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デルタ

Author:デルタ
四十才代、三重北勢在住の技術者です。ちょっとだけ営業マンもしてました。
ネット上では、磨崖仏の研究家としてごく一部の人から認知されてる(らしい)。磨崖仏・星見・歴史小説創作については、本館のHPを見て下され。

他の任務:東洋的リバアタリアニズムの確立。
       日本まんなか共和国 勝手に観光大使

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リバタリアンの大きな関門(その1)無過失責任主義
今日は、リバタリアンとして深く考えてしまうニュースが立て続け。
まず、福島県立大野病院事件について。
もしこの件の裁判員に選ばれていたら、何を考えて判断しただろう、とまず考えた。
どうも判断材料の不足を感じた……というより、妥当な医療行為かどうかを証明する材料が、そもそも示せ得ないのだから、仕方がないのだけど。
というわけで、嫌疑不十分を理由に「無罪」と判断することになるのだろうな、冷静に考えると。

いっぽう、一歩引いて考えると、
これは、所有権侵害に対する責任の問い方を深刻に問う事件でもある。

地裁判決の「善意のもと通常の措置を行ったから、罪にならない」
との論法は、どうにも違和感を覚える。ここで問われた罪名が「殺人罪」でなく「業務上過失致死」であり、また少なくとも「行為に対しては責任が伴う」以上は、罪を問わねばならない場合が必ずある。

そんな酷な、と思われるかもしれない。が、だとすると、薬害エイズ事件の安倍英氏をなぜ立件できたのか、また彼に対して今回と同じように「過失責任なし」と判決が出たときに、世論がこぞって「不当」といったのか、を思い返して欲しい。……これら薬害の裁判では、筋道立てて考えれば過失がないはず人をも、「結果が重大である」との理由で起訴しているのだ。
このこととのバランスで考えると、今回の起訴も「あって不思議でない」措置だと、私は考える。

また、「医師不足に拍車をかけた」という意見に対しても、……事実としてはその通りでも、医師だけがなぜそのように温情を掛けてもらえるのだろう、と疑問がぬぐえない。
医療機器メーカに無過失責任を問うたからといって、医療機器メーカが新規開発に萎縮しているだろうか?と考えてしまうのだ。

最近病院に通っているから感じるのだが、いまや医療現場は「医師個人の能力」を越えるような、新鋭機材・薬がワンサカある。それらがなければ、医療行為が成り立たないのではないだろうか、とさえ思うのだ。すると当然のこととして、医療機器や検査キット、あるいは医薬を作るメーカも医師と同じ程度に、人々の命に対して責任を負っている。

 この現状を前にすると、
PL法の精神や、薬害肝炎訴訟で世論が強く製薬会社に対して結果責任を問うたことと思い比べると(そしてそれらに強い世論の後押しがあったことと思い比べると)、かなり医師に対して甘い意見が多いと私は感じる。
「通常の医療行為で罪を問われては、医療ができない」……確かにもっともな言い分だけど、医師と密接な関係がある医療機器や薬でも、いまや、「正常な設計・臨床検査を経たとしても、事故があれば結果責任を問われる」時代が来ているのだ、
このアンバランスは何なのだろうか?

最後にリバタリアンとして意見をいうと、
 ・人命に対して結果責任を問うことは当然
(ヒトが所有するモノのうちもっとも大きな意味を持つモノがなくなったのだから、これほどの所有権侵害はない)
 ・一方、生身の人間を相手にした”通常の措置”がありえず、過失を問うこと自体がナンセンスな場合が多い。
という矛盾を、正直感じている。

医療関係(医療機器、製薬も含め)については、この矛盾を解消するために、
民事賠償優先の原則、を確立するよう唱えたい。

テーマ:裁判 - ジャンル:政治・経済

この記事に対するコメント
よく考えて頂きたい
>地裁判決の「善意のもと通常の措置を行ったから、罪にならない」との論法は、どうにも違和感を覚える。

「救命救急士が,倒れている人間を蘇生できなかったのは失策による」と言って罪になるようであれば,だれが救命救急士になるでしょうか?
飛行機の中でドクターコールに医師が手を挙げないのが常識になっているのは何故かお解りでしょうか?「善意の元に助けに行っても結果次第では訴訟というしっぺ返しを食らう」からですよ.外国には存在する「良きサマリア人の法」が日本にはないからです.「法」は人間のために存在するのであり,単に間違い責めるために「法」があるのではありません.
何が社会(人間)にとって最も益であるか,という視点が大切かと思います.

