差別って言うんだぜ。

洗濯機スイッチを押すのに男性型ロボだと何か不都合でもあるのか?

自身の差別的感覚を損ないたくないがために文句を言わない従順な「女性ロボ」を求めるってのは差別的だ。

女性型ロボで差別なら男性型ロボだって差別なんじゃないですかねえ(嫌味)派

⇒その通りで、イケメンロボがホウキ片手にケーブルで充電中幸薄そうな目でこっち見てるイラストであっても、冒頭に挙げた「イラストそれ自体への突っ込みどころ」を一つも回避していない以上堂々のアウトであるジェンダー差別セクシャル差別回避できてない。

余談だが、この手の突っ込みを入れる連中は九割方「男性型ロボだって差別なのに、こいつら男性型だと抗議とかしないよな」という逆恨みのようないちゃもんつけに来て話を逸らしたがってるあたり、ミソジニーこじらせすぎだと思う。

要するに「女の美少女ロボ嫌悪嫉妬)」なんだろ?自分立ち位置奪われるのが怖いんだろ?派

⇒お前は何を言っているんだ。

表紙絵の募集要項

日常の中にある人工知能」というコンセプトで、掃除機人工知能になっていることを表しています

ってな趣旨だったんだぞ。早い話が、ルンバに目鼻がついた的なマスコットタイプ進化形でも十分だったはずだ。

そのコンセプトに頼まれてもいない美少女要素をつけたさせた欲望が身勝手すぎて気持ち悪いって話なんだよ。

嫉妬? 立ち位置を奪われる?

こんなキモイ欲望を身に受けたい、受けられなくて悔しい、代わりに欲望されているあいつが憎いなんて思う奴がいるかよ。どんだけ飢えてんだよ。

外見が女だからってついてないとは限らないだろう派

⇒お前は何を言っているんだ2。というか、お前は何を突然自分性癖を開陳してドヤ顔してるんだ。露出狂か。

それともまさかついてなければ(ついていると確認できなければ)セーフだと本気で思っているのか。

ついてるついてない議論に持ち込んだ時点で「学会機関誌の表紙に載せてしまう程度には総力挙げて性奴隷AIを目指している」ことは肯定してしまうんだがそんなこともわからないのか。

そもそも単純に、ジョークにしても下品だし気持ち悪いとか思わないのか。

同人誌の読み過ぎなんじゃないのか。

そもそも使役されていないよ・本を読んでいるのは「使われるだけの存在じゃない」アピールだよ派

⇒反論として最もまずく頓珍漢であり、人間女性にも人工知能にも失礼。レイシズム二乗してパターナリズムが入ってる上にSFの延長でものを考えちゃってる痛すぎるタイプ。正直これが一番ヤバい無自覚すぎて。

まず人工知能学習にあたって人間と同じように本を使うと思ってんのがもうオカシイ。本を読むというのは極めて身体性の高い霊長類ヒト科的行為であって、自炊してファイル読み込んでついでにクラウドあたりに接続して情報をバラまきつつ拾いまくった方が圧倒的に効率がよい人工知能がやることではない。

読書による学習をもって成長や自立性を表現しているという解釈自体が、イラストの人物を「ボディを持った人工知能」ではなく「血と骨と肉で出来ているのではない人工の【人間】」と無意識に見なしている。

ところで、使役されていない自由な人間普通掃除しながら本を読んだりしない。読みづらいことこの上ない。例外はこの時期の大掃除最中に押入れから出てきたマンガに捕まった時くらい。

まりこのイラストの【人間】は自分のやりたい事よりも優先させなければならない事(掃除)があり、その仕事の合間にサボりながら少しずつ自由を行使するしかない存在であることが前提されている。

これは過去奴隷として扱いを受けてきた全ての人間境遇のものに一致する。

彼らの言い分を踏まえてあのイラストを見ると、あれは奴隷的に扱われているアンドロイドではなく、人間召使の女を描いて「これは人間ではありません」という言い逃れのためにケーブルに繋いだものであるという見方をむしろ強めさせる。完全に差別

じゃあどうすれば良かったのか

・「あんなこといいなできたらいいな」ではなく、「自分達がやっていることでは今こんなことができる/近い将来こんなのもできそう/遠い未来でこんな流れは避けられないかもしれない」を踏まえた作品を採用するべきだった。

チューリングテストの成績とが調べてると面白そうな話がゴロゴロ転がってるのに、何でよりによって女性型ホウキマシンなんだよ。アホか。もったいない

具体的に

・そもそもヒト型である必要がない

だって掃除ロボだよ!汎用家事ロボットじゃなくて!!

人間のかたちをしたもの掃除させる」って構図になる限り、奴隷制肯定って突っ込みは絶えないよ!

・ヒト型であったとしても性別がわかるようなのじゃなくていい

人型だけど性別なにそれ美味しいのみたいなデザインはいっぱいある。技術耐久性が許すなら、棒人間とかおでんマンにちょちょいと顔をつけたようなのだって別にアリだ。

オリエント工業に外側発注しちゃいましたみたいな見かけである必要全然ない。

2013-07-04

http://anond.hatelabo.jp/20130704160715

モロにそういうタイトルではないにしても、そういう内容の映画って山のようにあるじゃん

崔洋一の『血と骨』(原作梁石日)なんかも、視点変えればそういう話だし。

 
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