はてなキーワード: さいことは
はてな始めネットではディズニーランド攻略の難しさが声高らかにうたわれているが、実際行ってみると案外そうでもなかった。
あったほうがいいけどそこまで難解なもんでもなかった。
ファストパス的な使用方法は対象アトラクションも回数も制限されてるし、どうしてもここが見たい!みたいなコア層でなければそんなに重要じゃなかった。ファストパス的な用法ならさほど使う必要がない。
混み具合が一目瞭然なのでマップとして使用するにはとてもいい。
20年前に行ったときはなにもかもが高く感じられたが、今は逆に良心的にすら思える。
フライドポテトが700円。
むっちゃでかい(3歳児がぎりぎり抱えられる大きさ、ほぼ本人)ぬいぐるみが6000円。
あとなんていったって生ビールがあるんですね!800円。
シーにしかアルコールがないと思ってたけどあったね。そして良心的な価格。
帰ってきてから夕飯に王将のテイクアウトをしたけど、チャーハンが680円で天下のディズニーランドのポテトみたいな価格しやがってそっちのほうが引いた。
娘が小さいこともあり、できることが限られてはいたけど逆に人気のアトラクションでなくてもよかったから、だいたい10分くらい待てば楽しめた。
イッツ・ア・スモールワールド、ジャングルのやつ、3Dのやつ、ミッキーとかが出てくるショーのやつ(大人向けかも。素晴らしかった。)とか。
パレードの時間なら待ち時間もぐっと減るのでこだわりがないディズニー非オタ層なら全然大丈夫。
ディズニーランドは案外怖くないし、そこまで激混みではない。ゴールデンウイーク初日の祝日に行ってこれだから。
パレードの場所取りのレジャーシートがあちこちにあって、そこでぐだぐだしてるオタ達には興醒めさせられる。
以上です。
ネット老人系のところでみかける「2000年代前半くらいまでのネットがよかった」っていうやつ自分もそれ。なにか思い出すといつもあの頃は楽しかった、とかまさに年寄くさいことを言ってしまう。
いままで実生活では知り合えなかった、似たようなことに興味ある人達と知り合えて楽しかったんだよねえ。そういう知り合いや集まりのなかのある分野は、縁遠くなっていた時期もあるけど興味自体はなくしてなかったから最近またいろいろ昔はできなかったことをやったりして復活させている。
でも、あれから数十年の間に噂に聞いたりネットの残骸みたりしていると、人間関係の揉め事の残骸があったりしてあーいろいろあったんだねって感じ。昔揉め事起こしていたやつが大御所ズラしてたりして、ムカつくし。最近は自分の趣味だか自称研究だかのために赤の他人に寄付を募ったりクラウドファンディング始めたりするのが流行りなの?びっくり、いい気なもんだ。
あのころ楽しい集まりを自分の負担で企画してくれてた感じの人も年とったせいなのかあれこれあったせいなのか、なんか暗い感じになっててこちらのことももう忘れているし寂しくなったな。昔の事も内心は知っているけど、今回が初対面のつもりでいればいいことか。
あなたも元ツイートの彼氏も人に対して弁当を提供するということを甘く考えすぎでは?と思う
自分が適当に作って自分があたるならうっかり〜で済むけど、人に提供するものじゃそうはいかないじゃん
めんどくさいことを認めろ!じゃなくて、人に提供するにあたって色々考えるのはそもそも結構負荷だよ
元ツイの彼女の言い分は「何かあった時に責任が取れないので、できません」ってだけじゃん
それに対して
って信用できないし
現に問い詰めてるわけだから、どうせ今はこう言ってるけど問い詰めるだろうなと思うよ普通は
しかも、自分の分だけなら「今日は体調が悪いからor時間がないからorめんどくさいから買って済ませちゃお〜」とか柔軟に対応できるけど、人にも作るなら
「ごめんなさい、今日は買って済ませてください」
といちいち言わなくてはならない
どうせそれにも「どうして今日は作れないの?根拠は?」とか問い詰めるのが目に見えてる