>医療機器メーカに無過失責任を問うたからといって、医療機器メーカが新規開発に萎縮しているだろうか?と考えてしまうのだ。

実際のところ日本ではまともな医療機器開発が行なわれなくなってきています.厚労省が「膾を吹いている」おかげというのもあるんですが.
【2008/08/24 14:42】 URL | Level3 #AIlHpmOk [ 編集]

To Level3さん
はじめまして。
良識的なご意見ありがとうございます。

私としては、三点どうしても合点がいかないところがあるのです。
まず、「法は人間のためにある」との前提です。
この場合の人間とはだれでしょうか?
おそらく想定されているのは、集合体としての人間……おそらく日本人くらいの広がりがある集合体でしょうね。その集合体としての利益が極大化するように、法を定め運用せねばならない、との認識なのだと思います。いわば「功利主義」を前提にした……法律の世界では主流の考えかもしれません。
私は、見る方向が逆方向なのです。特定の個人が、社会の中において、ある合法的「行為」によって「不合理な不利益を被らない」ようにす……そんな風に法律を定めたいと考えるのです。ある任意の個人が、法の定めかたについて、社会に対して不公正と感じては、社会に参加する動機が減るでしょうし、結果として、社会に対し背を向けるでしょう。

二点目は、この刑事立件をきっかけに、小児科・産科のお医者さんが減ったとの説です。あえて説と言わせて頂きます。なぜなら、刑事立件はこの一件だけ、しかもこの事件は同業者の圧倒的な支援があったのですから、孤立感がなかったから。
実際には、小児科・産科であいついでいる、民事訴訟が契機になっていると見ています(時期的にも一致するはずです)。

三点目は、医療機器の開発スピードです。
落ち始めているのは、確かにそうかもしれません。が、Level3さんも認めておられるように、厚労省がなかなか認可してくれなくなった、というのが主因で、メーカ自体が訴訟リスクを強く意識しているとは見えないのです(だとすると、保険制度を作るとか、そういうリスク平準化の試みがされるはずです)
【2008/08/27 23:15】 URL | デルタ #JnoDGgPo [ 編集]


>まず、「法は人間のためにある」との前提です。
>この場合の人間とはだれでしょうか?
>おそらく想定されているのは、集合体としての人間……おそらく日本人くらいの広がりがある集合体でしょうね。

医療は社会のインフラであり社会益です.
今回のようなケースで医師が有罪とされるようでは,医師は思いっきり防衛医療に走るでしょうし,より安全な分野へ移るでしょう.実際「今回の判決で有罪が出たら産科を止める」と行っていた産科医の先生は結構おられます.結果次第で医師に厳罰を下すといような行為は,医師を駆逐する結果となり,最終的には多くの非医療者が医療を受けたくても受けられない状況に陥るでしょう.イギリスがどのような状況になっているか調べてみられてはいかがでしょうか?
欧米では,こういったことは数十年も前に議論され,現在ではWHOから医療事故に対してどのように取り組むべきかというガイドラインも示されています.日本はこれに逆行しているのです.
"No Doctor No Error."でよいというのなら結構ですが...
航空事故調に関しても欧米では原則免責として真相究明,再発防止を目指しているのに日本では航空事故調の調査結果が刑事に流用されたりするため,非難さrています.現在考えられている医療版事故調も同様ですね.

>二点目は、この刑事立件をきっかけに、小児科・産科のお医者さんが減ったとの説です。あえて説と言わせて頂きます。なぜなら、刑事立件はこの一件だけ、しかもこの事件は同業者の圧倒的な支援があったのですから、孤立感がなかったから。
>実際には、小児科・産科であいついでいる、民事訴訟が契機になっていると見ています(時期的にも一致するはずです)。

これまでも民事のトンでも訴訟で産科医は減少していましたが,大野事件を契機に目に見える速度で加速されました.民事でも辟易していたところへ,「頑張って治療しても結果次第で逮捕,起訴されることまであり得る」ことが示されたわけです.医師の心を折るには十分過ぎる効果があったのは周知の事実でしょう.大野事件の前後での産科医の数をみればお解り頂けるのではないかと思いますが.

