はてなキーワード: 上京とは
もともとは某インフルエンサー主催のコミュニティにて仲が良かったメンバーが始めたもので、コミュニティが立ち上がった当初は、みんなできゃっきゃきゃっきゃ言いながら、いろいろなことを書き込んでいた。某インフルエンサーのコミュニティにて我々の「派閥」は排除のような扱いを受けていた(嫌われていた)こともあってか、最初は新しい地で自由を得たような気分だった。毎日がワクワクしていた。
ああ、世界史で習ったアフリカやらアメリカやらに未開のフロンティアを求めて冒険の旅に出たヨーロッパ人たちって、こういう気分だったのかなって思う
コミュニティは評判になっていたようで、日を追うごとに人も増えていき、チャンネルによっては発言が活発になっていく場面も増えてきた。
「俺たち独立して成功じゃねえか?」とさえ思っていた。某インフルエンサーのコミュニティより、こっちの方が楽しいぞ?
人も発言も活発だし、俺たちを嫌ってくるやつはいねえし、毎日が楽しいぞ?と。
だが、楽しい期間はそんなに長くは続かなかったな。
その後、様々な問題が発生していった。まあ主には人間関係の問題である。
あいつが嫌い。あいつがむかつく。誰々が〇〇。わたしも御多分に漏れずその一人であった。誰かのある行動がとても嫌だったし、その反面嫌われてもいた(何なら、今も一部メンバーには嫌われている)
コミュニティである以上人間関係のトラブルはつきものである。そのたびにSlackベースでテキストチャットしか出来ない当コミュニティは荒れに荒れ、人が一人、また一人と抜けていく。
ごくごく稀に、既存メンバーの紹介で新しい人が入ってくれることがあっても、そのあまりの人間関係の閉鎖性とコンテンツの少なさに1週間もしないうちに籍だけを残して消えていく。そりゃそうだ、縁の薄い人から見れば、こんな山間の小さな限界集落に籍を置く理由はない。それよりは都会で遊んでいた方が楽しいに決まっている。
つい最近も「〇〇さんに子育てマウントを取られるのが嫌だ」という理由で離れてしまった友達がいた。その人はかなり長くコミュニティにいてくれた人だ。
明確な離脱を宣言してはいなかったが、おそらくはもう戻ってこないだろう。その後近況をLINEで聞いたが「コミュニティのみんなとチャットで交流していた時よりも、めちゃくちゃ元気!」と言っていてなんだか泣けてきた。
3年以上経った現在では、もう完全に良くも悪くも気心が知れてしまった古参メンバーたちの雑談スペースと化している。
私たちはSlackを使ってコミュニケーションを取っているが、ここがSlackではなくDiscordだったらなと思う時がある。別に会費を取っているわけでないので、Slackでも有料プランなんかは使えない。よってハドルミーティングは使えない。
音声通話が使えない。ゆえにすべてテキストチャットになる。テキストコミュニケーションの限界はみんなも知っているだろう。伝わるものが伝わらない。意図通りに伝わらない。コミュニケーションの齟齬が生まれて喧嘩に発展する。何度も見てきた。
これがもし音声なら、テキストコミュニケーションにて発生する齟齬も即座に音声のコミュニケーションを行うことで解決出来るし、荒らしが発生することもない。スレッドが汚されることも少ない。
音声を日常的に使えなかったのはとても悔しいし今となっては後悔が残る。このコミュニティでテキストコミュニケーションの限界を何度も見てきたからである。
わたしは、こんな仮想空間のコミュニティに1日数時間、それも数年以上も時間を費やしてきたのか。結果的に何を得たんだろうか。その時間があればもっと有意義なことができたのでは?(結婚、勉強など)と考えると気が狂いそうになることがある。これを題材にウシジマくん一本書けるんじゃねえか。バーチャルな世界。ガラスの向こう側の友達をずっと本当の友達と思い続けたとある男性の人生(タイトル:SNSくんとか)
この数年、毎日Slackを開いては、○○さんがむかつく。○○さんが正しい。お前の意見は間違っている。自分はこう思う。いやそれは違う。そんなことばかり繰り返してきた。感情が揺さぶられることばかりで、仕事中も休憩中もコミュニティのことばかり。気づけば時間ばかりが溶けて行った。その間に他のメンバーは家族が出来たり、子供が出来たり、収入があがったり、別の友人が出来ていたり、リアル世界にも友達が出来たり人生が進んでいく。人生進んでいないの自分だけ。
なんなんだよもう。スマホは人生を便利にしてくれるんじゃないのかよ。
オンラインの世界に身を投じて世界を広めるつもりが、知らないうちに籠の中の鳥になっていた気分です。