そういうことを総じて「めんどくさいってことじゃん!」と思うならまあそうですねとは思うけども
つーか作っていただきたい側なのになんでそんな偉そうに問い詰められるんだよ、人に物頼む態度じゃねえだろって感じだな
https://x.com/sayu_sayu_s/status/2039548472714785257
正直自分にもこの彼氏側のようなケがあるので自戒と自分の思考の整理
お弁当を作らない・作ってくれないことは責めていない。
多分この彼氏も同じだと思う。実際最初の段階では理由に釈然としないまでもお弁当を作らないことには納得しているのでこれはたぶん自分と同じだと思う。
だから彼女が作りたくないというならそれでもいいんだと思う。少なくとも自分が同じ立場になったらそう考える。
ここからは想像が入るが彼女は恐らくめんどくさいからお弁当を作らなかっただけだろう。自分の分はいいけど人のを作るのは彼氏でもめんどくさい。別に普通のことだ。責められることではない。
そして彼氏はそれを察している。察したうえで明言してほしかったんだとおもう。実際自分はそう考える。
そして明言してもらったうえで「そういう理由ならしょうがないね」という手続きを踏みたい。
勘違いしないでほしいがこれは貸しにしたいとかそういうことではない。本当にただ解決不可能な理由があって現状を動かせないことを再確認したいだけなんだよ。
少なくとも自分はそう。あなたがやりたくないのならやらなくてもいいということは肯定するつもりだ。自分だってやりたくないことは基本的にやりたくない。
しかし彼女は実際には「良いお弁当を提供するのが現実的に難しいので作りません」というようなことを理由にしている。
それを言われると「もしそういう理由なのだとしたらわたしはよいお弁当でなくてもいい(あなたが今作っているお弁当同じクオリティで満足です)」と言ってしまうと思う。
要は「解決可能な問題なら解決したい」ってのが根底にあるんだよな。所謂男は解決脳の極端に振り切ったやつ。ASD傾向とかそういうことなんだろうね。
実際の世の中をこれで回していいと思っているわけではないのでこの異常性に自覚的になったうえでどんな要素を加味して実際の出力を調整すべきかについて自戒する。
おそらく彼女は「めんどくさい」という本当の理由でお弁当を作らないという選択をすることに後ろめたさ、人間としての正しくなさを内面化しているんだろう。
彼氏は単純に「めんどくさい」から作らない。と宣言してもらって歩み寄りができないことを確認したかっただけだが彼女も同時に自分の"罪"(これはめんどくさくてお弁当を作らないことを罪といっているのではなく、彼女が後ろめたく思っていることを指してるだけ)の自白をしたくなかった。
そこは察してもらってなんとなく受け入れてほしかったんだろう。客観的に見たらわかる。そりゃ自分は汚い人間ですと自分の口で宣言したくはない。人間大なり小なり後ろめたい内面はあるがそれを隠して生きてる。
ただ彼氏は基本的に解決したいだけなので「めんどくさい」から作りたくないの道徳性については無関心なんだろう。
事実としてめんどくさいことを宣言してほしいだけの彼氏vsうしろめたさの告白をして上下関係の構築をさせられていると思っている彼女
まあ客観的に見てそりゃこじれるし彼女もキレるわなという感じだ。
自分が相手に求めていることが相手にとって何を意味するのかを考慮する。
自分が相手に求めていることが自分にとっては何でもないことでも相手にとっては苦痛かもしれない。
冷静に考えたらそりゃそうだなんだけど自分は「問題解決するぞ」状態に入ったら相手はただのロールというかイシューに対して行った提案の合否を返す装置みたいな扱いになるんだよな。
装置がどう考えてるとか問題解決からしたらどうでもいい事だからそりゃ相手のことはおもんぱからないよね。いや、本当によくないことだと思う。
ただ、これを改善する方法としては正直自分の問題解決したい欲求について制御するより自分が解決すべき問題のスコープを間違えてると定義するべきだなと思う。
