はてなキーワード: 西日本とは
武富士弘前支店強盗殺人・放火事件(たけふじひろさきしてん ごうとうさつじん・ほうかじけん)は、2001年(平成13年)5月8日午前10時49分、青森県弘前市田町五丁目に所在していた消費者金融会社「武富士」弘前支店(事件後に閉店)で発生し、従業員5人が死亡・4人が負傷した放火強盗殺人事件である
京都アニメーション放火殺人事件(きょうとアニメーションほうかさつじんじけん)は、2019年(令和元年)7月18日に日本の京都府京都市伏見区で発生した放火殺人事件
2021年11月29日午前8時35~46分ごろ、大阪市此花区北港緑地2丁目にある物流会社「日立物流西日本」の舞洲営業所の1階で段ボールパレットに火をつけ、6階建ての倉庫を全焼させた
「3月11日に黙祷をする案内が社でなかった」「14時46分からの黙祷は暗黙の了解なはずなのに、西日本の人間は気にせず仕事の電話をしてくる」といったツイートを見た
正直なところ自分は当時西日本にいて、今も3月11日はどこか遠い現実の話である。今は東日本にいるのだが、逆に毎年行っていた8月6日の黙祷がないことに今でも違和感を抱いている
私にとっては約80年前の8月6日が身近であり、そこに祈りをささげることが普通だった
きっと3月11日に祈りを捧げようとする彼らには、それが身近であり祈りを捧げるべきものなのだろう
原発の件をはじめ未だ苦しんでいる方が多いことも知っている
縁あって福島の方と話をさせていただいたときに伺った「あの震災を忘れることができない我々と知識でしか知ることがない世代の断絶が悔しくもあり、嬉しくもある」という言葉が忘れられない
正直なところ8月6日の件については自分が違和感を抱いているだけだし、誰に強要するつもりもない。誰かにとっては教科書にのった一行でも、誰かにとってはいまだ地続きの生活なのだ
同じく3月11日の件についても、誰かにとっては地続きの生活であっても、誰かにとっては教科書に載っている一行なのだと外野である自分は強く意識しなければならないなと思った
https://www.bengo4.com/c_18/n_20033/
西日本の刑務所に収容されているある男性は、過去に子ども2人を殺害し、出所後に女児へのわいせつ事件を起こ[ して再び刑務所に戻った。
数年前に性犯罪再犯防止プログラムを受講した際には、「正直、あまり受けたくはない」と消極的な発言をしていた。
https://bunshun.jp/bungeishunju/articles/h1353
https://www.47news.jp/4291351.html
https://www.dailyshincho.jp/article/2019/03080800/?all=1&page=2
# 30代前半男性向け 結婚+子どもを持ちやすさスコアランキング
※女性が男性を選べて物価も高い首都圏は成婚率が低く出生率も低い。日本人の4分の3が首都圏に住んでいるから少子化になるわけだ。
総合スコア = 男性職業安定度 × 0.5 + 結婚しやすさ × 0.3 + 子ども生みやすさ × 0.2
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| 地域 | 男性職業安定度 | 結婚しやすさ | 子ども生みやすさ | 総合スコア | コメント |
| ------ | ---------------- | --------------- | ----------------- | ------------ | ----------- |
| 愛知(名古屋) | 10 | 10 | 7 | 9.1 | 男性安定+女性結婚意思強、中核都市生活安定 |
| 岐阜 | 10 | 9 | 7 | 8.8 | 製造業・中核都市、女性結婚意思あり |
| 三重 | 10 | 9 | 7 | 8.8 | 同上 |
| 沖縄 | 10 | 8 | 10 | 8.6 | 出生率・子育て文化が最高、結婚はやや都市比低め |
| 鹿児島 | 10 | 8 | 9 | 8.4 | 子どもを持ちやすい、結婚も安定 |
| 宮崎 | 10 | 8 | 9 | 8.4 | 同上 |
| 長崎 | 10 | 7 | 9 | 8.1 | 結婚・出産とも地方文化が支援 |
| 広島 | 10 | 8 | 7 | 8.1 | 中核都市+製造業安定 |
| 静岡(浜松) | 10 | 8 | 7 | 8.1 | 同上 |
| 大阪府 | 10 | 6 | 5 | 7.3 | 出会い多いが生活コスト・比較心理が障害 |
| 東京都23区 | 10 | 5 | 4 | 6.7 | 出会いは多いが比較心理・コスト高で不利 |
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3. **都市部は注意**
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## 4. 結論