自分もこのコミュニティをやめようとは何度も試しているが、とても胸が苦しいんだ。やめると自分だけ世界から取り残されたような気持ちになってしまう。他のみんなは、どうせ自分たちの世界がある。家族もいて楽しくやっているんだろう?って。
でも自分は画面の中がすべてな所もある。つらい。
四国の田舎に生まれ育つ。家族は父母姉弟。父母とも教員。父親は強めのASDで、友人知人はいないし、聞いたこともない。表情に乏しい。他人と目を合わせて話すのを見たことがない。小さなことで突然烈火の如く怒鳴り始める。
母親はASDとADHD併発。空気を読めず、その場で言ってはいけないことを平然と言う。おっちょこちょいだけど憎めない人、みたいなキャラだが、それは半分は本当で、もう半分は計算して演じている感じ。
姉弟とも友人はほぼいない。姉は結婚したが夫はかなり変わり者。弟は引きこもり。
人生振り返ると、
生来のASDもあって、中学高校くらいから徐々に高度化する人間関係についていけなくなる。友達は薄く浅く。運動部だったが、たまにうっすらいじめられていた気もする。空気読めないしつまらないし、人間関係で当たり前のギブアンドテイクみたいなことを理解できないので、好かれなくて当たり前だったとおもう。根本的に頭も体も鈍臭いので、田舎の低レベル進学校の中でも最下位争いをするレベルで成績が悪かった。受験では聞いたこともない大学にも落ちた
浪人して、仲間に恵まれたのと、ASD特性がいい方に生きて偏差値70くらいの国立大学に合格する。すごく頑張ったし、先生仲間に頼り頼られ、自己肯定感を回復する素晴らしい経験だった。
大学で上京したが、育ちの悪さ・頭の悪さから当初うまく馴染めず、部活に入ってなんとかキャラを確立する。世間的にはかなり高学歴なので、調子に乗る。他の大学の人を見下す。
根本的に地頭わるいので、普通にやって単位が取れない。ギリギリで進級していくが、4年では卒業できず、5年通う。当然、ASDなので就活も苦戦する。キャラ擬態して途中まではうまく行ったりするのだが、やはりバレるね。プライドだけは高かったが、三菱商事も最終で落ちた。
で、結果部活のコネで聞いたことない中堅IT企業に入社。大学同期から見ればかなりの負け組。プライド的にはかなり苦痛だったが、他に内定取れないので仕方ない。まあ可もなく不可もなく薄給で仕事するが、営業に配属されてから苦難の道で、パワハラ受けて鬱休職2回、計3年近く。今思えば営業なんて絶対ダメだよな。部分的には擬態できても本質はどうしようもない。
で、いまは復帰してなんやかんや管理部門で仕事してる。出世も大幅に遅れ、もはや別に努力しようとも思わないし、適当にやっているだけ。地方国立大出身の同期が頑張って出世しているのを見て、入社時はこいつのこと低学歴って内心バカにしてたなぁとか思い出す。
実家の両親は、おれが休職のとき無神経な行動を執拗に繰り返してきた事に愛想がつき喧嘩別れして、そのまま。老人になると仕方ないのかとも思うが、関わるストレスに耐えられない。
恋人は30過ぎてから2人だけ。別にすごく好きとかなくて、暇だった時に遊びで適当に引っ掛けた女と、向こうからすごく好きになられた女。どちらも別れた理由はしょうもないものだが、俺がASDで、急に気が変わって強く怒鳴ったりしたのは愛想尽かされた大きな要因だと思う。好きでもなかったので性欲の捌け口にできればよかった。(具体的にそこまで考えてはなかったが、感覚としてはそんなもんだったと思う)
休職中に仮想通貨投資に手を出してうまくいき、いま資産は8桁後半位。これはASD気質がかなり生きたと思う。
ソコソコ都心の1LDK 家賃18万ちょいに住む。30ちょい位までの薄給時代に大学同期へのコンプレックスが強かったから、ソコソコいい家でおしゃれな暮らしをしたかった。
美容も興味あり、ヒゲ脱毛、クマ取り、美肌レーザーなど。自毛植毛もした。
資産は別にあるので、給料は気にせず使っている。預貯金は2〜300万しかない。
1人でいるのは苦ではなかったので、コロナ以降はほとんど1人行動になった。ごくたまに友達とか昔の同僚とゴルフ行くくらい。
ただーーー
ここにきて、強く強く孤独を感じる。マジ辛い。人生のやる気がマジでなくなった。目指すものがない。
大学同期に比べて、独身子なし、年収も低く、金もない、不動産もない。
社内では仕事できないおじさんルートへ進もうとしている。どんどん無気力になってきているし、頭の回転が異常に遅くなってきている。
