1991年の放送開始から約四半世紀に渡って放送されてきた「林原めぐみのHeartful Station」(以下ハートフル)が3/28の放送をもって終了となりました。まだ一部ネット局の放送があるので、まだ本格的な終了とは言えませんが、いずれにしても『林原めぐみの近況報告』を兼ねた番組が終わるというのと同時に、アニラジの歴史にまた一つ大きな区切り(転換点)ができたのだと思うと、少々複雑な気持ちです。
「ハートフル」は1991年に、当初はラジオ日本で開始されました。しかしながら、当時のラジオ日本の方針で、演歌とムード歌謡以外の楽曲は流さないという「社会の木鐸宣言」により、その年の8月に終了に追い込まれました。
しかしながら、スポンサーであったキングレコードやリスナーなどの後押しがあったのか、半年後の10月にラジオ関西に移籍する形で再スタートしました。今日まで放送していた「ハートフル」というのは、このラジオ関西で始まる物を指すことが多く、放送回数も番組がラジオ関西で始まった10月の放送を1回目としています。
その後、TBSラジオ系で放送されていた「UP'S~Ultra Performer'S radio~」で放送されたことをきっかけにネットを開始し、彼女の人気と声優ブームという流れも影響して、全国9局にネットするに至りました。
現在彼女がメインで出演している番組として「林原めぐみのTokyo Boogie Night」(以下ブギーナイト)が挙げられますけれども、「ブギーナイト」は彼女がピンで放送しているのに対し、「ハートフル」ではアシスタントが就いてトークを展開するという個性がありました。
また、この番組は「遊星セガワールド」というコーナーがあり、放送終了の数年前からはサイコロトークというふうになっていたものの、セガの広報担当(最も長く関わったのが竹崎忠さん)がソフトパブリッシャーになった数年後まで、セガのハード情報・ソフト情報を届けていたというセガユーザーには貴重な情報源となっていました。
放送の終了は約1ヶ月前の2/28に案内されてはいたものの、いざ最終回となると寂しいものを感じましたね。でも、それでも放送は彼女一人ながらも、いつものように進んでいきました。本当に最終回なのと言いたくなるくらいに。
そして、サプライズゲストとなった辛島美登里さんとのトークは、番組の思い出というよりも、主題歌だった♪虹色のSneakerの制作秘話のようなものを話していましたね。何かいつも通りの展開で感慨というものは浸る余裕もなかったですね(笑)。
まぁ、一番驚いたのが、あのものぐさと自称する彼女がブログを始めるという点でしょうか。これまでラジオで培ってきたものをネット上でやろうというある意味新しい試み、是非とも長く続いてほしいものです。
ちなみにラジオ関西では、「ハートフル」の後(前半30分)は「ブギーナイト」に置き換わるとのことだそうです。それだけでもラジオ関西のリスナーにとっては救いなのかもしれないですね。
これまで兵庫県近郊は、「ブギーナイト」を放送しているKBS京都(京都放送)はエリア内でも聴取しづらいところが多く、radiko頼りになる人達が多かったそうです。
お疲れ様でしたとは言いません。新しい「ハートフル」にまい進して下さい。マメじゃないのはわかっている(苦笑)ので、マイペースでやって頂ければと。