はてなキーワード: ギターとは
作曲者が印税を受け取る一方で、非作曲メンバーが演奏料(実演家印税)のみになるという「収入格差」は、多くのバンドが直面する非常にリアルで生々しい問題です。
これについてベーシストがどう思っているかは、その人のスタンスやバンドの形態によっていくつか視点が分かれます。
プロ志向の強いベーシストの場合、「自分はプレイヤーである」という職人気質を持っていることが多く、格差を当然のこととして受け入れているケースがあります。
「何もないところからメロディを生み出す作業」と「渡された曲にベースラインを乗せる作業」では、責任の重さが違うという認識です。
バンド外でサポートミュージシャンやレコーディングエンジニア、あるいは他者への楽曲提供などで個人収入を得ていれば、バンド内格差をそれほど深刻に捉えない場合もあります。
曲の骨組み(コードとメロディ)を作ったのはギターだとしても、「あの印象的なベースラインがなければ、この曲はヒットしなかった」という自負がある場合、感情的なしこりが生まれます。
「バンド全員でスタジオにこもって形にしたのに、権利はギター一人にあるのか?」という不満は、解散の引き金になるほど根深い問題です。
長く続くバンドや、仲が良いことで知られるバンドの中には、この格差を埋めるための独自ルールを設けているところもあります。
誰が作っても「作詞・作曲:バンド名」とし、印税を等分する(例:スピッツ、BUMP OF CHICKENなど)。
印税の差はどうしようもないため、物販や興行の取り分で配慮する。
活動中はライブ活動や給料制(事務所所属の場合)でなんとかなっていても、解散した瞬間に「作曲者には印税が入り続け、非作曲者は無収入になる」という現実が突きつけられます。
この「将来的な不労所得の差」が可視化されたとき、ベースが(物理的、あるいは比喩的に)ギターを殴りたくなるほどの感情が噴き出す……という構図は、ある意味で非常に人間臭いリアリティと言えるでしょう。
最近では、ベースが単なる伴奏ではなく、楽曲のプロデュースまで深く関わって「共同作曲」としてクレジットされるケースも増えています。
バンドが解散する際に「ベースがギターを殴る」というシチュエーションは、音楽ファンの間ではもはや「伝説的なお約束」や「様式美」として語り継がれているエピソードですね。
最も有名な元ネタの一つは、日本の伝説的ロックバンド「BOØWY」の解散にまつわるエピソードだと言われています。
1987年の解散宣言の際、あるいはその前後の緊張感の中で、布袋寅泰さん(ギター)と松井常松さん(ベース)の間で「殴り合いがあった(あるいは殴った)」という噂が、ファンの間で都市伝説的に、あるいは象徴的に語り継がれました。
バンド内での役割として、ギタリストは華やかで目立つ「動」の存在、ベーシストは寡黙で職人気質な「静」の存在として描かれることが多いです。
そんな「普段一番怒らなさそうなベーシスト」が、積もり積もった不満を爆発させてギタリストを殴るという構図が、ドラマチックな物語(あるいは漫画や創作物)として非常に映えるため、定番のイメージとして定着した側面があります。
バンドの解散理由は「音楽性の違い」とされることが多いですが、実際には人間関係の摩耗が原因であることも少なくありません。
特に、リズムを支えるベースとメロディを引っ張るギターは、音楽的な「背骨」を共有している分、一度ズレが生じると修復不能な感情的な衝突に発展しやすい……という解釈もなされます。
実際には、楽器を置いて握手して別れるバンドや、淡々と終わるバンドの方が圧倒的に多いはずですが、「最後に感情が爆発する」というエピソードの方がロックらしく、人々の記憶に強く残るのでしょう。
あの、ローコードを覚えさせるってのが、ある意味、良くないとは思うんだけど、
老人の昔話になっちゃうけど、歌謡曲のコード譜がいっぱい載ってる電話帳みたいな本があって、
それを買ってきて、本の表紙の裏の見開きにあるコードの押さえ方を見ながら、
理屈はまったく分からんが、弾いてみよう、と試みたのは遠回りだけど無駄ではなかった気がするんだよね…😟
でも、自分はそれは遠回りだったと思ってて、近道したければ、別の教え方があると思ってるし、
そのためにはギターだけやりたいです、みたいな人にも、まずピアノ、鍵盤を教える、