仕事する意味が分からないから、小さなことでもマジでやる気出ないし、いかに屁理屈こねてサボるかしか考えてない。客観的には自己肯定感の意味でこんな仕事の仕方はやめた方がいいのだろうが、もう気力も湧かない。
誰にも求められず、孤独に死に向かっている。
たとえ資産が今の10倍になっても、100倍になっても、根本的には何も変わらないだろう。
休職中に金に困ってた時は「金さえあれば」と思ってたし、それが仮想通貨への熱量になっていた。
いまは本当に辛い
普通に地元の大学を出て、地元の会社に総合職の立場で就職したんだけどそこが最悪だった。
まず残業代が出ない。
というか、勤怠に定時以外の時間を書いたら詰められる。
飲み会で隣に座らされ、肩に手を回されたり身体を触られたりする。
怒ったりすると「空気読めないやつ」「真面目ちゃん」みたいな扱いをされる。
年始のイベントで新卒の女性社員(の綺麗どころ)は和服を着せられて、檀上で社長に酌をさせられる。
例えばセクハラとか会社の外でやったら逮捕されるようなことが横行している異常な会社。
誰もそれを止められない異常。
上京して初めて知ったのは、残業代が出ること。嫌なことを嫌だと言えること。努力がちゃんと評価されること。
当たり前のことが、地元ではまるで許されていなかった。
それだけの話だと思う。
どうも妊娠したらしく、しかも相手は妊娠が分かってからすぐに音信不通になったようでどうにもならず、とりあえず休学して地元で産むんだと
流石にアホすぎるだろと思うんだけど、こういうのは性教育とかで防げるもんなんかね
東京なんてほんとロクでもないところだな
ワイの嫁なら多分こういうだろうな。
ワイは惚れた弱みも東京でなんとかやったるでという想いも強かったので、結局結婚を機に彼女は仕事を辞めて上京し、ワイは一馬力で頑張った。
社会人経験があるので社会人としていろいろとやるせないことがあったり理不尽なことがあったりするのは嫁も理解してくれて、その点は直結婚の人よりずっとやりやすいんだろうなって思う。
まあ、新婚の時に住んだ家は自分の収入だけでかろうじてなんとかなる2LDKだった。駅からは遠いが、それは値段相応。
後に収入の高い仕事に転職して時運も味方して、今はかなり余裕で妻子を養っている感じになってる。
彼女が働いてたら収入の高い仕事への転職はなかっただろうなって思う。
地域の移動も含むような転職だったので、彼女が働いてたらそこをやめないといけなかっただろうし、そしたらかなり難色を示されたんじゃないかなと。
という事実を日本のクオリティペーパーこと朝日新聞が明らかにしてくれたね。
https://b.hatena.ne.jp/entry/s/www.asahi.com/articles/ASV3W242KV3WULLI017M.html
その場のノリで「いいよ」と言われたが、1週間後には「別れよう」と言われた。
その場のノリとか長続きしないとか言っても、異性と付き合うことができるのが弱者女性。
対して弱者男性は付き合う以前に人間としてすら認識されてないので、告白なんてしようものならセクハラとして通報されるのがオチ。
その後両親が離婚。が、祖父のパワー?でなぜか一軒家が建ち、そこに母と私と妹が住み成人するまで住まわせてもらった。
が、母は実家と馬が合わず、母方の実家も出た。今はどこに住んでいるか知らない。
前置きが長くて申し訳ないが、このような場合私に取っての「実家」とは一体どこを指すのか。
育ちという意味では、実際に過ごした田舎町がそれだが、既に縁もなくおそらく今後も戻ることはない。
一方で母方の実家をそう呼ぶにも、母もいないし、自分にとって実家という実感はない。
ので、こうなると実家?ってなに?みたいな感じになり、毎回「それなんて答えるのが正解なんだろう」みたいに一瞬の間を作ってしまう。
良い答え方があったら知りたい。聞く側としては「どこで育ったの」ぐらいのニュアンスなんだろうから、素直に田舎町を言えば良いのかも?
少し前にネットのニュースで、「地方から東京に出てくる大学生の親が家賃の高騰で仕送りが
大変になってる」みたいな話をみたのだが
みたいな感じのものが多くてアレだった
それにしても、こいつらってなんでこういう叩き方してるんだろう?
・自分は金かけてもらえなかった、親に金払ってもらって東京の大学行ける奴らが
クソ羨ましいという妬み
・元々東京住みの既得利益がある奴らが、上京してくる人間が増えることで
家賃が上がるし住みにくくなると思って腹立てている
自分が思いついたのってこんなくらいだけど、他にどんな理由あるとおもう?