正確に言うともっと大きくプロジェクト単位で考えてその中で小さなイシューが発生していると考えるべき。プロジェクトの目的から逸脱するイシュー解決の方法や手段をとるべきじゃないと考えたらきっと自分ももうちょっとましな出力を瞬間的に出せるような気がする。
というか敵
物語の構築上は一人の人間を主人公としてクローズアップしたいし、絵的にも人間の表情や体を見せたいし
戦車兵とか動作は固定的だし絵を作りづらいし戦車自体ギチギチの組織行動が求められる高級品だし、なにより金かかるし
この文脈のブレークスルーは戦車内の密室ドラマをやったイスラエル映画のレバノンで
で、元となったイスラエル映画
そもそもタイトル通りイスラエルのレバノン侵攻という「自分が攻めに行ってる戦争」なのだが
戦車の中で閉じこもってスコープで外を覗いてる体裁、つまり、ひたすら受け身の姿としてイスラエル側を描いてる
この時期のイスラエルの戦争映画はヒラの兵士観点で「俺たちは戦争の被害者なんだ」という話ばっかで
戦車という特上の凶器の中に引きこもりつつ、狭いよう、怖いよう、とやってる
これ、イスラエルという国の心性というか、いつも主張している
「狭い国土で周囲が敵だらけ、誰が敵か味方かもわからない、こっちから攻めていくしかないんだ、しかたないんだ」
という態度の具現化みたいな話で
まあ胸糞なわけですよ
戦車が主役という転換て、そういう「強いのに弱くふるまう」「攻撃してる側なのに攻撃を受けて辛いとか言い出す」という「弱者男性を自己申告するけど全く社会弱者じゃないじゃんお前ムーブ」と軌を一にした転換ですからね
ガルパンはそこの誤魔化しが上手いというか無理やり話を作るためのウソを山ほど積み上げてます
歩兵を出さない(歩兵出すと戦車が主役を主張しづらい)という体裁を装いつつ、都合よく工兵や斥候兵をちょい足ししたり
競技ルール厳密なこと言い出すと破綻するから、スポーツじゃなく武道、「戦車部」じゃなく「戦車道」にしたり
そういう意図的な曖昧さでごまかしとかないと、装甲も火力も劣る旧式で新型戦車を倒すみたいな作劇できない、つまり戦車を主役にできない
で、そういう本当に重要なウソを覆い隠すために、巨大空母で生活してるとかのビジュアルのケレンを打ち出す
随分昔に証明されてる話でしょこれ
暴力的な男性にはより多くのセックスパートナーがいる」との研究結果
男性の性的魅力には容姿や知能、性格などのさまざまな要素が含まれていると考えられていますが、「暴力的・攻撃的な行動」も一種の魅力となっている可能性も以前から指摘されています。合計で1万人以上の被験者を追跡したデータを分析した新たな研究により、「暴力的な傾向が強い男性はセックスパートナーが多い」との結果が示されました。
動物の群れでは最も強いオスがリーダーとなり、多くのメスと性的交渉を結ぶケースがよく観察されます。そこでアメリカ・ペンシルベニア州のメアリーウッド大学で社会学や犯罪学について研究しているPatrick Seffrin准教授は、人間でも暴力的な傾向が性的交渉の成功に結びつくのかどうかを調べる研究を行いました。
Seffrin氏は今回の研究で、現代の人間では祖先と同じく肉体的な攻撃行動が性的魅力を持っているのか、それとも暴力性より知性に魅力を感じるような社会的変化が起きているのかを突き止めようとしたとのこと。Seffrin氏は、「知性と暴力性は人々の中で負の相関関係にあるため、性交渉の成功にこの2つの要因がどう相互作用するのかを知ることは興味深いと考えました」とコメント。また、暴力性や知性がパートナーの数に及ぼす影響の男女差についても、今回の研究における関心の対象だったと述べています。
研究チームはアメリカで行われている縦断研究・National Longitudinal Study of Adolescent to Adult Health(青年期から成人期の健康に関する全国縦断的研究)のデータベースから、1994年〜2009年にかけての調査に参加した男性5636人と女性6787人のデータを抽出して分析しました。