何が社会全体にとって有益であるのか,考えなければならないと思いますが,いかがでしょうか?
【2008/08/28 21:54】 URL | Level3 #AIlHpmOk [ 編集]

情報の非対称性と責任追及の方法
LEVEL3さん、こんにちは。

最初に、できれば、「不安ばかりは、合理主義でもどうにもならない」と題したエントリーに目を通してください。
私がどのようなバックグラウンドを持ち、医療の世界の何に不満や恐れを持っているかを、理解いただけると思います。
そして、法的な常識に反して、功利主義に異議を唱えている理由も。
が、無論、これは私の個人的な背景でしかありません。

>何が社会全体にとって有益であるのか,考えなければならないと思いますが
という観点のお話は、今後争わないことにします。

四大公害裁判で、無過失責任主義を裁判所が採用した理由をご存知でしょうか。
被告企業が情報を独占しており、個別の被害に対する因果関係を、原告側が立証不可能だったから、
……それが最大の理由なのです。
医療現場でも同じように、情報の非対称性があります。
 ・カルテを患者本人にも預けないこと
 ・医療自体の知識/技能の特殊性
等々考えると、四大公害裁判のときと同等なくらいの情報の非対称性があります。
プロ(免許所持者)どうしの紛争になる海難審判や、航空事故調査とはこの点で根本的に異なるのです。

そうである以上、同じ法理に基づき、無過失責任主義を問われかねない、「必然性」がある
そのことは認めてもらわないと。
無論、刑事事件として立件されても、たいがいは無罪になると私も思っています(エントリーに書いた通り)。
しかし、医療の他の世界では、
「30年前の扇風機を使い続けて、なおかつ火事につながらないシステムをどうやって作るか」
といった具合に、過失責任を越えた部分での責任と向かいあい、私たち一般の技術者は設計開発をしているのです。

……すなわち、それくらい人間の命の価値が高まってきている、ということなのです。

【2008/09/03 00:41】 URL | デルタ #JnoDGgPo [ 編集]

読ませて頂きました
>最初に、できれば、「不安ばかりは、合理主義でもどうにもならない」と題したエントリーに目を通してくだ
>さい。私がどのようなバックグラウンドを持ち、医療の世界の何に不満や恐れを持っているかを、理解いた
>だけると思います。

読ませて頂きました.サリドマイド禍のことは知っておりますが,その詳細に関しては残念ながら知りませんでしたので少し調べてみました.発売当時には催奇性は確認されておらず,発売後3年くらいして明らかになったようですね.1961年12月にヨーロッパで回収騒ぎとなり,ヨーロッパの会社からの厚生省や日本の製薬会社へ警告が来たのに聞き流したためストップさせるのが半年ほど遅れたために被害が広がったとされていました.ラットやマウスでは催奇性は認められなかったそうです.
ストップさせるのが送れたのは厚生省に問題があったと言わざるを得ないのでしょうが,発売そのものまで責められるものではないでしょう.発売前に決められた通りに薬効と副作用を調べ,確認が得られれば発売されるのは今も昔も変りません.もちろんサリドマイド以後は光学異性体の薬効の差異も確認されるように改善されています.

薬害エイズ事件もそうですが,こういった事件で大切なことは被害に遭われた方に対する補償であって関係した人間を罰することではないと私は思います.これは医療事故でも同様だと思います.もちろんこういった事故が減るように努力することは重要ですが,関係者に罰を与えても無くすことはできません.
薬は基本的に毒です.毒をうまく使うことによって良い面が現れるようにするのですが,時として副作用が前面になってしまうこともあります.人間がひとりひとり違う以上,そういったことは避けられません.投薬だけでなく手術などの医療行為も同様です.結果責任で「罰」が与えられるようなら,誰もそんな職業はやらなくなるでしょう.消防士が火を消し損ねたからといって罰せられるなら消防士はいなくなるでしょう.確実に消火することなんてできませんからね.では消防士がいなくなってもよいのでしょうか?
同じように医師がいなくなってもよいのでしょうか?
トラブルが生じた時に「罰」を与えるというネガティブな方向にものを考えるのではなく,システムを改善させてトラブルが減少するように努めながら,被害に遭われた方々には補償を行なうというのが本来の筋ではないでしょうか?
C型肝炎訴訟なども異様に思えてなりません.今でこそよく知れ渡っていても当時の知識ではどうしようもなかった部分が大きかったのですから,フィブリノーゲンだけででC型肝炎になった方などほんの一握りに過ぎないはずです.危険性のあるフィブリノーゲン製剤が使用されたのはわずかな期間ですし,そういった止血剤を必要としたのは大部分が手術時などにかなりの出血を来たし,輸血を受けている方であろうからです.当時は輸血用血液の15-20%にnonAnonB肝炎(当時はまだC型ウィルスは未発見)が存在すると言われていました.しかし輸血しなければ失血死したかもしれない状況であったから輸血を受けているのです.後になって解ったことに対して責任を追求することは是でしょうか?「明らかな怠慢や手抜きなどがあった」というなら別でしょうが,そうでなければ避けられなかったことを責めても得られるものは何もありません.必要なことは「補償」であって「罰」ではありません.感情のままにものを考え動くことは適切ではないでしょう.