幕末から明治にかけて活躍した歌川貞秀(うたがわ さだひで)は、空を飛ぶ鳥の視点で描く「パノラマ地図」のような浮世絵を多く残しています。
大阪の街並みを中心に、遠くに京都や奈良、さらには富士山までを一画面に収めて描くことがあります。
これは「実際に見えるかどうか」ではなく、「日本の名所をひとつの絵に凝縮して見せる」というエンターテインメントとしての演出です。当時の人々にとって、富士山は日本の象徴であり、地図絵の中に描き入れられる特別な存在でした。
大阪港にある天保山は、もともと川の浚渫(しゅんせつ)で出た土を積み上げた人工の山です。これが「富士山に似ている」として親しまれ、浮世絵にも描かれました。
明治時代、生國魂神社の近くに「難波富士」と呼ばれる巨大な富士山型の展望台が作られました。螺旋状の通路を登って景色を楽しむアトラクションで、その様子を描いた絵も存在します。
有名な葛飾北斎の『冨嶽三十六景』の中に、大きな樽(たる)の中から富士山を覗いている「尾州不二見原(びしゅうふじみがはら)」という作品があります。
これは現在の名古屋市(中区富士見町付近)を描いたものですが、西日本の風景として大阪のイメージと重なって記憶されているケースもよくあります。名古屋(尾張)は、平地から富士山が見えるほぼ西の限界点と言われています。
もしご覧になった浮世絵が、大阪の街並みの向こうに富士山が堂々とそびえているような構図であれば、それは当時の絵師が「大阪も富士山も、日本が誇る素晴らしい景色だ!」と盛り込んで描いた、今でいう「コラージュ画」のような作品だった可能性が高いです。
西日本では今もこれが標準やで
| 国/地域 | 電圧 | 周波数 | 採用理由 |
| ------- | ---- | ------- | --------------------------------------------- |
| **日本** | 100V | 50/60Hz | 明治時代にドイツ(50Hz)と USA(60Hz)から同時輸入。西日本・東日本で分かれた |
| **ラオス** | 220V | 50Hz | フランス統治時代にフランス規格(220V)を導入 |
| **インド** | 230V | 50Hz | イギリス統治時代にイギリス規格(240V)を導入 |
| **USA** | 120V | 60Hz | 独自の工業化で独自規格 |
| **中国** | 220V | 50Hz | ソビエト連邦の影響 |
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`電気の統一 = 帝国主義時代の「どの国がどこを支配していたか」の遺物`
1. **すでに全インフラが出来上がっている**
- 日本全国の電柱、配線、家庭の電気設備 = すべて 100V 基準
- 1976年に IEC(国際電気標準会議)が統一を「推奨」した
3. **既得権益の塊**
- 電力会社が変更に反対
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あなたが怒った時点で、この問題は **100年以上前から存在** しています。
`1900年:各国が勝手に規格を決める ↓ 1945年:帝国主義終わる(でも規格は残る) ↓ 1976年:IEC が統一を「推奨」(無視される) ↓ 2025年:ユーザーが海外で変圧器を買わされている`
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私の出身地は関西地方のとある府県だが、幼少期に転出して地元が同じ人とも共通の話題などないので「〇〇府/県」出身ですと胸を張っては言えない。
徳島での生活が長いから「徳島出身だろ」と他所の人からは言われても、実際には首都圏育ちで最も長く過ごしたのもそこだから私の第一言語は標準語であって、徳島は標準語を受け入れてくれない。少なくとも「地元の人間」とは見なされていない。「将来徳島に戻ってくるか」という衰退都市にありふれた話題において、自分がいると決まって気まずそうにされる。
現在は関西在住である。自分は関西弁もマスターしている、と自認している。徳島で関西弁を身につけ、現在居住する関西での生活に完全に順応している、と思っている。
来年から首都圏に戻るんだけど、戻ったら戻ったで「地元の人間が帰ってきた」という扱いになるほど首都圏が地元って感じはないし……なんかもうざっくりと「関西出身」ということにさせてくれないか?どの府県だとか厳密にせずにざっくり「関西から来ましたよ」という気持ちで首都圏で生活したらアイデンティティの置き場所はうまくいかないか?
そのためには、現代の関西弁と阿波弁の差異を明らかにして、「徳島も関西弁である」ということを証明しなければならない。そうじゃなければ、私のアイデンティティはどうなるの!?