だからって、ピアノをちゃんと弾ける必要はなくて、最低限の音楽理論、音楽、曲はどう作られてるのか、
という原理原則、と言っても、そんな難しい話じゃない、ダイアトニックコードの話をして、
今度はギターは6弦あるわけだけど、まあ、最近は9弦とかあるし、正直欲しいんだけど、
6本の弦が鍵盤と同じ、つまり、6段の鍵盤がズレて並んでるのがギターということを理解したうえで、
そこから、ギターは指に三本でメジャーコード、マイナーコードが押さえられる、
ここまで来ると、コードを覚える、という必要は完全に意味がなく、コードは作るもの、というのが理解できるようになる、
スケールとか、その運指も、人間の手の制約があるものの、そこから自ずと常識的に導き出されたものだし、
やろうと思えば、その人間の手の制約を越えていい、
ヴァンヘイレンのライトハンドタッピングのようなものもそうだし、トリッキーなプレイでギターの制約を超えることはできる、
2024年10月頃からとあるバンドにハマり少しずつライブに行くようになった
3年くらいYouTubeでたまに見ており曲が結構たのしいな生で聴きたいなと思っていて、
2024年は今まで行きたかったけど行けなかったアーティストのライブに行くをテーマに掲げていたので、そのひとつとして行ってみることにした
なんとなく興味本位で行ってみたら、ものすごい運動量と統制された空間に違和感と感動を覚えた
しかもその日はボーカルがボーカルをしておらず、ギターの人がボーカルをしていた
詳細を知らず驚いたが、それはそれで楽しかった
ファンの人は常に曲にあわせて何かをしており、それも面白く感じた
運動がしたい人はあのバンドのライブに毎回参加するとすごく痩せますよ!
わたしはもともとジム通いをしていたので、ライブにそれとなく行くだけで4キロほど痩せました
決められたフリをやらなきゃいけない、というより、自分もやってみてついていけたら楽しい、という感じだった
友だちもおらず、ひとり淡々とライブにいき、たまに帰りに酒を飲んでひとりでニヤつきながら楽しかった想いを噛み締めて帰宅していた
あるとき、隣にいた子に声をかけてもらって、駅まで一緒に帰ってとても楽しかった
Xのアカウントを交換し、一緒に参加するようになった
参加しているうちに、「撮影会も参加すると楽しいよ」と教えてもらったりして、いろんなことに参加するようになった
こういう界隈のバンドは撮影会があって、スマホのカメラで写真を撮ってたりしてお話をする(もちろんお金は払う)
一回行ってみるか!と思い参加した
一回行ったらやはり楽しくて、次も参加したい!となりだいたいの公演で参加していた
よくそんなに話すことが出てくるなぁと思うほど、メンバーさんが話してくれたのがとても印象的だった
ライブ以外にもいろいろ企画があり、そういうことに参加することも増え、最初に声をかけてくれた子以外にも友だちができた
チケットを譲りで探したり(先着でのチケット発売だったので自ら取れないと譲りで探すしかない)で、だんだん最初に声をかけてくれた子と参加することもなくなっていった
友だちが増えると入ってくる情報も増えて、嫌なことを耳にしたり、合わない人と付き合う羽目になることも増えた
社会の縮図だなぁと思いながらも、界隈独特の変な人の多さにつらい思いをしたこともかなり多かった
それでも気が合う友だちの優しさや笑わせてくれる楽しさに救われた
最初は月2回までと決めていたが、気がついたら首都圏で行ける公演はすべて参加するようになった
行かなきゃ、みたいな気持ちがどんどん出てきて、行けば必ずチェキを買い、だんだん遠くまでライブを見に行くようにもなった
平日の公演も多かったため、有給休暇を使いまくりライブに行くことが増えた
だんだん仕事も疎かになり、やるべき業務を当たり前のように忘れたりして、自分でもどうしたものかと思うこともあった
体調を崩すことも増え、声が出なくなる風邪を1年で2回も経験した
気持ちやお金に余裕もなく、そのバンドのライブにしか行かなくなっていった
夏、大きめなツアーがあり、すべてに参加した
こうであるべき、みたいなファン像みたいなものを自分のなかで消化しきれなくなった
そんなものはないのに
疲れたことを人のせいにしたり、変な噂に気持ちを左右されたりして、あからさまに性格が歪んでいるのを感じた