世界の先進国は,こういったことに数十年も前に気付き,システムを改変させてきています.日本だけが取り残されているのです.視野を広くしていくことが重要ではないでしょうか?
【2008/09/07 21:25】 URL | Level3 #AIlHpmOk [ 編集]

罪を問うことがネガティブでしょうか?
まず、オーバーに考えすぎだと思います。
検察が業務上過失致死傷の疑いで書類送検したり、起訴を検討することが、まれにある、という状態だけで、医者が業務自体をやめるというのが、オーバーな考え方です。
自動車運転もある割合で(例えば運転手の体調などで)他損の事故を起こすことがありますが、その「過失致死傷」罪の立件を恐れて、自動車の運転を国民すべてが諦めている……、そんな想定を、前提に話されても、「まさか」と一笑するよりありません。

また、罪を問うことがネガティブなのでしょうか。
今回の裁判でもハッキリしたように、法廷でないと明かにされない内容も、医療の各種事件(事件という言葉が不穏当なら、「案件」でもいいです)の内情にはあるわけでしょう?
その意味では、裁判所の良識を信頼してはどうでしょうか。
法治国家である以上、罪を認定する権利は、検察にもマスコミにもありません。裁判所にのみあるのですから。
(もちろん、民間の仲裁機関にも期待しますけれどもね)
【2008/09/10 23:44】 URL | デルタ #JnoDGgPo [ 編集]

頻度の問題ではありません
>検察が業務上過失致死傷の疑いで書類送検したり、起訴を検討することが、まれにある、という状態だけで、医者が業務自体をやめるというのが、オーバーな考え方です。

頻度は問題になりません.「こういう医療行為をやっている限り大丈夫だけど,xxxのような行為は罪になります」というはっきりした線引きがある,もしくは線引きが可能であるなら,誰も心配なんかしません.
加藤先生が行なっていた医療行為は全く普通の行為ですし,状況を聞いている限りにおいては一般的な医師よりも注意深く状況を考えていたし,能力も高かったと推察されます.しかし,我々からみれば「まっとうな通常の医療行為に対して,手錠が掛けられ,あまつさえ刑事裁判にまで進展したのです.
つまり,一般の医師が通常の行為をしていても,結果次第では刑事事件にされ得ることがはっきりしたのです.だからこそ,全国の医師が科を超えて,問題視したのです.

そして,この事件だけがきっかけでは決してありませんが,産科から手を引いたり,医療から撤退して医師が何人も出て来ているのです.トンでも民事判決,そして今回のような警察検察の暴挙,労働基準法無視の勤務形態,モンスター患者etc. 心を折られた医師は次々と医療現場から立ち去っています.これが「医療崩壊」の実態です.

>その意味では、裁判所の良識を信頼してはどうでしょうか。

司法がまともに医療行為のことを理解しているなら,これまた誰も心配しません.現実はそうではないから,これも医師が絶望する原因となっているのです.加古川の心筋梗塞訴訟,奈良の心タンポナーデ事件,挙げればきりがないですよ.どの医師がみても,これは酷いという判決は...