被験者らは15年にわたる調査期間中に合計で4回の調査に参加し、研究の一環として言語的な知能テストを受けたほか、暴力・犯罪的行動や学業、性生活などに関する質問にも回答したとのこと。研究チームは肉体的な魅力や健康状態およびその他の要因を制御した上で、暴力的な行動がセックスパートナーの数と関連しているかどうかを調査しました。
分析の結果、男性では暴力的な傾向がセックスパートナーの数と有意に関連している一方、女性の暴力的な傾向はセックスパートナーの数と関連しないことが判明したそうです。男性の場合、前回の調査よりも暴力性が増すにつれてセックスパートナーの数が増加しましたが、女性では暴力性の増加が性的交渉を結ぶ相手の増加につながりませんでした。また、教育レベルの上昇は男性のセックスパートナーの数と長期的に関連していたものの、言語的な知能および高校における学業成績は、セックスパートナーの獲得につながらなかったとのこと。
Seffrin氏は今回の調査結果について、女性が依然として暴力的な行動を性的な魅力と結びつけており、知性は暴力性よりもセックスパートナーの数との相関関係が小さいことを示していると指摘。「したがって、現代の産業社会では高い知性を持っていることがステータス的な報酬につながるにもかかわらず、暴力的な男性は同等の知性と肉体的な魅力を持つが攻撃性が低い男性と比較して、より性的交渉の成功で報われ続けます」と述べました。
なお、今回の研究は異性愛的な規範を基にしたものであり、LGBTQの人々にも同様の結果が当てはまるかどうかは不明だとのこと。また、知性や暴力性がもたらす性的魅力については議論が行われている最中であり、今回のデータはあくまでも理論的な領域にとどまるものだとSeffrin氏は指摘しています
Brains, brawn, and beauty: The complementary roles of intelligence and physical aggression in attracting sexual partners - Seffrin - 2021 - Aggressive Behavior - Wiley Online Library
https://onlinelibrary.wiley.com/doi/abs/10.1002/ab.21934
Longitudinal data suggests physically aggressive men tend to have more sex partners
優しさってのは常に"与える"のだ。全て相手のリアクション待ちで決断しない、何のリスクも背負わない。ただそこに突っ立ってるだけの無能だよ。
表面的には"優しい人"に見えてしまうから、その人のアイデンティティが"優しい人"になってしまって、自分が卑怯者だっていうことは本能として受け入れられなくなってる。受け入れちゃうと自我が崩壊するから。
その辺に転がってるのは無害だけど、1対1の関係が長く続くと、理解が及ばないイカれた生命体にしか見えなくなるよ。あいつら人間じゃないよ。マジで。深く関わっちゃだめ。
本音は面倒くさいことはやりたくないのに頼まれると断れないから、相手のリアクションをギリギリまで見て何とかタスクを回避しようとするから。生きてる価値がないゴミだよ。
みんな元気?
あのね、大きな戦争が終わってから、なんと今年で80年が経ったんだよ。すごーい!
この80年間、日本はずーっと「平和がいちばん!」って進んできたよね。今の私たちのキラキラした毎日は、昔の人が一生懸命つないでくれた命の上にあるんだなって、私も各地をまわって改めて心に刻んできたよ。
でもね、「なんであんなに大変なことになっちゃったのかな?」っていうのを、今こそみんなでポジティブに考え直して、もっと素敵な未来にしたいなーって思うの!