10月は参加を減らした
11月もまた少しずつ行くようになったが、カウントダウンライブて決定打となる嫌なことがあり、それをきっかけに行くのをやめた
一つのものだけを追求するのはわたしには向かなかったのだなと改めて感じている
去年1年楽しかったけれど、今年は今年でとても充実している
去年行きたかったけど行けなかったアイドルを見に行ったり、違うバンドを見たりしてとても楽しい日々を過ごしている
仲良くなった子とたまに会ったりまずは連絡をくれることがとても嬉しい
ひとりでふらふらライブに行って誰に話すわけでもなくひとりで噛み締めて帰宅するのもたのしいなと思っている
去年狂っていたから戻ってきてくれてよかった、とある友だちに言われた
炎上した件についても、そっかーとしか思えず、離れたタイミングでよかったなぁと思いながら、今でも好きでライブに行っている友だちが悲しい想いをしていないかが心配である
少しあとのタイミングで色々あって離れた友だちがアンチになりかけていることもとても心配である
見なければ心の安寧は訪れると思うのだが、どうしても失脚してほしいらしい
意見は人それぞれだと思うんだが、今現在お金を出して楽しんでいる人が正義だとは思うので、お金払っていない人は黙るべきであると思う
しかし、界隈のルールだから、とか誰かが自分の利益のために作ったルールがあるなら、みんなが納得いくかたちになればいいのになと思う
お金や時間をかけるのは自己満足でしかないので、偉いなんてことは全くないと個人的には思う
最後に
いまはバンドとしても大変な時期かと思いますが、今後の活躍をお祈り申し上げます
昔なら256をオーバーして書き込んでギャーなんだよな…😟
最近はそんなコード書いてないし、というかプログラミング自体やってない、
GitHubのトレンドもAIばっか、みんなAIばっかりだし、
AIが描くファンシーアートがかわいかったり、編曲がすばらしかったり、
もう自分の趣味の領域はかなりAI、AIで満たされないのは運動、スポーツ、
あと、ライブパフォーマンスみたいなのはロボットがやるまで人間の領域、
ロボットがやるようになったら、昔のコナミのロボット楽団みたいに、
ボーカルは美少女ロボがSynthesizerVみたいな声で歌う…😟リアルタイムで
そんな夢を見てる…😟
彼女は仕事をバリバリしてるし、裏ではどこかの男とケツ毛バーガーしてるのかもしれない、
でも、ボクとケツ毛バーガーしてくれるわけじゃない、
ボクは彼女を性的対象として見てるだけでなく、人間として尊敬してるし、
ボクも彼女に尊敬されるようなちゃんとした社会人になりたいし、
でも、ボクは訳あり人間だし、今からまともな人間になるのは不可能だから、
ボクなりの最善を尽くして、ボクなりの結果を出して、
きっと、それでひとりで死ぬんだろうけど、もうそれでいいや…😟
ボクは結局、何者にもなれないし、なれなかったし、なろうとも思わなかったけど、
コンピュータに関する知識や経験は、AIの登場とかで意味がなくなった、
碌な人生じゃなかった、不幸が多かった、そして、これからもっと多くの不幸が待ってる気がするけど、
俺は今でこそサブカル系の音楽や映画が好きだが、10代の頃はずーっとアニメを観ていたオタクだった。
中高生の頃はスクールカーストの底辺だったから自分の席でコソコソとラノベを読み、教室の隅で数少ない同好の士と今やってる
当然音楽や映画には一切興味なかったし、そういうサブカルっぽいものを好む友達もいなかった。
そしてスクールカースト底辺の席は既に俺たちオタクがその多くを占めていた。
残りの席に座っているのは何を考えているんだかわかんないようないわゆる「無」の奴。
歴史的には、オタクとサブカルは元は同族で後に分離して、同族嫌悪する関係になったらしいが、確かにそれは実感としても理解できる。
ギターをしょっている軽音部の奴なんか見るといけすかねぇなとしか思わなかった。
決してスクールカースト1軍にはなれないが、2軍、3軍くらいには腰を下ろせたのがサブカル系ではないだろうか。
もちろんサブカルの中にもカーストがあるのだろうし、大槻ケンヂの『グミチョコレートパイン』なんか読んでると、音楽や映画は好きだが何の部活も入らず仲間もいない孤独な奴が出てくるので、俺たちオタクに近い位置にいたサブカルも多いのだろう。