[:contents]
Wikipediaによると「四国方言に属するが、四国方言の中では近畿方言の影響を最も多く受けた方言である。」らしい。県内全域が京阪式アクセントに統一されているのは中四国では珍しい。香川、ついで愛媛のアクセントは中国地方の影響が大きいように思う。これが最も重要だ。イントネーションが関西弁と同じなのだ。
「徳島県東部と高知県中部・東部のアクセントは、近畿中央部のものより古い時代の京都アクセントに近い。」ともいう。全体的に阿波弁は現代大阪が直面している「標準語化」をそれほど経験していない。「古い」というのは方言周圏論にも整合的で理に適う。古い時代に京阪から来訪した方言が、辺境ではいまだに残っているのだ。もっと鮮明にいうなら、阿波弁は現代関西弁よりも「厳密な」京阪式といったほうがいいかもしれない。東京式アクセントへの忌避も近畿圏より強い。文の一部であっても東京式アクセントが溢れることを嫌う。
ほぼ同じなので差異を挙げる。
語尾は「じゃ/だ/や」の3種類がある。「じゃ」は若者は言わない。「だ」の登場頻度が近畿圏よりは多いが基本的には「や」で関西弁と共通だ。
「中でも未然形、推量は「ダロ」が優勢」らしい。確かに「だ」は「だろ」の形で特に使われやすい。京阪式アクセントで語尾が「だろ」になる文はいかにも徳島らしい。
「「ヤロ」は沿岸部のごく一部地域だけであったが、近年は、鳴板地域、徳島市をはじめとした沿岸部を中心に「ヤロ」が優勢である。」とのこと。近畿に同化している側面が否定できない。
「じょ」という女性言葉の語尾も存在する。使う人は使う。現在では男女差は明確ではないと思う。男性も一部使うが、これは遊戯的な使用だろうか。
動詞の否定は「〜ん/へん」だ。「 〜ん」の頻度が大阪よりかなり高い。兵庫と比べてもやや高い。「へん」の頻度が近年高くなっているとしたら、近畿同化である。
「「動詞未然形+れん/られん」は禁止を表す。「あそばれん」は「遊んではいけない」」これは四国の他県にはあるが近畿にはない。
「五段動詞の連用形は、「て」「た」「とる」の前で音便形を取る。」ことによって「言った」「洗った」が「言うた」「あろおた」「あろた」のようになる。これは関西弁と共通。やや古い関西弁で観測できる。
山間部の高齢者を中心に「「さいた」(差した)のようなイ音便が用いられ」ることもあるらしいが、現在の徳島市内にはない。これは相当に古い京都弁と共通。
「「あそおだ」(遊んだ)「のおだ・ぬうだ」(飲んだ)のようなバ行・マ行ウ音便がまれに聞かれる。」らしいが聞いたことはない。近畿を含め、他県にもない。
「連用形 + とる・とお」で現在完了または現在進行、「連用形 + よる・よお」で現在進行を表す。「しとる」「しとお」「しよる」「しよお」などである。「とる」「とお」は兵庫県と共通。滋賀〜三重とも共通。まさに辺境に残る関西弁である。「よる」も古い関西弁。「よお」は県内では現代でも使われているが近畿ではもう聞かない。
「とる」に関していえば瀬戸内地域に限らず広く西日本で使われていて、一応関東にもある。広すぎて起源が同一かは不明。
「逆接の接続助詞には「〜けんど」が多く用いられる」らしいが、実際には「けんど」は残ってはいるものの、近畿同化して「やけど」も優勢である。
「「〜から」という理由・原因は「〜けん」である。これが関西弁との最大の違いだ。これさえ出さなければ関西圏で生活しても違和感はない。私は首都圏からの徳島県転入であったから、「〜けん」まではそもそも吸収していない。ふつうに言いにくいと思う。まあ中四国・九州など広く西日本で共通だ。
また、古い関西弁と共通の指示語「ほう」「ほれ」「ほな」(「そう」「それ」「それでは」)と重なって「ほなけん」「ほなけんど」「ほなけんな」が文頭で使われるのが特異的。「ほやけん」に変化するのは近畿同化か。徳島市外では「き」「さかい」も用いられるそうだが、「き」は高知のイメージ。「〜さかい」は古い関西弁である。
「「行かなかった」は「行かざった/行かなんだ」」で表されるらしい。「行かざった」は聞かない。「行かなんだ」は県内では現役。過去の否定を「なんだ」で表すのは古い関西弁と共通だ。
