はてなキーワード: ジャスティスとは
このポストで書いた話が、同志社国際高校の修学旅行でのいたましい死亡事故に対する論評で登場している。
(本人たちに自覚はないかもしれないが)左派のインフルエンサーは、「この件を持って平和教育を後退させてはいけない」みたいな主張をネットにポストしている。が、全く的外れで関係ない。
同志社国際高校(ひいては同志社大学)は、学校法人として、学校活動(修学旅行も含む)における在校生の安全確保の義務があるにもかかわらず、業として船舶の運行を行なっておらず、そのため安全確保のための体制が整備されているかを確認できない任意団体(活動家)に、海上での航行という予見可能な危険を伴う活動を委託したことが問題。
これはジャスティス(学校法人としての法的な義務)に属する問題で、平和教育を重視するか(個人としての倫理、モラル)以前の問題だが、左派系の人は、自分の主観(今回は平和教育)をジャスティスとし、法的義務の履行をモラルと(無意識に)位置付けてしまうために、上記のようなちぐはぐな反応が生まれる。
ネットで意見を言うだけなら、言論の自由があり、ちぐはぐでも一向に構わないのだが、もし今回の件で、学校関係者の一部にジャスティスとモラルの混同があったために、今回のような事故につながってしまったなら、子供にサービス提供を行う各種法人に同様の緩みがないかは、確認しなければならない。
ドキュメンタリー映画「ブラックボックスダイアリー」での裁判資料利用の件を、(映画のことをよく知らないとした上で)上野千鶴子が、モラルと正義(ジャスティス)の衝突の問題と論評していたのが、興味深かった。
社会思想の研究者は、しばしば思想家になってしまって、自分の価値観でしかない己の思想を規範(の論理的帰結)と認識する。(まあ、そうじゃないと思想が自分にとって客観的存在にならないので、学問の対象にできない。)
だから映画公開の目的に対して「ジャスティス」という評価が出てくる。そうすると、他人から借りた裁判資料や録音の利用範囲についての私的合意(法律的には契約)の遵守はモラルになる。(ただし、報道での録音の公開に事前同意が必要かは知らない。)
思想や価値観を主観とみなす一般のマス層には、モラルと(法)正義の対象が逆になるので、認識のギャップが生じる。
話は飛ぶが、左派系の選挙運動(蓮舫のRシールとか、抗議活動での公道の占拠とか)が、マス層に忌避されるのは、この認識のギャップが理由。
もっと話は飛ぶが、中道の落選議員で左派でない人は、旧民主党左派と組むのは諦めて、一から新党を作る方がマス層にリーチしやすくなるので、彼らにとっての未来がある気がする。
なあああにが「こちらからは以上です。」だよ。ふんすふんすしてんな。
バカは黙ってろよまじで。
お前のチンパン頭で考えたカス論を適用するとお前は差別に負けるんだよ。
いいか?
って論を立てるだろ?
・ベネフィットは「社会全体」「将来世代」「自分が高齢者になったとき」に主に表れる
「妊娠する女」「子持ち家庭」「子ども」は、「コストを生む役割の人たち」として扱われ、不当な扱いを受けるようになる。
これは「集団行動のジレンマ」というやつで、「集団全体で公平に分担した方が長期的には得なのに、短期的なインセンティブのせいで排除が安定する」ってやつだ。
そして「構造的差別」や「排除の合理化」とも呼ばれる差別でもある。
妊娠する側が「女はリスクを負ってるんだから男はリソース出せ」みたいな言い方をすると、こういう単純なゲームモデル論ですら普通に殴り負けるじゃん。
「リスクを負ってる側=常に他人のリソースを要求する側」に見えるから、「じゃあそんなプレイヤーとは関わらない/雇わない」が“合理的”って話にされやすい。
そしてそれは多くの場合実際に行われる。しかも見えない形で合法に。クソだろ?
