箕面市の公園を住処とし、武道場まで作ってたつきをたてていた韓国籍男性が、警察に拘束された。 罪状「公務執行妨害」……。道場の撤去に際して、警官に暴行(首を絞める)したというのならば、これはシャレにならない。犯罪である http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20100909-00000086-jij-soci
が、Yahooニュースのコメントを見ると、少なからず、「牧歌的だ」という多少好意的な反応が現れていた。 「なつかしい」光景であり、どこかに伸びやかなあこがれさえ、感じるのはなぜか。
公園のような「余白の場所」を住処とし、犯罪すれすれに生きて、しかし子どもの社会へ圧倒的な存在感を与える、このオジサンのような「意図不明・正体不明」のオッサンは、30年前には、確かに居場所があった。 そういう人は、むかしは、小学校の学区毎に1人はいたのでないだろうか。 私の学区にもいた。建築途中で放棄されたビル(通称「幽霊ビル」。後に爆破された)に寝起きし、お昼休みに学校へ来ては、児童と混じって、校庭をランニングしている……、それだけなのだけど、彼の話す内容の特異さも含め、今なお語りぐさになっている。仙人のように見えて、浮世との縁を断たない存在。それは、「経済成長のペースに合わせることを放棄して生きる」 実はこの立場に立ちたい人は、高度経済成長期以上に、潜在しているのかもしれない。 おもえば、あの良寛さんも、この種の世の戒律からの偉大な「落伍者」でもあった。
「堕ちよ 生きよ」……そうして、自分の立ち位置を、探し直せ 遠くから、そんな声が聞こえる気がする。
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