「北部で「よお〜せん」、南部で「ええ〜せん」の言い方がある。」という。「ええ〜せん」は市内では聞かない。「よお〜せん」は古い関西弁と共通だ。関西で「よお〜せん」といえば、遠慮など心理的抵抗からの不可能を表すイメージだが、徳島でもニュアンスは同じだろうか。
終助詞「え」「で」(ときどき「でか」)を文末に付して疑問文を強調する用法は関西弁にはあまりない独自のものとして多用される。「何しよんで?」など。関西弁の念押しの「で」が下降イントネーションであるのに対しこちらは尻上がり(しばしば伸ばされる)である。独自用法だが和歌山や南大阪とはある程度親和的であり、そこまでの違和感はないように思われる。もちろん近畿と同じく、念押しの「で」もよく用いられる。
「〜だろう」「〜ではないか」の意味の「で」もある。「あかんでぇ」は「ダメだろう」「ダメじゃないか」という決して深刻ではない軽い咎め。禁止の「あかんで」と同じく下降アクセントだが、発音は明確に区別されている。この差は禁止を「あかんでぇ」と伸ばしても埋まらない。咎めの「あかんでぇ」は「でぇ」の途中に下降が入る。
さて、この「で」は疑問文の「で」から来ているのか、あるいは語彙の章で取り扱う「あかんでないで」(ダメじゃないか)の一つ目の「で」から来ているのか。なお、「あかんでないで」の末尾の「で」は疑問文強調の「で」である。おそらく前者だろう。
三重〜滋賀では順接の接続助詞として「で」が使用されることも多い。「で」は日本語最大の多義語ではないだろうか。
おもしろくない→おもしろおない/おもっしょおない のような形容詞の変化がある。「おもしろおない」は古い関西弁と共通だがあまり使われない。「おもっしょおない」あるいは短縮されて「おもっしょない」は独自のものであり、かなり現役。肯定文でも「おもっしょい」が阿波弁のアイコニックな代表例として存在。
「仮定形は「書きゃあ」「起きりゃ(あ)」のようになる」らしいがこれはもはや残っておらず、近畿と同化して「書いたら」「起きたら」である。
助詞「よ」「よお」による「〜したんよ」のような用法は大阪よりは多用されているイメージ。
「終助詞「が」を用いる。軽い詠嘆・感動を表す。」と書いてあったがそんなのは現在の市内にはない。残っているとしたら高知だろう。
「疑問・反語の終助詞は、「か」「かい」「かいな」「かえ」などを用いる。」というのは関西弁と共通だ。「時計めげとんかいな。」など。「めげる」は「壊れる」
「終助詞「わ」は感動・強調などを表す。(例)あれが大鳴門橋やわ。」→ふつうの関西弁。
「いける」(大丈夫)は関西弁と共通語彙だが、頻度は近畿より高い
か(ん)まん【構ん】 …構わない
→近畿ではもう古いだろうが、県内では若者こそ低頻度だがそこまで陳腐化しているわけではない。
かく …持ち上げる。運ぶ
じゃらじゃらする …いい加減にしている。ふざけている。
→相当古い関西弁だが、県内では完全に現役。親が子に言うような教育場面の語彙だから継承されやすいのでは。
しんだい …だるい
せこい …しんどい(身体的な倦怠感を表現する)。食べ過ぎて苦しい時にも使う。
→「せこい」は他地域で通じない。
〜ちゅう …〜という。
つっかけ …ぞうり。
〜でないで …〜ではないか。(例:あるでないで→あるじゃないか)
→あまり聞かないが、疑問文の文末「で」による協調は多用される。「〜でないか」なら言う。
はさ(か)る …挟まる。
→「はさかる」は今も使われる。西日本では珍しい。
ほんに【本に】 …本当に、本真に。
わや …だめなこと。むちゃくちゃな様。
→四国他県のほうが使われる。
言語には南大阪〜和歌山〜淡路島〜徳島というグラデーションがある。兵庫、和歌山、南大阪、三重など近畿の辺境というのは、少しずつ違いはあるがなんとなく「大阪弁とは違う」を共有している。「辺境の関西弁」にアイデンティティを投じさえすれば、矛盾も自己矛盾も抱えずに済むのだ。なにより、エセではないということだ。ディープであればいいじゃないか。リアルに聞こえるし、リアルである。