つまりお前が書いた文章は差別の再生産に寄与してる。だからクソ文って言ったんだよ。
本来は、性・生殖の話を「女が男から何を取れるか」「誰が損をするか」という取引レベルじゃなくて、「どの集団が構造的に損をさせられているか」「その構造を変えるべきか」という社会正義のレイヤーに引き上げるべきなんだわ。
こういう枠組みを「リプロダクティブ・ジャスティス」って言う。妊娠・中絶・出産をめぐる権利の話でよく引き合いに出されるけど、「女が妊娠リスクを一方的に背負わされている構造」って意味では今回の論にもそのまま使える。
女がリスクを負ってる構造そのものは実際にあって、それによって構造的に女が損しがちなのも事実だろ。それが不満で今回みたいな文章を書いたのは分かる。
でも、その正しさをみみっちいテイカー() だの ギバー() だのといった下らないフレームに落とし込んだ瞬間、ゲームとしてはむしろ女が不利になる。そこがやり方としてダメなんだよ。
お前が「不公平だ」と思ったこと自体は、社会正義として是正されるべき話だと思う。
ただ、それを「男にもっと尽くせって道徳の話」にしちゃうと、構造の問題が個人間の損得と好みの話に矮小化されて、結局、女自身の首を絞めることになるんだわ。
エンターテイメントサービス精神旺盛のジェームズ・ガン映画だった。84点
この映画は失敗作といっていいと思う。
いろんな要素はあるけど根本は2つ。
1について。
これら2つはレックス・ルーサーが糸を引いているのだが、映画内では特にコネクトしない。
1は「現代のスーパーヒーローが本当に救うべきなのは誰なのか」という問いかけ。
2は「スーパーヒーローがスーパーパワーで世界の危機を救う」というお約束。
そしてこれらをうまくコネクトできていないことで、作中でこの大きな2つの主題を別々でこなす必要に迫られている上に、SNSでの攻撃、陰謀論、現代にスーパーヒーローが考えるべきこと、移民問題と現代映画で語るべきことをすべて盛り込んでいるので作品がめちゃくちゃ忙しくなっている。
2について。
ガンは露悪の作家であり、チームの、最低でもコンビの作家である。
その特性はスーパーマンと食い合わせがすごい悪い。スーパーマンは完全に善意の人だし、一人で戦う。
そこでガンはスーパー犬のクリプトとジャスティスギャングを投入した。
おそらくクリプトだけならまだ大丈夫だっただろうけど、露悪でチームの作家であるガンのよさを一番引き出せるジャスティスギャングを出さないということはガン的に難しかったのだと思うのだが、その結果、彼らの見どころをちゃんとたっぷりつくらないと行けなくなった。
実際彼らはめちゃくちゃ魅力的だ。ガイ・ガードナーは下品でバカだけどナイスガイだし、ホークガールはイカれてるし、テリフィックは天才不憫で着てるジャケットに「FAIR PLAY」とデカデカと書かれているのもイカす。そして全員めちゃくちゃ強いくて格好いい。
だが、その結果、やっぱり映画がめちゃくちゃ忙しくなっている。
2つの問題の共通点は「作品がめちゃくちゃ忙しくなっている」ことだ。
特にこれは冒頭40分くらいに顕著で、
・スーパーマン談義
とこれだけで十分映画一本撮れるだろ!という内容がギュッとされている。
実際、トレーラーに出てくる「面白そう」なシーンはほぼここに全部入ってる。
その結果、全てのシーンにタメも余韻もなく「スーパーヒーロー映画RTA」のようになってしまっている。
エンタメ要素だけ見れば十分満足できるんだけど、サクサクすぎて印象に残らない。
コース料理食べに行ったら5分毎に次の料理が出てくる感じ。急ぎすぎィ!まだ子供が食べてるでしょうが!