・・・と、ここまで書いてGeminiにもどう思うか聞いてみたら
・無理して東京に出てきたのはお前(と親)なんだから生活苦については甘えるなという自己責任論
・自分は高卒もしくは奨学金とバイト漬けで苦労したのだからお前もしろ的な、他人の楽が許せない心理
・地元の大学に進んだ人や、大学進学を諦めた人が、「自分の過去の選択は間違っていなかった」と
・「家計が苦しいのに無理をするのは合理的ではない」という「正論」という武器に快楽で叩く心理
ということを指摘してきて納得してしまったよ
とにかく東京に行って芸能人に会いたい!みたいなノリで、何の計画性もなく上京して、カフェや服屋のバイト→給料少ないから夜職に→後は堕ちてくだけ、みたいなの山ほどいるから。
昔山口メンバーがやってた「ボンビーガール」って番組でも、まあヤラセもあるだろうがあまりにも何も考えてない子が多かったもん。
もちろん男でもそういうのいるけど、やっぱり地方の女の子はワンチャン結婚すれば自分は真面目に一生仕事しなくてもいいしって思想がまだまだ強いし、単にやるというよりはその中から結婚相手見つかれば…みたいな皮算用はあると思うよ。
男の場合はまだ(無謀だとしても)アニメ関係の仕事したいとか音楽やりたいとかあっても、田舎の女子は特にそういうのもなく、男見つければなんとかなるって思ってるのは多い。
昼過ぎは4月にやめる予定の蕎麦屋のバイトに行ってきた。かわいい子が2組来たんだけど、タイミング悪くてむさくるしい男の接客をすることになってしまった。かわいい子の接客をして連絡先交換したかったなー。あと久しぶりに同郷のmちゃんとめしくえてよかった。お菓子の話で盛り上がった。バイト終わりは、群馬に帰って保育園で好きになって中学で付き合ったsとkと飲みに行く予定だったけどうまく人が集められなくて中止になってしまった。俺は三人でもよかったけど、ぐだっちゃったからかなー?会えなくて残念、同窓会で迷惑かけたの軽く謝りたかったのによー。まあ、また今度ってなったしいつか会う機会もあるでしょ、てか作る。ふつうにあいたいしね。でも、中学の時は返信が遅いとかそんなことはなかったのに、年月って人を変えるんかな、自分がかわいいことを自覚して増長しちゃったのかなーって思って悲しくなった。昔は、かわいさを鼻にかけずに誰にでも優しくて八方美人過ぎて嫉妬することもあったんだけども、そんなところが本当に好きでいいところでもあったんだけどね。東京に出て、サークルやバイトとかでよくない方向に曲がってしまったんかな。上京するっていいことばかりではないんだよね。って言ってるけど、よくない方向に曲がった云々は俺の妄想であって返信が遅いっていう一つの要因だけで、俺の経験したカス女と勝手に重ねてみていて、実際はどうなのかは本当はわかんないんだけどね。本当にひねくれてしまったのは、神奈川に出てきて治安悪い感じになってしまったおれのほうなんでしょうね。残念ではありましたが、時間は有限。とくに大学生のという人生の中で4年しかない貴重な時間の2年をもう使ってしまっているのだから、あと二年悔いのないように過ごしたい。決して中学高校時代のような、ゲーム三昧で振り返ってみれば何も残っていない、そんな生活はしたくない。であるから、暇な時間といえば、やはり学科教習にかぎる。はやく車の免許を取りたい。今となって考えるなら、高校卒業して大学に入学してすぐに取っておけばよかったと後悔している。免許を取ってしたいことがあるかと聞かれれば、別にとくにあるわけではないんだけど、地元に帰ってきたときに女の子と車でデートとかなった時に女の子に運転させるのがダサすぎるから、俺が助手席に乗って「もう、恋なんてしないなんて」の歌詞みたいに、別れた後に左に少し戸惑ってみたいね。これらのことより、一日でも早く免許を取って女の子を隣に乗せたいよね。まだ、乗せる女の子もいなければ、車もないんだけどな。しかし、ここ最近はもっぱら教習ばかり見ているから、趣味は何ですかって聞かれたら教習になるな。まったくもってちゃんと見てないんだけどね。教習見ながら「遺書公開」と「きさらぎ駅」見てしまったね。遺書公開は、結構おもしろかったし、いきなりクズに代わるときの表情とか演技はよかったと思うんだけど、コメントではやりすぎとかオーバーすぎるとかいうコメントが多くて悲しかった。若い子が頑張るのはいいことだろ、老害が邪魔だけはすんなよ。今日日記を始めようと思ったのも遺書公開で日記が重要な手掛かりになっていたからなんだよな。もともとおれは、思い出を大切にするに人間だから日記は初めてみたかったし、いいきっかけになった。これをいつか見返す日が来て懐かしくなって、書いてよかったなって思える日が着たらうれしいな。初めて書く日だから、こんなに長く書いたけど今後はもう 昔の話とか必要最低限で出来事とか感情メインで書いていくことをここに宣誓します。読んでくれてありがとう。