医師からすれば,今の状況は目隠しした状態で地雷原を歩いているようなものです.私だって今は踏みとどまっていますが,これ以上世情が悪化するようなら本気で海外逃散や転職を考慮するつもりです.医師だけが稼ぐ手段ではありません.
医師は職人のようなものです.一人の医師を育て上げるのに10年も20年も掛かるんです.それが,地雷1個踏んだだけで退場させられるような世の中では,誰も医療を続けようと思わなくなるでしょう.そうやって医師を退場させ続ければ,じきに医師は居なくなると思いますよ.ミスなしで医療を行なうといことは不可能です.そもそも医療はtrial and errorで行なうものですから.「完璧な医療なんてあり得ない」のですから,後からみて「アレがまずかったとか,ああしていれば」なんて言うことはいくらでも言える訳で,それを捉えて賠償しろ,とか罪に服しろ,といってたら医師はどこにも残らなくなるということです.
医師だって人間ですし,家族もあります.モチベーションは下がる一方です.もう少し医療というものを理解しようとして頂かないとどうにもなりません.
【2008/09/11 12:05】 URL | Level3 #AIlHpmOk [ 編集]

ついでといっては何ですが
少しでも現状を知って頂きたいので,以下の緊急医師アンケートの結果を見て頂ければと思います.
http://www.ntv.co.jp/zero/actionxzero/#q2
信じる,信じないはそちら次第ですが...
【2008/09/11 12:17】 URL | Level3 #AIlHpmOk [ 編集]


LEVEL3さん、
もっと視野を広げて戴けませんでしょうか。
確かに、異様に厳しい時代には成ってきています。しかし、すべて、現実なのです。何も医療現場にだけ酷な結果責任を問う社会になった、というのではないのです。

電機業界でいえば、「30年前の扇風機を使い続け扇風機から発火した」、という案件でも、電機メーカが無傷では済まないという程度にまで、世間一般では、消費者の権利擁護が進んできている。医療の世界におられると、そのような世間の世知辛さを、患者さんとのやりとりを通してしか気づかれないのかも知れませんけれど。

あるいは、「普通の運転作業」をした、JR西日本の尼崎脱線事故の運転手も、書類送検されているわけです。
普通の処置だったでは済まされない、細心の注意義務と、常に適切な判断を行うこととが職業人には求められ始めているのです(Level3さんも、おそらく尼崎事故の運転手さんに対しては、罪を問われても仕方がないとお思いになっていることと思います……、そこが悲しい矛盾なのです)。

これは、権利意識という面もあるでしょうが、人命の価値がそれだけ高まってきている証拠でもあるのです。
……殺人事件があっても新聞にも載らなかった時代に比べ、
「個人の尊厳がまだしも守られる時代が来た」と評価するべきでしょう。

刑事立件には無理がある場合も多い(高度に専門性が高い内容なので妥当性の検証や因果関係の立証が、事実上刑事裁判のような厳密な判断に耐えない、という意味で)、そこは私も認めているわけです。
しかし、刑事立件(たとえば書類送検など)すらあり得ない暴挙と、民事訴訟すらも「トンでも民事判決」といわれることは、暴論です。

繰り返しいいますが、医師だけがこのリスクに曝されているのではありません。
電車の運転手でも、鉄道の信号システムを設計している者でも(私の父の職業でした)、製薬会社の研究員(私の兄の職業です)も、私のような民生用の大型電気機器を設計している者でも、同じように一般大衆の命を一時的に預かり、その預かっている命に対して重大な責任を負っているわけです。そして、万全なる細心の注意を払わなければ、やはり刑事立件されることは、仕方ないのです。その緊張感の中で世間一般の人々は仕事をしているわけです。それでも、その大多数が離職することは、この先たぶんないでしょう。
その理由は、(皆口にはしませんが)その種の覚悟を、ある程度もって仕事をしている……のではないでしょうか。
それでも、「医者は聖職だから」という論理(?)を持ち出せば、すべてから免責されうると、信じておられるとすると、そもそも人命の個別性、尊厳性にきっちり向かい合っておられるのかを疑いたくなります。
失礼な言い方かもしれませんが、
>これ以上世情が悪化するようなら本気で海外逃散や転職を考慮するつもりです.医師だけが稼ぐ手段ではありません.
などという可能性をしばしば持ち出して、社会全体へ脅しをかけるやり方は、世間一般の職業倫理に悖るものです。他の職業なら許されない「脅迫」です。
バスの運転手氏がそういうことを言うでしょうか?、製薬会社のMRサンはどうでしょう?、教師がイジメを止められないという理由でバッシングされることに対しこの種の「脅し」を掛けるのを聞かれたことがありますか?