まぁ大バッシング後からちょっとずつ話が落ち着いてきて最終的にはいいテンポになるんだけど、この序盤は面白シーン連発のはずなのに全然アガらず、逆になんか盛り下がってしまった。
皆様ご存じ系ヒーローのオリジンどうする問題を今回は「冒頭3分で全部ナレーションでやる」という力業で解決しているのだけれど、それでも私たちは「今回のスーパーマンはどんな人なの?」ということはわかんないわけ。初戦でボコボコにされてそれをタコス屋のおっちゃん(後にキーマンになる)に助けられる展開がある。トレーラーでも印象的に扱われていたシーン。そこで、この人は前に助けた人なんだよと説明があるんだけど、そのシーン見たかったわ~説明だけじゃ感情移入できないわ~ってどうしてもなっちゃう。
登場人物を増やしていろんな設定を盛り込んで全部消化しようとした結果、どれも美味しいはずなのにちょっと食い足りない感じになってるのはスゴイもったいない。やっぱりジャスティスギャングは次回以降か、SVBのワンダーウーマンみたいに最終戦で助けに来るみたいな感じでよかったんじゃないかと思う。
後はトレーラーでも印象的に扱われていた少年がスーパーマンの旗を掲げるシーン。あそこで初代スーパーマンのテーマが流れて流石にエモすぎるだろ!となった結果、どうなるのかというところ。あそこはガンによる「世界をスーパーマン一人に背負わせない」というポジティブなメッセージとDCUの世界観説明として完璧に機能していると同時に、さすがにあのエモさでガン特有の「ズラし」をするのは違うんじゃないかという両面でモヤモヤした。
今作ではスーパーマンの真の使命として「地球で愚かな民を支配し、種付けしまくれ!」と両親が言っていたことが明らかになりこれによってスーパーマンはバッシングされ収監されることになる。しかしスーパーマンはそのことを知らず「自分は確かにエイリアン(移民)だが、この国で育ってこの国を愛している。誰から生まれてそいつがなにを言ってるかなんか関係ないんじゃないか」という移民バッシング批判とガンの命題である「家族という呪いからの脱却」へのアンサーを出していて、これ自体はガンらしくてよかった。
SNSでスーパーマン批判キャンペーンを展開しているのがガチのおさるさんだというのもSNSでディズニーを一度は追い出されたガンらしい皮肉が効いていてよい。
あと、やっぱクリプトね。スーパーマンレベルの力を持った犬なんだけど、マジで犬。しかもバカな犬。かわいいバカ犬。クリプト見るためだけにこの映画見ていいまである。クリプトをこうしたのガン天才やと思うわ。
そしてレックス・ルーサーとかいうめちゃくちゃ一般人な天才。増田やってそう(ヘイトスピーチ)。今作では基本的にスーパーマンを圧倒する頭脳を見せるのに、ウルトラマンの操作をコマンド式にしたり、国を買い取って自分の王国を作ろうとしてたり、ブロンドで乳がデカいバカ女ばっかりと付き合ってるし、スーパーマンを憎むのは「あいつばっかりちやほやされてムカツク」という承認欲求から。そして最終的にクリプトにボコボコにされて泣き出しちゃう。か、かわいい。ニコラス・ホルト天才やな。
ガン映画の一番の魅力である登場人物のすばらしさに関しては言うことなし。満点。
GotGで見せたアクションの面白さも健在だし、エンタメ映画として必要なものは高い水準で全部入ってる。
この映画は俺は失敗だと思ってるけど、面白い映画を見たいなら絶対に見るべきだと思う。
なんか失敗扱いになっちゃったけど俺はDCEUも好きだったし、DCUも応援したい。今のところ全部面白いし。
今作はDCU最初の映画ということでいろいろ無理やり詰め込んだ結果こうなっちゃったのかなとも思うし、今後しっかり腰を据えた映画がこのクオリティで作られていくことを期待したい。
これは言い方が悪かったと思ったので少しだけ訂正した
確かに「冒険もの」と書くと、舞台が地球・現代とは違う世界と限定してしまう呼び方だ
しかしなんていったらいいかわからんが、当時のジャンプ連載は(特に新連載は)既存のジャンプ路線を踏襲したものばかりという印象を持ってた
変に盛りたいというよりも、10年以上ジャンプ読んで毎年現れる新連載の中で、
鬼滅にだけ非常に世界観が確立されている印象を受けたのと、そこを斬新に感じたことを言いたかった
ちなみに前年2015年に掲載されてた作品で明るい雰囲気のもので挙げると
「SportingSalt」「卓上のアゲハ」「E-ROBOT」「ハイキュー!!」「食戟のソーマ」「ニセコイ」「斉木楠雄のψ難」「デビリーマン」「ベストブルー」「レディ・ジャスティス」「バディストライク」「ウルトラバトルサテライト」
等々あったよ
岩城敏明の「カガミガミ」はどっちかな
おどろおどろしい世界観をキャラの明るいギャグで中和してる雰囲気だったな