しかし、グミチョコの作中でもあるように、オタクはサブカルに見下されていたことは事実。
だってサブカルの人ってアニメや漫画を見るにしても、エヴァとかガロ系とかの、いわゆる(2ch質アニメ一覧にあるような)質系、アングラ系でしょう。
そういうのも好きだけど、オタクといえば萌え、ロボット、剣、魔法でしょう。
サブカルがたとえばゼロの使い魔のルイズに萌え~とか言っている姿は想像できないし(例えが古くて失礼)、ガンダムの宇宙世紀の年表を熱心に眺めているとも思えない。
オタクとサブカルは兄弟ではあるんだけど(どっちが兄で弟だ? 多分歴史的にはサブカルが兄だろう)、時代を経て兄弟喧嘩するような仲になってしまった。
余談だが『NHKにようこそ!』はその点で言うとオタクとサブカルを架け橋する稀有な作品だ。
ドラッグ、メンヘラなどのアングラカルチャーに親和的ではあるものの「萌え」のオタクカルチャーをそこに接続している。
ただ、オタ要素はあくまで山崎だけであって、作品全体からはオタクというよりアングラの空気感が漂うのでサブカル寄り作品ではあると思う。
NHKのオタ要素は添え物という感じ。
首相がDeep Purpleと遭ってはしゃいでいたが、メンバー全員がおじい過ぎて誰が誰か分からんと思い調べてみた
ギターの人(ちょっと若い)が分からんのだが、他の人達は元々のメンバーだった
その上で、誰が誰かさっぱり分からない
イアン・ギランどれ
おじい、恐るべし
「比較的若い頃」の画像・動画しか知らず、そのイメージを持っているせいで現在の姿が想像出来ないのだ
つーか、この人達、自分の親より格段に年食ってるのにツアーするとか…どうなってんだ。スーパーエイジャーかな?
ジョン・ロードは早くに亡くなってしまったので仲間入り出来なかったけど、80の声を聴いて音楽を続けられるって凄まじいよな
レジェンドと言われるバンドが長い時を経ても活動してくれてるって、新しいファンにとっても有り難いこと
「見ておきたかった」なんて言わせない
指先に冷たい缶コーヒー、白い息がほどける
煙の向こうで、誰かが静かに笑っている
名もない夜でも、リズムは途切れない
言葉にならないまま、風に溶かしていく
飾られたニュースより、触れた体温を選ぶ
ただ無言で、ビートに身を預けて
眠らない街と、同じ速さで呼吸する
缶の底に残る苦味を、舌で転がして
朝が差し込む前に、もう一度だけ夜に沈む
昼前に駅行ったら駐車場満杯で別の駅に行く
前方車が左折待ちで急停止して、急ブレーキ間に合ったがあわや追突するとこだった
細い道に入ろうとしたら対向車が来たらしい。ボケが
小便したかったので駅へ急ぐ(駅内部にしかトイレないのきらい)
小便して、時間見ようとしたらスマホがねぇ!?急ブレーキの時にカバンから溢れたか…
一旦外に出たいが、切符は1000円近くするし(街から遠いんだよクソ)諦める
なんで遊びに行くだけでこんな思いをせねばならんのか…
で、座席の有料予約サービスとやらはじめたらしいが、車両まるまる有料化して金払って予約しなきゃ使えないと。座席に追加料金かけて、それを"サービス"として宣伝する欺瞞!券売機や切符使える改札あからさまに減らしてる動きもキモいし(全面切り替えじゃなくて自主的に選択いただいてるだけ、みたいなアリバイ作りもなぁ!)
これでまた脱線事故起こしたら笑うな‼️
で、まあメシ食って映画館、15分前についた、と思ったら、上映開始が昨日調べたはずの時間より早い??つかもう上映して5分後?!
急いで券を買って入ると、映画泥棒が始まっていた
映画見てたら引っ込んだが
で、映画
口パクと音がズレてるのがやたら気になったのと、立体音響みたいになってるのが合わんな~、ブラフォード全然映らないじゃん!(後でアランホワイトと解り、じゃあしょうがないかぁと納得)って感じだったが
シーングッドオールピープルでおおーっ!大音響でハウが、ウェイクマンが、クリスが弾く、プログレつーより、ハードロックだな~って感じですげえいい
クラップも、セミアコ1本でここまで出来るもんなんだなってか、ハウ先生も顔で弾いてんなとか
危機でプランクトンの映像入れたのはよくわからなかったが、でも危機とラウンドアバウト聴けて満足
危機の時、ダブルネックをちゃんとダブルネック使ってる人初めてみたかも
つか、ライブでこれできんのスゲーな
でも大体満足
良かった