正直、そのようなレベルの発想で医療に向かい合う医師に、一患者として身を委ねる気が起きません。
(それが、Level3さんの考えでないことを祈りますが)

【2008/09/12 01:13】 URL | デルタ #JnoDGgPo [ 編集]

やれやれ
何を書いてもダメなようですね.思考が間違っている(前提が間違っている)のはどちらでしょうか?
http://lohasmedical.jp/blog/2008/09/post_1371.php#more
でも読んで,少しでも医療とはどういうものであるのか解っていただければよいのですが.
【2008/09/13 18:17】 URL | Level3 #AIlHpmOk [ 編集]


<しかもそれを行うのは不完全な人間であり、受ける側はこれも予見が不可能な自然性を持った人間であることが、困ったことに医療の本質であるといえる。

これでは病気になって「治す」と、いう行為自体が不自然に思えますね。

昔は代議士も警官も教師も、もちろん医者も…威厳がありました。

メッキが剥がれたのでしょう。

燃料代を出せっ!と国に陳情する漁師の中に

「終いに魚が食べれなくなるぞっ!」

と、国民を脅すような奴もいますが、アレと一緒ですな!

「ゴチャ・ゴチャ言うとあんたが病気になって病院に来た時に、看てやらんぞっ!」
【2008/09/17 01:59】 URL | カラテカ #- [ 編集]

医療は...
>これでは病気になって「治す」と、いう行為自体が不自然に思えますね。
>昔は代議士も警官も教師も、もちろん医者も…威厳がありました。
>メッキが剥がれたのでしょう。

医師が病気を治すのではなく,「患者さんが治るのを医師は助けているに過ぎない」というのが妥当かと思います.そうでなければ「何とか悪くならないようにしようとしている」でしょうか...
メッキも何も「医療」とは所詮その程度のものに過ぎません.非医療者の方々が医療に幻想を抱いている(いた)だけではないでしょうか...
それでも「医療が無かった,もしくは今よりもっと貧弱であった時代よりは良くなっている」と思いますが,無い時代に逆戻りしたいのでしょうか?というところでしょう,現在は.
【2008/09/17 10:43】 URL | Level3 #AIlHpmOk [ 編集]


つい先日、同僚の女性がタクシーに客として乗っているときに、悪質な暴走車が突っ込んで来て、怪我をしてしまい、入院しましたです。

その後、タクシー会社からも、その暴走車の運転手からも手厚い保証を受けたようです。

タクシーの運転手は100%、法規通りの運転をしていて落ち度はありません。
しかし、御客に怪我をさせた、守れなかった、と、いう事で訴える事も出来ます。
その後に、その暴走車の運転手を、タクシー会社が訴えるかどうかは知りませんよ!

どんな職業にも「職務責任」があるのです。

Level3殿が電車に乗る時に、車内アナウンスで
「運転している私も人間ですので、ミスが御座います。その点、御容赦願います!」
てな事が流れてきたらどうですか?

「医療だけは別ものだっ!」

と、おっしゃるだけです?

「死の壁」「日本人の死に時」・等、素晴らしい本を最近読み、勉強中の若輩です。
【2008/09/17 23:22】 URL | カラテカ #- [ 編集]

比較するものが...
カラテカさん,

車や電車の運転と医療を同じレベルで論じることが間違っているのではないでしょうか?
あちこちのブログでも同じようなことが書かれていますので,ググってもればよろしいかと...
【2008/09/18 06:45】 URL | Level3 #AIlHpmOk [ 編集]


Level 3殿。

私は現代のお医者さん達は可愛そうだなぁ~…と、思っているのですよ!
無知・無学・若輩の私でもわかるのですよ!
管理人さん何か、もっと理解していますって!

私は10代の時に、バイクで大怪我を負い、手術&長期入院を経験しました。
大胸筋と三角筋を断裂し、挫滅創というのでしようかね、そうなりました(笑)
お医者さんには
「筋力が戻るかわかりません!」と言われ、
「可動域もどうなるかわかりません!」と、言われました。

その後、必死のリハビリ、ウエイト・トレをし復活しました。
私の場合、右・直事故の直進でしたので有利でしたが異常な速度で走っていたので、自分にも落ち度がありました。
スダレの様になった私の肩の皮膚を、先生達はチームを組んで治してくれました。

私はこの事故のおかげで、Level 3殿が言われる
「医者は治す手助けをするだけですよ?」
という言葉の意味を理解しています。

しかし、60歳以上の人達とかは代議士や病院の先生、郵便局(国営だから)…とかは凄いっ!間違いないっ!と、ある種、「神格化」しているのですよね~。

それに応えようとするか、どうか?ではないでしょうか?