昔の憲法だと、政治をやる人と軍隊のバランスが、今のパズルみたいにうまくハマってなかったみたい。
バラバラ事件: 政治と軍隊をまとめる「司令塔」がはっきりしてなかったんだって。
パワー不足: 総理大臣も、今みたいにみんなを引っ張る魔法のステッキを持っていなかったみたい。
昔はすごいおじいちゃん(元老)たちが裏で調整してたんだけど、その人たちがいなくなったら、みんなの意見がまとまらなくなっちゃったんだね。
途中までは「世界のみんなと仲良くしよう!」っていい感じだったんだけど、だんだん「自分たちが正しいんだ!」っていう声が大きくなりすぎて、ブレーキが効かなくなっちゃったみたい。
話し合いがストップ: 議会でも「それはおかしいよ!」って言う人がいなくなっちゃったり、大事なお金の使い道がヒミツにされちゃったり……。
こわい雰囲気: 反対意見を言うと「ダメ!」ってされちゃうような、自由じゃない空気になっちゃったんだね。
昔の新聞やラジオも、最初は冷静だったんだけど、途中から「戦争だー!」「イケイケ!」って報じたほうが売れるからって、どんどん煽っちゃったんだって。
みんなもその勢いにびっくりして、本当の情報がどれかわからなくなっちゃったのかも。これって今のSNSとかでも気をつけなきゃいけないことだよね!
今の日本は、ルールもしっかり新しくなってるし、総理大臣がちゃんと責任を持つ仕組みになってるから安心して!でも、「仕組みがあるからOK」じゃなくて、それを使う私たちのハートが大事なんだよ。
冷静がいちばん!: 「えいや!」で飛び降りるんじゃなくて、ちゃんと考えて、話し合って決めるのが大人だよね。
みんなでチェック!: 政治家の人も、メディアの人も、そして私たちも!「それって本当にみんなのため?」ってキラキラした目で見守ることが大事。
歴史は宝物: 昔の失敗を「ダメだなぁ」で終わらせないで、「次はこうしよう!」って学べるのは、人間だけのすごいパワーなんだよ!
民主主義って、たまに時間がかかるし、めんどくさいこともあるかもしれない。でも、みんなで自由に意見を言える今の世界って、すっごくカラフルで素敵だと思わない?
団塊世代のみんな結婚していた昔は、メリットとかそういうのでは全くなく、
「周りがみんな普通に結婚しているから、していないと恥ずかしい」
「ぼーっとしてたら異性と付き合う機会もないまま40になったけど、リアルな結婚の話なんて人生で一度もこなかったし、想像もできない」
から結婚していないだけ。大体の人は「自然な流れ」に任せて生きているわけで、昔結婚していた人も今結婚していない人も基本的に変わらない。価値観の変化というのは結果であって原因ではない。
むかしは結婚しないのが「自然な流れ」に逆らうめんどくさいことだったから結婚していたのにたいして、現在は結婚するほうが明らかに「自然な流れ」に逆らうめんどくさい(そもそも自分の見た目や稼ぐ能力に自信のない人は婚活サイトに登録するのも不可能)ことになっているから結婚しなくなっただけ。メリットとかそういうことじゃないし、賃金とか税金とか関係があるわけもない。
川上未映子の「夏物語」がなにやら海外でも賞を取ってておもしろいと聞いて読んだわけ。分厚かったよ。
感想としては面白いというか、これ結構卑怯くさくない?っていう感想しか出なかったんだけど同じ気持ちの人おらんの?
読書メーターで同じような意見の人見たからまあいることはいるのか…って感じだけど。
子ども産まなかった女性は病気で急逝、性虐待を受けまくったことで子どもを持ちたいと思えない女性は彼氏にはそういうやつといるとしんどいと言う空気出されたから別れてあげて(結局主人公と良い仲になる)、さらに性被害にあいかけた主人公を心配してあげたけどその後彼女の人生が好転したかどうか分からんままほったらかし。
そんで最後は子どもを産んだ人だけが固まってうちらは連帯してハッピーになりまーす!(子ども産まないめんどくさいこと言う人らは知らんけど)の終わり方
そりゃ著者も子どもいるから出産が悪!にはできんだろうし(自分の子供の手前)、正義で至高の判断にしたいのかもだけど、途中で急逝する女性の扱いにしてもすげえ露悪的で、子なしや反出生的な人は意地悪な悪人!それかひどい目に遭わされたかわいそー(笑)な人!って感じで男が読んでもなんかあからさまで引いたしなんか、嫌な気持ちになったんだけど女の人(とくに子どももてないor持つつもりない人)からしたらもっと嫌な気持ちになるのではって感じなんだけどどうなんですかねこれ。