警官が通報を受けて駆けつけて現場に到着したとします。
大男が暴れていました。
正直、勝てそうにありません!
「俺にも家族があるし、警官だけが稼ぐ手段ではないもんっ!」
と、言い背を向けるでしょうか?
制服を着てたら「スイッチ」が入り、一般人ならしり込みする様な局面でも、最後の一歩を踏み出すのではないでしょうか?

消防士は?どうでしょうか?
【2008/09/19 00:06】 URL | カラテカ #- [ 編集]

うーん、知らない間に……(汗)
Level3さん、カラテカさん
留守にしておりましてスミマセンでした。
>「何とか悪くならないようにしようとしている」
私も現実として、医療をそのように感じています。
全ての措置が、極論すれば「生理現象のバランスを積極的にイジル」行為であり、危険にさらすものである、患者の立場にも立っていますから、実感もあるのです。蜂刺されの治療の時の、ステロイド剤注射なんて本当に違和感がありましたし……。
そこで、考えてしまうことなのです。
「医療行為をするかしないまでをも含め、何が一番適切なのか」を判断することが医師に求められているのでないか、と。
……今の医療現場で、そこまでの考察が都度都度なされているでしようか、そこまでの選択肢を含めて説明責任を果たせるだけの思慮が常に働いているでしょうか、
ひとつひとつありようの違う命を前にして、大変なことではあるでしょうけど、
職責として、その責任を負っているはずです。(そして、やるやらないまで含めての判断を本来は求められる、このことこそが、他の職業と求められる最大の差でないかと思うのですが、如何でしょうか)

>車や電車の運転と医療を同じレベルで論じることが間違っているのではないでしょうか?

仕事に誇りを持たれることは、結構なことです。
けれど、仕事の社会的な評価と、自負心とは比例しませんし、まして、人命に対する責任の重さと、それらの評価の高さも実は相関がないのが現実です。
Level3さんにお勧めしたい本が1冊ありますーー「学者のウソ」(ソフトバンク新書)。医師や弁護士の仕事は、人工知能(+シロウトの人の組み合わせ)で代替可能だが、看護士や保育士の仕事は代替不能である……そういう基準を持ち出しスリリングにこのあたりの常識を崩してくれています
(無自覚なクサレ左翼であるらしい私には、無批判に賛成できないし、不快な決めつけもときどき出てくる本ではあるのですが、ね)


カラテカさん、
私が言いにくくしていたことを、はっきり書いて下さり感謝しておりまする(礼)
【2008/09/19 01:02】 URL | デルタ #JnoDGgPo [ 編集]

過失責任、ですよね
はじめまして。
過失責任、というのは「通常人に要求される水準のことをしなかった」時に問われる責任なわけです。つまり医療ミスなどは「通常人(この場合は通常の医師)にできることをしなかった」責任を問うているわけです。
医学は完璧ではありません。ベストの医療を尽くしても患者が助からないことは多々あります。また医学の進歩で、昔行われていた治療が実は有害だったと判明した事例は多々ありますが、これとて当時の医師がその治療法を選択したのは当然なわけです。無過失責任ということはそれらの事情を考慮せず「医師が治療して患者が死んだら責任を問う」ということで、これでは治療ができません。
医療に、それも医療従事者の刑事責任に無過失責任を問うこと,果たして妥当でしょうか。
【2012/07/27 19:50】 URL | 一市民 #zKg8Zj/U [ 編集]


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刑事罰では解決しないことが世の中にはあると思わされた事件 (追記あり)

2008年2月23日の当秘書課広報室の記事、「我々は福島大野病院事件で逮捕された産婦人科医師の無罪を信じ支援します」で、福島県大野病院の産... 村野瀬玲奈の秘書課広報室【2008/08/22 01:11】

福島県立大野病院事件(上):福島地裁平成20年8月20日判決は、「結果回避義務違反なし」として産科医に無罪判決

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